日本の一人負けを分析する

(2013年4月 9日 21:02)

先週、米半導体工業会が20132月における世界の半導体売上高を発表した。それによると、前年比1.4%増の2325000万ドルだった。米国が1.6%増の448000万ドル、アジア太平洋が6.7%増の1324000万ドル、欧州は1.5%減の268000万ドルであったのに対して、日本は何と15.7%減の285000万ドルで一人負けだった。

 

スマートフォンが今は成長分野であるから、韓国や台湾などのアジア太平洋や米国はスマホ向けの半導体や部品、製造サービスで稼いでいるのに対して、日本はスマホ向けが全く弱い。せいぜいコンデンサや抵抗、コイルなどの受動部品がマシなだけだ。日本のスマホメーカーが世界では全く売れないからである。なぜ日本のスマホは世界から遠く離されてしまったのだろうか。

 

かつての携帯電話は、iモードで見られたように世界でもトップを行っていた。しかし、誰も付いていけないほど自分勝手な仕様であり、相手と一緒に決めることもしなかった。その根底にあるのは、技術最優先の考え方だからではないだろうか。

Preview 040.JPG

 

例えば、国内の携帯電話メーカーが昨年まで売り物にしていた防水機能。今年のMobile World CongressではOリングのしっかりした構造を作り、アクセサリのケースをかぶせるだけでiPhoneGallaxyに防水機能を付けられるというケースがあちこちから出てきた。水深2mでもOK1mの高さから床に落としてもOKという。防水機能を携帯電話機自体に付けなくてもよいのである。

 

2007年にiPhoneがアメリカで発表され、日本に上陸する前に触らせてもらった。2本指で拡大縮小のジェスチャーを認識したり、指でページをめくる動作を読んでくれたりしたことにとても感激した。触って楽しい電話だ、と思った。ところがある技術雑誌は、新しい技術が何もない、これまでの技術の寄せ集めにすぎない、と切り捨てた。日本のエンジニアに取材した結果なのだろう。

 

しかし、私はこの電話の楽しさと任天堂のWiiの楽しさは共通するものがあると思った。共にヒット商品だった。共に楽しさを表現した。タッチパネルの操作も従来の1本指ではなく2本指で、しかもその動きまでも認識できていた。従来のタッチセンサではXYマトリクスの交点を認識するだけだったから単なる受動的なボタンにすぎなかった。iPhoneのタッチパネルはこれまでのタッチパネルとは全く違っていた。XYそれぞれを時間軸に沿ってスキャンするというタッチコントローラを導入して初めてできる技術であった。Wiiもバーを振ることで、その動作を表現した。

 

しかし、日本のエンジニアはこの「楽しさ」を理解できなかった。ここに問題の本質がある。ネットスケープの元となるモザイクというブラウザを発明したイリノイ大学の学生だったマーク・アンドリーセン氏は、楽しいブラウザを開発しようと考えていた。ノートパソコンの原型を50年前に考案したアラン・ケイは、楽しさを表現できるマウス、プルダウンメニューを発明した。

 

技術を極めることはユーザが求めることなのかどうか、エンジニアは考えているだろうか。自分が使って楽しいものなら、他人が使っても楽しいはずだが。実はここにヒントがある。マーク・アンドリーセンにせよ、アラン・ケイにせよ、楽しさを追求すると、新しい技術開発につながることを見出した。

 

スマホには楽しさを表す技術としてMEMSMicro Electro Mechanical System)加速度センサがある。画面を傾けると絵が90度傾くという楽しさだ。重力加速度を検出しているのである。傾いた時にXYの加速度の強さが変わることを利用している。さらにジャイロスコープは写真を撮る時の手ぶれ防止に使われている。また、Wiiのようにバーを回転させると画面も回転するのも同じジャイロのおかげだ。

 

ただし、こういったMEMSセンサは単なるセンサだけでは意味を持たない。MEMSセンサからの電気信号がどのような動作や命令につながるのかを判断・分離できるように信号波形が意味のあるアルゴリズムと対応させることも実用化には必要である。日本のエンジニアはとかくMEMSセンサの感度を上げたり、検出範囲を広げたり、モノを極めることにしか頭が行かず、信号を何にどう表現するかというところまで至らないことが多い。

 

しかも、極めたハードウエアが広く使ってもらえるようにするための、標準化やインターオペラビリティ(相互運用性)には関心を示さない。さまざまな国、さまざまな人に使ってもらえるようにするためには、部品やモジュール同士をつなぐ入出力インターフェースを標準化しなければならない。しかもA社の製品もB社の製品もC社の製品もみんなつなげることを確認するというインターオペラビリティを確保しなければならない。A社の製品同士しかつながらなければ製品は広がらない。NTTドコモの3Gの最初の失敗はまさにインターオペラビリティの欠如だった。世界中の製品が3Gで使えるようにするという視点が全くなかった。

 

スマホはこれから先ももっともっと伸びて行く。だからスマホに使うべき半導体を考えたり、スマホという、常にオンして常にネットにつながっているコンピューティングデバイスにどのような機能を載せると楽しいのか、ということを考えよう。スマホとテレビをどうつなげると楽しくなるか、スマホとクルマをつなげるとドライブがもっと楽しく安全になるか、こういったアプリケーションをブレーンストーミングしよう。そうすれば、日本からも楽しい「売れる」スマホが出てくる。

 

使うシーンを想定せずにひたすら技術を追求することに何の意味もないのである。

2013/04/09

 

   

メディアの役割は言うまでもなく社会と社会、人と人をつなぐこと

(2013年4月 3日 23:08)

メディアの一員として、私のミッションはIT/エレクトロニクス産業を活性にすることである。ウェブでの情報発信だけではなく、セミナーなどにおいても産業界の中で知らない人たちをつなぐという役割も持つ。メディア=媒体とは、社会と社会、人と人、業界と業界などをつなぐためのツールである。

 

今、フリーランスの技術ジャーナリストとして情報発信という執筆だけではなく、セミナーを開催したり、プログラムを作るという仕事もしている。セミナーのプログラムの中に1本のストーリーが流れており、そのストーリーを個々の講演にブレークダウンして形作るという作業は、取材を元に特集など、ストーリーを組み立てて行く作業とよく似ている。

 

セミナーを開催する上で、最も失望するのは質問が全く出ない時である。貴重な時間を使って聞いているのになぜ質問をしないのだろうかといつも疑問に感じている。米国ならセミナーやプレゼンでは質問が多い。どうやら日本人の特質のようだ。セミナーのモデレータをする場合は、質問が出ない場合にはこちらから講師に質問するが、できるだけ会場からの質問を誘発するようなことを講師に質問することを心がけている。

