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障がい者が健常者と同じように生活できる社会を目指す

(2015年7月29日 00:52)

ITやエレクトロニクス半導体テクノロジーを進化させれば、障がい者が健常者と同じように振る舞うことができるようになる。例えば、目の見えない視覚障がい者が健常者と同じように街に出て生活を楽しめる仕組みを、清水建設と日本IBMが共同で開発した。このナビゲーションシステムを使えば、音声が、目の不自由な方に道路情報や周辺にあるお店、ベンチ、曲がり角、自動トビラの有無などの情報を教えてくれる。

 

視覚障がい者がこれまで行ったことのない場所に安全に行けたり、街に着いたらウィンドウショッピングでお店を選び、好きな商品を選び購入したりするという、健常者なら当たり前のことを実現したい。これを手助けするのがIT/エレクトロニクスシステムだ。今回、両社が開発したシステムでは、スマホを持ち音声入力するための骨伝導イヤホンを使い、街を歩くと、イヤホンから周りの情景を知らせてくれる。「左側に桜の花が咲いています」、「コーナーに来ましたので右に進んでください」、などの指示を与えてくれる。また、こちらから「少し散歩したいのだけど」と問えば「近くに公園があります。右に進んでください」と答える。歩きすぎると、「ベンチがこの先10mの所にあります。休みませんか?」と聞いて来れば、「そうしましょう」と答えると「ベンチは左です」と返事をする。

 

このシステムは、清水建設技術研究所と日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所が共同で開発した。日本IBMフェローの浅川智恵子氏(1)は、自ら視覚障がいを持ち、今回の開発に取り組み、実験にも積極的に参加した。

 

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1 日本IBMフェローの浅川智恵子氏

このシステムでは、スマートフォンをフルに利用する。まず音声で対話する。マイクは幅の細いカチューシャヘアバンドのような形で頭に装着する(2)。視覚障がい者は耳からの情報に対して神経を研ぎ澄ませているため、耳をふさぐことのないように骨伝導を利用して音声を拾う。マイクとスマホはBluetoothなどでつなぐ。コンピュータは大きく3種類用意する。一つは音声認識・対話のサーバ、もう一つは位置測定のためのサーバ、そして道路や周囲の空間情報データベースである。歩行者を検知するのは、戸外ではBluetooth LELow Energy)を使ったビーコン、屋内ではIMES(電波を出すだけのIndoor Messaging System)だ。それも多数必要だ。今回の実験ではビーコンを160台、IMES8台使っている。

 

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2 マイクはヘアバンドのような骨伝導タイプ

スマホをベースにしたのは、これまで専用機器を開発して成功した例があまりないからだという。スマホという汎用機にこだわり、音声対話のアプリをインストールさえすれば使える端末になるからだ。

 

位置測定サーバは、ビーコンからの電波の強弱を計算するために使う。屋外だとGPSが使えるが、屋内や地下街ではGPSからの電波を受けられないため、IMESやビーコンを衛星代わりに通り道のいろいろな場所に配置しておく。屋内のIMESは異なる位置情報を送信しており、どの位置のIMES信号なのかがわかればおおよその位置がわかる。さらに精度を上げるためにビーコンを利用する。いろいろな場所にあるビーコンからのBluetooth信号をスマホが受け、電波の強弱を検知、その強度情報をサーバに送り、サーバが位置を計算する。計算結果をスマホに送り、位置を特定する。サーバやデータベースをクラウドに置き、スマホは3G/4GネットワークやWi-Fiを通してインターネットとつなぐ。

 

通り道の情報をためておくのが空間情報データベースだ。ここには、道路や廊下の幅、緯度、経度、購買、路面/床状況、壁仕上げ、段差、階段、手すり、エレベータ、自動ドアなどの情報を溜めておく。屋外情報に関しては、国交省が721日に歩行者移動支援のデータをオープン化するためのフォーマットを定めたことを受け、出来るだけこのフォーマットを踏襲した。

 

国交省の定めは2020年の東京オリンピックを狙ったものだが、今回のシステムもそれを目指している。GPSよりももっと位置精度の高いGNSSGlobal Navigation Satellite System)の導入が2018年だと見越した計画だ。早ければ2018年くらいに実用化導入したいという。屋外のGNSSと屋内のビーコンなどの位置検出ツールをシームレスにつなぐことで、このシステムは狭い道路や廊下でも使えるようになる。

 

実はスマホを使った理由はほかにもある。スマホには加速度センサ、ジャイロセンサ、磁気センサ、圧力センサなどが入っているため、これらのセンサもフル活用しているという。例えば、まっすぐ歩きはじめると加速度を生じ、曲がるとジャイロセンサで回転運動を検出する。階段やスロープを上がると気圧が変わるため高さを検出できる。地磁気センサは方向がわかる。スマホはセンサの塊だからこそ、利用価値がある、とIBMは言う。GPSが使えない屋内ではビーコンに加え、スマホのセンサ情報をふんだんに取り入れ、歩行の履歴をしっかり残す。これにより屋内の位置精度は±1.5mを実現できた。

 

今回の実験では、視覚障がい者を対象にしたが、これからは高齢者や外国人にも言語対応を行うことで使えるようにして行く。さらに、災害時の誘導もスムースにいくだろうと期待する。こういった未来像を描く一方で短期的には、まずは病院などの医療施設内や物販施設、公共施設での利用を想定している。例えば病院内で、外来患者のいる場所がすぐに把握できると待ち時間は少なくなるとしている。

 

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3 Googleの提案したウェアラブルコンタクトレンズ。真ん中のディスプレイ画素をCMOSイメージセンサに替えると映像を取り込むことができ、目が見えるようになる可能性がある 出典:Cymbet

 

そのための半導体エレクトロニクス技術は極めて重要な役割を持つ。例えば、目が見えないが視神経は正常な人なら、半導体チップとエネルギーハーベスティングシステムをコンタクトレンズに形成し、視神経とつなげられれば目が見えるようになる可能性がある(3)。今の医学では直せない視覚障がいを半導体エレクトロニクスが直すのである。こんな素晴らしいことはない。

                              (2015/07/29)

ボブ・ディランが歌う、急変するIT産業

(2015年7月27日 23:19)

IT/エレクトロニクス/半導体産業はこれだから面白い。変化は目まぐるしく速い。つい数ヵ月前まで、世界の勝ち組と崇められたクアルコム社が社員の15%にあたる4700名のリストラ案を準備するようになった。ついこの前まで、中国のスマホ市場でトップに君臨していたサムスンが今年の第1四半期には4位に転落した。世界市場ではまだ1位だが、転げ落ちる時間は速い。かつてのノキアがそうだった。ノキアの前はモトローラがそうだった。パソコンのインテルは、パソコンの衰退がはっきりした今、中国のベースバンドチップとモバイル用のプロセッサメーカーのスプレッドトラム社の株式の20%を取得、ワイヤレス充電技術の開発など、さまざまな手を打っている。

