インテル、ドローンLED花火をハウステンボスで打ち上げ

(2017年6月25日 22:29)

 昨年、インテルが、ウォルトディズニーと提携し、フロリダ州オーランドにあるディズニーワールドで、LEDを搭載した300機のドローンを一人のパイロットが動かすというイベントを行った(参考資料1)。このほど、夜空にLEDを光らせたドローンで花火や光の模様を描くというイベントを日本でも行うことが決まった。インテルとハウステンボスが手を組み、ハウステンボスの海上上空でこのイベントを今年の722日から85日まで開催する。

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1 インテル社のドローングループ責任者のアニル・ナンデューリ氏

 

 来日したIntelDrone GroupGMNew Technology GroupVPでもあるAnil Nanduri氏(図1)は、「インテルはさまざまなドローン技術を開発しており、橋梁やトンネルなどのインフラシステムの監視をはじめ、農業や電力網の監視、パイプラインや石油工場の管理など人間が立ち入りにくい場所にある建物や設備などのデータの取得をドローンが行う他、ライトショーなどのエンターテインメントにもドローンを使う」と述べ、さまざまなドローンの応用を検討している。しかもインテルは最大500機のドローンを一人のパイロットで操縦するという実験にも成功している(図2参考資料2)。


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2 インテルの500機のドローン実験

 

 今回HISが運営する長崎県のハウステンボスとパートシップを結び、ライトショーを展開する。300機ものドローンを同時に飛ばしながら、お互いに衝突を避けて、LED光を点滅させたり、色を変えたりして夜空に300個のLEDで光のパターンを描くのだ。これまでハウステンボスは、夜に花火を打ち上げてきた。花火の代わりにLEDドローンを光らせてさまざまな模様(パターン)を花火のように音楽と合わせながら、描いていく。

  ハウステンボスは、完全ロボット対応の「変なホテル」を運営しており、夜はLEDのイルミネーションで園内を楽しませるなど、テクノロジーを使って楽しむ仕掛けを行い、人を集めている。一時は死にかけたハウステンボスをHISが再生、今やV字回復から成長へと進んでいる。ハウステンボスの取締役CTOであり、はぴロボの代表取締役社長でもある富田直美氏は、複数のドローンを安全に協調させながら夜空に絵を描くことを夢見ていた。しかし、技術的には非常に難しくて自主開発をあきらめていたところ、インテルが100機以上のドローンで夜空に絵を描くことを今年の1月のCESで知って以来、インテルとコラボすることを決めた。いわばテクノロジーが欲しいハウステンボスと、テクノロジーで未来を表現できることを示したいインテルとの思惑が一致した。

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 図3 インテルとハウステンボスがコラボ

300機のドローンを実質一人のパイロットが操縦する技術はそう簡単ではない。各ドローンが1機ずつ順番に飛び上がり、LEDで描くべき模様(パターン)1機ずつ制御するのに必要な技術は、各ドローンがお互いに衝突せずに空中を自由に飛びまわれるように自律的に制御することが欠かせない。つまりクルマに例えれば自動運転と同じである。次に各ドローンを同期させて時刻を合わせながらプログラムしておく技術も欠かせない。

  各ドローンが互いに衝突せずに飛び回るためには、各ドローンは常に周囲の障害物(別のドローン)との距離を常に保つ必要がある。インテルはセンサを使いTime of Flight法で常に測距する技術を使い、衝突を防いでいる。安全に飛ばす技術開発には絶対的な自信を持つ。また各ドローンには1個のLEDモジュールを搭載し、そのモジュールにはRGBW(赤緑青白)をはじめとする多数のLEDチップを実装しており、それらを制御することで、中間調(grayscale)を含め40億色もの色を変化させることができる。描くパターンによって、ドローンの位置を制御するだけではなく、光の色やオン・オフに関しても各ドローンのLEDを調整して制御しなければならない。

  ドローンを使って、いわゆるデジタル花火を実現するために必要な技術を開発することは大変な技術開発が必要で、ハウステンボスの取締役CTO(最高技術責任者)であり、はぴロボ(hapi-robo st)の代表取締役社長でもある富田直美氏は、「我々だけで300機ものドローンを制御することはできない」と考えていた。ドローン1機を操縦するのに一人がラジコンのように操縦することを拡張してドローン5機としても5人が必要なのに対して、100機ものドローンを100人で制御することは不可能に近い。だからこそ、各ドローンが自分で衝突せずに飛ぶ技術が欠かせないのだ。インテルの実力に脱帽した富田氏は、ドローンが描く模様は自分たちでデザインするが、そのプログラムはインテルにお任せするとしている。

  ドローン1機が1回の充電で飛行できる時間は10~15分間。この間、ドローンをどのように組み合わせて、どのような絵柄を描くか、そのデザインはハウステンボスだが、その技術はインテルが握る。インテルはドローンの操縦には安全第一をモットーとしており、世界各地でこれまで100回ショーを繰り広げてきた。日本は規制が厳しく、ハウステンボスで行うのはこれが初めて。しかも400フィート(1フィートは約30cm)以下の高さ(約120メートルの高度)以下という制約をきちんと守り、海上で光のショーを見せることになる。

  ちなみにドローン1機の重さは280グラム程度と軽く、飛行時間は1回の充電で最大20分。LEDを光らせれば飛行時間はさらに短くなる。ローターは4本のクワッドコプターで、その大きさは枠を入れて384mm×384mm×93mm(高さ)である。

  ハウステンボスの代表取締役社長の澤田秀雄氏は、インテルのドローンショーを「デジタル花火」と呼んでいる。花火よりも安全なこのデジタル花火は、これからいろいろなところで登場し、これからのエンターテインメントにLEDドローンを使うビジネスが活発になる可能性はある。

 

参考資料

1.    インテル、ディズニーとコラボでクリスマスプレゼント(2016/11/18 

2.    Intel's 500 Drone Light Show2016/11/04

   

インテル、デジタル技術でオリンピックを変える

(2017年6月22日 23:10)

半導体メーカートップのインテルが2024年までの8年間にわたり、IOC(国際五輪委員会)とオリンピックのパートナー契約を結んだ。日本時間62123時に記者会見を開き、日本からもウェブで会見に参加した(1)。インテルは、デジタルテクノロジーをスポーツに持ち込み、選手の能力を上げるためのトレーニング方法の改善を提案したり、野球やサッカーなどのきわどい判定を360度カメラ映像により可視化する技術を開発したりしている。

 

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1 日本時間62123時から始まった記者会見のビデオ中継 PC画面をカメラで撮影しただけなので画像が荒い

 

インテルは半導体メーカーであり、TVカメラや計測器を販売提供する訳では決してないが、インテルのチップを使えばこれまでできなかったことができるようになることを潜在顧客に示すことで、新しい顧客開拓に結び付ける。記者会見は、インテルのブライアン・クルザニッチCEOのプレゼンで進められたが、プレゼンの途中でIOCのトーマス・バッハ会長を紹介した。バッハ会長は、「インテルはリーディングイノベータだから、オリンピックでのパートナー契約をした」と述べ、さらに、「インテルは半導体チップを社会に提供することでより良い社会を構築するというビジョンを持っており、このビジョンはIOCの『スポーツを通じてより良い社会を構築する』というビジョンと共通する」と続けた。

