いつまで原発・化石燃料を続けるのか、ロードマップ示せ

(2015年4月21日 23:28)

先週、ドイツのデュッセルドルフに泊まり、ビールの街ヴァールシュタイン(Warstein)近くにあるインフィニオンテクノロジーズを訪問した。来るときは、フランクフルトに到着、そこから航空会社の無料バスでデュッセルドルフまで2時間半かけてやってきた。その日はそこに泊まった。すでに時刻は午後8時を回っていた。

 

翌日、お昼頃の電車でまずゾースト駅に行き、そこからヴァールシュタインに向かうことになっていた。ゾースト駅までの切符を購入する時に、どこ行きの列車に何番線ホームで待つのかを聞くと、全て親切に教えてくれた。事前に、ドイツの列車は遅れることが当たり前と聞いていたので、それを覚悟していたが、拍子抜けだった。きちっと時間通りに到着し発車した。

 

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結局、フランクフルトからアウトバーン(高速道路)をバスでデュッセルドルフ、そして電車でゾースト、タクシーでヴァールシュタインと約450kmの道のりを移動して目についたことは、やたらと風力発電の風車が多いこと。ルート全体が緩やかな高原を移動していたのだが、高原の高いところには必ず風力発電がある。ドイツはむしろソーラー発電の多い国だと新聞報道などを読み思っていたが、どうも違うようだ。

 

2014年上半期におけるドイツの総発電量308TWhの内、風力が最大の31 TWh、バイオマス22 TWh、ソーラー18.4 TWh、化石燃料の褐炭が77 TWh、石炭56 TWh、天然ガス30 TWh、そして原子力47 TWhとなっている。やはり眼で見た様子と実際の数字とは合っているようだ。化石燃料、原子力とも減らす方向であり、再生可能エネルギーは増加傾向にある。風力・ソーラー・バイオマス・水力など再生可能エネルギーの比率は、14年上半期は28.5%という。前年同期は24.6%だった。ドイツは2025年までにこの比率を40~45%まで引き上げる計画だ。

 

日本はどうか。懲りずに原発の再稼働を進め、化石燃料の比率を上げている。ただ、再生可能エネルギーの比率が増えると、今のテクノロジーでは電力変動が大きくなるため、日本の電力会社はそれらの導入を渋ってきた。数ヵ月前に九州電力が太陽光の導入抑制を発表したが、電力会社のテクノロジーがまだスマートグリッド化していないため、変動を吸収できないのである。

 

テクノロジーが進歩しないと仮定すると、原発再稼働、を叫ぶことになる。今は10%程度しか導入できないのは、電力網(グリッド)が電圧と周波数の変動に弱いからだ。しかし、テクノロジーの進歩を考えると、再生可能エネルギーの変動を吸収するためのバッテリーや通信ネットワーク技術の導入し、さらに低コストで実現する技術開発を進めれば、10年後の2025年ごろにはかなり多くの再生可能エネルギーを導入できるようになる。その時点で、再生可能エネルギーの比率をさらに上げることができるようになる。そして、テクノロジーの進歩を考えると、さらに10年後には、50~60%くらいにできるようになるはずだ。

 

逆に、何の目標も持たずに、一つ覚えのように「原発再稼働」を叫べば、何年たっても技術を習得できず、先進国から脱落していくことになる。これでよいのか?

 

むしろ、いつまでに再生可能エネルギーを何%導入し、原発や化石燃料を何%に減らしていく、という目標を持ち、テクノロジーを開発することこそ、日本国の繁栄につながるのではないだろうか。そのためのロードマップを作り、着実に再生可能エネルギーを増やすための、ネットワーク技術とバッテリー技術の開発に力を入れていくべきではないか。

 

ネットワーク技術では、どのサブグリッドの発電所、あるいは消費所、バッテリーが今どのような状態にあり、どこからどこへ電力を輸送してやればよいのかをリアルタイムで把握し、リアルタイムで電力を融通し合う。比較的小さなサブグリッドを多数設け、各サブグリッドが地産池消の電力システムを構築し、ネットワークでつないでいく。まさに、東京大学の阿部力也教授が提唱する、デジタルグリッドのコンセプトそのものだ。つまり、これからは、再生可能エネルギーを大量に導入してもほとんど変動しないグリッドシステムを作ればよいのである。


これこそが未来を拓くテクノロジーとなる。このことで新たな雇用を生み、新たなテクノロジー開発を生み出せれば、日本はテクノロジー立国になることができる。

(2015/04/21)

 

参考資料

1.    連載コラム ドイツエネルギー便り、自然エネルギー財団(2014/09/25

http://jref.or.jp/column_g/column_20140925.php

 

   

現地集合・現地解散の海外出張も楽しい

(2015年4月19日 23:20)

今年の海外出張の予定は1月時点で、10月のEuroAsiaしか決まっていなかった。しかし、2週間前に突然の英国行きが決まった後、今度はドイツ出張と立て続けになった。いずれも企業の訪問取材である。企業の考え方、ミッション、狙い、目的、成果、経過、社員数、社員やトップの顔色や仕事へのスタンス、取材歓迎の仕方、などなど、展示会や学会発表では得られない生の企業情報が得られる点が大変面白く、また楽しい。

 

