エレクトロニクス業界の最近のブログ記事

「買収されてうれしい」企業もある

(2013年9月28日 20:14)

買収で勝った、負けた、はどうでもよい。東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの統合のニュースに対しては、アプライド側が勝ち、東京エレクが負けた、というようなトーンの記事やブログが多い。大事なことは、1万人以上の社員の雇用を守り、事業を継続することである。世の中の役に立つ技術を開発してきた東京エレクが数年後に、パナソニックやシャープ、ルネサスのようになってもよいのか?

 

高く売れるうちに売り雇用を守ることこそ、優れた経営者がとるべき道であろう。エルピーダメモリが自力で立ち行かなくなり、企業再建を東京地裁に委ね、その結果米国のマイクロンテクノロジが資金を出すことになったことも同様である。再建を請け負った元社長の坂本氏は社員の首を切らないように頑張り、雇用を守った。坂本氏に対して、快く思っていない債権者も多い。しかし、地裁に委ねたということは、エルピーダの自力再生をギブアップしただけの話であり、債権放棄を含め、再生の道筋をつけたことは評価してよいだろう。

 

今回の東京エレクとアプライドの経営統合の話は現在取材中なので、詳しく今は書かない。近いうちに真相の裏付け記事を書くが、とりあえずは重要なことを忘れてはいけないことを指摘しておきたい。

 

2008年に英国の取材旅行において印象深い話を聞いた。ヘルスケアチップの先駆的ベンチャー企業であるトゥマウズ(Toumaz)社は、血圧や体温、心拍数を24時間1週間連続して測定し、そのデータを、スマホや携帯電話を通じてドクターに届ける、というビジネスを描いていた。この会社は、世界でも大学トップテンに入るほどの優秀なロンドンインペリアルカレッジのChris Toumazou教授とAlison Burdett講師(写真)


Alison Burdett (2560x1920).jpgが立ち上げたもの(参考資料1)。起業資金の一部は家族に出してもらった。ベンチャーキャピタルが日本と同様、あまり機能していなかったためだ。目標とするビジネスに向けて、当座の資金を得るためにデザインハウスを"アルバイト的に"やっていた。特にカナダの企業からデジタル補聴器の設計を受注してからは右肩上がりに成長していた。そろそろ、本業の目標設計に着手しようかと思っていた矢先、カナダの企業は補聴器設計を中止、注文がパタッと止まった。

 

そこで、トゥマウズ社は資金を集めるため、新聞広告を出し、自分の企業を買ってくださいと訴えた。幸い、大手が買収してくれたため、開発を本格的に始めることができた。2008年に半導体のオリンピックともいわれるISSCC(国際半導体回路学会)でヘルスケアチップについて講演し、翌年のISSCCで賞を受けた。講演したCTOAlisonさんは、今やBANbody area network)の世界的権威となっている。

 

要は、この小さなベンチャーは、高齢化問題、病院のベッド不足、病院たらいまわし、医療費削減、など現在、病院が抱えている問題を一気に解決できるヘルスケアチップの設計・生産まで持っていきたかったのである。その資金源のためなら、身売りも厭わない。米国のFDA(日本の厚生労働省に相当)の認可を2年前に取得、米カリフォルニア州サンタモニカにあるセントジョンズ病院で1年間臨床実験した結果、病気の早期発見・早期治療につながり有益な結果を得ている。経済的にも、入院患者の平均入院日数が6日間削減され、その結果コストは9000ドル(90万円)も削減できたと今年の6月に発表している。

 

2年前に米国のインターシル社を訪問した時、同社は画像処理技術を持つテックウェルを買収したのだが、テックウェル社から入社したエンジニアは自分の開発した技術をインターシルが買収して認めてくれた、と喜んでいた。ちなみにテックウェル社はシリコンバレーで日本人の小里文宏氏が起業したベンチャーであった。クルマのバックミラーに液晶パネルを組み込み、バックモニターとするデモを示した。

 

海外では日本と違い、大きな企業に買収されることは自分の技術を認めてくれたことだとして喜ぶケースもある。買収されることが必ずしも悪いことではない。むしろ自分の開発した技術が資金不足で世の中に出なかったり、閉鎖してしまったりするよりは、世の中に出し、世の中を変えるための半導体チップを開発して自己実現できるのであれば、買収されることはむしろ歓迎される。勝ち負けではない。

 

参考資料

欧州ファブレス半導体産業の真実、津田建二著、日刊工業新聞社発行


iPhone5Sに見る64ビットプロセッサの時代

(2013年9月11日 23:12)

日本時間本日の午前2時に発表されたiPhone5Sでは、64ビットのアプリケーションプロセッサが使われていることが明らかになった。スマートフォンに初めての64ビットプロセッサが使われたのである。iPhone5Sの技術を解き明かす。

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スマホに64ビットプロセッサとは! まずこのことに驚いた。パソコンに64ビットのインテルのプロセッサが搭載されて以来、まだそれほどの年数月は経っていない。今回アップルが搭載したのは、A7と呼ばれるアプリケーションプロセッサであるが、今回はアプリケーションプロセッサに加えて、もう一つセンサ信号処理用のプロセッサM7A7と共に使うコプロセッサとして搭載している。

 

M7は人の動きを鋭くキャッチする。歩いているのか、走っているのか、車を運転しているのか、全てわかる。ナビゲーションソフトとも連動し、クルマを駐車場に止め、歩き出したことを感知し、地図モードを車モードから歩きモードに切り替える。バッテリを長持ちさせるために、クルマに乗っていることをキャッチするとWi-Fi探索をやめる。また、しばらくの間iPhone5Sが動いていなければ、スリープモードに入ってネットワーク探索をやめ、電力を節約する。

 

M7は、加速度センサ(X,Y,Z軸に沿った直線的な動き)とジャイロセンサ(3軸について回転するような動き)、電子コンパス(北を示すN極を検知する磁気センサ)からの信号を検出・演算処理するもので、それらの組み合わせから、iPhoneユーザーがどのように動いているのかを知ることができる。その演算処理をM7A7と協調しながら実行するためにコプロセッサと呼ばれている。この演算処理するアルゴリズムにiPhoneならではの差別化技術をアップルは開発したのである。

