半導体からナノエレクトロニクスへ、世界の潮流

(2013年8月 3日 18:40)

近頃、欧州や米国のレポートを読んでいると、半導体という言葉があまり出てこない。ナノエレクトロニクスという言葉が半導体に置き換わっている。100億ユーロをEUや欧州各国政府が出資して、ナノエレクトロニクスのプロジェクトを作ろう、という動きがある。ここでも半導体ではなく、マイクロ/ナノエレクトロニクスという言葉が使われている。

 

半導体という言葉は、実はここ1~2年、米国でもあまり聞かなくなっていた。単にマイクロチップとかチップなどと言われていた。世代の違いかもしれない。年配の方はsemiconductor industryといった表現を多く使うが、少なくとも50歳以下の方たちではchip industryとかchip businessといった表現が多いような気がする。

 

日本語でも半導体は落ち目の産業というトーンで新聞記者は報道するし、半導体という言葉の響きは古臭いイメージがあるかもしれない。日本の半導体企業は不調だが、世界の半導体企業は成長曲線に乗っている。日本だけが不調という産業である。もともと年率20%という異常ともいえるくらいの猛スピードで半導体産業は1960年代から1994~5年まで高成長を遂げてきた。それ以降は6~7%という成長率に落ちた。それでもほかの産業から見れば成長産業ではないか。半導体という言葉をナノエレクトロニクスに変えて、世界の半導体産業と同じように成長することは面白いかもしれない。

 

米国では、オバマ大統領がニューヨーク州の北にあるアルバニー市の半導体研究コンソーシアムSEMATECHを訪れた。半導体産業が雇用を生み出す産業と位置付けているためだ。シリコンバレーよりも今は半導体産業が盛んなテキサス州オースチンの半導体工場にも足を運んだ。やはり米国における雇用に期待しているためだ。残念ながら、アベノミクスの第3の矢である成長戦略に対して、安倍首相が世界最高の半導体工場の一つである東芝の四日市工場や、CMOSイメージセンサで世界のトップを行くソニーの長崎工場を訪れたという話は聞いたことがない。第3の矢は依然として、もたついている。

 

もともと半導体(semiconductor)は、半分導体(semi-conductor)・半分絶縁体(semi-insulator)という性質を持つ材料を半導体と称したことから生まれた。エネルギーバンドギャップ(どれだけのエネルギーを加えると導電体になりやすいかを表す指標)は、導体と絶縁体の中間であり、導電率(電気の流れやすさを表す指標)もそれらの中間である。本質的に半分導体であるから、電気を制御できるように第3の端子を設けると、導体と絶縁体の間を調整できるのではないか、という考えからトランジスタが生まれた。

 

具体的には、マイナスの電荷を持つ電子がいっぱい存在するn型半導体と、電子が抜けてプラスの電荷を持つ正孔がたくさん存在するp型半導体をくっつければダイオードができる。p型側にプラスの電池をつなぎ、もう一方をマイナスの電池の極につなぐと電流が流れる。その逆は流れない。電流をオンオフするのに、電池の極性をいちいちひっくり返さなければならないのならまったく使いにくい。

 

もし、第3の電極に加え、電圧を変えるだけで電気をオンオフできるのなら、制御性は抜群に改善される。トランジスタは第3の電極を設けたものだ。そのトランジスタを多数、今や10億個の単位でシリコンチップ上に集積した半導体ICが今、パソコンやスマホ、タブレットなどの心臓部を動かしている。デジカメや音楽プレイヤー、カーナビ、クルマの衝突防止システム、電車の制御、ロボットなどありとあらゆるところの心臓部あるいは頭脳に使われている。その数と応用範囲はますます広がってくる。

 

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ICのもっとも小さな寸法はもはやナノメートル(1nm1mmの百万分の一)レベルに達している。最先端のIC製品は22nmのインテルの最新プロセッサチップである。ちなみに髪の毛の太さは70~80μmだから、半導体回路の線幅は、その1/300と極めて細い。肉眼では見えない。この半導体チップ、すなわちナノエレクトロニクス製品はスマホやタブレットをサクサク動かしてくれ、クルマのバックモニターやサラウンドビューモニター、監視カメラ、ソーラーパネル、風力発電、デジタルサイネージなどありとあらゆるところに使われ、さらに発展を遂げようとしている。IT機器やセンサネットワーク、クラウドサーバー、USBメモリー、エアコン、プリンター、プロジェクターなどハードウエアの中核に位置する。

 

ただし、ナノエレクトロニクス産業は、技術ノウハウと、情熱、そしてビジョンを持つものが勝利する。ビジョンを持たないために投資せず、技術を手放す企業が日本では出てきた。安易にお金儲けできる産業ではない。地道な努力と先を見通すビジョンがあり、投資があってはじめて結果の出る産業である。だから、解放改革で安易にお金儲けに走ってきた中国では2000年前後から力を入れ始めたものの、いまだに半導体産業が育っていない。製品原価に対する人件費比率はわずか5~8%しかないため、まさに日本に適した産業だと言える。

2013/08/03

 

   

インターネット時代のジャーナリストのあり方

(2013年7月27日 09:33)

参議院選挙が終わり、与野党ともツイッターやフェイスブックなどのSNSを利用して情報を発信し始めた。民主党は惨敗し、細野豪志幹事長が自身のツイッターで辞意を表明した。このことを表して、「細野幹事長ツイッターで辞意表明 大手マスコミ赤っ恥、それって有り?」というタイトルでマスコミの不満を表したメディアが出てきた。

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 ある記者会見でのフォトセッション


要は、政治家の発言はこれまでマスコミと言われるメディアが伝えてきた。記者クラブというお抱えの特権クラブしかり、○○番と呼ばれるぶら下がり記者しかりである。しかし、上記のメディアは、政治家が直接、国民に向けてつぶやく、情報を発信する、などのことにより、マスコミの仕事を奪われると感じたようだ。無理やり、「国民よりもフォロワー優先でいいのか」という小見出しであたかもけしからんというような論調でITジャーナリストのコメントを加え記事を結んでいるが、これはジャーナリストの横暴ではないか。政治家の言論の自由を奪うことになっている。同じことが芸能記者にも言える。芸能人は直接自分のブログで、情報を公開するようになったからだ。

 