 

「デジタル時代を象徴するインテルは、さまざまな革新技術を持っており、それらをオリンピックで共有することで、2020年のオリンピックを変える」とバッハ会長は意気込む。スポーツは若い人の祭典であり、若い人たちはフェイスブックやSNSなどのデジタルライフを楽しんでいる。インテルの持つ最新のテクノロジーを使い、オリンピックで選手と来場者に新しいエクスペリエンスを提供するだろうとバッハ会長は期待する。何よりもオリンピックがデジタル社会の未来を示すに違いないだろうともいう。

 

2020年の東京オリンピックでは、テクノロジーの威力を見せつけ、観客に競技の没入感(immersive)を与え、これまでのスポーツ観戦とは違う楽しみを提供することをインテルは狙っている。観客を楽しませるテクノロジーとして、クルザニッチCEOは、3次元の360度カメラをまず挙げた。これは、例えばサッカー場なら、180度をカバーするカメラシステムを8基程度設置し、1基あたりのカメラシステムには20台のカメラを搭載している。これらのカメラを全て使い、映像を立体的に合成するのだ。そのカメラシステムを東西に3基ずつ、南北に1基ずつ設置すればサッカーボールを端から端まで映像で追いかけることができる。

 

このカメラシステムが特に威力を発揮するのは、イエローカードが出るか出ないかといったきわどいファウルでの判定だ。人物もボールも360度の方向からスローモーション再生できるため、故意に選手を押したのか否か、ボールがラインを出たか否か、などの微妙な判定を人間よりも正確に行うことができる。もし、大相撲で使えば、どの勝負も取り直しはなくなり決着をつけることができる。その360度カメラシステムは野球でもファウルかホームランかの判定も簡単につく。人間の目よりも正確に360度の角度から映像を再生できるからだ。

 

インテルは、昨年の冬、報道したように(参考資料1)、ドローンを使ったクリスマスの光のイルミネーションを演出した。201511月には1度のパイロット操作(single pilot)100機のドローンを互いにぶつかることなく、光で文字や模様を描くようにプログラムした。昨年の暮れには、フロリダのウォルトディズニーワールドで、300台のドローンを飛ばした。最近では500台のドローンを1度のパイロット操作で操縦できたという。1台のドローンには大きめのLEDを搭載しており、光のいろいろな模様を演出できる。1機に40億色の組み合わせが可能なLEDを搭載し、オリンピックを機に危険な花火から操縦可能な数百台のドローンで1年中、夜空をキャンバスに使って絵や模様を描き出すことが可能になる。これによって新しいアートや芸術作品を生み出すことができるようになり、アートのビジネスにつながる可能性も出てくる。クルザニッチCEOは、かつての花火をドローンで表現できるようになる、と述べた。

 

VR(仮想現実)はすでに様々な実験が行われており、インテルはVRの具体例を示さなかったが、これまでとは違うTrue VRという言い方をしており、オリンピックではVRを使った何か応用を見せるのではないだろうか。期待は大きい。

 

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2 バッハIOC会長()がクルザニッチ・インテルCEO()に聖火トーチをプレゼント

 

バッハ会長は記者会見会場で、聖火ランナーのトーチをクルザニッチCEOにプレゼントした(2)。それを受けて、クルザニッチCEOは「(聖火ランナーとして)走る練習をしなきゃ」とおどけて見せていた。

 

インテルのオリンピックで見せつけるテクノロジーのスポーツへの応用はこれから始まる。このパートナーシップは夏季も冬季も行われる。冬季のスキー競技ではスタート地点からゴールまでの滑降の様子を、ドローンを使うことでこれまでとは違った映像を見せてくれるようだ。スキーヤーに対しても安全にドローンは飛べる、とCEOは強く自信をもって言い切った。今後はAI(人工知能)も絡ませて、選手のデータや勝負の行方など没入感満載のスポーツ観戦をテクノロジーがさせてくれるようになる。インテルはAIも準備できている。

2017/06/22

参考資料

1.    インテル、ディズニーとコラボでクリスマスプレゼント(2016/11/18

   

ブランドで勝負し始めた台湾企業

(2017年6月18日 12:51)

 台湾はこれまで、ブランドをあまり前面に押し出さない「黒子ビジネス」が得意だ。例えば鴻海精密工業は、アップルのiPhoneiPadを量産してきた。TSMCは世界の半導体の製造を一手に引き受ける請負企業(ファウンドリ)だ。パソコンでさえ、エイサーやマイタックはかつて、HPやデル、コンパックなど米国パソコンメーカーの製品を製造してきた。つまりブランドよりも実を取る黒子ビジネスを手掛けてきた。

  しかし最近は、エイサーやASUS(エイスース)、HTCなど独自ブランドの製品を出す世界的なブランド企業も登場してきた。元々ASUSBenQなどの企業はエイサーから分離独立した企業だ。616日には東京駅近くのKitteビルで「2017 Taiwan Excellence in Tokyo」が開催され(図1)、エイサーやASUSなどのIT/エレクトロニクス企業に加え、楽器のサキソフォーンでは世界市場シェアの1/3を握るリエンチェン・サキソフォーン社、椅子にもなる折り畳み式の杖を設計製造するTaDaチェア社などが製品を展示した。女優の田中千絵さんも応援プレゼンに駆け付けた。

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  図1 台湾で活躍する女優の田中千絵さん


 「台湾エクセレンス」とは、品質とデザイン、研究開発、マーケティングという4つの項目すべてを満たす優秀製品の認定書のようなもの。全て台湾ブランドを全面的に押し出す製品群だ。日本の認定ならたいてい、品質と性能や消費電力などのスペックを満たす製品や技術などを表彰したがるが、マーケティングという市場に当てはまっているかどうかという認定が台湾らしい。というのは台湾ビジネスに限らず世界のビジネスでは、まず受け入れられる価格の製品にするための技術を開発するからだ。日本はまず性能を優先し、時にはコストを度外視しても性能や技術を優先することもある。

  台湾のビジネスはこれまでブランドにこだわらず、実を取る作戦で、パソコンビジネスやスマートフォンビジネス、半導体ビジネスを成長させてきた。すなわち、これまでの黒子ビジネスを20年以上やってきてノウハウを取得し、高度な製造力を身に着けてきた。これによって付加価値をつけられるようになった。しかも収益率(利益率)の高い企業が多い。

  また東南アジア市場(アセアン)では、台湾企業が25000社も進出しており、ベトナムには7000社も進出しているという。つまり海外でもその存在が知られるようになりつつある。