 

iPhoneのようなモバイル端末に64ビットのプロセッサが使われたということは、DRAM容量をもっともっと増やせることを意味する。これまでの32ビットシステムだと232乗=4Gバイトしかアドレッシングできなかった。これ以上のメモリを積む意味がなかったが、64ビットとなると、264乗だから、ほぼ無限大(エクサバイト級)のDRAM容量を理論的には積むことが可能になる。現実にはコストとの兼ね合いになるが、動きセンサと処理コプロセッサを利用するiPhone5Sのユーザーエクスペリエンスは、これまでにないような楽しさを提供するだろう。

 

また、今回はゲームにおいて、本物感を出すためのグラフィックスプロセッサもA7には集積されている。アップルのホームページでその情報を見る限りかなり美しいグラフィックスなので、おそらくImagination TechnologiesのマルチコアのグラフィックスIPコアのPowerVRシリーズを集積しているに違いない。光の陰影処理が可能でまるで映画を見ているようなグラフィックスが同社のホームページに載っている。Imaginationはオートデスクの光効果のソフトウエアを開発した部門を数年前に買収し、当時はまだ消費電力の大きかったこの光処理をスマホレベルでも演算できるような演算アルゴリズムを開発したのであろう。

 

初期画面を出すための押しボタンにはサファイヤ結晶が使われている。サファイヤの薄くて丸いボタン板は、指紋をしっかりつかみ、その下に置かれたイメージセンサで指紋を読み取る。他人がiPhone5Sを拾って、このボタンを押してもiPhone5Sは動作しない。セキュリテイはバッチリだ。

(2013/09/11)

 

モノづくりの基本を経営者は理解せよ

(2013年8月18日 15:44)

モノづくりは、設計から始まる。モノづくり学会ともいうべき機械学会のある方がかつておっしゃっていた言葉だ。設計と製造の分離という言葉もあるが、モノづくりの基本は設計から始まり、製造につなげることだ。安易にファブレスやファブライトという言葉で、モノづくりの基本から遠ざかることは、日本の立場を悪くする。日本は何と言ってもモノづくりが得意な国だからだ。

 

モノづくりには、設計・製造ともにソフトウエアを導入することで作業効率を上げてきた。ソフトウエアはサービスに近い、という意見もあるが、ソフトウエアもモノづくりの一工程である。設計=ソフトウエアで、製造=ハードウエア、では決してない。ロボットやクルマなど機能を実現するためにハードウエアだけでやるのはあまりにも効率が悪いとなるとソフトウエアも導入してフレキシブルに新機種・新技術・新規格に対応しようとする。

 

だからこそ、モノづくりの基本をきっちりと理解していることが、国の方針を決める手助けになる。ところが、専門家と称する人たちがくせモノである。自分がこれまでやってきた狭い分野のことだけで全体を判断しがちになるからだ。例えば、スーパーコンピュータに1000億円もかけてコスト競争力のない製品を作るのに税金を投入することが本当に正しいだろうか。東京工業大学は最新のスーパーコンTSUBAME2.0を開発するのにわずか11億円以下で済ませた。性能は1100億円も使った「京」並みである。あるソフトを走らせると京以上、別のソフトなら京以下、という結果だという。にもかかわらず、「世界と比べて常識外れな1000億円という高額のスーパーコン補助金」という510日の記事において、専門家と称する人たちから、「素人が何を言うか」というようなコメントをいただいた。

 

逆に素人だからこそ、全体を見渡し、その正当性を評価できるのではないだろうか、という意見も私のもとに届いた。要は、どうすれば世界を相手に競争力のある製品を作り出すことができるだろうか、という課題に答えを出すことだ。そのためにはシステム全体と世界の競合メーカーの動向・仕組みを分析・評価し、地球規模の視点で判断することが国家の競争力をつけるために必要になってきたのである。そのような目で見ると、やはり1000億円という補助金は一つのプロジェクトに出す金額としては異常である。だからこそ、極めて小さなスーパーコン市場に1000億円も税金投入しても見返りが十分に取れるようなビジネス感覚でこのプロジェクトを再設計する必要があるのだ。

 

スーパーコンのようにあまりに小さい市場を相手にすることを考えるのではなく、もっと大きな市場、これからも大きく見込める市場に導入すべき製品、例えばスマートフォンやタブレット、などのワイヤレス製品を考えてみよう。小さな体積の中に、さまざまな機能を詰め込むわけで、しかも性能をもっと上げたいという要求に応える技術を開発する。ブラウザをもっとサクサク動かしたい、YouTubeをもっと高精細のきれいな大画面で見たい、コンテンツを持ち運びたい、いつでもどこでも楽しみたい、といった要求を満たす技術のカギを握るのはやはり、半導体チップだ。

 

米国カリフォルニア州サンディエゴに本社を構えるクアルコム社はスマホのアプリケーションプロセッサ(APU)のトップメーカーだ。CDMAの基本技術を持ち、さらにLTE、今後のLTE-Aにも集中開発投資し、他社を圧倒している。このAPUこそ、スマホの頭脳あるいは心臓となる半導体チップだ。このチップの中にCPUやグラフィックス回路、コーデック(圧縮・伸長)回路、ビデオ画像補正回路、音質改善回路、モデム(デジタル変復調)回路、RF(高周波)回路など実にさまざまな回路を集積している。極めて複雑な半導体回路だ。

 

このようなチップでは、設計から製造までの一連の工程があまりにも複雑すぎる。設計だけでも2~3年は優にかかる。だからクアルコムはファブレスという設計だけに集中する。製造は台湾のTSMCや米国のグローバルファウンドリーズという製造専門メーカーに依頼する。この設計図にはハードウエアだけではなく、ソフトウエアも乗っている。スマホではいろいろなアプリを搭載できるようにするため、半導体チップの設計図にアプリをダウンロードし動かすための仕組みを書いておく。