 

テクノロジーとしても、半年前まで、世界中の半導体メーカーがこぞって、16/14nmプロセスにはFinFETテクノロジーを採用し、当たり前のように性能向上を期待していた。今、事態は変わりつつある。歩留まりがどうにも悪く、生産性が上がらなくなっている。代わって、22nm FD-SOIという別の技術が注目を集め、グローバルファウンドリーズ社は両方の技術を持ち始めた。

 

端末デバイスでは、タブレットが飽和してきた。何が代わって出てくるのか。それも見えつつある。最も有力なデバイスはウェアラブルやヘルスケアなどの端末ではない。やはりスマホである。それも画面が5~6インチのファブレット(Phablet)と呼ばれる大きさだ。ビデオを見るときはタブレットのように画面が大きければ大きいほど良いが、メールやSNS、通話になると最適な画面サイズが必要になる。これを提供するのがファブレットである。スウェーデンのエリクソン社が発行したEricsson Mobility Reportでは、消費者にアンケート調査した結果、用途によって画面サイズに最適値があることを報告している(1)

 

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1 スマホの画面サイズには最適値がある 出典:Ericsson Mobility Report

 

サービスの一つ、広告の世界では、パソコンからスマートフォンを使った広告の世界がのしてきた。スマホは便利なことに、ブラウザを立ち上げ、URLを入力するといった面倒な操作をすることなく、アプリで望むページに即座にアクセスできる。即座に個人を特定することもできるため、個人を狙ったビジネスを展開しやすい。もちろんそれだけに個人の秘密を絶対に守るセキュアな環境がマストである。

 

さまざまな分野の方たちが同じコンセプトを違う言葉で語っている好例がIoT(インターネットオブシングス)だ。IoT端末を使って、工場の生産性を上げようと考える人たちは、それを「インダストリー4.0」と呼び、IoT端末を使って変動の少ない電力システムを作ろうと考える人たちは「スマートグリッド」と呼ぶ。IoT端末から集まった大量のデータから想像もしなかった新しい発見を支援するツールを、ビッグデータを呼ぶ。インターネットというサイバーの世界と、センサで実世界(フィジカルなスペース)のデータを取りそれを実世界の活かすサイバーフィジカルシステムも同じ概念だ。製造業はモノを作って販売する、というビジネスモデルしかできなかったが、IoT端末を使って壊れないジェットエンジンや風力タービンを製造して従量制の課金を直接の顧客の上のレイヤーの企業から行うインダストリアルインターネットは、ビジネスモデルを変えるためのIoTシステムである。米国ではもうIIoT(工業用のIoT)という言い方が定着しつつある。

 

この世界は変化が速く、少し前に学んだことがすぐに陳腐化する。全く目が離せない。このような世界で、日本の大企業がすばやく勝負できるだろうか。できないなら、出来るようにするためにどうすればよいかを考え実行しなければならない。

 

15年ほど前、台湾のエイサーが社員数1万人を超えたのにもかかわらず、ディシジョンが速かった。そこで来日したスタン・シー会長にその理由を尋ねた。答えは、会社を完全に分社化し、各部門長に責任と予算権限を与え、会長はビジネスに口を出さない、ことであった。会長として、報告を聞くだけに徹しているのである。残念ながら日本の経営者は会長、相談役になってもすぐに口を出す。これでは社員にとって誰が社長なのかわからない。社員のモチベーションはぐっと下がる。大企業ほどこの傾向が強いから、企業は活性化しない。

 

モバイルの世界は、あまりにも速い。つい1年前は注目を集めた、中国の小米科技はもう伸びが鈍化している。3Gモバイルで一世を風靡したクアルコムがリストラを計画しているとは、1年前には想像もつかなかった。

 

ビジネスがあまりにも急速に進むモバイルの世界を、50年以上も前にボブ・ディランが歌で表現している。The times they are a-changin'(日本語では『時代は変わる』)という歌がそれだ。歌詞の最後の部分がまさに、時代の変化の速さを物語っている。

 

The slow one now will later be fast いま遅くてもいずれ速くなる

As the present now will later be past 今が旬でもいずれ過去になってしまうから

The order is rapidly fadin' 順番は急速に色あせ、意味がなくなる

And the first one now will later be last 今がトップの者はいずれビリになろう

For the times they are a-changin' だって時代が変わりつつあるから

 

つたない訳詞で申し訳ないが、意味をつかんでいただければありがたい。

                              (2015/07/27)

電気飛行機が英仏海峡を飛んだ

(2015年7月12日 21:03)

フランス時間で先週の金曜日710日に英仏ドーバー海峡を電気モータの飛行機が飛び渡った、というニュースが入ってきた。電気自動車ならぬ電気飛行機である。リチウムイオン電池と強力なモータでプロペラを回す。化石燃料を使わない環境に優しい飛行機となる。欧州のエアバス社が電気飛行機で海峡を渡った。

 

英国ケント州のリッド(Lydd)空港を飛び立ったエアバス社の電気飛行機は、フランスのカレー(Calais)空港に着陸した。全長20フィート(約6m)、重量1300ポンド(585kg)の二人乗りの機体だという。エアバス社の飛行に対して、パイロットの安全を優先するため、救援チームのヘリコプターが帆走飛行し、救援高速船が海峡を航行した。

 

今やさまざまな飛行機会社が電気飛行機の開発競争に入っているという。エアバス社は、今回二人乗りの電気飛行機というよりは、ハイブリッド飛行機を開発し、もっと多くの人間を運べるようにしたいと語っているとAP通信は報じた。

 

これまでは、航空機で使われた技術が自動車に使われてきた。飛行機という巨大な機体を動かすために電気モータを多数活用してきた。例えば、パワーステアリングのように地上を走行する場合のハンドルは、クルマに使われるようになってきた。X-by-wireと呼ばれる技術はまさに飛行機技術がクルマに入ってきたようなもの。例えば、ステアリング-バイ-ワイヤーは、元々飛行機技術からきている。操縦桿で飛行機の向きを変える時に操縦桿からモータ駆動で補助翼を動かす。この技術はまもなくクルマに入ってくるだろう。

 

モータとエンジンの両方を使うハイブリッドエンジンは、飛行機ではなくクルマが先行した。このクルマの技術が飛行機に入っていくのである。飛行機技術がクルマに入るのではなく、クルマ技術が飛行機技術に入るという、技術の反転現象はすでに起きている。エレクトロニクスの技術は軍から民への展開だった。コンピュータや半導体はもともと軍事産業から始まった。スマホで使われている無線技術もインターネットも軍事技術の民生応用だ。技術は軍が先で民が転用するという歴史だった。

