火災事故対応で見るルネサスの大きな変貌

(2021年3月22日 16:09)

 ルネサスエレクトロニクスの那珂工場(図1)で、319日(金)に午前247分頃、火災が発生した。同日午前812分頃、消防により鎮火を確認した。ルネサスはこの火災状況を同日の23時にプレスリリースでメディアに流した。第1報のプレスリリースには翌20日(土)午前9時から警察と消防の立会いの下で現場検証する予定と書かれてあった。

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1 ルネサスエレクとトンクスの那珂工場 出典:記者説明会からのスクリーンショット

 

 現場検証は9時から13時まで行われた。現場検証の結果、人や建屋の被害はなかったが、純水供給装置や空調装置など一部用役設備および一部製造装置に被害が出たという。そして、警察および消防による現場検証が終了し、出火元がN3棟(300㎜ライン)の一部工程である、メッキ装置であるということが特定された。同装置の筐体およびメッキ槽は熱への強度が相対的に低く、過電流が発生したことにより発火に至ったものだと断定された。

  なお、焼損面積は、約600平方メートルで、N3棟(300㎜ライン)1Fのクリーンルーム面積(12,000㎡)の内、約5%に相当し、焼損した製造装置は、11台でN3棟(300㎜ライン)の全製造装置の約2%に相当するという。ただ、焼損面積が小さいからと言って、生産工程に支障が少ないということでは決してない。半導体前工程の工場は、リソグラフィ、エッチング、成膜という一連の工程を何度も繰り返すことによって、薄膜のパターンを描いていくからだ。自動車工場とは違い、流れ作業ができないという性格の工場である。

  現に、火災現場の1階のクリーンルームの上にある2階のクリーンルームは正常に稼働しているが、出火元がBEOL(半導体前工程の中の後半の配線工程)であり、FEOL(半導体前工程の中の前半のCMOSトランジスタを形成する前半の工程)は正常に稼働している模様。半導体ICは一般に、シリコン結晶ウェーハを投入してから、CMOSトランジスタを形成し、その後に配線層を形成する。FEOLとはCMOSトランジスタを形成するまでのプロセスを指す。その後で配線層を形成する訳だが、ロジックICでは56層配線は当たり前。10層に及ぶような複雑なICもある。

 

多層配線でのメッキ工程


 この多層配線工程では、特に複雑なロジックICでは、昔のAl(アルミニウム)配線ではなく、Cu(銅)配線が主流である。Al配線は蒸着工程が使えたが、Cu配線では使えない。このため、デュアルダマシンと呼ばれる特殊なプロセスを使って形成する。実はCuはシリコン中に入ると、電子をトラップするディープレベルと呼ばれる不純物準位を作るため、Cuがシリコンに直接入らないようにしなければならない。このため、Cuの侵入を抑え、なおかつシリコンに入っていかないような金属でシリコン表面を覆う。このような金属はバリアメタルと呼ばれる。そこでシリコンの上にCuを配線する場合には、必ずバリアメタルをスパッタリングなどの手法で薄く形成し、その後、種結晶としてCuを薄く形成する。ただし、電気抵抗を下げるためにCuは分厚くしかも短時間で付けたい。そこでメッキを使う。

  メッキ液には硫酸銅に青酸カリを混ぜたものを一般にはよく使う。メッキ液の中にアノードからカソードに電流を流すと、Cuイオンがカソード側に流れて、カソード電極に取り付けたシリコンウェーハ上にCuメッキされるという訳だ(図2)。


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図2 メッキ装置 出典:記者説明会からのスクリーンショット

 

 

 今回の火災では、メッキ槽の中にあるアノード電極から続いている上側の配線の一部に電流集中が起き、そこで電線が切れてしまい、その火花によって発火したらしい。電線が切れて電流が停止したのであるが、すでに近くにある樹脂材料に火が飛び移ってしまった。作業員が遠くからその様子を見つけ発火を確認し、非常停止ボタンを押したが、火はすでに手の付けられない状態になっていたために消防へ連絡したという。

 過電流が発生した原因や発火に至った経緯については調査中とのことであるが、疑問として回路ブレーカーが作動する前になぜ過電流検出保護回路をアノード配線近くに入れていなかったのだろうか。また発火した火花が樹脂に飛び移ったというが、難燃性樹脂を採用していなかったのだろうか。こういった疑問を含めてルネサスはメッキ装置メーカーに問い合わせている最中だとしている。


隠さない説明は好感

 

 記者会見では、ルネサスが会見で見せた焼けただれたメッキ装置、クリーンルーム内の近くの延焼した製造装置(図3)、やや離れたクリーンルーム内のすすに汚れた天井などの写真までも公開した。これらの写真を見て、なぜわずか1カ月で生産を戻せるのかという質問が集中した。これに対して、CEOの柴田英利氏は、クリーンルームのフィルタや部材の手配、代替すべき11台の装置の手配、さらに焼けただれたクリーンルームで手作業での片付けの応援部隊の手配などはすでに終わっているとして、最短で1カ月で再開する、と固い決意を崩さなかった。

 

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3 焼けただれたメッキ装置 出典:記者説明会からのスクリーンショット

 

 これは2011年の3.11東日本大震災の時に自動車メーカーやティア1サプライヤーなどの応援部隊の手伝いであっという間に片付いたという経験が同氏にはある。人海戦術しかない片付けにはとにかく人が必要だ。すでに5社以上の企業から手伝いの人を出すという申し出を受けているとしている。 

 今回の事故で改めて感心したことは、メディアに火災事故の最初から21日日曜日にウェブ記者会見を開くまでのスピード感と透明性である。事故を起こしたことはまずいが、それを隠さず、スピード感を持って対応したことは評価できる。事故が起きた19日午前2時から同日23時にプレスリリース第一報、翌20日の9時から13時までの現場検証とそのデータ整理、発表準備を済ませた21時には第2報が入り、その直後に21日(日)14時に開催するウェブ記者会見のお知らせが入った。21日の会見で現在の全容がほぼわかった。