  TAITRA(台湾貿易センター)の戦略マーケティング処 処長の陳英顯氏(図1)は、これまで培ってきたハードウエアとソフトウエアを合わせたソリューション提案ができるほどになり、収益率の高い企業も増えてきた、ときれいな日本語で言う。今のIT・エレクトロニクスはまさにソリューション提案へと流れているため、世界のトレンドに乗った動きである。 

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 図2  TAITRA戦略マーケティング処 処長の陳英顯氏

 

 台湾は、海外企業とコラボしながら発展してきた企業が多い。シャープを買収した鴻海精密工業は元々、アップルのコンピュータ「マック」のキーボードやディスプレイケーブルなどを製造してきた企業である。1990年のはじめに早くも中国に進出した。人件費が安く、言葉が共通しているということで中国での生産に取り組んできた。アップル社の結びつきはこの頃から強かった。今やiPhoneiPadなどの生産を一手に引き受けており、東芝のNANDフラッシュの直接の顧客でもある。今のところ、黒字ビジネスに徹しており、ブランディング製品にはシャープの名前を利用する。

  日本では、黒子ビジネスは少ない。かつての三洋電機くらいなものだ。デジカメでは三洋が製造したオリンパスブランドの製品は一時トップを行っていたことがある。一般的には社名を隠す日本メーカーは極めて少ない。黒子ビジネスを嫌う傾向が強いため、ビジネスチャンスを失ったことも多い。例えば、半導体の製造だけを受け持つファウンドリビジネスである。製造が得意な日本の半導体企業は、製造に特化するファウンドリビジネスに参入できなかった。水平分業という世界の流れに乗らず、いつまでも垂直統合に固執したため、ファウンドリだけのビジネスのチャンスを失った。

  台湾ビジネスは、格好よりも実を取る。黒子ビジネスを厭わずビジネスに徹してきた。ブランドを表面に出さなくても鴻海やTSMCのような製造専門の世界的な企業に成長したところがある。

  今回の台湾エクセレンスはブランドを全面的に押し出す作戦であり、これまでの台湾のビジネス戦略とは明らかに違う。消費者向けの製品を作っているエイサーやASUSなどはブランドを重視する。さらに電動自転車や精密機械も設計・製造できる力をつけてきたようだ。台湾がブランド力を確立するには、低コストで生産する製造力だけではなく、ソリューション提案もさることながら、さらにビジネスモデルの創出もできれば鬼に金棒となる。そのためには日本の製造業よりはITベンチャーとのコラボの方が、世界的にはビジネスを成長させるための面白い組み合わせになる可能性がある。

2017/06/18

   

本来のLabVIEWの姿を取り戻すNXG版

(2017年6月 5日 22:23)

電子システムをテストするのに回路ブロックやテスト波形などをビジュアルに表示するためのツールであるLabVIEW(ラボビューと発音)は、グラフィカルに記述でき、プログラミング言語を知らない人間でも回路を描きテストすることができた。システムが徐々に複雑になり、カスタマイズが必要になってくると、バイナリコードなどを使って自分でプログラムしなければならなくなってきた。LabVIEWは次第にプログラムになじんでいる人しか使わないツールとなってきた。そのようなツールを全面的に見直し、今後の基本ツールとして使うべきLabVIEW NXG 1.0を、ナショナルインスツルメンツ(National Instruments)社がリリースした。

  LabVIEWが誕生したのは1986年(図1)。30年たち、今年は31年目に当たる。当時はこのビジュアルなソフトを載せるパソコンは、アップル社のマッキントッシュしかなかった。マックが欲しくてLabVIEWを求めたユーザーもいた、と開発者のジェフ・コドスキー氏は冗談交じりに語っている。その間、さまざまな工夫を経て進化してきた。中でもFPGAのプログラミングをLabVIEW上で可能にするなどの革新技術もあった。

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1 最初のLabVIEWはアップルのパソコン「マッキントッシュ」に載せた

 

 元々、測定器は、デバイスやシステムの性能や機能が設計通りに満たされているかを調べる道具である。古くはウィリアム・ヒューレットとデビッド・パッカードの二人が自宅のガレージでオシロスコープを設計製造したことから、測定器ビジネスが盛んになり、シリコンバレーの元祖となった。二人の姓をとって始めたヒューレット・パッカード社は今やコンピュータメーカーとして君臨するようになった。今でもHPからスピンオフした、アジレントテクノロジー、さらに本来の測定器を製造するキーサイトテクノロジーへとスピンオフして現在に至っている。

  測定器には、時間に対して電圧波形の変化を見るオシロスコープから、周波数に対して電圧の変化を見るスペクトラムアナライザ、トランジスタの直流特性を見るカーブトレーサ、電磁波の反射・増幅などを見るネットワークアナライザ、電圧信号発生器、電源などさまざまな装置がある。一つのシステムの性能・機能を調べるには、一つの測定器だけはなく、何台も使ってそれぞれの特性を調べる必要がある。このためエンジニアの机の上は測定器の山で積みあがってしまっている。測定器同士をつなぐ配線も複雑になり、フォークにまとわりつくスパゲッティのようだといった表現も使うほどだ。

  こんな状況を打破するため、ソフトウエアとプラットフォーム化で1台の装置(シャーシー)とパソコンで、さまざまな測定をしようとしたのが、NIである。測定ハードウエアを当時はバーチャルインスツルメンツと呼んだが、プラットフォーム化した測定器であり、現実の装置なのでバーチャルという呼び名はふさわしくないことから、いつの間にか、バーチャルという言葉は使われなくなった。ハードウエアは1台とPCがあれば様々な測定ができる。その測定器ハードウエアシャーシとパソコンとは当初GP-IBで接続されていたが、今ではPCIバスを経てPCI Expressバスを使うまでになった。

  パソコンは、測定器のディスプレイとして使ったり、シミュレーションすべき回路や測定項目、手順を示したりするのにも使う。こうなると、ソフトウエアを使って、システムの回路を示し、その回路の出力波形をシミュレーションでディスプレイに出すこともできるようになる。こういった考えがLabVIEWにある。当初は、ビジネスマンや財務・経理部門などが標準として使うエクセルのようなソフトウエアを、エンジニアに提供しようと考えたと、LabVIEWの父と呼ばれるNI社の共同創業者でありフェローでもあるジェフ・コドスキー氏(図2)は述懐する。

 

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2 LabVIEWの父と呼ばれる、Jeff Kodosky(中央)

  

 そのLabVIEWは、本来の「グラフィカル」という表現力をベースにしながら様々な機能アップにより進化させてきた。例えば、FPGALabVIEWでプログラムできるグラフィカル機能を追加してきた。LabVIEW 2016ではチャンネルワイヤーと呼ぶ、配線の引き回しを簡単に済ませる方法を提示した。このイベントでは、もう一つのグラフィカルツールであるLabVIEW 2017も発表した。LabVIEW 2017LabVIEW NXG1.0とは機能が全く同じだという。ただし、2017は従来通りバイナリコードで作成、NXG 1.0XMLで記述したという。