政治家や芸能人がブログやツイッターなどで発信する自由を奪う権利はマスコミやジャーナリストにはないはずだ。だったら、ジャーナリストはどうやって、彼らとは違う内容の記事を書くか、もっと頭を使うべきである。独自の視点のニュースなり特集なり、切り口と内容をじっくり考えて構成すべきである。

 

雑誌や新聞などの媒体では、これまでジャーナリストだけが記事を書くことができた、特別な寄稿記事以外は。ところがインターネットが媒体となってきた以上、ジャーナリストはこれまでのやり方を考え直す必要がある。「○○が××をリリースした」というような情報は、もはや要らない。ネット上のプレスリリースを見れば済むからだ。読者は、そのようなリリース情報は望んでいない。

 

しかも、ブログという手段が市民権を得てきた以上、非ジャーナリストが自由にどんどん情報を発信できるようになってきた。こうなると、ジャーナリストは非ジャーナリストの情報とは違う視点で情報を発信しなければならなくなってきたのである。私のようなB2B技術分野でも、インターネットで企業が自分で情報を発信できるようになると、プレスリリースを誰でも見ることができるようになった。ジャーナリストはプレスリリースを見て記事を書くだけでは、読者を満足させることができなくなったのである。

 

では、読者はジャーナリストに何を求めるのか、ジャーナリストが自ら読者に聞き出すしかない。サプライヤがカスタマにヒアリングしたり、マーケティング調査したりして何を望んでいるのかを調べることと同じことがジャーナリストにも求められている。この答えを持たなければ、ジャーナリストは役割を終える。

 

マイクロエレクトロニクス/ナノエレクトロニクス産業を追いかけている記者には、読者にこまめに聞いているジャーナリストがいる。さまざまなセミナーに出て、休憩時間に取材するとか、本音を聞き出す努力をする。もちろん、記者会見でさえ、そこからの情報だけで記事を書くことはしない。ある事件なり事実なりの裏側、流れ、企業の戦略なりを捉えることが読者のニーズを満足させることになるのである。

 

ある意味で、これまでの単なる「報道」ではなく、書き手の「考え」も打ち出すことが求められているのである。現実に、B2B技術ジャーナリストは、産業界から「君の意見も書いてくれ」と言われる。「ジャーナリストは世界中のいろいろな企業や大学などを取材しているのだから、総合的に見ることのできる目を持っているからだ」と言われた。

 

従来、ジャーナリストの役割は、「報道」だけだった。かつて筑紫哲也氏は、ニュースキャスターとして報道に徹する役割とは別に「多事争論」というコラムを持ち自分の意見を述べていた。つまり、「報道」と「意見」を分けて情報を発信していた。インターネット媒体では、もはや報道だけでは読者は満足しなくなったのである。ほかの企業や取材をすることで多面的に事件を見ることができ、ほかの事件と比較したり、あるいは別の面からの切り口で記事を構成したりすることができる。

 

だから産業界の本音を取材しようと努める。しかし、本音を言った本人に対して、「○○の××氏が~~と言った」というように書くことはできない。本音を言った人に迷惑がかかる恐れがあるからだ。その人が首になったり会社にいられなくなったりしたらまずい。「大手メーカーのあるエンジニアは~~だと語る」と書くことは構わない。影響力を考えながら、彼らの代理人としての「意見」をジャーナリストが書くこともできるのである。こうすると、記事に深みが出るだけではなく、真実を追求することになる。

 

例えば、国家プロジェクトの多くは失敗だという評価を産業界は本音で語るが、マスコミは大成功を収めたと書くことが多い。しかし、これでは為政者は国家の方向、方針を間違ってしまう。失敗が事実であるのなら、事実を書くことがジャーナリストであろう。ジャーナリストが求めるものはあくまでも真実である。ねつ造や無理に言わせて「こう言った」と書くことは事実から遠ざかる。産業界の本音を伝えることこそ、B2Bメディアの役割だと私は信じている。

(2013/07/27)

   

LED電球には虫が来ない、虫嫌いに朗報

(2013年7月14日 13:03)

LED電球に新たなボーナスが判明した。蛾などの夜行性の虫がランプに集まってこないことだ。

 

LED電球は消費電力が少なく、寿命が長いと言われている。LED電球はpn接合半導体チップを複数並べて光らせたもの。白熱灯や蛍光灯とは違い半導体であるからこそ、消費電力が小さく、簡単には壊れない。最近ではサンフランシスコ空港をはじめ、国内のコンビニエンスストアなと、さまざまな場所に設置され、家庭でも天井灯も普及してきた。野菜工場では、植物が光を吸収する割合が青と赤の波長光で強く、これまでの蛍光灯の元で野菜を育てるよりも早く育成できることがわかっている。

 

さらに蛾などの夜行性の虫が寄り付きにくいこともわかってきた。実はこの話を、以前、米国のあるブログで見た。ブロガーは、かつて一緒に仕事したことのある、エレクトロニクス技術雑誌EDNTechnical Editor だったMargery Conner(マージョリー・コナー)記者だ。彼女がLEDランプの特長について調べていた時に、何かで見つけたらしい。

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そこで、我が家でもLED電球を敢えて、虫の来やすい玄関の外灯に使ってみた。あれから、もう1年以上すぎた。確かに蛾は来ない。LEDの白色光の波長に寄ってこないのかもしれない。これまでは外灯を付けるたびに虫が寄ってきて家の中に入ろうとして、虫嫌いの妻は悲鳴を上げていた。

 

夏でも冬でも蛾は来ない。玄関の外灯を付けていても蛾は寄ってこない。なぜかはまだわからないが、LEDのメリットの一つになったといえそうだ。

 

LEDランプは、一般に青色LEDに黄色の蛍光塗料を塗って白色に変えている。赤、緑、青の3色のLEDチップを使っている訳ではない。一部にはそのようなぜいたくなランプもあるようだが、一般には青色チップだけだ。黄色は、赤と緑の合成になるため、実質的に青と黄色は、青・赤・緑を足した色と同じ白色になる。これが定性的な理解である。

 

青は450nm前後と言われ、黄色は570~585nmであるから、白色LEDの波長は、黄色の蛍光塗料と青色LEDからの光が白色LEDから発せられている。

 