 

現在のスマホは10年前のパソコン以上の機能やメモリを持っている。それも例えばストリーミングビデオを無線で見られるように、小さなメモリ領域にビデオを入れるための圧縮アルゴリズムを導入し、メモリからのデータストリーミングを制御する。かつてのパソコンに入っていない機能まで入っている。

 

このような複雑なチップでは、設計も製造もするのではなく、別々に作業する方が、効率が上がる。これが設計と製造の分離である。半導体の設計工程では、システム仕様に基づいて機能をプログラミングし、バグを取り検証し終えたら(RTL完了という)、今度はハードウエアの回路設計に向かう。しかし全体のシステムでは、アプリケーションソフトウエアを載せられるようにミドルウエアや一部のソフトウエアも早くから開発したい。できればハードの設計が終わるのを待たないでソフト開発に着手したい。このためには、RTL完了後にハードウエアのモデルを作り、シミュレーションできるようにしておくと、ハードウエアをシミュレーションしながら、ソフト開発ができる。

 

要は、半導体回路の設計は極めて複雑になっているのだ。一方で、製造も複雑だ。回路の線幅が最先端の製品では、例えばインテルの第4世代のCore i7の場合22nmと狭い。この線幅を、波長193nmArFレーザーをフォトレジストに当てて描くのだが、波長より短い線幅をどうやって形成するのだろうか。狭すぎるスリットには光は入っていかないことは常識だ。縦波と横波という光の性質を利用すると、回路図の配線を全て一方向に揃え、クロスする配線は別に光を照射してクロス配線だけを形成する。光源の光の形を最適化しなければ回路パターンは描けない。この後、酸化膜(SiO2)などをエッチングしてほしい回路パターンを作るわけだが、要は製造もパターン加工の工程だけでも昔(10年前)よりも複雑になっている。

 

設計も製造も複雑になっているのにもかかわらず、製品寿命が短いため、早く製品を市場に出さなければ勝てない。日本の半導体が世界で負けているのは、早く製品を出すことができないからだ。根回しの日本では経営陣の意思決定の遅さもあろう、経営陣の技術に対する理解のなさもあろう、世界の勝ち組の仕組みを知ろうともしない経営陣の態度もあろう、世界のIT・エレクトロニクス産業のトレンドに目をつぶる傾向もあろう、情報というものの価値を理解できないこともあろう、要は、企業の仕組みすべてが今問われているのである。安易なファブライト戦略で世界に勝てるわけがない。もっと経営陣の賢い判断が求められている。

2013/08/17

スマホやタブレットを使った勉強は確実に成績が上がる

(2013年6月28日 00:06)

スマートフォンを使って勉強すると成績が上がる。こんな結果が日米とも表れてきた。日本では教育特区として認められている茨城県大子町と愛知県豊田市の二つの地域で、学校法人ではなく株式会社としてのルネサンス・アカデミー株式会社が行った実験でスマホ効果が出ている。この学校は通信制の高等学校だ。また、米国でも複数の学校ではっきりした成績に有意差がある。

 

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ルネサンスでは、20064月に設立された大子町の学校では、開校2年目に携帯電話を使った通信教育をやってきた。2011年からはスマホにも対応し、徐々にスマホに切り替えてきた。その結果、「勉強時間が長くなり、正答率も上がってきた」と、同校校長であり同社の代表取締役社長でもある桃井隆良氏(写真中央の男性)は述べる。スマホを11台提供するのは、ファブレス半導体メーカーのクアルコム社だ。

 

米国サンディエゴに本社を構えるクアルコムは、世界中の地域コミュニティに貢献する社会活動「Wireless Reach」に取り組んでいる。この活動は、起業家育成、公衆安全、ヘルスケア、教育、環境保全という五つのテーマの元に行われている。Wireless Reachの狙いは、クアルコムの技術を通じて人々の生活の向上と改善を実証することにある。現在、世界33カ国で84のプロジェクトを持っている。日本では他にヘルスケアで、血圧計とM2Mをつなげて医療の過疎地区と札幌医科大学を結ぶプロジェクトを行っている。クアルコムはM2Mモデムチップを提供し、血圧などのデータを無線で飛ばす。

 

さて、教育に関して、クアルコムは、米国の高校においてもスマートフォンを使って、2007年からパイロットプログラムとしてやってきた。学習の習熟度が30%アップしたという事例を得ている。ある生徒は、数学に全く興味がなく大学進学はとても無理と言われたが、スマホ学習により台数や幾何学で優れた成績を身につけ、全米の奨学金を得てノースカロライナ大学に無事入学できた、とクアルコムのWireless Reachイニシアティブ統括責任者のクリスティン・アトキンスさん(写真右の女性)は言う。

 

モバイル学習のメリットは、いつでもどこでも学習できること。日本のルネサンス高校のある女子生徒は、年の離れた赤ちゃんをあやしながら、スマホで勉強をして成績を伸ばしたという。教師への質問はスマホだと、聞くという抵抗が少ないだけではなく生徒同士でも学び合える。またゲームやクイズ感覚で楽しく問題を解くことができる。教える側は、選択肢問題は分析しやすい。例えば、やさしい問題なのに解くのに時間がかかり過ぎている、といったことを把握しやすい。またモバイル学習では動画や音声を利用して英語の書き取りやヒアリングの学習に効果が高いとしている。

 

日本の生徒の親は当初、携帯で勉強ができるか、と疑問を投げかけていたが、成績が上がっていくことがわかり、親の心配は杞憂に終わったと桃井氏は言う。ルネッサンスでは、動画の教材に生徒を登場させ、学習への親しみやすさを身に着けさせることも狙っている。201211月から始めたビデオ教材はスマホで繰り返し何度も学習できるため、学習効果も高い。また動画学習は理科の実験、体育、家庭科などだけでも効果的になると思われるが、さらに国語や数学にも応用しているという。