 

しかし、今は軍でも反転現象が起きている。高集積半導体技術やブラウザ技術、液晶ディスプレイ技術、LED照明、リチウムイオン電池などは民生先行で立ち上がった。今やこういった技術は民から軍へと応用されている。

 

自動車でもガソリンエンジンからハイブリッドカーへ進んだように、内燃エンジンの飛行機もハイブリッド飛行機へと今後15年のうちに実用化が始まるとエアバスは見ている。民から軍への応用展開は、むしろ軍事予算が減った平和な時代を象徴しているのかもしれない。

                                (2015/07/12)

モトローラから独立、クルマ市場で稼ぐオンセミ

(2015年7月10日 22:30)

オン・セミコンダクター(ON Semiconductor)という半導体メーカーを知っているだろうか。1999年にモトローラ社から独立し、ディスクリート半導体やアナログIC、標準製品など、地味な半導体を扱ってきた企業だ。その後、さまざまな小さな企業や大企業の1事業部を買収して成長してきた。2014年の売上額は32億ドル程度になった。

 

一方、同じモトローラから独立したフリースケールセミコンダクターはマイクロプロセッサや、マイクロコントローラなど先端的な半導体製品を扱ってきた。IBMPowerPCアーキテクチャをサポートしてきた。その後はARMアーキテクチャにも対応した。マイクロプロセッサのニュースは、改良点が明確でわかりやすい。このためメディアはこぞってフリースケールを採り上げてきた。しかし、2013年まで赤字続きで、2014年はようやく黒字に転換した。財務はあまり良くない。日本企業とよく似ており、リストラなどの改革のスピードが遅く、世界の流れについて行けなかった。NXPセミコンダクターからの買収提案を受け入れ、まもなくNXPの傘下に入る。

 

では親会社のモトローラはどうなったか。通信機メーカーのモトローラの設立は1922年とかなり古い。かつては通信用半導体にも力を入れており、世界の半導体市場のトップに立ったこともある名門だ。モトローラは、世界で最も小さな携帯電話機「マイクロTAC」を製造した企業でもある。携帯電話市場もかつてはモトローラが支配した。その後、ノキアに抜かれ、そのノキアはサムスンに抜かれ、モトローラの携帯電話部門モトローラ・モビリティはグーグルに買収された。昨年、グーグル傘下のモトローラ・モビリティはレノボに売却された。通信の内、通信基地局向け製品部門はモトローラ・ソリューションとなり、現在はこの部門だけの会社になった。

 

オンセミは、地味ながら着実に進化してきた企業である。ディスクリートトランジスタやダイオード、標準アナログ、ロジックなど標準品を扱う組織として分離独立した。今でもモトローラの株式所有比率は10%程度あるとオンセミのコーポレートマーケティングオートモーティブ戦略副社長のランス・ウイリアム氏はいう。標準品だけでは競争力が付かないため、独立した1年後にチェリーセミコンダクターを買収、PMICや自動車用ASSPなどを手に入れた。2006年にはLSIロジックの旧富士通セミコンダクターの工場を買収した。2008年にはAMI、カタリストセミコンダクターを次々買収、2010年にはカリフォルニアマイクロデバイス、2011年にはサイプレスのイメージセンサ事業部門と、三洋半導体を買収した。昨年、CCDイメージセンサのトゥルーセンス、CMOSセンサのアプティナを買収した。

 

モトローラは日本企業とよく似ており、かつては世界の頂点を極めた製品が多かったが、リストラを完了させるまでの時間が長くスピード競争になっているモバイルビジネスには向かない大企業病に陥っていた。世界の勝ち組企業とは全く違っていた。フリースケールのマイクロプロセッサは携帯電話のベースバンドに使われたが、モトローラが携帯で失敗するとフリースケールも引きずられた。

 

オンセミは地味なのに、車載用のCMOSイメージセンサ市場では世界のトップだという。車載用の半導体ICは、必ずクルマメーカーの認定が必要で、それなしでは納入できない。CMOSイメージセンサでは、世界トップのソニーはクルマ用のCMOSセンサの認定を取得していないらしい。もっぱらスマートフォン向けのセンサしか作っていない。

 

クルマ向けにこれから、CMOSセンサは多数入るようになる。主にクルマの安全性を高めるためである。例えば、前方に障害物を見つけると自動的にブレーキがかかる仕組みがあるが、その場合は1台あるいは2台のCMOSカメラで障害物との距離を測り、クルマの速度に応じてブレーキをかけている。駐車する時には、まるでクルマの上から見ているかのように画像や映像を合成するアラウンドビューモニター機能を使うが、この機能では左右前方に4台のカメラをそれぞれに配置し、撮影した映像を4枚合わせる。また、米国ではバックモニター用のカメラは設置を義務付けられるようになった。

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図 バックミラーを液晶パネルに置き換え、後ろをもっと広角に見る

 

さらには、バックミラーの鏡を液晶に替えて、後方の景色を全て死角なく見えるようにしようという動きもある。昨年の「人とクルマのテクノロジー展」で日産自動車がデモ展示をしていた()。ドアミラーは停止したクルマの周囲を歩く場合には邪魔になる。ここにも1cm角程度の大きさしかない、小さなCMOSカメラセンサを設置し、横と後方の様子を前方のディスプレイで見るようにするテクノロジーも提案されている。

 

クルマのテクノロジーと言えば、自動運転を想起する人が多いだろうが、自動運転は免許の有無、自動車学校の解体、警察の仕組みの変換、法律の変更など社会全体への影響が極めて大きいため、そう簡単には市街地走行が許可されない。2020年どころか、2030~2040年の頃を念頭に置いたプロジェクトとなる。社会的な問題が解決されない限りは、本格的な実用化にはならない。しかしながら、駐車場での自動走行などの実用化だと、このような社会問題にまで踏み込まなくても済む。こういった応用は早い時期に実現されるだろう。

 

クルマのテクノロジーが進化すると、2030年ころのCMOSセンサの数は1台当たり20個を超えているかもしれない。オンセミは2020年に1台当たり19個とカウントしている。

                                (2015/07/10

IoTで日本が勝つためには

(2015年7月 3日 23:12)

IoTInternet of Things)もM2Mmachine to machine)も、ビッグデータもワイヤレスセンサネットワークも、パーバシブコンピューティングも、サイバーフィジカルシステムもユビキタスコンピューティング、さらにはインダストリアルインターネット、インダストリ4.0など、どれもこれも同じようなコンセプトを違う文化の人たちが違う言葉で表現している。数年前からIoTを追いかけてきて、2年ほど前にこの考えにたどり着いたが、うれしいことに、今日のセミナーで講師の一人が述べておられたことに我が意を得たりと思った。

