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特集:ハードでもセキュアにする時代へ(3)

(2016年9月 5日 17:16)

システムの中をソフトウエアだけではなくハードウエアもセキュアにしようとすると、やはり半導体にアクセスするのを制限することになる。また、半導体にアクセスして侵入できたとしても、大事なデータを読めないように暗号化することも半導体ができる仕事になる。つまり、半導体へのアクセス制限と、データの暗号化がセキュアにするカギとなる。

 

暗号キーをチップのバラつきで作成

半導体チップに暗号キーを埋め込み、簡単にアクセスできないようにするIP(半導体内の一つの重要な回路のこと)を台湾のeMemory(イーメモリと発音)社が開発、日本や欧州のセキュリティを重視する企業にアプローチしている。これは、暗号を破られないように、半導体チップが持つ許容バラつき範囲内のバラつきを各チップに持たせるようにしてそれも暗号キーとして組み込んでしまうのである。eMemory社は、顧客企業を絞り日本、欧州とそれぞれ3~4社と話し合ってきたが、日本企業は相変わらず対応が遅いが、欧州の顧客1社とは共同開発に入ったという。

  半導体チップのセキュリティを重視する企業は、それほど多くないため数社に絞り、顧客が自分で暗号キーを生成する手助けを行う。eMemoryはあくまでもIPを提供し、顧客のチップに組み込む支援を行うか、あるいは暗号キーと乱数発生器を集積したチップそのものを提供するか、いずれかのビジネスになる。このIPはアンチフューズ方式の不揮発性メモリの一種のOTPOne Time Programmable)メモリであり、暗号キーを生成するのはあくまでも顧客である。eMemory が提供するのはあくまでもプログラムツール。暗号化するのは顧客(半導体メーカー)となる。

  この不揮発性メモリIPNeoFuse IPは暗号キーを半導体チップに埋め込むために使う訳だが、二つの方法を使う(図1)。一つは乱数発生器回路を組み込むことで、もう一つはチップが持つ許容範囲内のプロセスばらつきを利用する方法だ。この二つの方法を使って暗号キーを作れば、乱数コードが例え解読されても、プロセスばらつきまで解読できない。プロセスばらつきを利用する方法は、正常品として動作するチップに32ビット分のメモリに、01かの電圧をかけ、わずかなプロセスのばらつきによって0でも1でもなるように高レベルの電圧をかけてプログラムする。このためチップによって0になるものも1になるものも出てくる。このため人為的に数字を調整できない。

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図1 暗号キーを乱数発生器と許容内のプロセスばらつきを利用して生成するeMemoryIP PUFPhysical Unclonable Functionの略 出典:eMemory 

  eMemoryの技術のメリットは、ランダム性が自然に決まり人為的な要素が入り込まないため、機密性が保たれやすい。しかも、アンチフューズ型でプログラムするため、温度や電圧が多少ばらついても、書きこんだ情報が反転することはない。浮遊ゲート方式だと、温度や電圧、過電圧などの影響を受けやすかった。

  このIPをチップに集積する場合、すでに0.15µmプロセスから28nmプロセスまで対応できており、16/14nm FinFETプロセスも開発されてきた。10nmプロセスへの適用検討も始まっている。eMemoryIP技術は営業活動で日本を回っているが、動きがいまだに遅いのが気になるとしている。

 

ARMImaginationはセキュアな部屋を確保

  ARMと同様、IPベンダーであるImagination Technologiesが開発したセキュリティ手法は、OmniShieldと呼んでいる技術であり、コンテナと呼ぶ部屋が最大255室ある。それぞれセキュリティの高い部屋と低い部屋を用意しておき、しょっちゅう使う部屋はセキュリティレベルが低く、データを絶対にセキュアに保ちたい部屋は高くする。

半導体チップ上には、CPUGPU、メモリ、周辺回路などがあるが、超高集積のLSIだと仮想化技術を使って、1チップなのに複数のシステムLSIが集積されているように見せかけることができる。この仮想化技術を使えばSoC1CPU1GPU1+メモリ1+周辺回路1)、SoC2CPU2+GPU2+メモリ2+周辺回路2)、SoC3、、、、というように多数のSoC(システムLSI)が集積されているように見えるチップを設計できる。SoC1はセキュリティをかけずにウェブブラウジング専用で使い、SoC2はカギを格納するセキュアなデータ演算機能として使う、といった使い方を行うことができる。

そのためのカギはTLBTransaction Lookaside Buffer)という物理アドレスと論理アドレスを対応させた情報を格納するメモリを用意し、そのアドレスを二重化する。さらに、セキュアなTLBとセキュアではないTLBを分け、認証するためのセキュリティ制御回路RoTRoot of Trust)が認証を制御する。

 

ファイヤーウォールで隔離

 クルマ用のマイコンに強いルネサスは、セキュアな部屋とセキュアではない部屋の間にファイヤーウォールを設け、認証されたデータだけを通すという仕組みを考えている。クルマを大きく分けると、情報系コンピュータと制御系コンピュータといえるが、外部とインターネットなどでつながるケースは情報系から通信モジュールを通して外部のインターネットとつながっていることが多い。このため、インターネットとつながる情報系と、情報系のデータを元にブレーキをかけたりアクセルを強めたり、モーターの回転でハンドル回転を支援したりする、制御系との間にファイヤーウォールの壁で隔離する(図2)

Fig6Renesas.png

 

図2 情報系からはファイヤーウォールを設けて制御系へ入る 出典:ルネサスエレクトロニクス

 クルマのコンピュータはECU(電子制御ユニット)と呼ばれ、1台のクルマに何十個も搭載されている。制御系ECUでは、アクセル動作に関係したECUやワイパー用のECU、インフォテインメント用のECU、エンジンの最適なタイミングで点火させ、有害ガスの排出を激減させると同時に燃費を改善させるECU、など様々なECUがクルマの各所に分散配置されている。ECUには、マイコンと呼ばれる半導体を搭載しており、それぞれの機能を実現し性能を上げている。

  例えば自動ブレーキシステムでは、情報系のECUではカメラやミリ波レーダーで前方に人やクルマを認識し、制御系ECU(エンジン制御やボディ、車両系など)につながって、ブレーキをかけている。情報系ECUが前方の物体にぶつかりそうだと判断すると、ブレーキを掛けろという指令を制御系のECUに送り、ECUからブレーキパッドを締め付けるためのモーターを駆動し、止まることができる。このため、ネットとつながっている情報系と、クルマの基本動作に係わる制御系を分離することがクルマでは重要になる。その分離技術については詳しくは語らない。