 

また、参加者同士で名刺交換をしてくださいと叫ぶが、なかなかそうしてもらえない。もちろん自分でも名刺交換するが、誘発するまでには至らないことが多い。

 

数ヵ月前、セミコンポータルというメディアで、セミナーではなくワークショップ形式でディスカッションの場を開いた。できるだけ多くの方が発言できるようにテーマを広げると会場からの発言が始まり、20代、30代の若手にも発言を求めると、全ての年代の方が発言するという広がりを見せた。しかも会場の席を工夫すると、名刺交換が自然発生的に始まった。参加者同士の交流が始まったのである。

 

このワークショップはいろいろな方が自由に発言して議論を深めて行くことが目的だ。そして最終的には自分の所属する企業が発展するためのアイデアを生んでほしいと願う。成長するためには、まずアイデアから始まり、そのアイデアをみんなが共有できるように設計し、設計図に基づいてハードウエアあるいはソフトウエアを作っていく。出発点となるアイデアがなければ何も始まらない。

 

そのアイデアを提供するのが、セミナーでありワークショップである。ワークショップの基本はインフォーマルであり、内容は広く公開しない。しかし、参加者同士で新しいパートナーシップを構築したり、そのきっかけになったり、これからの仕事上でのエコシステム(生態系)を構築するための第一歩となったりすればよい。

 

SPIforum.jpg

時期は迫っているが45日の18時からまたワークショップを開催する。テーマは、「半導体産業のゆくえ2Mobile World Congressレポート」である。MWCの取材から、今世界のIT・エレクトロニクス企業が成長していくために何をやっているのか、どういう考えでテーマを定め研究開発しているのか、MWCを取材してみてよくわかった。それを皆さんにお伝えして、ではどうやって自分の会社でそれを生かすか、を考えてほしいのである。日本の企業みんなが、それぞれで考え、それぞれの方向づけをすれば力になっていく。その申込は以下のURLから;

https://www.semiconportal.com/spiforum/1304/

 

日本には大田区や東大阪地区のような素晴らしいサポーティング産業が存在する。大学や研究所の人が、特殊な試験管や部品を作ってほしいと依頼すればたちどころに作ってくれる。こんなものづくり環境の整った国は世界中を探してもまずない。日本にやってくる外資系企業に聞くと日本のサプライチェーンや市場に期待することが極めて多い。

 

なのにもかかわらず、例えば休日のテレビの「報道番組」はやたらと暗い。必要以上に暗い。自虐的といえるほど暗い。本来の日本市場の持つポテンシャルよりもはるかに暗い。実際の業績以上に悲観的に見過ぎていないだろうか。もっと外国に目を向け、もっと客観的に日本を見てみる訓練をすべきだ。

 

幸いアベノミクスというフィロソフィが出てきて、明るさが見え始めた。しかし、まだ餅の絵を書いただけである。結果を出して、本物の餅にするためには実行あるのみ。そのためには、暗く見るのではなく、問題を突破するためのソリューションを、アイデアをどんどん出そう。そして片っ端から実行していこう。ダメで元々という考え方が大事だ。成功するまで続けて行けばよい。5日のワークショップでは、MWCから見えてきた、アイデアを出すための考え方を紹介する。

2013/04/03

   

経営再建企業の買収が台湾では成功し日本では失敗するのはなぜか

(2013年4月 1日 23:21)

先週、日本経済新聞に小さな記事で、台湾のDRAMメーカーProMOS社の300mmウェーハ工場にある製造装置をGlobalFoundriesが買うことで交渉が成立した、というニュースが載っていた。台湾では米国の半導体製造請負メーカーのGlobalFoudriesが経営再建中の企業のアセットを買ってもらうことに成功したのである。

IMGP0111 (1280x960).jpg
セミコン台湾の会場

 

この記事を読んで、国内メディアのあり方として最近、疑問に思う。エレクトロニクス業界では、例えば日立製作所の非メモリ半導体部門と三菱電機の非メモリ・非パワー半導体部門が一緒になって2004年に誕生したルネサステクノロジは、さらにNECエレクトロニクスをも合体させてルネサステクノロジとなったように、合併や買収が増えてきた。経営再建中のエルピーダメモリは米マイクロンテクノロジーが買収した。

 

国内企業同士のM&Aなら新聞に特ダネとして扱われ、書いた記者は「してやったり」という思いを持つ。これはたいていの場合、企業トップの自宅前に隠れ、帰宅時を狙いA社を買いですね、と確認をとる。あるいは、経営陣やそのM&Aを見ている霞が関を取材して裏をとって書くこともある。場合によっては、経営陣や霞が関がリークして新聞に既成事実を作らせるというやり方もある。

 

国内企業同士の場合ならこれでもよい。しかし、外国企業とのM&Aの場合はこのようなこっそりリークや取材に応えることは極めてまずい。外国企業を無視して一方的に交渉情報を流すことになるからだ。こっそり交渉を進めている場合に交渉内容が表に出れば、外国企業は寝耳に水となり、激怒し交渉打ち切り、M&A不成立になる。外国企業は日本の企業に対して不信感を持ち、信頼を崩すことに憤慨する。もし内緒で進めている交渉内容をもし霞が関が漏らしたら、それこそ国そのものが信頼されなくなる。

 

しかも、日本の企業が買ってほしい場合にはなおさらだ。外国企業が日本に来て工場を買ったり、あるいは日本に工場を建設するといった情報は、絶対に事前に漏らしてはならない。外国企業が日本で半導体事業を始めることは、日本の雇用を増やし、日本の半導体工場などでクサっている製造エンジニアのやる気を取り戻すためにも極めて重要だからである。だからこそ、内密に外国企業が進めている事実を知ったら、交渉がうまく行くまでひっそりと見守ることにしている。まるで、「誘拐報道」と同じように交渉の成立を願う。

 

ところが、一般紙はそのようなことは無視して書きまくる。その結果、買収計画は撤回され、成立しなくなる。エルピーダの坂本氏が内密に進めていた外国企業との交渉が公になったばかりに失敗に終わり、会社更生法適用に追い込まれた。新聞記者は何も知らないかもしれないが、結果的に会社をつぶし従業員を路頭に迷わせる片棒を担ぐことになるのである。ジャーナリストたるもの、これでいいものか。

 

知っていても書けないことがたくさんあるのは業界メディアの常である。書くことで産業界を弱くするのでは書かない方がよい。しかしより強くしたり業界をより発展させたりするのであれば、大いに書くべきだろう。

 

