アップルがGPU、PMICの半導体も自前で開発へ
(2017年5月 7日 21:50)アップルは、これまで英国のIPベンダー、イマジネーションテクノロジーズ社が開発してきたモバイル向けグラフィックス回路のIP(PowerVRシリーズ)を使ってきたが、今後独自で開発していく。さらに電源用のICとも言うべきパワーマネジメントIC(PMIC)も従来のダイアローグセミコンダクター製チップをやめ、独自に開発する方針だ。アップルのiPhoneは2016年に年間2億3000万台以上、出荷してきており、ICの数量も極めて大きい。アップルという顧客を失うとサプライヤーは大打撃となる。サプライヤーも対処する。
アップルが半導体開発を意外だとみる向きがあるかもしれない。しかし、アップルはiPhoneそしてiPadのアプリケーションプロセッサ(APU:CPUにグラフィックスやメモリ、周辺回路などを集積したシステムLSI)を2010年ごろから自主開発してきた。特に、iPad用のAPUを開発するためイントリンジティ(Intrinsity)社を2010年に買収した。CPUコアそのものはARMのCortexシリーズを用いている。ARMは実はCortex-R4の開発時にイントリンジティ社と提携し、同社の持つドミノロジックと呼ばれる回路技術をCPUコアに採り入れた。ドミノロジックはトランジスタ数の少ない回路でCPUを実現するための革新的な回路だった。これによりARMはモバイル用のCPUで2GHz以上のクロックで正常に回路を動かすことができるようになった。そのイントリンジティ社をアップルが買収したのである。当然、アップルのAPUにもイントリンジティ社のドミノロジックを採用しているとみるべきだろう。
アップルはこうしてモバイル用の強力なAPUを開発してきた。ただし、そのAPUに搭載するグラフィックス回路(GPU)はイマジネーションテクノロジーズからライセンス購入していた。イマジネーションのGPUがAMDやエヌビデアのGPUとの最大の違いは消費電力が2ケタ(1/100)程度小さいことだ。このためモバイル用という低消費電力化が絶対のAPUに集積できた。モバイル用途では消費電力が多ければバッテリがすぐに減ってしまうからだ。
アップルとサプライヤーとの関係で言えば、アップルはサプライヤーに対して、彼らの部品やIPをアップルに納めていることを公言することを許さなかった。もちろん、分解して中身を見ればおおよそのサプライヤーを知ることができるが、サプライヤー側からアップルに納入していることは言えなかった。
今回、イマジネーションは、アップルとの契約打ち切りをプレスリリース上で発表したのは、ロンドン証券取引所に上場しているイマジネーションにとって株価が大きく左右されそうな事実が起きた場合には、公言することが求められていたからだ。これに対して、アップルは立場上何も言っていない。
そして、イマジネーションがアップルから契約打ち切りを伝えられた時、イマジネーションの株価は一時下がったが、もう少し事実をはっきりさせておこう。アップルはGPUを独自開発することを決め、2年以内にイマジネーションのGPUを使わなくなることを宣言した。そうすると2年後にはイマジネーションの売り上げが大きく落ちるとみられがちだが、そうではない。同社PowerVR Multimedia製品&技術マーケティング担当シニアディレクタのクリス・ロングスタッフ氏(図1)によると、現在、イマジネーションの売り上げの半分がアップルに依存しているが、同社の売り上げが半減する訳ではない。

図1 同イマジネーションテクノロジーズ社PowerVR Multimedia製品&技術マーケティング担当シニアディレクタのクリス・ロングスタッフ氏
なぜか。ロングスタッフ氏は、「IRビジネスはライセンス料とロイヤルティ料からなっており、ライセンス料は新規採用の時点で支払われますが、ロイヤルティ料は量産してから生産量に応じて支払われます。新規に開発する場合にはライセンス料は失われますが、ロイヤルティ料はそれを使ったチップの生産が続く限り支払われます」と筆者に述べている。つまり、2年後には新規ライセンス料は失われるが、ロイヤルティ料はiPhone 7 / 7 Plusまでの従来モデルが生産されている限り、ロイヤリティ料は発生する。もちろん、次第にロイヤルティ料は減少していくが、急にゼロになる訳ではない。
イマジネーションはそのGPUコアPowerVRの開発をさらに進めてゆくロードマップを描き、アップル離れに対応していく。ハイエンドのシリーズ7XT、コスト効率の良いミッドレンジのシリーズ8XE、超低消費電力のウエアラブル用途のシリーズ5XEに加え、新開発のシリーズ8XE Plus、さらに今後はアーキテクチャを全面的に見直し全面的に性能を上げ、7nmという最先端プロセスにも対応できるFurian(フーリアン)アーキテクチャを採用したシリーズ8XTへと発展させていく。このFurianアーキテクチャもミッドレンジ、ローエンドへと展開していく。さらに光の陰影をうまく採り入れ写真か絵か見分けがつかないほどのグラフィックスを低消費電力で実現するレイトレーシング技術も製品ファミリに追加した。加えて、エヌビデアがGPUをマシンラーニングやディープラーニングに応用しているように、画像認識のCNN(畳み込みニューラルネットワーク)用の演算にも対応する。
イマジネーションは、これまでの特許や知的財産権に抵触せずにモバイル用のGPUを製作することは至難の業だとみている。一方で、アップルだからできるのではないかとみる向きもある。
PMIC開発のダイアローグはコメントを発表していないが、ダイアローグはiPhone 6の充電用の四角く白い2.5cm角程度の小型電源の心臓部となるPMICを開発してきた。ダイアローグは明言していないが、アップルの電源には同社のPMICが入っている。PMICはまた、充電器だけではなく、iPhoneやiPadなどのデバイス内部にも入っており、デバイスを動かすための基本となる電源をも供給する。
スマホやタブレットなどのモバイルデバイスは、電圧3.8~4.1Vのリチウムイオン電池1本で動作する。しかし、APUは1.2Vあるいは0.9Vで動作し、液晶ディスプレイは3.1Vや3.7V、2.5V、2.2Vなどさまざまな電圧で動作する。CMOSイメージセンサでも2V、13V、15V、9V、-2.2Vなどさまざまな電圧が必要になる。3.8Vのリチウムイオン電圧でこれらの電源電圧を作り出さなければならない。だからPMICが必要となる。しかもモバイル用は消費電力を下げること、APUの性能を満たすこと、などの要求がある。
