エレクトロニクス業界の最近のブログ記事

低コスト技術こそ利益の源泉

(2012年10月 9日 23:06)

性能だけを追求してもコストが高ければモノは売れない。競争力はつかない。良いものを安く作る技術が競争力を付ける。日本のモノ作りが今アジア勢だけではなく米国勢、欧州勢に負けているのは、良いものを安く作れないからである。良いものをより良くしても高くなるだけで、クライアントの要求から遠ざかってしまう。海外勢は良いものを安く作ることに集中しており、日本との差がはっきり表れている。

 

例えば、スティーブ・ジョブズ氏は、かつてアップル社を追われNext Computer社を設立、高性能なコンピュータを世に出した。しかし高性能を追及した結果、百万円以上の価格になった。これでは売れない。このコンピュータは失敗だった。彼がアップル社に戻った時、この失敗を生かした。どのようなカッコいいデザインのコンピュータでも、売れる価格になるように設計しなければ失敗に終わるということを学んだ。戻った後にヒットさせたiMacは斬新なスケルトンデザインながら13万円台と手ごろな価格になるように設計した。iMacは爆発的にヒットした。その後のiPodiPhoneiPadにおいても手ごろな価格という路線は変わらない。

 

アップル製品の生産におけるコストダウンの圧力は極めて強いと言われている。これは安売り商品を作るためにコストカットをするのではなく、手ごろな価格で魅力的な商品を製造するためにコストカットする。利益を十分確保するためだ。利益が得られなければ事業は継続できない。社会のみんなに使える商品を提供し続けるためには利益を生み出さなければならない。日本企業は儲かっている時期でさえ、「利益なき繁忙」と言われることが多いが、利益を上げるためのコスト意識がアップルとは比べ物にならないくらい低いからだ。

 

アップルだけではない。インテルやTI(テキサスインスツルメンツ)なども製品を手ごろな価格(決して安くはないが手の出ない価格でもない)で製造するために、製造原価の徹底的なコストダウンを行っている。それは設計段階から始まっている。いかに無駄な設計をしていないか、ソフトウエアの行数を減らす技術を採り入れているか、製造工程でも無駄な工程はないか、独自の工程をできるだけ減らし、共通化できる工程を増やしていく。製品の設計からテスト方法、製造方法、生産管理方法、共通化するための標準化、など商品のシステム設計から生産工程、流通工程に至る全てのコストを常に見直し、低コスト化を追及している。

 

日本のモノ作りはまず、いいものを作ることから始まる。作れるかどうかわからないからコストは関係せず、まず作ってみるという姿勢だ。海外はいいものを低コストで作ることから始まる。限られた費用の中でいかにして仕様を取り込み、製造上でも低コスト化できないかどうかを探りながら製品を開発する。低コストで作るために設計から販売チャネルに至るあらゆる工程と手段に知恵を絞る。この差がコスト競争力となって後で現れてくる。標準化や工程や設計などの共通化はコストダウンの一環である。安く作るために共通仕様で標準化する。だから利益を生み出すための標準化には力を入れている。

 

新聞などでは「日本発の世界標準を作ろう」と政府が旗を振っている記事をよく見かけるが、ピント外れも甚だしい。企業にとって日本発であろうが世界発であろうが、どうでもよい。標準化仕様を誰よりもいち早くキャッチして採り入れ、手ごろな価格の製品をいち早く作り販売することが最も重要なのだ。これこそが世界の勝ちパターンである。そのためには、海外における標準化作業に一緒に取り組み、その最新情報を常に会社に伝え、製品開発に欠かせないディスカッションをする必要がある。成功例として、旧NECエレクトロニクスは世界で最初のUSB3.0インターフェース準拠の半導体チップを開発したが、これは標準化委員会に最初から参加し、その製品仕様情報を会社にフィードバックしていたからだ。

 

低コスト化は、早く開発して世に出すことともつながる。つい最近まで言われていたことだが、日本のメーカーに新技術を持って訪問すると、その技術を買おうとせず、対応した部長は「この技術ならウチでも開発できる」と自信満々に上層部に伝える。上層部は、デキる部長の言うことだからウチで開発しようということになる。これが負け組につながったのである。なぜか。その部長や上層部にはTime-to-marketの概念がなかったからだ。ある時期の内に発売しなければビジネスチャンスを失ってしまうことに気がついていなかった。日本のメーカーが自分の得意な技術に集中し、持っていない技術はたとえ自社開発できるとしても、その技術を外部からさっさと買わなければ、良い製品を良いタイミングで発売できない。製品トータルのコストを考えると、自社で開発するために必要なリソースをつぎ込む方が結果的にコスト高になってしまうことが多い。しかも決まった時期内に製品を出すことができずライバルに負けてしまう。機会損失、機会チャンスという考え方を導入しなければ競争には勝てない。