  ところで、ルネサスエレクトロニクスの時価総額は、いつの間にか21200億円程度になっている。1年前の時価総額の3倍である。その最大の要因は、ルネサス自身が大きく変わったことにありそうだ。柴田CEOが就任する前までのルネサスのトップは、大きな借金を背負ってまでもほとんど相乗効果のないIDTを買収した。20196月に柴田英利氏が就任した当初は、また金融系の人がトップか、と落胆したが(参考資料1)、彼はまだ40歳代と若い。海外留学の経験もある。スピード感があり、ITがけん引する半導体企業のトップとしては海外企業並みであることが徐々にわかってきた(参考資料2)。これまでのスピード感、ITメガトレンドへの対応、シリコンバレーのIDT経営陣をルネサス経営陣に加えたこと、などこれまでの古臭いNEC、日立、三菱といった典型的な旧体質の企業体から訣別したことが、今回の火災事故の対応からもはっきりわかった。

 

参考資料

1.   ルネサスの社長交代劇だが、また金融系の人(2019/6/25

2.   ルネサスがグローバル企業に変身中(2020/8/8

 

   

生活習慣病を即座に見出すウェアラブル端末を目指して

(2021年3月 7日 10:46)

ウェアラブル機器は健康管理ツールとして変わりつつある。すでにアップルウォッチは医療機器である。米国の厚労省に相当するFDA(食品医薬品局)の認可を取得し、シリーズ4以降のアップルウォッチは立派な医療機器として認められており、心拍数や心電波形を示す心電図としても認められるようになった。不整脈の検出に活かせるようになっている。強みは何と言っても常時、測定できることだ。

テクノロジーが進化したおかげで、ウェアラブルデバイスで手軽に病気の診断をできるようになるが、今後はさらに病気診断の範囲が広がることになる。その一つとして可能性を秘めているのが、眼底検査だ。

人間の眼底を流れる血管からさまざまな生体情報がわかると言われている。光学的に血糖値(グルコース)を測定する、血管の太さから血圧を測定する、はたまたIR(赤外線)LEDを照射しスペクトルから中性脂肪の濃度を測定する、など、生活習慣病を眼底血管から見つけることができそうだという(図1)。

 

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1 眼底検査は多くの生活習慣病がわかる 出典:ナノルクス

 

しかし、これまでの眼底検査は可視光で見ているため、患者はまぶしくて目を開けていられない。しかもまぶしいため、瞳は小さくなる。せいぜい静止画の写真を撮るくらいしかできない。

そこで、まぶしくない赤外光を使えば長時間撮影できだけではなく、動画もとれるようになる。しかし赤外線だと白黒撮影しかできない。そこで、赤外線画像をカラー化する技術を追求するスタートアップのナノルクスは、奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域 光機能素子科学研究室の太田淳教授グループと共同で、医療用の眼底カメラを開発した。このほど大阪大学大学院医学系研究科眼科学(教授:西田幸二)および同大学医学部附属病院AI医療センター(特任教授(常勤):川崎良)は、このカメラを用いて同大学医学部附属病院での検証を開始した。

カメラは試作品に近いモノだから、今のところ大きいが、単板式のCMOSセンサにカラーフィルタを組み合わせたカメラであるため、技術的にはスマートフォンに搭載できるほどの小型化はできそうだ。そうなると、スマホが医療機器となる可能性がある。画像診断なら、AI(機械学習やディープラーニング)も使える。AIは病気かそうではないか、あるいはその中間かなどの診断が得意中の得意である。学習を積み重ね、画像データを蓄積していれば、スマホやアップルウォッチなどの端末で推論できるため、ウェアラブル程度の大きさで、診断できるようになる。現実的な話である。

ナノルクスはNews &Chipsでも取り上げたように(参考資料12)、赤外線の波長領域の中から可視光のRGBに相当する波長域を見つけ、赤外線写真をカラー化できるようにしたベンチャー企業だ。今すぐにスマホに載せても、赤外線画像にふさわしい用途が少ない。このため、まず医療機器で臨床実験を行い、データをたっぷりとることから始めようという訳だ。

エレクトロニクス・半導体テクノロジーの進歩は、医療機器をモバイルデバイスに変えるようになりそうだ。これまでは歩数計や歩いた距離など単なる活動量計という位置づけでしかなかった。歩数計の歴史は古く、加速度センサで歩数を数えるiPhoneの時代からも歩数計は搭載されていた。しかし、これらは医療機器としては認められず、単なる活動量計としてFitbitなどから長く販売されていた。

しかし、テクノロジーの進歩によってアップルウォッチのようなウェアラブルデバイス程度でも、立派な医療機器と認定されるようになった。血管を流れる血液中のヘモグロビンが入射光を吸収する性質があるため、光パルスでほぼ連続的に血管に光を照射してその反射を検出すれば、ほぼ連続的な脈の波形をとることができる。心臓から送り出される血液は血管を太くするため、細い血管と太い血管の反射光を連続的に計測することによって脈波図を描くことができる。

従来の心電図は昔から使われてきたが、これは人体を流れる微弱な電流を検出しており、心臓から血液が送り出されるときに微小な電流を測っているだけであり、精度が高いのかどうか実は疑わしい。だったら、光パルスの反射を検出するウェアラブル機器だって精度的には似たようなものかもしれない。

医療機器として認められた、アップルウォッチのシリーズ4を発表した後の20191月、アップルストアで、CEOTim Cook氏はCNBCテレビのインタビューで次のように答えている。「将来、何年かたってからAppleは人類にどう貢献してきたのか、を振り返るように質問されれば、ヘルス(健康)だと答えます。なぜなら、アップルは人々の生活を豊かにすることが使命だからです。ヘルスケアの中でも健康(Wellbeing)にすることが私のメインターゲットです。医療が病院だけに支配されているのではなく、個人個人が健康に注意できるように、医療の民主化を図っていきたいのです」(参考資料3)。

 

参考資料

1.     真っ暗闇でカラーの赤外線画像・映像を撮る (2020/2/21

2.     赤外線画像がカラーで見られる! (2018/7/6

3.     Apple CEO Tim Cook On China, Wall Street and Innovation (2019/1/9


   

Intelの社長交代にみるハイテク企業経営者の日米の違い

(2021年1月14日 19:19)