インテルのプロセッサを見ても、PMICとセットにした使い方があり、FPGAでもPMICとセットにした回路技術が使われることが多い。性能と消費電力を共に満足させるために、安定した電源電圧が求められる。バッテリが満充電の4.1Vから3.5V程度に下がってもこれらのICには電圧が変わらない安定さが求められる。
PMICのアナログIC技術をこれからアップルは開発していく自信があるのだろう。もちろんダイアローグも低消費電力のPMIC開発の知財を持っている。アップルは優秀な人材確保に向け、動いているとみられており、すでに80名のPMIC開発エンジニアを新規採用したといううわさもある。
(2017/05/06)
半導体には真の経営者が必要
(2017年4月19日 19:01) 東芝の半導体メモリ会社への出資者を巡って揺れているが、数年前はルネサスが倒産危機にあった。だからと言って半導体が斜陽産業ではない。このことを知っているかどうかは将来に産業を左右する、とても重要なことである。将来社会のインフラと言うべき、人工知能(AI)や、IoT(モノのインターネット)、自動運転車、次世代携帯電話通信5G、さらには2045年に期待されているシンギュラリティ(AIによる人工ニューロンが人間の頭脳のニューロン1000億個に匹敵する数が形成されると期待されるブレークスルー)は、半導体チップなしでは実現できない。
半導体チップはコンピュータやラジオ、テレビから大量に使われてきた。さらに携帯電話やスマートフォン、タブレットなどへと広がってきた。光る半導体であるLEDやレーザーも浸透した。安いフォトダイオード半導体であるソーラーやスマホに大量に入っている加速度や回転検出や磁力、温度などのセンサ半導体、カメラの眼になるイメージセンサ半導体も至るところに浸透している。さまざまな形でさまざまな機能を持ち、ハードウエアだけではなくソフトウエアまでも焼き付けられるようになった半導体は、この先さまざまなアイデアが出てきてもそれを半導体チップというメディアに焼き付けることができる。半導体チップはもはや社会のインフラになったといえそうだ。
ところが、日本だけが半導体産業・半導体テクノロジーを正確にとらえていないようだ。AIや自動運転車、IoT、5Gと言った今のメガトレンドをにらみ、半導体チップの開発を真っ先に進めているのがグーグルであり、アップルであり、IBMであり、アマゾンである。サービス産業の世界トップを行く企業こそが半導体の重要性を理解している。世界中のさまざまなハイテク企業の人たちにインタビューしても半導体チップの話をしない先端企業はない。
彼らの認識は、自前の半導体チップで差別化を図ることが今後必須であり、これが成長し生き残る方程式なのだ。様々な業界トップの国内経営者のうち、半導体の重要性を認識している企業トップはどのくらいいるだろうか。数年前、多くの電機メーカーは半導体を切り捨て、これで赤字部門が消えた、と思ったのに、時が経つと半導体以外のコアと考えていた民生部門がだめだったことに、やっとこの頃気がついたようだ。これでは世界の先端企業と比べ何周も遅れているとの批判を受けるのはもっともである。
ただし、半導体産業は設計と製造が分離した、ファブレス(設計)とファウンドリ(製造)に分かれているのが世界の常識。メモリだけは未だに設計と製造は分離していない。旧態依然とした大量生産のビジネスモデルだからである。東芝が四日市に巨大な工場を持つのはこの大量生産品を作っているからだ。NANDフラッシュと呼ばれるメモリを作っている東芝は、経営がひどいために、儲け頭のメモリ部門を売って東芝の赤字を補てんしよう、という状態なのだ。半導体は利益を生み出す事業部門だからこそ、売られるのである。まるで、マッチ売りの少女が最後のマッチに火をつけて最後の暖をとった物語に似ている。東芝が倒産宣言ともいうべき、会社更生法の適用を申請するという選択肢もあるが、なぜその手を使わないのだろうか。
国内の電機経営のひどさはシャープの例でもわかるように、社長が業績不振の責任とっても会社を辞めずに会長に「出世」するような人事を行ってきた。これでは会社は良くならないのは誰が見てもわかるはず。社員のモチベーションが明らかに下がるからだ。他の大手電機の場合でも社長経験者は、相談役なり顧問なり会社に残って経営陣ににらみを効かすことが多い。社員が社長室をノックして社長に何かを提案しても、相談役の意見も聞いてごらん、と言われると誰が社長なのかわからなくなってしまう。ここでもやる気すなわちモチベーションがぐっと下がる。
本体のまずさをわからずに半導体事業を処分してきた電機大手の経営者は、世界的には半導体が活性化していることを理解できないため、これから先の成長できる独自のエンジンを手に入れることができない。というのは独自性を持たせることのできるエンジンは、半導体かソフトウエアしかないからだ。それもソフトウエアでは高性能なエンジンになりえないことがわかれば半導体チップに焼いてハード化するしかない。すなわち差別化できる独自のエンジンは、半導体チップでしか実現できないのだ。だからグーグルやアップル、アマゾンなどのサービス業者が独自のチップを持ち始めた。
IBMは半導体量産工場を売却したが、量産工場は差別化できるエンジンではないことを知っていたからだ。製品を量産したければ製造専門請負のファウンドリに依頼すればよい。自分で製造工場を持たなくても済むようになった。だからIBMは半導体の開発をやめない。技術競争力が弱ることを知っているからだ。AI用のニューロチップを開発し、シンギュラリティを目指す。今よりもけた違いに多くのニューロンを持つ半導体チップを開発する手を緩めない。これを開発していけば、シンギュラリティに到達する以前にAI用の高性能・超低消費電力のチップが手に入れられ、AI競争・IoT競争を制することができる。
技術経営が叫ばれて10年近くにもなるが、半導体などのハイテク企業は技術の理解も事業の判断も素早く的確でなければならない。技術の流れを自ら理解していれば、会社をどの方向へ導くべきなのか自然とわかるのだが、残念ながら日本にはこれがわかる経営者は極めて少ない。それも現場に行かないからますますわからない。「社長室なんか要らない」と述べていた経営者(図1)の記事を昨年書いたが(参考資料1)、自分の眼で技術の流れ、メガトレンドを把握したいことが、その理由であった。
図1 社長室より社員との話を優先するLabVIEWで有名なNIの社長、ドクターT