LEDランプは少なくとも黄色の蛍光塗料の波長と、青色のLED波長からなるため、可視光と言っても波長の範囲は狭い。白熱ランプよりも波長の範囲はずっと狭いはずだ。450nmの色と570~585nmの色に蛾が集まってこないということは、蛾の好きな波長は白色光以外かもしれない。

 

少なくとも蛍光灯を点けるとすぐ蛾がやってくる。ということは、白色光よりも短波長の紫外線に近い波長を蛾は好むのかもしれない。蛾などの虫を集めては放電で殺す青色の蛍光灯のようなランプを店先で見かけるが、あの波長は蛍光灯よりもさらに青い色なので紫外光領域も含んでいるはずだ。LEDランプには紫外光が出ていないために虫がやってこないのではないだろうか。

2013/07/14

   

スマホやタブレットを使った勉強は確実に成績が上がる

(2013年6月28日 00:06)

スマートフォンを使って勉強すると成績が上がる。こんな結果が日米とも表れてきた。日本では教育特区として認められている茨城県大子町と愛知県豊田市の二つの地域で、学校法人ではなく株式会社としてのルネサンス・アカデミー株式会社が行った実験でスマホ効果が出ている。この学校は通信制の高等学校だ。また、米国でも複数の学校ではっきりした成績に有意差がある。

 

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ルネサンスでは、20064月に設立された大子町の学校では、開校2年目に携帯電話を使った通信教育をやってきた。2011年からはスマホにも対応し、徐々にスマホに切り替えてきた。その結果、「勉強時間が長くなり、正答率も上がってきた」と、同校校長であり同社の代表取締役社長でもある桃井隆良氏(写真中央の男性)は述べる。スマホを11台提供するのは、ファブレス半導体メーカーのクアルコム社だ。

 

米国サンディエゴに本社を構えるクアルコムは、世界中の地域コミュニティに貢献する社会活動「Wireless Reach」に取り組んでいる。この活動は、起業家育成、公衆安全、ヘルスケア、教育、環境保全という五つのテーマの元に行われている。Wireless Reachの狙いは、クアルコムの技術を通じて人々の生活の向上と改善を実証することにある。現在、世界33カ国で84のプロジェクトを持っている。日本では他にヘルスケアで、血圧計とM2Mをつなげて医療の過疎地区と札幌医科大学を結ぶプロジェクトを行っている。クアルコムはM2Mモデムチップを提供し、血圧などのデータを無線で飛ばす。

 

さて、教育に関して、クアルコムは、米国の高校においてもスマートフォンを使って、2007年からパイロットプログラムとしてやってきた。学習の習熟度が30%アップしたという事例を得ている。ある生徒は、数学に全く興味がなく大学進学はとても無理と言われたが、スマホ学習により台数や幾何学で優れた成績を身につけ、全米の奨学金を得てノースカロライナ大学に無事入学できた、とクアルコムのWireless Reachイニシアティブ統括責任者のクリスティン・アトキンスさん(写真右の女性)は言う。

 

モバイル学習のメリットは、いつでもどこでも学習できること。日本のルネサンス高校のある女子生徒は、年の離れた赤ちゃんをあやしながら、スマホで勉強をして成績を伸ばしたという。教師への質問はスマホだと、聞くという抵抗が少ないだけではなく生徒同士でも学び合える。またゲームやクイズ感覚で楽しく問題を解くことができる。教える側は、選択肢問題は分析しやすい。例えば、やさしい問題なのに解くのに時間がかかり過ぎている、といったことを把握しやすい。またモバイル学習では動画や音声を利用して英語の書き取りやヒアリングの学習に効果が高いとしている。

 

日本の生徒の親は当初、携帯で勉強ができるか、と疑問を投げかけていたが、成績が上がっていくことがわかり、親の心配は杞憂に終わったと桃井氏は言う。ルネッサンスでは、動画の教材に生徒を登場させ、学習への親しみやすさを身に着けさせることも狙っている。201211月から始めたビデオ教材はスマホで繰り返し何度も学習できるため、学習効果も高い。また動画学習は理科の実験、体育、家庭科などだけでも効果的になると思われるが、さらに国語や数学にも応用しているという。

 

ルネサンスの生徒にアンケートをとってみると、いつもスマホで学習する生徒は52.7%いて、自宅にかえるパソコンで学習するのが22.7%いる。常にパソコンで勉強すると答えた生徒は21.6%しかいない。また、学力向上につながっているかという質問に対しては、そう思うが53.1%、変わらないは37.4%、つながっていないはわずか6.2%しかいない。

 

またフリーコメントでも「普通にノートを使う授業よりも数倍反応が速いから復習も簡単だし、やる気が出る」、「(スマホは)かなり身近な存在なので、学習するにも誰かと連絡をとるにもとても便利です。学習についてなど疑問があった時はすぐに担任の先生にメールをできるので安心しています」、「学習する場所を選ばなくてよいと思います。スマホやタブレットを使って漢字の書き取りなどができたら良いなと思いました」、などポジティブな意見が多いとしている。

 

この5月からクアルコムはタブレットも寄付し始めた。年末までに5000名の生徒に配布する計画だ。携帯からスマホに変えた時は学習効果が上がり、生徒の成績向上に有意差が出てきたが、スマホからもっと画面の大きいタブレットに変えると効果はさらに上がると期待されている。タブレットだと文字が大きいので本も読みやすい上に、良いコンテンツがあれば外から買うこともできる。

 

クアルコムはさらにAR(仮想現実)技術を使った実例も紹介している。例えば、「アヒルが草を食べ、排せつし、排せつ物が池の底にたまりCO2を出す。それを緑の草が吸収する、といった生態系を学習するのに、スマホでアヒルの写真を撮ると、アニメーションでアヒルが登場し、この生態系を表現したアニメ動画が流れる」とアトキンスさんは言う。またスマホでアジア芸術の歴史をアニメで学んだり、屋外環境の写真を撮るとアニメが流れたりするプログラムもある。

 

こういった学習を通して、クアルコムは、生徒にワイヤレスを体験してもらうことも狙いの一つになっている。こういったスマホやタブレットを生徒に使ってもらうことで、その感想をフィードバック、次の製品開発に生かすこともできる。決して無駄ではない。アトキンスさんによると、本社には9名の人間がWireless reachプロジェクトに専門に携わっており、日本法人にもプロジェクトの専門家がいる。日本では、教育とヘルスケアを実行している。

