エレクトロニクス業界の最近のブログ記事
IoTは超少量多品種製品、いかに安く作るか
(2016年7月 4日 17:15)IoT(モノのインターネット)の目的は、インターネットにつなぐことではない。クラウドにつなぎデータを解析して全てのモノ(Things)をもっと賢く(Smarter)することである。IoTコンセプトの先駆者の1社であるナショナルインスツルメンツ(National Instruments)は、最近IoTとあまり言わず、スマート(賢い)コネクテッド(接続された)デバイス(モノ)というようになってきた。
セントラルヒーティングが主体の米国家庭では、サーモスタットと呼ばれる温度コントローラが置かれていることが多い。これは温度センサそのものであり、部屋の壁などに設置しておき、無線で温度・湿度を測定し、そのデータをZigBeeなどのメッシュネットワークで家庭内のエアコンに送り温度などを制御する。米国のホテルでよく見られるバイメタルを使って部屋の温度を調節する方法とは違い、このスマートなサーモスタットは人が最も快適に過ごしたい場所に置けば、部屋を快適な温度に調整してくれる。このスマートサーモスタットは2010年10月に初めて出荷されて以来、累積で320万台を出荷したという。
NIはこれをスマートサーモスタットと呼んでいる。というのは、初出荷以来、内部のソフトウエアを43回もアップデートしたからである。ハードウエア的には、温度や湿度センサからZigBee/802.15.4のベースバンドや2.4GHzのRF、パワーマネジメントIC、モーションセンサ、オプティカルフィンガーナビゲーションモジュールなどを搭載しており、このセンサからの情報をデジタルにしてエアコンに送信し温度を調整する。ソフトウエアは機能を追加したりサービスメニューを追加・修正したりするなど、機能を上げるためにソフトのアップデートで対応する。
モノを賢くすることは、これだけではない。先月、IoTベンチャーの話を紹介したが、この中で富士通ぜネラルのエアコンを賢くしようという動きもあった(参考資料1)。アイラネットワーク(Ayla Networks)は、クラウドベースのソフトウエアプラットフォームを開発しているベンチャー企業だが、富士通ゼネラルが開発中のエアコンにIoTデバイスを搭載、Wi-Fiでクラウドにつなぎ、エアコンの稼働状態を常にメーカー側が監視、そのデータをとるサービスを行う。エアコンのデータとは、モータの稼働状態やファンの目詰まり状態、さらにユーザーがどのような外気や室内の温度の時に動作させているか、一日何回オンオフしているか、などのユーザーの使用状態なども差す。これらのデータをアプリなどで見られる形に加工する。電機メーカーは、次の製品開発にこういったデータを活用できる。
工業用の装置でもより賢くするインダストリー4.0という動きがあるが、これもハードウエアの主体はIoTデバイスであり、まさにスマートコネクテッドデバイスである。これは、産業機械にIoTデバイスを取り付け、機械の温度や振動の周波数や頻度、それも機械にとって重要な場所に設置する。機械の稼働状態を測定するだけではない。生産性を上げるため、例えば半導体製造では、シリコンウェーハにCVD(化学的な蒸着)やエッチング(プラズマを含む化学反応を利用して不要な部分を除去するための工程)などの工程ではガス圧やガス流量、温度、さらには履歴(それまでに何枚のウェーハを処理したか)など、必要なデータをサーバなどで解析し、処理する。解析せずにそれまでと全く同じ条件で処理しても同じ結果が得られず歩留まりが落ちるため、最先端の半導体工場ではデータを解析しながら製造条件を自律的に変えられるようにしている。まさにインダストリー4.0のコンセプトを国内外の半導体メーカーが行っている。

このようなIoT製品は、これまでに経験がないほどさまざまな産業に使われ、超少量多品種になる。こういったIoT製品はしかも安くなければ使われない。超少量多品種製品を低コストで設計製造するためにどうするか。ここがメーカーの頭の使いどころである。製造業向けの研究開発用のテストシステムを設計製造しているNIも同様、低コストで超少量多品種のテスターを作るためのコンセプトを打ち出している。
IoT時代のスマートコネクテッドデバイスをテストする方法は、実はNIがこれまで進めてきた方法そのものだった。つまり、NIがとってきたテクノロジーは超少量多品種に向いたテクノロジーなのである。IoTデバイスは、使われる応用ごとに仕様が違う。だからといって、それぞれの専用機(専用テスター)を開発していてはコスト的に合わない。そこで、ハードウエアとしては、できるだけ少ない台数のプラットフォームを作る。一つのプラットフォームで、まかなえる応用を数百揃え、それでも対応できなければ、別のプラットフォームを作る、という考えだ。
NIがスマートテストシステムと呼ぶコンセプトは、オープンでフレキシブルなソフトウエア、モジュール式のハードウエア、強力なエコシステム、そして顧客がその価値を決める、というもの。基本的なシャーシを用意しておき、基本インターフェースをPCIeとし、それをベースとするパソコンベースの計測システムとする。シャーシには、高精度の測定メーター用のモジュールや、高精度高速のデジタイザ用のモジュール、あるいは高周波回路(RF)専用のモジュール、インテルのXeonプロセッサからなるパソコンモジュール(コントローラ)などを差し込むとエンジニアが欲しい測定機に早変わり。ユーザーであるエンジニアがシステム開発するためのソフトウエアはLabVIEW、テストプログラムを作成するためのソフトウエアはTestStand、をそれぞれ利用する。
全てのモジュールではないが、モジュールというハードウエアをユーザーであるエンジニアが変更したい場合には、ハードウエアをプログラムできるFPGAというICを搭載しており、そのプログラムを変更すれば、モジュールをカスタマイズすることができる。こういったモジュール方式のプラットフォームを使いながら、さらにカスタマイズもできるというコンセプトだ。
こういった考えは、IoTデバイスや半導体チップを作る側にも参考になるはず。ある程度、大きな仕様をプラットフォーム化しておき、カスタマイズはCPUを使ったソフトウエアで行い、それでもできないような高速化や専用機能をつけたい場合にはFPGAでカスタマイズする。こういった組み込みシステムこそが、低コストで超少量多品種に対応するテクノロジーとなる。インテルはFPGAメーカーのアルテラをすでに買収し、クアルコムはFPGAメーカー最大手のザイリンクスと提携していのは、まさに少量多品種の向けたプロットフォームを考えたアプローチなのである。国内の電機メーカー、半導体メーカーは、低コストで少量多品種に対応できるフレキシブルなアプローチを模索しているはずだ。さもなければ世界の企業に勝てないからだ。さらに、そのためのエコシステムは、もはやオールジャパンではないはずだ。