  二つのLabVIEWを発表したのは、今がLabVIEWにとって過渡期にあるからだとしている。これまでのLabVIEWに親しんできた設計者は、これまでの延長にあるツールLabVIEW 2017の方がなじむ。しかし、コードを書くことに興味のないエンジニアや研究者や、これまであまり使ったことのないエンジニアには、LabVIEW NXG 1.0版を勧めるという。

  今後は、LabVIEW NXGの進化の方がより進むだろうとする。それはNXGの方が機能追加を容易に拡張しやすいためだとしている。LabVIEW NXG 1.0に続き、NXG 2.0を今年の後半に出してゆく予定である。

2017/06/06

   

ARMプロセッサのWindows10パソコンが現実に

(2017年6月 3日 21:21)

パソコンでは、Wintelと言われるくらい、インテルとマイクロソフトとの結びつきが強かった。またAMDのようにIntel互換機を作る企業はいても、市場シェアはインテルが圧倒していた。このような市場にインテルではない、ARMCPUコアを集積したパソコンが登場するのである。しかもWindows 10OSを搭載している。ARMは、ソフトバンクが3兆円強を投資して買収した英国ケンブリッジを本拠とするCPUコア設計会社。

 これは、5月末にComputex Taipei において、マイクロソフトとクアルコムが共同で提供するモバイルパソコンについて発表したもの。クアルコムのSnapdragon 835ARMアーキテクチャをベースにしており、x86アーキテクチャ以外のCPUがパソコンに載るのはこれが初めて。Windows 10で使う代表的なアプリケーション、例えばマイクロソフトのオフィスなどをサポートしている。

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図1 クアルコムのSnapdragon  出典:Qualcomm Inc.


このアーキテクチャのパソコンは、ASUSとヒューレット-パッカード(HP)、レノボのパソコン大手3社から入手可能で、ファンレスのモバイルPCとなる。それはプロセッサとなるSnapdragon 83510nmプロセスで設計し、これまでの設計より消費電力が25%低く、35%も小さいからだ。その分バッテリ動作時間が長くなり、終日、常時接続・常時オン動作が可能になるという。10nmプロセスは、これまでのTSMCではなくサムスンがファウンドリで製造したようだ。

  クアルコムのSnapdragon 835には、ARMv8-A64ビットアーキテクチャCortex-A73ベースとみられるKryo 280 CPUコアを中心に、GPUAdreno 540)、DSPHexagon 682)、ISPSpectra 180)、x16 Gigabit LTEモデムなどを集積している。ダウンリンクは最大1Gbpsをサポートしている。Wi-Fi接続では、802.11acに準拠し2×2MIMOに対応している。

  レノボのPCおよびスマートデバイス、民生部門のジェネラルマネージャー兼VPのジェフ・メレディス氏のコメントをクアルコムは掲載し、「今日のパソコンユーザーは、バッテリ寿命をより長く求めてきており、いつでもどこでも使える能力も必要としています。加えて、これまでのノートパソコンよりも軽くて持ちやすいものが求められています」と述べている。今回のマイクロソフトとクアルコムテクノロジーズ (Qualcomm Inc.の子会社)の共同開発技術は、パソコンの未来を変える新しいクラスのデバイスだと絶賛し、ワクワクしていると語っている。

  Snapdragon 835CPU2.45GHzで動作し、DSPはセンサハブの役割を持つ。ISP(画像信号プロセッサ)は2個集積され、カメラの解像度によって使い分ける。デュアルのカメラでは最大1600万画素だが、カメラ1台分だと最大3200画素まで処理できる。GPUAPIは、OpenGL ES3.2OpenCL 2.0フル、VulkanDX12をサポートしている。Wi-Fi802.11a/ad/n/a/b/gをサポートしており、その周波数帯も2.4GHz5GHz60GHzと多岐にわたる。最大速度は867MbpsBluetooth 5.0GPS/GNSSもサポートしている。

  実は、クアルコムは昨年12月にマイクロソフトとノートパソコンとタブレットの開発で技術提携を結んでいた。さらにこの3月にもHPC(高性能コンピューティング)でも両社は提携を結んでいる。クアルコムのSnapdragonCPUコアはARMをベースにしたものだけに、ARMコアがスマートフォンから、タブレットやパソコン、さらにはスーパーコンピュータやサーバ向けなどのチップにも使われていきそうだ。

  SnapdragonCPUコアだけではなく、グラフィックスプロセッサやメモリも集積しており、マルチコアのような拡張性が優れている。CPUとメモリはできるだけ近い位置に置きメモリのバンド幅を1024ビットや2048ビットなどへと広げることで高速化を図れるため、1チップ上に集積するメリットはハイエンドコンピュータでも大きい。さらにクアルコムはFPGAのザイリンクスとも技術提携しているため、さらに高速化を図るとすれば、ソフトウエアではなくFPGAのハードウエア回路で演算を実行できる。クアルコムはハイエンドコンピュータにも進出するのは間違いない。ARMCPUコアはますます高速化が求められることになる。

                               (2017/06/03

   

テクノロジーコンバージェンスの時代

(2017年5月30日 22:58)

コンバージェンスという言葉を10年ぶりくらいに聞いた。当時は、デジタル技術によって通信や放送、出版などいろいろなメディアが一つに収れんすることをデジタルコンバージェンスと呼んでいたように思う。NIWeek 2017で(図1)は、基調講演で壇上に立った経営陣の中でTechnology Convergenceという言葉を使った人が数人いた。ここでのコンバージェンスは、最近のITのメガトレンドである、クラウド、IoTAI5G、自動運転技術などが一つの方向に収れんしていくことを示している。

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1 NIWeek 2017初日の基調講演前と基調講演

 

IoTはもはや単独ではビジネスにならないことははっきりした。必ずデータ解析やそのツール、アプリケーションソフトベンダー、センサ企業、組み込みシステム企業、クラウドプラットフォーム企業などさまざまな企業と組まなければやっていけないからだ。クラウドにIoTセンサからのデータを上げ、AIなどを使ってデータを解析し、5Gセルラー通信で1ms以下のレイテンシでリアルタイム動作をする。これが可能になると、工場の工業機器や医療機器だけではなく、クルマの自動運転にも使える技術になる。全てつながってくる。こう考えるとテクノロジーコンバージェンスと言ってもかまわない。

 

最近のメガトレンドは、それぞれが単独で別々の方向を向いている訳ではない。IoTAIもクラウドも密接に関係し、さらには5G時代にはクルマとも絡む。つまり、それぞれが絡み合って発展していくだろう。

  ただし、実際はそう簡単ではない。AIのように学習と推論を行うようなコンピュータは、データ解析すると一口で言っても、どのようなデータをどのようなアルゴリズムを使い、いかに高速で読み込ませられるか、がカギとなる。IoT端末ではモノの振動を加速度センサで検出するとしても、センサのどのような電気的波形を振動と判定し、それが定常的なのか不連続なのか、不連続だとしても異常を見極めるしきい値はいくつなのか、定量的な数値を求めなくてはならない。それもXYZ軸のそれぞれ直線的な加速度だけではない。時には回転による加速度(ジャイロ)も必要になる。さらにその時の温度や湿度、磁気、圧力、それらの時間変化など、IoT側はデータをひたすらとって、どのようなデータが有用なデータなのか、顧客の望むデータとの相関を求めなければならない。