社長室に閉じこもり、ノックしてくる社員だけの意見や話を聞いていれば、誰でも「裸の王様」になってしまう。社長には、社員とその家族、出資してくれた株主、製品を使ってくれるユーザーがいれば、彼らを守り会社を持続させる責任がある。だからほかの人よりも高い報酬を得ることができる。責任とれないなら高い報酬を返納すべきであろう。
参考資料
東芝NANDフラッシュを買う企業
(2017年4月16日 22:33)東芝メモリに日本勢が誰も応札しなかったが、その理由について先日「東京新聞」から電話インタビューを受けた。国内の半導体企業の理由は二つ。一つは、毎年数100億円規模の投資に耐えられないこと、もう一つは東芝のNANDフラッシュ事業を使って自社の製品ポートフォリオやビジネス戦略から相乗効果が得られないことだ。自分はインタビューする方だが、インタビューされることもしばしばある。少し説明を加えたい。

図1 東京新聞による電話インタビュー
日本の半導体メーカーは、世界でも極めて特殊だ。1970年代から1990年代にかけてずっとDRAMを生産してきた。しかも1984年のプラザ合意で円高が世界で容認された翌85年には日本のNECが世界の半導体企業の売り上げトップになり、日立製作所や東芝、三菱電機、富士通などと共に日本の半導体企業はトップテンランキングの常連となった。1990年代はじめまで日本の天下が続いた。日本企業の世界シェアは50%を超えた年もあった。1992年にインテル社にトップを譲っても2位NEC、3位東芝、4位モトローラ、5位日立、6位TI、7位富士通、8位三菱電機、9位フィリップス、10位松下電器、と日本勢はまだ強かった。しかし、1位を譲ってからは後退していく一方であった。
このため、国内では官庁と親会社を中心にみんな一緒に微細化技術を開発しよう、と経済産業省主導のさまざまなコンソーシアムを設立したが、全て失敗に終わった。日本の半導体産業は世界シェアを落とす一方で、以来一度も日本の半導体産業が浮上した年はなかった。最大の理由は、東京新聞で報じられたように、失敗したのに全てのプロジェクトを成功、と評価したからだ。このことは本音が聞ける会で複数の関係者が証言している。エンジニアなら、顧客からのクレームや、半導体チップに何か不具合が見つかると、徹底的に分析し、故障原因を突き止め、二度と不良品を出さないように対策を講じてきた。霞が関がプロジェクトを失敗と評価したなら、なぜ、どのようにして失敗に至ったのか、を研究し、対策を打てたはずだ。しかし、成功と評価したために分析せず、ひたすら失敗を繰り返してきたのである。
1980年代中ごろから1990年代にかけて日本に席巻された米国企業はどうやって回復させてきたか。何度もいろいろなところで書いてきたが、みんなでまとまって何とかしよう、というような考えはなかった。唯一、セマテックという組織を作り連邦政府の資金を投入したが、結局失敗に終わり連邦政府は手を引いた。むしろ、米国半導体企業1社1社が真剣に自社の強み・弱み・世界的なトレンド・脅威などを検討し、自社の道を自分で切り開いてきた。
米国企業の中で、真っ先にそのことに気が付き実行してきた企業がインテルである。1984年ごろからDRAMは日本勢が強く、しかもメモリ容量をもっともっと上げていくだけのコモディティ製品になった以上、インテルのやるべき製品ではない、と割り切った。当時、同社のCEOであった、故ロバート・ノイス氏が来日し記者会見を開き、「DRAMはマイクロプロセッサと共に当社が発明した製品だが、DRAMはもはやコモディティになったから、我々はDRAM製品から手を引く」と述べた。それ以来、インテルはマイクロプロセッサに特化し、コンピュータの世界を支配するようになり、1992年に世界のトップにのし上がった。それ以来、ずっと2017年の今でもトップを行く。
インテルだけではない。TIもナショナルセミコンダクタ(今はTI)も、サイプレスもIBMも、どのようにして半導体事業を立て直したのかをインタビューした企業は全て、自社の歩むべき道を自分で見つけたからと答えている。
また、DRAMという製品は世の中でもまずないほど、マーケティングの努力の要らない製品だ。つまり顧客に次の製品は何が欲しいのか、を聞かなくてもよかった。4倍の容量を作ればよいからだ。当時のDRAMメモリは容量が少なくてどうしようもないほどだった。今なら1チップで512Mバイトのものがあるが、日本メーカーが全盛の64Kビットや256Kビット製品はわずか8Kバイト、32Kバイトしかなかった。だからひたすら大容量化を進んだ。
今でも日本の半導体メーカーの中には、次の主力の市場を探す努力が足りないところが多い。一方で、DRAMのように巨額の設備投資が必要な分野にはいきたくない、というトラウマがある。よく「羹(あつもの)に懲りてなますを吹く」といわれるが、DRAMで懲りたからメモリはやりたくないという気持ちが強く、巨額の投資を行う体力も経営力もない。東芝のNANDフラッシュの買収でも全く同様で、東芝以外の企業は巨額の投資に踏み切れないからNANDフラッシュはやらない。
しかも大半の半導体メーカーはDRAMがなぜ失敗したのかをきちんと分析せず、安易にシステムLSIに飛びついたが、システムLSIの本質を経営者が理解していなかった。システムLSIとは、ハードウエアだけではなくソフトウエアも組み込んだチップのことだ。ここで力を入れるべきは、ソフト開発の「人」と、「アーキテクチャ」の設計者である。にもかかわらず、DRAM同様の設備投資に明け暮れ、半導体メーカーの多くは体力を失った。
NANDフラッシュというメモリもDRAMと同様、巨額の設備投資が必要な製品である。DRAMにはトラウマ、システムLSIは模索、といった状態の半導体メーカーが多かったが、産業再編によって、自社の強みを生かして企業を伸ばす経営者がようやく今現れてきたところである。もはや半導体メーカーでさえも、みんなで「仲良しクラブ」を作ろうと考えるところはもうなくなっている。
半導体各社は、例えばルネサスは、クルマとIoT、アナログチップに的を絞り、中堅の新日本無線はパワーマネジメントやMEMSマイク、SAW(表面弾性波フィルタ)など成長分野だけに特化し、回復してきた。ソニーもCMOSイメージセンサとその周辺ICに特化している。今の日本企業でメモリを手掛けているところは東芝しかなくなった。東芝のNANDフラッシュ工場がもし無料だとしても欲しくない、というのが国内半導体だろう。