参考資料
(2016/07/04)
これからのPCコネクタはUSB Type-Cに一本化
(2016年6月25日 09:42)これからのスマホやタブレット、パソコンなどのコネクタはすべて1種類のUSB Type-Cと呼ばれる規格になりそうだ。USBでメモリやマウス、プリンタなどに接続していたことと同様、プロジェクタなどのディスプレイにもUSBで表示させることができるようになる(図1)。これまではプロジェクタに投影するVGA端子やHDMI端子もすべてUSBに代わり、使い勝手は良くなる。

Apple製品には、Lightningコネクタと呼ぶ、上下ひっくり返しても使えるコネクタが定着してきた。USBコネクタの最新版 Type-C(図2)も上下逆にしても差して使える規格になっている。最近、このようなコネクタがディスプレイにも登場している。USBコネクタがすべてType-Cに切り替わるだけではなく、ディスプレイ用のコネクタにも使えるようになる。

今のパソコンはUSBで、マウスやフラッシュメモリ、プリンタなどもUSBコネクタが使えるようになっているが、唯一ディスプレイ端子だけはまだVGAあるいはHDMIになっている。プロジェクタ側はいまだにVGA端子が多いため、変換コネクタも必要になっている。このような煩わしさから、私たちは間もなく解放されるだろう。
ディスプレイ用の端子にはこれまでのVGAに代わってDisplayPort(Apple製品に多い)とHDMI(パソコンやデジタルテレビ)が使われるようになってきたが、これからはUSB
Type-C端子でこれまでのUSBとディスプレイ端子を兼用できるようになる。コネクタの種類が一つだけで済むような時代がやってくる。しかも上下を逆さに差しても使える。
DisplayPortビデオ信号は最新のバージョンは1レーンあたり8.1Gbpsと4K、さらに8Kまでカバーできる非常に高速のビデオインターフェースとなっている。この規格では合計4レーン、すなわち最大32.4Gbpsまで許容できる。このDisplayPort 1.4をUSB Type-Cのコネクタで使えるようにしようというモードがオールタネート(alternate)モードだ。そのバージョン1が2014年9月にリリースされ、USB Type-Cインターフェースで使えるようにする規格が設定された。
そして今、VESA(ビデオエレクトロニクス規格協会)は、DisplayPort Altモードに準拠するテストプログラムをUSBインターフェースとともに使えるように開発している。USB Type-C上で走るDisplayPort規格に準拠するテストがこれから行われようとしている。その準拠テスト仕様(CTS:Compliance Test Specification)はVESA会員の中で検討され、2016年中にはリリースされる予定だ。
最近、IntelのSkylakeリファレンスデザインやDell、H-PのタブレットとノートPC、LGとAsusのディスプレイ、StarTechのドックに最初の認定プログラムをパスしたことが発表された。今年の年末までには数十もの製品がDisplayPort AltモードがUSB Type-Cコネクタで使えるように認定されるはずだ。
VESA規格の認定機関として、GRL(Granite River Labs)がある。日本にも出先機関としてGRL
Japan Labが横浜市に設立されている。GRLは、PCI ExpressやSATAをはじめとするデータバスのインターフェース、MIPIやMHL、SlimPortと言ったモバイルビデオ規格、HDMIやV-By-Oneのディスプレイ規格、さらにはDDR3/eMMCなどのメモリバスやカードなどのインターフェース規格をカバーしている。まさにインターフェース規格の認定機関である。
今後、PCIeとDisplayPortをそれぞれ搭載したThunderbolt規格さえもUSB Type-Cで使えるような準備を進めている。将来は、1本のコネクタでつなげられるデバイスが多数出てくるようになり、パソコン、スマホ、タブレット、テレビで全て同じ画面を楽しめるようになる日は近い。
(2016/06/25)
IoTデバイスをLTEにつなぐ
(2016年6月18日 21:59)IoTデバイスをつなげる環境が整いつつある。スウェーデンのエリクソン(Ericsson)が明らかにしたところによると、モバイル(セルラー)ネットワークの標準化を進めている3GPPにおけるIoTの標準化がいよいよ固まりつつある。低消費電力・低コストIoTデバイスを、ゲートウェイを経ずに直接、LTEモバイルネットワークと接続できるようになると、セルラーネットワークにつながるIoTデバイスがぐっと増やせるようになる。
これまでモバイルネットワークを使って、直接つなぐデバイスにはパソコン/サーバーやスマートフォン以外に、M2Mモジュールとメッシュネットワークのゲートウェイしかなかった。このため、多数のセンサデバイスをつなぐワイヤレスセンサネットワークでは、メッシュネットワークトポロジーを採り、ゲートウェイを経てインターネットとつなぎクラウドへデータを送っていた。Cat-M1とNB-IoTという二つの規格は、従来のLTEよりも広い範囲をカバーできるようになる(図1)。3GPPが進めている、LTEモバイルネットワーク上でつながるIoT向けの標準仕様は、9月ごろまでには決まるようだ。

図1 1セル内で通信できる距離が長くなる 出典:Ericsson
提案されている仕様は主に3種類あるが、世界中で使えそうな規格はCat-M1とNB(Narrow Band)-IoTである。もう一つはEC-GSM-IoTだが、これは拡張GSMネットワークとも言うべき仕様で、日本では前者二つの仕様が必要になろう。
Cat-M1は移動体に使う仕様で、運用帯域幅を1.4MHzに制限し、データレートはピークでも800kbps/1Mbpsと低い(図2)。NB-IoTはさらに帯域幅は狭く最大でも200kHzに抑えている。データレートは21/62kbpsと遅い。NB-IoTは固定した装置などに付ける。その代り、NB-IoTのカバー範囲は携帯電話やスマホなどのLTE端末の7倍以上に渡る。Cat-M1が15dB、NB-IoTは20dBも広い範囲をカバーする。このために、IoT端末の送信出力が弱くても、Cat-M1なら同じデータを周波数ホッピングで帯域内を飛びながら最大16回も送信できる手法を使っている。NB-IoTだと最大2048回まで送信可能だという。

図2 IoTデバイスを直接モバイル通信でインターネットへ接続する二つの方式 出典:Ericsson