  つまりデータそのものを直接取るべきセンサ端末、すなわちIoT端末と必要不可欠なデータの種類と数を求める必要がある。さらにデータ処理する側は、欲しい種類のデータが判明しても、それらは顧客が求める要求スペックに必要な演算の程度が重いのか軽いのか、データの種類は適切なのか、などを加味して、エッジコンピュータで処理すべきか、クラウドで処理すべきかを判断しなければならない。IoTシステムとAIを導入したからといって、当分は地道なデータをとりまくる覚悟が必要になる。

  また、ある程度使えるコツが見えてきたとしても、応答が1ミリ秒以下のリアルタイムで処理できるのかどうかも、主な基準の一つとなる。5Gシステムは、1ms以下のレイテンシを要求しているからだ。

  クルマの自動運転やADAS(先進ドライバー支援システム)に応用する場合でも、まずはクルマの近く、前方も後方も周囲も、クルマか人か、自転車か、それぞれがどの程度の速度で近づいているのかを演算し、判定しなければならない。それによって次の動作、すなわちハンドルを右か左に切るのか、ブレーキをかけるのか、判断しなければならない。これらの判断がクラウドを使っても1ミリ秒以下でできるなら、クルマ用のコンピュータ、すなわちECUの設計が大きく変わる。演算豊富な命令ではなく制御命令の豊富なマイコンで十分だということになるかもしれない。

  こういったIoTや組み込みシステムでは、さまざまなテクノロジーが適用される。一つの画期的なテクノロジーを開発することは重要だが、さまざまなテクノロジーを組み合わせて、独自の製品なりシステムを生み出すことも重要である。かつて、iPhoneが登場した時、日本のエンジニアの多くが、新しい技術は何もない携帯電話だ、と酷評したことがある。確かに一つの画期的なテクノロジーはないが、いろいろなセンサや複数指タッチスクリーンなどのテクノロジーを組み合わせることで、画期的なモバイルコンピュータの発明と位置付けられるようになった。ユーザーエクスペリエンスという言葉も生まれた。

  時代がテクノロジーコンバージェンスに向かっているのなら、これまでのビジネスや企業活動、あるいは教育を含めた大学や、社会構造を最初から見直し、時代に合うように変えていくべきではないだろうか。

2017/05/30

   

世界130の論文中、1位になった日本の核融合

(2017年5月26日 12:31)

日本の科学技術力が低下していると言われている。論文の引用数を中心にした指標で各国を調べる文部科学省によると、確かに1998年の2位から2008年には中国にも抜かれ5位に落ちている(参考資料1)。そのような中、ソフトウエアベースのプラットフォーム方式の測定器を創業以来、製造し続けてきたナショナルインスツルメンツ(National Instruments)社が主催するNIWeekにおいて、うれしい「科学の事件」が起きた。インパクトのある技術を表彰する、NI Engineering Impact Awardsにおいて、日本の核融合科学研究所の助教である神尾修治氏が最高の賞である、「Engineering Grand Challenges Award」を受賞した(図1)。

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1 NIWeek最高の賞を受賞した核融合科学研究所の助教、神尾修治氏(右から2番目) 左端が新たにCEOに就任したAlex Davern氏、左から2番目がドクターTこと、創業者で取締役会長のJames Truchard氏、右端はVPDave Wilson氏 写真協力:日本ナショナルインスツルメンツ

 

NI Engineering Impact Awardsには、地元の米国は言うまでもなく韓国、英国、トルコ、日本、オーストラリア、中国、ベルギーから16件の研究がノミネートされ、その16件の研究が米国時間523日夜、発表された。ノミネートされた16件は、ドレスコードが求められるフォーマルディナーの後、表彰された。ノミネートされた研究は16件だが、応募は130件の研究論文が32ヵ国から集まった。これは、NIの製品であるLabVIEWCompactRIOPXIeなどを使いこなしたことで表彰されるという宣伝めいたものでは決してない。純粋に研究の質が高かったから受賞した。

  神尾氏は、核融合のプラズマ温度2 keV(約2300万度)という高温で、1×1019/m3の核融合密度を最大48分間、維持したという功績を持つ。これまでは、数1000万度という高温のプラズマをミリ秒の単位で閉じ込めることができた程度だった。閉じ込めるだけなら、5時間という記録はあるが、半導体製造に使われるプラズマの温度のように低いもののようだ。

  今回の表彰対象となった2300万度と、1立方メートル当たり1019乗のプラズマ密度の実現には、今後のエネルギー問題が背景にある。化石燃料はどのように甘く見積もってもせいぜい500~1000年後には枯渇してしまう。もちろんソーラーや風力発電という再生可能エネルギーも有望な一つだが、変動が大きく、変動を抑えられる技術を開発しない限り主流にはなりえない。だから、核融合エネルギーは有望と言われる所以である。

  ところが実現はまだ難しく、今回の受賞は道半ばの1里塚にすぎない。核融合は、投入するエネルギーよりも出力されるエネルギーの方が大きくならない限り、減衰してしまうため、エネルギーという形では取り出せない。神尾氏によると、まだ入力の方が大きく、自律的に動くというレベルに達していない。自律的に出力を取り出せるようになるためには、プラズマ温度は現在の5倍に当たる10keV、プラズマ密度を10倍の1020乗に上げる必要があるという。

  その臨界を超えるためには、高い温度を長時間保つように、装置を大型にせざるを得ない。このため装置コストが膨大になり、大学だけでは実現は不可能で、いくつかの大学が共同で作業し、それでも足りない分を7ヵ国で実現しようという国際的なコラボレーションを組むようになっている。目標は2025年の稼働だという。

  プラズマ状態を実現することは、それほど難しくはない。半導体製造ではプラズマを利用したエッチングや化学・物理堆積に量産で使われているからだ。東京エレクトロンやアプライドマテリアルズなどが得意とする装置だ。プラズマは真空に引き、分解したいガスを流したところにマイクロ波パワーを注入し、原子を無理やり高周波で右に左に揺さぶることでイオンと、中性子、ラジカルなどに分離する技術だ。核融合では、プラズマになった状態で1~2MWというハイパワーの別の電磁波を注入しさらに活性化させ、パワーの電圧は30~40kVにもなるという。このため絶縁を確保し、さらに電磁波(マイクロ波)を発し加熱に最適なアンテナ装置を設計し、必要なプラズマ密度を安定に閉じ込める必要がある。

