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誰でもワイヤレス設計を可能に

(2016年1月13日 22:14)

IoTInternet of Things)時代は言うまでもなく、さまざまなデバイスやシステム、ガジェットまでもがインターネットとつながるようになる。ネットとつなぐためには無線通信技術が不可欠。有線通信は光ファイバや、非常にハイエンドのネットワークシステムに限られるようになってきたため、IoTシステムはほぼ100%近くがワイヤレス通信でつながることになろう。

 

その無線通信技術、すなわちワイヤレス技術はさまざまな領域で使われるようになってきている。身近なNFCNear-Field Communication)やBluetoothWi-Fiから通信基地局、宇宙航空無線、RF測定器などハイエンドの通信技術まで広がっている。インターネットとつながるデバイスではワイヤレスの基本となるRF(高周波)技術を使う。モバイルの世界はほぼ100%RF技術が使われていると言っても言い過ぎではない。

 

ところが、ワイヤレス通信技術は、一般的なデジタルやアナログ技術とは全く異なる。要はマクスウェルの電磁界方程式で表現される電磁波の世界である。デジタルだと10だけで機能やデータを表現し、アナログは入出力の連続的な信号を表現する。しかしRF技術は電磁波を扱うため、スミスチャートを使って、波の反射と透過、吸収などを「sパラメータ」として表現する。まるで違う。

 

例えば1本の配線はデジタルやアナログ回路では、電気信号をつなぐ役割しかしない。しかし、直径が1mm程度の配線に電流を流すと、線の周囲に磁力線(磁界)が発生するため、1本の線は電波を飛ばすアンテナにもなる。電波を飛ばさないためには平べったい金属配線を使うなり、起電力の元となるインダクタンス成分をできる限り小さくする、という設計が必要。また、配線が途中で途切れていれば、直流的には電流は流れないが、RFだと流れて電波として飛んでいく。またそこで反射が起きる。

 

高周波のチューニングは結構面倒くさい。インダクタンス(L)とキャパシタンス(C)で共振させてチューニングさせてもすぐにずれてしまう。だから、高周波回路設計はできれば扱いたくない。

 

もし、アンテナからデジタル回路まで直結で調整しなくてすむなら、IoTデバイスの設計者はデジタルに集中できる。米国ボストン郊外を拠点とするアナログICメーカーの大手、アナログ・デバイセズ社は、「アンテナからビットまで」を標榜する戦略を採り始めた。アナデバは、A-D/D-Aコンバータを得意とする半導体企業である。だから、「あれっ?」と思う向きがあろう。なぜRF回路も手掛けることができるようになったのか。

 

アナデバは実は2014年にRF半導体・システムに強いヒッタイトマイクロウェーブ(Hittite Microwave)社を買収して手に入れた。ヒッタイトは、古代、帝国をトルコの近くに構築していたヒッタイト族と同じネーミングだ。ヒッタイト社は24GHz~110GHzと言ったミリ波(波長が1mm前後)技術も持つ。

 

アナデバは、アンテナからRF回路、ベースバンド回路を経てデジタル信号を出力するデバイスやモジュールを開発している。ベースバンド回路でデジタル変調された信号を復調してデジタル信号を取り出し、デジタルインターフェースで信号を出力してくれれば、後はデジタル設計者の出番である。いわゆる組み込みシステム設計者がデバイスやガジェットを作るのである。ワイヤレス通信のことは知らなくてもよい。子供のおもちゃ「レゴブロック」のようにガチャッとはめ込めばトランシーバ機能が使えるのだ。

 

昨年暮れのマイクロ波展でアナデバは24GHzのレーダーシステムや、70GHz5Gモバイル通信向けのシステムなどを展示していた。24GHzのレーダーは、クルマの衝突防止に使うシステムで、特にクルマの周囲のクルマを検知するのに向く。速度を緩めると人も検知できる。携帯電話は今や4GLTE時代まっ盛りだが、次の5Gはデータレートが最大10Gbpsと言われており、2020年の東京オリンピックでの一部実用化を目指して開発が進んでいる。10Gbpsとなると、非常に高速になるが、電波の到達範囲を広げることは難しくなる。

 

元々、電磁波の周波数が高くなり、ミリ波ともなると、直線性が増す。レーダーはこの性質を使い、発射した対象物からの電波の反射を検出するシステムであるから、通信に使うとなると限られた方向にしか電波を飛ばせない。このため5Gシステムにはミリ波だけではなく、LTEシステムとの組み合わせや、ビームを空間的にスキャンする方法などが考えられている。

 

ミリ波ほどの高周波ではなくとも1GHz前後の周波数帯でIoTデバイスを設計するエンジニアにとっては、アナデバの「アンテナからビットまで」戦略は非常にありがたいものとなる。

                                                                                                     (2016/01/13)

2016年に期待すること

(2016年1月 2日 00:09)

新年あけましておめでとうございます。

2016年はどのような年になるだろうか。2015年はどうだったか、総括しながら、想像を巡らせてみよう。

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IT、エレクトロニクス、半導体の世界は非常にめまぐるしく、少しの遅れが致命的な遅れになる危険が高い。つい2014年までIT4大トレンドは、ビッグデータ、クラウド、モバイル、ソーシャルであった。それが2015年は、IoTInternet of Things:あらゆるものがインターネットにつながること)、人工知能あるいはコグニティブコンピューティング、セキュリティにとって代わった。ITを利用するクルマの自動運転も大きな話題となった。

 

どこでもそこでもIoTが叫ばれた。私自身もIoTに関する講演を数回行った。関心の極めて高いテーマになっていた。IoTブームはしばらく続くだろう。ただし、IoTのコンセプトでさえ、変化が激しい。モノをインターネットにつなげることが目的ではなく、手段にすぎないこと。さらに重要なことはIoTを利用して小売店が固定客をしっかり捕まえたり、製造業の生産性を上げたりすることで、ビジネスの売り上げを上げ利益を生み出すことが目的である。IoSInternet of Service)という言葉さえ生まれた。

 

IoT端末では、性能はそれほどでなくても消費電力を減らし電池を長持ちさせることが必須だと当初言われたが、2015年に入るとエッジコンピューティングによってIoT端末側でもデータ解析しなければならないと言われるようになった。ビッグデータといえども全く整理されないデータをクラウドに上げても処理時間がかかってしまう。このためIoT端末やゲートウェイ側である程度データ解析するエッジコンピューティング能力が求められるようになってきたのである。となると、半導体チップは消費電力を下げながら性能を上げるという手法が求められるようになる。やはりムーアの法則に沿った微細化技術が必要になる。

 

クラウドでは、人手を介さないことが鉄則だ。このため、サービス要求に対して、整理されたデータを送信する仕組みが欠かせない。サービス要求に対してソフトウエアを使うサービスを自動的に提供するSaaSSoftware as a Service)という言葉が広がり、クラウド上にプラットフォームを設置するPaaSPlatform as a Service)や、製造を実現するMaaSManufacturing as a Service)といった言葉までも生まれた。MaaS3D CADの大手メーカー、フランスのダッソーシステムズのベルナール・シャーレスCEOが記者会見で使った言葉である。