IoTデバイス(端末)への要求は、まず低コスト化である。一般のLTE通信モジュール(Cat-4)のコストが35~50ドルとするとNB-IoTデバイスはその1/10のコストが求められる。Cat-M1方式でも1/5だから7.5~10ドルという値段になる。このため、NB-IoTではできる限りコストを抑える設計をしなければならない。例えば、送受信機は従来、送信機と受信機それぞれに局部発振器を使っているが、これを1台で兼用する。また送受信にデュプレクサを使っていたのをやめ、半二重方式にして送信と受信をスイッチで切り替える。また、アンテナはMIMOをやめ1個だけにする。さらに、データレートを落とし受信の帯域幅を減らしたことにより、簡単なデジタル変調で回路を簡単にでき、低コスト化につながる。
IoTデバイスは、電池を何年にも渡って長持ちさせるため消費電力の削減はマストであるから、通常のアイドル状態に加え、さらにスリープ状態も設ける(図3)。データを送信するときは、クラウド側で受け取ったという信号を端末に発信するため、端末は受信モードになるが、それ以外は基本的に信号を受信しないため、スリープさせておく。ただし、送信はいつでもできるという。さらに拡張DRX(Discontinuous
Reception)モードとして、動作させない(アイドル)状態を、従来よりも長く保つ仕組みを導入する。10msの無線フレーム1024個を一つのシステムフレーム番号として、この番号を1024個集めたハイパーシステムフレーム番号(SFN)を用意した。つまり、1024×1024個×10ms=174分のアイドル状態を可能にした。接続状態は10ms×1024個のSFN1個分を最大とした。

図3 電力節約モードを追加 出典:Ericsson
NB-IoTでは、1セル当たりにサポート可能なIoT端末は20万デバイス/キャリア(180kHz)で、Cat-M1なら100万デバイス/20MHzとなるという。
エリクソンは、LTEネットワークでIoTデバイスも共存できることを一種のエミュレーション実験で示した。無線ではなく同軸ケーブルに可変アテネ―タを挿入し、電波の近くから遠くへと離していっても、従来のLTEの高速帯域に狭帯域のIoTが重なることがスペクトラムアナライザで示した。アテネ―タを強くして遠くなると、従来の携帯電話の信号が消えながらもNB-IoT信号が残っているというデモであった。
IoTデバイスがモバイルネットワークと直接つながるようになると、ワイヤレスセンサネットワークで用いられてきたメッシュネットワークとの競合となるだろうか。ゲートウェイを介して、エッジコンピューティングでデータを少し整理したうえでクラウドに上げるというメッシュネットワークでの方法は、データ解析という観点でメリットがある。いずれの方法も一長一短があるため、使い分けられるようになるだろう。
(2016/06/08)
IoT時代はデータ価値の理解が最重要
(2016年6月18日 08:29)Bluetooth
5、PaaS、NB-IoT、ハードウエアからのセキュリティ技術、クラウド、人工知能、コンテキストアウェアネス、センサ、センサハブ。一見つながりのない言葉を並べたように見えるが、これらの言葉こそ、IoTシステムを構成する重要なカギを握る。IoT時代のビジネスは、電機メーカーにとってビジネス形態を大きく変えざるを得なくなる。特にソフトウエアと顧客の価値を高めるためのサービスの知識が強く求められる。
大きく変わるのは、これまでの電子回路や半導体回路の知識だけでは、IoTシステムを理解できず、顧客の姿を見ることはできないことだ。同様に、ソフトウエアベンダーも単にプログラム手法の知識だけでは、IoTビジネスを理解できない。ハードからソフト、サービス全体をとらえなければ、ビジネスを勝ち取ることが非常に難しくなる。IoTシステムに参入する経営者は、サプライチェーンからエンドユーザーまで全てのモノづくりチェーンの本質を捉えておく必要がある。
これまで日本産業の中心を占めてきた電機メーカーは、相変わらず苦戦している。ビジネス形態が大きく変わろうとしている時代の変化にどうもついてきていないためではないか、という気がしてきた。これからのIoT時代に象徴されるように、もはやハードウエアだけの時代が終わっているからだ。ソフトウエアとサービスを取り込むことをしなければ、エンドユーザーの顔を知ることができなくなっている時代なのである。
その一つが「組み込みシステム」と呼ばれるコンピュータ内蔵のハードウエアが産業界だけではなく、小売り・商店・農業・公共・教育・企業・病院など、ありとあらゆる社会に入り込んできている。これからはもっと多く入り込む。否が応でもコンピュータを理解せざるをえない。コンピュータは苦手と言っている限り、勝ち組にはなれない。コンピュータはより良いものをより安く作る、より安く利用するためのツールになってしまったからだ。しかも、現代はコンピュータ(そのキモは半導体)が透明になり、使っていることを意識させない。
コンピュータは、パソコンやサーバーだけではない。特に透明で見えなくなったのは、「組み込みシステム」というコンピュータが身の回りに入り込んでいるからだ。毎日使っているスマホやタブレットは言うまでもなく、デジタル製品は99%以上、最新の炊飯器、自動車やバス、電車、掃除機、ロボット、電話、録音機(ICレコーダー)、洗濯機、交通の切符代わりのICカード。枚挙にいとまがない。IoT時代はさらに衣服や流通・商店・工場などに深く深く入り込んでいく。
透明なコンピュータと言ったのは、上に挙げた製品にコンピュータが見えないからだ。しかし、その頭脳部分にはハードウエアとソフトウエアで動くコンピュータが入っている。コンピュータ機能の大きな特長は、ハードウエアを1台作っておけば、ソフトウエアで機能を追加、修正、削減さえもできることだ。つまり作り手から見ると、ハードは一つで済むため、改良していくためのコストが少なくて済むという点だ。コンピュータというハードさえあれば、ソフトを追加や改良すれば機能を増やし改良できる。コンピュータではなく、専用のハードウエアで作ることはもちろんできる。しかもその方が動作速度はずっと速い。しかし、改良するためにはゼロから作り直さなければならない。コストが多くかかる。
英国映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」の主人公であるコンピュータの発明者、アラン・チューリングは現在のコンピュータシステムの基礎を考え出した人間だが、彼が映画の中で「僕は一つの暗号専用機ではなく、ほかの暗号も読み解けるマシンを作りたいんだ」と言った言葉がコンピュータそのものを象徴している。なんにでも使えるマシンこそがコンピュータだから。