 Intelの新CEOPat Gelsinger氏(図1)に決まった。同氏は元々Intel30年以上在籍しCTO(最高技術責任者)を務めていた。半導体業界においてプロセス技術に熟知したテクノロジーの最高責任者であり、創業者のRobert Noyceやムーアの法則で有名なGordon Moore氏、ビジネス書籍「パラノイアだけが生き残る」を記したAndy Grove氏などから、技術と経営を学んでいた。Intel退社後EMC、そしてVMwareに入社、2012年からその仮想化ソフトウエア会社のCEOを務めていた。これまでIntelCEOだったBob Swan氏は215日に退任する。

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1 Intelの新CEOに決まったPat Gelsinger

 

 2020年のIntelは、第2四半期までは比較的順調に成長していたが、第3四半期は前年同期比10%減という残念な結果に終わった。Intelの株価は少しずつだが落ちて行き、2020年の4~5月ごろからAMDに大きく引き離される結果になった。すでにその兆候が少しずつ表れていた。その前の第2四半期の決算発表で、7nmプロセスの立上りの延期を発表した。TSMC7nmプロセスサービスですでに大きな利益を手にしていたことと対照的だった。第3四半期の決算報告では、IntelCPUの製造を自社工場ではなく、他のファウンドリに依頼することも選択肢にあると述べた。もはやIntelには未来がないとまでも言われた。

  Intelは、7nmプロセスの遅れに対してプロセス開発のマネージャーをガラリと変えた。しかし、Intelの株価低迷は止まらず、CEOBob Swan氏に対する風当たりはますます強くなった。シリコンバレーの論客で、元Cypress Semiconductorの創業者兼CEOだったT. J. Rogers氏は、米国のニュース番組専門チャンネルのCNBC放送の1231日におけるインタビューで、IntelCEOを代えなければIntelは危ないと警告していた(参考資料1)。同氏は、Intelのようなハイテク企業では、Ph.Dなどの資格を持つ、もっとテクノロジーを熟知した人間をCEOにすべきだ、と主張していた。現に差を付けられたAMDCEOPh.D(博士)を持つLisa Sue氏(参考資料2)であり、彼女はIEEE Robert Noyce賞も2020年に受賞している。

  このほど退任するBob Swan氏は、その前のCEOであったBrian Krzanich氏が社内の従業員と関係を持った、ということが社内規定に触れるとして退任した20186月に、CEOとなった元CFO(最高財務責任者)であった。Intelに入社する前もずっと財務畑を歩んできた人間である。テクノロジーには詳しくないため、ワンポイントリリーフだと見られていた。ところが2年余りCEOの地位にいたものの、テクノロジーに疎いため将来の絵を自分で描くことができなかった。

  Intelのプロセスは、TSMCSamsungよりも微細なプロセスを使っていたと言われてきた。例えば、Intel16nmプロセスはTSMC10nmプロセスと同程度といわれており、TSMC7nmIntel10nmプロセスよりも少し小さい程度だった。しかし、一般投資家やアナリストにはそういった技術の詳細は通用しない。容赦なくIntelのプロセスは遅れている、と言われていた。

  だが、TSMCの微細化のスピードは極めて速い。114日に発表したTSMCの第4四半期決算報告会では、第4四半期の売上額の20%7nmプロセスの一つ先の5nmプロセスをすでに占めていた(図2)。第3四半期では10%程度しかなかったのにもかかわらずだ。第2四半期には5nmプロセスは影も形もなかった。Intelがプロセス技術でもたついている間に、TSMCはあっという間にその先を走り、大きく差を広げていたのである。

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2 TSMCの売上額はすでに5nmプロセスが20%も占める 出典:TSMC

 

 Intelでは、テクノロジーに付いていけない経営トップはもはや用済みなのだ。米国のソフトウエアベースの計測器メーカーでありLabVIEWで有名なNational Instruments社でも、2017年からCEOとなった財務出身のAlex Davern氏は、20202月にアプリケーションエンジニアから戦略立案のリーダーを務めていたEric Starloff氏に代わった。Davern氏がCEOに任命される前は、創業者のJames Truchard博士が1976年以来、201612月まで40年間、CEOを務めていた。

  日本ではハイテク企業であってもテクノロジーに疎い人間がトップを務める例が実に多いが、これこそが、日本が遅れている要因の一つかもしれない。半導体やITのようなスピードが求められる産業では、常にテクノロジートレンドに気を配っていなければハイテク世界から置いていかれる。こういったテクノロジートレンドを先読みできない経営トップがいる限り、日本の成長は遅れるであろう。

 

参考資料

1.    米国ニュス専門チャネルCNBC2020/12/30

2.    CES2021AMD CEOの基調講演;コロナで大きく変わったことは何か?(20201/13

   

コロナ禍でオンライン取材が当たり前になった

(2020年12月25日 22:11)

2020年はついに一度も海外に出張しなかった。20年ぶりかもしれない。新型コロナの感染力がけた違いに強いことがわかり、呼吸困難に陥る重症化にもなりやすいという厄介なウイルスの感染拡大したせいだ。世界各地で入国制限やロックダウンをしている。人から人へと唾液感染だから移りやすい。

 3月下旬あたりからテレワーク(WFH: Work from Home)になり、オフィスまで電車に乗って出かける必要がなくなった。それでも筆者のようなジャーナリストや編集者は、ITエンジニアと並んでWFHで活動しやすい立場にはある。図1のように在宅勤務導入率では上位にある職種だ。

 

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図1 在宅勤務しやすい職種 出典:経済産業研究所(権 赫旭氏、萩島駿氏)

 

 テレワークと言っても職種によっては在宅勤務できない仕事も多い。特に、資材や購買、受付・秘書といった職種は在宅勤務の導入率は低い。製造業のエンジニアや実験を行う工学のエンジニアは設備のある工場や実験室に通わなければ設備を使えない。このため、在宅勤務はしづらい。しかし、論文を書いたり読んだりする時はオフィスに行く必要はない。

