エヌビディアという企業名を見ない日はないほど、今では知名度が向上したようだ。昨年半導体企業で初めて時価総額が1兆ドルを超え、今年の6月には一時的だったがアップルやマイクロソフトを抜き世界一になったときもあった。現在は3位に落ち着いているが、それでもグーグルよりも多い。
図1 PHP研究所が発行した「エヌビディア~半導体の覇者が作り出す2024年の世界」
その割には、いったいエヌビディアとは何者か。知名度は上がってきたが、その実態は知らない。こんな人たちが投資家を中心に増えている。新聞では半導体産業に関係する企業のようで、GPU(グラフィックスプロセッサ)を開発している半導体企業、という表現が多い。ただ、GPUという半導体製品を開発しているだけではない。GPUを使いこなしてAI(人工知能)を仕上げるためのソフトウエアや用途別のAIライブラリ、AIで推論するためのマイクロサービスなどAIに関するハードウエア(コンピュータボードやコンピュータ)とソフトウエア、そしてサービスまで提供するソリューションプロバイダーであり、プラットフォーマーともいえる。
How to makeからWhat to makeへ
そんな折、コンシューマ向けの書籍を出版しているPHP研究所からエヌビディアに関する本を出したいので、お話を聞きたいという連絡を受けた。なぜ私か?昨年、東洋経済の週刊誌でエヌビディアの記事を執筆したことがあり、指名されたようだ。私は、これまで半導体産業を40年以上追いかけてきた技術ジャーナリストだ。
半導体産業は30年以上前から、どうやって作るか(How to make)から、何を作るか(What to make)にテーマが移ってきた。このため設計が極めて大きな価値を持つ産業に変わってきた。それもシステム設計から論理設計、さらに回路設計、レイアウト設計、配置・配線設計など半導体設計に関するあらゆることを習得し、それらの設計工程を結ぶコンピュータを使った合成技術など学んでいかなければならなくなっていた。ところが、日本は相変わらず、製造中心に関心がある。
エヌビディアの経営トップのジェンスン・ファン氏は、半導体設計の基礎から応用までを網羅した指針となるべき「Introduction to VLSI Systems」というカリフォルニア工科大学(通称カルテック)のカーバー・ミード教授とゼロックスのコンピュータ科学者のリン・コンウェイ氏が共著で書いた本を紹介し、半導体設計を自分もこの本で勉強した、とカルテックの卒業生向けスピーチで述べている。
編集者の方とZoomでお話しながら、Nvidiaという会社についてお話ししたところ、書いてほしいということだった。これまで半導体業界やエレクトロニクス業界の人たち向けのB2Bの本や記事を書いてきた自分だが、コンシューマ向けの書籍は初めてだった。かつてエヌビディアの短い記事を執筆した東洋経済の編集者の方にも、なんで今エヌビディアについて知りたがっているのか、伺ってみると、やはり投資家が知りたがっているということだった。
わかりやすさを追求
実際にコンシューマ向けの本を書くことは実に難しい。実際に書いてみると言葉を選ぶのに時間がかかった。何度もダメ出しを食らい、わかりやすく受け入れてもらうような言葉に直して、エヌビディアの本を書いてみた。技術の内容を技術者ではない人向けに書くことは本当に難しい作業だった。かつて、東洋経済の方に、CPUコアベンダーのアーム社の製品やビジネスを説明するのに、何度も電話でやり取りしたことがあった。今回は、それ以上に難しかった。
エヌビディアは、GPU(グラフィックスプロセッサ)という半導体IC(集積回路)チップを開発した企業である。その特長は、写実的な絵を描くことだった。かつてのゲームはいかにもイラスト的な絵でしかなかったが、最近のゲーム機には実に映画のような写実的な絵が描けるようになっている。このような写実的な絵を描くための半導体ICがGPUである。GPUは単に画像処理ICと表現されることがあるが、画像処理だとイメージセンサなどで画像や映像を撮り込んだうえで何か処理をする場合の技術だという印象がある。GPUはそれと違い、画像そのもの、すなわち絵をコンピュータで描き出すためのチップなのだ。
なぜ、そのゲーム用の半導体ICが高性能なコンピュータやスーパーコンピュータに適しているのか、なぜ人間の神経ネットワーク(ニューラルネットワーク)をモデルにしたAI(人工知能)を実行するのに適しているのかを、説明した本や記事はほとんど見かけなかった。だから、この本「エヌビディア」ではこの説明を書きたかった。大変ありがたい機会だと思った。
日本から第2、第3のエヌビディアを
エヌビディアについて調べていくうちに、企業としても大変面白い組織だった。CEOであるジェンスン・ファン氏が講演などでプレゼンするときには必ず新しい革ジャンを着てくるが、そのことばかりが採り上げられ、彼の経営スタイルについてはほとんど日本では知られていなかった。経営者としても彼は極めて有能な人物である。
また、ジェンスン・フアン氏は、日本のこともよく知っているようで、創業仲間のクリス・マラコウスキー氏(現在も経営陣の一人)らとコンピュータグラフィックスを議論していた時に、日本のセガ、ソニー、任天堂のゲームメーカー3社の取り組みを大きな波と表現していた。また、カルテックでの卒業生へ講演した時にも日本の銀閣寺が登場した。彼らにぜひ手に職を得て欲しいというメッセージを伝える時に銀閣寺の苔の手入れをしている庭師の素晴らしさを引き合いに出し、職人(クラフト)になるように訴求した。
日本から第2、第3のエヌビディアを輩出させるためにどうすべきだろうか。浅田邦博東京大学教授らが始めたVDEC(VLSI Design and Education Center)を現在の池田誠教授が引き継ぎ、ここで半導体設計を教えているほか、京都大学の小野寺秀俊名誉教授やそこから輩出された優秀な先生方が半導体回路設計や論理設計を教えておられるが、まだ少ない。半導体設計技術をもっと多くの大学で教えなければ日本の未来は乏しい。
ラピダスのように製造に特化したファウンドリビジネスの創出もよいが、政府からの補助金が1兆円を軽く超え、コストがかかりすぎる。製造だけではユーザーも設計者も乏しくなる。幸い日本ではTSMCのみなとみらいにあるデザインセンターは最先端プロセス向けの半導体設計を日本人が行っているうえに、富士通とパナソニックのシステムLSI部門が合併したソシオネクストは、新しい半導体の設計を受注している設計者集団だ。台湾は政府(あえて使うが)が呼び掛けて、2000年頃、半導体設計を強化した。その結果、メディアテックやリアルテック、ノバテックなど世界のファブレストップテンに入る企業が続出した。
日本でも政府が音頭を取ってもっと半導体設計者を増やす算段をすべきであろう。米国の半導体の強さは、設計者の人口が日本に比べ圧倒的に多いことに関係する。文科省、経産省がもっと半導体設計者を増やすことに理解していただきたいと思うのは私だけだろうか。