ではどこへ売るか。一つはファンドや銀行系だ。もう一つはNANDフラッシュの顧客、ないしは関連する企業になろう。鴻海精密が東芝に興味を示すのは、それを購入する顧客だからである。鴻海は、東芝から購入したNANDフラッシュをiPhoneに組み込み、アップルへ納入している。ただし、極めてクセの強い経営者だけに「お坊ちゃま企業」の東芝では対応が難しいだろう。新聞ではソフトバンクの孫正義CEOと鴻海がビジネス上で関係するから、という捉え方だが、それだけで2兆円は出資できない。
もちろん海外のメモリメーカーに買ってもらうという手はあるが、今のところSKハイニックスが手を挙げているようだ。しかしSKハイニクスはかつてエルピーダの買収の時にも手を挙げて、広島の工場をさんざん見て研究し尽くしたあと、手を下したという「前科」がある。東芝にも同じことをする可能性は高い。あるいはサムスンという可能性もあるが、東芝の四日市工場を折半して使っているウェスタンデジタルが許さない。
国内メーカーならあとは、日立やNEC、富士通などストレージサーバーを手掛けている企業だろう。ただ、2兆円全ては出資しない。100億円程度の小口の出資の可能性は十分ある。NANDフラッシュ製品の安定供給を期待できるからだ。東芝は、NANDフラッシュの次の製品としてPCRAMやMRAMという次世代の不揮発性メモリを開発しているが、これらを期待する国内外のコンピュータメーカーやクルマメーカーは出資先(出資額はせいぜい数%~10%どまり)の選択肢に入る。
東芝は2次応札を考えているという報道もあるが、決断を長く伸ばすことではない。また自らも資金調達に動くべきであり、待っていてはシャープ同様、評価額を下げられるようになる。東芝はあくまでも入札にこだわっているという声も聞くが、もしこれが事実なら、東芝もシャープのようになるだろう。自ら動くことが問われているのである。
(2017/04/16)
成長路線に乗ったルネサスDevCon
(2017年4月13日 20:02)「一度、地獄を見たものは強い」。ルネサスエレクトロニクスの開発者会議であるDevCon(図1)を見た感想だ。半導体チップは言うまでもなくITがけん引する。特にITの今の4大トレンドである、AI(人工知能)、IoT(インターネットにつながる全てのハード)、クラウド、5G(第5世代のセルラー通信)を意識した発表が中心であり、世界の半導体産業と同じベクトルを向いている。狙う市場はもちろん海外が主戦場となる。クルマの新規獲得した2016年度(最初の9ヵ月のみ)の受注金額の70%が海外だという。

図1 ルネサスが先日開催したDevCon 基調講演開演直前の会場は満員
これまでクルマのエレクトロニクスでは自動運転やADAS(先端ドライバ支援システム)では欠かせない自動認識、それに使うAI(人工知能)技術は常識になった。これをルネサスは一般工業用途にも持ってくる。それを組み込みAIとしてe-AIと呼んだ。e-AIはあらゆる組み込みシステム、つまりIoTシステムで工業用途での自動機や産業ロボットを学習させ、賢く自律的に判断させるのにAIは欠かせない。
工業用IoTでは、全てのデータをクラウドへ上げる訳ではない。さほど大きくないデータ量をリアルタイムで処理しなければならない場合には、むしろセンサを備えたIoT端末(エッジ)が置かれたローカルで処理することが多い。もちろん、5G時代が到来すれば、クラウドでさえ、低いレイテンシ(時間遅れ)を実現できるが、今使うにはやはりローカルな処理が求められる。この処理こそ、e-AIが能力を発揮する。
IoTシステムの中でデータ解析をするツールとしてAIは今や常識になってきた。工業用IoTデバイスをプラント内の配管や装置の近くに設置し、IoTからのデータを集めそれをAIで解析することで機械の予防保全に利用したり、機械のスループットを上げたりする。生産性を上げればIndustry 4.0となり、機械のデータをARなどデジタルで見られればデジタルツインになる。もはやIoTとAIはセットになってきたともいえそうだ。
ルネサスが意図するe-AIでは、学習はクラウドで行い、推論をエッジで行う。ルネサスはインテルとは違い、演算リッチのハイエンドプロセッサを持っていない。ハイエンドマイコンやSoCは得意であり、これらは現場(エッジ)で使うのに向いている。だからこそ、ルネサスの得意な半導体チップを推論用に使い、高度の演算が必要な学習はクラウドで対応する。クラウド上で使ったCaffeやTensorflowソフトウエア言語で書いた学習データをマイコンに焼き付けられるように変換するツールとその検証ツールを用意している。さらに、別のところから学習させたデータも取り込めるようにインポートツールも用意した。
日本の半導体企業の中でAIチップを開発しているところはまだ少なく、インテルやエヌビディア、IBMなどAIを積極的に進めている半導体企業とは違っていた。今回、ルネサスは世界の勝ち組と同様のメガトレンドをうまくとらえており、AIでの成長を見込んでいる。しかもルネサスならではのAIへのアプローチを採った。

図2 クルマ分野の新規商談金額の推移 すぐに売り上げに反映されないが4~5年後には間違いなく売り上げは増加しそうだ 出典:ルネサスエレクトロニクス
また、クルマ用のマイコンR-Car RH850の商談は順調に伸びており、2016年度はまだ9カ月目の段階で2015年度の新規商談の金額を超え、6500億円を突破した(図2)。今や絶好調と言えるレベルにまで上がってきた。クルマ用半導体は開発完了してから実際のクルマに搭載されるまで5年かかるため売り上げに反映されるにはまだ時間はかかるが、ルネサスの未来は明るくなった。
かつてルネサスは、リーマンショック後の売上の落ち込み・大幅赤字と、自己資本比率が10%を切る寸前まで落ち込んだ。まさに地獄だった。経営陣の刷新を図り、以来、再建の道を歩んできた。四半期ベースでは10数期連続営業黒字が続いている。
かつて地獄を見たルネサスは、着々と回復するどころか、成長路線に飛び乗った。社員の顔色も良い。DevConで話を聞いたルネサスの社員たちは、自分の仕事を積極的に説明してくれた。とても全てを紹介できないが、SiCよりもコストが1ケタ低いシリコンのIGBTパワートランジスタを使いながら、電力効率を高め弁当箱大のインバータを実現したり、わずか5mm角程度のICパッケージに入ったパワーMOSトランジスタで30Aの3相モータを駆動したりする展示もあった。喜々として説明してくれる態度からはルネサスの未来が見えた。
日立製作所、NEC、三菱電機という親会社からほぼ完全に独立し、自らの責任で自らの道を歩むルネサスに変わった。産業革新機構というファンドの援助があり、外部から経営の専門家が会社を率いたやり方こそ、グローバル企業のやり方でもある。半導体に限らず、日本のIT/電機企業の手本になる日も近い。さて、「優秀なお坊ちゃん企業」東芝はどうするつもりなのか。