昔、原稿用紙に向かって長い記事(特集や解説)を書く時は、自宅で執筆していたことがよくあった。まさにテレワークだった。米国のように編集者やジャーナリストは昔から自宅をオフィスにしていたケースが多い。ジャーナリストは、東海岸、中央、西海岸に分かれてそれぞれがオフィスを持ち、自分の守備範囲をカバーしていた。1980年代くらいまでは電話取材が多く、パソコン通信、インターネット取材へと進化してきた。ファックスで取材していた期間は短かった。

そして今はZoomWebExON24Teamsなど会議ツールを使った取材へと変わった。今年、急激にこういったインターネットツールを使った取材インタビューや記者会見が増えた。記者会見、企業のセミナー、国際会議、展示会など、多くのイベントがオンラインに代わった。逆にこうなると、今まではめったに行けなかった海外での展示会や国際会議も簡単に参加できるようになる。もちろん出張費は要らない。悩みは時差だけだ。それも北米以外の取材なら、時差はそれほど苦ではない。欧州の朝はこちらの夕方であり、真夜中にはならないことが多い。

オンライン会議が今年ほど普及していない昨年までは、国際電話取材もそれなりにあったが、時差を考慮してくれていた。しかしオンラインのリアルタイムでは、特に米国取材は時差が厄介だ。米国の朝はこちらの真夜中になる。夜遅いと眠くて起きていられない。

それでもオンラインツールの便利なことは、後になってオンデマンドで視聴できることだ。リアルタイムで視聴できなくても(その場合は質問できないが)、後でゆっくり視聴できることは、内容を理解しやすいことにつながる。

結局、大抵のことはオンラインツールで取材できてしまうのである。資料のないインタビューも時間を配慮してもらえば、記事を生むことはできる。今年、一度も海外出張はしなかったが、海外取材はむしろ増えた。

 

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2 2012年に参加したラスベガスでのCES会場

 

毎年1月の始め、米国ネバダ州ラスベガスで開かれる民生用IT関係のCES(図2)は、完全オンラインになる。取材したければ、アポイントメントもオンライン上で取れる仕組みを導入している。実際に出向いてさまざまなエンジニアやジャーナリストとディスカッションできるような臨場感と情報量と比べると確かにオンラインは落ちるが、出張予算もないジャーナリストやエンジニアは低コストで参加できるというメリットは大きい。

また国内での学会や業界活動での講演は全てオンラインに代わったが、ここでもメリットがないわけではない。東京で開催しても地方にいる人は出張費がかからないから参加しやすい。またリアルの場だと気後れして質問が出にくいが、オンラインでしかも事前に講演資料を配布していれば、多数質問が出て活発な議論ができるようになる。

ただし、デメリットとして、参加者同士の議論がまだしにくいという点がある。参加者と講師との間のディスカッションやQ&Aに限られる。これもツールの改良で、参加者同士のディスカッションもいずれできるようになるようだ。オンライン会議は意外と使え、情報量は多い。

   

米国で生まれた新興ファンドリ企業SkyWater、日本でも立ち上げるべき

(2020年12月24日 10:59)

米国で生まれたファウンドリ企業が政府の信頼を得て、ビジネスを拡張し始めている。ミネソタ州ブルーミントンに拠点を置くSkyWater Technologyという会社がそれである(参考資料1)。それも90nmというそれほど微細でもない製造プロセスから本格的にファンドリビジネスを始めている。すでにグーグルとパートナーシップを組んで半導体チップ製造を進めている上に(参考資料2)、国防総省からも受注を勝ち取っている。それも最先端の300mウェーハではなく200mmウェーハを使う。

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1 SkyWater200mmファブ 出典: 同社ホームページより(参考資料1


残念ながら製造が得意な日本では、製造を請け負うファンドリはビジネスにならなかった。ファンドリビジネスを理解できる人間がいなかった上に、半導体製造ラインさえあればできると、たかをくくっていたからだ。日本でこれまでファンドリビジネスと称していたサービスは実はファンドリサービスとはほど遠い。設計から製造までをこなすIDM(垂直統合型半導体メーカー)の日本の半導体メーカーは、実は全くの中途半端であることさえ気づかなかった。メモリのように大量生産製品ならIDMは適しているのだが、世の中がシステムLSISoCともいう)の少量多品種の製品になったのにもかかわらず、IDMにこだわりファンドリとしてやってこなかった。たくさんのIDMが自らファンドリと称している事業部門は、自社の生産ラインが余っていたら他のIDMにも貸してあげる、というスタンスの事業だった。これでは営業していないのと同じこと。想定顧客はやはりIDMであった。ファブレスを顧客として取り込むことができていなかったのである。

ファブレスを顧客に取り込むためには、ファンドリがシステム設計から論理設計、論理合成、レイアウト、マスク出力までのLSI設計工程全てを熟知していなくては営業できない。ファブレス半導体の中には論理設計でのRTL出力までプログラムできる所があっても、その後の検証やレイアウトはできない所もある。またレイアウト出力までやっていける所もある。さまざまな段階で、しかも自社のプロセスに合うようにMOSトランジスタレベルでの設計ルールをPDK(プロセス開発キット)という形で提供していなければならない。こういったファンドリビジネスの基本ができていなかった。

 かつて日立やNEC、富士通、東芝などは全て「ラインが空いていたら使わせてあげる」という態度だった。これでは客は誰も来ない。PDKを用意している日本のファンドリは、パナソニックが放棄した工場を利用するタワーパートナーズセミコンダクタ―社だけである。親会社のタワーセミコンダクタは、かつてNational Semiconductor社のイスラエル工場を買収しビジネスを始めた。その後、米国のジャズセミコンダクター(旧ロックウェル)を買収、さらに日本のパナソニックの工場も合弁で手に入れた。パナソニックが台湾の半導体メーカーに売却したことで、現在の形になった。

米国で生まれたファンドリ会社のSkyWaterも、2017年にミネソタ州ブルーミントンにあったサイプレス社(現在はインフィニオン)の工場を買ってファンドリ事業を始めた。しかも130nmから始め、今年90nmPDKを提供することで本格的なファンドリビジネスを展開する。