2013/06/28

   

スーパーコンピュータの補助金1000億円をジャスティファイする方法

(2013年6月18日 22:48)

先日、スーパーコンピュータ向けのマイクロプロセッサを開発してきたエンジニアと意見交換した。マイクロプロセッサは今や8コア、16コアの時代となっている。これらを並列に動かすためのソフトウエア作り、ハードウエア設計など技術的な課題は多い。単なる力づくで動かせる訳ではもちろんない。

 

だからといって、今のスーパーコンの補助金の額1000億円は、経済産業省が一つの国家プロジェクトに費やす予算規模(200~300億円)に比べるとやはりかなり高い。一般的に言って文部科学省の1プロジェクト当たりの補助金は相対的に高い。大失敗した大学発ベンチャープロジェクトの場合では、1プロジェクトに1~2億という途方もない補助金をばら撒いた。米国のベンチャーキャピタルが最初に出す金額の数100万円と比べると、とてつもない税金の無駄であった。

 

スーパーコンの競争では、昨年11月に富士通の「京」はすでにクレイのタイタン、IBMのセコイアに抜けれ、3位に落ちていた。今年の4月には中国の天河2号にも抜かれ、4位になった。天河2号は33.86 PFLOPS、タイタン17.6 PFLOPS、セコイアは16.32 PFLOPS、そして京は10.5 PFLOPSである。京の下にも米エネルギー省のMira10.1 PFLOPS、次がドイツのJuqueen5 PFLOPSと、スーパーコンの性能だけを争うのであれば、競争は激しい。

 

スーパーコンの新しい国家プロジェクトは、100 PFLOPSを目指そうというものだ。そのために1000億円の予算を付けようという訳だ。しかし、スーパーコンだけを見た市場はやはり小さい。

 

ではどうやって、この1000億円をジャスティファイさせるか。スーパーコンで開発された超並列処理プロセッサのハードとソフトの技術、熱設計技術などを生かして、ミニスーパーコンをビジネス用に作ってみたらどうだろうか。スーパーコンと違って安価である。一つの事業部の予算で購入できる金額だ。計算速度だけを見れば確かにスーパーコンよりも遅いだろう。しかし、待ち時間はない。いつでも使える。実行ボタンを押して帰宅すれば翌日、結果が出ている。実質的な計算時間はむしろ速いだろう。

 

富士通は、ブレードサーバー並みのフォームファクターを持つミニスーパーコンをビジネスとして科学技術計算が必要な現場に売り込むのである。今や金融分野でさえ、ブラック・ショールズの偏微分方程式を使って、金融派生商品、いわゆるデリバティブを予測する時代だ。ここにも使える。しかし、スーパーコンを使うまでもないという分野だ。

 

限りなくメッシュを切らなければ精度が上がらない気象予報や宇宙シミュレーションなどとは違い、ミニスーパーコンで十分達成可能な応用は少なくない。精度の高い流体力学の計算、自動車の風洞実験シミュレータなど偏微分方程式を活用する科学技術計算には向いている。パソコンでは遅すぎるが、スーパーコンだともったいない、といった用途に向く。市場が広がればSPARC64チップがスーパーコン以外にも売れる可能性も出てくる。スーパーコンプロジェクトをビジネス志向に変えることで、国際的な競争力がついてくる可能性も出てくる。

 

スーパーコンプロジェクトにビジネス開拓のマーケティング担当者を加えることで、国費の無駄遣いを、利益を生むビジネスへと変えていく。雇用が増え、自律的に会社として経営できるようになれば、生きた税金の使い方の見本にさえなれる。このプロジェクトから起業につなげ、雇用を増やせば税金は国民に還元されたことになる。

 

経産省の国家プロジェクトについても同じことが言える。プロジェクトが5年とか10年で終われば設備をどこかへ売ってしまい、更地に戻すことが多い。これでは、税金が生かされたのか無駄に終わったのかわからない。しかし、1社でも2社でも起業し雇用を生み出し、税金に頼ることなく自律的にビジネスが回るようにすれば、国民に還元されると見なせる。要は税金に頼らずに自律的にビジネスを回せるような仕組みを作ることを国家プロジェクトに組み込んでいくのである。こういったビジネス視点での国家プロジェクトを考えてはいかがだろうか。

2013/06/18

 

   

マイクロプロセッサを定義し直すべき時がきた

(2013年6月17日 23:20)

マイクロプロセッサを定義し直す時期が来た。IntelAMDが今月Computex Taipeiで発表したプロセッサは、1チップにさまざまな回路が集積されたアプリケーションプロセッサである。タブレットやウルトラブック、ノートパソコンなどの用途に使えるアプリケーションプロセッサだ。CPU以上の機能が集積されているのである。

 

Intelが発表した第4世代のCoreプロセッサチップには、CPU4(すなわちクアッドコア)、キャッシュメモリ、GPU(グラフィックスプロセッサ)が20個、さらにビデオプロセッサ、画像処理プロセッサ、システムコントローラ、PCI ExpressDMIなどのI/Oインターフェース回路といった、CPUとキャッシュ以外の回路が多数搭載されている。これまでのMPUなら、CPUコアとキャッシュだけだった。せいぜいキャッシュコントローラがあったかもしれない。グラフィックスコアやビデオ/イメージプロセッサなどは集積していなかった。ここまで集積されたプロセッサの機能は、クアルコムやnVidiaなどが市場に出しているアプリケーションプロセッサと同じである。

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図1 Intelの第4世代Coreプロセッサ 

AMDElite Mobility APUと呼ばれるTemashプロセッサ(タブレットやノートPC向け)も同様に、ジャガーと呼ばれるCPUコア4個に加え、GPUコアやビデオエンコーダ、ディスプレイコントローラ、ノースブリッジ(DDR3メモリと直接インターフェースできる回路)、などを集積している。AMDAPU、すなわちアプリケーションプロセッサと呼んでいる。

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図2 AMDの新プロセッサTemash 

これまでIntelAMDもパソコンやサーバー向けのCPUに特化してきたプロセッサメーカーであり、CPUの性能を上げることに集中してきた。デュアルコア、クアッドコア、さらに共有キャッシュを集積したプロセッサチップであった。MPU(マイクロプロセッサユニット)、CPU(セントラルプロセッサユニット)と呼ぶのにふさわしかった。