 

株式会社エーイーティー主催AETワークショップ「Internet of Everythingへと更なる進化を遂げるIoTに参加した。午前中の講演は聴けなかったが、午後からの講演を聴き、最後のパネルディスカッションのモデレータを仰せつかった。午後からの講演では、ワイヤレスセンサネットワークのセンサ端末(IoT端末)に使う電源をエネルギーハーベスティング技術で使おうとする研究や、センサを実際の建物の崩壊でどのようなデータが得られるかなどの研究があった。IoTは現実になりつつある。外国ではすでにセンサネットワークを商用化している所もある。

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IoTM2Mなど上に述べた概念はどれもセンサとネットワークによって、いろいろな物理空間の情報を簡単にコンピュータで扱えるようになるのである。だから、センサ端末、無数のセンサが結びつくネットワークトポロジー、3G/LTEなどのモバイルネットワークへデータを飛ばすゲートウェイ、クラウドインターネット、集められる巨大なビッグデータ、処理するコンピュータ、データを蓄積するストレージ、そしてビッグデータを解析してユーザーの除く目的や要求に応じたサービスを提供する。こういった一連のシステム全体をIoTともいう。

 

ただし、こういったシステムで工場の生産性を上げることを目的に使われるのであればインダストリ4.0となる。製造業のビジネスモデルを単なる製品販売だけではなく、稼働のアベイラビリティを高め信頼性を高めると提供する機械を使うたびに料金を得る従量制のビジネスへの転換を図るのなら、インダストリアルインターネットになる。いずれも場合もIoTシステムを基本とする。

 

全体の大きなシステムを作り、サービス提供まで含めるならば、1社で全てを実行することが難しい。だったら、だれかと組まなくてはならない。パートナーシップの構築が欠かせない。2社間からさらに多くのパートナーを組み入れるエコシステムへ発展させることができれば日本は間違いなく勝ち組になれる。

 

これまで日本は、IoT端末やセンサ端末など、目に見えるハードウエアを作ることは得意だった。しかし、全体のシステムを構築し、その元でサービスを提供することは得意ではないようだ。アップル社のすごい点は、このシステムをiPhoneというハードウエアを作り、App Storeを開き、通信オペレータが構築したモバイルネットワークを利用してサービスを提供したことである。グーグルやアマゾンと共にOTTOver-the-top)と呼ばれるゆえんだ。OTTのトップとは、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクなどの通信オペレータだ。OTTは文字通りその上を行く。

 

日本がIoTで本当に勝ち組になるためには、ハードウエアだけを作るのではなく、モバイルネットワーク上のサービスも含めたシステムデザインも描くことが決め手となる。全体のデザインを描き、その中のハードウエア端末を設計製造するとなると、これまでの御用聞きと下請けの部品メーカーから脱却することができる。自社でできなければ、誰かと組み、システムデザインを明確にする。

 

そのためには自社の強みを売りにしたうえでのシステムデザインに必要な相手を見つけ、組むことになる。当然、海外に目を向け一緒に仕事することになる。

 

それを成功させるために必要なことは何か。相手を上から目線で見ないように相手の仕事を敬う姿勢・態度が重要なのである。相手はシステムデザインが得意で、自分はハードウエア作りが得意であることに自信を持つと同時に相手の得意なところを敬う態度・気持ちを持つことが重要だ。その相手は、日本人の男ではないかもしれない。外国企業の女性CEOかもしれない。

 

このようなパートナーシップからエコシステムへと発展させるためには、日本のビジネスマンは意識を変える必要がある。男女差別、国籍差別、言語差別、年齢差別、あらゆる差別を撤廃し、それぞれを敬う「訓練」が必要かもしれない。日本の女性側でさえ、「女だからお茶を入れなきゃならない」と考える古い意識を変えてもらわなければならない。日本がIoTで世界に勝つためには、まず差別意識を徹底して撤廃することがまず第一歩だろう。もちろん、日本の良いシステムは崩さないようにすることが前提だが。

 

こういった意識を変えるためには、おそらく小学校からの教育システムまで変えていく必要があろう。みんな平等でいて、算数の得意な人、国語の得意な人、運動の得意な人、絵の得意な人、音楽の得意な人、それぞれ自分の得意を褒め合い、各自の能力を引き出す(Educe)のである。これが教育(Education)の本質だから。今回のパネルディスカッションでは、教育問題にまで言及することになった。全て日本がIoTで勝つための方策である。

                                              (2015/07/03)

新材料を短時間で開発する手法

(2015年7月 2日 00:14)

新しい材料を開発する場合には、何千、何万もの考えられうる組み合わせがある。例えば、元素ABCを混ぜ合わせて何か新材料を生み出す時には、「A33%B34%C33%」のように元素をそれぞれ調合して100%になるようにする。この割合を「A100%B0%C0%」から「A0%B100%C0%」、「A0%B0%C100%」までの間に連続的に変えるような組成の材料を作りそれぞれの特性を測れば、どの組み合わせがベストな特性を引き出すのかを知ることができる。こういった組成を変えて、新しい材料を見つける手法を「コンビナトリアル」と呼ぶ。

 

新材料と言っても化学の周期律表にある材料を組み合わせて生み出すことしかできない。全く新しい元素を見出すことはもはや難しくなっている。元素一つ一つ調合比を変えて実験するにはとても時間がかかってしまう。二つの元素同士でさえ、A0%B100%からA100%B0%まで組成を変えてそれぞれの組成の材料を作製し、特性を測定するという面倒な作業が欠かせない。

 

コンビナトリアル手法は、組成の組み合わせを連続的に、しかも自動的に変えていくことができる。この手法を使い、新しい材料を開発する、あるいはこの手法をサービス提供するビジネスが登場する、などコンビナトリアル技術が同じ島国の英国と日本で活発になっている。

 

英国のサザンプトン(Southampton)大学をスピンオフして設立されたイリカ(Ilika Technologies)社、日本の独立行政法人物質・材料研究機構をスピンオフして設立されたコメット社がそれぞれ手法は微妙に違うが、コンビナトリアル技術を実用化している。

 

実は、「急ぎ足の英国出張記(参考資料1)で述べた、ロンドン-サザンプトン間の日帰り出張はイリカ社を訪問して、コンビナトリアル手法と、新材料による新しいリチウムイオン電池の話を聞くためだった。イリカ社のビジネスモデルは技術のライセンスであり、それによる製品の共同開発である。いかにも英国らしく、研究開発をビジネスにする。