日本では今さら初めても微細化でTSMCには勝てないからファンドリをやっても無駄、という声が根強いが、何もTSMCをライバルにしなくても市場はたくさんある。そのTSMCでさえ、最先端の7nm5nmといったビジネスは売上額の50%近くに達しているが、残りのプロセスルールでも50%の売り上げを誇っている。先ほどのタワーセミコンは最先端でも65nmプロセスであり、市場は十分にあるのだ。アナログやパワー半導体なら微細化は要らない。むしろ7nmまで微細化すると性能がむしろ落ちるデバイスもあるという。ただし、半導体は微細化するほど性能は上がるという性質があるため、徐々に微細化していけばよい。

市場を見極めることができないのであれば、作り手主導でも設計のわかる営業やPDKを揃えるといった、必要最小限のサービスリソースを提供すれば、客はやって来やすい。これからの5Gやクラウド、データーセンター、AIIoT(デジタルトランスフォーメーション)といった未来の市場でも欠かせない、例えば電源用ICDC-DCコンバータやAC-DCコンバータ)などは0.7µm700nm)などのPMICが必要だ。また5Gなどのマイクロ波回路向けの半導体なども最先端CMOSほどの微細化は要らない。パワー半導体となればなおさら不要だ。

しかも半導体製造のコスト分析レポートによると、原価に占める人件費の比率はわずか5~8%しかない。つまり半導体製造は人件費の高い国で十分競争できる製造業なのだ。つまり日本に向く。だから米国でも新規参入ができたのである。

日本では、半導体と言えば製造のことばかりを話題にするほど、今でも製造が得意な国だ。にもかかわらず、製造を捨てた。このことを悔やむ人たちが実に多い。

前にも述べたが、半導体工場はコロナを受け付けないほどの清浄度が要求され、ビジネスとしてもコロナ対策のソリューションとなる(参考資料3)。新型コロナで失職した人たちを救う手立てにもなり、しかも将来性があるから長く続くビジネスになる。政府はもっと本格的にファンドリビジネスを日本で始める人たちや企業を支援してはいかがだろうか。

 

参考資料

1.       SkyWater社のホームページ

2       Googleがカスタム半導体の民主化・自由化を推進(2020/11/14

3.       コロナ禍で半導体産業が絶好調な理由(2020/12/13


 

   

コロナ禍で半導体産業が絶好調な理由

(2020年12月13日 10:39)

12月第1週における世界半導体販売額は前年同週比で10%を超える伸びを見せ、100億ドル(1400億円)を記録した。世界の半導体産業はコロナ禍においても活況を見せている。新型コロナは、感染力が強いため、潜在保菌者とは触れないことが大前提になっているが、人と触れない技術や、感染ルートを見つける技術、モノにも触れずにマシンを動かすHMI(ヒューマンマシンインターフェイス)、さらにはテレワークによるコンピュータ需要など、全て半導体で解決できるからだ。もちろん、触ることが前提のスマートフォンや、消費者向けの自動車用の半導体チップは今年前半、低迷を続けてきたが、後半になりようやく回復してきたからだ。アップルの新しいiPhone 12などの需要が立ち上がってきている。

こういった需要だけではない。半導体産業は、ほこりやチリを入れないクリーン度が要求されるビジネスである。半導体工場は、手術のような医療現場以上に清浄度が要求され、工場内ではコロナウイルスさえ入る余地はない。新型コロナよりも微細なものを問題にしているからだ。クリーンルーム内は周囲よりも常に気圧が高く設定されており、たとえコロナがクリーンルーム内に無理やり入ろうとしても空気で押し返される構造になっている。

もちろん、クリーンルーム以外のオフィス環境は一般の働く人と同じレベルの環境ではあるが、クリーンルームにはほこりやチリなど汚染物(Contamination:通常、コンタミという)を入れないという習慣が根付いており、半導体工場のオフィス棟では、靴を履き替えることが常識となっている。

 

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1 廊下を赤チーム用、青チーム用に分けた 出典:Micron Technology

 

今回の新型コロナでも広島県東広島にある米マイクロンテクノロジー社の工場では、在宅勤務ができない作業者・技術者を赤チームと青チームに分け、廊下の真ん中に簡易な壁を作り完全に二手に分けた(図1)。異なる作業をする部門同士をそれぞれ赤チーム、青チームとし触れ合わないようにした。同じ作業をする従業員には作業時間、食事時間をシフトさせ互いに触れ合わないようにする、食堂はアクリル板の仕切りを徹底する(2)など、今では常識となっている対策を5月に発表しており、社内ではその前から実行されていた。各チームを管理するためにリモートコントロールセンターを設け、コックピットのように、全ての業務を可視化できるようにしている。マスクの着用や体温管理、手洗い、消毒などは言うまでもない。

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2 社員食堂 出典:Micron Technology


この広島工場は元日本のエルピーダメモリ(日立とNECの合弁会社で出発したが、2~3年で倒産寸前となり、坂本幸雄氏が立て直し、10年間続けたがリーマンショックで銀行が1円も貸さなくなり会社更生法の適用を申請した)であった。今回のコロナ対策は従業員が自ら提案したもので、マイクロンの経営陣はここの従業員を高く評価している。さらに生産しているDRAMメモリを緊急病院に納入したり、顧客と共にクラウド業者への納入を優先してワクチン開発を支援したりするなど、コロナを撲滅するための支援にも従業員たちは知恵を絞っていた、とMicronの経営陣の一人は語っていた。

半導体の作り手だけではなく、半導体を使う応用も広がってきている。これまでの民生用・産業用から社会問題を解決するために使われることが多くなってきた。例えばDX(デジタルトランスフォーメーション)。センサを使って取得したデータをクラウドに上げ解析、可視化することでセンサのある現場にフィードバックし、顧客の生産性を上げたり売上増のアイデアに変換したりする。センサもデータを処理する物理的なモノは半導体である。エッジで処理したデータをクラウドに上げるための通信手段も半導体の塊であり、クラウド上で、データを収集、管理、紐づけ、保存、解析、可視化する直接のツールがソフトウエアであっても実際にソフトウエア通りに動かしてくれるモノは半導体である。可視化してくれるスマホやパソコン、タブレットなどの端末はもちろん半導体がなければ動かない。