IoTシステムは、センサから物理世界の情報(振動や運動、動き、方向、温度、湿度、天候、回転、上り下りなどなど)を取り込み、コンピュータでデータ化してインターネットにつなげクラウドにデータを送るだけではない。ネット上のクラウドでデータをさらに解析、蓄積、処理することによって初めて、IoTによって欲しい情報(小売商店なら売り上げを増やす解決案や、工場なら歩留まりや生産性を上げる方法)を得ることができる。しかもその情報をスマホやタブレットなどを使って社内などで見える化したい。そのためのアプリを簡単に開発できるツール(PaaS業者)が必要だ。データ解析には人工知能が威力を発揮、クラウドサーバーは言うまでもなくコンピュータ。そしてセキュリティでセンサからクラウドを通してエンドユーザーに戻るすべてのデータを紛失や盗難(サイバー攻撃)に合わないようにしっかり守る。これらすべてを通してエンドユーザーに届ける仕組みがIoTである。

図 IoTシステムのビジネスで勝つために必要なシステム
この一連のデータの流れは、これまでの電気製品や機械製品とは全く違う。IoTシステムで最も重要なものはデータの価値である。価値のあるデータこそがユーザーが求めるものになる。それを理解するには、ハードウエアだけでは無理であることは誰の目にもわかる。だからこそ、IoT時代はハードもソフト、サービス(データに価値をつける)が必要なのである。
(2016/06/18)
IoTベンチャーの起業はキッチンから
(2016年6月 9日 20:19)ガレージ起業は、AppleやH-P(ヒューレット-パッカード)が最初にスタートした時のオフィスという意味で使われるが、ガレージならぬキッチンで起業、という言葉を使う米国のベンチャーにインタビューした。彼らは、IoT(インターネットにつながる全てのモノ)システム全体をカバーするクラウドPaaS(Platform as a Service)ベンダーのAyla Network(エイラネットワーク)だ。いわゆる白物家電をインターネットにつなぎ、家電メーカーと消費者ともに必要なデータを収集・分析し、次の製品にフィードバックするためにIoTシステムを利用する。
これまで、家電製品にインターネットをつないでどうするの、という意見をずいぶん聞いた。その答えはなく、IoTは民生用ではなく、産業用に使われるもの、という意見が多かった。IIoT(産業用IoT:Industrial IoT)という言葉が米国では当たりまえに使われるようになっている。当然、IoTはIIoTが主体だと思っていた。
しかし、視点を変え、メーカーの視点に立てば、民生用と思われるエアコンや照明器具も産業用の製品になりうる。つまり、エアコンにIoT端末を取り付けた場合、内部のモータの稼働状態、フィルタの目詰まりなど内部の稼働状態をはじめ、オンオフ回数やその比率、その時間分布、外部温度、湿度などの使用周囲情報などをモニター分析すれば、ユーザーがいつどのような状態の時(温度や湿度、時間帯など)に多く使っているのかというデータをメーカーは得ることができる。
このようなデータは、メーカーが次の新製品を開発する時に役立つ。これまでは、家電メーカーは新製品開発に当たり、消費者にヒアリングしたり、あるいはフォーカスグループのように複数の有力な消費者を集めたりしてヒアリング調査、整理、判断に使っていた。つまり、ある程度面倒な調査を行い、消費者ニーズを集めていた。こういった調査には数百万円の費用を見込む必要がある。もちろん、この調査でヒット商品が生まれるという保証はない。せいぜい数十人をピックアップして聞いているだけにすぎないからだ。
しかし、消費者が使っている家電製品を四六時中(24/7:twenty four seven)モニターし、膨大なデータを分析すれば、次の製品開発に生かすことができる。それも一人二人だけのデータではない。数万人、数十万人へのヒアリングしたデータと同じ内容を得られるのである。次世代商品がヒットする確率はずっと高くなる。家電品へのIoT応用はこういったメリットを利用することにある。
これらのデータをグラフにして可視化する、それをスマホで見るためのアプリを開発する、メーカー自身が欲しいデータの形に加工する、というようなサービスはクラウドのプラットフォームを利用して行う。アプリを作るためのプラットフォームとなるソフトウエア(開発ツール)を提供するのがAyla(エイラと発音)である。同社は、2010年シリコンバレーに設立、ベンチャーキャピタルからの投資は2ラウンド目になり、ベンチャーとしての地位を築きつつある。IoTを家庭に持ち込むためのプラットフォームを開発し、サービスを提供している。
このほど来日し、彼らの話を聞く機会があった。起業はキッチンから始まった、と同社CEOのデビッド・フリードマン氏(写真)は述べている。私は思わず聞き直した、キッチンアントレプレナ―なのかと。面白いこと言う人だなと思っていると、「台所にある電化製品にIoTデバイスを取り付けることを思いついた」と真顔で話しを始めた。
エイラは、ドアロックや天井のファンを作っている米国のメーカーと提携し、IoTデバイスを取り付け、フィードバックサービスを始めている。例えば、玄関のカギに相当するドアロックは、スマホと連携させスマホを指紋認証などで動作させたうえで、認証用の暗号キー(半導体チップに内蔵)をドアロックにかざすと、解錠されるという仕組みだ。消費者はカギをかけたかどうか忘れても、外出先からスマホでそれを確認できる。ドアロックメーカーは、開けたドアの回数や解錠時のスムースさをセンシングしてさびが発生しているかどうかなど、稼働状態をリモートで確認できる。
天井のファンはエアコンと同様、モータでファンを回転させるため、モータの回転数やファンのごみなどを検知、モニターすることで稼働状態を把握できる。ちなみに開発中のエアコンは日本の富士通ゼネラル製だという。

IoTデバイスでは、コントローラとしてのマイコンはルネサスと提携し、インターネットにつなぐWi-Fi通信には村田製作所と手を組んでいる。さらに自らはソフトウエアプラットフォーム(開発ツール)を用意して、データ解析ソフトやスマホで結果を見るためのアプリの制作を支援する。エイラは提携先からIoTモジュールを得て、顧客である家電メーカーに提供、顧客がアプリを開発できるようなツールも提供する。
ハードウエアとしてのモジュールメーカーや半導体チップメーカー、部品メーカーは、クラウドのPaaSやIoTのエコシステムを構成したり、仲間に入ったりすることがIoTビジネスを成功させるカギとなる。IoTシステムを欲している顧客は、産業分野におり、しかもアプリを製作して初めてIoTシステムを利用できるようになる。IoTシステムはこれまでのスタンドアローン製品を単に売るだけのビジネスではない。ハードウエアからソフトウエアまでカバーしてクラウドを含めた全システムを理解しなければビジネスとしては成功しない。だからこそ、今後の有望な顧客は、産業用と小売商店だと言われている。
(2016/06/09)
標準化は「作る」から「従う」時代へ
