アップルが開発拠点を置く本当の狙い
2014年12月13日 11:02

数日前、アップルが「テクニカル・デベロップメント・センター」を横浜みなとみらいに設置するという発表が安倍首相を通じて行われた。即、いくつかのメディアが、ヘルスケアビジネスを日本で進めるため、という捉え方をしていたが、本当だろうか。

 

ヘルスケアビジネスは日本では非常に参入バリアが高い。特に二つのバリアがある。一つは厚労省、もう一つは医者の組織である。厚労省は医療機器としての認可、医者の組織も医師としての「認証」が必要だ。IT企業やメーカーがヘルスケアを製造し、体温や心拍数、血圧などのデータを測定したとしても、彼らがデータ値を信じなければそれでおしまいである。体温計で38度なら信じるが、スマホやヘルスケア端末で38度であるという保証はないからだ。彼らの保証がなければ、それはただのおもちゃにすぎないのである。アップルといえども、おもちゃを最もバリアの高い日本で売るだろうか。

 

アップルが本気でヘルスケア端末を販売するのなら、臨床試験の認可を最も早くもらえる米国でまず進めるべきだろう。米国では英国Toumaz社のヘルスケア端末を使った臨床結果がすでに出ており、そのメリットも述べられている。FDAの認可は臨床実験を始める前に取得しており、臨床試験はカリフォルニアの病院で行われた(参考資料1~3)

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 図 Toumaz社CTOのAlison Burdett氏

筆者も3年前、ある人と組み、ヘルスケア用半導体チップを開発するベンチャーを設立すべきと、霞が関や官製ファンドなどを回ったが、誰も関心を示さなかった。日本ではヘルスケアをビジネスとして市場を作ることは極めて難しい。賛同し協力してくれそうな医師のグループにも彼は接触できたが、その先に進めなかった。半導体・エレクトロニクス産業がそのメリットに気づかなかったからだ。

 

アップルがおもちゃを売るのなら、アップルファンなりが購入するだろうから、それなりの量ははけるだろうが、大きな市場にはなりえない。ではアップルの狙いは何か。

 

ビジネスとして最も重要な日本の役割は、サプライチェーンである。日本は部品や機能的な材料を作るのが世界一うまい。セラミックコンデンサや抵抗などの受動部品は、今や0201と呼ばれるくらい、0.2mm台×0.1mm台という肉眼で見るのが難しいくらいの超小型の部品を村田製作所など開発し、次世代のスマートフォンに導入しようとしている。部品を小さく、回路基板面積を小さくできれば、その分バッテリを大きくできるため、電池が長持ちする。スマホに強く求められる重要な機能だ。

 

かつて、ノキアが世界一の携帯電話会社だった時、日本市場には2Gデジタル電話の独自方式のため参入が難しく、日本だけは市場を取れなかった。しかし、日本に法人をしっかりと残した。狙いは部品調達だった。

 

スマホは今や性能・機能を争う時代ではない。ユーザーエクスペリエンスと呼ばれる、「楽しいインターフェース」を競う時代である。アップルが日本に拠点、それも横浜を選んだのは、横浜がこれからの日本のシリコンバレーにあると見たのであろう。すでにモバイルプロセッサのトップメーカーARM社、ローム、スパンション(旧富士通セミコンダクターのマイコン・アナログ部隊)EDAツールのケイデンスなど、そうそうたるハイテク企業が集まってきている。ここにアップルが来れば、頭脳が売り物の設計開発拠点と十分になりうる。

 

そして、部品調達といえば研究開発とは関係ないと思われがちだが、実はそうではない。Time to market (T2M)が最大の競争力になってきた現在、開発段階から生産に使う部品を決め、その調達先を確保することが世界では行われている。研究開発に使った部品や材料と生産段階で使った部品などが違うといった、かつての日本のモノづくりでは、もはや世界に勝てない。研究開発から生産、量産、生産終了まで一気通貫のサプライチェーンを作ることが開発の大きな役目である。現実にこれをサポートするためのPLM(プロダクトライフサイクルマネジメント)ソフトウエアが入手できる時代になっている。フランスのダッソー社、米国のPTC社、ドイツのシーメンスソフトウエア社など、モノづくりを効率よく進めるためのPLMすなわちCMS(コンテンツマネジメントシステム)ソフトウエアが普及している。

 

アップルはスマホやタブレットの次機種に備え、ユニークな部品を求め、日本のテクノロジーを探しに学会や業界団体などに参加して来るだろう。部品や材料の情報収集にアンテナを張り巡らせる役割が横浜の開発拠点の最大の役割となる、と私は見る。

 

参考資料

1.    人に優しい未来を生み出すテクノロジー「第1回:ITテクノロジーで病気を防ぐ――ウェアラブル端末が実現する」

 2.    Toumazのヘルスケア半導体チップ、米国の病院で効果を実証(2013/06/05)、セミコンポータル

3. 津田建二「欧州ファブレス半導体産業の真実」、日刊工業新聞社刊 2010年

                                                                                 (2014/12/12