 

日本のコメット社は、コンビナトリアル法を使って材料を開発するための製造装置販売と、コンビナトリアル技術のコンサルティングサービスをビジネスとしている。製造装置は販売するだけだが、コンサルティングサービスは、顧客の目的に応じて、組成を連続的に変えた材料を作製し、その特性を測り、結晶構造の解明と、考察も加えてレポートを提供する。顧客の望む特性の材料ができるだけではなく、全く異なる特性を有する組成の材料を開発することもあるという。同社のCTO(最高技術責任者)である知京豊裕氏は、高誘電率の材料を探していたが、同じ元素を使いながら、それぞれの組成によっては耐熱性の高い材料も出来てしまったことがあると語る。このことはコンビナトリアル手法のメリットでもある。

 

イリカ社の技術はE-ガンとKセルと呼ばれるるつぼを使う蒸着法で、最大6つの元素を組み合わせる実験ができるとしている。元素に電子線を照射し加熱溶融させ、それを基板に向けで飛ばす。この技術で、リチウムイオン電池の正極、負極、固体電解質の薄膜をそれぞれ蒸着で形成する。これまでの正極用LiCoO2(コバルト酸リチウム)、負極用のリン酸リチウム(Li3PO4)とは違う材料だと同社CEOGraeme Purdy氏(図1)は述べる。明言は避けたが、同じリチウム、コバルト、酸素でもそれらの比率が違うのであろう。

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図1 英国イリカ社の経営陣 右端がCEOのGraeme Purdy氏 出典:Ilika 

固体電解質のリチウムイオン電池なら、発火事故や爆発事故の心配はない。しかし、薄膜リチウムイオン電池の開発は難しく、唯一製品化している企業は米国のシンベット(Cymbet)社だけだった。ところが、そのシンベットでさえ、電話取材を申し込んでいたが、ずるずる言い訳がましく時期を延期に次ぐ延期を余儀なくされ、結局インタビューは実現しないまま、突然、製品生産を中止する、当社はもうリチウムイオン電池から撤退し、別のビジネスを行う、と言われた。

 

イリカの方法だと、固体電解質のリチウムイオン電池は半導体プロセスで製造できるだけではなく、薄膜成長時の基板温度が300℃と低いため、ガラスでもポリマーでも使えると言う。イリカによれば、シンベットが使ってきたスパッタリング法は、基板温度が700℃と高く下地に形成したLiCoO2膜が崩れたまま、再結晶するという。このため積層に積むことができずエネルギー密度を高めることができない。これに対してイリカの電子蒸着法は数層のバッテリをスタックできるため、電圧あるいは電流を高めることができる。

 

イリカはトヨタ自動車とも共同開発しているが、その心は電気自動車やプラグインハイブリッドの大容量バッテリではなく、クルマのドアガラスの開閉やワイパー、LED点滅など車内の各部分にある、軽いECU(電子制御ユニット)を動かすための安全なバッテリを欲しかった(参考資料2)。これまでのECUは全てワイヤーハーネスを通してセンサ、アクチュエータ、鉛蓄電池などと結んでいる。このワイヤーハーネスの総重量は数十kgにも及ぶため、各ECUを独立させワイヤーハーネスを削減しクルマを軽くしたい。そのための小型バッテリである。

 

コメット社の方法は、コンビナトリアル手法そのものを提供するため、スパッタリング法で形成する。この方法だと、例えば最初からHfO2Y2O3Al2O3などを混ぜ合わせ、最適な次世代CMOSトランジスタのゲート絶縁膜の最適な材料を求めるのに使い勝手が良いからだ。スパッタガンと試料基板との間にシャッターを設け、シャッターをずらしながら、堆積させる膜厚を調整していく。全て完全自動で行う。

 

イリカ、コメット共に、開発部門は全員Ph.D(博士号)を持つ研究開発会社である。単純作業をできるだけ減らすため、試料を装置内に入れた後は、薄膜形成過程やデータ取得などの工程は完全に自動化している。イリカでは若い博士号を持つ研究者が楽しく、生き生きと開発している姿が印象的だった。

                                                 (2015/07/01)

 

参考資料

1.    急ぎ足の英国出張記2015/04/01

2.    連載:カーエレクトロニクスの進化と未来、第70回「車内ワイヤレスネットワークによりハーネス除去を目指す英国ベンチャー」2015/04/20

 

「電源規制レベルVIに気を付けて」

(2015年6月28日 12:40)

電源規制レベルVIをクリヤしなければ米国に電子機器を輸出できなくなる。「日本企業がそうならないようにお手伝いしたい」。こう述べるのは、デジタル電源を引っ提げて日本でのビジネスを進める米CUI社。日本とは25年の付き合いだと言う同社CEOMatt McKenzie氏は、ローパワーからハイパワーまでの製品ポートフォリオを揃え、日本市場をさらに強固にするためにこのほど来日した(1)

 

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1 CUICEOMatt McKenzie() 左は同社Global Marketing担当のJeff Schnabel氏

 

デジタル電源とは、デジタルで電源電圧を自在に制御できる電源、という意味で今は使われることが多い。当初は、電源回路の中をデジタルで制御する方式をデジタル電源と言っていた。電源回路は元々、出力の電圧変動をアナログ的にPWM(パルス幅変調)でパワートランジスタの入力を調整することで安定な直流電圧を供給する。パルス幅変調をアナログではなく、さらに非常に細かいパルスの数で幅を調整する方式が、かつてはデジタル電源と呼ばれた。その細かいパルスを作り出すのがDSP(デジタルシグナルプロセッサ)と呼ばれる、積和演算専門のマイクロプロセッサである。DSPが得意なテキサスインスツルメンツ(TI)は、DSPの新しい応用として、デジタル電源を提案した。

 

今や、マイコンやプロセッサを使ってデジタルコマンドで供給電圧を調整する電源をデジタル電源(Digital power supply)と呼ぶことが圧倒的に多い。電圧を供給するシステムの消費電力を削減するためである。ここではDSPを使うことなくコストを削減できる。電源への要求デジタルのコマンドはPMBusと呼ばれるプロトコルを利用して通信する。

 

CUI社は、電源機能をコンパクトにモジュールにまとめるモジュールや電源と電源用部品のメーカー。AC-DC電源に加え、DC-DCコンバータも手掛ける。一般の家庭やビルなどで使われている100Vの交流(AC)を12V5V24Vなどの直流電圧に変換する電源では1Wから、12kWといったサーバーラック用の電源までカバーする。DC-DCコンバータだと0.25Wの小型から600Wまで手掛ける。LEDの電源となるLEDドライバや、IGBTパワートランジスタを駆動するIGBTドライバもある。