実は、ソフトウエアもハードウエア(半導体)も今や一体となっているのである。ソフトだけ、半導体だけ、ということは今やほとんど意味がない。ソフトウエア技術者を大量に採用する半導体メーカーは実は極めて多いのである。

1週間で1兆円ものビジネスを売り上げる半導体を発表したのは、米市場調査会社のVLSI Researchで、同社はプロセッサや専用回路のようなロジック半導体もメモリ半導体も、アナログもパワー半導体も全て上向きになってきたと述べている。

2020/12/13

   

Googleがカスタム半導体の民主化・自由化を推進

(2020年11月14日 12:10)

誰でも気軽に半導体ICを持てるようになりそうだ。Googleが主導して、デザインハウスとファウンドリを手配し、シリコンチップ製品を作ってくれるというサービスが始まる。LSI設計言語を覚える必要がなく、こんなICが欲しいという要望を出せば作ってもらえる。つまりシリコンチップの民主化が米国から始まるのである。

 

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1 Googleが半導体の民主化を推進

 

 自ら半導体エンジニアを積極的に採用しているGoogleは、AIの機械学習を実行しやすくするためデータフローグラフを利用して数値計算するためのオープンソースソフトウエアライブラリ、「テンソルフロー」を提供したり、AIチップであるTPU(テンソル・プロセッシング・ユニット)を開発したりしてきた。

 AIを効率よく実行しようとすれば、ソフトウエアだけでは消費電力が高くなりすぎるため、半導体AIチップを作る必要がある。今、AIチップベンチャー(スタートアップ)が雨後のタケノコのように世界中に現れている。とはいえ、半導体を設計するためのVHDLVerilogは半導体設計を手掛けたことのない人にはなじみがなく、ゼロから習得しなければならなかった。本来、AIのアルゴリズムに集中したいのに、LSI設計言語まで習得するとなるとAIチップ開発にとても時間がかかる。

 そこで、LSI設計を肩代わりして請け負いましょう、というサービスが半導体デザインハウスである。今回、Googleとパートナーシップを組むデザインハウスは、クラウドファンディングでビジネスを始めようとするEfabless(イーファブレス)社だ。EfablessApache 2.0を使って半導体設計のRTLからマスク出力のGDSまでを担当する。同社が設計した半導体チップを製造するのが米国のファウンドリSkywater(スカイウォーター)Technology社である。Googleが主導して、半導体の設計はEfabless、製造はSkywaterをそれぞれ利用することで、誰でも自分の欲しい半導体チップを手に入れることができるようになる。

 日本だけが半導体産業は斜陽産業だという認識を持っている人たちがまだいそうだが、世界ではほとんどいない。というのは、半導体こそがAIでも5GでもIoTでもクラウドコンピュータでもなんでも実現してくれるデバイスであることを知っているからだ。かつては、半導体産業が行き詰っているから、液晶に行こう、とか安易な方向に向かったが、液晶やディスプレイは所詮、見せるためのデバイスにすぎない。しかし、半導体はどのような機能でも実現できる「打ち出の小槌」のようなデバイスである。「打ち出の小槌」を捨てた産業に未来はあるか。長い間の低迷を抜け出せない要因の一つは実はここにある。

 Googleは半導体チップがインターネットに欠かせない重要性を熟知しているからこそ、力を入れているのだ。

 さて、Googleは半導体を作るためのコストを削減するため、GoogleがスポンサとなりMPW(異なる半導体チップを1枚のウェーハで製造するためのプロジェクト)シャトルと呼ぶサービスでSkywater社に製造を依頼するというもの。半導体工場は、自分だけのチップを1枚のウェーハで製造すると、数千万~1億円という膨大なコストがかかる。このため、1枚のウェーハに複数社のチップを乗り合わせるという仕組みでコストをみんなで分担しようというもの。しかも、ファウンドリが提供するオープンソースのPDK(プロセス設計キット)を用意して、130nmプロセスのアナログデジタル混載LSIを作る。Skywater2017年に米Cypress Semiconductorからスピンオフしたファウンドリ企業。

 こういった半導体に必要なCPUはもちろん、オープンソースのRISC-Vコアであり、コンピューティングのOSはオープンソースのLINUXである。できるだけオープンなリソースを使って自分だけの半導体チップを安く作るのである。

 半導体ウェーハを処理するSkywaterは最近、米国の国防総省から1.7億ドルの援助を受けて、ミネソタ州ブルーミントンにあるファウンドリ工場を拡張、90nmプロセスの放射線に強い宇宙用半導体を開発することが決まった。米国政府は半導体製造を強化する。Googleも米国政府に協力する意思を示すためにもTSMCではなくSkywaterとのパートナーを重視した。最近、TSMCも米アリゾナ州に工場を建設することを公式に表明したが、米国政府から税制優遇などのインセンティブを受けたようだ。また、しばらくの間ニューヨーク州アルバニーの最先端プロセス開発から離れていたGlobalFoundriesも、最近Skywaterと協力して、米国での半導体製造を提供する約束を交わしている。

 今や半導体技術は微細化だけが技術ではない。Intel10nmで作ったTiger Lakeの方が7nmで作ったCPUよりも性能を上げられることを発表している。また、性能よりも機能やUX(ユーザーエクスペリエンス)のほうが重要だ、という声もある。無理やりモノリシックに集積度を高めるのではなく、チップレットという無理のない大きさのチップに抑えて低コストで1パッケージに半導体を集積する手法も注目を浴びている。90nmでも競争力のある製品を作れる。また、TSMCを活用する7nmチップと、90nm65nmチップを混在させるパッケージング技術も利用できる。半導体技術は民主化、誰もが独自チップを持てる時代に入った。日本だけが取り残されないように願う。

 

   

スタートアップフィーバーの再燃に期待

(2020年11月 3日 20:05)

1980年代後半、米国シリコンバレーでは、半導体ベンチャー(注)が雨後のタケノコのように続々生まれた。当時、日経エレクトロニクスの姉妹誌であった米Electronics誌の半導体エディターだったJohn Posa氏は、「まるでスタートアップフィーバーだね」と言っていた。