 

ルネサンスの生徒にアンケートをとってみると、いつもスマホで学習する生徒は52.7%いて、自宅にかえるパソコンで学習するのが22.7%いる。常にパソコンで勉強すると答えた生徒は21.6%しかいない。また、学力向上につながっているかという質問に対しては、そう思うが53.1%、変わらないは37.4%、つながっていないはわずか6.2%しかいない。

 

またフリーコメントでも「普通にノートを使う授業よりも数倍反応が速いから復習も簡単だし、やる気が出る」、「(スマホは)かなり身近な存在なので、学習するにも誰かと連絡をとるにもとても便利です。学習についてなど疑問があった時はすぐに担任の先生にメールをできるので安心しています」、「学習する場所を選ばなくてよいと思います。スマホやタブレットを使って漢字の書き取りなどができたら良いなと思いました」、などポジティブな意見が多いとしている。

 

この5月からクアルコムはタブレットも寄付し始めた。年末までに5000名の生徒に配布する計画だ。携帯からスマホに変えた時は学習効果が上がり、生徒の成績向上に有意差が出てきたが、スマホからもっと画面の大きいタブレットに変えると効果はさらに上がると期待されている。タブレットだと文字が大きいので本も読みやすい上に、良いコンテンツがあれば外から買うこともできる。

 

クアルコムはさらにAR(仮想現実)技術を使った実例も紹介している。例えば、「アヒルが草を食べ、排せつし、排せつ物が池の底にたまりCO2を出す。それを緑の草が吸収する、といった生態系を学習するのに、スマホでアヒルの写真を撮ると、アニメーションでアヒルが登場し、この生態系を表現したアニメ動画が流れる」とアトキンスさんは言う。またスマホでアジア芸術の歴史をアニメで学んだり、屋外環境の写真を撮るとアニメが流れたりするプログラムもある。

 

こういった学習を通して、クアルコムは、生徒にワイヤレスを体験してもらうことも狙いの一つになっている。こういったスマホやタブレットを生徒に使ってもらうことで、その感想をフィードバック、次の製品開発に生かすこともできる。決して無駄ではない。アトキンスさんによると、本社には9名の人間がWireless reachプロジェクトに専門に携わっており、日本法人にもプロジェクトの専門家がいる。日本では、教育とヘルスケアを実行している。

2013/06/28

スーパーコンピュータの補助金1000億円をジャスティファイする方法

(2013年6月18日 22:48)

先日、スーパーコンピュータ向けのマイクロプロセッサを開発してきたエンジニアと意見交換した。マイクロプロセッサは今や8コア、16コアの時代となっている。これらを並列に動かすためのソフトウエア作り、ハードウエア設計など技術的な課題は多い。単なる力づくで動かせる訳ではもちろんない。

 

だからといって、今のスーパーコンの補助金の額1000億円は、経済産業省が一つの国家プロジェクトに費やす予算規模(200~300億円)に比べるとやはりかなり高い。一般的に言って文部科学省の1プロジェクト当たりの補助金は相対的に高い。大失敗した大学発ベンチャープロジェクトの場合では、1プロジェクトに1~2億という途方もない補助金をばら撒いた。米国のベンチャーキャピタルが最初に出す金額の数100万円と比べると、とてつもない税金の無駄であった。

 

スーパーコンの競争では、昨年11月に富士通の「京」はすでにクレイのタイタン、IBMのセコイアに抜けれ、3位に落ちていた。今年の4月には中国の天河2号にも抜かれ、4位になった。天河2号は33.86 PFLOPS、タイタン17.6 PFLOPS、セコイアは16.32 PFLOPS、そして京は10.5 PFLOPSである。京の下にも米エネルギー省のMira10.1 PFLOPS、次がドイツのJuqueen5 PFLOPSと、スーパーコンの性能だけを争うのであれば、競争は激しい。

 

スーパーコンの新しい国家プロジェクトは、100 PFLOPSを目指そうというものだ。そのために1000億円の予算を付けようという訳だ。しかし、スーパーコンだけを見た市場はやはり小さい。

 

ではどうやって、この1000億円をジャスティファイさせるか。スーパーコンで開発された超並列処理プロセッサのハードとソフトの技術、熱設計技術などを生かして、ミニスーパーコンをビジネス用に作ってみたらどうだろうか。スーパーコンと違って安価である。一つの事業部の予算で購入できる金額だ。計算速度だけを見れば確かにスーパーコンよりも遅いだろう。しかし、待ち時間はない。いつでも使える。実行ボタンを押して帰宅すれば翌日、結果が出ている。実質的な計算時間はむしろ速いだろう。

 

富士通は、ブレードサーバー並みのフォームファクターを持つミニスーパーコンをビジネスとして科学技術計算が必要な現場に売り込むのである。今や金融分野でさえ、ブラック・ショールズの偏微分方程式を使って、金融派生商品、いわゆるデリバティブを予測する時代だ。ここにも使える。しかし、スーパーコンを使うまでもないという分野だ。

 

限りなくメッシュを切らなければ精度が上がらない気象予報や宇宙シミュレーションなどとは違い、ミニスーパーコンで十分達成可能な応用は少なくない。精度の高い流体力学の計算、自動車の風洞実験シミュレータなど偏微分方程式を活用する科学技術計算には向いている。パソコンでは遅すぎるが、スーパーコンだともったいない、といった用途に向く。市場が広がればSPARC64チップがスーパーコン以外にも売れる可能性も出てくる。スーパーコンプロジェクトをビジネス志向に変えることで、国際的な競争力がついてくる可能性も出てくる。

 

スーパーコンプロジェクトにビジネス開拓のマーケティング担当者を加えることで、国費の無駄遣いを、利益を生むビジネスへと変えていく。雇用が増え、自律的に会社として経営できるようになれば、生きた税金の使い方の見本にさえなれる。このプロジェクトから起業につなげ、雇用を増やせば税金は国民に還元されたことになる。

 

