東京に本社を置くファブレス半導体のスタートアップでありながら米国とインド、シンガポールにも拠点を置くグローバルな日本法人EdgeCortixは、日本におけるスタートアップのあり方を示している。エッジAIの技術開発だけではなく、開発した技術のグローバル展開や、積極的な資金調達、人材確保など、これまでの日本のスタートアップにはない進展を見せている。

図1 創業者兼CEOの Sakyasingha Dasgupta氏
2019年7月に設立されたEdgeCortix社の出資者は、SBI InvestmentやルネサスエレクトロニクスGlobal Hands-on VCなど5社。社名の通り、エッジAI向けの半導体チップを特長とする。創業者兼CEOは、IBM Researchや理化学研究所での経験も持ちPh.D博士号を持つSakyasingha Dasgupta氏だ(図1)。チップを開発してからの応用へのアプローチが日本にスタートアップにはない良さかもしれない。さまざまな機関や企業に使ってもらったり、資金を求めたり、チップを作るだけにとどまらず、ずっと生き残るための施策を展開する。
このチップは、動作中に再構成可能なプロセッサDNA(Dynamic Neural Accelerator)であり、最初はFPGAで動作確認し、次に製品チップ「Sakura I」を開発、さらに量産型チップ「Sakura II」を開発した。この後の応用展開がすさまじい。
エッジAIと相手の特性を生かすため、データセンターを使えない宇宙というエッジで使っても壊れないことを実証した。一般に半導体は宇宙船に弱くソフトエラーを起こしビット反転することがある。宇宙で使うためには、放射線照射に強くなければならない。すでにSakura-Iプロセッサ(図2)を使ったNASA(アメリカ航空宇宙局)とマサチューセッツジェネラル病院での実験で故障しなかったことを確認している。病院では、癌で放射線治療したり、X線を照射して体内を検査したりするなど高エネルギーを使う例が多い。この環境でビット反転のようなソフトエラーを起こすと医療機器に大きな影響を及ぼすことになる。

図2 放射線に強いことが証明されたEdgeCortixのAIチップ 右がマーケティングおよびUSオペレーション担当EVPのJeffrey Grosman氏、左は防衛&宇宙技術担当VPのStan Crow氏
NASAでの成果を元に、この5月には、米国防総省(DoD)の中のDIU(Defense Innovation Unit)との間で契約(「その他取引(OT)契約」)を勝ち取った。同じDoDの仕事でも、DARPA(高等研究局)は研究だけだが、DIUは製品を出荷できるだけではなく応用展開も可能な契約だという。もちろん、日本企業でDoDからの注文を勝ち取った企業は、これが初めて。
また、宇宙では弾道ミサイルなどの防衛システムだけではなく、低軌道の通信衛星への搭載や宇宙ビジネスなどへの応用もある。AIチップはAi技術を使う上で、絶対に故障できない。宇宙というエッジ側では学習も推論もできるようにしている。宇宙開発では、SWaP(Size, Weight and Power)が重要なカギを握る、とDasgupta氏は述べる。だからエッジAI向けの半導体チップが不可欠になるのだ。さらに、生成AIのアプリケーションもエッジで使える。
さらにSakura-IIは、単なるエッジAIチップだけではなく、アクセラレータボードとして、CPUボードともPCIeで接続できる。若い人材を確保するため、一般的なRaspberry PiなどのボードにAIアクセラレータのドーターボードを差し込むとエッジでAIができるようにしている。しかもCPUはx86アーキテクチャでもArmやRISC-Vアーキテクチャでも使える。実際にArmアーキテクチャのRaspberry Piボードに接続したサブシステムを試作している。
Raspberry Pi 5とSAKURA-IIとの組み合わせは、生成AIのワークロードも実行できるようになるとして、実際に生成AIとして、Vision Transformers(ViTs)を動作させたデモを見せた。ここでは、写真を撮って、その写真の内容をテキストで自動生成している。図3では、写真の左側の人は眼鏡をかけ紺のジャケットを着ています、というようなメッセージが生成AIの画面に出てくる。

図3 カメラの映像を撮影すると、その画像についてテキストで解説する
Dasgupta氏は、日本の経済産業省傘下のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からも資金調達した。将来に向けた次世代の省エネルギー型エッジAIチップレット「NovaEdge」の開発が、新らたに30億円規模のプロジェクトとして2025年5月に採択された。最新世代のプログラマブルAIプロセッサ「SakuraX」とRISC-Vベースの汎用プロセッサを高度に統合したプラットフォームとなる。エネルギー効率が非常に高く、スケーラブルなフォームファクタを実現するという。
新たに30億円と書いたのは、今回の採択は、わずか6ヵ月以内での2件目となる大型プロジェクトになるからだ。最初は2024年11月に採択された、ポスト5G通信システム向けの省電力AIチプレット開発に関するNEDOの40億円のプロジェクトであり、これと合わせると日本政府の支援による研究開発資金として総額70億円(約4,900万米ドル)を獲得したことになる。