 

コンピュータ市場が飽和している中で、唯一伸びているのがデータセンター向けのインテルプロセッサを使ったIAサーバーである。しかしこの市場でもARMコアやMIPSコアを利用するコンピューティングシステムが出てきている。もはや高性能だけでは通用しなくなり、低消費電力も求められるようになってきた。スーパーコンピュータでも同様に電力効率の良いアーキテクチャが求められ、日本のベンチャーPEZY Computingが開発、菖蒲と名付けたスパコンが電力効率の最も高いスパコンと認定された。1W当たりの浮動小数点演算速度が7.03 GFLOPSと性能が高い。

 

データセンターではコンピュータの性能をさらに上げるだけではなく、もっと経済的にしかも低消費電力にすることが求められ、システムアーキテクチャにおいて、DRAMメモリとストレージメモリとの動作速度のギャップを埋めるための「ストレージクラスメモリ」への要求はますます強まっている。消費電力を上げずに性能を上げるのだ。PCRAMSTT-MRAMReRAM、クロスポイントメモリなどの新型メモリを半導体メーカーが開発している。技術的には新しい可能性が開け、面白い。

 

インターネット上での取引がますます増え、株取引のように1/100秒を争う時代に来ると、従来のハードドライブではアクセスが遅すぎて話にならなくなっている。ここにフラッシュメモリを使ったSSDやフラッシュストレージがHDDを置き換え始めている。SSDHDDとの互換性を保つ必要があり、本来の性能を発揮していない。このため、ストレージフラッシュといった装置が注目を集めている。

 

ビッグデータの処理には、いろいろなデータや事実の関連性をコンピュータが求める人工知能による高速化もその解になりうる。ある種の巨大な検索エンジンというコンピュータとしてIBMの「ワトソン」がある。米国テレビのクイズ番組で人間を打ち破ったコンピュータとして一躍有名になったが、今は医療の薬剤開発に使われている。人工知能コンピュータの開発はこれからも進むだろう。

 

クルマの自動運転には、さまざまなセンサ、情報処理、通信機、制御回路、アクチュエータなどエレクトロニクス技術が欠かせない。自律的に障害物を見つけ、回避するロボットとほとんど同じ仕組みで動くが、ロボットよりも短時間に処理する(遅れ時間をレイテンシと呼ぶ)必要がある。このためにリアルタイムOSだけではなく、レイテンシの短いシステム開発がカギを握る。ここは、高速コンピュータの技術そのものでありながら、低コスト化が前提だ。このため、クルマの中で行うべき「仕事」に対して、マイコンやシステムLSIを選択、専用回路にはFPGAを駆使する。システムを把握しなければクルマ向けの半導体は供給できなくなる。OEMから仕様を教えてもらって作る時には既に競合がサンプルを提供できているからだ。競争に勝つためにはシステムを理解して、それに必要な半導体チップを先取り提案しなければならない。

 

セキュリティを確保することも欠かせない。特に、インターネットにあらゆるモノがつながるようになると、半導体チップ、モジュール、システムボード、ネットワークなど機能ごとにセキュアにするところとそうではない所を見極めなければならない。アパートのテレビコマーシャルで、がんじがらめのセキュリティ対策をしている部屋が出てくるが、セキュリティをしっかりすればするほど使いにくくなる。だからこそ、セキュアな部屋と、さほどセキュアにしなくてもよい部屋を作り、セキュアな部屋には簡単に入れないように2重のカギをかけたり暗号化したりする。こういった技術は従来のソフトウエアだけではなく、半導体チップというハードウエアそのものにもセキュアな技術を導入し、仮想化してもセキュアな環境が作れるようにしておく必要がある。もちろんシステム全体は当然のことながらIDとパスワードでカギをかける。

 

今年はIoTを利用した応用が続々登場するだろう。IoTが普及するためには小売店舗やレストランなどの消費者向けビジネスでの認知が欠かせない。IoTが売り上げ増や利益増につながるという「IoTリテラシー」とでも言うべきコンセプトが今年は普及のカギを握るに違いない。そういった応用例が出てくると思う。

                            (2016/01/02)

ウーバー症候群に対するIBMの答え

(2015年12月31日 09:04)

世界の経営者は、「ウーバー症候群」に悩まされている。この言葉を聞いたことがあるだろうか。IBMがこれからの未来について調査した結果、世界の経営者が最も脅威に思うことは、「ビジネスモデルが全く異なる競合企業が市場に参入し、既存企業を破壊していくこと」だという。この象徴的な出来事がタクシー業界で2~3年前に起きた。ウーバー(Uber)社というインターネットのアプリを作っている企業が、既存のタクシー業界に脅威を与えている。ウーバー社のアプリを使って、スマートフォンからクルマ(タクシー)を呼ぶことができる仕組みだ。米国ではすでに広く利用されている。

 

その仕組みを簡単に紹介すると、利用者は、GPSとインターネットを使い、クルマに来てほしい場所をスマホ画面の地図にピンを立てるだけ。タクシーと全く同じ要領でクルマを利用できる。料金はタクシーと同様、距離と時間と車種に応じて、決まっているが、タクシーよりも安いクルマもある。私も米国のシリコンバレーで利用してみると、タクシーよりも2割程度安かった。利用者とドライバーはそれぞれアプリを通して登録しておく。

 

ウーバーはアプリケーションソフトを開発しただけなのに、時価総額は全てのレンタカー会社の時価総額合計よりも大きいという。まだ株式上場していないため、株価は確定ではないが、投資家の期待がいかに大きいかを物語っている。

 

IBMは、ウーバー症候群に打ち勝てるようにするため経営者に向けた、Global C-Suite Studyと呼ぶレポートを昨年11月に発表している。これは、世界70ヵ国以上の経営陣(CEOCIOCMOCFOなどCのつく人たち)にインタビュー調査した報告書。

 

これからの未来において、経営者だけではなく、一般社員も自分たちの企業が安定成長し豊かに暮らせることを望んでいる。常に企業の未来を成長できるように心を砕くことが経営者の基本的な心得(参考資料1)。メガトレンドを把握し、未来に続くトレンドに乗り自社の得意なコアコンピタンスを磨き、成功へと導くことが求められている。

 

繰り返しになるが、ウーバー症候群は、業界の境界があいまいになってきたことによる脅威という意味である。考えてみれば、iPhoneを世に出したアップルがまさにそうだった。コンピュータと音楽プレイヤーを設計・販売していたアップルは、iPhoneのデビューと共に、通信オペレータ(NTTKDDI、ソフトバンクなど)の通信回線を利用してサービスを行うという新産業を作り出した。通信業界では、これまで携帯電話の仕様を携帯電話メーカーに教え、作らせ、製品全数を引き取り、NTTドコモやKDDIau)、ソフトバンクなどが販売していた。通信ネットワークはほぼ通信業者の意のままだった。このビジネスモデル(商いの方法)をがらりと変えたのである。しかもアップルは通信業者も選び、最初はソフトバンクだけがiPhoneを導入できた。