 

日本のメーカーは、最近ようやくこのことに気がついたようだが、海外勢とはもはや大きな差がついてしまっている。詰まる所、経営判断の遅さが招いた差である。コストを二の次にしたモノづくりをやっている限り、日本の競争力はいつまでもつかない。コストを念頭に入れた設計・製造の技術開発こそ、海外の勝ち組、インテルやクアルコム、TIなどが採り入れてきたモノづくりの手法である。日本の企業がこのことに早く気がついてほしい。

2012/10/09

黄昏CEATECの中に一条の光が見える

(2012年10月 5日 22:50)

CEATECにやってきた。102日はメディアをはじめ特別招待日であった。今年は残念ながらこれまでになく記者の数は少ないように見えた。いつもなら初日にはメディアの仕事場であるプレスセンターは満員だが、今回は場所取りに苦労することはない。知り合いの記者も少ない。半導体、エレクトロニクス関係の記者はどこへ行ったのか。5日はもっと少なかった。事務局の調べでは102~4日までの3日間の来場者数は90,548名である。5日間で20万人を目指すと言っていたが、目標達成は難しそうだ。

 

Fig1.jpg

図1 2012105()のプレスセンター 記者の数はまばら

 

このプレスセンターの状況は、現在の日本の電子産業をよく表してしている、と複数の参加者から言われた。日本の電子産業は縮小均衡を図ろうとして縮まる傾向が強い。昨年は、インテルとマキシム、国内のロームの3社の半導体メーカーが出展したが、今年はローム1社だけだった。家電のブースはもっとひどい。未来を感じさせる展示物やパネルが少ない。ただ単に高精細にしただけの4K2Kのテレビ、ジェスチャー入力、スマートホーム、どれもすでに発表されたものばかり。すでに今年1月のCESConsumer Electronics Show)で見たものばかりですね、と業界のベテランの方から言われた。

 

ところが、大手セットメーカーのつまらなさに対して、意外と部品メーカーが面白いという声を聞いた。例えば、かつてコンピュータアーキテクチャを研究していた元エンジニアの人は、部品が面白いですね、と言っていた。確かに、村田製作所やアルプス電気、ミツミ、京セラ、TDK、太陽誘電などには人だかりがあった。海外では半導体メーカーがソリューションを顧客に提案するソリューションプロバイダに変身してきているが、日本では部品メーカーが提案型になってきている。村田製作所がジャイロスコープの制御技術の一つとして、自転車や1輪車の自動操縦を行う、「ムラタセイサク君」「セイコちゃん」は部品で何ができるかを見せた例である。今年も彼らを見ようと詰めかけた人たちは多かった。

 

私が最も面白いと感じた技術は、地方の中堅企業の技術だった。空間に静止画や動画を映す技術を広島市の株式会社アスカネットが開発したのである。これまで水の流れる滝や霧、煙など光が反射する空間にレーザー光を当てて映像を見せるという手法はあった。シンガポールのセントーサ島で見せるレーザーショーはこの原理を応用したものだ。しかし、全く普通の空間に映像を映し出す技術は今まで見たこともなかった。

 

このブースに集まる人たちは一様に、驚きの声を上げていた。これは微細なミラーを格子状に並べたもので、鏡の反射を利用しただけの光学系には違いないのだが、空間のある平面に映像を映し出し、その面に焦点を結ぶというものらしい。空間だからこそ、その画像に触ろうとすると手はすり抜けてしまう。だが、3次元テレビや3次元ディスプレイで見える虚像とは違い、写真が撮れるのである。出展社のアスカネットは実像だという。

 

Fig2.jpg

2 写真で捉えた空間面の画像

 

他にも、球状のインダクタと呼ばれる丸いコイルやトランスなども展示されている。ここも中堅企業の部品メーカーが作製したもので、二つの半球状のフェライトを合わせて球状にし、その中にコイルやトランスを入れている。フェライトでシールドしているため半導体トランジスタなどでスイッチング動作させてもノイズを出さない。これもアイデア商品だ。

 

これらに共通するのは、大手企業ではなく中堅企業のアイデア商品だということ。大手企業のセットメーカーからは新しいアイデアはもはや出てこなかった。この現象は何を意味するのであろうか。日本のモノづくり産業のイノベーションは大手から中小にシフトしているのではないだろうか。大手セットメーカーは毎日、リストラの話で終始していると言われている。もはやイノベーションは期待できない。でも中堅・中小企業にイノベーションを期待できるのなら、日本のモノづくり産業はまんざら悪くはない。むしろ、未来が見えてくるといえよう。

 