現地企業の人たちやメディアの記者たちと話をしていると、現地の企業文化だけではなく、考え方や生活文化さえも見えてくる。これまで知らなかったことも多い。誤解していたことも多い。だから海外出張では、できるだけタクシーを乗らない。バスや電車を利用すると現地の生活の様子が見えてくるからだ。

 

何度か行ったスペインのバルセロナやパリの電車に乗ると、駅での路上ライブはもちろん、電車がすいている時は、電車の中でさえ勝手にギターを弾きながら歌を唄っている光景はよくある。バイオリンも多い。たいてい、後でお金を入れてもらうように帽子をひろげて回ってくることもある。素敵な歌ならお金を入れることもあるが、聞きたくもない歌なら決して入れない。

 

ラテン系のスペインやフランスでは電車内で若い男女のキスシーンはよく見かけるが、それも若い男女だけではない。中年の男女でさえもキスしている光景を見かける。さすがにロンドンの地下鉄ではそのような光景は見られない。ドイツでも皆無だ。アングロサクソン系とラテン系とは全く違う民族だから、同じヨーロッパでも違いが見えて面白い。

 

今回の出張では、企業訪問の現地集合・現地解散という面白い形式の企業訪問だった。旅行会社に手配してもらうと、あまりリーズナブルな旅行計画をいただけないので、自分で手配した。それもネットの旅行関係のサイトから申し込むと、前回の英国出張のホテルのように一人前の値段で乏しい設備のホテルという、リーズナブルではないホテルを紹介されたので、今回は利用している航空会社からフライトチケットと関係するホテルを予約した。極めてリーズナブルな環境の飛行機とホテルであった。

 

一人旅の出張はいつもながら面白くて、ワクワクする。ホテルのある町はデュッセルドルフで、フランクフルトに到着した日は航空会社の無料バスでデュッセルドルフまで送ってもらい、ここに泊まった。翌日ここからデュッセルドルフ中央駅から電車に乗り、ゾースト駅まで直通で1時間半の電車に乗り込む。フランクフルトからだとゾースト駅まで3時間半~4時間かかる。デュッセルドルフの中央駅でまず腹ごしらえをしようと思い、手ごろなレストランを探した。黒パンやライ麦パンのサンドイッチを売っている店がとても多く、それはいつでも食べられるだろうから、アジアンレストランに入り、ナシゴレンをいただいた。リーズナブルでまずまずおいしく食べた。

 

この街に来たのは初めてで、切符の買い方もわからなかったため、自動券売機ではなく窓口に並んだ。窓口は日本の銀行と同じように整理券方式で順番が公平なやり方だった。自分の番になると、窓口では最も早い時間の列車を教えてくれたが、乗り換えが1回ある。ゾースト駅は初めていくところだったので、直通はないかと聞くとあった。そのチケットを買い、ついでに列車の地図もいただいた。

 

列車は時間通りに到着し、時間通りに発車した。電車が30分遅れることは当たり前と聞いていたので、逆に驚いた。現地駅でその企業の日本法人の方と偶然にも会い、同行させていただいた。

 

帰りの列車には、列車の鉄道地図をいただいたので、途中のドルトムント駅止まりの電車に乗り、そこで乗り換えデュッセルドルフ中央駅に戻った。ドルトムントは、大学で有名な街なので、なんとなく親しみがあった。かつて、日経エレクトロニクス時代にドルトムント大学の研究成果を何度か報道したことがあったためだ。もちろん、サッカーファンにはおなじみの街だろう。乗り換え時間が10分ほどしかなかったため、街を散策できなかったが、今後訪れる機会があったらこの街をゆっくり見てみたい。

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デュッセルドルフの街を翌朝、散策すると、ビスマルクの銅像があり、中央駅からこの銅像まではビスマルク通りと呼ばれている。その先を行くと、ライン川に出るが、そこへはデュッセルドルフ中央駅から地下鉄に乗って三つめのハインリッヒ・ハイネ駅を降りるのが早そうだ。この駅を降りると、辺りには人通りが多く、まるで銀座通りである。観光スポットの一つになっているようだ。おしゃれな店やカフェなどが立ち並び、時には怪しい大道芸人もいる。写真は、人がまるで中に浮いているように見える仕掛けである。なぜ浮いているように見えるのか、結局わからなかったが、ずいぶん多くの人が見物していた。蛇の形をした入れ物にコインを入れてほしい、としている。他にも怪しい大道芸もいたが、写真は撮らなかった。

 

午後2時にはホテルからフランクフルト空港への直通バスの手続きが始まった。ここから約2時間半で空港に到着する。長いバスの旅であるが、これもめったに乗れないので面白かった。車窓からは風力発電の風車がやたらと目につく。ドイツはソーラーがたくさんあると思っていたが、風車の方が圧倒的に多いことに驚いた。

 

昨年9月のドレスデンの見学では、かつて東ドイツを支配していた共産主義のために、キリスト教そのものがかなり失われ、無宗教の人たちが増えたと聞いた。第2次大戦の空爆によって受けた教会や銅像などの修復は、このため共産主義時代は全くなされていなかった。90年前後の冷戦雪解けと東西ドイツの統合によってようやく、修復工事が始まったのだという。今は修復されていた建物が多く、荘厳な建造物は心に響く。日本のお寺を回って感動するのと同じような気持になる。

 

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今回歩いた街は、全て西ドイツであったためか、古い建物が少なく近代的な建物ばかりで、少々がっかりした。裏返せば、激しい空襲を受け、古い建物がほとんど失われたともいえる。英国とはずいぶん違う。わずかに残された教会などの建物だけが歴史を感じた。

