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半導体産業のゆくえを話し合おう

(2012年10月30日 16:12)

日本の半導体はいったいどうなるのだろう。こうやってみたら、ああやってみたら、いろいろな方が意見を述べる。でも日本の半導体産業全体をどうにかすることははっきり言ってできない。半導体メーカー1社ごとにその性質も、得意分野も、市場動向に対する感度も、全て違うからだ。

 

これまで世界の半導体メーカーがさまざまな変遷を経て現在に至った背景には、1社ごとにそれぞれが努力し、ソリューションを見つけてきたことがある。日本の半導体産業全体を議論すること自体がナンセンスではないだろうか。1社ごとに知恵を絞り、生き残るための方策を見つけること以外にソリューションがないからだ。

 

米国では1980年代中ごろ、インテルはDRAMを捨て、マイクロプロセッサにフォーカスした。80年代中ごろからコンピュータはダウンサイジングが叫ばれていたからだ。インテルがこの方針を打ち出した時の記者会見には、故ロバート・ノイス社長が来日、その理由を説明した。「DRAMはインテルが発明したものだが、もはやコモディティになってしまった。もはやインテルが扱うべき製品ではなくなった」と。

 

DRAMをやめたと述べた米国の半導体メーカーはインテルが最初だった。その後、モステック、モトローラ、ナショナルセミコンダクタなど米国メーカーが次々とDRAMを止めていった。そのような1985年にこれからDRAMを生産し始める、と宣言したメーカーが米国のアイダホ州に生まれた。ポテトチップで成功した男が半導体チップも始めた、と現地でいまだに言い伝えられている。マイクロンテクノロジーだ。マイクロンの経営陣の一人が85年に東京にやってくるという話を聞きつけ、取材した。DRAMの市場として日本メーカーが納入していたメインフレームメーカーではなく、マイクロンはパソコン市場に向けると言った。このためにはとにかくコストを下げる設計を行う。デザイン寸法の微細化だけではなく、メモリセルレイアウトに隙間なく配置するコンパクション設計も導入した。このためにメモリレイアウトの天才と言われたエンジニアをモステックから引き抜いた。プロセス上はできるだけマスク枚数を減らし、工程を簡略化した。自然界の放射線物質からのアルファ粒子によるソフトエラー対策はしない。ECC(誤り訂正回路)や冗長ビット構成などのアーキテクチャは採らない。余計なメモリセルを追加して面積が増えることを嫌ったためだ。パソコン応用なら、ソフトエラーが発生すれば電源を切れば元通りに回復するからだ。銀行用メインフレームだとこうは行かない。マイクロンの低コスト技術は徹底していた。現在、そのマイクロンがエルピーダを買収、傘下に収めた。

 

1990年代に入ってもDRAMに固執したのはTIだった。そのTI1995年にパソコンがブレークする時にDRAMを捨てた。DRAMを生産できるメーカーが日本と韓国共にコモディティを生産するからだ。TIは全社的にブレーンストーミングを行い、ポストPC時代をどう生きるかをテーマとして未来のTIを議論した。その結果、アナログに特化し、デジタル製品はDSPと標準ロジックだけを残すことを決めた。

 

米国企業がみんなで何かをやって復活したわけではない。企業11社が自分の生きる道を見つけた結果である。日本の半導体産業を考える時、みんなで一斉に何かをやるのではなく、11社が自社の得意な製品にフォーカスすることが強くなる早道である。米国メーカーの教訓こそ、今の日本の半導体メーカー11社が考え抜くことではないだろうか。

 

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図 シリコンバレーで行われたe-Summit2012 休憩時間に撮影

私が編集長を請け負っているセミコンポータルでは112日に日本半導体産業のゆくえと題して、これからの半導体産業の生き残りについて話し合おうという場を企画した。最初に直近のシリコンバレーの現状を紹介し、では日本の半導体はどう向かうべきかについて話し合うきっかけにしたい。各社が各社で議論して自社の進むべき道を模索する手掛かりにしてほしい。シリコンバレーをとっかかりにしたのは、ベルギーのIMECにせよ、英国のARMにせよ、世界トップの半導体企業・研究機関がモデルにした街だからである。スタンフォード大学やUCバークレイなどの大学と起業家、ベンチャーキャピタル、潜在顧客、サプライチェーンがまとまってあり、いつもイノベーションが生まれてくる街である。グーグルもアップルもフェイスブックも電気自動車のテスラもここにある。いつ行っても、イノベーションという刺激を受ける街でもある。