(2016年5月29日 09:30)新聞などで「日本発の標準化を作ろう」とか「オールジャパンで標準化を」といった文章を見ると、何と時代錯誤なのだろう、と常々思っていた。現在の標準化は、世界の産業界にいる企業がみんなで作り従うものに変わってきている。時代錯誤と言ったのは、このことにまだ気づいていない業界・部門が多いからだ。
かつてのVTR製品では、日本ビクターが開発したVHS方式がソニーのベータ方式に勝ち、事実上の標準規格(デファクトスタンダード)となった。パソコンでも、インテルのx86アーキテクチャとマイクロソフトのMS-DOSがデファクトスタンダードになった。だから日本でもデファクトスタンダードや標準規格を作ろうと思ったのかもしれない。しかし、残念ながら時代はもう変わっている。もはやデファクトスタンダードは存在しえない時代に入り、標準規格は1国でできるものではなくなっている。このことに速く気が付いてほしい。
無線LAN(Wi-Fi)は、IEEE802.11/a/b/g/n/ac/ad/pなどの規格があるが、誰が主導権を持つといった性格ではない。USBも1.0から3.0、そしてType-Cなどの規格へと発展している。これらをはじめとする様々な規格は、世界中のプレイヤーみんなで決めたものだ。それらは、基本的に入出力を合わせることに集中している。つまり、製品全体ではなく製品の入力と出力のハードウエアとソフトウエア(プロトコル)を揃えることが現在の標準化である。
インテルが世界のトップメーカーになったのは、x86アーキテクチャがIBMに採用されたからだという説はあるが、それだけではない。東京大学の藤本隆宏教授のグループが分析したように、PCIバスというメモリやチップセットと共通の通信バスをハードウエア(配線)とソフトウエアで統一することを提案したことも大きい。CPUとチップセットを作るインテルはそれ等のチップにメモリを買って来れば誰でもパソコンを作れるようになった。台湾のエイス-スやエイサーラボなどの企業は、チップセットを設計し大きく成長した。メモリは日本や韓国から買えばよい。パソコン産業に誰でも参加でき、発展した。
重要なことは、入出力の仕様をオープンにして、みんなが周辺部品や装置を作ることでパソコンを安く作れるようになったことだ。この入出力を開放しながらもインテルはCPUの中身はブラックボックスにしたまま、公開は決してしない。これがオープンイノベーションである。仕様をオープンにするからと言って装置やデバイスの中身の技術を公開することでは決してない。入出力だけをオープン、共通にすることによって、さまざまな企業のさまざまな製品をつなげられるようにすることで産業全体を発展させたのである。
これからのIoT時代に向けて標準化を霞が関などが言い始めているが、標準化は世界中のプレイヤーがみんなで決めることであり、日本だけで決めることではない。どうせ、後でひっくり返されることはわかっているから日本だけで標準化を進めることは、むしろ時間の無駄である。標準化を進めるのなら、世界中のプレイヤーが参加できる会議を毎月主導して開く覚悟が求められる。その気がないのならやめるべきだ。
標準化は、今や良いものを安く作るための技術の一つになった。だから世界みんなで力を合わせて規格を統一する。入出力がそろっていれば、それらを独自に設計する必要がなく、自分の得意な分野に集中すればよい。これが世界のテクノロジーの流れになっている。この流れに乗れば、良いものを安く作ることができる。残念ながら日本には、この標準化さえ理解していない経営者が多い。良いものを高く作る日本には、人件費の高いアメリカや欧州が良いものを安く作れることを知らない経営者がまだいるのである。
新しい標準規格を決めた後には、A社の製品とB社、C社の製品などがすべて本当につながるかどうかのテストをする必要がある。時間かかる作業であるが、前にも紹介したように(参考資料1)、このインターオペラビリティ(相互運用性)が次に重要な作業となる。ここにも十分な時間をかけてテストすることで、規格策定時には気が付かなかった詳細な手続きやプロトコルにミスや不明瞭なところが浮き出てくる。こういった細部のことまでも検証し修正して初めて実際の製品に適用となる。だからインターオペラビリティ作業は世界中の企業同士で行う。
こういった作業を経ることで、共通部分を安く作り、自分の企業は得意な技術に特化して差別化できる製品を作る。これが良いものを安く作るための標準化である。

図1 ベル研究所所長でありノキアのCTOであるMarcus Weldon博士
先日、ベル研究所(現在の半導体トランジスタを発明し、シャノンの通信理論を打ち立てた研究所で、現在はノキア社所属)のマーカス・ウェルダン所長(ノキアのCTOも兼務)(図1)が最近のトレンドを紹介した中に、標準化がかつて「リード」した時代から「フォロー(従う)」時代に来ていると述べた。私は、我が意を得たり、と思った。彼は、使われていない標準規格、標準化はたくさんあるが、それはビジネスの価値がなかったからだ、とズバリ語った。つまり、日本発の標準化案を作ってもビジネス価値がなければ全く意味がない。日本発の標準化案が認められたことを喜んでいた人たちがいたが、ビジネスという視点が全く抜けていた。
繰り返すが、標準化はあくまでも良いものを安く作るために必要なテクノロジーであり、日本発には全く意味がない。ウェルダン所長のいうようにビジネス価値がない標準化は決して使われない、ことを強調しておく。
参考資料
1. 日本はBluetoothを復活できるか(2016/04/01)
(2016/05/29)
4年連続増収・増益が見えた国内半導体メーカー
(2016年5月26日 23:43)リーマンショック後の電機産業は低迷が続き、回復したと宣伝しているところでさえ、減収・わずかな増益という企業が多い。そんな中、3年連続増収・増益で成長路線を行く半導体メーカーがなんと日本にいる。減収・増益とは、売り上げが減りながらも、リストラと経費削減の効果で利益を何とか出しているのにすぎない。つまり全く成長していない企業が多いということだ。
日本の経済がほとんど成長していない中で、成長しているということは、世界と十分に戦っていけているという意味である。その成長している企業とは、新日本無線(NJR)という中堅の半導体メーカーだ。2016年も増収・増益の見通しを崩していない。
5月24日に東京有楽町の国際フォーラムで開催されたUMC ジャパンフォーラムの招待講演(図1)で、新日本無線(NJR)の小倉良社長が2012年に赤字を出したが、その後、増収・増益でやってきた、その秘訣を語った。肝はUMCとのコラボレーションだった。小倉社長は自らを「戦略もなく行き当たりばったりでやってきた。戦略的なUMCを利用させてもらっている」と自嘲するのだが、とんでもない。アナログのファウンドリとしてのUMCをうまく活用し、例えばスマートフォン向けのMEMSマイクを年間2億個も生産、出荷している。