このことは、大手企業、下請け企業、孫請け企業、ひ孫企業、というように階層を構成してきた日本のモノづくり産業構造が崩れつつある時期に来ていることを意味するのかもしれない。海外では、大手よりも中小、あるいは中堅企業がサプライチェーンから顧客に至る企業までパートナーシップを結ぶエコシステムを構築することでモノづくりを成功させている。日本の大手セットメーカーや半導体メーカーなどは垂直統合にこだわり過ぎて、スピード経営、スピード決定ができない、ことが敗因となっている。大手セットメーカーに期待するのではなく中小、中堅企業が世界と戦えるようなインフラを整えることが日本のモノづくり産業を救う道になるのではないだろうか。

 

日本で独立した半導体専業メーカーはローム1社しかいない。残りは全て親会社の干渉、庇護の元で運営されており、独自に経営することが許されない。中小、中堅企業の元気のいいイノベーションを見る限り、一刻も早く親会社、旧財閥系銀行などからの独立を図る経営が求められる。いつまでも放置しておけばますます世界との競争に敗れ、社会主義的環境から抜け出すことはできなくなる。もちろん、霞が関からの影響を排除し、自由に市場へ参入して競争できる環境が産業にとっては望ましい。政府は自由競争するため世界と同じ土俵(税制・関税・優遇措置など)を整備することが日本の産業のためになる。補助金を配ることだけが能ではない。

2012/10/05

エンジニアよ、システムの勉強をしてほしい

(2012年9月20日 22:57)

10日ほど前、メンター・グラフィックス・ジャパンが主催するTech Design Forum 2012に参加した。この基調講演の中で、MITメディアラボ副所長の石井裕氏は、さまざまな対立概念を紹介した。止揚(aufheben)することでより上位の概念にたどりつき、最終的に人類の幸せにつながっていくことをさまざまな視点から紹介した。

 

面白かった話の一つとして、技術が全てだと思うと問題が出てきて見えなくなることがある、と述べたことだ。この話では、システムと部品の関係を示すことで問題の所在を明らかにしようとしている。まず、戦闘機とジェットエンジンの関係では、戦闘機がシステムであり、エンジンが部品である。しかし、その戦闘機でさえ空母から見ると部品になる。空母には数十機もの戦闘機を収容できる。空母というシステムをうまく動かすために戦闘機という部品をうまく配置しいつどのタイミングで動作させるかという管理を行う。

 

ところが、その空母でさえ部品扱いになる。艦隊というシステムから見ると1隻の空母は部品にすぎない。艦隊は、いつどのタイミングでどの空母をどのような手順で動かすか、というシステム的な観点から管理する。

 

120918-N-YX169-101.jpg

図 空母に載った数十機もの戦闘機 出典:米Navyホームページから

 

その艦隊でさえ、国家的な戦局という視点から見ると、部品となる。戦局は、いつ艦隊をどのような状況でどのような手順で動かすか、という視点で艦隊を一つの部品のように動かす。

 

この話と同様に、「デバイス」という言葉は部品屋から見ると、半導体チップであり、トランジスタである。しかし、コンピュータ屋は、マウスやディスプレイモニターをデバイスと呼ぶ。かつてこの違いはなんだろうと悩んだ時代があった。当時の私はシステムが理解できていなかった。半導体屋にとってシステムはそれを使った装置であるから、マウスのようなちっぽけな装置もシステムという。しかし、コンピュータシステム屋からみると、コンピュータと周辺のプリンタやマウス、モニターなどはシステムを組む上での部品、すなわち「デバイス」なのである。

 

結局、部品とシステムを考える場合、システム的な視点とは部品をどのように組み合わせて、ハードウエアを形作り、それを柔軟に動かせるようにソフトウエアで調整する。では何をハードウエアとして作り、ソフトウエアはどのような役割を持たせるか、というシステム的な視点が求められる。ここには、モノを抽象化してみるという訓練が必要であり、部品や装置だけを見ていてはシステム全体を鳥瞰することができなくなる。

 

日本のモノづくりは半導体に限らず、システムという視点が欠けていたのではないか。技術という細かいところにだけ目が行って全体を鳥瞰できなくなると、システムや相手が見えなくなってしまう。技術は素晴らしい、ここに技あり、という一つの技術だけを見ていては、システムとしてのバランスを見失ってしまう。性能、機能、品質、コスト、信頼性などのバランスが商品としての魅力になる。

 

ユーザーが求めるものは、部品ではなくシステムである。どのようなシステムが欲しいのかを見極めたうえで製品設計に入る。そのためにはユーザーのシステムに熟知していなければならない。それが理解できるようになると、どのような部品が必要になるのかがわかる。さらにその製品を広く展開したい場合や将来に渡り発展させたい場合には、ソフトウエアを導入しプログラムできるように考慮する。ユーザーには拡張性を持たせることで手ごろな価格で求められる製品になる。こうなると、ユーザーはサプライヤから離れなくなる。