                                                                                                               (2015/04/19)

   

半導体メディアがなぜ潰れたか

(2015年4月16日 06:29)

電子ジャーナル誌が331日を持って休刊・発行元は解散した。日経BP社が発行していた電子媒体の「日経BP半導体リサーチ」も6月末を持って休刊する。なぜこうも半導体関係の雑誌やメディアが休刊するのだろうか?その答えを分析する。

 

半導体産業は極めて流れが速く、その流れについていけなかった企業が続々脱落している。ここ1年の講演でよく述べていることだが、半導体産業には大きな動向(メガトレンド)が二つある。一つは半導体チップがこれまで想定されていた分野よりももっと広い分野へと使われるようになってきたこと。もう一つは集積回路(IC)の集積度が上がり、極めて複雑になったため、一つの企業が全てをカバーするのではなく、自分の得意な分野にだけ集中するようになったこと。水平分業はその結果である。

 

半導体の使われる分野が極めて広くなったということは、実の多くの顧客をカバーする必要があり、もはや1社で全分野をカバーすることが難しくなった。次の半導体チップがどこの誰がどのようなシステムに使おうとしているのか、これを半導体企業側がつかみ、半導体を使うユーザ企業(OEM)に提案していく。これが現在の世界の半導体企業の勝ち組パターンとなっているが、限られた分野にフォーカスせずにこれはできない。逆にこれができない企業、あるいは何でもできると称している企業は脱落する。

続く

                                                         (2015/04/16)

   

急ぎ足の英国出張記

(2015年4月 1日 04:25)

29日の日曜の朝、成田を経って急きょ、英国にやってきた。ケンブリッジとサザンプトンの企業計3社を取材するためだ。出張が決まったのは出発の4日前。フライト、ホテルの手配は全て自分でやるしかなかったため、時間をとられた。ここまで直前になると旅行代理店のウェブサイトからはホテルがとれない。やむなく、インターネット専用の旅行サイトで予約した。あまりリーズナブルな価格ではない。

 

ただ、旅行を楽しむという観点からはフライト到着が遅れたのも悪くない。ヒースロー空港に到着したのが、1615分の予定が1時間ほど遅れ、実際に出口を出たのは18時だった。当初は、ヒースローからエクスプレスに載って、ロンドン市内のパディントン駅まで行き、そこで地下鉄に乗り換え、地下鉄で1か所乗換えて、キングスクロス駅に行き、ケンブリッジに向かう予定だった。しかし、荷物は嵩張るので、もしかしてケンブリッジまでの直行バスがないかどうか空港で聞いてみた。すると、あるという返事。では、ヒースロー空港からケンブリッジのシティセンターまでのバスのチケット(30ポンドだから悪くはない)を買い1830分のバスに乗った。ただ、ヒースロー空港は広いから他のターミナルを三つくらい周り、空港を抜けるのに50分もかかった。

 

1時間後、途中のスタンステッド空港に立ち寄り、さらにもう1カ所停まり、ケンブリッジについたのが夜の9時半になっていた。近くにタクシーがいたから、ドライバーに、ホテルまで行って、と言ったら、どこかの国のタクシーと同じで、公園を横切ればすぐだから、歩いたほうがいいよ、体よく断られた。公園を横切り、向こうの通りに行くと4人組の中年男女がいたので道を聞くと、その通りをまっすぐ行けばよい、と言われ歩いた。本当かなと思いながらさらに歩くと、人が来たのでまた聞くと、もう少しまっすぐ進めばあるという。同じことを言っているので、間違いなさそうだと確信できた。すると18世紀の大学らしき建物が見えたので、この近くだなと思いさらに進むと、ホテルの名前が塀に書いてあるが、入り口がない。その先は暗くて何も見えなくなるので、道を引き返すと、大学らしき門が見えたので、入ってみた。ここはホテルですかと尋ねたら、そうだという返事。やっと泊まれると思った時は945分だった。チェックインを済ませると「あなたは、入学試験をパスしました」と言われたので、「今日から私も大学生だな」と切り返し大笑いした。

 

さて、この安宿(場所の割に価格は高い)は面白い。ケンブリッジで泊まったホテルは、様相が大学のキャンパスだ(図)。周囲が石の壁に囲まれ、入り口には守衛がおり、そこがフロントに相当するのだから。部屋に行くためには、広いキャンパスの中庭を二つも通り抜けなければならない。しかも宿は狭く、まるで学生寮のようだった。バスタブがなく、シャワーのみ。部屋にも何もない。石鹸とシャンプー、紅茶があるのみ。ただ、さすがイギリスだと思ったのは、クッキーが置いてあった。食欲があまりなかったので、クッキーを夕食にして、取材の準備を始めた。

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図 宿泊したホテルキャンパス内の建物

このような形で出発した今回の取材だが、最後の31日は、ロンドンからサザンプトンまで日帰り出張のような感じの取材であった。私自身は一匹狼のフリーランス技術ジャーナリストであるから、仲間であろうと、一人であろうと依頼されれば受ける。それもテクノロジーであればなおのこと。もちろん展示会や学会などの取材とは違い、資料が常に準備されている訳ではなく、ヒアリングが基本となる。それだけに準備は入念に行わなければならず、結構時間をとられることが多い。それでも、通常のイベント取材では得られない情報が多く、いくつになってもやめられない。