図1 新日本無線 代表取締役社長の小倉良氏
小倉社長のすごいところは、自社の強み、弱み、市場トレンドなどを営業の意見を聞きながら分析し、成長シナリオを描くところだ。いわばSWOT(強さ・弱さ・チャンス・脅威)分析をしっかり行っている。残念ながら日本の大手電機の経営者は本当に自社の強み、弱み、市場トレンドをきちんととらえているだろうか。市場と自社のテクノロジーを理解しているだろうか。
NJRは、リーマンショックの余波がどっと押し寄せた2012年の大赤字までAV機器向け半導体の比率が30%を超えていた。それらを減らし、伸びそうな車載・工業用・通信(スマホ)を増強してきた。Si CMOSは4、5、6インチと「みんなが手放したウェーハサイズ」(小倉社長)であり、このほかにも6インチGaAsラインやSAW(表面弾性波)フィルタ、MEMSなどを手掛けている。スマホ用では、送信と受信を切り替えるためのスイッチとなるGaAs、LTEや3Gなど周波数帯を選択する場合のSAWフィルタ、音声認識率を上げるために周辺騒音を打ち消すMEMSマイクなどを生産している。CMOS回路のアナログ・デジタルをはじめとする8インチ以上の大きなウェーハに対してはファウンドリとしてのUMCに製造を依頼する。
一方のUMCも従来のデジタルだけではなく、アナログやRF(高周波)、MEMS、パワーなどを手掛けるようになり、しかも従来のストラテジックパートナーだけしか付き合わなかった昔の殻を破り、さまざまな企業とパートナーになるように変わってきた。このことはNJRにとっても喜ばしいことで、2009年以来パートナー同士のWin-Winの関係を築いてきた。
小倉社長は「従来通りの製品しか設計・生産していなければ売り上げは必ず下がる。だからコストダウンなどでシェアを上げるデフェンス戦術で、落ちた分をカバーする。しかしそれだけではなく、成長を見込める分野へ広げていくことが大事」と述べた。成長のエンジンとなるのはクルマであり、産業機器である。
クルマ用と言ってもNJRの得意な製品はアナログやパワー、MEMSであるから、クルマのダッシュボードのヘッドアップディスプレイやフロントディスプレイ用の電源、すなわちパワーマネジメントICや、オペアンプ/コンパレータ、その他などである。これらはクルマ用にはもちろん、産業機器にも使われ、成長してきた。第4世代のプリウスには30以上のチップが搭載され、トヨタ自動車工業の広瀬工場から優れたサプライヤーとして表彰されてきた。つまり、自分の得意な製品を成長分野に売り込み製品売り上げを伸ばしてきた、といえる。
どうやって成長分野へ伸ばせたか。0.5~0.6µm以下の微細化が必要な製品はUMCを活用し、それ以上の寸法のデバイスは自社で生産する。微細化投資する力がなかったからだという。だからこそ、身の丈に合った戦略を立てている。UMCとの共同開発の例として、8インチのアナログで高耐圧製品UD50では、50Vの高耐圧プロセスやアナログ、ロジックのCMOS ICなどを共同開発した。しかも、少ないマスク数で他社並みの性能の製品を生産することでコスト競争力が付いた。ローノイズCMOSオペアンプでも共同でプロセスの改善に挑み、最高性能のチップの量産に成功した。またGaAsスイッチはコストがかかるため、RF-SOI技術の導入によりコストを下げていく。
小倉社長は「UMCは話のできる相手であり、不測の事態でも協調できる相手として信頼している。品質が良いのは当たり前で、日本UMCには感謝している」と講演で語っていた。
台湾のプロ野球チームが日本と試合して、最後に観客に対してお辞儀をしていた姿を目に焼き付けている野球ファンは多いだろう。台湾には親日家が非常に多い。UMCのP.W. Yen社長兼CEOは半導体ビジネスを成功させるコツとして、宮本武蔵の映画と言葉「我以外、皆我師(自分以外の人や物でさえ、全て教師である)」を紹介した。謙虚な態度で学ぶことの大切さを武蔵から学んだとして、Yen社長は謙虚な姿勢を失わない。これこそ、日本の経営者が見習わなくてはならない点ではないだろうか。かつて、米国半導体が日本にやられて日本を学ぶ経営者が現れたが、今の日本の大手企業経営者は米国や台湾から何かを学んだのだろうか。
(2016/05/26)
「社長室なんか要らない」
(2016年5月 6日 17:49)社員7000名超を率い、年商1300億円以上の企業のトップ(CEO:最高経営責任者)が一般社員と同じフロアで、同じ広さの机で仕事している。社員からはドクターTの愛称で敬意をもって呼ばれ、社員と同じ食堂でランチをとる。この日本法人は中堅企業という範疇で、働きやすい会社の上位ランキングにも入っている。こんな社長と先月会い、インタビューした。

図1 ナショナルインスツルメンツ社のドクターTこと、James Truchard社長
この会社、ナショナルインスツルメンツ(National Instruments)は、測定器メーカーだが、ただの測定器メーカーではない。測定器をハードウエアだけで作るのではなく、ソフトウエアをうまく使い、しかもハードウエアは数台だけでほとんどすべての測定器を実現するプラットフォームという非常にフレキシビリティの高いアーキテクチャを持つ。米国テキサス州のハイテクの街オースチン市に本社を構える。
この会社は毎年、NIWeekと呼ぶイベントを開催、新しい技術トレンドを毎年アップデートしながら、それを会社の製品やテクノロジーに生かしている。だから不況時を除き、右肩上がりで成長を続けている。同社の製品アーキテクチャはフレキシビリティが高く、アジャイルで、時代の変化に対応でき、研究開発型製品に向く。パソコンが普及し始めた1990年代には、測定器の計測部分をボード1枚のモジュールにし、データを処理し表示する機能にはパソコンを利用する、といったモジュールベースの測定器を世に出した。オシロやスペアナなど用途に応じて、モジュールを取り換えるだけで、パソコンが測定器に早変わりする。
今は、モバイル、IoT、5G、クラウドがトレンドになっている時代。この時代に合わせて、システムが変わるため、測定器のアーキテクチャも更新していく。いち早く誰よりも新しいテクノロジーとそのテスト方法を提供するため、常に新しいトレンドを見つけ出す。こういった作業をNIは常に行っている。そのテクノロジーのトレンドは単なる測定器だけではない。コンピュータ、通信、モバイル、半導体、自動車、医療、一般工業など幅広い分野に及ぶ。しかもそれぞれの分野で最先端のテクノロジーを確認しておかなければ、先端テクノロジーに合った測定器を生み出せない。だから、NIは常に最新トレンドをつかんできた。