(2017/04/13)
東芝メモリを巡る買収額と技術流出
(2017年4月 8日 12:19)東芝のメモリ事業会社の分社化を巡って、新聞報道をはじめ大きな話題となっている。本日8日の日本経済新聞でも、メモリ事業に「東芝半導体に官民「日本連合」富士通など参加検討」をいう見出しの記事が載った。日経の記事によると、東芝や経済界が呼びかける形で1社あたり100億円前後を負担する方向で調整を始めたという。東芝経営陣はここにきても、買ってくれる株主を自分で見つけられないのか。
また、そのメモリ事業の時価総額を巡って安いの、高いのという声も聞こえてくる。東芝は部門別事業の年間売り上げを公開しているため、メモリ半導体事業の売り上げは入手できる。例えば2016年3月期の決算報告をまとめたアニュアルレポートによると、2015年度(2016年3月期)のフラッシュメモリの売上額は8456億円、営業利益1100億円となっている。企業の時価総額は、株式相場額に総株式数をかけたもので表されるが、メモリ事業を分社化していなかったために株式会社東芝メモリの時価総額は不明だ。
強いて比較するなら、ウェスタンデジタルがサンディスクを買収した金額が1兆9000億円であったことから、2兆円以上という推定額が生まれたようだ。サンディスクとの比較はもっともらしい。というのはサンディスクと東芝はNANDフラッシュメモリの生産ラインを折半しており、サンディスクも東芝の四日市工場で生産しているからだ。そして、2016年のNANDフラッシュの売上額は東芝が76億9280万ドル、ウェスタンデジタルのそれは64億6870万ドル、と東芝の方が多いため、買収金額は2兆円以上と想定したことは合理的である。
ただし、最近の売上額の推移をみていると、必ずしも合理的とは言えない部分もある。二つ理由がある。一つは東芝の生産がウェスタンデジタルに追いつかれ、サムスンからはますます離されているからだ(図1)。もう一つの理由は、買い手市場になっていることだ。つまり、東芝はメモリ事業を売らなくては6200億円の債務超過、すなわち倒産状態になっているから、どうしても売らなきゃ倒産してしまうのである。売り手が強い売り手市場なら、もっと高く2兆円強でも合理的だ。しかし、今は足元を見られる状態であり、買い手市場であるからこそ、高くても2兆円が合理的な金額といえる。これ以上は望めない。

図1 最近のNANDフラッシュの上位3社の売上額 出典:TrendForceの発表データを元に津田建二が作成
新聞で報道されている「技術の流出」に関してはどうか。大量生産のコモディティ製品であるNANDフラッシュでは、もちろんプロセスノウハウはあるが、投資金額があればなんとかなるビジネスだ。また、技術を囲い込むだけでは、いつかは掌の水のようにこぼれてしまうものであり、新たな技術は生まれてこない。新たな技術を生むためには、たくさんの知恵、コラボレーションが欠かせない。囲い込んで失敗した例は、枚挙にいとまがないほどたくさんある。
はっきり見える最大の脅威あるいは注意企業は、中国と韓国のSKハイニックスだ。中国は今、海外半導体企業の買収にほぼ失敗したため(買収に成功した半導体企業はアナロジックスのみ、半導体製造装置企業はマテソンのみ)、戦略を変え、自国で作ろうとしており、それもメモリに絞っている。DRAM、次にNANDフラッシュは間違いなく中国が作る。それもダンピングするような安い価格で売るという噂が広がっている。もともと半導体製造事業は、製造原価に対する人件費比率が5~8%しかないため、中国で作ってもさほど安くできない。安く作るためには低コスト技術を新たに開発する必要があり、これが容易ではない。しかし、中国は政府系ファンドが4年間で5兆円相当の金額を用意しており、製品に対しても市場シェアを獲得するまで援助するだろうと言われている。余談だが、半導体製造こそ、人件費の高い国で作るべき産業である。
もう一つの脅威はSKハイニックスだ。彼らは、エルピーダが倒産した時も、買うと手を挙げ、エルピーダの東広島工場をさんざん見て研究し尽くしたあと、買わないと言った「前科」がある。デューデリジェンスでは当然工場を見るわけだが、見た後は「残念ながら買う価値がないと判断した」とか何とでも言い訳ができるため、非常に危険である。東芝に対しても同じことをする疑いは、ぬぐい切れない。もともとハイニックスの親会社であったLGグループは、反日企業であり、親日企業のサムスンとは犬猿の仲、激しいライバル意識をむき出しにする企業だ。日本企業との親和性は薄い。
一般的な技術流出はほとんど無意味になっている。ハイテク産業が世界で最も活発な地域であるシリコンバレーでは、技術の流出などどうでもよく問題にしていない。もちろん、シリコンバレーでは技術が流出するが、新しいイノベーションも生まれる街だ。そのような古い技術を守るよりも、新しいイノベーションをどんどん開発していく。技術の流出を心配するよりも新しいイノベーションが続出するから発展し続けるのである。日本が技術の流出を云々するようでは、もはや技術がなくなって守ることしかできないのか、というネガティブな印象を持ってしまう。それでは困るではないか。どんどん新しい技術が生まれるような環境や仕組みを早急に作るべきである。
(2017/04/08)
科学と技術は大きく違う
(2017年3月28日 00:34) 「地下の汚染水は、科学的には汲み上げてろ過して排水すれば安全」と言った科学者の発言がマスコミに伝わると「地下水は安全」という言葉に変わってしまう。科学的にはたとえその通りでも、技術的には初期コストや運転コスト、ハードとソフトの規模、安全かどうかの検証、など技術的に可能であることは全く何も実証されていないのである。このことは、科学者が「原子力は安全」と言う言葉と全く同じである。
科学的に可能であることと技術的に可能であることは全く違うのだ。技術は、コストまで含めた現実のソリューションを導けるかどうかを実証することまで責任を持つ。先ほどの科学者の言葉を、技術的に検討するために必要な技術的課題は多い。地下水を汲み上げるポンプはどの程度の容量が必要で、どこに設置できる大きさなのか、その初期コストや運転コスト(電気代)、ろ過するフィルタの交換頻度やろ過できる能力、ろ過し排水できるスループット(1時間あたりの処理量)、フィルタの設置場所や交換しやすさ、など、そしてろ過した後の安全性の実証も必要だ。たとえ初期的には安全でも時間が経っても本当に安全か、経時変化はないかどうか、ポンプを汲み上げる配管の劣化はないか、信頼性に問題はないか、などなど。技術的に安全だという根拠はゼロに等しい。