 

ケンブリッジは大学の街である。産業的にもR&Dの強い街だ。たぶん最高の製品は、ケンブリッジで研究し、シリコンバレーで開発、日本かドイツで生産を始め、中国か台湾で量産する、というサイクルが最も成功するパターンかもしれない。

 

英国の面白いところは、ケンブリッジによく似たシステムで起業させ、ビジネスにつなげようとする動きは多い。サザンプトン大学も同じで、ブリストル、バースなどの地域も含め、SETsquareと呼ばれる地域は、大学と中小企業やスタートアップのベンチャー企業も多く、大学発ベンチャーを生みやすい環境にある(参考資料1)。31日に訪問したところも、サザンプトン大学からスピンオフして、起業したスタートアップであった。社員のほとんどがドクターだという、訪問した会社は、ビジネスマインドのある大学の教員と博士課程を終えたエンジニアが単純作業の部分はできるだけ自動化するなど、楽しく開発することに重点を置いていた。ポスドク問題の解決に一役買っている。

 

やはり、これからの時代は、人間としての楽しさ、すなわちユーザーエクスペリエンスを追求する時代に入ったことを改めて実感した。もはや性能追求の時代ではない。

                                              (2015/03/31)

参考資料

1.    津田著「欧州ファブレス半導体産業の真実~日本復活のヒントを探る」、日刊工業新聞社刊、2011

   

大雪で見えないLED信号機は改善できる

(2015年3月13日 22:04)

この冬の大雪は、LED信号機にも雪を積もらせてしまい、従来の白熱灯の信号機よりも優れたメリットが仇になった、というような記事を見た。雪が赤、青、黄の信号灯をふさいでしまい、色が認識できなくなったのだ。従来の信号機は白熱灯だったから、無駄に発熱し雪を溶かしてくれた。このため、雪がランプに付着しても熱で溶け、赤、青、黄の色が見えなくなることはなかった。

 

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この記事を読んだとき、まるでLED信号機が悪いように読めた。また、好き勝手に書き込むツイッターでは、雪国にLED信号機を設置したのはバカだ、という口調も少なくない。ではどうすればよいのか?だからと言って消費電力が大きく、明け方・夕方の斜めからの太陽に反射されて青、黄、赤の信号が見えにくかった白熱ランプに戻るのか。そういう訳には行かない。

 

答えは簡単だ。雪に強いLED回路設計をすればよい。むしろ、大雪という災害は、LED信号機にもっと改善の余地のアイデアをくれたと考えるべきではないか。普段のLED信号機は、消費電力が少なく、CO2の排出を減らし環境に優しいだけではなく、視認性が高く、事故を起こしにくい信号であることに変わりはない。だったら、大雪でも雪を解かすような構造にすればよいのである。

 

ここにテクノロジーを活用する。例えば、大雪の時にだけ、電気を無駄に使うように電圧を上げ電流をたくさん流し、発熱を促せばよいのである。LEDは電流を流せば流すほど輝度は増し、発熱する。ただし、発熱しすぎると熱暴走を起こす恐れがある。有名な787機のバッテリ故障と同じように熱暴走を起こしてしまえば、LEDを配線しているボンディング線は溶けだして使えなくなる。つまり、熱暴走を起こさない範囲で電流をたくさん流し、輝度を上げ発熱させる。幸い、雪は冷却材として発熱を抑える役割を果たすから、熱暴走を防ぐ役割もある。

 

さらに、センサを付けて、雪を検出したら、LED電流をたくさん流すようにパワートランジスタを動作させればよい。雪を溶かせるかどうかを実験して確認する。一つの信号機あるいは一つの交差点の4台の信号機で雪を検出すると同時に、他の場所にある信号機にもその情報をM2M(マシン-ツー-マシン)などで伝える。LED信号機もIoT(インターネットオブシングス)になる。各地の信号機に全てこのような対策を施せば、回路部品コストを大量生産でき、LED信号機のコスト上昇を抑えることができる。

 

要は、LED信号機を悪者にせず、テクノロジーをしっかりと駆使すれば済むことだ。新しいテクノロジーは、古いテクノロジーよりもメリットは非常に多い。もし新しいテクノロジーに欠点が見つかれば、その欠点を次のテクノロジーで克服していく。これが人類の進化の歴史である。大雪でLED信号機が使えない、という事実が出てきたら、LED信号機を使えるようにするためにはどうすればよいか、を考えればよい。白熱灯に戻ってはデメリットが多すぎて、人類の進歩に逆行する。

 

環境に優しい社会を作ると称して、昔の生活に戻ればよいとする人たちがいるが、テクノロジーをもっと知って欲しいと思う。CO2排出量を下げよう、環境をもっと良くしようと思うのなら、テクノロジーで解決する方法を求めればよいのであり、昔に戻ることではない。人類が他の動物よりも賢く、しかも進化できたのは、現状よりもさらに改善する方法を考え、実行してきたからに他ならない。

 

数年前にクルマの制御に使っているソフトウエアの不具合(バグ)発生を知り、だからソフトを使わずに昔のような純粋機械のクルマを作るべきだという記者がいた。これも今回の大雪事件と同じ態度だ。交通事故死がここまで激減したのはクルマのエレクトロニクス化、コンピュータ化によるところが大きい。さらに進化させるためには、ではどうやってバグ取りを効率よくできないか、というテクノロジーによる解決法を見つけることが重要だ。