こういったテクノロジー企業を運営するトップは、やはり自分の目でテクノロジーを確認し、それに合わせた経営判断を行う。最近「技術経営」なる言葉が歩き回っているが、残念ながら日本には、「技術経営」にふさわしい経営者はいないようだ。技術を理解していれば、おのずと企業の限界を判断できるのだが、テクノロジーの企業なのに「最もクリティカルな場面」に遭遇しても経営者はまともな判断ができなかった。3.11の東京電力や、最近のシャープなどが好例だ。
NIの社長であるドクターTはテクノロジーの議論をいつもエンジニアと交わしたいと言う。「社長室で部屋を区切ってしまうと、エンジニアと気軽にディスカッションできない。エンジニアと常に議論したいから、私は社内外を動き回っている」と語っている。ドクターTは、カリフォルニア大学バークレイ校の諮問委員会のメンバーでもあるが、同じ委員会にはインテルの幹部もいる。最近のムーアの法則のトレンドなども知り尽くしている。
「動き回ることが好きだから、社長室などは要らないのです」とドクターTは謙遜しながらやや恥ずかしそうに語った。NIは最先端のテクノロジーを常に追い、それをビジネスとしているからこそ、社内外のエンジニアと話をする機会こそが、成長への手段の一つになるのである。
日本のテクノロジー企業には、出世して経営幹部になれば「オレもここまで上ってきたなあ」という考えに浸る役員が多いと聞く。このようなサラリーマンでは「経営」は無理だろう。また企業をどのような方向に導き、成長させていくかというミッションにも強い意欲がなければ、企業が弱体化するのは当然だろう。
社長室は要らないといったドクターTに技術経営の神髄を見た気がした。
(2016/05/06)
モバイルのトレンドはやはり5G、IoT、クラウド
(2016年5月 4日 09:37)先日、エリクソン・ジャパンでMWC2016の総括話を伺った。その親会社のEricssonはスウェーデンを拠点とする世界最大の通信機器メーカーであり、今では日本のNTTドコモやソフトバンク、KDDIなどの通信業者にもEricssonの製品は入り込んでいる。通信が有線から無線へと変化・拡大してきたことで、海外の通信機器メーカーは世界各地へと飛び出してきている。ノキアも携帯電話部門をマイクロソフトに売却した後は、通信機器メーカーとして世界各地の通信業者に入り込んできた。

残念ながら日本のNECや富士通など通信機器メーカーの海外知名度は小さい。これまで彼らはNTTに納める製品を作ってきた仕事がメインだったため、広いユーザーを求めて世界各地にマーケティングを繰り広げてこなかったためだ。従来のピラミッド構造の産業から早く脱出すべきなのだが、残念ながら日本のエレクトロニクス大企業は、世界レベルからはかなり低い位置にいる。経営ディシジョンの遅さも日本企業に共通する。シャープが好例だ。
さて、通信ネットワーク業者が主体のMWC(Mobile World Congress)2016では、世界のIT産業のトレンドを知ることができる。昨年あたりから気になっている5G、すなわち第5世代のモバイル通信技術はMWCでも最大のトピックスだったようだ。国内ではNTTドコモがMWCで15Gbpsを超えるデータレートの実験をデモするなど世界的な知名度を上げるために必死に取り組んでいる。
エリクソンによると、5Gの姿はこれまでの1G(アナログ)→2G(デジタル)→3G(高速デジタルでCDMA)→4G(さらに高速のOFDM)とやってきた進化とは異なるようだ。これまでは新しい方式が古い方式を置き換えてきたが、5GはLTE(4G)と10年くらいは共存していく。2Gから4Gまでは、ひたすらデータレートの高速化を目指してきたが、5Gは高速化だけではない。低速のIoT技術も共存する。そのための準備段階として、データレートが最高1Gbpsという4G(LTE-Advanced)時代からNB(狭帯域)-IoTなどのIoT向けのデータレートは遅いが消費電力が低い規格を4Gネットワークに乗せる方向だ。
5Gはもともと10Gbpsというとてつもなく速いデータレートを売り物にしてきたが、1ms以下という低レイテンシも規格に取り入れられそうになっている。5GでもNB-IoTに代表されるように遅いレートの通信も同じワイヤレス通信網で取り扱えるようになっている。
その準備として改めてLTEからNB-IoT規格を取り入れることが6月にも決まりそうだ。また、同じLTEを使いながらCat-M1と呼ばれるIoT向けの規格も最近確定した。つまり、IoT用の遅いデータレートのデバイスも同じセルラーネットワーク内で通信させよう、という動きである。規格は上記の二つに絞られそうだ。ともにバッテリ寿命を10年以上としている。データレートは上り/下りともCat-M1が1Mbpsで、NB-IoTは100kbps程度である。IoT向けのセルラー規格は、モデムの低価格化と10年の電池寿命、広い面積のカバー、サイト当たりの100万デバイスの接続、といった特徴を持つ。
もちろん、高速化の動きもある。世界初の商用1GbpsのLTEソリューション(クアルコム製のモデムチップ)をエリクソンが発表した。この延長に5Gがある。
さらに、今年のトピックスの一つが、免許不要周波数帯での通信規格だ。LAA(Licensed Assisted Access)と呼ばれる免許のいる周波数帯と免許不要の周波数帯の両方を使い、キャリアアグリゲーションも可能な手法である。もう一つ、MulteFireと呼ぶ免許不要の5GHz帯を使うLTEであり、Wi-Fiと競合する。
これらの動きは、モバイルネットワークを念頭に置いたものであり、その上でさまざまなモバイル端末が通信することになるため、コンテンツのデータ増大に備えるものである。
では、世界中のモバイル通信業者に提供するモバイルネットワークにエリクソンが対応するためには、どうすればよいか。NTTドコモやソフトバンク、KDDIだけではない。欧州のオレンジやO2、ボーダフォン、米国のベライゾンやAT&T、世界中のさまざまなモバイル通信業者はそれぞれの方式や仕様が異なり、一つの製品を世界の通信業者が使うことはない。エリクソンが知恵を絞った考え出したアイデアがクラウドRANという考えだ。最近モバイルネットワークのことをRAN(radio access network)と呼ぶが、RANそのものをクラウドベースで運用しようという訳だ。ここに仮想化の概念を持ってくる。
仮想化とは、もともとIT分野で企業のコンピュータを効率よく運用しようという考えから始まった。企業内コンピュータはメール用、ウェブ用、会計用、など専用のコンピュータを揃えながらも使われていないコンピュータがあるなどIT投資効率が悪いという問題を抱えていた。そこで、1台のコンピュータハードウエア内を仮想的なパーティションで分離して複数台あるように見せかけることにした。1台のコンピュータ内で分離した複数の『仮想コンピュータ』にそれぞれOSとCPUを配置し、まるで複数台のコンピュータがあるように見える。