 

同様の例はクルマだ。テスラモーターズは、ノートパソコンに使うリチウムイオン電池を数千個ずらりと並べ、クルマのモーターを動かすという電気自動車を開発し、自動車業界を驚かした。

 

旅行・ホテル業界でも、エアビーアンドビー(AirBnB)というインターネットサービスは、空き部屋情報を世界中に公開し、世界中の旅行者がホテルよりも安く泊まれるというもの。ホームステイから始まったホテルサービスだが、従来の旅行・ホテル業界にとっては破壊的な脅威と映る。

 

保険会社でさえ、保険業界の企業が競合相手ではなく、アップルやアマゾンがライバルになったという声もある。

 

こういったデジタル企業が既存業界を侵略しているのである。その脅威を取り除くためにどうすべきか。IBMの調査は、この核心をついた。最も大きな影響を及ぼす外部要因は何か、という問いた。「テクノロジーと市場の変化」、と最も多くのCEO(最高経営責任者)が答えた。法規制や、マクロ経済などの要因は、テクノロジーよりも優先度が低い(1)

 

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図1 自社に最も大きな影響を及ぼす要因 出典:IBM

さらに「経営者は、新たな競争相手に反撃するために外部を活用したイノベーションを模索している」とする。2013年の調査では、自社でイノベーションすると答えた経営者は38%いたが2015年では24%に減り、むしろ外部を活用する企業は47%から54%へと増えている。

 

また次世代テクノロジーの活用に伴うリスクでは、ブランドイメージの損失や財務リスク、コンプライアンス違反などよりも、ITセキュリティリスクが68%と圧倒的に多くなった。他の要因は36%以下である。

 

つまり、テクノロジーを開発し見据え、外部の力を利用するエコシステムを構築し、ITセキュリティリスクを取り除くことが自社の成長のカギとなる。では、この結果を受けて、IBM自身はどうしたか。

 

企業の成長に欠かせないITを提供する場合、ただやみくもに、人海戦術でサービスを提供するのではない。IBMが持つコグニティブコンピューティングを利用して、企業や利用者にサービスを提供する。さまざまなビッグデータ解析をデータアナリストだけに頼っていてはコストがかさむだけ。コグニティブシステムとは、「膨大な自然言語情報を読解し関連付け、人間の質問に回答、確信度と根拠を提示する」ものとし、機械学習によって進化するモノと定義している。

 

コグニティブコンピュータを最近は人工知能ともいう人があるが、定義があいまいな人工知能ではなく、IBMはコグニティブコンピュータシステムと呼んでいる。これは巨大な検索エンジンともいえるコンピュータでありながら、自然言語とその意味を理解する。人間ではもはや考えられないほどの膨大なデータを活用できる。

 

IBMは、さまざまな利用シーンやビジネスケースを打ち立て、プロトタイプも用意している。これによって、製造業やホワイトカラー、流通・保険業、医療、航空産業などさまざまな企業が生産性を上げていくための深い洞察を得ることができるようになる。これまでよりもコストを削減し、生産量を増やし、利益と売上を上げていく企業を成長させるための洞察である。

 

がん治療に対しても、これまで発表された論文を全てコンピュータに読み込ませ、がんと関連付けて結果を出すことができる。データアナリストが集めたデータ分析にも使える。IBMはこのシステムを使ったサービスをクラウド上のAPIで提供する。このサービスをコグニティブコンサルティングと呼び、ビジネスの評価、学習、実際の運用へと活かしていく。

 

参考資料

1.    新将命「経営者の心得」、総合法令出版、201511

東芝は危機を乗り切れるか

(2015年12月30日 20:48)

東芝が危ない。1229日付けの日本経済新聞が3000億円の追加融資を要請するという記事を掲載した。不適切会計処理問題から発展した、東芝の信用はがた落ちでその株価は25日に最低の216円まで下がった。29日には反発し232円まで上がったが、4月ごろまでは500円前後を推移していた。追加融資を期待して株価が少し反発したのであろう。

 

東芝がなぜ危ないか。経営者の問題が取り上げられてきたが、実は社員の意識も悪い。いわば危機感がなく、『絶対につぶれない』と慢心しているからだ。ある媒体で、日経のニュースをまとめ、分析・解説するコラムを担当しているが、1024日に日経に掲載された「東芝、ソニーに事業売却 画像用半導体、200億円で」という記事をそのまま伝えたところ、「この時期になぜこのような記事の配信なのか、わかりません??? 従業員は何も知らされていない中で先に報道が走っており、わざわざ従業員の不安を掻き立てるような記事の配信は今すべきではないのではないでしょうか!!」という意見をもらった。翌日、自分の書いたコメントを取り消す意見が送られてきたが。

 

つまり、東芝の従業員が東芝問題を見ようとしない姿勢に問題があるのだ。不安をあおるのではなく、真実はどこにあるのか、を知らなければ、その先の正確な判断ができない。日経が報じた記事を紹介しただけなのに、これほどまでに敏感にはなっている。しかし、東芝のどこに問題があり、社員はどうすべきか、ということも知らないようだ。

 

元々東芝は、のんきな社員の多い会社だった。技術開発力は高く、賢い(スマート)エンジニアも多かった。三井財閥の伝統的な「おぼっちゃま体質」と世間では、言われていた。だから、利益を求められても利益を生み出す手法を知らない。そのために帳簿をごまかすことはもってのほかだ。経営者がもちろん悪いのではあるが、社員も危機感が乏しい。IT大手のシスコシステムをはじめとする米国の経営者(社長やCEO)には安売りのエコノミーチケットで海外出張する人たちが多いが、お金の有効利用という視点でその事実をブログで紹介したら、「そんなケチな会社にいたら、ケチくさい人間になってしまう」というコメントをいただいた。東芝出身者だった。

 

私は東芝をけなすつもりは決してない。むしろ立ち直ってほしいからこそ、テーマとして採り上げた。今回の事件は経営者の責任が大きいが、経営者だけの責任にすると、僕は悪くない、と社員は思ってしまう。危機感ゼロこそ、会社をつぶす元になる。会社は若い社員が頑張らないと業績は上がらないからだ。だからこそ経営者は社員を鼓舞する義務がある。社員のやる気をどう引き出せるかが経営者の手腕である。かつて経営危機に陥った日産自動車の問題も結局はそこにあった。当時の社員に危機感はなく、自分の部門が赤字でも「他が黒字にしてくれるから」という無責任な意識で仕事していた。カルロス・ゴーン氏が立て直したのは社員の意識改革だった。東芝も同様な意識改革が必要だと思う。

 