当時、日本はバブル経済の真っ最中で、そこら中でディスコティックが盛んになり、東京六本木のディスコでは毎晩、踊り狂っていた人たちがいた。Bee Geesが音楽を担当した、映画「サタディナイトフィーバー」がはやり、何かというと「フィーバー:fever(熱)」という言葉が日米を問わず流行っていた。Johnは、それを半導体ベンチャーの熱狂という意味で使った。

 

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1 シリーズAの資金調達額が1.57億ドルにも達した 出典:Global Semiconductor Alliance

 

実はいま、半導体の世界ではスタートアップが続出している。自分のためたお金や知り合いなどから借りて起業し、さらにエンジェルやベンチャーキャピタルから最初に出資してもらう資金調達をシリーズAと呼ぶが、この2~3年シリーズAの調達が世界で急増している(図1)。うれしいことに日本でもスタートアップが誕生し始めている。直近の202010月における24社のスタートアップの資金調達額は合計で、16億ドルを超えた(参考資料1)。

なぜうれしいか。日本の半導体を復活してくれる可能性を秘めているからだ。今や、IT3大要素の一つとなった半導体(参考資料2)は、世界は成長を続けてきたのに、日本だけが30年間失速したままになっている。その敗因は10以上あるが、ここでは一つだけ議論すると日本の場合、大手半導体メーカーは全て総合電機の一部門であった。半導体は本来、ITと同様、ビジネススピードが極めて速い業種である。にもかかわらず、総合電機が支配し続けたために、タイムリーな投資ができず、親会社とは独自にビジネスを展開すればトップは解雇されるという親会社から逆らえない異常な経営をとってきた。世界の半導体では、サムスン以外は全て完全独立した半導体専業メーカーである。親会社の株が1株も入っていない独立企業がほとんどである。

これに対して日本の総合電機は、子会社扱いすることで、人事権を握り、いつでも子会社のトップの首を飛ばせる体制をとってきた。総合電機のトップが半導体を理解できないのであれば、さっさと自立させるべきで、海外の半導体はそのようにして完全独立で業績を上げてきた。フィリップスから独立したASMLNXPや、シーメンスから独立したインフィニオンテクノロジーズなどは親会社の株式はゼロだ。半導体を理解できない経営者がトップで、半導体を子会社扱いして、独立させずに手足を縛っている日本の状況は、今の東芝でも見られるようにとても危険である。キオクシアの上場を阻止したのはキオクシアではなく、東芝の経営陣である。

こういった状況からまず脱却しなければ日本の半導体に明日はない。最初から独立したスタートアップに期待するのは、少なくとも親会社の人事権が存在しないということがある。半導体スタートアップが世界に負けない製品やサービスを作り、日本ではなく世界を相手に戦うことで、日本の半導体の復活がある。かつて日本が得意だったDRAMはもっぱら世界のメインフレームコンピュータメーカーを相手に販売していた。日本の今の半導体製造装置や検査装置メーカーの相手はやはり世界の半導体メーカーだ。日本の半導体メーカーの相手はやはり世界でなければ成長しない。


 注)ここではベンチャーをスタートアップと同じ意味の日本語で使っている。英語でベンチャーというと、ベンチャーキャピタルのことを思い浮かべる人が多い。日本語ではベンチャーといった方が通じるとして最初はベンチャーという言葉を使ったが、後半以降はスタートアップに替えた。


参考資料

1.       Startup Funding: October 20202020/11/2

2.       IT3大要素が誕生して70余年、三位一体に(2020/10/18

   

ITの3大要素が誕生して70余年、三位一体に

(2020年10月18日 11:10)

 世界のIT業界では、半導体を使って特長のある製品を作ろうという動きに対して、日本はその逆を行くことを示している。東芝がシステムLSIを手放すとか、パナソニックや富士通が半導体事業そのものを売却するといったニュースが起きている。IT3大要素(コンピュータと通信と半導体)の一つである半導体を使って差別化する製品を作ろうという企業マインドが足りないのである。

  なぜグーグルやアマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトなどが半導体を欲しがるのか、残念ながら日本の電機やITの経営者は理解していないようだ。しかも今は半導体を自社開発する場合でも工場を建てる必要がなく、コストも工場を建てる場合の1/10~1/100で済むことさえ知らないのだ。実は今や、コンピュータ・通信・半導体は三位一体となりつつある。

  IT3大要素は全て、第2次世界大戦直後の1945~1950年のわずか3~4年間に誕生した。電子式コンピュータを発明したエッカートとモークリはENIACの動作を実証した。米AT&Tベル研究所(現在ノキアベル研究所)にいたクロード・シャノン(図1)はデジタル通信の理論を発表、同じくベル研のショックレイ、バーディーン、ブラッテインは半導体トランジスタを発明した。

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1 クロード・シャノンの胸像 筆者撮影

 

 電子式コンピュータのアイデアは、戦時中にアラン・チューリングがチューリングマシンとして提案した。演算回路とメモリ回路を使って計算手順を構成し、ソフトウエアでさまざまな計算を可能にする、とした。ハードウエアという共通のプラットフォームの上で、ソフトウエアを変えるだけでさまざまな計算を行う、という概念だ。実は今、コンピュータはもちろんだが、これ以外のほとんどすべての電子機器がこの考えで出来ている。半導体SoCチップという共通のハードウエアを作り、ソフトウエアを変えるだけで拡張しようという考え方だ。

  こういったコンピューティングの考え方はDVD機器をはじめとする家電機器にもある。東京大学の藤本隆宏教授のグループは、日本のDVDやパソコンがなぜ世界に勝てなかったか、を研究分析してきた。ゼロから刷り合わせて作ってきた日本のDVD機器は台湾製に負けた。アジアでは、心臓部分の旧三洋電機の光ピックアップと台湾メディアテックのチップを利用した。それ以外は商用の汎用部品ですますことができた。これでコストの安いDVD機器を作れた。特に、メディアテックのチップは、世界各地のDVD仕様を全て1チップにソフトウエアとして焼き込んでいた。つまり、メディアテックの半導体チップが世界各地のさまざまな仕様に対応できるプラットフォームであった。それ以外の機能は電機メーカーごとに少しだけカスタマイズすればよい。低コスト化の典型的な技術だ。