こういった仮想化の概念をRANにも持ってくる。RANの世界でも、分散型RANや集中型RAN、フレキシブルなElastic RAN、仮想化RANなどを導入し、エリクソンはこれらを含む包括的な概念としてクラウドRANを考え出した。RANは今後、3G、4G、5G、キャリアアグリゲーションなどが混在するネットワークとなる。そこで、さまざまな通信業者の要求にこたえるためにより柔軟なネットワークアーキテクチャが求められている。
エリクソンの仮想化RANは、VNF(virtual network function)を分離アーキテクチャ上でプロトコルスタックの一部を商用市販のハードウエアに集中させ、それ以外を分散サポートする。これにより、RANとコア機能の両方を同じサーバ上で同時にホスティングできるようになる。性能を犠牲にすることなく仮想化できるため、少ないコストで運用を単純化できる。エリクソンの本社があるスウェーデンに設置されたリモートサーバで、仮想化されたRANを使えるようになる。仮想化とクラウドがカギとなる。
(2016/05/04)
シリコンバレーの名物論客T.JがCEO辞任
(2016年5月 3日 23:09)米スタンドード大学の博士課程に在籍中、「10年に一人の逸材」と言われた、サイプレスセミコンダクタの名物CEO(最高経営責任者)、T. J. ロジャーズ氏がCEOを辞任することになった。シリコンバレーでは、モノ申す論客の一人だ。1982年にCypress Semiconductorを創業、34年間CEOを務めてきた。

図1 最近のT.J. ロジャーズ氏 出典:Cypress Semiconductor video
T. J.は、いまだにエンジニア精神にあふれており、CEOは辞めてもテクノロジーに関してフルタイムで働きたいとして、Cypressに残る意向を示している。同社は新しいCEOを探し始めている。当分の間、エグゼクティブバイスプレジデント4名で日々の経営を運営していくが、T.J.はサイプレスの取締役会には残る予定で、重要なテクノロジーのプロジェクトを動かしていくリーダーになるとしている。
これまでT.J.は、自分が使う時間の30%をテクノロジーとキープロジェクトのためにとって来た。これによって高い価値をサイプレスにもたらしてきたという自負がある。T.J.はこの3月に68歳になったばかり。半導体ビジネスの新しいトレンドには常に目を向けており、未来には未来に合ったトレンドがある。
筆者は10年前の2006年に、カリフォルニアでT.J.ロジャーズ氏にインタビューしたことがある。当時は、EDN JapanでEDN誌50周年記念のための特集を企画し、「エレクトロニクスの50年と将来展望」という特別記念号を2007年1月に発行した。この中のトップインタビューで、T.J.のほか、リニアテクノロジー会長のロバート・スワンソン氏、ナショナルセミコンダクタ(現TI)CEOのブライアン・ハラ氏、テキサスインスツルメンツ(TI)会長のトム・エンジボス氏、スタンフォード大学教授の西義雄氏にインタビューした。すべて魅力的な人ばかりだった。
T.J.ロジャーズ氏のオフィスでは、ジョギングを終えて、なんとジャージー姿で出てきた。このため、特別号に掲載する写真は、別にいただくことにした。T.J.はスタンフォード時代にVMOSFETを発明し、その特許をAMI社に売却、1975年にスタンフォードで博士号を取得したのちAMIに入社しVMOSの集積回路を目指して開発リーダーに迎えられた。VMOSの商用化を目指したが、当時はプレーナ技術ではないV字型のMOSFETの歩留まりがどうにも上がらず、1980年にAMIとしてVMOS技術を断念し、T.J.はAMIを退社した。その後AMDに入り、当時CEOとして有名なジェリー・サンダース氏から半導体ビジネスを学んだとインタビューで述べている。
スタンフォード時代からシリコンバレーでは起業することが学生の間で話題になっていており、T.J.もいつかは起業したいと考えていた。シリコンバレーは典型的な米国ではない。もちろん日本的でもない。企業家精神にあふれた街だ。AMDでは半導体ビジネスで成功するコツを学んでいたので、何とかして起業したいと思い、1982年にAMDを飛び出した。
飛び出す前からベンチャーキャピタル(VC)とも付き合うようになったが、AMIでVMOSの事業化に失敗した話がシリコンバレーで伝わっていたため、VCのT.J.に対する評価は低かったと述懐している。当時は折しも日本の半導体メーカーが米国のコンピュータメーカーに進出しており、特にDRAMでは米国メーカーを打ち負かす存在になってきたため、T.J.は米国の半導体産業を立て直さなければ日本に負けてしまう、とVCを説得、1982年12月1日、VCから750万ドルの資金を調達、サイプレス(Cypress Semiconductor)を設立した。
当初の戦略製品は高速SRAMだった。当時の日本の半導体企業が優れていた点は品質だった。このため、サイプレスは日本を見習い、高品質の高速SRAMを開発した。当時の米国半導体メーカーには不良率がppm以下の製品を持つ企業がなかったため、サイプレスの狙いは当たった。T.J.のすごさは、良いものは良いと評価できる能力であり、そのためなら良いところから学ぶという謙虚な姿勢である。今の日本の経営者が足りないのは、このような謙虚な姿勢である。
1990年代に入り、日本の半導体は没落していくが、その問題は二つあったとT.J.は分析する。一つは製造コストが高いこと、もう一つはイノベーションが生まれてこないこと、だ。いわば日本製品は品質が高いがコストも高い。そこでサイプレスは、品質を維持したまま製造コストを下げることに注力した。この努力が現在のサイプレスの看板商品であるpSoC(プログラム可能なシステム-オン-チップ:ピーソックと発音)になった。pSoCはアナログ回路をプログラムできるマイコンであり、ソフトウエアで機能を変えられるチップである。ユーザーがソフトウエアで機能を変えられるICは、開発のサイクルタイムを短縮できる。このことはトヨタのカンバン方式から学んだという。
さらにT.J.が天才と言われるゆえんは、半導体のトレンドをよく見ている点だ。10年前のインタビューで述べていたことだが、半導体は、微細化技術とソフトウエアと設計が三位一体になって発展すると明言したことだ。このことは今の時代を言い当てている。今は、微細化の比重がさらに下がり、ソフトウエアと設計開発ツールが半導体ビジネスを決める要素となっている。T.J.が10年前に、「サイプレスはNo More
Moore(もうムーアの法則は要らない)だ」と言ったことに今は誰しも同意するだろう。また、日本からイノベーションが生まれないことを危惧していた点も、その通りだけに気になる。
(2016/05/03)