経産省の国家プロジェクトについても同じことが言える。プロジェクトが5年とか10年で終われば設備をどこかへ売ってしまい、更地に戻すことが多い。これでは、税金が生かされたのか無駄に終わったのかわからない。しかし、1社でも2社でも起業し雇用を生み出し、税金に頼ることなく自律的にビジネスが回るようにすれば、国民に還元されると見なせる。要は税金に頼らずに自律的にビジネスを回せるような仕組みを作ることを国家プロジェクトに組み込んでいくのである。こういったビジネス視点での国家プロジェクトを考えてはいかがだろうか。

2013/06/18

 

優秀な学生を簡単に見つける方法

(2013年6月 6日 21:34)

先月、とても優秀な学生(大学院生)が大勢いる場に出くわした。北九州市で開催された電子情報通信学会集積回路専門委員会主催の「LSIとシステムのワークショップ」において日本の半導体産業を議論する場に来ていた学生たちだ。

 

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今回のテーマは、従来の研究開発の技術テーマとは違い、日本の半導体産業を強くするためのアイデアをさまざまな見地から議論するものであった。回路や半導体を実際に研究していない私がお話しさせていただいたテーマは「世界市場奪還を睨んだVLSI研究開発戦略」であった。ここでは世界の勝ち組がどのようにして成功したか、これまで世界のさまざまな企業の技術やビジネス戦略を取材してきたことから見えてくる世界をお話しした。他には、東京大学の藤本隆宏教授がモノづくりに対するご意見や、一橋大学でイノベーション研究センター長をされている延岡健太郎教授が半導体産業を見る立場から講演された。

 

ポスターセッションでは大学の発表が多い。学生たちが自分の研究を大きな紙(ポスター)に描き、講演会場外のホールで紹介するのであるが、自分の研究のイントロを数百名の聴衆の前で1分間だけ発表した。この発表が優秀な学生を見つけるのに絶好の機会となっている。

 

この1分間のプレゼンを見ていると素晴らしい学生たちが実に多い。ここには人事権を持たない研究開発マネージャーがシンポジウム参加者として来ている。これは実にもったいない。大手企業はこういった学生に目星を付けておけば、優秀な学生を好きなだけ採用できる。こういった機会に優秀な学生を探している企業の人事権を持つマネージャーが来て、目星を付けた学生とじっくり話をすればよいではないか。

 

米国では1980年代からそういったリクルーティング活動を行っていた。半導体のオリンピックと言われるISSCC(国際固体回路会議)やIEDM(国際電子デバイス会議)に行くと、リクルーティングしている光景をよく目にした。素晴らしい講演をした学生が発表を終えると、企業の研究開発部長はスタスタと近づき、「今晩、一緒に食事をしないか?」、「明日のランチはどうですか?」と誘っている。一緒に飯を食いながら1時間も話をすれば、学生の研究状況、生活状況、家族状況、将来の希望など企業が知りたいことはほぼ把握できる。学生も企業がどのような研究に力を入れているのかがわかる。

 

こういった採用活動が派手になり国際会議で目に余るようになり、IEDMISSCCでは「アカデミックなコンファレンスだからリクルーティング活動を自粛するように」という張り紙を見かけるようになった。しかし、それでも「後で一緒に食事しよう」と誘っている企業人は後を絶たなかった。コンファレンスの主催者側が自粛を呼びかけても事実上、採用活動は行われていた。

 

ところが、日本ではこういった活動をいまだにほとんど見かけない。一つの理由は、大企業の人事権は「人事部」が握っているからだ。人事部などではセクショナリズムが強く、実際の現場の長に採用権を持たせていない企業が多い。こういった話をある外資系企業の方にお話ししたら、そのようなシンポジウムにぜひ行きたい、紹介してほしいと言われた。優秀な人材の採用はいつも悩みの種だからである。企業が中途採用などで一人採用するのにかかる経費は200~300万円にも及ぶ。

 

こういった企業の採用活動は、学生側にとってもメリットが大きい。就職活動に注力しなくて済み、自分の研究に没頭できるからだ。

 

今のところ、エレクトロニクスの世界で、学生に1分間のプレゼンの機会を与えているシンポジウムは、この電子情報通信学会の「LSIとシステムのワークショップ」と、STARC(半導体理工学研究センター)主催の「STARCシンポジウム」の2件しか知らない。しかし、この2件とも学生に1分間のプレゼンの機会を与え、さらにポスターセッションを設けている。ポスターセッションで学生と会話することもできるが、競争会社も来ているだろうから、やはり場所を変えてじっくり話を聞けばよい。

 

LSIとシステムのワークショップ」運営委員会のメンバーやSTARCとこの話をしてみたところ、どちらもこの提案に賛同している。問題は、このコンファレンスに来られる研究開発部門の責任者に人事権がないことだ。彼らが採用を決める裁量を企業側が与えられるだろうか。優秀な学生を採用するためにも企業の変革が迫られている。

2013/06/06

1000億円という途方もないスーパーコン補助金(続)

(2013年5月12日 20:16)

510日にアップした記事でさまざまなご意見をいただいた。私の舌ったらずの表現で誤解を生んだ所もあると思う。できるだけクリアにしていきたいと思う。

 

最大の問いかけは、なぜ100億円ではなく1000億円なのか、という点だ。京では、8CPUコアのSPARC64を基本ユニットにした構成だと思うが、まず市販のインテルやAMDのプロセッサではなぜまずいのか、マルチコアGPU(グラフィックスプロセッサ)も市販ではなぜまずいのか、ボトルネックはどこにあるのか、といった基本的な問いかけから始まっている。

 

引き合いに出したクレイの研究開発費64億円とは比べられないというご意見があったが、いくらなら妥当なのだろうか。誰もが納得のいく金額であればもちろん、問題はない。ただ、一般論として、お金はたくさんかければよいというものではない。補助金をやりすぎるとそれを充てにするビジネス体質が出来てしまい、国際競争力が弱まってしまうという問題もある。限られた予算で安く設計・製造するために知恵を絞ることこそ、国際競争力を高める。少なくとも成功した米国企業はそのようにしている。

