「社長室なんか要らない」
2016年5月 6日 17:49

社員7000名超を率い、年商1300億円以上の企業のトップ(CEO:最高経営責任者)が一般社員と同じフロアで、同じ広さの机で仕事している。社員からはドクターTの愛称で敬意をもって呼ばれ、社員と同じ食堂でランチをとる。この日本法人は中堅企業という範疇で、働きやすい会社の上位ランキングにも入っている。こんな社長と先月会い、インタビューした。

 

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1 ナショナルインスツルメンツ社のドクターTこと、James Truchard社長

 

この会社、ナショナルインスツルメンツ(National Instruments)は、測定器メーカーだが、ただの測定器メーカーではない。測定器をハードウエアだけで作るのではなく、ソフトウエアをうまく使い、しかもハードウエアは数台だけでほとんどすべての測定器を実現するプラットフォームという非常にフレキシビリティの高いアーキテクチャを持つ。米国テキサス州のハイテクの街オースチン市に本社を構える。

 

この会社は毎年、NIWeekと呼ぶイベントを開催、新しい技術トレンドを毎年アップデートしながら、それを会社の製品やテクノロジーに生かしている。だから不況時を除き、右肩上がりで成長を続けている。同社の製品アーキテクチャはフレキシビリティが高く、アジャイルで、時代の変化に対応でき、研究開発型製品に向く。パソコンが普及し始めた1990年代には、測定器の計測部分をボード1枚のモジュールにし、データを処理し表示する機能にはパソコンを利用する、といったモジュールベースの測定器を世に出した。オシロやスペアナなど用途に応じて、モジュールを取り換えるだけで、パソコンが測定器に早変わりする。

 

今は、モバイル、IoT5G、クラウドがトレンドになっている時代。この時代に合わせて、システムが変わるため、測定器のアーキテクチャも更新していく。いち早く誰よりも新しいテクノロジーとそのテスト方法を提供するため、常に新しいトレンドを見つけ出す。こういった作業をNIは常に行っている。そのテクノロジーのトレンドは単なる測定器だけではない。コンピュータ、通信、モバイル、半導体、自動車、医療、一般工業など幅広い分野に及ぶ。しかもそれぞれの分野で最先端のテクノロジーを確認しておかなければ、先端テクノロジーに合った測定器を生み出せない。だから、NIは常に最新トレンドをつかんできた。

 

こういったテクノロジー企業を運営するトップは、やはり自分の目でテクノロジーを確認し、それに合わせた経営判断を行う。最近「技術経営」なる言葉が歩き回っているが、残念ながら日本には、「技術経営」にふさわしい経営者はいないようだ。技術を理解していれば、おのずと企業の限界を判断できるのだが、テクノロジーの企業なのに「最もクリティカルな場面」に遭遇しても経営者はまともな判断ができなかった。3.11の東京電力や、最近のシャープなどが好例だ。

 

NIの社長であるドクターTはテクノロジーの議論をいつもエンジニアと交わしたいと言う。「社長室で部屋を区切ってしまうと、エンジニアと気軽にディスカッションできない。エンジニアと常に議論したいから、私は社内外を動き回っている」と語っている。ドクターTは、カリフォルニア大学バークレイ校の諮問委員会のメンバーでもあるが、同じ委員会にはインテルの幹部もいる。最近のムーアの法則のトレンドなども知り尽くしている。

 

「動き回ることが好きだから、社長室などは要らないのです」とドクターTは謙遜しながらやや恥ずかしそうに語った。NIは最先端のテクノロジーを常に追い、それをビジネスとしているからこそ、社内外のエンジニアと話をする機会こそが、成長への手段の一つになるのである。

 

日本のテクノロジー企業には、出世して経営幹部になれば「オレもここまで上ってきたなあ」という考えに浸る役員が多いと聞く。このようなサラリーマンでは「経営」は無理だろう。また企業をどのような方向に導き、成長させていくかというミッションにも強い意欲がなければ、企業が弱体化するのは当然だろう。

 

社長室は要らないといったドクターTに技術経営の神髄を見た気がした。

                             (2016/05/06