東芝に限らない余談だが、仕事で海外に行くならビジネスクラスだが、プライベートで海外に行く場合にはエコノミーを使う人たちがいるが、このような意識こそ会社や役所を食い物にしているのではないだろうか。仕事でもプライベートでも自分はビジネスでなければ嫌だというのであればよいが、プライベートでエコノミーに乗るなら仕事でもそうすべきであろう。これは会社や役所にとっての無駄遣いになる。

 

東芝問題の解決しにくい一面には、内部の力関係も絡んでいる。2014年度の業績を見ると、半導体を含む電子デバイスが17688億円の売り上げで2166億円の営業黒字であるのに対し、テレビやパソコンなどの民生部門は売り上げ11637億円で1097億円という巨額の営業赤字となっており、全社売り上げ66559億円で、営業利益1704億円の黒字という業績だった。つまり、半導体が牽引する電子デバイスだけで全社の黒字以上の利益を稼ぎだしている。にもかかわらず、半導体出身の室町社長は半導体部門のリストラを始め、赤字を垂れ流す民生のリストラを後回しにしている。

 

これだけの事実でも、東芝社長がいかに民生部門に遠慮しているかを物語っている。テレビやパソコン、携帯電話などはとっくに韓国勢に抜かれ、今や中国勢にも抜かれている。韓国企業の最大の脅威は中国勢なのだ。液晶テレビやパソコン、携帯電話にはもはや競争力はない。かつて「レグザ」ブランドのテレビ、「ダイナブック」ブランドのパソコンは一世を風靡したが、すでに落ち目の製品ジャンル。ここにいつまでもしがみついているからこそ、事業を売るにも買いたたかれることになる。

 

社長が民生部門に遠慮している様子が目に浮かぶようだ。東芝の民生部門がリストラを拒否あるいは先延ばしをしている状況は、危機感ゼロと言うしかない。東芝という企業を経営する役員なら、民生事業部門のトップも社長にリストラを進言すべきであろう。大赤字で、東芝全体の足を引っ張っている民生部門が居直っているとするなら、東芝の回復はますます遅れるどころか、下手をするとつぶれかねない。

 

好調な半導体で不調の製品部門を早めにリストラするにも、東芝というブランドが傷ついてしまった以上、高くは売れないのである。幸いにも、アップルに促されて増産しなければならないソニーは、設備投資するよりは安く済む東芝の工場を買うという選択をしたために買いたたかれは防げたが、これはラッキーというしかない。

 

今回の3000億円という追加融資、すなわち借金は、日経によると今期のリストラ費用が2600億円に達することから、これが主な使用目的となりそうだ。リストラと同時に東芝はこれから何に力を注いでいくのか、これまでのような絵に描いた餅ではなく、実行力を伴った戦略を描き、それに基づいた戦術を立て実行していくことが必要だ。後ろ向きの単なるリストラだけでは、企業は成長しない。成長のエンジンを何に求めるのかをもっと明確にしない限り、東芝はますます迷走する。

 

東芝の株価は、問題が発覚した6月よりも前からすでに1割程度落ち、450円程度を動いていた。長期的には2007年には1000円を突破していたが、リーマンショックで250円まで下がった後、500円前後を推移していた。これが4月ごろから下がる一方だった。市場はいち早く気が付いていたのかもしれない。

2015/12/30

「あさ」に通じるオンセミ

(2015年12月16日 23:05)

NHKの朝ドラ「あさが来た」を見ていて、運命をつくづく感じる。嫁いだ家によって姉と妹の運命が大きく違ってしまう。姉の嫁いだ家では、うるさい姑が口だけ出して責任取らないという無責任経営で没落、妹の嫁ぎ先では自由奔放に仕事をさせてもらい家を助けることができた。よく似た世界は半導体でもある。かつて世界一の半導体メーカーであったモトローラからオン・セミコンダクターとフリースケール・セミコンダクタという2社が十数年前分割独立したが、オンセミは他社を買収して生き残り、フリースケールは他の会社に買収され名前が消えた。

 

1980年代はじめ、世界トップの半導体メーカーに君臨していたモトローラ社。半導体事業と通信事業を主力として、当時米国を代表する企業であった。しかし、モトローラはAT&Tの分割と共に企業が弱体化してきた。本体を立て直すためとして、1999年にはモトローラの半導体事業からディスクリートと呼ばれるトランジスタ単体部品事業を分割した。これが今日のオン・セミコンダクターである。

 

さらに2003年には、それ以外の半導体事業を全てフリースケール・セミコンダクタとして分離させた。フリースケールは、マイクロプロセッサやマイコン、さらに通信用IC、自動車用のエンジン制御ICやエアバッグ制御、DSPなどテクノロジーの塊ともいえる最先端半導体を手掛けてきた。いわば、冷や飯組のオンセミに対して、最先端のフリースケールという対照的な2社であった。フリースケールは、親会社依存の強い日本の半導体メーカーとよく似た体質の企業であった。

 

そして201512月。オンセミは、半導体勃興期に活躍したフェアチャイルドセミコンダクターを買収、売り上げ50億ドルの世界半導体のトップランキングに登場する企業に成長した。片やフリースケールはオランダのNXPセミコンダクターズに買収され、その名は永遠に消えることになった。

 

オンセミが買収したフェアチャイルドは、プレーナ技術を開発したロバート・ノイスと、ムーアの法則という名を残したゴードン・ムーアがシリコン半導体製品を出すために始めた企業であり、彼らはその後インテルを創設した。フェアチャイルドは今日の半導体技術の基礎ともいうべきシリコンプレーナ技術を開発した老舗であった。フェアチャイルドは、その後も紆余曲折を経ながら中堅企業としてパワー半導体・ICでの地位を築いてきた。

 

オンセミは、ディスクリートトランジスタという汎用の小信号トランジスタとパワートランジスタや標準アナログ製品しか持たずに、1999年モトローラから独立した。この時のいきさつは明らかになっていないが、独立したというよりも外に切り出された、という感じではないだろうか。プロセッサやマイコンを持つフリースケールと比べると、競争力に乏しかった。フリースケールはテクノロジーの塊とも言えるようなPowerPCアーキテクチャをはじめとして、さまざまなコンピューティング先端技術を持っていた。

 

ディスクリートや標準品で食いつないできたオンセミは経営を安定させた後、成長路線へと舵を切る。2006年から半導体メーカーの買収を積極的に行うことで、製品のポートフォリオを広げてきた。2006年にはかつてゲートアレイで一世を風靡したLSIロジックを買収、翌2007年にはアナログデバイセズの電圧レギュレータ部門を買収、PMIC(パワーマネージメント集積回路)を手に入れた。2008AMIセミコンダクターを買収、高電圧ASIC(カスタム仕様の特殊なIC)やクルマ用のLIN/CANインタフェースICなどを手に入れた。2009年に拡散スペクトル技術を持つパルスコアセミコンダクタを買収、2010年にESD(静電破壊)保護やPMICの得意なカリフォルニアマイクロデバイス(CMD)を、そして2011年に三洋半導体を手に入れた。元三洋半導体だったシステムゾリューションズ部門トップのMamoon Rashid(1)は、日本に住む本社のシニアバイスプレジデントであり、ジェネラルマネージャーでもある。