自動運転車でも科学的には可能だが、技術的にはまだ可能にはならない。技術的には、子供の急な飛び出しに対応できるか、白線の無いけもの道を走れるか、初めて通る道を走れるか、信号は認識でき、時速80km制限を読めるとしても、「飲んだら飲むな」という自動運転車にとって重要ではない標識にどう対応するか、などなど。自動運転に向けて取り組まなければならない技術的な問題は山積している。とても安全で今すぐ走れるという訳ではない。
矢沢永吉さんの「やっちゃえ、日産」という宣伝広告での自動運転は、車線を変更せず、しかも運転手は手を放してもすぐにハンドルを握れる状態にいることが、手を放してもよいと許される条件だ。つまり自動運転車でさえ、技術的にまだまだ課題は多いのである。
マスコミの「地下水は安全」という言葉は、それを信じる人たちにとっては、政治的に利用する言葉だったり、全く何も知らずに安全だと信じ込む人たちだったりする。言葉だけが独り歩きしてしまうことが最も怖い。これが風評につながるからだ。
科学者を責めるつもりはないが、言葉は勝手に独り歩きしてしまうことに注意してほしい。科学的にOKだ、という言葉は、できそうだ、あるいはできるかもしれない、という程度に見るべきである。技術はコストも含む。技術的に可能でも誰も買えない価格の製品だと、社会的には無意味である。ましてや科学は、原理だけで判断するため、科学者の言葉を即現実に持ってくることはおそらく間違いだろう。
アインシュタインの一般相対性原理は、重力場は光も曲げてしまう、というアイデアを含んでいるが、そのアイデアの証明は数十年も経ってからようやく最近あったばかりだ。重力場のアイデアを昔学生時代に知ったとき、本当かなあ、とまずは疑った。技術が発展し、やっと今頃になって実証できる環境が整い、ようやく証明できた。科学的には納得できることと納得できないことがある。ましてや、それが実証されていないことなら、すぐに信じてはいけない。
(2017/03/28)
先端企業は「データ」時代を先取り
(2017年3月28日 00:16)IBMが先日、気象予測データの配信サービスを始めたというニュースの裏側にあるIBMの戦略は単に気象予報会社になるということではない。さらに、気象予測サービスをAI(人工知能)コンピューティング「ワトソン」が気象データを分析するデータを販売する、ということだけにとどまらない。気象データは、農業や漁業だけではなく、人間の購買活動、企業活動、経済活動にも実は大きな影響を及ぼす。
折しも今年に入り、インテルのブライアン・クルザニッチCEOが「インテルはデータカンパニーになる」と述べ、2014年にIBMのジニー・ロメッティCEOは「データは21世紀の新たな天然資源である」と言い(図1)、共にデータにフォーカスするビジネス企業へと脱皮することを宣言している。
図1 IBMのジニー・ロメッティCEOのメッセージ
IBMが確度の高い気象データの販売という事実と、データは新たな天然資源と述べた事実、データ解析に欠かせないAIワトソンを活用するという事実、さらにIoTビジネスでの解析から気象データという要素が企業の生産性や売り上げに大きな影響を及ぼしているという事実、これらの事実から見えてくるものは何か。
データを情報に変えると価値を生む
IoTシステムで最も重要なことは、ビッグアナログデータを情報に変えること、である。センサからのデータを単に寄せ集めるだけでは何も見えてこない。センサデータをセンサフュージョン(センサハブ)を通して、収集し、さらに解析することで初めて見えてくることがある。この「気づき」が生産性を上げたり売り上げを上げたりするソリューションとなる。振動や回転の動き、圧力、磁気などのセンサからの情報に加え、その時の温度や湿度などのデータも含めた総合的なデータ解析によって、顧客に有効なソリューションを見つけられるようになる。気象データもその一翼を担うことが多いのである。
気象予測は、雨具製造や販売は言うまでもなく、ビールやアイスクリームの売り上げにも直結する。野球やサッカーなどのスポーツイベント、デパートやショッピングモールの売り上げなどにも影響を及ぼす。近年の豪雨や大きな台風なども経済活動全体に響く。土砂崩れや河川の崩壊、津波などの災害は建築産業にとっても大きく影響する。IBMは昨年、気象予報を提供する会社TWC(The Weather Company)を買収し、気象情報を提供しているが、TWCのマーク・グルダースリーブ氏によると、エルニーニョはタイのGDPに4半期当たり2%の影響を与え、自動車事故の23%が天候によって発生し、電力網の障害の78%が天候に関連しているという。
気象予測には、地図上で地域ごとにメッシュを作り各点ごとの気象データをスーパーコンピュータで集め、何時間後の温度や湿度、気圧などのデータ変化を計算する。メッシュ点の数が多ければ多いほど正確な情報が得られる。IBMはスーパーコンピュータ「ブルージーン」を持っている。気象予報には各メッシュ点の空間情報と、予測するための時間情報が必要で、時間微分の偏微分方程式をスパコンで解いて予報を得る。
このほど気象データを提供するのは、そのデータをワトソンで解析してデータを情報に変換するというサービスも提供できる可能性があるからだ。IBMはそのデータをワトソンで解析するだけでなく、顧客の持つセンサデータもワトソンで解析することで、顧客の売り上げ向上につながる情報を提供できる。全てのデータを解析するツールがワトソンである。だからこそ、IBMはデータを最重要視する企業へと歩みを強めている。
「週刊エコノミスト」に近いうちに、インテル社の戦略をレポートする予定だが、インテル社もIBM同様、「データ」を最重要課題とする企業を指向する。今後の大きなメガトレンドである、AI、クラウド、IoT、5Gを自社のビジネスにどう取り込むかが企業の成長を左右する。IBMもインテルもその答えを出した。ハードウエアとソフトウエアを武器にサービスを提供するIBM、やはりソフトウエアを埋め込んでハードウエア(CPU)をサービスと共に提供する半導体メーカーのインテル。共にハードとソフトをフル活用してサービスを提供する企業である。
日本の企業はどうか。また時々口を挟んできたか霞が関は半導体産業にはダンマリ作戦進行中だ。半導体企業からのAIチップや5Gチップなどが聞こえてこない。ぜひ、奮起していただきたい。
(2017/03/28)
スマートホームは本当に賢いの?