 

だから、今回の大雪によるLED信号機故障の記事やツイッターをみて、これを解決する方向へ持っていこうという意見が出なかったことは、テクノロジーを知らなかったからではないかと思う。もっと謙虚にテクノロジーを知り、人類の進歩を進め、社会を変えていく。これこそ、今は亡きスティーブ・ジョブズ氏が言っていた「Stay hungryStay foolish」に通じるものがある。

                                                (2015/03/13)

   

シリコンバレーは世界一差別のない所

(2015年3月 1日 20:24)

シリコンバレーでは男女差別がない。国籍による差別もない。米国は差別をなくすことに非常な努力をしてきた国だが、東海岸の企業や欧州の企業はまだそこまで行かない。しかし、シリコンバレーは全く平等なところだ。差別をしていては競争に負けるからだ。

 

これは、シリコンバレーの新聞、サンノゼマーキュリーニュース紙の記者を20年経験した後、シリコンバレーのコンサルタント会社、シリコンバレーリーダーシップグループ(SVL Group)で、コミュニケーションズ担当VPのスティーブ・ライト氏がその調査について発表したもの。シリコンバレーでハイテク企業を動かすCEOにアンケート調査した。それによると、シリコンバレーのハイテク企業で働くアメリカ人と、非アメリカ人の割合は、ほぼ半々、むしろ非アメリカ人の方が少し多い()。グーグルの創業者の一人、セルゲイ・ブリン氏はロシア出身、インテルの元社長アンドリュー・グローブ氏はハンガリーからの移民である。

 

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図 シリコンバレーで働く外国人や女性は多い 出典:SVL Groupのデータを元に津田建二が作成

 

また、女性と男性の割合についても、女性の方がわずか多い。1999年から2005年までヒューレット・パッカード社の社長を勤めたのはカーリー・フィオリーナ氏だったし、ヤフーの現在社長はメリッサ・マイヤー氏だ。

 

シリコンバレー以外の企業でも、優秀な外国人や女性を確保しようとする企業は増えている。例えば欧州では、シーメンスから独立したインフィニオン・テクノロジーズ社のミュンヘン本社に働く外国人は多い。そこでは50数カ国からの人々が働いていると簡単に言う。英国のエディンバラ大学を訪問した時も、世界中から人々が留学し、何百人も研究者や教師として働いていると聞いた。アームやイマジネーションテクノロジーズでも数十カ国からきていると聞かされた。外国人と一緒に働くことは当たり前なのだ。

 

加えて、人を大事にする企業風土がインフィニオンにはあり、その究極は家族である。小学校入学前の子供を預かる保育所と幼稚園が本社敷地内にある。優秀な社員の子供がいずれインフィニオンに入って欲しいという経営判断からきているという。この「魅力ある人材育成」のために女性の管理職を増やす計画もある。現在、ワーカーを除くホワイトカラー社員の25%が女性で、その内の管理職は12%しかまだいない。これを2020年までに20%に増やそうとしている。そのために働く環境を充実させ、子供のケアが重要だとしている。

 

シリコンバレー以外の地域や国では、外国人や男女の差別をなくし、優秀ならば国籍や性別は無関係にしようと思う気持ちは強い。優秀な人が辞めると、その人と同等以上の力のある人を採用することが極めて難しいからだ。だから今は、簡単には首を切らない。現実に即戦力となる人を一人採用するためにかかるコストは300~400万円と言われている。リクルーティングのための仲介企業へのコストや、ヘッドハンティングなどのコストは実に高い。

 

だからこそ、優秀な人が辞めないように福利厚生に投資することは常識となっている。グーグルやアップルは24時間、社内のカフェテリアをオープンしており、しかも社員は全員無料だということは、有名な話だ。リニアテクノロジーのボブ・スワンソン会長は、私とのインタビューで「優秀な人間を見つけ、その場所を離れたくないというのであれば、本人の住んでいる場所をデザインセンターにする」と答えている。この方針は、ライバル会社でも採用するようになってきた。他のアナログ半導体メーカーでも同様なことを2年後に聞かされた。優秀な人間ならば国内外、男女を問わない。その理由をスワンソン氏は「優秀なアナログ技術者の採用は、いつも大変苦労する。絶えず大学と掛け合うことが多く、労力を費やすからだ」と述べている。同氏は、リーマンショックの時には一人もクビにしなかった、と胸を張って自慢する。

 

外国企業に引き換え、日本は本当に、差別の多い国だと思う。日本の企業や団体では外国人の比率は極めて低い。1%にも及ばない。学会や講演会に出席してもほとんどが日本人、それも男性ばかりである。女性は1割に満たない。ましてや外国人はほぼゼロである。国際化、グローバル化とは名ばかりだ。外国人が家を借りる場合、差別や偏見も多いと言われている。この現状に対して、企業や団体などの努力が見られない。外国人採用の条件が、ただ日本語を話せることになっているという現状は、能力開発にならない。

 

かつて、外国人を採用した日本企業では、外国人に翻訳や通訳をさせていた。その人の持つ能力を活かそうとは考えていなかった。このため、日本企業を止めていった外国人は多かった。

 