 

半導体のような部品の世界では、システム=装置という考えしかなく、ユーザーがどのような装置を望んでいるかを半導体屋は求めていた。しかし、ユーザーが望むシステムはさまざまな装置を組み込んで一つのシステムを作ることかもしれない。そうなると部品屋は装置だけを見てもユーザーの意図をくみ取ることができないのである。

 

日本の半導体産業がシステムLSIとか、SoC(システムオンチップ)と呼ぶ半導体チップをビジネスとして成立させられなかったのは、システムを本当に理解していなかったからだ。ではシステムLSIを止めて未来は来るのか。実は、アナログやミクストシグナルの世界もデジタルやマイコンを集積しており、システムLSIとなっている。スマホの心臓部に使われるアプリケーションプロセッサ(別名モバイルプロセッサ)もシステムLSIといえる。つまり半導体ビジネスで勝つためにはシステムLSIを捨てるわけにはいかない。いろいろな半導体チップがシステムLSIになってくるからだ。

 

だから半導体屋はシステムを勉強しなければならないのである。今からでも遅くはない。半導体の勉強はもうほどほどにしてシステムの勉強をしてほしい。これが世界でも通用する半導体メーカーになるための第1歩である。

(2012/09/20)

電機メーカーの処方箋

(2012年9月 4日 22:04)

シャープ、パナソニック、ソニーなどの苦境が伝えられている。ソニーは白物家電を持たない家電メーカーだ。家電メーカーでも白物家電を持つ企業はまだましである。白物家電にはMade in Japanの優位性がまだあるからだ。しかしソニーは苦しい。シャープでさえ白物家電比率が低い。どうすれば電機は回復するのか、考えてみたい。

 

CES2 085 (640x480).jpg

図 CES2012におけるLGのブース スマートハウスでHEMSを提案

 

かつてはソニーのウォークマンやVAIOパソコン、パナソニックのVTR、東芝のDynabookパソコンなど日本製品が世界を席巻し、ブランド力も高かったが、今はサムスンやLGの方が世界的なブランド力は高い。米国の家電分野にも新たな企業が出ている。VizioCobyといったメーカーは、新たに生まれたデジタル家電メーカーであり、いずれも工場を持たないファブレスだ。いずれもテレビ事業を持ちながら米国で成功させるべきビジネスモデルを持っている。日本のパナソニックや、ソニー、シャープのような旧態依然としたテレビ工場を持つやり方ではない。さらに米国ではGEも健在であるが、白物家電が中心で民生エレクトロニクスではない。

 

日本の家電メーカーが強いのは、もはやテレビやビデオ機器ではなく、冷蔵庫や洗濯機、エアコンなどの白物家電だ。冷蔵庫にインバータを導入し、モータの回転数をスムーズに早めたりゆるめたりして、消費電力を減らす。いわゆる惰性運転ではエネルギーをそれほど食わない。昨年の震災によりできるだけ夏休みを長くして1週間工場を止めた工場があった。その企業が空調をはじめ工場全体のスイッチを入れたら、工場を止めなかった年の方が消費電力は少なかったという。エアコンなどインバータ方式のコンプレッサは惰性運転する方が電力は少ない。クルマを時速40~50kmでだらだら運転する方がガソリンは減らないことと同じである。急発進、急加速ほどガソリンをまき散らしているものはない。日本の家電業界は、エアコンにインバータを導入して消費電力を減らしてきた。

 

白物家電が健闘している割にテレビやDVDなどの民生用電子機器は弱体化が激しい。その原因はそれほどの技術を必要としないからだ。液晶の大画面化をハイテクと勘違いしていたのである。液晶テレビは実は構造が単純だ。表示パネルは、液晶の画素と呼ばれるRBG(青赤緑)要素をひたすら並べたものにすぎない。画素数は細かければ細かいほどきれいに映る。しかし1画素を上手に設計すれば、同じ画素を敷き詰める訳だから、さほどの技術ではない。実は半導体メモリも同様だ。だから英語では、こういった産業をゴム印産業(ラバーインダストリー)と呼ぶ。ここにはもはや差別化技術はない。コモディティである。コモディティとなったテレビでアジア勢には勝てない。低コスト技術を開発してこなかったからだ。

 

今や日本製(made in Japan)がもてはやされるのはアニメや漫画など日本の独自性を持つ分野だ。テレビは日本が有利な理由は何もない。ソニーはドイツで行われた家電のショーIFAにおいて、画素解像度4K2Kのテレビを発表したが、テレビの解像度は高まり映像をより鮮明に見えることは見えるだけ。それ以外の機能もビジネスモデルも従来のテレビと何ら変わりはない。

 