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1 ON Semiconductorのシステムソリューションズ部門トップのMamoon Rashid

オンセミはこのようにして、標準品から差別化製品を次々に手に入れ、売り上げを伸ばしてきた。2014年にはクルマ用のイメージセンサに強いアプティナを買収、クルマ用CMOSイメージセンサのトップメーカーとなった。そして今回、フェアチャイルドを買収することで、パワー半導体で第2位の地位を占めるようになった。

 

一方、フリースケールは、2003年にモトローラから切り離された。2004年に株式上場したものの、2006年にファンドグループに買われ、モトローラからは完全に独立した形になった。しかし、フリースケールこそ、旧モトローラ半導体を引き継いだ「正統派」のような印象を持つ企業であった。マイクロプロセッサやマイコン、さらに通信用IC、自動車用のエンジン制御ICやエアバッグ制御、DSPなどテクノロジーの塊を手掛けてきた。SiGeのレーダー用RFチップ、MRAM不揮発性メモリなども自動車用のチップとしての地位も高かった。

 

ところが、携帯用チップではモトローラの電話ビジネスが落ち目になり、ノキア、サムスンなどに食われると、フリースケールの携帯電話用ベースバンドチップも傾いてきた。親会社に依存していた体質は日本の半導体メーカーにも通じるところが多い。2006年にファンドグループがモトローラから株式を買い取ることで合意し、モトローラからも完全独立を果たした。

 

しかし、テクノロジー指向のフリースケールは、クルマ用でもルネサスに抜かれた。非常に多くのマイコンやプロセッサの製品展開が仇になってきて、しばらくP/L(売上/利益シート)は良くなかったが、ここ数年はクルマ市場の立ち上がりと共に財務状況も良くなっていた。だから機会を待ってNXPが今買収を仕掛けたのである。しかし、もはやフリースケールという名前は消滅した。

 

オンセミは今後どこへ向かうのか。まず高成長が期待される自動車エレクトロニクスだ。自動車に使われるパワー半導体を、フェアチャイルド買収によって低電圧から中電圧・高電圧へと広げた。さらに通信・産業用の半導体にも力を注いできたこれまでの路線をさらに進めこれからのIoTに対応する。かつての「冷や飯組」から生き残り、さらに成長ロードマップを描き実行しているオンセミに共感する業界人は多い。オンセミこそ、まさに明治時代の実業家、広岡浅子のモデルとなった妹「あさ」に通じるものがある。

                            (2015/12/16)

ジョブスなら有機ELをどう使う?

(2015年12月 1日 00:20)

アップルが2018年発売のiPhoneに有機ELディスプレイを採用するというニュースが1126日に流れた。それを受けて、韓国のLGが有機ELラインの増産計画を打ち出した。日本のジャパンディスプレイも生産計画をアップルに提出する計画らしい。にわかに有機ELディスプレイのスマホへの導入が活発になりそうだ。

 

現在、同じく韓国のサムスンがギャラクシなどのスマホに有機ELを採用しており、サムスンは中小型の有機ELパネルを量産している。LGはスマートフォンよりももっと大型のテレビ向けに有機ELを生産している。液晶と比べ、価格が高いため、有機ELディスプレイはいまだに普及していない。かつてソニーは11インチの有機ELテレビを販売していたが、売れなかった。価格が19万円もしたからだ。

 

有機ELは、有機という名前の通りプラスチックの基板上に形成でき、フレキシブルに曲がるという特長がある。しかも液晶と違って自分で発光するため、映像は美しい。しかし、これだけで液晶の数倍もする価格は高すぎる。悪いことに、特に青色材料は長期的に劣化するという問題もある。スマホのように寿命が2~3年の製品だとこれでもよいが、テレビだと7~8年の寿命は求められる。メーカー側はまだ、そこまでは寿命を保証できない。

 

アップルは、有機ELでどのようなスマホを作ろうとしているのだろうか。スティーブ・ジョブスが生きていたら、恐らくサムスンのような有機ELパネルは使わないだろう。サムスンの有機ELパネルは、ただ単に液晶を置き換えただけにすぎないからだ。絵が美しいからと言って、UX(ユーザーエクスペリエンス)は新鮮か?そうではないだろう。有機ELのもう一つの特長であるフレキシビリティをどのように発揮すべきだろうか、を考えてみよう。

 

一方で、現在のスマホには消費者からどのような要求があるか、を探る上で、スウェーデンを本社にする世界トップの通信機器メーカー、エリクソンのレポートは面白い。この調査レポート、Ericsson Mobility Report 2015の一部を紹介する。ここではLTE対応のアンドロイド端末を対象にして調査した。ディスプレイの大きさに関して図1のように、テレビや録画などのビデオ映像を見る用途では画面は大きければ大きいほど良い。ウェブブラウジングでは5~6インチが最適、ソーシャルネットワーキングでは5~6インチ、通話でも5~6インチが最適という結果だった。

 

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1 ディスプレイの大きさについて調査 出典:Ericsson Mobility Report 2015

つまり、次世代のスマホは5~6インチの画面が望まれていることがわかる。現在のスマホよりは少し大きく、ただしタブレットよりは小さい、「ファブレット」と呼ばれるモバイル端末が求められるといえそうだ。PhabletPhone(電話)Tablet(タブレット)を合わせた造語である。

 

これらのことから、ビデオを見るときは大きな画面で、通話は小さく、ウェブやブラウジングは適度な大きさで、見ることになる。こんなスマホはフレキシブルディスプレイなら実現できる。2010年ごろ、MWC(モバイルワールドコングレス)で折り曲げると携帯電話くらいの大きさになり、丸まったディスプレイを広げると大きな画面になる、というモデルを見つけた(2)

 

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2 フレキシブルなディスプレイを用いた携帯電話 閉じた状態(右上)から開き始め(中央下)、さらに広げる(左上)

 

このように本体を丸めながら、かつ小さくなった時に通話できるという形状のスマホなら、有機ELでなくてはできない応用といえる。それも図2の例では金属筐体のガラケーのようになるが、透明感のあるスマホで、しかも丸められる画面だと、固いボディに従来の液晶、丸められて拡大できる画面に有機ELを使う、というようなモデルが登場してもおかしくはない。

 

2013年のMWCでは、表面が液晶、裏面は白黒のEインク、というスマホをロシアのYota Devicesが発表している(参考資料1)Yota2年かかったが製品化にこぎつけた。Eインクは、キンドルに使われているディスプレイと全く同じもの。電源をオフにしても表示は継続されるという不揮発性である。

 

こうして見ていくと、両面ディスプレイで拡大用に有機ELを備えたモデルが本命ではないだろうか。アップルは、あっと驚くような製品しか作らない。スティーブ亡き後、そろそろ世の中がアッと驚くような製品を見てみたい。