 

スティーブ・ジョブズ氏は、かつてアップルを追われてNEXT Computer社を設立した時に設計・製造した高性能コンピュータは全く売れなかった。1990年前後の話だが、価格が1100万円以上もしたからだ。彼は、この失敗を教訓として生かし、アップルに戻されたあとに、iMacという低価格なコンピュータを世に出した。スケルトンという斬新なデザインにこだわると同時に、ユーザーが購入できる10数万円という手ごろな価格の製品に仕上げた。この製品は爆発的に売れた。その後のiPodiPhoneiPadも手ごろな価格にこだわり続けた。その上で、斬新なデザイン、あるいはあっと驚くようなGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)やビジネスモデルを生み出した。

 

手頃な価格というテーマは彼のNEXT時代の失敗から来ている。世界市場で売れるスーパーコンピュータ製品を作ろうとするなら、可能な限り少ない予算で高性能のコンピュータを設計する能力が求められている。これを世界のスーパーコン企業が争っている。

 

開発に必要な予算が少なすぎる場合には、ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授のように寄付を呼び掛けたり、企業とのコラボで資金を提供してもらったり、資金調達にも努力すればよい。世界に通用する企業、インテルやクアルコム、ARMといった半導体メーカーからエリクソン、シスコといった通信機メーカーに至るまで、無駄なお金は極力減らしている。

 

シスコシステムズの社長(CEO)が海外出張するのにエコノミークラスを利用する話は有名だ。日本とアメリカを飛ぶ間のわずか10時間程度の間に数十万円ものお金を使うことは有効利用といえるだろうか。例えば、飛行機代をエコノミー、ホテル代を1~2万円アップして1週間滞在してもこの方がコストは安く済む。加えて、ブランドのあるホテルだと顧客を呼んで商談に使える。さらにコーポレートディスカウントを適用してもらうように交渉すれば安く済む。

 

要は、限られた予算をいかに有効に使うかという問題である。これまで経済産業省の一つのプロジェクトで1000億円という高額のお金が使われたという記憶はない。1000億円は、いわば途方もなく高い金額レベルなのである。

2013/05/12

メイドインジャパンに一条の光

(2013年5月12日 09:35)

昨夜、NHKの「メイドインジャパン」を見て、ようやく日本の電機産業が世界を見据えたまともな動きをするようになってきたと感じた。その内容は、京都の中小企業(試作バレー)と大企業とのコラボ、パナソニックの小さな組織への改革、流れ作業の専門家ではなく全体を見渡せる人材を育成するための組織、京セラのアメーバ経営、海外への売り込みなどの事例集だ。

 

日本には優れたサプライチェーンがある。京都の中小企業の集まりのことは知らなかったが、東京大田区、東大阪などにモノづくりの基本となるサポーティングインダストリがある。例えば研究所や大学の研究室が、特殊加工の部品を作ってほしいと依頼すればたちどころに作ってくれる。こういった優れたサポーティングインダストリを持つ国は日本にしかない。米国や台湾のエレクトロニクス業界人からこう言われた。実際、アジアや欧米を回るとその通りだと実感する。

 

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京都の組織は、大企業(ローム)とのコラボで新しい小型燃料電池を作ろうという試みだった。コラボレーションは世界では当たり前。日本の下請けとは全く違う。対等な立場で互いに互いの強さを認め合い、協力してプロジェクトを進める。これまでの下請け構造では、大企業→1次下請け→2次下請け→3次下請け、というような縦構造であったために、変化に弱く、短いT2Mtime to market)を要求される製品では世界に歯が立たなかった。コラボでは相手を尊敬し合うことが大前提。上から目線という差別意識を解消することはコラボを成功させる上で欠かせない。

 

世界で成功している企業は、コラボの活用が実にうまい。32ビットマイクロプロセッサのIPと呼ばれる半導体上のプロセッサ回路のみをライセンス提供しているARMという英国企業は、設計するためのソフトウエアツールの企業、ソフトウエアそのものを開発する企業、そのIPを使う半導体企業、半導体を使うシステム企業、設計した半導体を製造してくれる企業、プロセッサ回路を半導体チップに組み込んで設計データ(マスクデータ)に組み込んでくれるデザインハウス、など実にさまざまな企業とコラボしている。自分は低消費電力で高性能なプロセッサIPを作ることに専念する。それも将来のプロセッサの姿(ロードマップ)も提示する。

 

日本はサプライチェーンからマーケットまでそこそこ揃っている珍しい国だ、と長い間米国IBMにいて現在台湾企業の社長になっている人から言われた。だからグローバル化する必要がなかった。今でもグローバル化に弱い。しかし、日本の市場は人口の減少と共に小さくなっていく一方である。企業はグローバルにも製品を売っていかなければ成長できない。このままでは「ガラパゴス」になりかねない。だからこそ、オールジャパンではなく、世界の知恵も集めて世界一コストパフォーマンスに優れた製品やサービス、品質を提供していくことが日本の産業が成長していくカギとなろう。

 

そのために顧客の要望を聞き、それを汲み取る力を持ち、それを工場のエンジニアに正確に伝えることが必要になってくる。これまで販売は代理店に任せ、顧客の声をじかに聞いていなかった大企業が実は多い。顧客のニーズを汲み取らなかったために売れない製品が多く、世界の企業に負けたところが多い。この反省に立ち、パナソニックは本社機能(アドミニ)を小さくし、現場(事業部)をいくつかまとめて重複製品を作らないようにするカンパニー制度を導入した。そして、製造の上流から下流、そしてシステムまで全体がわかる人材の育成に力を注いだという。

 