では日本のテレビやエレクトロニクスメーカーはどうすればよいのか。モノづくりを捨てて文化や娯楽へ転換するのか。いや、もっと冷静に分析することが重要だろう。現実として、もはやブランド力はない。低コストでモノを作れない。アイデアは貧困。商習慣は日本でしか通用しない。こういった現実を直視し、それを変えていかなければならない。

 

まず、今まで通りの考え方を捨てることから始めよう。そこで、自社の強み、弱み、世の中の流れ、問題、を整理して進むべき道を各社が見つける以外にあるまい。横並びに日本の民生メーカーに並ぶだけでは共に沈んでしまう。各社が各自の道を探ることができなければやがて没落する。それでは従業員が悲しすぎる。経営者の責任で自社をどれだけ変えられるかが勝負となろう。

 

これはほんの一例だが、ドラえもんやハローキティのキャラクタ作者とコラボした商品(テレビやスマホ、スマートテレビなど)を世界へ売るとか、AKB48とコラボする商品を世界へ売るとか、思い切った変革を提案しなければ発展は望めない。いつまでもソニーやパナソニックが世界で望まれているブランドではないことを知ろう。世界における日本のプレゼンスを強調できる娯楽文化と家電メーカーがコラボレーションを図った商品開発は一考の価値があるのではなかろうか。そうすると日本のブランド力をどう生かすべきか、日本の強みをどう生かすべきかが見えてくるはずだ。

 

携帯無線4Gの次の5Gはどのような姿になるのだろうか?

(2012年8月23日 22:29)

先月、YRP(横須賀リサーチパーク)が主催したWTP(ワイヤレステクノロジーパーク)2012の講師控え室で、他の講師の方と話をしている時に、「歴史を振り返ると、第5世代コンピュータというものは結果的にパソコンでしたね。携帯電話の4Gの次はどうなるのでしょうか?」と質問された。これまで高性能化ばかりに目を奪われてきた第5世代コンピュータの国家プロジェクトは何だったのだろうか。

 

MWC0hynixBooth (580x434) (500x374).jpg

図 バルセロナで開催されたMobile World CongressのSK Telecomブースは新4Gで話題


コンピュータは最初に生まれてから、第3世代まではメインフレームが主体だった。第4世代は性能的にはスーパーコンピュータだったが、ミニコンあるいはワークステーションだったのかもしれない。そして第5世代は、人工知能やパターン認識コンピュータではなくパソコンだった。この歴史はダウンサイジングというメガトレンドへ向かっていた。

 

半導体の取材を80年代から米国でも始めた時、メインフレームよりミニコンやオフコン、スーパーコンピュータよりミニスーパーコンが欲しい、というユーザーの声が強いと実感した。現実にメインフレームやスパコンは装置そのものの速度は速く高性能であるが、実際のコンピュータ運用では順番待ちをよく食らった。1台数億円もするメインフレームは大企業や大きな組織でみんなが使うため、オペレータにプログラムを手渡しても、3~4日待ってください、と言われるのが常識だった。スーパーコンピュータも同様だ。実際の計算時間よりも待ち時間の方が圧倒的に長かった。だから、コンピュータを使いたい人たちは、性能は少し落ちてもよいからもっと安い手軽なコンピュータが欲しいと思っていた。11000~2000万円程度なら一つの事業部で1台のワークステーションやミニコン、ミニスーパーコンを購入できた。性能はメインフレームやスパコンに比べると遅いが、待ち時間はなくすぐに使えるため、結果的に出力データを手に入れられる期間は早かった。ダウンサイジングはこのようにして80年代から90年代へとじわじわ進行した。

 

同時にムーアの法則に従って、半導体の集積度が上がり半導体プロセッサの能力も上がってくると、フォートランやコボル、C言語で書いたプログラムを走らせるコンピュータはメインフレームよりもずっと安いワークステーションやパソコンでさえも実行可能になりつつあった。こうなるとメインフレームもスパコンも特殊な用途にしか使われなくなり、これらの市場は縮まっていった。今のスパコンの国内市場は富士通のスパコン売上にすぎない。わずか100億円だ。

 

1980年代にコンピュータのダウンサイジングが言われ始めた時、日本の半導体はこういった動向に目もくれずメインフレーム向けのDRAMばかりを開発していた。米国ではインテルやナショセミなどがDRAMから撤退し始めた1984年に米国のマイクロンがDRAMに新規参入したため、取材を申し込んだ。その時、「われわれは日本が強いDRAMをメインフレーム用ではなくパソコン用途に絞って提供する」と開発思想を述べた。コンピュータのダウンサイジングを見越したマイクロン、さらにそこからライセンスを買ったサムスンがパソコン用の低価格DRAMに集中し、日本のDRAMメーカーが、ダウンサイジングというメガトレンドを見ずに高価なDRAMを作り続けていた。その10年後、20年後の勝負は、1980年代ですでに見えていたのである。