  国際熱核融合実験炉ITER(イーター)では1周35メートルという巨大なチャンバ設備が必要であり、その巨大な設備ゆえに、万が一の時には福島の二の舞になるのではないかというデマが飛んでいるので、正しい理解が必要だろう。核融合はトリチウム(三重水素)と重水素を壊してプラズマを作る訳で、基本的には水素を使うため燃料不足の問題はない。さらに、今のやり方では中性子、つまり放射能が出るため遮蔽は必要だが、原子力とは違い、連鎖反応はしない。このため、温度がどんどん上がってメルトダウン、ということはない。むしろ電源が地震で止まると、プラズマが消えてしまうため、反応は止まってしまう。原子力よりは安全な方向ではある。

  ただし、実験では中性子が出ることで、測定器に使われているメモリやプロセッサのレジスタなどがソフトエラーを起こし、誤動作してしまうという問題がある。このためにSOISOSなどバルクCMOSではない特殊な半導体が必要になろう。またメモリにはECC(誤り訂正回路)も必要になり、ソフトエラーに強い半導体が求められる。

  文科省の予算は科学に対して減らす方向に向いているようだが、夢のエネルギーは実現に向けて着実に進んでいる。予算削減はむしろ、これまで築いてきた遺産(レガシー)を破壊する行為にも等しくなる。資源のない日本にとって何を優先するか、プライオリティをきちんと考えてつけていくことが求められるようになろう。

                                                                                                                        (2017/05/26)

参考資料

1.    解説 論文成果に見る我が国の状況、文部科学省

 

   

スマホの次はスマホ、半導体の次も半導体

(2017年5月16日 23:33)

新聞からはもはや、ポストスマホという言葉が消えてしまった。パソコン、スマートフォンの次の製品を求めようとしても、これほど爆発的な数量が売れたハイテク商品はほとんど他には見当たらないからだ。ハイテク製品がこれまでの20~30%から一桁成長になったからといって、成長が止まる訳ではないし、飽和したわけでもない。

 

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1 世界半導体産業の伸びは1995年を境に2ケタ成長から1ケタへ 出典:WSTS(世界半導体市場統計)の数値を津田建二が加工

 

 例えば、図1は世界の半導体売上額を片対数グラフで表したものだ。この図は、1970年代から半導体産業が1995~6年ごろまで平均年率20%で成長してきたことを表している。四半世紀の間中、平均20%という驚異的な成長を遂げてきた。もちろんこれだけでも驚く成長だが、その後、現在に至るまで、ざっと直線を引くと平均年率は5~6%に低下する。だから、半導体産業はもう飽和している、と言われた。

  しかしこれは、片対数というハイパーリニア(直線よりももっと増加する曲線)からリニアに移行したことを知らない発言だ。図2を見てほしい。片対数ではなく、直線グラフで表すと、ここ20年くらいの半導体産業は直線的に伸び続けていることがわかる。つまり、片対数で表さなければならないほどハイパーリニア(2次曲線のようなグラフ)から直線グラフに変わってきたのである。だからと言って飽和している訳ではない。

 

Fig1Chipsales.png

2 世界半導体産業は毎年平均直線的に伸びていく 出典:WSTS(世界半導体市場統計)の数値を津田建二が加工

 

 半導体産業は、景気のサイクルの影響を受けやすい。簡単に量産しやすい性質の製造業だからである。特に、量産効果がいまだにモノを言うメモリビジネス(DRAMNANDフラッシュのようなビジネス)は、供給過剰と供給不足が景気の波と共にやってくる。いわゆる良い時もあれば悪い時もある。しかしその波は、図2からわかるように必ず増加する傾向にある。つまり、山・谷を繰り返しながら成長していく産業である。

  特に今年(2017年)は世界半導体売上額が10%を超えるという予想が複数の市場予測会社から出ており、山のサイクルに当たる。2016年と比べると2017年の半導体売上額は10%以上成長する。

  なぜ半導体産業はこれからも成長するのか。ムーアの法則は終わりつつある、と言われるから、もう飽和し成長が止まると思われがちだが、もっと冷静になって考えてみるがいい。ムーアの法則とは、市場に出ているシリコンチップ1個の上に集積されるトランジスタの数が年率2倍(最近は18~24カ月ごとに2倍)で増加する、という社会経済的原理にすぎない。電子回路はいろいろな機能を実現するために特にデジタル回路では多数のトランジスタを使うが、トランジスタを小さくすればするほど、性能は上がり消費電力は下がるため、良いことづくめだった。このため微細化してトランジスタ数を上げることが進化してきた。

  今や最小寸法は10nmのチップが市場に出始めており、次には最小寸法7nm、さらに5nmへと微細化が進む。しかし、結晶を構成するシリコン原子の直径が数分の一nm(オングストローム単位)だから微細化は原理的に限界に近づいてくる。半導体トランジスタは、そのシリコン結晶の中に3価のボロンや5価のヒ素といった原子(ドーパントと呼ぶ)をシリコン結晶に添加することで電子や正孔を湧き出させる小さな装置(デバイス)なので、さらなる微細化を続けると、二つの電極(ドレイン、ソースと呼ぶ)間に含まれるドーパントの数が十個程度しかなくなる。こうなると、トランジスタによってはドーパントの数が9個か10個かでしきい電圧が10%もバラついてしまうことになる。だから限界に近付いているという訳だ。

  半導体は、シリコンという小さな薄い結晶上に回路を構成したものだから、考えを変えて平面上ではなく立体的に形成すると考えると、小さな半導体パッケージの中に含まれるトランジスタの数にはまだ限界が来ない、とも言える。つまり例えば数cm角のパッケージ内に集積するトランジスタの数は24~36カ月ごとに倍増すると、ムーアの法則を再定義すれば、トランジスタをもっともっと数多く集積してコンピュータの性能を上げようと考えてもよい。

  実際、インテルの最新のXeonプロセッサは50~60億トランジスタを集積しており、エヌビデアの最新のグラフィックスプロセッサは200億トランジスタも集積している。立体的にチップを積み上げれば、その10倍増やすことは可能だ。さらにPoP(パッケージオンパッケージ)あるいは2.5次元的な集積化でもよい。システムの集積度を上げれば上げるほど、システムの性能は上がりエネルギーは下がり、システムコストも下がり、小型になるという方向に限界が見られない。

  AI(人工知能)は専門的な仕事を行わせるのに向いたテクノロジーだが、AGI(汎用人工知能)を用いると、専門しかできないAIから、何でもできるAIへ進化する。人間の頭脳に含まれる神経細胞(ニューロン)1000億個と言われているが、現在1000万個のニューロコンピュータはIBMが試作している。ニューロンを1000億個持つAGIコンピュータが実現するのは2045年ごろだと期待して、それをシンギュラリティ(特異点)と呼んでいる。つまり、少なくともそれまで発展の余地はまだあるということだ。

  こう考えると、成長率をパーセントで表すことはもはや適切ではなくなる。数の差で表すことで成長を実感する。昨年より数百億ドル(数兆円)増えた、減った、という評価だ。実は同じことがスマホにも言える。スマホは少し前までは50%成長、20%成長と2ケタ成長が当たり前になったものの今や1ケタ成長になった。だから成長が止まる、と考えるのは早計。パーセントで複利的に成長するのではなく、差でリニアに成長するのである(3)。新製品スマホの世界出荷台数は昨年が約14億台。今年は5%成長だとしても7000万台の新規需要が生まれるのである。これはやはり成長である。