 

(2012/10/30)

米系ファンドは敵か味方か

(2012年9月28日 22:24)

ルネサスに対して、産業革新機構が中心となって、ルネサスの顧客も含めて出資しようという提案が先週の日本経済新聞1面を賑わした。9月はじめに米系ファンドKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)がルネサスに対して1000億円を出資して、経営を立て直そうと提案したところ、革新機構が後出しじゃんけんのように1000億円を出資しようと提案したというのである。まるで子供のゲームを見ているようだ。

 

KKRはこれまで半導体産業には、NXPセミコンダクターズに出資してきた実績がある。フリースケールセミコンダクタにはブラックストーン・グループとカーライル・グループが出資、コバレントマテリアルズ(旧東芝セラミックス)にはカーライル・グループなどが出資した。コバレントの業績は今一つでしんどいところだが、フリースケールはようやく良くなってきたところだ。

 

カーライルについては良くない評判を聞くこともあるが、ブラックストーンの評判はよくわからない。NXPセミコンダクターズに出資してきたKKRの評判は悪くはなさそうだ。NXPは、もともとオランダのフィリップス社から半導体部門がスピンオフして2006年に生まれた会社である。設立した当時、取材してみると、NXPの経営陣はみんな一様に興奮した様子で、自分の自由に会社を運営できるという喜びを感じており、取材した私もその興奮を感じ取った。アジレントテクノロジー(ここもヒューレット-パッカードから計測器部門が独立した企業)から独立したアバゴテクノロジーを米国で取材した時は、経営陣だけではなく、従業員もみんなが自分の方向を自分で責任を持って決められるようになる、と喜びで興奮していたことを覚えている。

 

ドイツのシーメンスから半導体部門を独立させたインフィニオンテクノロジーズやNXPなど、大きな親会社から独立した欧州の半導体メーカーは日本の旧NECエレクトロニクスとは違い、親会社の出資株式は10%程度しかなかった。しかし、親会社から干渉を受けたという話を、欧州を取材した時に聞いた。NXP2年前には親会社はその10%の株式さえも売却し、文字通り完全独立を果たした。その直後に取材したNXPの人たちはそのことを素直に喜んでいた。KKRに支配されることよりも親会社からの独立を社員みんなが喜んだのである。

 

翻って我が国の半導体メーカーを見てみると欧州メーカーとの大きな違いは、親会社から独立していないことである。ルネサスエレクトロニクスは、親会社である日立製作所と三菱電機、NEC3社が所有する株式は90%を超えている。にもかかわらず上場企業である所がおかしい。一般投資家がルネサスの株式を買えないのだから。親会社が90%を超える株式を所有していることは親会社の干渉、人事権、その他全て半導体メーカーとしては自分の責任で思い通りの経営ができないという意味だ。

 

子会社の経営トップでさえいつでも親会社に帰れるという思いがある。このような甘えの構造を長い間放置したままでは、子会社のトップは親会社の顔色をうかがうばかりで、本気で経営などはできない。親会社のトップが企業改革を実行しようとしても、実は子会社の経営陣が理解せず、親会社の顔色ばかりをうかがっているという話を何度となく聞いてきた。一方で、子会社が本気で改革を進めようとすると子会社の社長を更迭したという話も幾度となく聞いてきた。国内半導体メーカーの弱点は、こういった日本独特の親会社支配にもある。

 

こういった状況でKKRがルネサスに出資するという情報を知った社員の中には、KKRに支配される方が良くなるかもしれない、と考える者もいるという。革新機構=政府経済産業省がルネサスを救おうとしている状況は、半導体産業の弱体化を促進しているのかもしれないのである。そもそもハイテクのIT業界でライバル企業同士をくっつけようとした経産省と古い体質の大企業トップが半導体産業を最も理解していない。半導体の世界の流れはくっつけるのではなく、分離させる方向だ。AMDから分かれたグローバルファウンドリーズは昨年までの苦労を乗り越え、最近になってどのメーカーよりも最先端の14nmfinFETプロセスの量産化にメドを付けた。AMDにくっついていたら倒産していたかもしれなかったのである。