 

最近、米国のアリゾナ州スコッツデールを本拠とする市場調査会社のIC InsightsMPUメーカーのトップランキングを発表したが、彼らはこの時にMPUを定義し直した。これまでMPU市場という場合、マイクロプロセッサやDSP、マイコン(マイクロコントローラ)を含めていた。WSTS(世界半導体市場統計)でも同様にMPUとマイコン、DSPを「MOSマイクロ」分野と定義し、携帯電話やスマートフォン、タブレットに使われているアプリケーションプロセッサは、「MOSロジック」という範疇に含めていた。

 

IC Insightsは、MPUの中にアプリケーションプロセッサを含め、これをMPUとして世界のMPUメーカーの売り上げ規模を調査した。520日に同社が発表したMPU販売ランキングは、以下のようになった。IntelAMDx86アーキテクチャのMPUメーカーであるが、それ以外のメーカーは、全てARMアーキテクチャのプロセッサ企業である。IntelAMD以外のMPUは全てアプリケーションプロセッサと呼ばれている。

 

1位:Intel                      36,892 M(米ドル)

2位:Qualcomm               5,322

3位:Samsung (+Apple)  4,664

4位:AMD                        3,605

5位:Freescale                 1,070

6位:nVidia                      764

7位:TI                             565

8位:ST-Ericsson             540

9位:Broadcom                345

10位:MediaTek               325

出典:IC Insights2013520日発表) 


64日から台湾の台北市で開かれたComputex Taipeiにおいて、IntelAMDが発表したプロセッサの新製品が実は、上記に示した第4世代のCoreプロセッサであり、Temashである。これらは中身を見る限り、もはやアプリケーションプロセッサそのものである。

 

ならばMPUを定義し直すべきではないだろうか。マイクロプロセッサとは、演算あるいは制御を司るCPUコア、共有キャッシュまで集積されたプロセッサチップであったが、さらにGPUやビデオプロセッサ、イメージプロセッサ、音声処理プロセッサ、高速インターフェース回路、ディスプレイコントローラなども集積したアプリケーションプロセッサもやはりMPUと呼んでよいのではないだろうか。

 

これまでWSTSでは、「MOSマイクロ」の定義について、これでいいのだろうかという疑問の声は上がったが、カテゴリを定義し直すことはなかった(ある委員の話)。しかし、事実はAMDが新型プロセッサをアプリケーションプロセッサと呼び、Intel1chip SoCあるいはモバイルプロセッサと呼ぶようになってきた。すなわち、パソコン陣営までがアプリケーションプロセッサ、モバイルプロセッサと呼ぶのであれば、MPUを再定義し直す意味はあろう。

 

ちなみに、Intelはこれまでタブレットやスマートフォンに使うプロセッサをモバイルプロセッサと呼び、アプリケーションプロセッサとは呼ばない。かたくなにモバイルプロセッサにこだわる。なぜか。10年以上前に、Intelはアプリケーションプロセッサを開発していた部隊をMarvell Semiconductorとしてスピンオフして外部に出してしまった。このことを、ある元Intel社のエンジニアは「バカな決断をした」といまだに憤慨する。Intel自身も未だにトラウマのように残っているのかもしれない。当時のIntelは携帯電話向けのプロセッサをアプリケーションプロセッサと呼んでいたのである。

                                               (2013/06/17)

   

米国最後の半導体雑誌SSTが新興オンラインメディアに買収された

(2013年6月13日 21:58)

半導体技術の米国最後の雑誌であったSolid State Technologyが身売りすることになった。通称SSTは、3~4年前に休刊になったSemiconductor Internationalの良きライバルとして米国の半導体産業と共に歩んできた。

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 ライバル誌だったSemiconductor International

ただ、今回の買収劇は急すぎて、いったいどうなっているのかまだはっきりしない。確かなことは、SSTの編集長であるPete Singer氏も一緒にExtension Mediaに行ってしまったことだ。SSTのホームページを見ると、また従来のPennwellから発行されていることになっている。たった今、Peteにメールで問い合わせたところなので、いずれ明らかになるだろう。

 

買収したExtension Mediaは、CMPMiller Freemanという古い出版社にいた人たちが設立した新興出版社である。半導体チップ設計、組み込みシステム、ソフトウエア、IPなど、いわゆるエレクトロニクス・半導体・ITを主とする出版社だ。ここが発行しているChip Designは独立性の高いメディアだが、たくさんのカスタムパブリッシングで稼いでいる出版社でもある。

 

日本でもB2Bメディアの雄であった日経BP社の勢いが以前ほどではなくなった。昔のような完全独立の出版社はもはやB2Bメディアでは成り立たないのかもしれない。特に紙媒体は数年前から次々と休刊していった。私がリードで立ち上げたSemiconductor International日本版、日経マグロウヒルで立ち上げた日経マイクロデバイス、Nikkei Electronics Asia(英文媒体)は休刊した。工業調査会の電子材料、日刊工業新聞の電子技術、EDN JapanEE Times Japanなどの紙媒体も次々と姿を消した。

 

今生き残っている紙媒体も青息吐息状態だと聞く。IT Mediaが健闘しているとはいえ、オンラインも含めた出版社が快走しているという話は聞かない。半導体関係では今は電子ジャーナルと半導体産業新聞しか紙媒体は残っていない。いずれも快調という訳ではない。何とか生き残っているという状態だ。

 

ではインターネット媒体は快調か。残念ながら昔と同じビジネスモデルでは難しい。単なるバナー広告だけのビジネスモデルや有料のB2Bメディアを運営することはかなりしんどくなっている。インターネットのコンテンツの多くが無料で読めるということとも相まって、有料にするととたんに読者がぐっと減る。米国のNew York Timesでさえも、有料にしたり無料にしたり、試行錯誤を重ねている。

 

一般メディアと同様、専門メディアでも、編集の独立性は担保されていなければメディアとしての価値を生まないことに変わりはない。このため、独立性を確保しながら、いかにして収益を上げるか、が大きな課題となっている。

 