だからといって、業界メディアは産業界にべったりすればよい訳ではない。時には事実を書いて警鐘を鳴らさなければならないこともある。昔から日本の半導体メーカーがやっていたことであるが、製造装置メーカーへの代金支払いを数カ月~半年も遅らせていた。ひどい時は検収と称して1年遅らせることもあった。このことは業界では公然の秘密であった。しかし、業界メディアはこの事実を知っていてもどこも書かなかった。2004年にSemiconductor International日本版を創刊した後、複数の製造装置メーカーから国内半導体メーカーの支払い遅延問題を取材し、記事を書いた。これは無視できない事実だったからだ。

 

これまで書かなかったメディアは、装置産業に見方をし、半導体メーカーに反することになることを嫌ったからだろう。ところがこういった日本独特の商習慣は国際競争力を弱めると私は思った。装置メーカーは金払いの良い外国企業を第一に売り込むようになるからだ。書いた記事に対して半導体メーカーからクレームは全く来なかった。事実だからである。しかし、記事が公になった後でさえ、半導体メーカーの支払い遅延は続いた。

 

私は、このままでは日本企業が入手できる装置は後回しにされるという危機感を持ったから書いた。現実にその通りになった。国内半導体メーカーの競争力は見事に落ちて行った。いま半導体産業は、世界では成長し続けているのに、日本だけが成長していないのである。

 2013/04/01

   

ソニーの大いなる矛盾~解雇した人は天下り、解雇された人は路頭に迷う

(2013年3月28日 00:51)

サンケイニュースによると、美濃加茂市にあるソニーの子会社工場が今月末で閉鎖することに伴い、1000人以上の従業員や本従業員が失業状態になる恐れがあると岐阜県が発表した。工場で働く従業員は200~300名、製造請負企業7社の従業員350名、休職中の元従業員500名。合計10501150名が職を失う恐れがある。

 

昨日はソニーのニュースリリースとして、中鉢良治副会長が取締役を継続しながら、4/1から産総研理事長に就任の予定と伝えられた。ソニー子会社工場の閉鎖を決めた本人は天下りというか、産業技術総合研究所の理事長に就任すると同時に取締役も続投する。

 

ソニー経営陣はこのような人事を決めたことに従業員はどう思うか考えたことがあるだろうか。ソニーをダメにしたストリンガー会長が8億円という報酬をもらい、中鉢副会長でさえ1~2 億円はもらっていただろう。これが会社としての体裁を保っているといえるだろうか。経営陣に甘く、従業員に厳しい会社ではいったい誰がまともに働けるだろうか。

 

米国を取材していると、今や日本よりも温情な企業が多い。最もハイテクで活気のある地域としてシリコンバレーがある。ここでは「出世のリスク」がある。出世するほど首になるリスクが増えてくる、という意味だ。日本の企業やソニーの逆を行く。

 

出世するほど首になるリスクが増えることは米国では事実だ。経営に係わるほど報酬あるいは給料は増えるが、会社の業績が落ちてくると会社は給料の高い人間を先に切っていくのである。人件費削減効果が高いからだ。給料の低いものをクビにしてもさほど影響は出ないが、給料の高い方が効果は高い。だから出世のリスクを取りたくない人間は出世しないという選択ができる。

 

効果が高いことを会社に進言するのは株主であり、取締役である。企業の業績が回復すれば配当が戻り株主に還元される。米国では企業経営の基本は株主のために経営者が働くことだ。その株主は一般の消費者であることが圧倒的に多い。日本では一部の投資家、銀行、企業の持ち合いなど、一般投資家のための企業になっていない。株主から見て企業の支出を減らす効果的な方法こそ、高い給料の人間をクビにすることである。

 

ソニーのニュースを聞くと、給料の低いもののクビを切り、高いものを生かしておく。これでは支出が全く減らない。

 

かつての日本企業はクビを切るとその企業のイメージが悪くなり、働き手が減ることを嫌って簡単にクビを切らなかった。しかし、今は従業員のクビを切り、給料の多い経営陣を温存しておく。これでは支出は減らない。ソニーは業績が悪くなってもストリンガーCEOの報酬は減らさなかった。経営者が経営責任を取っていないのである。常識的には経営者がある年度に赤字を出せばクビか、報酬減額であろう。

 

ところが、ソニーに設置されている報酬委員会が実質的に機能していなかったために、赤字を出しても8億円をもらえるという大甘えの社長(CEO)が生きていけた。しかし、まともに働く従業員はやる気を失い、企業の活気は失せて行く。これでは企業はますますダメになる。ソニーは社外取締役制度を導入したが、残念ながらこれも機能していなかった。経営者が自分に甘く、社員に厳しい会社にしてしまったのである。これで社員のモチベーションは下がり、活気はなくなり、ソニーらしさは消えてしまった。

 

ではソニーはどうすべきか。まず、経営者が清廉潔白であり、社員のやる気を取り戻すような「武士は食わねど高楊枝」の精神を持つことであり、それがあって初めて経営者について行く社員が現れる。例えば部下に飯をおごる、という場合でも会社の金でおごるような上司や経営者では、部下は心の底からついては行かない。自腹でおごるのであればついて行く気にもなる。要は上に立つ者の本気度を社員・部下は見ているのである。

 

今回も副会長がぬくぬくと職を得ているような人事を見ていると、ソニー社員のやる気を依然、奪っていると言わざるを得ない。ある元ソニーの社員によると、この副会長は技術者のやる気を削いだ人だという。こんな人事を続けているとソニーはますます活気が失われていく。

 

今からでも遅くない。ぜひ清廉潔白な、世のため社員のために仕事をする姿を社員に見せつけてほしい。業績を回復させるまでは、報酬や給料を大きく下げるべきだという気持ちの経営者になってほしい。その代わり、業績が回復し大きな利益を出すことができれば、たっぷり報酬を受け取ればよいのである。これなしでソニーの回復はあり得ない。

(2013/03/28)

   

ルネサスよ、フラフラするな!