政府が女性の地位向上と称して「男女共同参画プロジェクト」を推進していても、誰も責任もってこのプロジェクトを管理、進行させていない。こう書くと、男女共同参画プロジェクト」の責任者はいる、と政府は言うだろう。では、社会で女性の責任ある地位が増えていなければ、命を賭けて責任をとっているか。指導者の責任とは、強いリーダーシップを与えられ、成功に導くための道筋を描き、実行したうえで、部下を一つの方向に導くことを指す。これができていなければ責任を果たしているとは言えない。もちろん、目標を達成していなければ、そのやり方が間違っていたわけだからリーダーを辞めなければならない。どう見ても責任者は不在だ。だから日本で女性や外国人の地位は上がらない。プロジェクトを推進する以上、責任を持って結果を出してほしい。

(2015/3/1)

   

アップルは電気自動車を作るのか

(2015年3月 1日 10:46)

アメリカでは、アップルがクルマを作るのではないか、といううわさで持ちきりだ。先週、Wall Street JournalBloombergなどのメディアがアップルいよいよクルマ(電気自動車EV)を作るという話を伝えている。本当だろうか。

 

アップルが正式に発表するまで、様々なブロガーやメディアは憶測を流すのはこれまでの常識だ。219日の日経産業新聞はWall Street Journalを引用し、「米アップルが電気自動車(EV)の開発を進めていることが欧米メディアの報道で明らかになった」という書き出しで記事を飾っている。しかも、記事中にはご丁寧に、プロジェクト名は「タイタン」、受託製造工場は「マグナ・ステイヤー」社という最もらしさまでついている。

 

グーグルが、自動運転のグーグルカーを設計・製造していることはすでに知られている。しかも自動運転車で世界をリードしているかのように報道されている。グーグルだけではない。

--続く


   

うれしい、理系の復権

(2015年2月24日 21:59)

216日の日本経済新聞朝刊の大学欄を見て、理系人口が再び増えていることにホッとした。理系の減少が長い間、続いてきており、これからの日本のモノづくりに先行きの不安を覚えていたからだ。ここ10年以上、理系の没落が叫ばれ、現実に理系が減り大学入試も簡単になったと言われていた。しかし、文科省が発表している学校調査を元に、工学部と理工学部の志願者の数を合計したグラフ(図1)によると2007~2009年を底に、増加傾向にある。

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1 工学系・理工学系がリーマンショック後増加 出典:日本経済新聞、2015216日朝刊

 

かつて、理系離れが叫ばれたころは、経済が発展していた時期で、理系学生でさえ金融関係への就職が増加していた。理系・工学系の学生の就職先がモノづくり系から金融へのシフトは、実は金融商品としてのデリバティブと呼ばれる派生製品がもてはやされた頃と符合する。学生を求める金融業界は、数日後に派生商品の価値がどう高まるか、を予測する『ブラック・ショールズの式』と呼ばれる偏微分方程式を理解する必要があったからだ。偏微分方程式は、そもそも時間と共にあるパラメータが変化する様子を表す方程式であるからこそ、数学的な理解が欠かせない。理系学生はこういった訓練を受けてきているから、金融業界からの要請が出ていたのである。

 

しかし、ある程度これが定着しても理系離れは止まらなかった。それは正確なデータで議論するのではなく、雰囲気あるいは感覚といった勝手なうわさ話として伝わっただけにすぎなかった。2010年ころには、心理学や社会学などが人気を博していた。

 

しかし、実際の社会では、理系の方が給料は高く続くというデータも示されるようになった(図2)。文科系で就職してもその後の給料に理系・文系が反映されるとなると人々の事情は変わってくる。

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2 理系の方が年収は高い 出典:日本経済新聞2010920日朝刊

 

理系か文系かの議論でよく言われることだが、理系の方がより実利的なデータやロジックで話を展開すると言われている。マレーシアの首相を長年務めたマハティール氏は医科大学出身で医師の資格を持つ。ドイツのメルケル首相は物理学の博士号を持っている。インドでは政治家や主導者はインド工科大学の卒業者が非常に多い。リーダーとしてのデータに基づく判断を行うのに理系出身者が向いているのかもしれない。現に、日産自動車のカルロス・ゴーン会長は元エンジニアだ。本田技研工業を創立した本田宗一郎氏は言うまでもなく理工系のエンジニアだった。

 

しかし、今の日本の政治の世界は別だ。理工系というだけで目の敵にされ、理工系をたたく傾向も強い。実際に理工系の優れた指導者は極めて少ない。一方で、理系は研究や技術開発だけやっていればよい、という風潮はないだろうか。だとすれば、優秀な理系経営者はつぶされてしまう恐れがある。一方の理工系のエンジニアはもっとお金を稼ぐことにも頭を使ってほしい。物理原理や法則を見つけたり、理解したりする能力は、大きな技術や経済・金融の流れを見出す能力にも通じる。残念ながら、一部の大手経営トップはテクノロジーの常識を持たなかったばかりに、重要な判断を誤り多くの人命を奪ったことを「FUKUSHIMAレポート」(日経BP)は語っている。

   

米企業に買収されて復活する日本半導体

(2015年1月 3日 22:00)

明けましておめでとうございます。今年もご愛読、よろしくお願いします。

 

国内半導体産業は、ようやく復活する気配が見えてきた。エルピーダメモリ、ルネサスエレクトロニクス、旧三洋電機半導体、富士通セミコンダクターなど今年はさらに伸びそうだ。