Extension Media の試みは、新しいB2Bメディアのビジネスモデルなのかもしれない。彼らは、独立性のある中立メディアを発行しながら、カスタムパブリッシングメディアもたくさん持っている。すなわち、収益はカスタムパブリッシングで得て、媒体コンテンツの持つ価値は中立メディアで生む、という仕掛けなのかもしれない。もちろん、彼らが本当に成功しているのかどうかはまだわからない。しかし、従来とは違ったビジネスモデルで収益を稼いでいることは間違いない。

 

Extension Mediaが発行しているChip DesignJohn Byler編集長もまた知り合いであるし、Chip Design とコラボしているSemiconductor Design & ManufacturingEd Sperling編集長も友達だ。新しいB2Bメディアビジネスはどうあるべきなのか、10月にまたシリコンバレーに行くので、詳しく聞いてみようと思う。

2013/06/13

   

優秀な学生を簡単に見つける方法

(2013年6月 6日 21:34)

先月、とても優秀な学生(大学院生)が大勢いる場に出くわした。北九州市で開催された電子情報通信学会集積回路専門委員会主催の「LSIとシステムのワークショップ」において日本の半導体産業を議論する場に来ていた学生たちだ。

 

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今回のテーマは、従来の研究開発の技術テーマとは違い、日本の半導体産業を強くするためのアイデアをさまざまな見地から議論するものであった。回路や半導体を実際に研究していない私がお話しさせていただいたテーマは「世界市場奪還を睨んだVLSI研究開発戦略」であった。ここでは世界の勝ち組がどのようにして成功したか、これまで世界のさまざまな企業の技術やビジネス戦略を取材してきたことから見えてくる世界をお話しした。他には、東京大学の藤本隆宏教授がモノづくりに対するご意見や、一橋大学でイノベーション研究センター長をされている延岡健太郎教授が半導体産業を見る立場から講演された。

 

ポスターセッションでは大学の発表が多い。学生たちが自分の研究を大きな紙(ポスター)に描き、講演会場外のホールで紹介するのであるが、自分の研究のイントロを数百名の聴衆の前で1分間だけ発表した。この発表が優秀な学生を見つけるのに絶好の機会となっている。

 

この1分間のプレゼンを見ていると素晴らしい学生たちが実に多い。ここには人事権を持たない研究開発マネージャーがシンポジウム参加者として来ている。これは実にもったいない。大手企業はこういった学生に目星を付けておけば、優秀な学生を好きなだけ採用できる。こういった機会に優秀な学生を探している企業の人事権を持つマネージャーが来て、目星を付けた学生とじっくり話をすればよいではないか。

 

米国では1980年代からそういったリクルーティング活動を行っていた。半導体のオリンピックと言われるISSCC(国際固体回路会議)やIEDM(国際電子デバイス会議)に行くと、リクルーティングしている光景をよく目にした。素晴らしい講演をした学生が発表を終えると、企業の研究開発部長はスタスタと近づき、「今晩、一緒に食事をしないか?」、「明日のランチはどうですか?」と誘っている。一緒に飯を食いながら1時間も話をすれば、学生の研究状況、生活状況、家族状況、将来の希望など企業が知りたいことはほぼ把握できる。学生も企業がどのような研究に力を入れているのかがわかる。

 

こういった採用活動が派手になり国際会議で目に余るようになり、IEDMISSCCでは「アカデミックなコンファレンスだからリクルーティング活動を自粛するように」という張り紙を見かけるようになった。しかし、それでも「後で一緒に食事しよう」と誘っている企業人は後を絶たなかった。コンファレンスの主催者側が自粛を呼びかけても事実上、採用活動は行われていた。

 

ところが、日本ではこういった活動をいまだにほとんど見かけない。一つの理由は、大企業の人事権は「人事部」が握っているからだ。人事部などではセクショナリズムが強く、実際の現場の長に採用権を持たせていない企業が多い。こういった話をある外資系企業の方にお話ししたら、そのようなシンポジウムにぜひ行きたい、紹介してほしいと言われた。優秀な人材の採用はいつも悩みの種だからである。企業が中途採用などで一人採用するのにかかる経費は200~300万円にも及ぶ。

 

こういった企業の採用活動は、学生側にとってもメリットが大きい。就職活動に注力しなくて済み、自分の研究に没頭できるからだ。

 

今のところ、エレクトロニクスの世界で、学生に1分間のプレゼンの機会を与えているシンポジウムは、この電子情報通信学会の「LSIとシステムのワークショップ」と、STARC(半導体理工学研究センター)主催の「STARCシンポジウム」の2件しか知らない。しかし、この2件とも学生に1分間のプレゼンの機会を与え、さらにポスターセッションを設けている。ポスターセッションで学生と会話することもできるが、競争会社も来ているだろうから、やはり場所を変えてじっくり話を聞けばよい。

 

LSIとシステムのワークショップ」運営委員会のメンバーやSTARCとこの話をしてみたところ、どちらもこの提案に賛同している。問題は、このコンファレンスに来られる研究開発部門の責任者に人事権がないことだ。彼らが採用を決める裁量を企業側が与えられるだろうか。優秀な学生を採用するためにも企業の変革が迫られている。

2013/06/06

   

ルネサスにファウンドリ事業参入のチャンス

(2013年5月21日 23:43)

今日、EIDECEUVL基盤開発センター)シンポジウムに出席して、夜のパーティで何人かと議論した。製造が得意な日本において、半導体製造を請け負うビジネス、ファウンドリ企業が1社もないことは産業構造としていびつではないかと。

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 EIDECシンポジウムで挨拶を述べる渡辺久恒社長

日本には、ファウンドリ事業を行うのに必要なインフラストラクチャーが揃っている。2012年の世界の半導体市場の売り上げは前年度比2.9%減とマイナス成長だったが、ファウンドリビジネスは何と同20%増のプラス成長している。この成長市場を日本はみすみす逃しているのだ。

 

半導体の製造を請け負うといっても、製造プロセス技術者や営業担当者だけでできるものではない。ファウンドリ事業では、設計の知識やツール、IPコア(半導体回路上の一部の価値ある回路)も揃えていなければならない。営業担当者は半導体設計の知識が欠かせない。ファブレス顧客の要求レベルを理解しなければならないからである。

 

