日本生まれのAIチップのスタートアップEdgeCortix、サウジからも資金調達
2025年2月 9日 17:31

 日本発AIチップのスタートアップEdgeCortix2月に入り、サウジアラビア王国の投資省に選ばれ、同国の「国立半導体ハブ」に参加することが決まった。EdgeCortixは、東京銀座に本社を置く、れっきとした日本のスタートアップ会社だが、海外からの資金調達や海外拠点をいち早く築くなど、今の日本の半導体企業あるいはシステム企業にとって参考になりそうな動きをしている。簡単に紹介しよう。

  EdgeCortixは、理化学研究所やドイツのMax Planck研究所を経験してきた創業者のSakyasingha Dasgupta博士(図1)が2019年に創業したファブレス半導体企業である。通称Sakya氏がCEOだが、優秀な人なら国籍を問わないダイバーシティそのものを実行する企業と言える。銀座に本社を置くものの、実際のチップ開発などのエンジニアリング業務は、川崎市の武蔵小杉で行っている。

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1 EdgeCortixの創業者兼CEOSakyasingha Dasgupta博士 通称サキヤさん

 

 開発している半導体チップはエッジで使う高性能なAIチップである。当初、構想してきたアルゴリズムのAIチップの動作を確認するため、FPGA(プログラムして自分専用の回路を実現できるIC)で試作しSakura-Iと名付けられたエッジAIチップは、実は米国NASAでの放射線照射による信頼性試験の結果、全く故障しなかった。従来の半導体チップ(特にメモリやロジック)では、放射線を当てると状態1が状態0に反転(またはその逆)することがあった。この現象は電源を切ることでリセットすると正常に戻るため、ソフトエラーと呼ばれている。

  Sakura-Iは、マサチューセッツ・ジェネラル病院とローレンス・バークレイ国立研究所でもプロトン(陽子)と重イオン照射試験を行い、その信頼性を確認している。これらの試験結果から、放射線の飛び交う宇宙空間や、癌治療で使われる重イオン照射においてもSakura-Iが故障しにくいことが判明した。

  これまでAIチップ開発においてはデータセンター向けのチップと、パソコンやスマホのような端末エッジで使うチップに分かれていた。データセンター向けチップを設計している企業にはNvidiaIntelAMDに加え、スタートアップの CerebrusSambaNovaEsperantoなどがあり、エッジ向けにはTenstorrentEdgeCortixなどの企業がある。一般にデータセンター向けチップは消費電力が大きく、宇宙空間では使うことが難しい。宇宙空間ではエッジAIが威力を発揮する。

  EdgeCortixのチップであるSakura-Iには、ECCなどの誤り訂正回路を使っておらず、冗長構成も採っていない。しかし、自己回復機能を構築しており、セルフリフレッシュのような機能を駆使して放射線によるデータ反転に対処している。その技術の詳細については明らかにしていないが、概念的にはソフトウエアでデータをモニターしておき、もし間違った場合には信号経路をたどり正常モードで再現してみるのだという。

  さらに専用ASICチップであるSakura-IIにおいてもこの機能を入れているため、放射線耐性強いはずだとしている。Sakura-IIは消費電力8W60 TOPSTrillion Operations Per Second)だが、今後さらにAI性能の高いSakura-Xシリーズを開発していくのだという。ちなみにMicrosoftによるAI PC機能を表すCopilot+では、40TOPS以上の性能と定義している。

 

資金調達も着実に

EdgeCortixは、202411月には、Sakura-Xシリーズの開発を目的として、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)を通じて40億円の補助金も確定させた。これからの5G Advanced6Gのような エッジ基地局でのAI-RANをはじめとして、ロボットの能力を上げる応用にも目指すこととしている。SEMICON Japanでもいくつかの例をデモしている。動画から何の画像かを説明するキャプションを生成するAI(図2)や、人物を認識し、その温度(体温)と深さ方向の距離を測定するAI(図3)、チャットGPTのようなチャットボックスの例もテキスト(英語)で示した。

 

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2 動画から何の映像かをテキストで表示している

 

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3 映像から人物を認識しその深さも測定している

 

スタートアップは開発しながら資金調達にも動く必要がある。今回はサウジアラビアのサウジ投資省がEdgeCortixAIチップを選び、2024年に始まった「国立半導体ハブ(NSH)」に参加する。サウジ政府はこのハブに10SAR(サウジリアル)(約400億円)を投資する。2030年までにIC回路設計エンジニアを5000名養成する計画だ。サウジアラビアのビジョン2030として2030年までに誘致も含めファブレス半導体企業を50社設立すると目論んでいる。

 

EdgeCortixはサウジアラビア市場でイノベーションを起こしタレント(優秀なエンジニア)を養成、発掘しビジネスを成長させるという政府の方針に従うことで補助金を受け取る。

 

このように、日本初のスタートアップは、当初のSBI Investmentやルネサスエレクトロニクスの出資だけではなく、NEDOやサウジアラビアからも資金を調達し、しかもユーザーとなりうるNASAや放射線がん治療の病院などの開拓も進めている。もちろん、技術開発にも力を注ぎ、新しいエッジAIチップの開発ロードマップも示している。新しいデータフローアーキテクチャも採用しているという。技術とマーケティングの両にらみ作戦は、Nvidiaと同じような道を進んでいるかのように見える。EdgeCortixの動きを見守りたい。