 

Fig3Smatrtphoneshipment.png

3 スマホはまだ成長する 出典:IDC

 

 半導体もスマホもグロスが巨大になったために、従来の等比級数から等差級数へ成長が変化したと考えると現実を把握できる。スマホは今後5年くらいは年間5000万台、6000万台の規模が新規に追加されて成長していく。だからスマホの次はスマホなのである。スマホはどこでもいつでもだれでも世界中のデータをアクセスでき、しかもディスプレイとキーボードを備えた片手に持てるデバイスだから、そう簡単には代えられない。

                                                                        (2017/05/16

   

アップルがGPU、PMICの半導体も自前で開発へ

(2017年5月 7日 21:50)

アップルは、これまで英国のIPベンダー、イマジネーションテクノロジーズ社が開発してきたモバイル向けグラフィックス回路のIPPowerVRシリーズ)を使ってきたが、今後独自で開発していく。さらに電源用のICとも言うべきパワーマネジメントICPMIC)も従来のダイアローグセミコンダクター製チップをやめ、独自に開発する方針だ。アップルのiPhone2016年に年間23000万台以上、出荷してきており、ICの数量も極めて大きい。アップルという顧客を失うとサプライヤーは大打撃となる。サプライヤーも対処する。

  アップルが半導体開発を意外だとみる向きがあるかもしれない。しかし、アップルはiPhoneそしてiPadのアプリケーションプロセッサ(APUCPUにグラフィックスやメモリ、周辺回路などを集積したシステムLSI)を2010年ごろから自主開発してきた。特に、iPad用のAPUを開発するためイントリンジティ(Intrinsity)社を2010年に買収した。CPUコアそのものはARMCortexシリーズを用いている。ARMは実はCortex-R4の開発時にイントリンジティ社と提携し、同社の持つドミノロジックと呼ばれる回路技術をCPUコアに採り入れた。ドミノロジックはトランジスタ数の少ない回路でCPUを実現するための革新的な回路だった。これによりARMはモバイル用のCPU2GHz以上のクロックで正常に回路を動かすことができるようになった。そのイントリンジティ社をアップルが買収したのである。当然、アップルのAPUにもイントリンジティ社のドミノロジックを採用しているとみるべきだろう。

  アップルはこうしてモバイル用の強力なAPUを開発してきた。ただし、そのAPUに搭載するグラフィックス回路(GPU)はイマジネーションテクノロジーズからライセンス購入していた。イマジネーションのGPUAMDやエヌビデアのGPUとの最大の違いは消費電力が2ケタ(1/100)程度小さいことだ。このためモバイル用という低消費電力化が絶対のAPUに集積できた。モバイル用途では消費電力が多ければバッテリがすぐに減ってしまうからだ。

  アップルとサプライヤーとの関係で言えば、アップルはサプライヤーに対して、彼らの部品やIPをアップルに納めていることを公言することを許さなかった。もちろん、分解して中身を見ればおおよそのサプライヤーを知ることができるが、サプライヤー側からアップルに納入していることは言えなかった。

  今回、イマジネーションは、アップルとの契約打ち切りをプレスリリース上で発表したのは、ロンドン証券取引所に上場しているイマジネーションにとって株価が大きく左右されそうな事実が起きた場合には、公言することが求められていたからだ。これに対して、アップルは立場上何も言っていない。

  そして、イマジネーションがアップルから契約打ち切りを伝えられた時、イマジネーションの株価は一時下がったが、もう少し事実をはっきりさせておこう。アップルはGPUを独自開発することを決め、2年以内にイマジネーションのGPUを使わなくなることを宣言した。そうすると2年後にはイマジネーションの売り上げが大きく落ちるとみられがちだが、そうではない。同社PowerVR Multimedia製品&技術マーケティング担当シニアディレクタのクリス・ロングスタッフ氏(図1)によると、現在、イマジネーションの売り上げの半分がアップルに依存しているが、同社の売り上げが半減する訳ではない。

 

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1 同イマジネーションテクノロジーズ社PowerVR Multimedia製品&技術マーケティング担当シニアディレクタのクリス・ロングスタッフ氏

 

 なぜか。ロングスタッフ氏は、「IRビジネスはライセンス料とロイヤルティ料からなっており、ライセンス料は新規採用の時点で支払われますが、ロイヤルティ料は量産してから生産量に応じて支払われます。新規に開発する場合にはライセンス料は失われますが、ロイヤルティ料はそれを使ったチップの生産が続く限り支払われます」と筆者に述べている。つまり、2年後には新規ライセンス料は失われるが、ロイヤルティ料はiPhone 7 / 7 Plusまでの従来モデルが生産されている限り、ロイヤリティ料は発生する。もちろん、次第にロイヤルティ料は減少していくが、急にゼロになる訳ではない。

  イマジネーションはそのGPUコアPowerVRの開発をさらに進めてゆくロードマップを描き、アップル離れに対応していく。ハイエンドのシリーズ7XT、コスト効率の良いミッドレンジのシリーズ8XE、超低消費電力のウエアラブル用途のシリーズ5XEに加え、新開発のシリーズ8XE Plus、さらに今後はアーキテクチャを全面的に見直し全面的に性能を上げ、7nmという最先端プロセスにも対応できるFurian(フーリアン)アーキテクチャを採用したシリーズ8XTへと発展させていく。このFurianアーキテクチャもミッドレンジ、ローエンドへと展開していく。さらに光の陰影をうまく採り入れ写真か絵か見分けがつかないほどのグラフィックスを低消費電力で実現するレイトレーシング技術も製品ファミリに追加した。加えて、エヌビデアがGPUをマシンラーニングやディープラーニングに応用しているように、画像認識のCNN(畳み込みニューラルネットワーク)用の演算にも対応する。

  イマジネーションは、これまでの特許や知的財産権に抵触せずにモバイル用のGPUを製作することは至難の業だとみている。一方で、アップルだからできるのではないかとみる向きもある。

  PMIC開発のダイアローグはコメントを発表していないが、ダイアローグはiPhone 6の充電用の四角く白い2.5cm角程度の小型電源の心臓部となるPMICを開発してきた。ダイアローグは明言していないが、アップルの電源には同社のPMICが入っている。PMICはまた、充電器だけではなく、iPhoneiPadなどのデバイス内部にも入っており、デバイスを動かすための基本となる電源をも供給する。

  スマホやタブレットなどのモバイルデバイスは、電圧3.8~4.1Vのリチウムイオン電池1本で動作する。しかし、APU1.2Vあるいは0.9Vで動作し、液晶ディスプレイは3.1V3.7V2.5V2.2Vなどさまざまな電圧で動作する。CMOSイメージセンサでも2V13V15V9V-2.2Vなどさまざまな電圧が必要になる。3.8Vのリチウムイオン電圧でこれらの電源電圧を作り出さなければならない。だからPMICが必要となる。しかもモバイル用は消費電力を下げること、APUの性能を満たすこと、などの要求がある。