半導体LSIの設計は、一言でいえば、RTLregister transfer level)と呼ばれる論理設計を行い、そのプログラミングの検証やタイミングの検証を行った後、論理合成、ネットリストという回路段階での論理の接続情報を決める。その検証も済ませたら、回路のレイアウトと配置配線を行い、LSIの回路パターンを作成する。そのLSIがタイミング通りに動くかどうかの検証を行い、仕様を満たさなければ時には最初のRTLまで変えなければならないことになる。最終的にOKになって初めてGDS-IIというフォーマットにすると回路パターンのマスクに変換することができる。

 

ファブレスの顧客からいただく設計情報は、どの段階でも受けられるようにしておく必要がある。半導体設計独特の言語であるHDLでプログラミングまでできる顧客、GDS-IIのマスクデータをくれる顧客、あるいはネットリストまでもらう顧客など、どのような顧客にも対応しなければビジネスチャンスを失う。だから設計の専門家や設計ツールが営業に必要なのである。

 

幸い、日本の半導体メーカーはIDM(統合型半導体デバイスメーカー)と呼ばれ、設計から製造まで手掛けてきた。半導体設計という特殊な言語でのプログラミングや論理合成など独特の世界でのスキルは高いが、どのような半導体を設計すべきか、という企画力が米国企業に比べると弱い。

 

ところが、多くの半導体メーカーはファブライトと称して製造を縮小している。多くの半導体メーカーがファブライトにシフトするのは製造に投資資金がかかることを嫌っているためだ。日本は得意な製造を縮小し、半導体設計という特殊な「デザインハウス」のスキルはあるものの、世界のファブレスと競合できる企画力はない。世界のファブレスはシステムのアルゴリズム開発や、ソフトウエアの開発にお金も人間も強化している。ファブレスやファブライトでは世界と戦って勝てないのである。しかもデザインハウスの能力だけならインドの設計能力、スキルの方がコスト・パフォーマンスで上である。

 

では日本が勝てる道は何か。それがファウンドリビジネスである。優秀なプロセスエンジニアがおり、優秀なデザインスキルを持ったエンジニアがいる。例えばルネサスエレクトロニクスには、最先端の工場が二つある。茨城県の那珂工場と、山形県の鶴岡工場だ。しかし、IDMとしてビジネスを行い、月産100万個以上の注文ではないと受けない、というような体質だからラインは埋まらない。製造だけを請け負ってラインを埋めればよいのである。このうちの鶴岡工場を外国企業に売却しようとしているが、虎の子の工場を売ってしまったら、ルネサスは何で稼げるのか?その道筋は描けていない。

 

他社から注文を採ってラインを埋めようとなぜ考えないのだろうか。世界では、同じIDMのインテルとサムスンが、巨大工場を作ったもののラインが今後埋まらなくなることに対して、ファウンドリビジネスを始めている。工場資産を生かしラインを埋め、利益を出そうとしている。ルネサスも今からでも遅くはない。ファウンドリビジネスも事業の柱の一つとしてやっていけば、世界と再び競合できる。ルネサスにはデザインスキルを持ったエンジニアが大勢いる。

 

要は最先端ラインに巨額の投資をしたくないと逃げているためにいつまでも成長戦略が描けなかった。投資先の資金調達に頭を下げて回り、投資資金を確保すればよい。このためには世界中から資金を調達するくらいのバイタリティが経営者には欲しい。可能性は、アラブ系オイルマネーもあるし、ファンドも利用する。顧客からも調達する。専用ラインを作って資金を前金としていただく。ありとあらゆる資金調達に努力を惜しまずにやっていけばよいのである。幸い、日立、NEC、三菱の出資比率が低下したことから親会社も口出しにくくなっただろう。さらに資金を強化し強い財政基盤を作れば、独自の経営ができる。

 

顧客開拓の設計エンジニアは、世界中のIPコアに目を光らせ、ルネサスにとって有効なIP企業からライセンスを買取ったり、ベンチャー企業そのものを買収したり、ルネサスの成長に貢献できる。これまでのマイナス志向からプラス志向へと積極的に打って出れば世界攻略さえできる。

 

成功した暁には、産業革新機構から株を買い戻し、一般市場に放出すれば、資金調達はさらに容易になる。

2013/05/21

   

インテルは携帯端末時代をどう生きて行くのだろうか

(2013年5月19日 22:11)

パソコン産業に陰りが見えてきた。タブレットやスマートフォンに市場が奪われるというレポートさえ出てきている。旧アイサプライ(現IHSグローバルジャパン)の調査では、タブレットがPCを食うと予想している。パソコンを中心にマイクロプロセッサを開発してきたインテルは今後どうなるか。

 

パソコン用プロセッサに特化

インテルは1980年代中ごろに、マイクロプロセッサ事業に注力すると決めて以来、常に成長路線を歩んできた。マイクロプロセッサの性能向上に力を注ぎ、32ビットの386486、そしてPentiumにたどりつき、不動の地位を築いてきた。1995年はマイクロソフトのWindows 95が発表された年であり、パソコンはMS-DOSからWindowsへとGUIを使った本格的なパソコンへと変わってきた。それまでGUIはアップルのマッキントッシュパソコンの牙城であった。Windows時代になりマイクロソフトとインテルのチップを合わせて、ウインテルと呼ばれる時代もあった。

 

インテルがたどってきた道はパソコンの性能を上げることであった。プロセッサの性能が上がるとWindowsの機能も増やし、さらにプロセッサの性能を上げるといったサイクルを繰り返してきた。x86互換機メーカーとしてAMDも健闘していたのの、入出力にPCIバスを提唱し、インテルはその地位を不動のものにした。インテルが長い間採ってきた戦略は性能向上だった。

 

2005年前後から、クロック周波数をGHzまで上げたが、性能一辺倒ではチップの発熱を許容できなくなり、消費電力を下げる設計も導入せざるを得なくなった。マルチコアは性能を維持しながら消費電力を下げる技術となった。CMOS回路ではクロック周波数に対して性能はほぼリニアに上がるが、消費電力は2乗で増加する。このため、クロック周波数をむしろ下げ、マルチコアで動かすことで、性能を維持しながら消費電力を下げる、あるいは性能を上げながら消費電力を維持する、といったことが可能になった。

 