 ルネサスはIoT向けのデバイスでもセキュアにするため、暗号キーの格納場所をよりセキュアにした。これまではセキュリティ用の暗号キーを、フラッシュメモリ回路に入れていたが、暗号発生回路のあるセキュアな部屋の中にフラッシュメモリを設け、そこに暗号キーを格納することで、よりセキュアにした。トラステッドセキュアIPと呼んでいる。乱数発生器による鍵生成情報と、チップ製造時のユニークID情報を使って暗号キーを作成するとしている。この暗号キーはOTPなどのメモリではなく、ロジックで組んでいるという。ルネサスは強固なセキュリティを容易に設計するためのツールも提供する。今後ルネサスは、自社のマイコンにこの暗号化技術を拡大していくとしている。

  ハードウエアでのセキュリティの確保は、これまでのソフトウエアだけのID/パスワード方式よりもより厳しい。とはいえ、ハッカーはセキュリティを突破することが楽しみだからこそ、いつかは破られる。しかし、何もしなければ家のカギをかけていない状態と同じことなので、侵入しやすい。少しでも破りにくいシステムにすることはやはり常道であろう。

(2016/09/05)

特集:ハードでもセキュアにする時代へ(2)

(2016年8月30日 22:24)

なぜ、セキュリティがこれから重要になるのか。大きな市場は二つある。一つはクルマ。もう一つは工業用IoTIIoT)である。なぜクルマが重要か。今後は常時つながるようになるからだ。もう一つのIIoTも少なくともゲートウエイは常時つながる。だからこそ、ハッカーに狙われやすい。

クルマの常時接続では、2018年から欧州でeCallサービスが始まる。これは、事故を起こした時にその情報が即座に交通事故管理センターに送られる。そのためにGPS/GNSSなどの衛星を使った位置サービスと情報を転送するセルラーネットワーク用の通信モジュールが必要となる。これによって事故を起こした本人がたとえ意識を失っていても駆けつけてくれる時間は短縮され、かつては救えなかった命を救うことができるようになる。eCallは、2018年に販売される新車には全て装着が義務付けられる。

基本的にはセキュリティは、パソコンなどでわかるようにIDとパスワードによる認証で管理している。パソコンなどのコンピュータはIDとパスワードで起動するようになっているが、いったん起動してインターネットとつながると、サイバー攻撃者がパソコンソフトウエアOSの脆弱な部分を狙う危険性が出てくることと同様にクルマも狙われやすくなる。このためセキュリティをどう組み込み、規格化していくかという仕組みの標準化が重要になる。しかも、これまではクルマのIPアドレスを見つけても、コンピュータに入れなくする方法、コンピュータに入っても暗号化してデータを読めないようにする方法などがある。クルマでは両方が重要だろう()

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図 半導体というハードウエアでシステムをセキュアに守る 出典:Infineon Technologies

 

ただし、セキュリティを堅牢にすればするほど使いにくくなることは間違いない。例えば、家のカギを何種類も用意して多数の場所にカギをかければ不審者は家に侵入しづらくなる。一方で、家に入るためにいくつものカギを開けなければならないとなると、不便になる。そこで、コンピュータの動作の中でもいくつかの部屋に分け、しっかり鍵をかける部屋とかけない部屋に分けるということになる。いつも使っていながら、外部から見られてもそれほど問題にはならないような動作、例えばウェブブラウジングをしている動作などにはカギをかけず、重要なデータをしまっておく場所にはカギをしっかりかける、という使い方をする。

セキュリティは、ID/パスワードだけのソフトウエアだけでは心もとない。ハードウエア上でもセキュアにする方法が望まれている。マイクロプロセッサのIPベンダーであるARM社が開発したTrustZoneという考え方は、上記と同様、プロセッサの内部を二つに区切り、セキュアな部分とセキュアにしない部分を設けて、セキュアな部分にアクセスしたいときは予め登録されたIDのアクセスしか認めないという方式を採る。このためアクセス権限のない外部者はチップに侵入できない。

但し、ソフトウエア的な認証だけでは、サイバー攻撃者は、IDとパスワードをスキャナーなどでしらみつぶしに走査しながら見つけてしまうというような方法などをとってきた。時間をかければパスワードを見つけられてしまう。このためサイバー攻撃者とは常に防御システムとのイタチごっこになっていた。

 

データを盗まれても読めないようにする暗号化

そこで、コンピュータに侵入され重要なデータを盗まれたとしても、データを暗号化しておけば、さらに解読するための時間を稼げる。ID/パスワードを見つけるのに2~3年かかるとして、暗号を解読するのにまた2~3年かかるとすれば、両方の防御システムを導入して4~5年おきにパスワードを変え、暗号を変えれば、サイバー攻撃をかなり防ぐことができる。

ハッキングのセキュリティもスマートカーには必要となるが、クルマをもっと賢くするために安全性を確保したうえでの新しい方法が求められるようになる。さらに、クルマだけではなく、クルマとつながるクラウドとの接続や、V2Xのクルマと他との接続でもセキュリティを強化する必要がある。

Infineonはセキュリティを確保する暗号化技術にフォーカスしてきた。20125月に発売したInfineon32ビットのトライコアマイコンAurixファミリは、クルマ向けのマイコンである。チューニング保護機能やイモビライザー、セキュアなオンボード通信機能などがある。このチップには、ファイヤーウォールを介してセキュアな部屋を設けたハードウェア・セキュリティ・モジュール(HSM)を組み込んでいる。HSMには、32ビットCPUと、暗号鍵を格納するための特別なアセクスで保護されたメモリ、独自のサブスクライバID照合回路、最新の128ビット暗号化アクセラレータ回路、独自の乱数発生回路などを集積している。Aurixチップはファイヤーウォールを隔ててHSMを集積している。HSMによってマイコンはセキュアに守られている。

さらに、HSMの中のハードウエアのセキュリティ周辺回路を制御するためのSHE+Secure Hardware Extension)ドライバソフトウエアもある。このソフトでトライコアのホストプロセッサとやり取りする。SHE+AUTOSARCRYインターフェースを提供し、HSMセキュリティ機能をクルマ用のアプリケーションに搭載する。このアプリがAUTOSARとのインターフェースやHSMとトライコアとの通信、鍵の格納機能、セキュリティ周辺ドライバ機能を持つ。

またInfineonはクルマ以外でも、外部からの不正アクセスや攻撃からコンピュータシステムを守るためのTPMTrusted Platform Module)マイコンファミリーも開発している。むしろTPMの方が古く15年以上の実績を積んできた。このマイコンは、セキュリティの国際規格である「Common Criteria」と、公正な非営利団体のTrusted Computing Group(トラステッド・コンピューティング・グループ-TCG)の認証を受けており、暗号化によるデータの保護、さらにはアプリケーションも組み込まれている。これによって安全な認証であると同時にユーザーの身元保護を強化している。