 

こういったコンピュータと半導体の歴史をリンクしてみると、日本の半導体メーカーが高価なDRAMをいつまでも追求してきたことが間違いだった。つまりはメガトレンドを見ずにひたすらDRAMの微細化を追求してきたことが間違いだったという訳だ。

 

では、携帯通信規格の4GすなわちLTE-Advancedの次はどこへ行くのだろうか。データレートは数100Mbps1Gbpsにも達するのである。さらに数Gbpsを個人のスマートフォンやタブレットが必要とするのだろうか?ここに第5世代コンピュータの教訓を生かすべきだろう。その答えについてWTP2012でもいくつか芽が出ていたが、ここでは結論めいたことを言うつもりはまだない。答えを得るためのプロトコルを述べるなら、ニーズをつかむマーケティングをしっかり行うと同時に、世界のメガトレンドを把握するというだけは確かだ。

 2012/08/23

ワイヤレスセンサネットワークを再定義する講演

(2012年8月18日 23:48)

高周波シミュレータやノイズシミュレータなどの技術者集団、AETが主催するワークショップ「明日を紡ぐIOTInternet of Things)」(http://www.aetjapan.com/event/workshop.php?AET_WS)で講演することになり、今その準備中だ。IOTという言葉は昨年あたりから米国企業を中心に聞かれるようになった。いわゆるモノにM2M等の通信モジュールやZigBeeモジュールを搭載して、インターネットにつなげてしまおうというもので、何でもインターネットというべき概念だ。

 

このワークショップの中で私は、センサネットワークについてお話しする。実は、数ヶ月前、センサネットワークについて調べていたら、WikipediaではM2Mmachine to machine)のコアとなる技術だとある。これを読んで、あれれ???と思った。M2Mは基本的にはデータ通信モジュールを使ったサービスであり、これをセンサネットワークと呼ぶなら一般的な携帯電話でさえセンサネットワークということになる。携帯電話をセンサと定義すれば3G通信ネットワークもセンサネットワークといえるからだ。

 

センサネットワークの基本はワイヤレスセンサネットワークである。このワイヤレスという言葉に重きを置き、センサの電源コードもワイヤレスとして考えると、M2Mはワイヤレスセンサネットワークの範疇には入らないことになる。ワイヤレスセンサネットワークに使われるセンサは電池で動作するか、自然エネルギーから電源を取り出すエネルギーハーベスティングか、どちらかしかなくなる。ワイヤレスセンサには3年程度は電池を交換しなくて済むようにしてもらいたいからだ。

 

そこで、センサの定義から始まり、これまでいわれているセンサネットワークにM2Mも含めるというWikipediaの説明で疑問を感じたことについても再定義しなければならないな、と考えたのである。そこで、センサネットワークをどのような範疇まで広げて再定義するか、その際センサとは何か、を考え整理してみた。この時以来、通信関連のいろいろな方々にセンサネットワークの新しい定義について聞いてきた。最近になって、自信を持って再定義が必要だと感じた。この講演では、その再定義についても吟味してみる。このワークショップでも再定義についてご意見を伺いたいと思っている。

 

AETが主催するテーマのIOTについて考えると、どのようなモノにもインターネットとつながる時代になる、という前提から出発している。昔のPDAは通信機能がなかったばかりに普及はイマイチだった。iPadやスマートフォンはPDA以上の機能を持ちながら、通信機能もしっかりとい持っている。3GあるいはLTEネットワークの他にWi-Fi通信やBluetoothなどの通信機能も搭載しているからだ。

 

Wi-FisceneCES120818 (600x451).jpg

これからの未来は、カメラにもWi-Fi機能が付き、撮った写真やビデオをすぐにDropboxYouTubeに載せられるようになる。さらにスマホのWi-Fiと連動すれば、仲間みんなで撮影する場合でもセルフタイマーは不要になり、その代わりにスマホでシャッターを切れるようになる。ICレコーダーに通信機能が付けば、録音した対談や取材が自分のPCやメディア企業のPCやサーバーにも即座に記録できるようになる。犯罪防止や公正な裁判にも活用されるかもしれない。これからは、さまざまなモノに通信機能がつき、インターネットを介して生活をさらに豊かにしてくれる。IOTの時代こそ、モノにIPアドレスを付けるIPv6が生きてくる。AETのワークショップから、私たちの未来の生活を豊かにそして公正・公平な社会作りへのテクノロジーがもっともっと生まれてくることを期待する。

 

なお、「明日を紡ぐIOTInternet of Things)」は914日に東京・秋葉原のアキバプラザのアキバホールで行われる。

(2012/08/19)