(2017年3月23日 23:03)スマートグリッドやスマートホームって本当に賢い(smart)のだろうか。こんな疑問を持ったのは、スマートホームが家庭の電力の見える化を行い、それによって無駄を人間が意識し、人間が使っていない電気製品を止めるだけにすぎないからだ。センサで電流を測り、それを見える化しているだけ。それが本当に賢いのか。賢いのは人間であって家ではない。電力網(パワーグリッド)でさえまだ賢い制御を行っていない。
ただ、電力網全体を賢くすることはそう簡単ではない。電圧と位相を同時にしかも精密にピッタリ同期をとって制御できていないからだ。ある程度までは既存の技術で可能にしてきた。しかし、賢くはない(smartではない)。
とはいえ、家庭や企業の小さな単位ではもっと賢く制御できる。こんな技術が英国の通信やエンターテインメント、航空機などで優れた技術を持つ企業が集まる街、ブリストル(ロンドンから190km西)からやってきた。
ブリストルブルーグリーン(Bristol Blue Green:BBG)社は、デスクトップPC程度の大きさの機器BlueGreenを開発(図1)、家庭の交流電圧をぴたりと100Vに制御する。実は、家庭の交流電圧は常に100Vにはなっていない。時には95Vだったり105Vだったりする。電化製品は100Vで正常な動作を行うように設計されている。それが本来の電圧を供給できないのであれば、余計な電力を消費することになり、長期間使っていれば製品の寿命を短くしてしまう。

図1 BlueGreenは電源電圧をピタリと揃える 大きさはPC程度
BlueGreenは、100Vピッタリの電圧を供給するので、電化製品をスペック通りに維持してくれる。消費電力の無駄もない。実際には家庭やオフィスの分電盤の近くに置き、外からの商用電源ラインにつなぎ、家庭内あるいはオフィス内の電力を完全な100Vで供給する。このため、これまで人間が気づかなかった無駄な消費電力を自動的に排除してくれる。この装置は、入力の電圧を測定し、それを不足分あるいは余剰分を計算しそれを補うというテクノロジーを使っている。
これまで英国内で220V~240Vの電源向けにBlueGreenを開発してきたが、日本でも100V電源向けの装置を開発している。BBG社は2013年に設立されたベンチャーで、資金はあまりない。このため、技術をライセンスして日本企業に生産してもらおうと考えている。このビジネスモデルは、ソフトバンクが3兆円以上で買収した半導体IP設計のアーム社と同じ。イノベーティブな技術を開発し、それをラインセンスすることで売り上げを立てる。生産に入るとロイヤルティをいただくというビジネスモデルだ。これもアームと全く同じ。英国には、頭脳で稼ぐビジネスモデルのベンチャー企業が増えている。
設計だけ、ライセンスだけと言っても実際にモノは製作してみる。図1はBBG社が日本向けに試作した製品だ。ノートパソコン並みの大きさだとわかる。持ってみると、重量もそれほど重くはない。
このBBG社のアンソニー・パーカー会長(図2)と昨年10月に会い、今年になっても2月にディスカッションした。BlueGreen製品は実は電気を細かく制御して消費電力を減らすだけではない。製品内に蓄えられたデータを利用するのである。IoT時代は文字通りデータこそが価値を生む。電気の使用状況を細かくデータを取りクラウドに上げると、どのような時期、時間帯に、どのような温度や湿度の時に、どれだけの電力を使い制御されているか、といった使用状況を正確につかむことができる。これらをディープラーニングなどのAI(人工知能)で分析すると、電力需要のより正確な予測ができるようになり、データが「情報」に変換され価値を生むことになる。
図2 アンソニー・パーカー氏はBBG会長であるが、投資会社ビーグルパートナーズのパートナーでもある
こういった電力の稼働状況ビッグデータからさまざまなデータパターンが生まれてくる。電力の使用状況パターンだ。「まだ誰もこういったパターンを知らない」(パーカー会長)からこそ、価値がある。これをマネタイズすることで、ビジネスが広がる、というのだ。彼は、「名前はまだ言えないが(と断りながら)、すでに動き出している大企業がいる」と述べ、電気製品を単に売るだけではない、ビジネスへの広がりに期待している。
英国中にデジタルカタパルトのプロジェクトが動き出していることはすでに「デジタル経済への転換で成長を図る英国」で述べた(参考資料1、2)。このプロジェクトに加え、ブリストルにはエンジンシェド(Engine Shed)プロジェクトも動き出したとパーカー会長は語る。
ブリストルには、ブリストル大学とバース大学、英国南部のサザンプトン大学、サリー大学を結ぶ地域でSETsquare(三角定規の意味)と呼ぶベンチャー育成のインキュベーションセンターがあり、ブリストルはその中心にあった。ICT産業が盛んなブリストルはこれに飽き足らず、ブリストルだけのハイテクのインキュベーションセンターを作った。これがエンジンシェドだ。パーカー会長によると、すでに40~50社のベンチャーが集まっている。
参考資料
1.
デジタル経済への転換で成長を図る英国(前編)(2017/01/13)
今なぜSTEMか
(2017年3月 2日 19:12)最近STEM(ステムと発音)という言葉が使われるようになってきた。STEMは、Science(科学、理科)、Technology(技術)、Engineering(工学、生産技術あるいは実用化技術)、Mathematics(数学)の略である。これら昔から使われてきた言葉が、なぜ今更、流行語のように言われるようになってきたか。AI(人工知能)、IoT、5G通信、自動運転車、FinTech、バイオ、医療など新ビジネスと直結する手段となってきたからだ。
図 コンピュータという万能マシンを考え出したアラン・チューリングの描いた絵
Scienceは言うまでもなく、理科、あるいは科学を意味するが、ここでは物事の原理や原則を納得できる形に解明することを表している。十年以上も前から「製造技術や生産技術をサイエンスする」と言われるようになっている。つまり、試行錯誤や技能者の感、といった手探りでの開発や製造の手法ではなく、明確な指針を与えるための手段がサイエンスに他ならない。
Technologyは技術、テクノロジーという日本語を当てはめるが、これはScienceに基づく原理を元に、何かを実現するための手段を指す。テクノロジーと称して、スマホやケータイ、パソコンの新製品を指す言葉として使っているメディアは多いが、それならその意味は永久にわからない。レジス・マッケンナという有名な広報マンがいるが、彼の言葉にザ・テクノロジー・トランスペアレント(技術の透明化)がある。これは製品に使われている技術が見えなくなることを表しており、彼はテクノロジー・トランスペアレントになる時期が製品の普及期だと述べている。ほとんどの人はスマホや携帯電話がどのような原理で通話できるのかを知らない。でも、ほとんどの人がそれらを使いこなしている。パソコンやタブレットも同じだ。
そしてEngineeringは、製品を作るための技術であり、学校では簡単に「工学」という言葉で表現しているが、その意味は単なる専門分野を表すことではない。実用化するための技術である。これがなければせっかく生まれたテクノロジーも腐ってしまうだけである。製品を万人に提供するためには、Engineeringがなければ不可能。だからこそ、とても大切な技術である。俗によく言う「死の谷」はEngineeringがないから、開発されたテクノロジーが実用化されないことがよくある。
最後のMathematicsは、単なる数学と言ってしまうものではない。アルゴリズムや物事を解くためのモデルの立案に使う手段である。例えば、シリコンという固体の中を電気が流れたり止めたりできる半導体トランジスタの動作を説明するために解く方程式があるが、それは電流や電圧の分布を表現している。つまり数学は、物事の起きていることをうまく説明するためのモデルやメカニズムを考え、実際の結果とうまく合わせて説明できるための手段となる。金融では、先物取引や、1週間後あるいは1ヵ月後の相場や商品価格を予想するための方程式があるが(考案した人たちはノーベル経済賞を受賞)、これはいつ(t)、価格(x)は時間の経過と共にどう変わっていくかを、自分でモデルやメカニズムを考え偏微分方程式で表現したもの。