パナソニックの新組織も世界のエレクトロニクスメーカーがやっている手法に近い。予算権限を分散し、事業部がベンチャーのように機能する組織である。かつて、世界のパソコンメーカーであるエイサーのスタン・シー会長に、なぜディシジョンが早いのか、聞いたことがある。10年以上前のことだが当時もエイサーはすでに1万人以上の規模の会社になっていた。答えは「自分は経営に直接タッチせず、全て予算権限も含め分社した子会社に任せているから」と答えた。エイサーラボやASUSBenQなどの子会社がそれぞれの責任の元に経営しているから日常的な経営に口を出さないのである。日本の古い大企業はとかく自分の元に起きたがり、経営権限を委譲しないことが多かった。事業部制といっても予算権限が1000万円程度しかなければ何も自分で決められない。このためディシジョンに時間がかかっていた。

 

加えて、最近取材したドイツのインフィニオンでは、シニアエンジニアというべき40代後半から50代の人物が顧客の元に行き、要求を直接聞いてくる。リニアテクノロジー社でも同様だった。彼らは、将来の製品やサービスについて顧客と徹底的に議論し、次の製品をイメージしていく。専門しか知らないエンジニアではこの仕事は務まらない。技術は言うまでもなく、それを使うシステムや新しい市場、アナログもデジタルもソフトウエアも熟知している。だから2~3年後に顧客が望む製品やサービスの仕様を把握することができるのである。この役割をインフィニオンの技術者は「(技術の)トランスレータ」と呼んである。顧客の要望を工場のエンジニアに正確に伝えるからだ。こういった組織がこれまで日本にはなかったが、パナソニックの新社長は、システム全体を見渡せる人間がようやく育ってきた、と表現した。

 

NHKのその番組は最後に、水耕栽培の野菜工場を中東に売り込むという話を紹介しているが、ここで多く企業とのコラボレーション(エコシステム)を生かす。野菜工場を作った中小企業、中東に強い日揮、野菜工場をIT/エレクトロニクスで管理し品質を確保する日立製作所など、が集まって一つのプロジェクトに協力する。次は、世界の企業とのコラボを図ることで世界一の製品やサービスを売っていくことにつながるだろう。

2013/05/12

世界と比べて常識はずれな1000億円という高額のスーパーコン補助金

(2013年5月10日 00:43)

スーパーコンピュータに1000億円を国の補助金として出すというニュースを見て、常識外れの金額だと思った。国内におけるスーパーコン市場は富士通のその売上1000億円しかない。世界的にも100億ドル(1兆円)しかない小さな市場である。ここに税金で1000億円をつぎ込むのである。

 

さらに、世界のスーパーコンメーカーを見ると、スーパーコンを製造している富士通よりも小さなクレイやSGIなどが生き残っている。彼らは市販のCPUを超並列動作させ、CPU同士をつなぐ高速バスやインターコネクトを太くして高速化を図っている。CPUを自社開発しない。IntelAMDCPUプロセッサを購入している。いわば、コストを有効に使おうという訳だ。

 

クレイの2012年の年次報告書を見ると、売り上げは42100万ドル(約421億円)、研究開発費は6400万ドル(64億円)、販売管理費も含めた全コストを除くと利益は2900万ドル程度しかないが、インターコネクトハードウエア開発プログラム収入として13900万ドルが計上されている。これがいわば補助金だろう。すなわち、軍関係からの補助金が139億円程度と見積もることができる。

 

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クレイはこの程度の補助金で赤字を出さない経営をしている。研究開発費は64億円しか使わない。これで世界一のスーパーコンを開発するのである。コストを無駄に使わないようにするため、CPUには市販の製品を使い、速度のボトルネックになっているインターコネクト部分だけに技術を集中している。もちろん、超並列で動作させるために、マルチスレッド技術や、スケジューリング技術を駆使し、キャッシュコヒーレンシなどの技術を加味してレイテンシを短くする。実質的な速度を上げる努力をする。

 

これに対して、日本は世界一を目指すために1000億円もの大量の補助金を国家が出す、という訳だ。しかも研究開発費がこれだけの資金になるのなら、税金の有効利用とはほど遠い。何でも自社開発しようというスタンスは、競争力からはほど遠いのである。競争力は性能の高い製品を安く作ることによって付く。お金をかけりゃ、いいというものではない。

 

国は、この1000億円という要請を十分に吟味したのだろうか。スーパーコンで何ができる、という話はテレビでなされているが、それは何も今さら、という応用(いわゆる出口)を示しただけにしかならない。

 

そもそもスーパーコンピュータは科学技術計算に昔から使ってきた。解析的に解けない問題を偏微分方程式で数値解を求めて解く訳だが、時間や変量を細かく刻めば刻むほど精度は高まるが、計算時間がかかる。天気予報では地球上の3次元地点を細かく刻むほど予報の確度は高まる。パソコンでは時間がかかるからスーパーコンで計算しようという訳だが、独自のOSで動かしている以上、限られた人間しかスーパーコンを触れない。計算プログラムの前処理や後処理が必要なこともあり、今でも本当に早く計算できるのだろうか。クルマの衝突実験は今ではパソコンでシミュレーションしている。スーパーコンでなくても十分な性能を出せる。

 

かつては、ダウンサイジングの流れで、スーパーコンよりも安くて性能の劣るミニスーパーコンの方が、実質的には速かった。待ち時間がないからだ。この話は、市販のプロセッサの性能が自社開発していたゲートアレイロジックの性能よりも向上し始めた1980年代終わり頃から出ていたことは、「スーパーコンピュータ市場はなぜ小さいか」ですでに述べた。

 

日本の産業が世界と競争力を持って、戦えるようにすることが国の役割ではないか。ひたすらたくさんの補助金を出して無駄な開発を許すことによって、却って競争力を弱めてきたことは90年代から今日までの歴史が証明してきたことではないか。スーパーコンの補助金として1000億円が妥当だと判断した科学者、文科省をはじめとする霞が関は、その根拠を国民の前に示すべきではないだろうか。

2013/05/10

ニッポンをますますダメにするオールジャパンの発想

(2013年5月 1日 00:39)