(2013年3月15日 23:23)

最近、ルネサスが何の分野で成長しようとしているのか、ますますわからなくなってきた。ルネサスとフィンランドのノキアのLTE部門が一緒になってLTEモデムを開発するルネサスモバイルを売却の対象とすることを発表した。ルネサスはこれからどうやって成長するのだろうか。

 

ルネサスはこれまで専用のカスタムLSIをシステムLSIあるいはSoCと称してきた。本来なら、システム仕様に基づいてソフトウエアとハードウエアと全体を眺めながら、システムから半導体を切り出したチップをシステムLSIと定義する。システムLSIあるいはシステムオンチップ(SoC)は専用LSIではない。システムLSIにプログラマビリティを持たせて将来のスケーラブルな仕様にも対応させるべき設計仕様が本来、システムLSIである。

 

世界で成長し続けているクアルコムやブロードコム、ザイリンクスといった企業はシステムLSIにシフト、注力しているのである。クアルコムやブロードコムはモデムチップや通信用LSIの開発、ザイリンクスはFPGAの開発からシステムLSIへとシフトしている。アナログのマキシムでさえ、システムLSIを指向する。むしろシステムLSIは将来性を約束された半導体回路である。

 

ところが、残念ながら経営者はシステムLSIを理解してこなかったために、将来性のあるシステムLSIを手放すという訳のわからない行為に出ることになった。ルネサスが持っているチップは、専用LSIである。専用LSIならさっさと生産を中止し、本来のシステムLSIへシフトすべきだった。技術経営(MoT)という言葉がある。経営者は自社の中核技術を理解し、そのためのビジネス戦略を抑え、会社を動かしているリーダーのはずだ。ルネサスのようなテクノロジー企業の経営者はMoTを抑えておくことは不可欠である。ところが、技術企業なのに技術を理解していないために会社はとんでもない方向に向かうことになる。

 

間違いを指摘しよう。まず、専用LSIをシステムLSIだと称したことが挙げられる。このため本来成長性の高いシステムLSIを放棄せざるを得なくなった。第2は、落ち目になり始めていたノキアから20101130日にLTE部門を買収したこと、第3は、百歩譲ってノキア買収が正しかったとしても2011729日にワイヤレス技術に欠かせないRFパワーアンプ事業を村田製作所に売却したこと、である。LTEモデム技術を手に入れるのにもかかわらずなぜトランシーバを手放すのか、高周波技術を知っているものなら誰でも呆れてしまう判断だ。そして第4に今回のルネサスモバイルの売却だ。これら全て経営判断ミスである。

 

1点のシステムLSIを理解していれば、システムLSIに拡張性を持たせ、将来の世代に向かって新製品を続々出していける体制を構築できる。実際、半導体を始めたばかりのベンチャーながら、毎年1品種、システムLSIを出荷し続けている企業がある。プラットフォームとしてのLSIを基本設計し、ソフトウエアやわずかのハードを拡張するだけで新機能を実現している米アンバレラ社だ。

 

2のミスとして、ノキアの落日は、スマートフォンへの対応ミスから始まっている。ノキアの携帯電話に納入していたTIDSPチップが売れなくなりノキアと共に業績が悪くなった。LTE技術が欲しいのならスウェーデンのエリクソンやフランスのアルカテルのような通信メーカー、あるいはソフトウエア無線(SDR)を駆使してさまざまなLTEを開発しているIPベンダーの英コグノボ社などとコラボレーションすればよかった。

Competance.jpg

 

3のミスとして、ワイヤレステクノロジに投資したのなら、送信機アンプを手放すことはもってのほか。自殺行為に等しい。ワイヤレス技術はRFフロントエンドのLNA(ローノイズアンプ)、ミキサ、ベースバンドモデム(OFDMなどのデジタル変調技術)、RFパワーアンプなどから構成されている。ワイヤレス技術はLTEではなくともセンサネットワークやスマートグリッド、ヘルスケアビジネスなど将来性の高い分野には欠かせない技術である(図1)。モデム技術を買ってRFパワーアンプを売却して、ワイヤレス技術でどうして強くなれようか。

 

そして今回のルネサスモバイルの売却である。1年ほど前に取材した時は、デザインインの海外比率が6~7割と高く、フィンランド、米国、インド、日本をまたにかけて設計作業を進めている同社の社内公用語は英語というグローバル化企業だと川崎郁也社長は話していた。ところがここ2~3日の新聞記事は国内の注文しかとれていない、赤字続きだと酷評していた。川崎社長が嘘をついていたとは信じがたい。だとすれば新聞が事実を報道しなかったかもしれない。ただ、当時受注していた案件がダメになった可能性はある。とはいえ、グローバル化が出来ていないという新聞報道はやはり正しくない。

 

ルネサスモバイルのようなファブレス企業は先行投資が必要なため、創業して4~5年は赤字が続くはずだ。まだ始まったばかりだから赤字なのは当然といえる。これは経営者として覚悟の上の合弁ではなかったのか。創業始まったばかりなのにわずか2年赤字が続いたから撤退するのなら最初から買うべきではなかった。これも経営者がファブレスビジネスを理解しているとは思えない。半導体のファブレスを指向するなら、5年くらいは赤字が続くことは常識だ。これを理解できない経営者ならルネサスから手を引くべきだろう。ファブレスあるいはファブライトを標榜するからには設計にリソースを割き、IPをきっちり抑えておくことくらいは半導体産業では当たり前だ。システムLSIの設計には3年くらいかかるから、その間は収入がない。ベンチャーだとその間は、デザインハウスとして請負でお金を回していくしかない。

 

ではルネサスは今後、どうすればよいか。半導体デバイスから決めるのではなく、市場をまず定義していくべきだろう。例えば自動車用マイコンが強いのであれば、自動車分野はマイコンだけではなく、アナログやパワートランジスタ、センサ、パワーマネジメントなども揃えておく。それらをシステムとしてソリューション提供ができるようにするためにハードウエアだけではなくソフトウエアも含める必要がある。センサ信号を意味のある信号にするためのアルゴリズムの開発、効率良くモータを制御するための新しいアルゴリズムの開発、などのソフトウエア開発にも投資すべきだろう。ソフトウエアやハードウエアの開発ツールの作製も欠かせない。そしてテレマティックスやM2Mなどのワイヤレス通信技術も武装していく。こうやって自動車エレクトロニクスの全てを支配すれば、本当に強い企業に変身できる。

 

Freescale 046.JPG

フリースケールはレーシングチームまで持ち耐環境性能をテストする

逆に、いま欧州だけではなく米国の半導体メーカーまでもカーエレクトロニクス分野に乗りこんできた。日本のルネサスはうかうかしていられない。このままではマイコンで1番と言っていられるのもここ1~2年だけかもしれない。市場を取られてしまう。だからこそ、自動車エレクトロニクスのルネサスとして攻めて行けば、必ず勝てる。信頼性・品質の要求が最優先される自動車市場こそ、ディシジョンの遅い日本のビジネス文化でも勝てる市場だからである。

2013/03/15

   

MWC番外編~バルセロナ取材ぶらぶら歩き;スリ、電車、新会場

(2013年3月12日 19:48)

223()に成田を出発し、33日にスペイン バルセロナから帰国した。今回は行きのフライトでも帰りのフライトでも「卒業旅行」の若い人たちでいっぱいだった。行きのフライトはアムステルダム経由だったので、まずオランダに行きイタリア・フランスを旅行するというグループに会った。彼らの無邪気な声を聞いていると降りるときに思わず「旅行中、気を付けて」と言わずにいられなかった。