加えて、Infineonは、IoTや組み込み向けの認証方式のチップ、OPTIGA™ Trust」シリーズなど幅広い製品ポートフォリオを持っている。連載3回目は、Infineon以外のメーカーのセキュリティへの取り組みを紹介する。(続く)

                               (2016/08/30)

特集:ハードでもセキュアにする時代へ(1)

(2016年8月28日 21:06)

 セキュリティはこれまでのソフトウエアだけから、ハードウエアもセキュアにしてサイバーアタックを防ぐことを考えなければならない時代に入った。この特集では、ハードウエアのセキュリティがいかに重要で、ハードメーカーがどのように取り組んでいるかを3回に分けてレポートする。

  IoTやクルマなど様々なモノがインターネットにつながる時代を迎え、これまでのパソコンやスマホのような単純CPUOSのシステムのセキュリティからマルチコアCPUや仮想化システム、マイコンを含む組み込みシステムでは、これまでのセキュリティをソフトウエアだけではなく、ハードウエアでも確立しなければならなくなってきた。OSだけではセキュリティを守りきれないからだ。

 

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図 ドイツInfineon TechnologiesChip Card and Security部門PresidentStefan Hofachen

  すでに数年前からドイツのInfineon Technologiesはセキュリティビジネスの先頭に立ってきたが、B2B(ビジネスからビジネスへ)ビジネスであるため、あまり知られていなかった。セキュリティは安全・安心で当たり前だからである。しかし、この安全・安心が当たり前ではなくなりつつある。Infineon6月に「IoT/インダストリー4.0 セキュリティフォーラム」セミナーを開催()、工業用IoTやクルマのセキュリティが問題になってくる時代を迎え、その問題を提起した。

  これまでInfineonの独壇場だったセキュリティ分野だが、最近になり各社からセキュアにする技術やIP、半導体製品などが続出している。マイコンと自動車に強いルネサスエレクトロニクスがセキュリティ技術を強化したマイコンをリリースし、IPベンダーのImagination Technologiesはセキュアな仮想化システムに対応できるOmniShield技術を昨年発表した。ARMImagination と同様なIPベンダーである台湾のeMemory(イーメモリと発音)社もセキュアな暗号カギを格納する技術を開発、売り込みに来ている。さらに、米国のマイコンメーカーであるMicrochip Technology社がアマゾンのクラウドサービス(AWS)向けに暗号技術を搭載したECC508A暗号コンパニオンチップをリリースした。

  従来のセキュリティはOSで制御してコンピュータへの侵入を防ぐID・パスワードだけのソフトウエアベースのセキュリティだった。OSをアタックして、脆弱な所を狙って侵入するハッカー(日本IT関係者は悪意を持って侵入するモノをクラッカーと呼んでいるそうだが、海外ではクラッカーという言葉はあまり使われていない)は、ID/パスワードをスキャンして突破する試みなどを何年もやってきた。ハッカーとコンピュータシステムとの間で常にイタチごっこを繰り返してきた。このセキュリティシステムをさらにハードウエア(半導体)レベルにも適用しようというのが最近の動きである。

  なぜ今ハードウエアまでセキュリティが必要か。そのきっかけは、インターネットにつなげたクルマでの実験だった。2015721日の米Wiredのウェブページで紹介された記事(参考資料1)によると、米国車「Jeep Cherokee」を使った実験ではパソコンでクルマを遠隔操作できることがわかった。いわゆるクルマをパソコンから乗っ取ることができるのである。

  この実験では、Wiredのベテラン記者が2人のハッカーに依頼し、クルマを乗っ取れるかどうかを調べたもの。ドライバーは高速道路を走行中に、カーコンピュータのタッチスクリーンを操作できなくなり、エアコンの空気の口からは冷気が流入し、座席の温度制御システムを通して衣服まで冷たくなった。さらにスピーカーからは最大ボリュームでパンクロック音楽が流れだし、ボリュームを回して音量を下げることができなくなった。挙句の果てに、フロントガラスのワイパーが勝手に動き出し、洗浄液まで出て窓を拭き始めた。

  ドライバーはクルマ運転していただけなのに、こういった動作が勝手に始まったのである。最後には、ドライバーはアクセルを踏み続けているのにもかかわらず、パソコンからアクセルを遮断してクルマを止めた。これらは実験ではあるが、クルマのM2M(マシンツーマシン)通信モジュールを通してモバイルネットワークを経てインターネットとつながることで、クルマのコンピュータをハッキングできた。悪意を持ってサイバー攻撃すれば命にかかわる。

  スイカやパスモのようなICカードは、常時つながっていないため、セキュリティは守られやすい。たとえ、つながったとき(改札口や支払いリーダーにタッチした時)でさえ、カードのセキュリティはハードウエアで守られている。カード情報を盗むとしたら、改札口のリーダーそのものから情報を奪うしかなく、これはほとんど不可能に近い。駅員や乗客など常に人の目にさらされているからだ。

  クルマは、NFCカードとは違って、常にインターネットとつながるようになるからこそ、堅固なセキュリティが望まれている。しかもクルマにはECU(電子制御ユニット)と呼ばれるコンピュータが1台に何十個も搭載されている。これらのコンピュータを外部から遮断し、侵入を防がなければならない。また、セキュリティのレベルを整理しておく必要性もある。クルマの安全性は機能安全という規格で安全レベルを規定したが、セキュリティに関しては残念ながらまだ規定はない。もし各社バラバラにセキュリティを勝手に定義すれば、セキュリティシステムをゼロから組まなくてはならなくなる。このため、ある程度、セキュリティレベルを定義し、規格化しなければコスト的に見合わなくなる。(2回へ続く)

 

参考資料

1.    Hackers Remotely Kill a Jeep on the Highway with Me in It.

ルネサスのIntersil買収が事実なら妥当

(2016年8月23日 21:41)

 822日、日本経済新聞は、ルネサスエレクトロニクスが米アナログ半導体メーカーのIntersilを買収するための最終交渉に入った、と報じた。買収交渉が事前に漏れることは常識ではありえない。事前に漏れると、お互いの信頼が崩れるからだ。ルネサスは同日のニュースリリースで「本件は当社が発表したものではありません。当社は事業のさらなる成長に向け、本件を含めさまざまな可能性を検討していますが、現時点で決まった事実はありません」と述べている。

 日経の報道はもちろん誰かのリークであろうが、ここでは詮索しない。これが事実であれば、Intersil買収は、ルネサスの呉社長が最近のインタビューで述べていた買収戦略に沿ったものである。呉氏は、規模を大きくするための合併なら固定費の削減以外の効果は全く期待できない、と述べており、同じような製品で規模を拡大して2位や1位になることがルネサスの目的ではない。だからこそ、ルネサスがそれほど強くないアナログ分野をIntersil買収によって、アナログ製品を強化することは、自動車エレクトロニクス、産業エレクトロニクス共、ルネサスを成長させるだろう。呉氏は、ルネサスの強みである自動車用マイコンをオセロゲームの角(絶対にひっくり返されない)にたとえ、そこから陣地を広げていき自動車用半導体を強くしていくと述べている。これがルネサスの方針である。