  インテルのプロセッサを見ても、PMICとセットにした使い方があり、FPGAでもPMICとセットにした回路技術が使われることが多い。性能と消費電力を共に満足させるために、安定した電源電圧が求められる。バッテリが満充電の4.1Vから3.5V程度に下がってもこれらのICには電圧が変わらない安定さが求められる。

  PMICのアナログIC技術をこれからアップルは開発していく自信があるのだろう。もちろんダイアローグも低消費電力のPMIC開発の知財を持っている。アップルは優秀な人材確保に向け、動いているとみられており、すでに80名のPMIC開発エンジニアを新規採用したといううわさもある。

                                  (2017/05/06

   

半導体には真の経営者が必要

(2017年4月19日 19:01)

 東芝の半導体メモリ会社への出資者を巡って揺れているが、数年前はルネサスが倒産危機にあった。だからと言って半導体が斜陽産業ではない。このことを知っているかどうかは将来に産業を左右する、とても重要なことである。将来社会のインフラと言うべき、人工知能(AI)や、IoT(モノのインターネット)、自動運転車、次世代携帯電話通信5G、さらには2045年に期待されているシンギュラリティ(AIによる人工ニューロンが人間の頭脳のニューロン1000億個に匹敵する数が形成されると期待されるブレークスルー)は、半導体チップなしでは実現できない。

  半導体チップはコンピュータやラジオ、テレビから大量に使われてきた。さらに携帯電話やスマートフォン、タブレットなどへと広がってきた。光る半導体であるLEDやレーザーも浸透した。安いフォトダイオード半導体であるソーラーやスマホに大量に入っている加速度や回転検出や磁力、温度などのセンサ半導体、カメラの眼になるイメージセンサ半導体も至るところに浸透している。さまざまな形でさまざまな機能を持ち、ハードウエアだけではなくソフトウエアまでも焼き付けられるようになった半導体は、この先さまざまなアイデアが出てきてもそれを半導体チップというメディアに焼き付けることができる。半導体チップはもはや社会のインフラになったといえそうだ。

  ところが、日本だけが半導体産業・半導体テクノロジーを正確にとらえていないようだ。AIや自動運転車、IoT5Gと言った今のメガトレンドをにらみ、半導体チップの開発を真っ先に進めているのがグーグルであり、アップルであり、IBMであり、アマゾンである。サービス産業の世界トップを行く企業こそが半導体の重要性を理解している。世界中のさまざまなハイテク企業の人たちにインタビューしても半導体チップの話をしない先端企業はない。

  彼らの認識は、自前の半導体チップで差別化を図ることが今後必須であり、これが成長し生き残る方程式なのだ。様々な業界トップの国内経営者のうち、半導体の重要性を認識している企業トップはどのくらいいるだろうか。数年前、多くの電機メーカーは半導体を切り捨て、これで赤字部門が消えた、と思ったのに、時が経つと半導体以外のコアと考えていた民生部門がだめだったことに、やっとこの頃気がついたようだ。これでは世界の先端企業と比べ何周も遅れているとの批判を受けるのはもっともである。

  ただし、半導体産業は設計と製造が分離した、ファブレス(設計)とファウンドリ(製造)に分かれているのが世界の常識。メモリだけは未だに設計と製造は分離していない。旧態依然とした大量生産のビジネスモデルだからである。東芝が四日市に巨大な工場を持つのはこの大量生産品を作っているからだ。NANDフラッシュと呼ばれるメモリを作っている東芝は、経営がひどいために、儲け頭のメモリ部門を売って東芝の赤字を補てんしよう、という状態なのだ。半導体は利益を生み出す事業部門だからこそ、売られるのである。まるで、マッチ売りの少女が最後のマッチに火をつけて最後の暖をとった物語に似ている。東芝が倒産宣言ともいうべき、会社更生法の適用を申請するという選択肢もあるが、なぜその手を使わないのだろうか。

  国内の電機経営のひどさはシャープの例でもわかるように、社長が業績不振の責任とっても会社を辞めずに会長に「出世」するような人事を行ってきた。これでは会社は良くならないのは誰が見てもわかるはず。社員のモチベーションが明らかに下がるからだ。他の大手電機の場合でも社長経験者は、相談役なり顧問なり会社に残って経営陣ににらみを効かすことが多い。社員が社長室をノックして社長に何かを提案しても、相談役の意見も聞いてごらん、と言われると誰が社長なのかわからなくなってしまう。ここでもやる気すなわちモチベーションがぐっと下がる。

  本体のまずさをわからずに半導体事業を処分してきた電機大手の経営者は、世界的には半導体が活性化していることを理解できないため、これから先の成長できる独自のエンジンを手に入れることができない。というのは独自性を持たせることのできるエンジンは、半導体かソフトウエアしかないからだ。それもソフトウエアでは高性能なエンジンになりえないことがわかれば半導体チップに焼いてハード化するしかない。すなわち差別化できる独自のエンジンは、半導体チップでしか実現できないのだ。だからグーグルやアップル、アマゾンなどのサービス業者が独自のチップを持ち始めた。

  IBMは半導体量産工場を売却したが、量産工場は差別化できるエンジンではないことを知っていたからだ。製品を量産したければ製造専門請負のファウンドリに依頼すればよい。自分で製造工場を持たなくても済むようになった。だからIBMは半導体の開発をやめない。技術競争力が弱ることを知っているからだ。AI用のニューロチップを開発し、シンギュラリティを目指す。今よりもけた違いに多くのニューロンを持つ半導体チップを開発する手を緩めない。これを開発していけば、シンギュラリティに到達する以前にAI用の高性能・超低消費電力のチップが手に入れられ、AI競争・IoT競争を制することができる。

  技術経営が叫ばれて10年近くにもなるが、半導体などのハイテク企業は技術の理解も事業の判断も素早く的確でなければならない。技術の流れを自ら理解していれば、会社をどの方向へ導くべきなのか自然とわかるのだが、残念ながら日本にはこれがわかる経営者は極めて少ない。それも現場に行かないからますますわからない。「社長室なんか要らない」と述べていた経営者(図1)の記事を昨年書いたが(参考資料1)、自分の眼で技術の流れ、メガトレンドを把握したいことが、その理由であった。

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図1 社長室より社員との話を優先するLabVIEWで有名なNIの社長、ドクターT

社長室に閉じこもり、ノックしてくる社員だけの意見や話を聞いていれば、誰でも「裸の王様」になってしまう。社長には、社員とその家族、出資してくれた株主、製品を使ってくれるユーザーがいれば、彼らを守り会社を持続させる責任がある。だからほかの人よりも高い報酬を得ることができる。責任とれないなら高い報酬を返納すべきであろう。

 

 

参考資料

1.    社長室なんか要らない (2016/05/06