 

ところが我々(もう一人の仲間と一緒)がスリの被害に会いそうになった。バルセロナ空港から電車で地下鉄が交差するサンツ駅に到着すると、客席に座っていた1組の男女が突然立ち上がり入口のドアの方向に向かった。地下鉄は止まってから自分でボタンを押して開けなければならないため、最初に私がボタンを押して降りて仲間を待っていたところ、ドアが閉まった。どうしたのだろう、と思い、駆け寄ると再びドアが開き彼が出てきた。話を聞くと、男女の内の男がドアを閉め、女が彼のポケットに手を入れようとしたという。手を振り払っていると他の乗客もおかしいと思い始めやむなくドアを開けた。もし一人だったら被害に遭っていた恐れがあった。

 

バルセロナにはスリが多いと聞いてはいたが、これほど身近にいたとは。そういえば2年前に来た時に、車いすに乗った年配の男ともう2人の男がグルになり、わずかに坂になっているカタルーニャ広場で車いすをわざと押して手を離し、いかにも地方から出てきたような若者2~3人にぶつけたふるまいを目撃した。若者たちは男たちには係わらずに無視しで歩き去った。こんな時に温情をかけたら大変なことになる。

Preview 018.JPG

カタルーニャ広場からリシュー駅に向かう繁華街 

今回の仕事は、あるクライアントからMWCMobile World Congress)の会場を一緒に回って、製品や技術の説明を聞き不明な点を質問するというものだ。回った企業を取材してもよい。まるで旅行のアテンダントであると同時に記者でもあった。このため記者として事前に登録すると、取材しないか、という案内を山のようにいただく。ただ、面白いことに日本のメーカーからはほとんどお呼びがかからない。その多くが海外のベンチャー企業である。彼らは画期的な技術を持っているはず。でなければベンチャーキャピタルがお金を出さないからだ。こういった無名の企業を取材することが最高に面白い。日本のメディアはほとんどやってこないからだ。

 

MWCが開催されている間は、欧州域内からバルセロナ行きと、バルセロナ発欧州域内のフライトは満員だ。今年もご多分に漏れずアムステルダムからバルセロナ行きのフライトは満員だった。ただし、日本人旅行客はほとんどいない。フライトチケットは繁忙期に入るため高くなる。しかし、あまり高価な卒業旅行の企画は日本の旅行会社としては立てられない。このためバルセロナへはMWC参加者が帰る頃に入るか、参加者が向かう頃に出るかしかない。いずれの場合も、この前後の期間のフライトはいっぱいになる。

 

バルセロナ市内のホテルはこの期間、価格が非常に高くなる。23倍はざらだ。東京でいえば山手線内の便利な所は非常に高い。このため郊外の安いホテルに泊まり50~60分かけてMWC会場まで「通勤」した。通勤には路面電車と地下鉄を乗り継いだ。電車の切符は、10回乗れるという日本の鉄道にはないチケットが9.8ユーロ(約1100円)と安い。1回乗ると切符の裏に乗車記録が印字され、あと何回乗れるかがわかる。路面電車と地下鉄の乗り継ぎの場合は、1時間15分以内に乗り換えると1回分の料金で乗り継ぐことができる。使い勝手は良い。

 

今年は、電鉄会社の労働者のストライキはなく、電車を有効に使うことができた。MWCの会場が今年から変わった。これまではオリンピックの開かれたモンジュイックの丘の下に設けられた会場だった。この会場の広さ(展示スペース)は16万平方メートルだったが、これでも手狭だということで新会場に移った。新会場は、従来会場のあったエスパーニャ駅から三つ目に新たにEuropa Firaという駅を新設したところに設けた。新会場の展示スペースは20万平米となった。ちなみに日本の幕張メッセはホール 1~8 5.4万平米、ホール9~111.8万平米しかなく、合計しても72000平米しかない。世界にはバルセロナに限らず、20万平米クラスの見本市会場はミュンヘンやハノーバなどにもある。上海の見本市はドイツを模した以上の大きさを誇る。

 

MWC開催の前日224日の日曜日は会場でレジストレーションとクライアントのホテルの下見。夕方からはメディア向けの催し物が2件ある。バルセロナで一番の繁華街であるカタルーニャ広場に向かい、広場から10分程度歩いたリシュー駅のそばで開かれた一つ目のShowStoppersに参加した。劇場の一部を会場として30社程度が小さなブースを出し、軽食・飲み物を取りながら取材するという前夜祭イベントである。MWCの出展料が高いため、このイベントしか出ないという企業もあった。ここでディスプレイ付きのモバイルルーターや、アプリを簡単に作れるソフト、新しいワイヤレス充電器、iPhone用防水カバーなど小物新製品や技術が展示された。この後もう1件の前夜祭であるMobileFocusにも参加した。ここでも同様なブースが出ていた。出展社もこの二つのイベントを掛け持ちしている所もあり、遅れてやってきていた。

Preview 037.JPG

MWC前日のレジストレーションにこの行列

そして、25日月曜日からMWCが始まった。

   

なぜMobileか理解し大潮流をつかむことがニッポン復活への一里塚

(2013年3月 1日 09:07)

昨年に引き続き、MWCMobile World Congress)に参加するためスペインのバルセロナにやってきた。MWCでは、世界の通信業界、エレクトロニクス・IT業界そして半導体業界の様子がよくわかる。結論は、あらゆる企業がみんな「Go mobile」である。 

Preview 033.JPG

1 MWCの新しい会場

 

ビジネス業界みんながMobile とはどういうことか。最近でこそ、日本のメディアが新聞、テレビ、インターネットなどで採り上げるようになってきたが、MWCはかつてGSM Congressと呼ばれ、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクといった通信オペレータの集まりであった。GSMは欧州のデジタル携帯通信規格の名称である。いわゆる携帯電話がアナログからデジタル方式へ移行した時の最初のデジタル方式の規格といってよい。日本はNTTドコモが独自方式で世界の潮流とは別に走っていき、独自規格のままでやってきた。iモードで携帯インターネット時代を牽引してきたことは事実である。しかし「ガラパゴス」と揶揄され、世界から孤立してきた

 

世界の技術の潮流は、みんなでコラボレーションすることによって、低コストでモノづくり、サービスをしようと努めてきた。これに対して日本は技術さえ優れていれば、独自方式でも世界がついてくると変におごり高ぶっていた。このことは携帯電話に限らず多くの技術分野で見られる。例えばVTRやビデオカメラ、テレビなどかつて日本がリードした民生エレクトロニクスいわゆる家電で日本の産業が今沈んだことは誰しもよく知っている事実である。