  かつて、ルネサスは日立製作所と三菱電機のシステムLSI部門を統合し、似たような製品同士の合併を行った。さらに愚かなことに、NECエレクトロニクスに対しても同じようなマイコン製品を持っているのに合併させた。同じ種類の製品を持っている者同士の合併は、失敗したという苦い経験を持ち苦労を重ねてきた。こういった過去の失敗の経験を活かし、「買収は戦略的買収でなければ意味がない」と呉氏は語っている。

  アナログの得意なIntersilとは何者か。Intersilは、最初のWi-FiチップであったIEEE 802.11bで圧倒的に高い市場シェアを握っていた。しかしWi-Fi規格がより高速の802.11aに移り、802.11bがコモディティ(誰もが参入できる超汎用品)になると、素早く11bチップから撤退した。そしてアナログに集中した。アナログ回路はテクノロジーの知識と発明のセンスが求められ、差別化できる商品を作れるからだ。

  スマホでは通話を終了した後に耳から遠ざけると画面が暗くなるが、これはアナログの光センサ(照度センサ)を搭載しているからであり、この照度センサICチップを手始めに、最近ではToFTime of Flight)法を用いた測距デバイス(レーザーの送受信により対象物との距離を測る)をリリースしている。これはドローンを制御しやすくし、障害物にぶつからず、しかも軟着陸も容易にできるようにするために使える技術だ。ドローンだけではなく、大画面ディスプレイのジェスチャー入力にも使える。

  電子回路に供給する電源を最近パワーマネージメントということが多いが、このPMICも得意だ。特に最近は、産業用の電源48Vからいきなりハイエンドプロセッサ向きの1Vへと落とすDC-DCコンバータをリリースしており、パワーマネージメントでも強い。

  しかもルネサスと共通するのは、製品ポートフォリオではなく、品質が高いことだ。もともとIntersilは、航空・宇宙・防衛といった高品質の製品を得意としていた。その前身は、軍用エレクトロニクスに強いHarris Semiconductorであり、GEGeneral Electric)の傘下にいた時期もあった。

  PMICはこれからも重要な分野である。全ての電子回路には電源回路が必要だからだ。しかもICによっては1V1.2V3V3.3V5V7Vなど様々な電源電圧が必要になっている。例えば身近な例で、スマホは4V弱のリチウムイオン電池1本で動作するが、スマホに搭載されたICの最適な電圧は7~8種類も必要である。このため4Vの直流DC電圧から別のDC電圧1.2V3.3Vなどを作り出さなければならない。この役割を果たすICPMICすなわちパワーマネージメントICである。また、LEDドライバも直列および並列に接続したLEDストリングスに電圧を供給するが、これもPMICの一種である。

  Intersilは実は自動車用エレクトロニクスへの進出が遅かった。このためルネサスには全くかなわない。しかし、高品質という特性を持っているため参入しやすい。Intersilがクルマ用半導体に参入したのは、画像処理プロセッサの得意なTechwell社を買収した2011年である。Techwellは日本人の小里文宏氏がシリコンバレーで創業したベンチャー企業。2014年から米国で販売される新車にはバックモニターの設置が義務付けられたため、それを見越してこの画像処理プロセッサのTechwellを買収、バックミラー型の液晶モニター()でそのデモを2011年に見せてくれた。

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図 バックミラー型の液晶モニター バックミラーの左側を液晶にしている

 このようにIntersilの持っているアナログ技術はこれからのクルマや産業用には欠かせない。最近のモノづくりは、ITに対してOTOperational Technology)と呼ばれることがあるが、ITOTの融合が進めばPMICはクルマ以外の市場でも求められるようになる。ルネサスが欲しかったアナログ技術が手に入ると、呉社長のいうようにオセロゲームの隅からじわじわと陣地を拡大していくことができるようになる。残念ながら日本のアナログIC技術は米国のアナログ半導体企業よりも劣っている。日本から新しいアナログICのアイデア商品が出てこないことがそれを裏付けている。今回のルネサスがIntersilを手に入れられれば、もっと強くなることは間違いない。ただし、IntersilがアナログICの開発を推進できる環境をルネサスが守る必要があろう。

2016/08/23

イヤホンジャックもUSB Type-Cに

(2016年8月21日 14:45)

2カ月ほど前に、「これからのPCコネクタはUSB type-Cに一本化」(参考資料1)という記事を書いた。わずかの間にUSB Type-Cコネクタの応用は、イヤホンジャックにまで及ぶようだ。つまり、アナログ時代から長い間使われてきたイヤホンジャックも、これからはUSB Type-Cコネクタに置き換わるだろう。このようなトピックスが先週米国で開催されたインテル開発者会議(IDF)で議論されたと報じられている。

 

実は、今年の春ごろからiPhone 7のデザインで、オーディオ用のイヤホンジャックが給電用の平べったいコネクタ(Lightningコネクタと呼ばれている)に代わるという噂があった。USB Type-Cコネクタは、アップルのライトニング(Lightning)コネクタ(図1)と似た表裏の区別なく挿して使えるものであり、アップルのiPhoneはこの意味で先行したコネクタとなっている。似たようなコネクタであるUSB Type-Cがパソコンからモバイルに使われるようになり、今回さらに3.5mm径のイヤホンジャック(オーディオ端子)までType-Cに代わろうという訳だ。

LightningFig.jpg

図1 アップルのライトニングケーブル&コネクタ

Type-Cはアップルのコネクタと同様、電源ラインも搭載されており、一つのコネクタで信号ラインと電源ラインを含んでいる。音楽を楽しんだりビデオを視聴したりするのも全て、一つの端子ですむなら便利になる反面、コネクタメーカーに与える影響が大きい。USB Type-C仕様のコネクタ、イヤホンジャックコネクタとの生産比率を今後変えていく必要があるだろうし、イヤホンジャック専門の生産者ならUSB Type-Cへの参入も見据えていかなければならない。

 

USB Type-Cコネクタには、iPhoneのイヤホンと同様、音量調節ボタンも組み込めるため、無駄な消費電力を減らすことができ、電池を長持ちさせられる。また、その厚さは2.6mmと決まっているため、オーディオのイヤホンジャックの厚さ3.5mmよりも薄くなり、よりスリムなモバイル機器を設計できるようになる。

 

