エンジニアよ、システムの勉強をしてほしい
2012年9月20日 22:57

10日ほど前、メンター・グラフィックス・ジャパンが主催するTech Design Forum 2012に参加した。この基調講演の中で、MITメディアラボ副所長の石井裕氏は、さまざまな対立概念を紹介した。止揚(aufheben)することでより上位の概念にたどりつき、最終的に人類の幸せにつながっていくことをさまざまな視点から紹介した。

 

面白かった話の一つとして、技術が全てだと思うと問題が出てきて見えなくなることがある、と述べたことだ。この話では、システムと部品の関係を示すことで問題の所在を明らかにしようとしている。まず、戦闘機とジェットエンジンの関係では、戦闘機がシステムであり、エンジンが部品である。しかし、その戦闘機でさえ空母から見ると部品になる。空母には数十機もの戦闘機を収容できる。空母というシステムをうまく動かすために戦闘機という部品をうまく配置しいつどのタイミングで動作させるかという管理を行う。

 

ところが、その空母でさえ部品扱いになる。艦隊というシステムから見ると1隻の空母は部品にすぎない。艦隊は、いつどのタイミングでどの空母をどのような手順で動かすか、というシステム的な観点から管理する。

 

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図 空母に載った数十機もの戦闘機 出典:米Navyホームページから

 

その艦隊でさえ、国家的な戦局という視点から見ると、部品となる。戦局は、いつ艦隊をどのような状況でどのような手順で動かすか、という視点で艦隊を一つの部品のように動かす。

 

この話と同様に、「デバイス」という言葉は部品屋から見ると、半導体チップであり、トランジスタである。しかし、コンピュータ屋は、マウスやディスプレイモニターをデバイスと呼ぶ。かつてこの違いはなんだろうと悩んだ時代があった。当時の私はシステムが理解できていなかった。半導体屋にとってシステムはそれを使った装置であるから、マウスのようなちっぽけな装置もシステムという。しかし、コンピュータシステム屋からみると、コンピュータと周辺のプリンタやマウス、モニターなどはシステムを組む上での部品、すなわち「デバイス」なのである。

 

結局、部品とシステムを考える場合、システム的な視点とは部品をどのように組み合わせて、ハードウエアを形作り、それを柔軟に動かせるようにソフトウエアで調整する。では何をハードウエアとして作り、ソフトウエアはどのような役割を持たせるか、というシステム的な視点が求められる。ここには、モノを抽象化してみるという訓練が必要であり、部品や装置だけを見ていてはシステム全体を鳥瞰することができなくなる。

 

日本のモノづくりは半導体に限らず、システムという視点が欠けていたのではないか。技術という細かいところにだけ目が行って全体を鳥瞰できなくなると、システムや相手が見えなくなってしまう。技術は素晴らしい、ここに技あり、という一つの技術だけを見ていては、システムとしてのバランスを見失ってしまう。性能、機能、品質、コスト、信頼性などのバランスが商品としての魅力になる。

 

ユーザーが求めるものは、部品ではなくシステムである。どのようなシステムが欲しいのかを見極めたうえで製品設計に入る。そのためにはユーザーのシステムに熟知していなければならない。それが理解できるようになると、どのような部品が必要になるのかがわかる。さらにその製品を広く展開したい場合や将来に渡り発展させたい場合には、ソフトウエアを導入しプログラムできるように考慮する。ユーザーには拡張性を持たせることで手ごろな価格で求められる製品になる。こうなると、ユーザーはサプライヤから離れなくなる。

 

半導体のような部品の世界では、システム=装置という考えしかなく、ユーザーがどのような装置を望んでいるかを半導体屋は求めていた。しかし、ユーザーが望むシステムはさまざまな装置を組み込んで一つのシステムを作ることかもしれない。そうなると部品屋は装置だけを見てもユーザーの意図をくみ取ることができないのである。

 

日本の半導体産業がシステムLSIとか、SoC(システムオンチップ)と呼ぶ半導体チップをビジネスとして成立させられなかったのは、システムを本当に理解していなかったからだ。ではシステムLSIを止めて未来は来るのか。実は、アナログやミクストシグナルの世界もデジタルやマイコンを集積しており、システムLSIとなっている。スマホの心臓部に使われるアプリケーションプロセッサ(別名モバイルプロセッサ)もシステムLSIといえる。つまり半導体ビジネスで勝つためにはシステムLSIを捨てるわけにはいかない。いろいろな半導体チップがシステムLSIになってくるからだ。

 

だから半導体屋はシステムを勉強しなければならないのである。今からでも遅くはない。半導体の勉強はもうほどほどにしてシステムの勉強をしてほしい。これが世界でも通用する半導体メーカーになるための第1歩である。

(2012/09/20)