 

参考資料

1.    ロシアのヨタ社、液晶・電子インクの2面ディスプレイを採用したスマホを開発(2013/03/05)

IoTを正しく認識しよう

(2015年11月 1日 00:03)

IoT(インターネットオブシングス:Internet of Thingsはもう古い」とか、「今はIoE時代だ」、「IoTは冷蔵庫や掃除機をインターネットにつなげることでしょ」など、間違った認識を持つ人が多いことに驚いた。非常に残念である。IoTはインターネットにモノをつなげることが目的ではない。インターネットのクラウドに上げたデータを利用してモノやサービスをインテリジェントにし、サービスの質を上げること、がIoTの最大の目的である。新しいビジネスやサービスを通して、経済を活発にすることもその一つ。

 

IoTの定義がいまだにあやふやな日本に対して、米国では定義がほぼ固まってきた。IoT(日本ではCPS:サイバーフィジカルシステムともいう)を利用して、製造業の生産性を上げる目的を持つものをインダストリー4.0あるいはスマートファクトリーと言う。GEGeneral Electric)社は、さらに製造した製品をこれまでのように販売するのではなく、ジェットエンジンや風力タービンのように例えば千マイルごとに、あるいは1kW発電するごとに料金を決める従量制ビジネスを展開する。これがインダストリーインターネットである。

 

米国ではIoEと言う人はほとんどない。Internet of Everythingとは言うが、IoEとは言わない。CPSはかつてIBMが言っていた言葉ではある。最近では霞が関の人たちがよく使っているが、世界的にはあまり言わない。むしろ、スマートグリッドという言葉が登場した頃、Smarter Planetと言っていたが、これこそIoTそのものである。つまり、IoTとは、インターネット(クラウド)にデータを上げ、そのビッグデータを解析することで、モノをインテリジェント化しようというコンセプトである。モノをインテリジェントするだけではなく、解析したデータを提供するサービスも含み、最近ではInternet of Servicesとも言われている。

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1 IoTシステムのコンセプト

 

これらを総称する言葉がIoTである。図1IoTシステムをイメージした。つまり、センサ端末あるいはIoT端末からゲートウェイを通して、集めたデータをクラウド(つまりインターネット)に上げる。物理的にはクラウド上にはデータセンターのサーバーやストレージなどがあり、データセンターでビッグデータを処理すなわち演算・解析する。その解析結果を、ユーザーにサービスとして提供する。ユーザーは、個人だけではなく商業施設から始まり、農業や建機、鉱業、製造業、医療・ヘルスケア、スポーツ医学、電力、ガス、水道など個人向け・企業向けから社会全体へと広がる。新しい革新的なインテリジェンスが広がることになる。だからIoTのインパクトは大きい。

 

このインテリジェンスはビッグデータを解析する技術をデータセンターだけではなく、最近はIoT端末やゲートウェイ側でも持つ必要があると言われてきた。これがエッジコンピューティングである。これはIoT端末やゲートウェイでもデータ解析を行い、整理された形のデータをクラウドに上げようというモノ。従来は生のデータをそのままクラウドに上げ、クラウド上でHadoopをはじめとするデータ解析を行う考えが強かった。しかし、ここ1年で、エッジコンピューティングでビッグデータを予め整理するという考えに代わってきた。新しいコンセプトといえよう。逆にビッグデータ解析には、ニューラルネットワークをベースにしたディープラーニングなど人工知能手法が求められる。どちらも効率よく演算し、解析する技術がこれからますます求められるようになる。

 

National Instruments社は、技術開発に必要な要素はSTEMだという。STEMとは、Science(科学)、Technology(開発技術)Engineering(生産技術)、Mathematics(数学)の略である。Scienceは、文系のPhilosophy(哲学)とも共通する言葉であり、物事の道理を追求し自然の原理を解明する。TechnologyScienceに基づき物理的に具体化する。Engineeringは製品としてビジネスに載せる技術である。そして、MathematicsScienceを具体化するのに必要な表現方式であり、ソフトウエアでアルゴリズムとして表現する。幸いにも半導体にはDSPという積和演算専門のマイクロプロセッサがあり、数値演算に使う級数展開をプログラマブルに計算するチップがある。IoTシステムにはSTEMが必要で、ただ単にインターネットにつなげるものではない。目的と手段をきちんと区別すれば、IoTのインパクトを理解できるはずだ。

 

これらを概観し、解説する本を出したい、とある出版社に提案したら、IoTはもう古い、と言われた。残念ながらIoTのインパクトを理解していただけなかった。これだけではない。エレクトロニクス技術に疎い人たちと話をしていても、IoTはインターネットとつなげるモノのことでしょ、というだけで、それがなぜインパクトをもたらすのか全く分からなかった、という。IoTの正しい姿を描く本はどなたでも構わないが、やはり発行すべきだと思う。IoTやワイヤレスセンサネットワークなどを研究している人たちに正しい知識の本を書いていただいてもよい。さもなければ米国にもっと遅れる恐れがある。それが怖い。

 (2015/11/01)


日経の東芝報道に疑問あり

(2015年10月27日 21:18)

先週末、「東芝がCMOSイメージセンサ―事業をソニーへ売却」、「東芝改革、まず半導体から」などの見出しを日本経済新聞が掲載した。東芝の不正会計問題以上に問題なのは、不採算部門を温存していることだ。東芝の半導体は10%程度の利益率を生む儲け頭である。不採算部門を温存していながら、儲けている部門からリストラする東芝に新聞記者はなぜ疑問を持たないのだろうか?

 

東芝の2014年度(20153月期)における売り上げは66559億円、営業利益は1704億円であった。これを事業部門別に見ると、表1のようになっている。東芝のコア事業である電力・社会インフラ事業は売上238億円だが、利益はその1%にも満たない195億円、次に大きな電子デバイス事業は売上17688億円で利益は2166億円と利益率12.2%を誇る。3番目が水・環境システムやエレベータなどのコミュニティ・ソリューションの売り上げ14107億円で、営業利益が539億円とまずまず。4番目が問題である民生・家電のライフスタイル事業の売り上げ11637億円、営業損益は1097億円という巨額の赤字、そして最も小さなヘルスケア事業は売上4125億円、営業利益が239億円、その他となっている。つまり、半導体がなかったら、東芝は赤字になっていたことになる。

 

1 東芝の2014年度(20153月期)の業績(P/L

 

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東芝では不正会計問題があり、過去に遡って利益を調整したため、営業外損益も加えると、事業ごとの問題が見えにくくなるため、営業損益で表した。また、直近の2015年度第1四半期の決算報告でも同様な傾向が見られた。つまり、半導体を中心とする電子デバイス事業は利益率10%近い黒字だが、他の事業部門はやっと黒字ないし赤字になっている。

 