さらにデジタルオーディオは、アナログと違い、さまざまな音に加工できる。例えば、大きなコンサートホールで聞くような音響を実現したり、あるいはジェットエンジンや大型列車のような大きな騒音を打ち消し合ったりすることもできる。このためアナログでドルビーやボーズのようなプレミアムなオーディオ会社の製品ではなくても、プレミアムな音楽を手軽に楽しめるようになる、とインテルのアーキテクトであるブラッド・サウンダーズ氏がIDFで述べたようだ。

 

USB Type-C規格に信号線と電源線を含めると同時に、表裏どちらに挿してもかまわないというメリットは使い勝手が極めて良い。先駆的な製品では、アップルのMacBookHPSpectreノートパソコン、グーグルのNexus 6P、サムスンのGalaxy Note 7ファブレット(電話を意味するPhoneと、Tabletとの造語で、画面サイズ5~6.5インチのスマホを指す)にはすでに搭載されている。

 

テクノロジー的には、Type-Cの電源ラインは100Wまで使えるため、急速充電が可能になる。もちろん、プロトコルの取り決めやパワーマネージメントICなどの半導体技術がモノを言う。インテルはFPGAメーカーのアルテラを2015年末に買収しており、アルテラはその前の2013年に、パワーマネジメントメーカーのエンピリオン(Enpirion)を買収して手に入れている。つまりインテルはパワーマネージメント部門も持っており、特に微細化技術が必要な高集積マイクロプロセッサやSoC、アプリケーションプロセッサに欠かせない低電圧・大電流の電源設計には絶対的な自信を持つ。インテルのUSB Type-C推進により、この先ほぼデファクトスタンダートとなろう。

                                     (2016/08/21)

参考資料

1.    これからのPCコネクタはUSB Type-Cに一本化(2016/06/25

40年前からオープン化で成長続ける会社

(2016年8月 9日 23:13)

 熟知している人が意外に少ないのが真のオープン戦略。標準化、インターオペラビリティ、オープンイノベーション、プラットフォーム、エコシステム。オープン化とは技術を丸裸にしてみんなに見せることでは決してない。入力部と出力部分のハードウエアとソフトウエアをみんなで同じものを作って共有し利用しようという考えがオープンであり、標準化である(1)。ここには日本発とか米国発とか全く意味を持たない。

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1 システムの入力と出力のみをオープンに 中の技術は知的財産としてブラックボックスにしておくもの

 

今さらかもしれないが、これらのオープンに関する言葉は全てグローバルの勝ち組企業の共通点である。ARMしかり、Googleしかり、Intelしかり、である。このうち、IPベンダーのARMがファブレス半導体の道を捨て、IPベンダーに専念したのは1990年代に入ってからだ。半導体メーカーのIntelPCIバスを提案してオープン化を打ち出したのも90年代になってから。はじめからオープン化を志向したGoogleが創業したのは1998年。

 

ところがGoogleよりも20年以上も古い1976年創業で、始めからオープン化を志向して現在に至る企業がある。1976年創業の測定器メーカーNational Instruments社である。測定器とは、電気(電圧や電流)の形で見える化した道具、と定義できる。例えば、果物の甘さ、すなわち糖度を測る道具も測定器だし、水質の汚染具合を測るのも測定器である。測るべき対象物はできれば数字で表したい。それも過去から現在までの数字の変化を見たい。さまざまな要求が出てくる。

 

これらの測定器には、物理量や化学量を電気に変換して実際に測定する部分と、その取得した数字を記録したり、グラフ化したり、色を付けたりする演算部分がある。そこで測定器を、測定部とデータ処理部に分けることができる。データ処理部はパソコンに任せ、測定部分だけ1枚のプリント回路基板上に回路モジュールを形成する。その回路ボードをオシロスコープ回路、スペクトルアナライザ回路など、専用の回路ボードとして作っておけば1台の筐体でボードを差し替えるだけでいろいろな測定ができることになる。NIは創業当時から、こういった発想で、回路ボードを差し込むだけでいろいろな測定器を作ることができることを志向した。いわばオープンなプラットフォームをベースとした測定器である。

 

さらに測定すべき回路を設計したり、測定データを処理したりするのにソフトウエアがあれば、さらにフレキシビリティが増す。こうして1986年に生まれたテストプログラムを作るためのソフトウエアLabVIEWLaboratory Virtual Instrumentation Engineering Workbench)は、最初はグラフィカルユーザーインターフェースを持つアップルのマッキントッシュにインストールした。しかし、当初のLabVIEWはあまり使われなかった。LabVIEWの父と言われるJeff Kodosky(2)NIWeek 2016の基調講演の中で「どんなエンジニアも実際にマックを買うつもりがあったのだろうか?」「我々がターゲットとしていた顧客のエンジニアは実際には自分でテストプログラムをパソコンでベーシックやC言語で書き続けていた」と語っていた。しかし、幸運なことに科学者やエンジニアはMS-DOSパソコンよりもマックを好んだ。そのようなエンジニア顧客を獲得した。

 

Fig2Jeff.JPG

2 LabVIEWの父、Jeff Kodosky

 

それ以来、NIはハード作りとソフト作りに力を入れた。ソフトウエアは書き換えるだけで同じ一つのハードを変えなくても様々な機能を実現できる道具である。ハードウエアはいろいろなソフトウエアを書けるようにするコンピュータベースのシステムである。

 

NIは、ハードウエアプラットフォーム(PXICompactRIOなど)とソフトウエアプラットフォーム(LabVIEW)を生み出すことで、あらゆる測定器を生み出せるようになった。あらゆる電子エンジニアにオープンに提供できるようになった。ここにオープン、プラットフォーム、インターオペラビリティ(どのようなボードでも差し替えるだけで済む)、そして入出力バスやインターフェースは標準化されたものだけを使う。当初はGB-IBバスであった。最近はPCIeバスである。

 

NIはこういったオープンやフレキシブルという言葉にこだわるのは、どのような測定器もハードとソフトだけで素早く構成できるからだ。だからこそ、ドッグイヤーと言われる現代にNIの当初からの戦略が通用する。すなわち、良いものを早く安く提供する、という現代にフィットする。それだけではない。これから先も、この手法に将来性を感じるからこそ、オープンでみんなが開発できるようにするためのエコシステムも構成している。

 

こういった世の中の流れは、コンピュータが計算機として存在するのではなく、さまざまな機器が制御やちょっとした演算にコンピュータの考えを利用するようになったことと関係する。このような機器は「組み込みシステム(Embedded System)」と呼ばれる。今やほとんどの電子機器が組み込みシステムになっている。だからこそ、ハードウエアだけではなく、ソフトウエアも一緒に活用することで、良いものを安く速く設計・製造できるようになったのである。ソフトが得意だがハードは苦手、あるいはその逆なら、得意な企業と組めばよい。それがエコシステムになる。