これらS、T、E、Mがモノづくりはもちろん、新しいビジネスを作るのに必要不可欠な道具になってきている。これはコンピュータという概念があらゆるものに入ってきたことと関係する。コンピュータは、一つのハードウエアを作り、そこにソフトウエアを埋め込むことで様々な機能を加えたり独自性を与えたりできるマシンである。そのコンピュータはパソコンやスマホだけではない。電気釜やエアコンなど便利なものには半導体(マイコン)という形で入り込んでいる。だからこそ、これからの新製品や新ビジネスにも必要不可欠になる。
STEMは基本的には、学校時代に勉強していることが望ましい。しかも、高校や大学などの教師はその精神をきっちり教えるべきだ。社会人になってからもSTEMを学ぶことは自分のキャリアに役立つように文部科学省は動いてほしい。STEMを使って新製品、新サービスを創造していくことは何よりも経済を活性化し、この国をもっと賢く発展させるために必要ではないか。
(2017/03/02)
心新たにiPhone誕生10周年
(2017年2月24日 01:16)シリコンバレーで新しいアップルの本社ビルの工事を見てiPhoneのすごさをつくづく感じる。2017年は、iPhone が誕生して10周年、そのハードウエアのカギを握る半導体トランジスタが誕生して70周年に当たる。iPhoneを最初に見たときは、大きなショックを受けた。2本指でピンチイン、ピンチアウトすると縮小・拡大を表してくれる。ところが、ある主要エレクトロニクス雑誌は、新しい技術が何もない、と切り捨てた。70年前も、トランジスタ開発の最初の記事は小さなベタ記事としてしか扱われなかったようである。
もちろん、その雑誌の記者は(私もそうだったからこそ自戒を込めて書いているが)、対象とする読者には常に取材して意見を聞いているため、記者というより読者である日本のエンジニアが、そう言ったのだろう、と推察する。iPhoneは、のちにアンドロイドのヒントとなり、新しい場を作り出した。iPhoneはある意味、世紀の大発明の一つに挙げられる。にもかかわらず、そのイノベーションのすごさを日本のエンジニアは理解できなかったといえる。
これまで、エンジニアの世界ではテクノロジーは、高性能・低消費電力が主な技術度の指数であった。その意味ではiPhoneに採用された高性能・低消費電力という指数からみると、すごいというものではなかった。しかし、iPhoneを最初に見た時、楽しそうな携帯電話だ、と直感した。指でページをめくる操作や、拡大・縮小の操作が親しみのある動作だったからだ。画面を90度左右に倒すと画面も一緒に見る向きに対応してくれる。人間になじみにある、こういった動作で表現する、「ユーザーエクスペリエンス」という言葉は、iPhoneから生まれた。
2007年に米国で最初に発表され、日本での登場には数ヵ月かかった。日本で導入される前に英国人から見せてもらった時の興奮は忘れられない。それまでの、いわゆるガラケーには、私は魅力を全く感じなくなっていた。だからiPhoneを初めて見たときは感激した。実は2000年ごろ、英国のベンチャーからテキストの拡大・縮小を実現するソフトウエアを見たときは応答が遅く、2~3秒かかったため、面白いとは思ったが、まだ使われないだろうと見ていた。2007年のiPhoneにその機能が入っていたのだ。しかもピンチイン、ピンチオフというわかりやすい動作で表現した。
iPhoneが発表してまもなく、GoogleはAndroidと名付けたOS(カーネルはLinuxで、厳密にはOSではなくプラットフォームというべきソフト)を発表した。しかも無料で提供すると発表した。翌年2月のMobile World Congress 2008では、テキサスインスツルメンツ(TI)が早くも、Android開発ツールボードを出展しており、その取り組みの速さに驚いた。日本のメーカーはこの時よりも半年以上、遅れた。
その後、Androidフォンが登場し、iPhoneやその前にビジネスパーソンに使われていたBlackberryを総称して、「スマートフォン」という言葉が生まれた。Androidの登場と日本メーカーの遅れは、そのまま現在の遅れにつながっている。
メガトレンドに鈍かった日本
ここで言いたいことは、時代の変化点を見つけるという意識が日本企業はあまりにも遅い、ということだ。このため、世界の動きについていけなかった。これが日本の最大の問題である。DRAMビジネスを韓国やマイクロンに負けた最大の原因は、経営者もエンジニアもみんなメガトレンドを見ずに来たことだ、この時代の「ダウンサイジング」というITの大きなトレンドを。
世界の動きは非常に速い。米国でも欧州でもアジアでもグローバルな開発競争が始まっていた2002年ごろ、日経BP社に在籍していた時、アジアや米国など海外を1000人以上も取材してきて、日本を何とかグローバル競争で勝つためには、少しでも日本が有利な条件で早くから戦うことだと思い、「外国企業の積極的な誘致が国内の活性化につながる」というブログ記事を書いた。この記事に対して、本当に取材したのか、グローバル化の必要性がわからない、といった声を聞いた。意識がとても低かったのである。日本にいて日本しか見なければ、本当にガラパゴス化してしまう。このことに対する危機感は今でもある。
iPhoneを見て、何も新しい技術はないと断じた失敗はもう許されない。新しい動きに対するアンテナ感度を少しでも高く上げてほしい。それもグローバルな動きに敏感に感じてほしい。新しいイノベーションは、日本だけではない。広く世界にアンテナを立てていなければ入ってこない。
実は筆者も大失敗した経験がある。日経エレクトロニクスにいた頃だ。1980年代前半に「半導体はメモリからASICへ」という趣旨の特集をやった。これは米国の姉妹誌Electronicsが企画した特集の翻訳だった。米国のISSCCやIEDMなどの学会IEEEを毎年取材していたのにもかかわらず、企業を取材していなかったために、技術の方向を示す実態を把握できていなかった。メモリからASICあるいは非メモリへ、という動きは実は米国だけの動向だった。米国の半導体メーカーは、DRAMで日本にやられたから、ロジックや非メモリへ進もうという動きだったのである。それを半導体産業全体の動向として、メモリから非メモリへという特集を発行した。のちにあるエンジニアから叱られた。「その特集を見て経営者がメモリをやめたのだから、君たちはミスリードした」と。
情報へのアンテナを高くせよ
メモリは今でも、日本が得意な製造に価値のある製品である。DRAMでマイクロンやサムスンに負けた原因をきちんと分析せず、DRAMをやめてロジックへ、システムLSIへと日本の半導体企業がみな舵を切った。この後の日本は惨敗の連続だ。たまたま他のメモリとしてフラッシュメモリを持っていることに気がついた東芝は、NANDフラッシュで大成功を収めた。ただし、戦略的に深く考察して、NANDフラッシュを選んだわけではなかった。舛岡富士雄氏(現在、東北大学名誉教授)が開発したフラッシュメモリをたまたま持っていたからそれを選んだだけにすぎなかった。
今、海外企業を取材するのは、私自身がミスリードを二度と犯したくないからであり、日本企業にもガラパゴスになってほしくないからだ。日本企業と海外企業を取材していると、その違いがはっきり見える。海外企業は常に新しい動向にアンテナを立てて探している。10万円もするセミナーに参加して動向を知ることにも投資を惜しまない。だからこそ、海外企業の成功例を紹介し、そのビジネス戦略の裏にあるものは何か、どのような考えで戦略の結論を出したのか、など参考にしていただきたいとの強い想いで、日本企業に向けた記事を作っている。
(2017/02/24)