さて、東芝の採算悪くかつ、将来性も見込めない家電・民生機器の「ライフスタイル」事業部門の数字は全く話にならないほどひどい。真っ先にリストラを実行して、利益の上がる仕組みを作るとか、あるいは黒字化の見込みがなければ売却を考えるとか、早急に手を打つべき部門であることは素人にもわかる。

 

にもかかわらず、儲け頭の半導体部門を真っ先にリストラ対象にするとは、一体どういうことか。これは東芝がいまだに社内パワーバランスが存在し、民生・家電に抵抗勢力が存在することを示唆している。半導体はこれまで、社内の不具合があると真っ先にスケープゴートにされてきた。新聞などのマスコミは、半導体を悪者にするという電機メーカーの経営陣の意のままに記事を書き、日本の半導体没落に手を貸してきた。

 

実際には、民生・家電を中心とする日本の電機メーカーのコア部分である民生・家電でデジタル化と共にアジア勢に負け続けてきたことが不振の原因だった。企業の不調を半導体のせいにして、半導体産業を自社から切り離したが、民生・家電の大赤字にやっと気が付いた。それがパナソニックであり、ソニーであり、シャープであった。国内の半導体メーカーは主に国内の民生機器・家電メーカーに納めてきたために業績が悪化してきたのである。海外のコンピュータや民生機器メーカーに半導体チップを売っていれば、これほどひどくはならなかった。国内の民生・家電メーカーを相手にしてきたから、沈んだのである。

 

半導体メーカーの中で唯一、利益率が良かったロームでさえ、国内民生機器メーカーに納入してきたため、リーマンショック時には赤字に転落した。電機メーカーの不調の原因は民生機器のデジタル化について行けなかったところにあった。にもかかわらず、電機メーカーは半導体を悪者にしてきた。

 

今回の東芝の姿勢も全く同じであった。半導体をリストラする。その代表的な製品としてCMOSイメージセンサをソニーへ売却するということにつながった。しかし待てよ。このままパナソニックやソニー、シャープと同じように民生機器にメスを入れず半導体を悪者にしていればどのような結果になるか、明白であろう。東芝も民生機器メーカーと同じ道を歩むことになる。本当にこれでよいのか?

 

民生を真っ先にリストラしなければ東芝の未来はないだろう。半導体出身の室町社長が家電・民生に遠慮していては、東芝はソニーやシャープのような運命をたどることになる。ここは、全社的な目で事業部門を見て、改革すべきであろう。社内の抵抗勢力に遠慮していては、改革はできない。

                                               (2015/10/27)

誰でもメーカーになれる

(2015年10月18日 21:15)

メーカーズムーブメント(Makers Movement)という言葉をご存じだろうか。米国ではある種のブームである。作り手が従来のような工場や企業から、大学やモノづくり愛好者など「アマチュア的なプロ」へと広がってきているという状況を表す言葉である。誰でもメーカーになれる、という時代に来ていることを意味する。ここ12年、3Dプリンターの浸透や、3D CADの使い勝手の向上(参考資料1)、マイコンの普及など、何百万円、何千万円もの大金をかけなくても、モノづくりができるという環境が整ってきた。

 

1週間前に、電子・機構部品商社のマウザーエレクトロニクス(Mouser Electronics)の人たちにディナーをごちそうになり、最近の動向の情報交換をしているうちに、意外なことを耳にした。理工系大学生や大学院生が行きたい就職先は、モノづくり企業ではなく金融やサービス業であることがこれまでの常識だった。もはや誰もメーカーに喜んで行かない、とさえ言われた。ところが、金融やサービスから再びモノづくりに行く学生・院生が増えてきたというのである。

 

米国のモノづくりは1980年代からずっとアジアを中心にやってきた。少し前までアジアから中国へとシフトしてきた。しかし、再び米国へ戻ってきた。アジアや中国の賃金が高くなりすぎ、しかもロボット化が進み、人件費比率の高いモノづくりが姿を変えてきたことが大きい。製品原価に占める人件費比率の高い業種や製品が次第に変わってきたのである。こうなると無理してアジアに行くまでもない。米国内でモノづくりを進めればよい。こういった状況が続いてきている中、さらにメーカーズムーブメントの動きも活発になってきた。

 

起業しやすい環境にある米国の産業で、ファブレスのモノづくりが盛んだが、ファブレスでさえも、実際に実験室でモノを作ってみなくてはEMS(エレクトロニクス関係の製造専門の請負業者:例えばアップルのiPhoneは、台湾を本社とする鴻海精密工業の中国工場で大量生産している)に頼むことはできない。全く新しいコンセプトの製品を生み出す場合には、試作品を作って検証してみることはファブレスといえども常識である。

 

まず試作して意図するとおりに実際に動くかどうかを確認する作業が必要である。企業に属さない者が実際にモノを作り、それを実証して見せる。だからこそ、ベンチャーキャピタルが資金を提供してくれる。絵に描いた餅では、調査費用程度の金額しか提供してもらえない。

 

今年の夏に参加したナショナルインスツルメンツ社の一大イベント、NIWeek2015でも、今回のマウザーの話でも誰でもメーカーになれる、Makers Movementという動きがはっきり見えるようになってきた。マウザーは電子部品を誰もが注文できる部品のディストリビュータである。だからこそ、新しいメーカーズムーブメント市場への手ごたえを感じているという訳だ。

 

半導体ファブレス企業のBroadcomは数年前からWiced(魔女を意味するウィッキッドと同じように発音)と呼ぶBluetooth Smartの開発キット(1)を企業向けだけではなく、素人でもロボットやガジェットなどに通信機能をつけてインターネットにつなげられるIoT(インターネットオブシングス)デバイスを作ることができる環境を整えるように向けてきた。同じくファブ部門を持っていたファブレス半導体のIDTは、ワイヤレス充電の開発ボード(図2)を一般市場にも売り出し、素人でもワイヤレス充電機を作れるようにしている。

 

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1 BroadcomBluetooth Smart開発キット

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2 ワイヤレス充電機は誰でも作れるようになる 自作のロボットやドローンに付けてもよい 写真はIDTの電力の送受信機

 

米国のメーカーズムーブメントの動きは本物のようだ。半導体メーカーさえもがこの動きに同調するようになってきたからだ。

 

このようにして回路ボードの動作を確認できれば、次は実際の製品のイメージを描くためにモックアップを作る訳だが、メーカーのエンジニアが作っていたように、今は3Dプリンターで描くことができる。それを手助けするのが、以前紹介したソリッドワークスの最新3D CADである(参考資料1)。エレクトロニクスが動作し、それを含むロボットやガジェットのモックアップができれば、ベンチャーキャピタリストや出資者に見せることができる。しかも、複雑な形状でも3D CADがカバーしているため、モックアップではなく、ロボットやガジェットの試作品を実際に作れるところまで来ている。十万円程度で可能になる。米国ではロボットやガジェットは3Dプリンターよりもずっと安いレゴブロックで作る若者もいるという。レゴブロックに電子回路を搭載し、実働するレゴロボットを作るのである。若者がモノづくりに起業しやすい環境は着実にできつつある。