 

狙う市場は、通信インフラ系やネットワーク機器、データセンターのサーバー、医療機器、工業機器など。製品ポートフォリオを広げることができたのは、高出力電源を設計・製造していたカナダのテクトロール(Tectrol)社を買収したことによる。もともとCUIは電力の低い電源を得意としてきた。この買収によって、製品ポートフォリオが広がっただけではなく、標準品の変更によるセミカスタム電源やカスタム電源に対する高出力製品にも対応できるようになった。

 

例えば、AC-DC電源として最も出力の高い3kW1Uラック対応の電源「PSE-3000-48」ファミリを先日リリースしている。標準的な1Uラックに収まる40.64mm×101.6mm×355.6mmの大きさで33.48W/立方インチの電力密度を持つ。直流48V出力だが、42V~55Vの範囲で調整できる。通信インフラやサーバー、ネットワーク機器などエネルギー削減の要求が強い分野に向く。50%負荷における変換効率は94%と高いからだ。この製品こそ、テクトロール社のリソースを使って開発したもの。1U19インチの電源シェルフには4基の電源を搭載し12kWの電源を並列運用できる。デジタル制御用の標準バス、PMBusバスを内蔵している。

 

デジタル電源は、長い間、なかなか広まらなかった。電源内のフィードバック回路にまでデジタルで制御することのメリットを見いだせなかったからだ。

 

デジタル電源の普及と、セカンドソースの確保を目的として、CUI社は村田製作所、スウェーデンのEricsson Power Modules社と一緒にAMPArchitects of Modern Power)グループと呼ぶコンソーシアムを設立した。通信インフラやネットワーク機器、データセンター向けにデジタル電源を普及させるための標準仕様を設定する。さらに互いにセカンドソースとなり、いろいろな顧客やコントローラ企業と次世代電源について共同で開発、議論する。

 

インテルのマイクロプロセッサやFPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ)など最も微細な製造技術を使う半導体チップでは、1V程度の電源電圧で10A程度もの電流を流すことが多くなってきた。このため、チップのそばに電源を置かなければノイズなどの問題で正常動作が難しい。電源電圧を下げなければ消費電力を許容範囲に収めることができないためだ。そこでPOLPoint of Load)電源も登場したが、CUI社はデジタルPOL電源も持っている。最近の製品例ではAMPグループが定めたteraAMP標準に準拠した90A1V出力のPOLデジタル電源(DC-DCコンバータ)がある(2)。出力電圧は0.6V~1.8Vで変えることもできる。モジュールの大きさはわずか、50.8mm×19.11mm×9.47mmで、4個並列接続して360Aまで拡張できる。

Fig2.jpg

 

2 1V90A出力のPOL電源モジュール 出典:CUI

 

米国ポートランド市郊外にある本社を拠点とするCUI社は、日本の顧客にレベルVI規制に気を付けて、と注意を喚起する。これは米国のDoE(エネルギー省)が定める消費電力に関する規制であり、これまではレベルV規制までだったが、2016年の2月からは一段と厳しいレベルVIに準拠した電源を持つ電子機器しか、米国へ輸出できなくなる。これは出力電圧に応じて規制される消費電力を規定した仕様である。動作時の平均電力効率と無負荷での最大消費電力を、出力電力に応じて決めている。McKenzie氏は、米国に輸出する日本の機器メーカーがレベルVIをクリヤできるように支援したいと述べている。

                                                                (2015/06/28

非技術系の「デジタル」にも違和感

(2015年6月17日 20:27)

先日、「テクノロジー」という言葉に違和感を覚えるという記事(参考資料1)を書いた。早速、元エンジニアのトモダチから「同感、私はデジタルという言葉にも違和感を覚えます」、という意見をいただいた。この声にも全く同感である。事実、1980年から2014年まで、アナログICの出荷数量の方がデジタルICのそれよりも増え続けてきた。その数量の成長率もアナログの方が大きい。デジタル時代なのになぜアナログICの方が成長は速いのだろうか。考察してみよう。

 

デジタルエレクトロニクスという言葉を最初に聞いたのは、米McGraw-Hill(マグロウヒル)社が発行していたElectronics誌の記事を日経エレクトロニクスが翻訳した、1977~78年頃だった。その記事では、これからのエレクトロニクス技術はアナログからデジタルに変わっていく、というトーンだった。

 

1971年にはIntel4ビットのマイクロプロセッサ4004を発明し、Texas Instruments1トンジスタ/セル方式のDRAMを発明し、デジタルLSI時代は幕を開けた。それ以前は、TTL標準ロジックがデジタルICの数を圧倒していた。当初は、コンピュータエンジニアから「おもちゃ」と見られていた4004だが、8ビットの8080時代へと突入した。統計的な数字を持っていないが、70年代はデジタルICが増え続けたのだろう。特にDRAMメモリは容量が少なすぎて話にならないほどだったから、1Kビットから4K16K64K256Kと増加の一途をたどり、数量も月産1000万個、2000万個と増えていた。

 

80年代に入り、16ビットの80868028680386、そして32ビットの80486へと進化した。16ビットプロセッサ全盛の1980年代半ばに、デジタル時代には必ず人とのインターフェースに使われるアナログ半導体が求められるはず、との信念を持った男ボブ・スワンソン氏がLinear Technologyを創業した。アナログ専業メーカーのMaxim IntegratedIntersilなども設立された。Analog DevicesTIもアナログが強かった。

 

80年代後半になると、コンピュータエンジニアは半導体マイクロプロセッサを本気で考えるようになった。ゲートアレイなどのロジックでCPUボードを作るよりもIntel486Pentiumを購入する方が安くて高性能が得られるようになったからだ。

 

ところが、デジタルのマイクロプロセッサ技術の進展と共にアナログ半導体の数は増えていった。しかも、1980年から2014年に至るまで出荷された全IC総数の内、アナログ半導体の占める割合はずっと一貫して増え続けてきたのである()1980年には出荷されたICの総数の68%がデジタルで、アナログは32%だったが、2014年には47%がデジタルで53%がアナログ半導体と逆転した。今後の成長率でさえ、アナログICとマイクロコンピュータ(MCU/MPU)、MOSロジック、メモリという分類で見ると、アナログ半導体の成長率が最も高い年率平均8.9%2013~2018年を成長していくという予測がある。

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 図 アナログICの比率は増え続けている 出典:IC Insights

 

これを物語るのは、時代はデジタルに向かってきているものの、使われる半導体はアナログの方が増加率は高い、ということだ。入力の光センサや圧力センサとそのインターフェース回路はアナログ、A-D変換器(コンバータ)もアナログ、D-A変換器もアナログ、そして出力の液晶ディスプレイドライバ、モータの駆動インバータ、無線のトランシーバ、など人間を含む外界とのインターフェースは全てアナログICで出来ている。