 

20122月に会社更生法の適用を申請したエルピーダは、米マイクロンテクノロジーに買収され、復活した。マイクロンテクノロジーは2014年に16%増の成長を遂げた。この数字は、2013年にマイクロンとエルピーダを合算した数字よりも16%も伸びたという意味である。世界の半導体市場の伸びが9%程度だったから、エルピーダを合併したことで相乗効果があったと見るべきだろう。

 

ルネサスエレクトロニクスは、2013年にオムロンからCEOとして作田久男氏を招へいし、企業改革を実行させた。まずは売り上げ比べて多すぎる人員と工場削減によるCOOCost of ownership:いわゆる工場の運転稼働コスト)をカットし、固定費を減らした。そのリストラコストに数百億円を使った。それを見越して、親会社3社からの出資と顧客(自動車関連企業)、産業革新機構からの出資を仰いだ。中でも革新機構は2014331日現在、同社への出資比率は69.15%と桁外れに高い。つまり政府系ファンドがルネサスを支配した。

 

ルネサスは、財政支援だけではなく、成長戦略も実行した。ルネサスの成長戦略は、これまでのメーカー視点による製品ごとの事業部から、アプリケーションごとの事業部へ変えたと同時に、成長分野にフォーカスした。具体的には、自動車ビジネスを主体とする事業部と、IoTInternet of Things)などの工業用市場を対象とする汎用事業部に分けた。この結果、7四半期連続の利益を挙げた。

 

富士通はマイコンとアナログ部門を米スパンションに売却した。スパンションは、富士通が休止した45nm28nmなどの最先端技術の開発を明言している(参考資料1)。旧富士通セミコンダクターのエンジニアは、合併前は戦々恐々としていたが、スパンションが示した先端技術の開発はエンジニアにやる気を惹起させた。スパンションのジョン・キスパートCEOはインタビューの時は、日本法人のエンジニアをいつも「Excellent tremendously」と表現している。日本人エンジニアの優秀さを常に評価する姿勢を見せていた。「企業は人なり」を実践しているのがキスパートCEO(写真)といえる。

 

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三洋電機の半導体部門はオン・セミコンダクタに組み込まれた。パナソニックが買収しなかった三洋電機の半導体部門をオンセミが買収した。オンセミは、かつてモトローラから独立したディスクリート主体の半導体メーカーから出発した。同じモトローラから独立分離したフリースケールは、単価の大きなマイクロプロセッサやSoCなど差別化できる製品を持っていたため、売り上げはオンセミよりも大きかった。オンセミは、これにめげず、アナログにフォーカスしながらアナログの強い企業や企業内の部門を買収し続け成長してきた。三洋半導体はアナログの中でもパワーマネジメントやミクストシグナル製品に定評があった。

 

オンセミは旧三洋半導体部門をSSG(システムソリューショングループ)として、組み込み、さらに元々あったオンセミの日本法人と協力して相乗効果を上げている。FAE(フィールドアプリケーションエンジニア)や営業、デザインセンターとのコラボを通して、デザインインの件数は前年同期比2~3倍、新規製品提案金額は同5倍となり、新規案件獲得金額は同70%増と増えた。提案金額の伸びが大きいのは、旧三洋電機ではほとんど提案がなかったからだ。半導体ビジネスは今や、ソリューション提案できるところが勝ち組となるビジネスに変わっている。オンセミのやり方は世界の時流に乗っているといえる。旧三洋の新潟および群馬の工場は、オンセミ全体の製品も製造する社内ファウンドリとして使われている。

 

米国企業に買われたおかげで、旧三洋半導体部門の海外売上比率は、三洋時代の10%前後からわずか3年で50%を超えるようになった。これは、日本の顧客が海外進出したり、海外に販売したりする場合にでもオンセミの販売ネットワークを利用できるようになったためだ。

 

これらの例は、米国企業に買収されたことで、日本の半導体は復活し、業績を伸ばし始めている。日本だけでは生き残ることはできなかった。このことは、海外の半導体と比べ日本の半導体がいかに歪(いびつ)で、世界との競争に勝てる体質を構築できなかったことをよく表している。

 

日本の半導体が世界とは全く違い歪であることの一つに、親会社との従属関係がある。例えば東芝やパナソニックの半導体事業は今でも一事業部門である。また、富士通セミコンダクターは100%富士通の子会社だった。ルネサスは日立と三菱、NECとの3社による合弁会社であった。

 

これに対して、海外では電機メーカーから独立した半導体メーカーは子会社ではなく、自立した会社である。ドイツのシーメンスから独立したインフィニオンテクノロジーズも、フィリップスから独立したNXPセミコンダクターズも、ヒューレット-パッカード(正確には先にスピンオフしたアジレントテクノロジーズから独立)を源流とするアバゴも、親会社からの出資比率は最初から10%以下だった。どれも現在は共にゼロ%である。モトローラから独立したフリースケールやオンセミも親会社の出資はすでにない。

 

完全独立の海外の会社を取材すると、自分の責任で自由に経営できるという喜びを社員みんなが共有していた。企業としてのリスクは高まるが、自由度がそれに勝り、社員のモチベーションは非常に高い。

 