425日の日本経済新聞の1面に「次世代TV21社連合、20年本放送へ技術確立」という記事を見て、こういったプロジェクトを立ち上げるという発想は20年以上遅れた意識だな、と思った。むしろこれでは絶対、世界には勝てないと確信している。なぜか。

 

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Globalpress主催e-Summit2013に集まった世界中の記者たちと主催者

理由は簡単である。パートナーを70億人の市場と組むか、わずか1億人の市場と組むかだけの違いである。地球全体の人口70億人の市場には日本の70倍、可能性を秘めた人たちがいる。わずか1億人の市場でチームを組むのとは訳が違う。日本の企業や研究所、政府機関だけを集めてもたがが知れている。まるで、黒船が来ているのに、日本にある武器だけで対抗しようとしていた江戸時代のやり方をほうふつとさせる。世界には、考えられないアイデアやスキルを持った人たちがたくさんいる。こんな当たり前のことを忘れているのではないか。

 

もちろん、日本には優れた技術やサービスがあることも世界では知られている。米国にしろ、英国やドイツ、フランスにしろ、台湾にしろ、どの地域の企業も自国だけで閉じこもっていては生きていけないことを十二分に知っている。だからこそ日本の企業と協力しようとして日本にやってくる。にもかかわらず日本だけで固まってしまうと、相手はどのように思うだろうか。疎外された気持ちになろう。日本企業とは組めないのかとも考える。

 

サプライチェーンからマーケットまでグローバルな企業とのパートナーシップを組むことはモノやサービスを外国にも売りやすい、資材は調達しやすい。3年前にプリンテッドエレクトロニクスで英国を取材した時、設計が得意な英国企業は、製造の得意な日本やドイツなどと組みたがった。また安く作るための量産工場は台湾が名人だから台湾と組む。アセンブリするだけの工場は中国と組む。それぞれの国に得意不得意があり、それを生かしたものづくりのエコシステムを構築しようとしていた。

 

世界の企業を取材していると、日本だけがまとまって何かを行うというプロジェクトは20~30年前のやり方である。今や自国だけで何かまとまってやろうとしている国は中国政府くらいしかない。その中国でも、企業は独自にグローバル化を図っている。例えば、広東省に本社を構える通信機器の華為技術は、携帯電話では世界的に有名で、現在スマホでトップを行くサムスンが最も警戒する企業の一つだ。ところが華為(ファーウェイ)は中国国内での携帯電話の市場シェアはトップ5位にも入らない。中国ではやはりサムスンがトップだと中国人記者が言っていた。ZTEも同様だ。中国国内ではさっぱり売れていないが海外ではぐんぐん携帯電話・スマホの売り上げを伸ばしている。

 

さらに今回のプロジェクトは4Kテレビという高精細のテレビに関する規格である。現状のHD規格よりももっときれいに見えるテレビである。一度この映像を見た人は必ずきれいな方へ流れるという意見を持つ。一方で、今のテレビ画面の品質で十分、という声もある。今のテレビよりもさらに高精細にして見るという要求は実はさらなる大型画面化にある。すなわち、70インチや80インチといった大画面でこそ4K/8Kの魅力がある。しかし、これだけの大型画面のテレビが必要な人はどれだけたくさんいるだろうか。逆に言えば、今よりももっと大画面が欲しいと思う人がいるとして、その人は今は高精細ではないから欲しくない、と考えているのだろうか。

 

どう考えても市場が拡大しそうにない分野で官民21社も集まってオールジャパンの組合を作るという発想そのものがマーケットを全く見ていないともいえる。

 

さらに言えば、日本の企業だけで規格を作り世界標準にしてしまおう、という考えも古い。従来のアナログテレビの世界は、NTSCPALという二つの規格がほぼ世界を占めていた。デジタルでは米国はATSC方式、欧州はDVB-T、日本がISDB-T、中国はDMB-Tとなっており、各地でばらばらである。4K/8Kになっても同様に勝手な規格になるだろう。というのはテレビの規格は各地の政府が口出しするからだ。

 

これまで政府も企業も標準化規格を作る場合、日本で作りそれをIECISOなどに申請して各国の合意を得ようとしてきた。しかし、これで受け入れられたことは極めて少ない。重要な規格であればあるほど各国政府の思惑が絡んでくるからだ。日本の提案する規格を欧州、米国などの国が受け入れることはまずない。あまり影響力のない製品ならそのまま通ることもあるが、それでは意味がない。

 

最近は、標準規格作りは最初から各国各企業が集まってゼロから作ることが多い。世界中の企業のエンジニアが1~2ヵ月に1~2回集まって規格について議論し出来るだけ早く、自社製品に採り入れようとする。標準規格を作るのは共通な部品やモジュールを使って安く作るようにするためである。だから、標準化会議に出席するエンジニアは真剣そのものだ。企業の利益にもろに関係するからだ。しかし、日本の企業は標準化の重要性を経営陣がわかっておらず、標準化委員会で海外出張を認められない、という声を聞く。

 

世界の企業が標準化規格を作るのに日本企業が参加していなければ、最初から蚊帳の外である。これでは競争力は生まれない。

 

スマートグリッドや電気自動車などで日本初の標準規格を作ろうという報道を見かけるが、霞が関主導で標準化は期待できない。官僚自身が、世界中の企業を毎月1回程度のペースで日本に呼び標準化を議論する覚悟があるのなら期待できるが。

 

そもそも標準化する目的は、汎用部品やモジュールを接続して、新しいシステムを安く作ることである。日本発の標準化には何の意味もない。世界発であろうと日本発であろうと、どうでもよい。早く標準化することで、それにつながる汎用部品やモジュールを作ったり、システムに使ったりすることで早く市場に出すことに意味がある。

 

だから、今回の4K/8Kを日本で標準化する意味もないし、21社が集まる理由もわからない。市場があるのかどうかもわからない。これまで通り、官僚の天下り先を見つけるためにプロジェクトを作るのであれば、官僚主導で進めている意味はよくわかる。しかし、これでは日本はますますダメになる。

2013/05/01