 

さらに2000年代に入り登場したスマートフォンはアナログだらけである。タッチパネルのタッチセンサやジェスチャーセンサ、画面を90度回転させると画像も90度する加速度センサ、電子コンパスに使う磁気センサ、カメラの手ぶれ防止に使うジャイロセンサなど、こういったユーザーエクスペリエンスと言われる機能は全てアナログ回路である。そして今、時代はユーザーエクスペリエンスの時代に入るとアナログICの需要はますます増える。人間の指タッチや、ポーズ、ジェスチャーなど楽しいしぐさを入力デバイスとして表現するようになってきたからだ。音声のマイクロフォンは音を電気に変換するセンサである。音声入力もますます増えていく。スマホやタブレット、IoT端末のユーザーインタフェースは全てアナログ主体の回路となる。だから、アナログICがこれからも増えていくのである。

 

スマホやタブレットのデジタル回路部分はコンピュータと同じ構造だが、その入出力部分はまさにアナログである。そして電源用IC(最近ではパワーマネジメントICと呼ぶ)もアナログであり、約4Vのリチウムイオン電池から、1.2V3.3V5V7Vなど10種類程度のDC電源を作り出さなければならない。もちろん、据え置き型の機器は100Vの交流から、やはりさまざまな種類の直流電源を作り出す。

 

要は、マイクロプロセッサとメモリ(ROM/RAM、ストレージ)、周辺の専用ロジック回路などはデジタルだが、それらは制御と演算を受け持つ。演算処理が終わると出力するためのアナログ回路が欠かせない。

 

以上のように、「デジタル機器」にはアナログICが山のように増え続けている。だからこそ、デジタル時代と言われることにエンジニアは違和感を覚える。おそらく、非技術系の使うデジタルとは、機器の中身はどうでもよく、表示が数字だとデジタルで、表示が色の濃淡やグレイスケールだとアナログと言っているだけではないだろうか。これからのIoT端末の中身はデジタルICよりもアナログICの方がずっと多くなる。

 

ただ、エンジニアが注意しなければならないのは、非技術系のデジタルこそがユーザーエクスペリエンスであるという認識ではないだろうか。厳密にはやはりアナログ回路なのだが、コンピュータや専用ロジックのようなデジタル技術一辺倒ではなく、非技術系の言う「デジタル」、すなわち技術系の言う「アナログ技術」に商品価値が移っていることに気が付くべきかもしれない。

参考資料

1.    非技術系の「テクノロジー」に違和感(2015/05/07

                                                   (2015/06/17)

アラン・チューリング博士の考えは生きている

(2015年5月29日 00:39)

コンピュータは、メモリに命令とデータを蓄積し、それらを読み出して、「1番地のデータを5番地にコピーせよ」というような命令を実行することで、制御や演算を行う。メモリに格納する命令やデータをソフトウエアで書き換えるだけで、さまざまな制御や演算を行わせることができる。こういった汎用の演算器、すなわちコンピュータの概念を生み出したアラン・チューリング博士の生き様を描いた映画「イミテーションゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を見た。

 

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図 アラン・チューリング博士が描いた抽象画 エジンバラ大学にて筆者撮影

実用的なコンピュータを作り上げたのはモークリーとエッカートだと言われているが、コンピュータのすごいところは計算が速いことではない。ソフトウエアを書き換えるだけで、いろいろな業務を行うことのできる汎用性だ。例えば、地球の軌道計算や無理数のπ(3.14159....という数字)の計算だけなら、ロジック回路だけで計算させる専用計算機の方が計算速度ははるかに高い。

 

天才、アラン・チューリングは、映画の中で「専用の暗号解読器を作るのではなく、プログラムを変えるだけでいろいろな計算ができるマシン(エニグマ)を作る」と言っていた。彼が生み出したフレキシブルなコンピュータの概念こそ、現在のデジタル機器の基礎になっている。ほとんどのデジタル機器は、CPUとメモリ(主にデータを出し入れするRAMと、命令を格納するROM)、その他外部へデータを入出力するI/Oインターフェース、独自の周辺回路、で出来ている。パソコンはもちろん、デジカメもスマホもテレビもプリンタもカーナビも、デジタル機器と言われるモノの基本は、このCPUとメモリ、周辺回路、I/Oインターフェースである。ここにソフトウエアを載せることで、違う機能を実現する。

 

ソフトウエアは、全てゼロから開発しなくても済むように、基本的なOS、ミドルウエア、アプリケーションという階層構成になっている。それぞれのソフトウエアをそれぞれの専門家が開発することで、ソフトウエアはつながっていく。例えば、ゲーム用のソフトウエア(アプリケーション)開発では、アプリだけを開発し、OSは出来合いのものを使う。

 

今の半導体産業・電子産業は、それぞれの回路をそれぞれの専門企業が担当している。だから全てを1社が開発する必要がない。CPUならインテルやアーム、ミップスなどの回路を購入し、メモリだとサムスンやマイクロンの製品が秋葉原で手に入る。インターフェースは共通化・標準化されているから、これも簡単に手に入る。ソフトウエアでさえもOSだとアンドロイドやマイクロソフトのウィンドウズなどを導入すればよい。

 

では、何を持ってデジカメやスマホなどの製品ができ、他社の製品と差別化できるのか。それこそがアプリケーションやミドルウエアであり、周辺回路である。つまり、ここに注力して、それ以外の部品や回路は市販のモノで済ませる。これが、良いものを安く、早く作るコツである。

 

以前、1000億円しかないスーパーコンピュータ市場で、1000億円もの国家予算をかけるスーパーコンピュータの国家プロジェクトは、全てゼロから開発しようとしていた (参考資料1)。だから、このやり方はおかしくないか、と問いかけた。国から予算をいただいて仕事している人たちだと思うが、ブログが炎上するほど非難を受けた。

 

しかし、同じスーパーコンピュータでも東京工業大学の「つばめ」は、「京」の1/10のコストで同様な性能を得ている。もちろん、ソフトウエアによって、それぞれ得意・不得意の計算があるから一概には言えないことは重々承知の上だ。東工大の方法は、CPUを外から買い、他の差別化すべき回路、ボトルネックとなっている部分だけにフォーカスして開発してきたからこそ、安いコストで高性能なスーパーコンピュータを実現できたのである。この手法こそが、世界の勝ち組企業が使っている手法に他ならない。日本の電子産業が没落したのは、何でもかんでも自前でやろうとしてきたからだ。

 