  この流れは、オープン化や標準化と全く同じ。オープン化とは、全ての技術を公開することではなく、機器同士をつなぐインターフェースだけを公開してみんなで決めることだ。みんなで決めて標準規格にする。誰が標準化を決めたかは問題ではない。そうするとインターフェースをはじめから考えて作る必要がなく、無駄な作業が減り低コスト化できる。何でも自前でゼロから作るようでは高コストになるのは当たり前。

  話しは脱線したが。クロード・シャノンはデジタル通信理論を打ち立てた。携帯電話の2G(第2世代)からなじみ深くなったデジタル通信は、今や数百Mbps(メガビット/秒)というレベルにまでやってきた。デジタル通信の符号化の限界を理論的に簡単な数式で示した。5Gという今の通信技術はシャノンの理論限界に近づいている、とノキアは見ている。しかし、複数の搬送波(キャリア)を利用してデータレートを上げるするキャリアアグリゲーションのように、限界を突破する技術も登場している。

  半導体でもムーアの法則が限界に近づいてきた。半導体でもその限界を突破するため、チップ表面の2次元にトランジスタを集積するのではなく、3次元に集積することで今後の更なる高集積化に対応しようとしている。

  これらの3要素は、それぞれの限界を突破するためのテクノロジーを模索している。コンピュータでは、フォンノイマン型アーキテクチャからAIや量子コンピューティングなどの超並列演算方式の開発が始まっている。超並列CPUに対応するためには、クロスバー方式から電子交換方式に通信技術が変わったように、各プロセッサとのやり取りの正常な高速化に電子スイッチ交換技術が使われている。しかも大規模な半導体チップ間、チップ内でも通信技術を活かすようになってきつつある。ファブレス半導体のNvidiaが超並列通信配線技術を持つMellanoxを買収したのはまさにこのためだ。

  ITをけん引する3つの要素技術は、実はもはや三位一体として考えなければならないようになっている。コンピュータも通信も半導体もある程度は理解していなければ、今後のITの技術を開発できなくなっているのである。もちろん、この中にソフトウエアやアナログ技術が含まれる。つまりテクノロジーを語る限り、いずれが欠けても発展しにくくなってきたといえそうだ。

 

 

   

Armからスピンオフする新メモリ会社Cerfe LabsのCeRAM技術とは?

(2020年10月 6日 21:57)

 全く新しい原理の不揮発性半導体メモリである、CeRAMArmからスピンオフした会社がIPコアとしてライセンスビジネスを始めた。強相関電子系と呼ばれる固体物理学の原理を用いたCeCorrelated ElectronRAMである。久々に全く新しい原理の不揮発性メモリ技術を持ってArmから独立し、Cerfe Labs社を設立した。

  Cerfe Labs社は米テキサス州におけるハイテクの街オースチン(図1)に設置した。実はArmはこれまでも5年間、社内のArm ResearchCeRAMの研究開発を行ってきた。米国国防総省(DoD)のDARPAERIElectronics Resurgence Initiative)プロジェクトにも加わった。このプロジェクトではCeRAMの材料と多値化の研究をしていた。すでに150件ほどの特許やIPを持ち、満を持してこの10月に入り起業した。


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 1 テキサス州オースチンの街並み 筆者撮影

 

 CeRAMは二つの状態を遷移することで1、0を表現する訳だが、電子同士の相互作用に関する研究は英国でArmだけではなく、英Oxford大学でも行われてきてきた(参考資料1)。電子を単体の伝導電子として扱うのではなく、電子同士がまとまり相関作用のある挙動を扱う。電子同士の相互作用は遷移金属酸化物や有機分子固体などでも知られている。

  強相関電子状態は、電子がバラバラの単独で動作するのではなく、電子同士が相互作用しながら挙動する様子を表す。これまでも超電導におけるクーパー対や、強磁性体、反強磁性体など、酸化物を構成するようなレアメタルを含む多元系の化学組成などの材料で、強相関電子系がこれまで示されていた。

  メモリとしてのスイッチング状態は、電子同士が局在化してクーロン相互作用が強まり、系としてバンドギャップが開く絶縁体のような状態と、電子がバラバラにスクリーニングされて金属のような状態(バンドギャップがゼロ)の間を遷移する。フィラメントを形成したり、相変化を利用したりするわけではないため、結晶構造は変わらない。このため10の状態を行き来しても結晶構造が劣化することはない。このため、読み出しと書き込みを繰り返しても劣化しない。つまり信頼性が高く、RAM動作が可能になる。

  電子同士が局在して絶縁体のような状態を1として、ここに電子を外部から注入すると電子がバラバラな金属的状態の0になる。電子がバラバラのスクリーニングされた金属的状態0に正孔を注入すると電子同士が相互作用して局在化し絶縁体的な1の状態になる。メモリセルに電子や正孔を注入するのがアクセストランジスタとなる。測定では電気抵抗を測り、その抵抗変化で10を判断するメモリである。

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2 Arm Researchが試作したCeRAM 出典:Cerfe Labs

 

 実験では、CMOSのアクセストランジスタとメモリセルを3次元構造で作って見せている(2)。メモリセルは多層配線のどこかに作り込めば済むため、高集積化しやすく、しかもCMOSの微細化に応じてセルもチューニングできるため、3nmプロセスまで適用できるとしている参考資料2。実験で読み出し・書き込み時間は共に4nsを観測しているが、ほとんどのCe材料は理論的に100 fs0.1 ps)が得られるはずだという。

  CeRAMのメリットは大きい。まず何よりも電源を切った後でも記憶内容が消えない不揮発性であり、RAM動作ができること。つまり書き換え回数を増やしても劣化しない。動作電圧が0.6Vと低く、消費電力も小さい。メモリセルを配線部分に作れるため3次元化が容易で、高集積しやすい。

  実際のビジネスはArmと同様、IPランセンスとロイヤルティのビジネスとなる。すでに米コロラド大学のCarlos Paz de Araujo教授率いるSymetrix社とパートナーシップを作り、これからエコシステムを作っていく。


参考資料

1.     Correlated Electron Systems, University of OxfordDepartment of Physicsホームページ

2.     Correlated Electron SwitchesCerfe Labsホームページ