「モノづくり」が英語になった、Thingmakerという言葉が登場

(2012年8月15日 22:40)

「製造業を国内に取り戻そう」。米国ではモノづくり回帰が叫ばれている。先週、参加していた米国の測定器メーカーのNational Instruments社が主催するNIWeek 2012では、日本語のモノづくりに相当する、「Thingmaker」(モノづくりのエンジニアや企業)という言葉が使われていた。辞書をひいても載っていない。まさに日本語のモノづくりの担い手を英語に翻訳した言葉である。

Thingmaker2.png

国内の空洞化を最初に経験したのは日本ではない。米国の方が先駆者である。2004年のシカゴで開催されたManufacturing Weekにおいて、米国のアルミメーカーの社長が海外へ移転したアルミ産業を嘆いていたが、解はこの当時はまだ得られていなかった。

 しかし最近、中国における人件費が広東省をはじめ、上海・蘇州地区、北京・天津地区などで大きく上昇している。2004年に上海を訪れた時、上海のビジネス街におけるカフェテラス風のランチが400円と高くなっていたことに驚いた。中国における平均的な人件費から見ると極めて高い。ビジネス街で働く都会の人たちは、何事もなかったかのように昼食を済ませた。今では大都市における物価は日本並みにさぞ、高いことだろう。 

中国における人件費が高くなるのであれば、中国で生産する意味がなくなる。米国からわざわざ中国へ行く必要が本当にあるか、検討してみる価値がある。このためには製品価格に対する人件費の比率を求めておき、さらに輸送コストも加味する必要がある。例えば、半導体の製造工場における人件費比率はわずか5~8%しかない。だからこそ、半導体前工程は何も中国やアジアへ持っていく必要のない産業である。パソコンメーカーの台湾エイサー社のスタン・シー会長に伺った時も、パソコン産業における人件費比率は10%以下だという。であれば何も中国で作る必要はない。 

日本も米国もムードで中国へ進出したような所がある。中国進出は、本当に原価計算をし尽くして得た結果なのか、怪しい。米国企業はともかく、日本企業は、大手が中国へ行けばその大手に部品を収めているサプライヤも中国へ行き、さらにサブサプライヤもついて行った。その結果、「日本村」ができた。1990年代はじめに私は「Nikkei Electronics Asia」の発行準備でアジア諸国の現地企業を回ったときに、彼らが日本企業と全く取引がないことを私は知った。マレーシアでもインドネシアでもシンガポールでも同じだった。そのくせ、どの国の中心都市にも日本企業の商工会議所があった。つまり日本企業同士の集まりの会はどこでもある。 

日本企業の現地進出は、一緒について行った家族も現地との付き合いが少ない。近所の日本人奥さま同士でショッピングセンターへタクシーで行き、買い物を済ませるとみんなでまたタクシーで帰ってきた、という話を聞いたことがある。マレーシアのクアラルンプールはインフラが整っている割に物価が安く、過ごしやすい街である。現地の人と付き合えば、もっと良く理解しあえるのに残念である。

現地の企業は日本企業と取引したいと思っていた。日本製品は品質が高いと思われていたからだ。日本企業が現地に進出し、部品・材料の現地調達比率を上げるなら現地企業との付き合いは欠かせない。しかし、日本企業は次第に現地調達率を上げていくのだが、これは現地企業から購入するのではなく、現地に進出した日本のサプライヤ企業から買うだけだった。こういった「日本村」構造で製品は本当に安く作れるのだろうか。日本国内の地方の工場でモノを作ることとコスト比較を徹底して行ったのだろうか。 

人件費、流通経費、管理部門のオーバーヘッドなど、さまざまなコストを全て公平に見積れば、答えは出るはずだ。国内での雇用を確保しながら、世界の企業とのコスト競争力をつけることこそ、日本企業が今すぐやるべきミッションではないか。モノづくりに強い日本が民生機器や半導体でダメになっているのは、きちんとした原価計算と低コスト技術の開発を行っていないことも一因だ。なぜ、どうやってモノを安く作るのか、低コスト技術の名人である台湾に学ぶという手もある。現に、エルピーダメモリが倒産する1年半ほど前に、技術提携している台湾の関連会社で生産しているプロセスと全く同じプロセスを広島工場に導入したら、製品コストはわずか5%しか高くなかったという実例がある(参考資料1)。 

原価計算の厳密化と、低コスト技術の開発が日本におけるモノづくりと雇用確保の決定打になるのではないか。

 

参考資料

1.    台湾、日本どこで作っても差は5%のみ、エルピーダが低コスト技術を証明

(2012/08/15)



原子力安全委員会にエレクトロニクス技術関係者を入れよ

(2012年8月 1日 20:39)