 

VTRやビデオカメラではテープの読み出し書き込みヘッドを斜めに傾け、斜めにテープ情報を読み取ることで、映像と音声を同時に記録することができた。この斜めのテープを支えるメタルの軸を機械加工するというモノづくりを日本が極めており、他の国は参入できなかった。テレビでもブラウン管を効率よく生産する体制を日本が構築した。VTRが盛んになった1970年代後半から1980年代にかけて世界を見渡せば、米国と欧州だけが競争相手であり、アジアはまだ遅れていた。しかしアジア経済、アジアの産業が大きくなるにつれ、競争相手は増えてきた。日本はこのことに気付かなかった。80年代後半から、アジアの時代とも言われ、アジアへ欧米、日本企業は殺到すると同時にアジアを生産拠点にもってきた。

 

技術的には1980年代はアナログからデジタルへの変換がおこなわれてきており、デジタル化の波は90年代~2000年代に高まってきた。日本ではデジタル化への流れに乗ろうとして何でもデジタルにしようとしてきた。例えばデジタル時計。液晶に表示されるデジタル時計は70年代~80年代には一世を風靡した。現在でも多くの時計がデジタル方式で表示だけがアナログの顔をした時計になっている。世間ではこれをアナログ時計と呼んでいるが、中身はデジタルである。

 

なぜデジタルになってきたのか。この動きはシリコン半導体チップの動きとも連携している。シリコンのわずか数mm平方の小さな粒(チップという)の中にトランジスタを数百個から数千個、数万個、数十万個、数百万個、数千万個、へと集積できるようになってきたからだ。デジタル回路は基本的にアナログ回路よりもたくさんのトランジスタを用いて実現する。かつてはチップの上にわずかのトランジスタしか集積できなかったためにアナログを用いざるを得なかった。しかし、ムーアの法則(Moore's Law)と呼ばれるように、半導体産業は、わずかの大きさのチップにトランジスタを毎年2倍の速度で集積してきた。

 

元々半導体トランジスタは、pnp構造(電子の多いn型と、電子の抜け殻(正孔)の多いp型を並べた構造)の真ん中(ベース)を極限まで狭くしていけば増幅作用を持つはずだ、と考えた米ベル電話研究所のバーデン、ブラッテイン、ショックレイの3人組が発明したモノであり、生まれながらにして小さいデバイスである。顕微鏡を見ながらコレクタ(p)、ベース(n)、エミッタ(p)に電圧を与えると、やがて針は多くの電流を流すことができることを彼らは確認し、ノーベル賞受賞へつながった。

 

トランジスタはpnpnpnというバイポーラ型(npの二つの極性からなるため二つという接頭語であるbiと極性という意味のpolarが語源)から、より多くのトランジスタを集積しやすいMOSトランジスタへと変わってきた。MOSトランジスタをシリコンチップに集積するようになり、ムーアの法則が社会現象として成り立つようになってきた。抵抗やコンデンサなどの受動部品を数個使うよりもトランジスタを数万個集積する方が面積は小さいのである。

 

このように、産業界は多くのトランジスタ、デジタル回路を手に入れた。しかし、人間の五感はアナログである。人間そのものもアナログである。いくらデジタルに変更したからといって、人間が機械を扱う限りアナログ回路は決して消えない。米国には、「これからはデジタルエレクトロニクスの時代になる」、とElectronics誌などの専門誌で言われているそのさなかの1984年にアナログ専門の企業を立ち上げた所さえ出ていた。これが今や営業利益率4割を誇るリニアテクノロジー社である。

 

リニア社のことはさて置いといて、日本のエレクトロニクス経営者はデジタル技術の本質を見てこなかった。なぜデジタルなのか、アナログは消えてしまうのか、を理解していなかった。専門家にとって釈迦に説法かもしれないが、デジタル技術の良さは三つに集約される;圧縮できること、誤り訂正できること、そして集積しやすいこと。それ以外はむしろアナログの方が効率は高い場合もある。大学でさえ、90年代にはアナログを教える教師がほとんどいなくなった。今でもアナログ回路を教える研究室はまだ少ない。

 

デジカメやスマホ、パソコン、テレビ、ゲーム機、音楽プレーヤーなど全ての電子機器は図2のような回路ブロックで構成されている。この中で、「組み込みSoCシステム」という回路ブロック(デジタル回路)以外は全てアナログ回路である。ここは今でも特長的な機能を実現できる回路である。リニア社の業績が今でも良いのはこのアナログ回路にフォーカスしているからだ。

signalchain.jpg 2 電子システムの基本ブロック

 

デジタル回路部分は、ROMに焼き付けるソフトウエアと専用のハードウエア回路(周辺回路)だけが今や特長を出せる回路ブロックとなった。CPUOSなどは外から買ってきて標準品を使えばよい。こういった技術構造を理解してさえいれば、経営者はどこに力を入れて企業を発展させればよいかがわかる。日本の経営者がデジタル技術の本質を理解していなかったのは、この点が矛盾していたからだ。DRAMメモリほど多数のチップが求められないシステムLSIにメモリと同じように投資し、ソフトウエアやアナログ回路に投資してこなかった。いわば投資先を間違ってきたのである。すなわち無駄なお金を費やし、必要なおカネを回してこなかったといえる。これで世界の企業と勝てるわけがない。しかも今、アジア企業の力がついてきた。

MWC13Day3 056.JPG

 3 電子インクと液晶の両面スマホ

 

このMWC展示会の出展社たちには、欧州、米国だけではなくアジアや中東からの参加も多い。あるロシアの携帯電話メーカーは、電源を消しても画面内容が消えない電子インクディスプレイと、通常の液晶ディスプレイの両面を持つスマホを開発して、注目を集めた(3)。新しい技術と産業の動きはやはり今年も見られた。ここに日本企業の存在感が乏しいことは極めて危険な兆候である。というのは、携帯(Mobile)分野こそが近未来の成長分野になるからだ。今や、デジカメや音楽プレーヤー、ゲーム機などは全てスマホに食われ、パソコンはタブレットに食われる運命にある。この分野をきっちり抑えなければ企業の未来、ひいては日本の未来は危うくなる。ちなみに世界の企業が考えてきた共通テーマは、「スマホ/タブレットの世界でわれわれは何ができるか」である。だから携帯分野とは無縁と思われた、オラクル、SAPIBMなどの企業が出展しているのである。

2013/03/01

   

23日土曜日にバルセロナのMWCへ向け出発

(2013年2月19日 08:25)