 

NILabVIEWができた時点で測定器という組み込みシステムを開発してきたと言える。だから今のトレンドと同じ向きを指している。オープンとは誰でも使えるもの、インターオペラビリティとは誰のハードやソフトともつなげること、標準化とはみんなが使えるように統一すること、プラットフォームとはいつまでもずっと使えるハードやソフトのこと、そしてエコシステムとはそれぞれ得意な技術を持った人たちの集まりのこと。こういった言葉が少量多品種の現代をよく表している。

2016/08/09

 

原発はハイテクで将来なくせる

(2016年8月 5日 02:24)

National Instrumentsが開催するNIWeek 2016にやってきて、米国のオークリッジ国立研究所が、再生可能エネルギーだけで電力を賄えるようにする研究を行っていることを知った。発表の壇上に上がった研究者の一人は、原発はなくせる、と確信を持って語った。

 

オークリッジ国立研のデモには、きれいな正弦波の交流電力波形を発生(発電)させる風力、ソーラーのシステムと、蓄電するためのバッテリ管理システム、系統連携といった送電グリッドシステムからなる5つのシステムを見せた。このシステムの内、発生・供給する交流電力波形をトップデータでは±10ns以内で揃えられるというのである。

 

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これだけの精度で発電した交流電力の位相を合わせられれば、再生可能エネルギーの変動があっても交流電力はしっかりと固定できる。逆潮流が起きる心配は少なくなる。これはタイミング技術を導入したことで達成できた。つまりエレクトロニクスの最先端テクノロジーを知っていることがカギを握ったといえる。

 

テクノロジーを知らない者同士が原発再稼働反対、賛成を呼び掛けても説得力がなく、対立するだけである。原子力発電は将来、減らすことのできることが見えてきた。今のローテクの原発では、再稼働せざるを得ないが、ハイテクを使えば原発は要らないことが可能になりそうだ。長い目で見ると、再生可能エネルギーだけでエネルギー事情を賄える。どうやらテクノロジーが電力事情に追いついたようだ。

 

もちろん現在の原発はまだローテクであるため、すぐに原発を廃止することはできないが、少なくとも10年後、20年後には廃止するという目標は設定できそうだ。再生可能エネルギーだけで電力事情を賄おうとすると、風力は風任せ、ソーラーは夜間には発電できない、といった事情のために変動が大きく、大規模な再生可能エネルギーの発電は難しい。九州電力は1~2年前、九州地域内の再生可能エネルギーが増えていった時にもうこれ以上は受け入れられない、という宣言を発したが、それは変動に対応できるテクノロジーが今スグ使えなかったからである。

 

今の原発は、変動の少ない電力を供給できる。しかし、数十年~百数十年に渡る放射能の危険性は間違いなく存在する。かつて政府が原発は安全と叫んだ時に、だったら東京に作ればいい、という声が上がっても実現はできなかった。危険だからである。福島の第1・第2原発の事故で明らかになったように、原子炉は暴走してしまえば人間がコントロールできなくなる。危険であることには変わりない。

 

だからこそ、いつかは原子力を廃止して再生可能エネルギーだけで電力を得るようにすべきではある。そのためのテクノロジーは出てきているからだ。この同期をきっちり合わせるTSNTime synchronized network)技術は電力のマイクログリッドだけではなく、5G通信技術での遅延を抑えるための技術にも使える。これからの技術であるため、原発廃止の道筋、ロードマップを立てて廃止に向けた技術も開発していかなければならない。これなしでは日本は世界から遅れる恐れもある。

 

逆に、再生可能エネルギーだけで電力を賄えるテクノロジーを日本が世界に先駆けて確立していくことこそ、ハイテク立国日本復活への道ではないだろうか。

2016/08/05

SBによるARM買収;顧客はバッド、ライバルはグッド

(2016年7月29日 15:48)

ソフトバンク(SB)によるアーム(ARM)社の買収を半導体エンジニアはどう思っているのだろうか?半導体チップ設計者(つまりアームの顧客)の68%はこの買収を長期的には良くない、と思っている。しかし、EDA/IPベンダー(つまりアームの競合メーカー)の64%はこの買収を長期的に良い、と思っている。このようなアンケート結果が出ている。

 

これは、米国半導体業界のウェブサイトDeepChip186名の半導体チップ設計者・検証エンジニア、および47名のEDA/IPベンダーのエンジニアに行ったアンケート結果である。まず、チップ設計者・検証エンジニアの答えを見てみよう。

 

短期的に「良い」、「悪い」、「どちらでもない」という単純な問いかけのアンケートでは、

              良い                   8%

            悪い                   6%

              どちらでもない    74%

という結果だった。つまり短期的には、よくも悪くもないということだ。

 

しかし、同じ質問を長期的にどうか、と聞くと以下の答えだった;

  良い                   12%

             悪い                   68%

              どちらでもない     19%

長期的には悪くなるという答えが68%もいるのだ。

 

そこで、悪くなるというエンジニアにその理由を聞いてみると、

              英国にとって悪い                                  7%

              IoTはバブル                                           12%

              日本のエンジニアは保守的                         13%

              ARMの価格が上がりそう                             19%

              ARMの革新やエコシステムを壊す                14

              RICS-V/MIPS/DW ARCに移行し始めている 20%

 

半導体設計者とは全く対照的に、アーム社のライバルであるEDA/IPベンダーは64%が長期的に良いことだと述べている。そのコメントを見ると、「アームのライバル会社にとっては、市場を取れるチャンスになる」と、露骨に歓迎しているコメントがある。「これは悲劇だ」と述べている英国の編集記者もいる。

 

なぜネガティブな反応なのか。アームのビジネスは、前にも述べたように、半導体チップの中の一部のCPUと呼ばれる部分(ここに知的財産があることからIPと呼ばれている)だけを設計し、ライセンス供与するビジネスだ。半導体メーカーが直接の顧客であり、アームからCPU回路を買い、自分の半導体チップに集積する。ライバルとしては、MIPS(ミップス)RISC-V(リスク・ファイブと発音)などのCPU IPがあるため、ARMを使うべきかどうか迷っている顧客がいれば、ほぼみんな非ARMに移行するだろうと述べているコメントもある。

 

アームの最大の特長は、信頼(Trust)である。アームを中心にソフト開発企業、ソフトを開発するためのツールを開発する企業(EDAベンダー)、書いたソフトを検証するためのソフトを開発する企業、検証ソフトを書く企業、製造するファウンドリ企業、実にさまざまな企業と仲間を作り、半導体メーカーが半導体SoCを開発するためのIPを供与してきた。その信頼関係が崩れることを最も恐れているのである。

 