 

参考資料

1.    3D-CADに見る日本企業の弱点(2015/10/06

                                                              (2015/10/18

IoTを軸に買収劇が展開するシリコンバレー

(2015年10月17日 01:03)

シリコンバレーで取材していると、日本で語られているIoTInternet of Things)に違和感を覚えてしまう。IoTはインターネットにつなげることが目的ではない。あくまでも手段である。その手段としてのテクノロジーをどう表現するかという問題である。IoTを利用する目的が工場の生産性を上げることであればIndustry 4.0と呼ばれ、ビジネスモデルを変えるのであればIndustrial Internetと呼ぶ。IBM7~8年前にSmarter Planetと表現していたコンセプトもIoT端末を利用してインフラの効率を上げようとする概念である。

 

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図 シリコンバレーの一角にあるDouble Tree Hotel

 

日本ではクルマをIoTの代表のようにいうフシがあるが、こちらではクルマとIoTは別物と考えている。なぜか。クルマには、エンジン系、ボディ系、シャーシ系、インフォテインメント系、さらにADASなどの安全系など、エレクトロニクスを駆使するテクノロジーが満載されている。この内IoTと関係するのはIT化の部分だけ、それもインターネットとつなげて情報処理し、それを利用することはまだそれほど多くはない。自動運転でさえ、ネットとつなげる場合もあるが、つなげないことも多い。

 

むしろ、組み込みシステム(Embedded system)と称してきたものが全て、IoTと係わってくると見る方が自然の動きになっている。今後、組み込みシステムという言葉は死語になり、IoTになってしまうだろう。というのはIoTのテクノロジーは組み込みシステムに通信機能を付けたものだからである。通信機能を付けることはもはや常識になり、全てモノに通信機能が付き、しかもネットとつながって、目的とする処理を行い、その計算結果を利用してサービスを提供することになる。ちなみに、米国と欧州ではIoEという人はほとんどいない。IoTまたはInternet of Everythingと言うが、IoEとは言わない。また、サイバーフィジカルシステム(CPS)という言葉も、数年前にIBMが使っていたが、今は全てIoTに変わってしまったようだ。

 

さて、IoTとそれを利用したサービスがこれからの成長エンジンであることは、間違いない。シリコンバレーではIoTを軸にして、あらゆるものが動いている。半導体業界の再編もその一環である。

 

15(米国時間)は、アナログ半導体メーカー2社の合併の動きがあった。マキシムインテグレーテッドとアナログデバイセズが合併に向けて話し合いに入ったという噂が流れた。その少し前に、デルがデータセンター市場に向かいストレージのEMC670億ドル(7兆円)で買収するというニュースがあったばかり。中国の政府系ファンド、紫光集団がマイクロンを230億ドルで買収提案したが、米国政府がNoと言うだろうから、台湾を囲い込んで買収へ持ち込もうという意図みえみえの動きをしている。この中で、戦々恐々としているのがサンディスクだ。マイクロンがウェスタンデジタルと組んで、サンディスクを買収しようとしているというニュースも流れているからだ。また、インテルの第3四半期決算発表があったが、売り上げと利益が前年同期比で減収減益になったのにもかかわらず、好意的に受け止められている。これらの動きは全てIoTと関連している。

 

まず、マキシムとアナデバとの合併話だが、両社共にコメントを出してはいないため、今のところ噂話にとどまっているが、このうわさが流れた後、両社とも株価を上げた。14日の終わりにはアナデバは8.8%増の160.99ドルに、マキシムは10%増の38.33ドルにそれぞれ上がった。この結果、両社の時価総額(平均株価×発行株式数)はアナデバが190億ドル、マキシムは110億ドルとなった。アナデバはA-Dコンバータ/D-Aコンバータなどのデータコンバータやアンプが強い。これに対してマキシムは最近スマートフォンやタブレットのようなモバイルデバイスの電源ICDC-DCコンバータ)などで業績を伸ばしている。同じアナログ半導体メーカーといえ、お互いに補完し合う製品を持っている同士だ。これらはIoTのフロントエンドと機器の全てに使われる半導体である。さらに、アナデバは今年の6月にRFデバイス(通信機能を担う)専門メーカーのヒッタイトマイクロウェーブを買収すると表明した。つまり、IoT端末やゲートウェイ、データセンターでさえも、これらの半導体が使われる。

 

紫光集団がマイクロンに対して買収提案を仕掛けた後、マイクロンが一部出資している南亜科技の社長である高啓全氏を紫光集団が引き抜いたと台湾では噂されている。その目的は、高氏を紫光集団の役員に迎え、南亜科技の買収そしてマイクロンの買収へと持っていきたいためであろう。紫光集団は、南亜科技をバッファとして、しかも社長を引き抜くことで、マイクロン買収で米国説得を担うためではないだろうか。

 

紫光集団がマイクロンを支配したいのは、DRAMだけではない。NANDフラッシュも欲しい。これに対してマイクロンは、ウェスタンデジタルと組み、サンディスクと買収の可能性を話し合い始めたという噂も出てきた。マイクロン、ウェスタンデジタル共、コメントを避けており、まだ噂のレベルにとどまっている。しかし、先月ウェスタンデジタルは紫光集団から38億ドルの出資を受けており、どうやら紫光集団はマイクロンだけを買ってもNANDフラッシュのトップに立てないと考え、サンディスクも含めて買おうとしたのではないだろうか。さもなければ、サムスンと東芝には勝てないからだ。紫光集団がマイクロンとサンディスクの両方を手に入れると、東芝、サムスンにとっては脅威になる。メモリはIoT端末だけではなく、データセンター、データストレージなどやはりIoTと関係する。

 

最後にインテルの評価にも触れておこう。これはアナリストが当初ダメという烙印を押した予想よりも良かったために評価が上がったということだ。Q3の業績は売り上げが前年同期の146億ドルに対して145億ドル、利益は同33億ドルに対して31億ドルと減収減益だった。当初のアナリストの予想が売り上げ142.2億ドルとしていた。当初の見込みよりも良かったのは、PCQ37.7%減になったのにもかかわらず、インテルの業績がほぼ横ばいだったからだ。インテルはサーバ市場で伸ばし、IoT市場でも金額は小さいが10%伸ばした。PCは特にWindows 10はこれまでと違って、PCの購入を促さなかった。だからPC用のプロセッサの売り上げはかなり落ちたはずだが、インテルはPC以外の市場を積極的に広げた戦略が奏功した。元々IoTではコンピューティング能力が求められるゲートウェイ以上の上位レベルにフォーカスしていたが、スマートウォッチ企業ベイシス社を買収するなどIoT端末市場にも広げている。PC時代の落ち込みを成長しそうな分野へのシフトで補おうとしているインテルの戦略は、日本企業にも参考になるはずだ。

                               (2015/10/17