 

ルネサス経営陣は、すぐにでもオランダへ飛び、NXPの経営陣に会って直接話を聞き、KKRが経営陣に対してどのようなアドバイスなり経営指針なりを提供してきたのか、この目で確かめることが望ましい。そしてKKRの本部とも会ってポリシーなりミッションなり話を聞くことがルネサス復活の本当の入口となる。親会社から本当に独立し、自分の責任と経営理念で半導体企業を運営し、資金調達をはじめさまざまな経営努力により、世界と勝負できる半導体企業を目指してほしい。そうやって覚悟を決めてほしい。経営者が首になる覚悟を決めると、社員はついて行く。日産自動車のカルロス・ゴーン会長がそうしたように。

2012/09/28

MEMSベンチャーが装置まで作ってしまう時代に

(2012年9月12日 00:25)

先週、千葉市幕張で開かれたJASIS(旧分析機器展)2012において、手のひらサイズの超小型IR(赤外線)スペクトロスコピーを製作した英国のPyreos社を取材した。スコットランドのエディンバラに本社を置く同社は、小さな設備を持つMEMSチップの開発企業である。半導体のプロセス装置を使ってMEMSをこれまで作ってきた同社が手のひらサイズのIRスペクトロスコピー装置を作ったのである。

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図 右端の手のひらサイズのIRスペクトロスコピーで古いウィスキーと新しいものを識別


東芝やルネサスエレクトロニクス、富士通セミコンダクターのような日本の半導体チップメーカーは装置まで作ることはほとんどない。半導体チップを設計・製造、パッケージして販売するだけだ。しかし、今年のCESでは、半導体メーカーであるはずのインテルがウルトラブックパソコンやタブレットまで作ってアピールした。もちろん、インテルはパソコンメーカーを顧客とする半導体メーカーであるからこそ、パソコンを製造販売することはしない。パソコンやタブレットを作る実力があることを示したのでもない。パソコンやタブレットを顧客がカスタマイズするための開発ツールという位置付けで作ったのだ。

 

昨今の日本の半導体メーカーと海外の半導体メーカーの最大の違いは、水平分業か垂直統合かではない。新しい半導体チップを使って何ができるかを示せるか、示せないかである。半導体チップを使えば顧客は新しい未来のシステムを手に入れることができる。そのことを半導体メーカーが自ら顧客に示すのである。

 

今、日本の半導体メーカーはIDM(垂直統合型デバイスメーカー)からファブライトへシフトしようとしているが、残念ながらそれだけでは成長していくことは難しい。新しい商品を企画していく力が伴っていないからだ。結局、インテルやクアルコムのような大手半導体メーカーは商品企画力が優れているために独自ブランドの半導体企業としてやっていけるが、日本のメーカーがファブライト戦略を採っても商品企画力が伴わなければ、ファブレスやファブライトのビジネスモデルではなく、単なるデザインハウスにすぎないのである。

 

デザインハウスというのは、顧客の言う通りの製品を設計する企業である。本来なら顧客の名前のブランドで収めてもよいのであるが、顧客ごとに個別対応しながら半導体メーカーのブランド名を付けている。しかし、その実態は顧客の言う通りの設計図を書いてあげるデザインハウスである。これに対してファブレス半導体メーカーというのは、自ら商品を企画して自社ブランドで売り出す能力のある企業のことをいう。だから、自ら企画し設計した半導体を使えば、こんなことができる、あんなことができる、と顧客に対して訴求できる。このためファブレス半導体メーカーは顧客の先を行くのである。

 

ファブライトと称しながらデザインハウスと同じ設計をするだけなら、インドのIC設計者に設計を依頼する方が安くて良いものができる。日本の半導体企業が大きな間違いをしているのは、ファブライトと称しながら、簡単な製造は自社で行い、難しい製造は台湾に依頼する。そして設計力を強化している訳ではない。これでは世界とは互角に戦えない。商品企画力にかけているからだ。

 