これに対して、日本の半導体メーカーの経営陣には、親会社にいつでも帰れるという甘えが生まれる。しかも日本企業特有の雰囲気として、子会社の経営陣は親会社の顔色ばかりうかがっていることが多い。これでは世界の競争に全く勝てない。霞が関も親会社も最初から排除する組織こそ、日本の半導体メーカー復活の第一歩になろう。

 

参考資料)

1.    買収されて良かった~日本企業では先端技術を開発させてもらえなかった

 

   

アップルが開発拠点を置く本当の狙い

(2014年12月13日 11:02)

数日前、アップルが「テクニカル・デベロップメント・センター」を横浜みなとみらいに設置するという発表が安倍首相を通じて行われた。即、いくつかのメディアが、ヘルスケアビジネスを日本で進めるため、という捉え方をしていたが、本当だろうか。

 

ヘルスケアビジネスは日本では非常に参入バリアが高い。特に二つのバリアがある。一つは厚労省、もう一つは医者の組織である。厚労省は医療機器としての認可、医者の組織も医師としての「認証」が必要だ。IT企業やメーカーがヘルスケアを製造し、体温や心拍数、血圧などのデータを測定したとしても、彼らがデータ値を信じなければそれでおしまいである。体温計で38度なら信じるが、スマホやヘルスケア端末で38度であるという保証はないからだ。彼らの保証がなければ、それはただのおもちゃにすぎないのである。アップルといえども、おもちゃを最もバリアの高い日本で売るだろうか。

 

アップルが本気でヘルスケア端末を販売するのなら、臨床試験の認可を最も早くもらえる米国でまず進めるべきだろう。米国では英国Toumaz社のヘルスケア端末を使った臨床結果がすでに出ており、そのメリットも述べられている。FDAの認可は臨床実験を始める前に取得しており、臨床試験はカリフォルニアの病院で行われた(参考資料1~3)

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 図 Toumaz社CTOのAlison Burdett氏

筆者も3年前、ある人と組み、ヘルスケア用半導体チップを開発するベンチャーを設立すべきと、霞が関や官製ファンドなどを回ったが、誰も関心を示さなかった。日本ではヘルスケアをビジネスとして市場を作ることは極めて難しい。賛同し協力してくれそうな医師のグループにも彼は接触できたが、その先に進めなかった。半導体・エレクトロニクス産業がそのメリットに気づかなかったからだ。

 

アップルがおもちゃを売るのなら、アップルファンなりが購入するだろうから、それなりの量ははけるだろうが、大きな市場にはなりえない。ではアップルの狙いは何か。

 

ビジネスとして最も重要な日本の役割は、サプライチェーンである。日本は部品や機能的な材料を作るのが世界一うまい。セラミックコンデンサや抵抗などの受動部品は、今や0201と呼ばれるくらい、0.2mm台×0.1mm台という肉眼で見るのが難しいくらいの超小型の部品を村田製作所など開発し、次世代のスマートフォンに導入しようとしている。部品を小さく、回路基板面積を小さくできれば、その分バッテリを大きくできるため、電池が長持ちする。スマホに強く求められる重要な機能だ。

 

かつて、ノキアが世界一の携帯電話会社だった時、日本市場には2Gデジタル電話の独自方式のため参入が難しく、日本だけは市場を取れなかった。しかし、日本に法人をしっかりと残した。狙いは部品調達だった。

 

スマホは今や性能・機能を争う時代ではない。ユーザーエクスペリエンスと呼ばれる、「楽しいインターフェース」を競う時代である。アップルが日本に拠点、それも横浜を選んだのは、横浜がこれからの日本のシリコンバレーにあると見たのであろう。すでにモバイルプロセッサのトップメーカーARM社、ローム、スパンション(旧富士通セミコンダクターのマイコン・アナログ部隊)EDAツールのケイデンスなど、そうそうたるハイテク企業が集まってきている。ここにアップルが来れば、頭脳が売り物の設計開発拠点と十分になりうる。

 

そして、部品調達といえば研究開発とは関係ないと思われがちだが、実はそうではない。Time to market (T2M)が最大の競争力になってきた現在、開発段階から生産に使う部品を決め、その調達先を確保することが世界では行われている。研究開発に使った部品や材料と生産段階で使った部品などが違うといった、かつての日本のモノづくりでは、もはや世界に勝てない。研究開発から生産、量産、生産終了まで一気通貫のサプライチェーンを作ることが開発の大きな役目である。現実にこれをサポートするためのPLM(プロダクトライフサイクルマネジメント)ソフトウエアが入手できる時代になっている。フランスのダッソー社、米国のPTC社、ドイツのシーメンスソフトウエア社など、モノづくりを効率よく進めるためのPLMすなわちCMS(コンテンツマネジメントシステム)ソフトウエアが普及している。

 

アップルはスマホやタブレットの次機種に備え、ユニークな部品を求め、日本のテクノロジーを探しに学会や業界団体などに参加して来るだろう。部品や材料の情報収集にアンテナを張り巡らせる役割が横浜の開発拠点の最大の役割となる、と私は見る。

 

参考資料

1.    人に優しい未来を生み出すテクノロジー「第1回:ITテクノロジーで病気を防ぐ――ウェアラブル端末が実現する」

 2.    Toumazのヘルスケア半導体チップ、米国の病院で効果を実証(2013/06/05)、セミコンポータル

3. 津田建二「欧州ファブレス半導体産業の真実」、日刊工業新聞社刊 2010年

                                                                                 (2014/12/12