今年も225~28日にスペインのバルセロナで開かれるMobile World Congress MWC)に参加することになった。あるクライアント企業からの技術説明アテンダントとしての参加である。さまざまな出展企業が展示する製品やサービスについてそれらのブースの説明員の話を伺い、それを日本語で紹介するという仕事である。技術ジャーナリストだからわかりやすく説明し、広い分野の知識があると見込まれたのだろう。もちろん、取材も行う。

 

Balcerona.jpg

今回、バルセロナでの会場は新しくなる。従来のエスパーニャ広場駅近くの展示会場はもはや手狭になり過ぎたためだ。MWCはスマホやタブレットなどの携帯機器の展示会ではない。もともとGSM Congressが発展した展示会であるため、通信オペレータ(キャリアともいう)がみんな集まる展示会である。このためオペレータへ納入するネットワーク・通信機器や、機器に使う半導体を展示したり、サービスや変わった材料も登場したりする展示会である。なにせ入場料が展示会だけで7万円もする。基調講演などのセミナーも聴講するなら10万円を超す。

 

あくまでもB2Bの展示会ゆえにここに集まってくるのは、機器メーカー、オペレータ、半導体メーカー、アプリケーションソフトメーカー、材料メーカー、サービスベンダーなどだ。しかし、報道陣がこの展示会から書く記事はいつもスマホやタブレットである。素人でもわかりやすいからだ。

 

今回は、やはりオペレータが通信ネットワークにおけるトラフィックをいかにして緩和するか、あの手この手の技術や手法が登場する。もう一つ大事な動きは、オペレータはドカン屋ではないという存在感を示すことである。今やアップルやグーグルは、オペレータが設置した通信ネットワークの上でサービスを提供し、代金はオペレータを通じて回収するというビジネスモデルを確立したOTTOver the Top)である。無料のアプリのダウンロードなどで通信ネットワークをOTT企業は利用し続けている。オペレータはネットワークを敷設するだけのドカン屋ではないことを示す必要がある。

 

海外のオペレータは、RCSRich Communication Suites)として、通信契約するとオペレータが無料のアプリに相当するソフトウエアを無料で提供する。昨年のMWCでこの動きが見られた。オペレータ自らがOTTに負けないような無料のアプリをサービスし、自ら課金システムを利用する仕組みである。国内でも先日KDDINTTドコモ、ソフトバンクらもこういったアプリを提供することが新聞で伝えられた。

 

この展示会に出展する半導体メーカーには、クアルコムやインテル、NXPnVidia、サムスンなど、世界の勝ち組が集まる。日本の半導体メーカーとしては、ルネサスエレクトロニクスとノキアとの合弁会社であるルネサスモバイルと、富士通セミコンダクターが出展する。

 

ルネサスモバイルは、LTEモデムチップのデザインインとして海外からの受注の方が国内からよりも圧倒的に多く、70~80%にも達する文字通りグローバル企業だ。川崎郁也社長によると、フィンランド、インド、日本、英国、米国とグローバルな拠点で仕事をしており、社内の公用語は英語だという。フィンランドやインド、日本、と英語を母国語としない国の社員が圧倒的に多い企業であり、だからこそ世界の標準語である英語でコミュニケーションをとっている。

 

MWC2013にジャーナリストとして登録して以来、世界中の企業から取材要求を受けている。その数の多さに圧倒され、どこまで対応できるかいささか自信がない。しかし、オペレータ、アプリケーションソフト、半導体、通信機器、ネットワークシステムなどさまざまな業界を一通りは取材する予定だ。昨年は直前まで市内の交通機関がストライキに入り、交通手段が使えるのか開幕されるまで不安であったが、今年は今のところそのような動きはなさそうだ。ただ、フライトチケットの関係上、早めに現地入りするので予習はできそうだ。

 

   

バッテリの熱暴走対策に必要なこと

(2013年2月 9日 08:12)

ボーイング787のバッテリ事故調査によると、熱暴走(thermal runaway)であることが黒こげの原因として明らかになった。熱暴走は、パワーデバイスではよく起きる現象であり、数十年も前から見られた。筆者が半導体エンジニアであった当時、npnパワートランジスタを過負荷状態で長時間運転すると、熱暴走が起きることがあった。熱暴走とは何か。

 

文字通り、熱が暴走して制御不能になることである。例えば、大電流を流す電池を等価回路で表すと、図のように小電流の電池を並列にずらりと並べたようなものだ。電池の部分をトランジスタなどのデバイスで置き換えるとパワートランジスタになる。つまり、パワーデバイスも電池も小さな容量のセルを大量に並列接続したものといえる。

 

等価回路図.jpg

川の流れに例えると、幅の広い浅瀬の川を想像しよう。川の中の石の大きさや重さ、地形などが均一なら岸から岸までの川は均一に流れ、波は立たないはずだ。しかし現実には流れやすい所と流れにくい所が出来てしまう。川水が増し、勢いが増してくると、やがて川は流れやすい場所に集中するようになる。終いには流れやすい場所にしか狭く流れなくなってしまい、流れやすい場所を取り囲んでいる小さな堤防が決壊してしまう。

 

熱暴走は、電流集中によって起きる。図の等価回路で全ての抵抗値が均一であれば、均一な電流が流れるが、どこか1カ所、抵抗値が下がるとすると、その部分の電流は流れやすくなる。やがて小さな抵抗に大電流が流れるようになり、抵抗は発熱する。デバイスの性質によるが、例えば半導体のpn接合(p型半導体とn型半導体とくっつけたもの)では温度が上がるにつれ、電流は流れやすくなるという性質がある。つまり、電池の材料によっては温度が上がるにつれますます、電流が流れやすくなり、さらに温度が上がりさらに電流も増え、やがて数百度もの高温になり破壊に至る。

 

今回の電池では電池そのもの、すなわち電池内部の材料や構造によってアンバランスが生じ、熱暴走に至ったのか、あるいは外部回路の制御が効かなかったのか、まだ結論は出ていない。しかし、対策は採れるはずだ。

 

原因が電池内部だとすれば、材料の温度特性を調べ、正の温度特性(温度上昇と共に電流が上がる)ではなく負の温度特性を持つ材料を探し、切り替えること、材料の特性バラつきを減らし均一性を上げること、電池の構造上で均一にリチウムイオンが流れるような構造を設計する、などの対策が必要になる。

 