今でも日本製のOSCPUを開発しようという時代錯誤の発言を未だに聞くことがある。もうOSCPUは差別化できる部品ではない。そのようなところにこだわっていると世界から取り残されてしまう。だからこそ、何を開発して、何を開発すべきではないのかを明確にして、ハードあるいはソフトの開発に力を入れるべきだろう。

 

では、すでに「京」の渦中にいるエンジニアが世界にコスト的にも、Time-to-market的にも負けないスーパーコンピュータに仕上げるためにはどうすればよいか。これが、参考資料2で提案した、プラットフォームとしてのスーパーコンピュータである。下位展開できるように、まるで、「レゴブロック」のように簡単に取り外しできるような仕組みのシステムを作ればよい。いわゆる「専用」のスーパーコンピュータを作っても絶対にコスト競争力は付かない。「超汎用」のスーパーコンピュータを作ることこそ、コスト競争力が備わる開発手法、すなわちプラットフォーム戦略だと言える。

 

専用の計算機ではなく、汎用の計算機を作ろうと考えた、アラン・チューリング博士の考え方は、さまざまな少量多品種、さまざまな応用に適用できる手法である。日本がキラーアプリの開発、という考えに凝り固まっていては、いつまでたっても世界の勝ち組の仲間入りはできないだろう。どのような応用にも柔軟に対応できるモノ(プラットフォーム)を作ることが変化の激しい時代に生き残れる考え方だといえる。

 

参考資料

1.    世界と比べて常識はずれな1000億円という高額のスーパーコン補助金2013/05/10

2.    スーパーコンピュータの補助金1000億円をジャスティファイする方法2013/06/18

液晶は今やローテク

(2015年5月18日 22:10)

シャープの自己資本比率は限りなくゼロに近い1.5%だ、と日本経済新聞が報じた。連結ではなく単独なら債務超過に陥っているという。ほとんど倒産に近い。にもかかわらず、なぜ会社更生法適用に踏み切らないのだろうか。

 

514日に発表したシャープの20153月期の決算では、最終損益が2223億円の赤字となった。しかも、自己資本比率が1.5%とゼロに近いのに対して、みずほ銀行や三菱東京UFJ銀行などが2250億円を出資するという。ルネサスに産業革新機構が資金を投入した時でさえ、10%以上の自己資本比率はあった。ルネサスに比べると財務状態ははるかに重病である。

 

今回の経営危機に陥った最大の原因は、堺コンビナートへの5000億円近い投資による。それも当初(2007年ころ)は、総額1兆円を投資すると報じられた。この話は海外でもよく知られており、筆者は当時、インテルとIBMのそれぞれの米国人から聞いたことだが、両社とも「うちではありえない」と述べていた。両社とも同様だが、それほどまでの投資が必要ならば、コラボレーションを他社(製造装置産業や顧客など)と組み、投資金額を抑えることが米国企業の常識であった。インテルは日本の半導体メーカーよりも数十倍高価なチップ単価で量産しながら、コストダウンの意識は極めて強く、低コスト技術を徹底していた。だから営業利益率が3割、4割を超えるのである。数1000億円規模の投資もできた。それでも1兆円規模の投資に対して会社はOKを出さなかった。

 

今となっては手遅れだが、今後シャープが生きていくためには液晶を捨てるか、レベルの高いユーザーエクスペリエンス技術を開発するか、どちらかしかない。もし、その未来技術がないのであれば、会社更生法の適用がふさわしいと思う。「がんばれシャープ」という応援団がいるようだが、残念ながら従来型液晶にこだわる限り、シャープには未来がない。液晶ディスプレイはもはやハイテクではないからだ。なぜか。

 

液晶は、基本的には画素と言われる基本素子を設計さえすれば、後はハンコのように同じ画素をひたすら並べていくだけの製品である。欧米ではラバースタンピングインダストリー(ゴム印産業)と言われている。だから、台湾や韓国、さらには中国といった企業でも追いつける。特にこれからは中国企業が液晶産業を支配し、もはや台湾と韓国でさえ出番が来なくなる。

 

液晶の動向は、タッチセンサパネルを設け、ユーザーエクスペリエンスを重視することになる。このため、タッチセンサ制御回路と液晶ドライバ回路との1チップ集積ICや、タッチパネルに新しい意味を付加するアルゴリズムなどがこれからのテクノロジーを握る。液晶自体に差別化技術はもう少ない。だから液晶だけでは生き残れないのである。

 

514日に米国の市場調査会社IHSが予測した5インチのスマートフォン用液晶パネルの低価格化のトレンドによれば、昨年パネル価格は34%も低下したのにもかかわらず、液晶製造コストは14%しか下がらなかった。もしこのトレンドが続くのなら、年末にはブレークイーブン点を超えてしまうと見ている。スマホ用の液晶パネルの価格がここまで下がるのは、作る工場が中国などで増えてきたからだ。供給過剰になっている。従来のテレビ用液晶パネルの価格は底に達し、これ以上は下がらないが、スマホ用パネルの価格はもっと下がるという。

 

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先週の決算報告会では、もう一つの液晶会社、ジャパンディスプレイも122億円の赤字を出した。スマホ用液晶パネルの値下がりが続く限り、どのようにして液晶で中国企業とコスト競争力を持てるのか、この難しい答えを見つけない限り、液晶産業の淘汰は進む。

 

液晶がゴム印産業である限り、次のアプリケーションが出てきてもすぐ低価格になるため、低コスト技術を磨かない限り、中国企業には勝てないだろう。シャープやJDIが低コスト技術を持っているのなら、とっくに競争力があっただろうが、それは期待できない。

 

液晶パネルだけではないが、ユーザーエクスペリエンスこそがモバイルの世界だけではなく、計測器産業や3D-CADソフトウエア産業、など産業用のハードやソフトにも巨大なメガトレンドとしてやってきている。最も身近にある液晶産業がユーザーエクスペリエンスをリードしていかなければ、世界から取り残されてしまうことは当然の帰結になる。IT、半導体、液晶、部品などの産業は極めて動きが速い。ゆったりとした大企業病の会社では、この世界で競争することは無理かもしれない。

 

かつて、中国の携帯電話市場で圧倒的な強さを誇ってきたサムスンが、最近(13)のスマホ市場で4位に落ちた。サムスンの没落はもはや時間の問題になってきている。モバイルやIT、半導体の世界では、産業やトレンドの動きは実に速い。日本企業が勝負するからには、完全分社化(独立)・責任移譲を経営者が決断する必要があるが、未だにその動きは出てこない。モバイルで競争する以上、液晶パネルにプラスアルファの付加価値をユーザーエクスペリエンスの視点で追加できるかどうかが生き残れるかどうかを決めるだろう。

 (2015/05/18)