低消費電力に特化したARM

一方、英国のベンチャーAdvanced RISC Machines社(現在のARM社)はファブレスのCPUメーカーになりたかったが、資金不足から32ビットプロセッサ回路をIPコアとしてライセンス販売するというビジネスモデルを考案した。1990年代の前半は鳴かず飛ばずであった。彼らの戦略は、性能はそこそこでも消費電力を徹底的に下げることであった。ハード的にもソフト的にも消費電力を下げるための工夫を凝らした。最初から、インテルとは全く違うアプローチであった。

 

ARMが多く使われた携帯電話は、単なる通話から、カメラやショートメッセージ機能、アドレスメモリ機能などを搭載するようになり、プロセッサで制御することが王道となった。これによりARMのプロセッサコアが搭載されていく。第3世代の携帯電話となると、ARMコアの搭載はますます進んでいく。ARMは低消費電力を維持させながら性能を上げて行く方向に進んできた。通話主体のフィーチャーフォンからコンピューティング主体のスマートフォンへと変わるにつれ、ARMコアは単なる制御機能だけではなく、演算機能も織り込むようになってきた。これにより性能は高くなり、マルチコアも増えてきた。ARMコア搭載の半導体チップは150億個にも及ぶという。

 

組み込み系に注力

インテルはパソコン時代の先を読み、組み込み向けのAtomプロセッサを2008年に発表したが、消費電力がARMプロセッサよりも高く、携帯機器市場に採用されるまでには至らなかった。その後、設計変更をし、インテルはマルチコアのAtomプロセサベースのSoCとして、今年、Silvermontと名付けられた携帯機器市場向けのAtomベースのアプリケーションプロセッサを発表している(参考資料1)。これはスマホやタブレット狙いのインテル初のアプリケーションプロセッサ(同社はSoCSystem on Chipと呼ぶ)となる。

 

ここ数年インテルの動きを見ていると、2009年のDACDesign Automation Conference)では、ワイヤレス給電をデモしたり、2011年にはインフィニオンテクノロジーズの通信部門を買取ったり、脱PCに向けた動きが活発だ。もちろん、製品発表では相変わらずパソコン向けのCore 3Core 7といった高性能プロセッサを発表している。2012年のInternational CESではスマホ用のリファレンスデザインを発表しており、インテルがスマホを作れる実力を見せた。レノボとモトローラのスマホにインテルのチップが採用された。

 

ところが、インテルの売り上げに陰りが見えてきた。2011年はインフィニオンの買収により、24%増の4969700万ドルを計上したが、2012年は1%減の4911400万ドルとなった。2000年代の後半からインテルは、2位サムスンに対して追いつかれつつあったが、2011年には引き離した。しかし、再びサムスンにその差を詰められた。

 

インテルの強みは何と言ってもパソコン用途だったが、そのパソコンがタブレットやタブレットミニなどに食われつつある。米市場調査会社のIDCによると、PC2年連続マイナス成長、2017年でも世界全体でわずかしか伸びない。2012年の35000万台が、13年には34500万台に減少するが、17年には38000万台と増えると見込んでいる。しかし、17年の数字は願望も含んでおり、パソコンの下降トレンドとして、急速に落ちて行く可能性もありうる。

表 パソコンの将来予測 出典:IDC

PC Shipments by Region and Form Factor, 2012-2017 (Shipments in millions) 

Form Factor

2012

2013*

2017*

Worldwide

Desktop PC

148.4

142.1

141

Worldwide

Portable PC

202

203.8

241

Worldwide

Total PC

350.4

345.8

382

 

スマホとタブレットの境界薄れる

携帯端末では、スマホとタブレットの違いは徐々に薄れつつある。今年のInternational CESでは、ファブレット(Phablet)というジャンルまで現れた。これは5~7インチのスマホ(あるいはタブレット)を指す。4インチ前後のスマホ、ファブレット、8~9インチのタブレットミニ、10インチ前後のタブレット、とこれらのデバイスはシームレスにつながった。

スマホのこれまでタブレットではアップルのプロセッサが強く、スマホではクアルコムのプロセッサがトップだった。さらに、アップル、サムスン、メディアテック、ブロードコムなどが上位を占める。タブレットではアップル、サムスン、nVidiaなどが有力であり、インテルはいずれにも影はない。

これらの市場にインテルがAtomコアを集積したアプリケーションプロセッサ(同社はモバイルプロセッサと呼ぶ)を今年のクリスマス商戦に合わせたタイミングで市場に出してくる。果たして、インテルは市場に食い込めるだろうか。

 

インテルはいける、という見方はできる。インテルは設計だけではなくプロセス技術も持っており、「22nm時代ではTSMCやグローバルファウンドリーズなどのファウンドリメーカーよりも進んでいる」(アルテラ社副社長のVince Hu氏)という声もある。22nmプロセスノードではインテルはトライゲートMOSトランジスタ技術をすでに28nm時代から確立してきた。この技術は、電流が表面だけではなく両側面の3面にも流れるという構造を持ち、電流容量を稼げることに加え、側面とでのリーク電流(正確にはサブスレショルド電流)が少ないという特長を持つため、22nmプロセスでは欠かせなくなると見られている。この技術を使うことで、高性能・低消費電力という特性が他社のプロセッサよりも優れていると考えられる。

 

しかし、インテルは携帯端末市場では負ける、という見方もできる。というのは、同社はかつてアプリケーションプロセッサを開発しておきながら、その部門を1995年にスピンオフさせてしまったからだ。これがマーベル(Marvell Technology)というファブレス企業である。インテルが携帯端末用のプロセッサをモバイルプロセッサと呼ぶのは、アプリケーションプロセッサ部門をスピンオフして外へ出してしまったからだ。マーベルのアプリケーションプロセッサはARMCPUコアを使った低消費電力のチップである。

 

インテルがアプリケーションプロセッサ部門を、もし今でも持っていたら、携帯端末への進出はもっとスムーズにでき、しかもすでに地歩を築いていたに違いない。Atomプロセッサの開発に取り組む必要もなかったのである。リソースを無駄に使ったといえる。

 

インテルが今後、携帯端末市場でどのような実績を残すだろうか。おそらく性能・消費電力とのバランスや、採用する携帯端末メーカーの設計や技術、その端末を消費者が受け入れるかどうか、などの要素が決める。インテルのプロセッサだけでは予測はできない。

2013/05/19

 

参考資料

1.    Silvermont is Latest Intel Atom Processor for Mobile Market SourceTech411