商品企画力があるということは、自分たちの新しい半導体を使えば、こんなこと、あんなことができる、と訴える能力があることを意味する。しかも実際に作って見せる。顧客のいいなりで作るだけのデザインハウスなら、もはや世界との競争力が全くないということになる。

 

半導体メーカーのエンジニアよ、少なくとも半導体の勉強はもうしなくていい、システムの勉強をしてほしい。システムの勉強をしてシステムを理解し、それを顧客に提案できるくらいにシステム力を付けてほしい。これが世界の半導体メーカーに勝てる唯一の道である。システム力が出来て初めて、顧客への商品企画力もつく。

(2012/09/12)

半導体は成長産業なのに官民共に理解不足、日本の弱点はコスト競争力

(2012年8月 1日 19:36)

最近、新聞に登場する半導体産業のニュースは、業界再編の話ばかりだ。これにはもちろん、半導体産業自身の経営体質にもよるが、どこかとどこかをくっつけるという話が多い。A社とB社をくっつけたところで、斜陽産業なら企業数を減らすという考えは成り立つが、いまだに年平均6~7%で成長を続ける世界半導体産業において、この考えは成り立たない。世界の半導体産業の勝ち組の経営戦略は決まって、「経営判断が速く、自社の得意分野を伸ばし、世界のメガトレンドをしっかり押さえている」、ということに尽きる。残念ながら日本の半導体産業は、このどれについても当てはまらない。

この経営戦略を把握していれば、自社の不得意なところを時間かけて開発するのではなく、他社の技術を買うか、他社そのものを買うか、と判断すべきである。他社を買わないのであれば、技術を買うためにどうすることが自社にとってベストなのかを考える。1社だけ買収しても市場をカバーしきれない、あるいは伸ばせないのであれば、数社から買う、あるいは数社と共同開発する、という選択肢に行きつく。最近、世界の勝ち組が採る戦略はコラボレーションであり、エコシステム(自社の得意な技術を持ち寄って新製品をいつでも共同開発できる仕組み)の構築である。

自分は得意な分野に専念し、不得意な分野はコラボレーションで補い、世界でベストな製品を誰よりも早く出す。これが勝ちパターンである。世界の企業買収や合併を見ていると、同じ製品を作っている所とは決して合併しない。負け組ともいえる日本だけが、競合メーカーと合併する。しかもそれを助長しているのが霞が関だ。世界の勝ち組パターンからずれているのである。これではいつまでも勝てない。競争力が付かない。

競争力を付けるとはどういうことか。これも官民共にわかっていない。先端技術を開発すればよいということではない。あくまでもコスト競争力だ。安く作る技術を身につけることである。世界一の半導体メーカーのインテル、2位のサムスン、TITSMCIBMなどは低コスト技術に注力してきた。今はテーマが違うが、SEMATECHという共同開発会社(半導体メーカー数十社が出資)の2000年代の最優先テーマは低コスト技術の開発だった。製品を安いコストで作るためには、設計段階から安く作るための技術を取り込まなければならない。共通化できる部分は共通化する。そのための標準化作りに努力する。共通化できない部分は差別化できる技術となるため、ここはすべて自社開発するか、それでも足りない部分や不得意な部分はコラボで補う。この標準化技術に対しても役所はわかっていない。日本発の規格(標準化案)を作ることにこだわる報道がなされるが、日本発か世界発かはどうでもよい。早く共通化して使える技術にすることが重要なのである。

設計段階から安く、製造段階でも安く、さらに検査でも流通段階でも安く作ることが安定経営には欠かせない。安く作れば利益を確保できる。日本企業が「利益なき繁忙」ということがよく報じられるが、安く作るための努力を怠っているからだ。安く作るということは無駄なコストをかけないということである。私は外資系の出版社にも務めた経験があるが、例えば出張手当はない。全て実費精算だ。飛行機は原則としてエコノミーチケット。出張費を浮かせるというセコイ考えはない。仕事に集中できる。経済産業省やNEDOは低コスト技術を全く理解できないため、いまだに先端技術開発しかプロジェクトに掲げていない。最近の技術はあまりにも複雑になってきたため、低コスト技術は企業1社で考えるテーマとしては大きすぎる。だからSEMATECHは低コスト技術を最優先のテーマとして選んだのである。この結果、米国の競争力は極めて高くなっている。