だから、半導体開発設計者は、長期的には新しいIoTデバイスの開発などでは今回の買収はまずい、と感じている。従来のスマホ用のプロセッサを開発し続けるQualcommMediaTekなどの半導体設計企業は、アームを使い続けざるを得ないだろうが、IOTのように新しい応用の半導体を開発するのなら、アームにこだわる必要は全くないという。となると、アームの顧客は減少して行くことになる。

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アームはこれまで、創業者のRobin Saxby卿(Sirの称号を持つ)がIPベンダーにこだわり、半導体設計には関与しないというスタンスを保持し続け、その後のCEOだったWarren East()に取材した時も半導体メーカーにはならない、と明言していた。だからこそ、中立的な立場を維持することで、半導体メーカーから信頼を勝ち取り、ソフトウエアを書く企業などが協力して、エコシステムを構築してきた。東京に本社を持つ通信業者によって、この信頼関係を崩されるのではないかと半導体設計者は恐れ、ライバル企業は今がチャンスと思っているのである。

                                                            (2016/07/29

アナデバとリニアの合併劇の狙い

(2016年7月27日 23:21)

今朝もビッグニュースが入ってきて、1日中振り回された。アナログ半導体の老舗、アナログ・デバイセズ社が同じアナログ半導体の雄であるリニアテクノロジーを148億ドルで買収するというのだ。半導体産業の再編はまだ続いている。デジタル時代なのになぜアナログか。合併の狙いは何か。

 

共にアナログ半導体メーカーであり、特にADIAnalog Devices Inc.)は、ボストン郊外の本社を構える1965年創立のアナログ半導体の老舗だ。片や、LTCLinear Technology Corp.)はシリコンバレーに居を構える1981年創立のアナログ半導体メーカー。アナログ半導体同士の企業がなぜ合併するのか。

 

この合併劇をひも解く前に、アナログ半導体とは何かを簡単に紹介しておく。一口にアナログ半導体と言っても、オペアンプからコンパレータ、パワーマネジメント、A-D/D-Aコンバータ、RF回路、インターフェースICなどなどいろいろある。しかも、民生用よりも産業用が多い。ADILTC共に産業用の半導体に強い。

 

時代はアナログからデジタルにシフトしているから、アナログ半導体は落ち目になるから業界再編するのだと思う人がもしいれば、それは大きな間違いである。ADILTC共に営業利益率は30~40%もあり、財務体制は実にしっかりしている。営業利益率が10%に満たない日本の大手電機メーカーとは大きく違う。

 

ごくごく単純に今のデバイスを見ると、確かにデジタル製品が満ち溢れていることには違いない。かつてのテレビはアナログ回路だけでできていた。デジタル化が進み、テレビ放送の信号変調でさえデジタルになっている。そもそも1980年ごろの日経エレクトロニクスを見ると、「デジタル時代のエレクトロニクス」というようなこれからはデジタル化の波が押し寄せてくるというようなコンテンツが多かった。もちろんそれは事実。しかし、例えばデジタルそのものと思えるパソコンやスマートフォンの中身を見てみると、マイクロプロセッサやメモリ、その他のデジタル回路はもちろん詰まっているが、プリント回路基板にはアナログ回路も実に多い(1)

Fig1.png

 

1 組み込み製品にはアナログが多い 組み込みシステムと書いたデジタル回路以外はすべてアナログ回路で、組み込みシステム中のインターフェースもアナログ回路である

 

デジタル回路は、1(オン)0(オフ)の二進法だけですべてを表現するため、ロジック回路でANDNORNOTORNANDなどを表現し、システムのフローチャートを構成していく。しかし、最後のところ(出口)10だけだと、人間が見て触って聞いて感じてみるなどの人間とのインターフェースを表現できなくなる。このため、人間との係わりはどうしてもアナログになる。デジタルの塊のパソコンでさえ、アナログICがたくさん詰まっている。また、電源回路はアナログである。家庭のコンセントからデバイスを動かすのなら、100Vの交流電源を5Vないし3.3Vなどの直流に変換しなければ、ICは使えない。スマホでさえ、約3.8Vのリチウムイオン電池1本で、すべてのICを動かすために、DC-DCコンバータと言われる電圧変換ICが必要になる。微細化しているアプリケーションプロセッサは1.2Vで動き、液晶ディスプレイは3.3V1.5V5Vなどさまざまな電圧を使うため、3.8Vからこれらの電源電圧を作りださなければならない。だからパワーマネジメントICが求められる。

 

アナログ半導体とデジタル半導体の数量を見ると、実は1980年から現在に至るまでずっとアナログ半導体の方が一方的に増え続けているのである(2)。最近だと、性能よりも優れたユーザーエクスペリエンスが競争力のカギを握る時代となったことを半年前に書いた(参考資料1)。アナログ半導体は実は参入バリアが極めて高い。後述するが、アナログ回路の世界は、エンジニア経験5年、6年は鼻たれ小僧にすぎないほど、経験と知恵がモノをいう。

 

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2 アナログ半導体の方がデジタル半導体よりも数は多い 出典:IC Insights

 

さて、ADIの得意なICは、アナログ-デジタル変換器(A-Dコンバータ)やデジタル-アナログ変換器(D-Aコンバータ)などのデータコンバータIC。片やLTCは高性能な工業用パワーマネジメントICが得意。例えば、イーサネットケーブルに電源電圧も同居させるPOEPower on Ethernet)と呼ばれるICや、変換ロスの少ない同期整流ICなどを持ち、最近ではIoT(モノのインターネット)時代に備えて、ワイヤレスセンサネットワークのベンチャー企業であったダストネットワークス社(ゴミのようにセンサをばらまくという意味でダストと名付けたと創業者から聞いた)を買収した。

 

今回買収するADIは、データコンバータが得意なうえに、最近RF(高周波回路)半導体が得意なヒッタイトマイクロウェーブ社を買収し、ワイヤレス回路を強化した。ADILTCは同じアナログ半導体メーカーといえども、持っている製品ポートフォリオが違うのである。だから、両社は合併することで合意したのだが、その狙いは打倒TITexas Instruments)と、アナログエンジニアの確保にある。

 

アナログ半導体では、第1位のTIは断トツで、2015年の売り上げは83億ドル。2位のInfineon29億ドルでADI4位で27億ドル、LTC8位の14億ドルである。ADILTCを単純合計すると、41億ドルとなり2位に浮上する。これでもTIの半分だが、ともに財務は非常に健全であり、製品ポートフォリオは広がりを見せる。もちろん、製品のダブりがないわけではないが、比較的少ない。ADIから見てLTCは自動車市場に強く、IoTにも強い。将来性を買った。

 