フクシマ原発事故の報告書が政府事故調や国会事故調などの報告が上がってきたが、その前の今年の1月に民間からレポートが出ている。まとめたのは原子力の専門家たちではない。エレクトロニクス技術関係者である。原発は構造が単純であるから原子力の専門家でなくても詳しく話を聞けば理解できる。だからこそエレクトロニクス技術のわかる人たちが独自にフクシマ原発事故の本質がどこにあるのかをまとめ、「FUKUSHIMAレポート」というタイトルの書籍を日経BPコンサルティング社から出した。

この本は、事故の本質をズバリ突いている。3111446分にマグニチュード9.0の巨大地震、1550分に相馬に巨大津波が襲いかかった。1日後の121536分に1号機で水素爆発が起きた。この時刻では2号機、3号機の補助冷却装置はまだ止まっていなかった。13日の5時に3号機、14日の1322分に2号機の冷却機能が停止する。すなわち、12日の16時から13日の5時までの間に3号機、そして2号機に冷却水(海水)を注入していればメルトダウンに至らなかった。制御不能にならずにすんだのである。海水注入を躊躇したのは東京電力の経営判断によるとしている。

原子炉の危険性は少なくとも経営陣は知っていた。それも制御不能の状態に陥る前に手を打てば高濃度の放射能をまき散らさずにすんだ。どの時点で制御不能となるのか、東電の経営者が知らなかったでは済まされまい。想定外という言葉でごまかしてはならない。

原子炉の圧力は高い。通常は60気圧以上と高すぎて海水を注入できないが、ベント(排気口)を開けて圧力を下げることはできた。ただ、原子炉内部に亀裂が入り、圧力の開放は制御しにくかった可能性はある。しかし、圧力が下がった時こそ海水を注入できる限られた時間であった。この時間は長い間あった。しかし、東電の経営者はこれを経営判断の甘さで有効に活用できなかった。だから放射能をまき散らすことになったのである。

事故調は官邸の現場介入が不適切と報告したが、何がどう不適切だったか、不適切なためにどのような失敗があったのか、その失敗を詳しく検証したか、中身についてはほとんど何も述べられていない(新聞報道による)。ただ、政府の事故調は、ベントの開閉を巡り、東電役員が首相と現場の所長との間の連絡役として指令を伝え、現場が混乱したと記した。しかし、緊急時には現場に任せるのではなく、国家の一大事であるからこそ、首相と現場とのホットラインを設けるべきであった。経営判断できない役員が間に入ってもメッセンジャーボーイの役割しかできなかったからだ。この役員が現場を混乱させたのである。もし首相の質問がとんちんかんならば、現場が適切に対応策を首相に進言できたはずだ。右から左へ伝えるだけのメッセンジャーボーイは緊急時には邪魔であり、かえって混乱を助長する。

国会の事故調、政府の事故調共、東電の経営責任についてはあまり言及していない。政府は長い間、原子力政策で「原発村」に総計6000億円以上もの金額を電源三法に基づいて援助してきた。東電は政府高官の天下り先としても機能していた。どちらの事故調も東電を擁護していると見てられて否定はできまい。

FUKUSHIMAレポートは、なぜか出版社のリスクで発行された本ではない。真実を追求するという立場に賛同したものからの寄付を集め、発行したものだという。本来、出版社である日経BP社の発行する本はこれまで全て、出版社の経費で賄い発行し売り上げを計上するものだった。しかしこの本は違う。出版経費を寄付とその売上で賄い、余剰利益が出た場合はそれを全額、適切な団体に寄付すると明記している。114月に提案し、121月に発行した。500頁に渡る力作である。

出版に向けて組織したプロジェクトメンバーには元パナソニック副社長の水野博之氏をリーダーとして、山口栄一同志社大学教授、西村吉雄早稲田大学客員教授、河合弘之弁護士、飯尾俊二東京工業大学准教授、仲森智博日経BPコンサルティングチーフストラテジスト、川口盛之助アーサー・D・リトルアソシエイト・ディレクタ、本田康一郎同志社大学リサーチコーディネーターで構成されている。原子力の専門家は飯尾准教授しかいない。しかし、河合弁護士を除き全員理科系ではある。物理学を知っている人間であれば、原子力のことを聞いても理解できる。さらにエレクトロニクス技術の知識があれば、原子力の人たちに最新の放射線技術や原子炉で必要なエレクトロニクス技術をアドバイスさえできる。

日本はいつもそうだが、専門家と称する人たちだけが閉じこもる世界からは発展性もイノベーションも生まれないことをもっと広く知るべきである。だからこそ、原子力委員会に原子力の専門家だけではなく、エレクトロニクス、物理学者も入れるべきだ。さもなければ閉じられた狭い『専門家』だけの組織になり、誰も責任の取らない無責任組織のままになる可能性がおおいにある。