外部回路だとすれば、電流を検出し電流が増えると、それを減らすための定電流回路を設けること、その検出回路のバラつきを減らすこと、さらに負の温度特性が働くように外部にバラスト抵抗(安定化抵抗)を付けること(ただし、消費電力は増える)、などの対策が必要となる。さらには、パワー(電力)を増やすために並列度を上げるのではなく、できるだけ直列接続して、並列度を下げ、電圧を高める方向で電力を上げていく方がより熱暴走を食い止めることができる。電力=電圧×電流、だからである。最適値があるはずだ。

 

例えば電気自動車では、わずか3.6~4.1Vしかないリチウムイオン電池セル1個を直列に100個くらい並べ350Vくらいまで昇圧している。もちろんさらに並列接続して電流も稼ぐが、電圧は高い方がパワーは出る。ただし電圧を上げ過ぎると、安全対策上、重い絶縁材料を増やさなければならず自動車のパワーが出にくくなったり、耐圧の高い電子部品が必要になったり、コストがかさむようになる。やはり最適値がある。

 

クルマ用のリチウムイオンバッテリシステムでは、4V弱のセル1個ずつ充電を検知し、過充電(すなわち発熱)にならないように制御している。ただし、検出回路の精度が低いと回路設計の余裕を十分の採らなければならず、電池容量をフルに使うことができなくなる。すなわち走行距離が短くなる。このため検出制御回路の高精度化の競争を米国半導体メーカーは繰り広げている。

 

今、熱暴走の原因特定を続けているのだろうが、人命にかかわるようなミッションクリティカルなバッテリに関しては、バッテリ内部であろうが、外部の制御回路であろうが、考えられうる全ての対策をとる必要がある。主な原因がわかったからといって、その部分だけ対策するようでは、また事故が起こり常に、イタチごっこになりうる。また、自動車用バッテリ関係者は対岸の火事では済まされない。改めてバッテリシステムの安全性をさまざまな角度からあぶり出し、対策を打つことが電気自動車普及に向けて求められよう。

2013/02/09

   

富士通とパナソニックを統合して成功するわけがない

(2013年2月 5日 22:37)

またもや、富士通とパナソニックの半導体事業部門をくっつけようという乱暴な話が出てきた。なぜ、企業同士をくっつけるのだろうか。どう考えても、世界の半導体産業がどのようにして成長を続けており、日本だけが成長していないのか、について理解しているとは思えない。

 

富士通セミコンダクターはまだしも、パナソニックの半導体はどう見ても赤字を垂れ流しているとしか見えない。いっそのこと事業を解散するか、譲渡するか、いずれかしかないだろう。にもかかわらず、なぜどこかとくっつけるのか。くっつけられる方が迷惑だろう。

 

かつてのパナソニックは、古池進副社長が半導体ビジネスを率い、プラットフォーム戦略を打ち出し、低コストで高性能な製品を作りだしていた。古池氏が掲げたプラットフォーム戦略は現在では世界の勝ちパターンとなっている素晴らしい戦略だった。しかし、パナソニック経営陣は古池氏を追い出し、半導体事業を落ちぶれさせた。散々ダメにした後でどこかとくっつけるという手法は、世界の半導体ビジネスから見ると30年も古い時代遅れのやり方だ。

 

一方、霞が関は民間企業1社のためには仕事しない、ということをモットーとしてきた。世界各国が大統領や首相と民間企業がタッグを組み、インフラビジネスを攻略してきたが、日本の霞が関は1民間企業とタッグを組むことを拒否してきた。中国やベトナムの通信網を構築するため、かつてドイツのコール首相はシーメンスと、フランスのミッテラン大統領はアルカテルと一緒になって中国やベトナムを訪問した。霞が関は、1民間企業のためには働けませんときっぱり断った。

 

ただし、複数社がまとまると仕事する。1民間企業ではなく国民のためという名目が立つからだ。特定1社ではないことが霞が関では重要だった。しかし、それは世界の常識から見ると非常識なのである。さらに工業会などの業界団体も協力させようとする。こうすることで自らの天下り先につながるからだ。

 

半導体の世界の潮流は、大きくなりすぎた企業が意思決定を速め、グローバル競争に勝つために企業を分割してきた。パソコン用プロセッサメーカーのAMDは、設計だけのファブレスと製造だけのファウンドリに会社を分割し、生き残りを図ってきた。AMDはファブレスとなり、ファウンドリはグローバルファウンドリーズ社となってアラブの資本を導入した。クアルコムはかつて社内にあった携帯電話事業を京セラに売却し、自らはファブレス半導体メーカーになり、大成功を収めた。台湾のUMCTSMCは当初、SRAMや玩具用半導体を自社ブランドで設計製造していたが、やがて自社ブランドを捨て、請負製造すなわちファウンドリ事業に徹することで成功した。テキサスインスツルメンツ(TI)はDRAM部門をマイクロンに、防衛エレクトロニクスをレイセオンにそれぞれ売却し、アナログに特化した。しかもこれら世界の企業は業績が悪化する前に手を打ったために買いたたかれずにすんだ。国内企業でさえ日立製作所は分割を繰り返し復活させた。

 

しかも今回の富士通とパナの話は、少し奇妙である。これまでも世界の半導体はファブレスとファウンドリに分けていることを、2010年に書いた「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」(日刊工業新聞社刊)でも述べたが、今朝の日経新聞によると、富士通+パナ連合をファウンドリとファブレスに分けると書いてある。それなら、それぞれの企業が分ければよい話であり、くっつける必要は何もない。責任は不明確になり、良くなる方向には全くない。世界の半導体を見れば、くっつけることの方がよほど危険である。だからこの話を推進する人たちは霞が関か、半導体の素人(例えば親会社)か、いずれかであろう。

 

パナソニックの半導体事業を立て直すのであれば、どの業績が悪く、しかもなぜダメなのか、良くなる要素はどこにあるのか、を調べることが先決であり、くっつけるだけが能ではない。安易にコンサルティング企業に丸投げする半導体メーカーもあるが、コンサルティング企業はしょせん素人。世界の潮流は見えていない上に、技術の問題点もわからない。半導体企業の問題は技術、製品、ビジネストレンド、市場トレンド、を全て理解して初めて明らかになり、解決手段も打てるというものだ。これまでコンサル企業に戦略立案を丸投げした半導体メーカーはみんな沈んでしまった。

 

日立製作所とNECDRAM部門をくっつけたエルピーダメモリは坂本幸雄氏を招へいしたことで10年は長生きしたが、昨年倒産した。ルネサスは当初日立製作所と三菱電機の非メモリ部門をくっつけたが、うまく行かず、さらにNECエレクトロニクスもくっつけた。しかし資金不足になり、国の援助を受ける羽目になった。

 

これからさらに富士通とパナソニックをくっつけようとしているのである。誰がうまく行くといえるだろうか。

(2013/02/05)