アナログ半導体、最大の問題は、人である。アナログ回路を理解できて、自分でより良い回路を設計できるには最低でも10年はかかると言われている。日本ではアナログ回路を研究している大学の研究室の数は両手にも満たない。数年前にLTC会長のボブ・スワンソン氏に米国にはアナログエンジニアが多いからうらやましい、と言ったら、「とんでもない。アメリカでも優秀なアナログエンジニアを確保するのがとても難しい。もしカリフォルニアに来たくないが優秀なエンジニアを見つけたなら、彼/彼女の希望する場所をデザインセンターとする」と述べていた。

 

ADIは東海岸ボストン近くのMIT(マサチューセッツ工科大学)から学生を採用できるといううまみはあるが、MITと言えども優秀なアナログエンジニアは少ない。だから、優秀なエンジニアを探すよりも、買収して手に入れる方が実は簡単なのだ。TIでさえ、1995年にアナログに集中するという方針を明確に定めて以来、バーブラウン、チップコン、そしてナショナルセミコンダクターなどを買収して自社のない製品を補完しながら企業を強くしてきた。

 

これからのIoTとワイヤレスコネクティビティ、カーエレクトロニクスなどアナログ技術がモノをいう成長分野を狙って、自社の足りないところを補っていくための買収戦略はまだまだ続きそうだ。

 

参考資料

1.    デジタル時代こそ成長するアナログ半導体(2016/03/23

ソフトバンクがARMを3兆円強で買収

(2016年7月18日 14:18)

ソフトバンクが英国のプロセッサIP回路専門会社のARM(アーム)社を240億ポンド(33600円)で買収するとBBCニュースが伝えた。なぜソフトバンクは半導体メーカーではないARMを買うのだろうか。

 

ソフトバンクは今モバイルネットワークの大手企業に成長した。米国のSprint(スプリント)社を買収し、アリババやYahooジャパンの大株主でもある。NTTドコモやKDDIと肩を並べるモバイル通信業者でありながら、インターネットのサービス産業にも乗り出したいと思っている。通信業者は、「俺たちはドカン屋か?」という意識があり、通信業者が構築したモバイルネットワークを利用してサービスを行っているグーグルやアマゾン、あるいはアップルに対しても対抗意識が根底にある。

 

ソフトバンクは単なる通信業者には終わりたくはない、という意識が他の通信業者よりは強い。グローバルの通信業者の中では、海外での知名度は最も高く、NTTドコモを知らなくてもソフトバンクを知らない記者は欧州や米国にはいない。

 

ソフトバンクは最近、人型ロボット「ペッパー」を売り出している。IBMが開発した人工知能「ワトソン」をペッパーに導入することで提携している。IBMがコグニティブコンピューティングと呼んでいる人工知能(AI)は、プログラム主体のこれまでのコンピュータとは違い、学習することで人間のような経験を積み確率論的に答えを出す。AIではプログラムに代わってアルゴリズムの良し悪しで、学習効果が違うという特長がある。優秀なAIアルゴリズムを開発するエンジニアは、今や世界的に引っ張りだこだ。

 

一方、グーグルやアップル、アマゾンなどのOTTOver the top:トップである通信業者のさらに上でサービスをする業者のこと)が、独自に半導体チップを作り始めている。彼らが目指す、AIやコンテキストアウェアネス技術にとってこれまでの半導体プロセッサチップでは効率が悪いため、独自のAIアルゴズムに沿った効率の良い半導体チップを開発しているのである。幸い、ソフトウエアやサービス産業でさえ、最近は設計さえできれば、製造をファウンドリと呼ばれる請負業者に託すことができるようになっている。自ら工場を持つ必要がない。だからこそ、グーグルやアマゾンも半導体チップを作るようになっている。

 

ではなぜソフトバンクはARMを買うのか。はっきり言って、ソフトバンクにとって成長していけるのか疑問が多い。ARMはプロセッサ回路を持つIPベンダーであり、半導体メーカーではない。プロセッサ回路を半導体メーカーにライセンス供与するというビジネスである。通信用半導体最大手のクアルコム(Qualcomm)やアップル、サムスンのアプリケーションプロセッサにはARMの回路が入っている。これだけではない。ほとんど大手の半導体メーカーがARMのプロセッサ回路(回路そのものが知的財産権を持っているためIPあるいはIPコアと呼ぶ)をライセンス購入している。携帯電話やスマートフォンの100%ARMのプロセッサ回路が入っている。

 

ARMのビジネスモデルはライセンス供与だけではない。供与した半導体メーカーがチップを量産すると、今度は生産量に応じてロイヤルティ料を受け取る。半導体メーカーのチップに集積するプロセッサ回路に関するサービス料も受け取る。半導体チップは設計も製造もしない。ARMのプロセッサ回路を買って半導体メーカーが設計製造するのである。インテルでさえARMの回路を購入している。

 

ARMプロセッサ回路の特長は、ソフトウエアを開発したり、開発するためのソフトやハードのツールを開発したりするメーカー、設計ツールや製造サービスなどの仲間が大勢いるということだ。プロセッサはソフトウエアでカスタマイズできる半導体であるため、ソフト開発の仲間が大勢いることは実はユーザーから見るととても重要である。こういった仲間の集まりを、生態系と同様な仕組みになっていることからエコシステムと呼んでいる。

 

ソフトバンクはなぜ、半導体メーカーではないARMを買うのか。もちろん、ソフトバンクがAIに力を入れる以上、独自の半導体プロセッサを欲しくなるのは当然である。しかし、ARMは半導体メーカーではない。ソフトバンクはARMの実情を本当に知っていたのだろうか。ARMはこれまで半導体は決して作らないと公言していた。ということは、ソフトバンクはAI向けの半導体を作らないことになる。AI向けの専用半導体チップを作らないのであれば、AIを使ったペッパーの性能も機能もいつまでも悪いままになる。

 

ではソフトバンクはARMを買収して、半導体を作ってもらおうとするのか。残念ながら、AI用の半導体を作りたいのならARMは適切ではない。プロセッサIPコアを持っていても、他の回路との接続やレイアウト(配置・配線)などの設計技術も必要であるが、ARMはそれを持っていない。つまり、すぐには半導体は設計できないため、かなりのノウハウを積んでいく必要がある。

 

逆にソフトバンクが半導体を作らないのなら、ARMのビジネスモデルは従来通り、使えるのだろうか。ARMが世界の全ての半導体メーカーにライセンスしていることをソフトバンクが承知しているのなら、半導体を作らなくても、ARMのライセンスビジネスとエコシステムを活用して、世界の半導体メーカーを支配しようとしているのかもしれない。しかし、ARMの良さは、半導体メーカーではないという中立性にあると思う。ソフトバンクに支配されて、ライセンスビジネスは成長できるのだろうか。

2016/07/18