半導体業界の最近のブログ記事

クアルコムのNXP買収はありえない

(2016年10月 6日 00:27)

1週間ほど前、クアルコムがNXPセミコンダクターを300億ドルで買収するとウォールストリートジャーナルが報じたが、ガセネタの可能性が高い。もっともらしく、2~3週間のうちに買収結果についてある程度の結論が出るとまで報じる一方で、クアルコムは別の企業買収も選択肢に入れているとも報じている。ソースはそれぞれ別のようだ。

 

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この報道について、真実味は足りない。というのは買収するメリットがあまりにも少ないからだ。このニュースを報じた記者は半導体業界に詳しくない記者だと見えて、クアルコムが自動車産業に進出できるとか、NXPのような大企業は魅力的に映っているはずだとか、微細化投資に金がかかるようになるから企業規模を拡大すべきとか、トンチンカンなコメントを報じている。クアルコムはそもそもファブレスなのだから微細化投資は全く的外れだ。

 

このディールはまずありえないと思う。クアルコム、NXPそれぞれの得意とするところと補完するべきところを考えてみれば、いかにもチグハグになってくるからだ。クアルコムもNXPも自分のない所を持っている企業とM&Aをしてきた。それぞれの見方からどれだけメリットが少なく、戦略がずれてくるかを示そう。

 

クアルコムは、CDMAの基本特許を持つ通信専門のファブレス半導体メーカーである。2GCDMA時代はまだ採用が少なかったが、3G時代になるとW-CDMAにせよ、CDMA2000にせよ、3Gネットワークを使う携帯電話やスマートフォンには必ずクアルコムの基本特許、IPが必要だった。このためクアルコムの業績は、3G方式の普及とともに急速に伸びる一方だった。ところがLTE時代に入ると、LTEの特許は最も多く持っているものの、3G時代ほどの絶対優位ではなくなってきた。このため、クアルコムはジョブカットすると同時に、さまざまな分野での通信技術を獲得する作戦に出た。

 

この頃、電気自動車用のワイヤレス充電をクルマメーカーに提案したり、高速道路に沿って無線充電器を埋め込むことによって、走行しながら無線充電を行う、といった新提案もあった。もちろん、スマホのワイヤレス給電や急速充電アルゴリズムの開発など、通信を核にして事業を広げていった。教育やヘルスケアビジネスにも参入した。Wi-FiAtheros Communicationsを買収してWi-Fiを手に入れた。Bluetoothは英国のCSRを買収して入手した。当然ながら5G(第5世代に携帯電話通信)では先頭に立ってシステム開発に打ち込んでいる。

 

要は、「全ての通信技術を支配する」といった戦略から、クルマのコネクテッドカーには当然力を入れる。M2Mモジュールビジネスは10年も前から力を入れている。通信のモデム演算やブラウジング演算などに必要なプロセッサの開発でもスマホ用ではリードしてきた。だからといってクアルコムがクルマ用半導体のトップメーカーとなったNXPを買うメリットはあるか?クアルコムにとっては、あらゆる通信をカバーするチップ開発が全てである。NXPを買うのなら、カーラジオや車両制御技術、センサ、アクチュエータなどもついてくるが、これらはクアルコムの本筋ではない。要らない。万が一いるとしても、必要な通信技術はせいぜい77GHzのミリ波レーダーくらいだろう。

 

NXPはフリースケールを買収することにより本格的なプロセッサを手に入れた。ARMだけではなく、Powerアーキテクチャにも力を入れている。マイコンも持っているが、クアルコムにはプロセッサはこれ以上必要ない。むしろエコシステムにとっては害になる。制御に使いたいなら市販品で十分。

 

NXPは、カーラジオのモデム(変復調)をソフトウエア無線(SDRsoftware defined radio)方式で各国のデジタルラジオに対応する技術は持っている。またキーレスエントリの無線技術もある。しかし、クアルコムが持っていない、クルマに関する通信はこれだけだ。これらはクアルコムにとって、3~4兆円も出して手に入れるほど魅力的なものではない。

 

クアルコムの未来は、5GIoTなどであり、そのための通信技術をますます強くすることにある。ドローンやロボットをLTEセルラーネットワークやWi-Fiなどでつなぐことを通してインタリジェントなデバイスへと変身させる助けに通信を使う。そのためには、セキュリティには力を入れるだろう。セキュリティ企業を買う可能性はある。NXP買収は経営判断として選択肢には上らないはずだ。

                                                              (2016/10/06

インターシル買収は高くない

(2016年9月13日 22:31)

ルネサスエレクトロニクスが米国のアナログ半導体のインターシルを約32億ドルで買収することで合意した。マイコンと相性の良い製品は実はアナログ半導体。マイコンに強いルネサスがアナログのインターシルを買ったことは、make sense(意味のあること)である。

8月下旬に日本経済新聞がリークの特ダネで、このことを報道し、私もコメントしたが(参考資料1)、半導体業界の方でさえ、高い買い物と評価するものもいた。証券アナリストの中にも高いと評するものが多く、記者会見の席上でも正当化できるのか、という質問が出た。できると答えたが、残念ながらその場には呉文精CEO(1)と柴田CFOしか出席しておらず、技術的に記者を納得させることはできなかった。

 

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1 ルネサスCEOの呉文精氏

 

しかし、その答えは極めて簡単。ほとんどのマイコンに付属するのがアナログICだから、マイコンとアナログは絶妙なコンビなのである(参考資料2,参考資料3)。この二つを持っていれば、セットで製品を売ることができ、しかも顧客のシステムに差別化技術を盛り込むことができる。マイコンの差別化はソフトウエアで、アナログの差別化はアナログの性能・機能・ユーザーエクスペリエンスで、行うことができる(2)

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2 IoTデバイスの基本例 黄色い回路ブロックは全てアナログ デジタルはマイコンだけ

 

 図2の回路ブロックは、IoTデバイスを例に挙げている。温度や加速度、回転、磁気、圧力、映像、光などさまざまなセンサから電気信号になって回路に入ってくるとセンサハブを通りデジタルの形でマイコンに入る。マイコンでセンサ信号の意味のあるものを読み取り制御する。その出力を送信回路から無線で飛ばす。回路全体を動かす電源がパワーマネジメントである。ここではマイコン以外は全てアナログ回路となる。アナログ回路では、性能を上げたり、機能を追加したり、ユーザーエクスペリエンスを充実させたり、あるいはパワーマネジメントの効率を上げたりするなど、独自の技術を織り込む余地がある。ここは微細化ではなく知恵をいかに織り込むかが決め手となる。

アナログ回路は、日本の半導体メーカーは米国のアナログ専業メーカーと比べ、その技術レベルは残念ながら低い。アナログデバイセズやリニアテクノロジー、マキシムインテグレーテッドなどの企業はそれぞれ特徴があり、しかも独自の回路を設計し、顧客に価値を認めさせている。だからこそ、製品単価はそれほど安くない。価格交渉でも下げない。価値を顧客に認めさせる営業を行っているから、相手は納得してしまう。彼らのチップを使わなければ、システムコストはもっと上がってしまうからだ。

新しい高性能・高機能アナログ半導体ICはほぼ100%米国からくる。日本からはほとんど出て来ない。最近の例では、例えば電気自動車のバッテリ管理ICがある。クルマのバッテリは直列接続することによって200V~300Vまで昇圧する。つながった各セルは、当初は特性が合っていても何度も充放電を繰り返す内にセルごとにばらつきが出てくる。ある時間、充電すると、一つのセルは充電されても別のセルはまだ充電させていない事態が出てくる。そのような場合は充電をやめるか、充電されたセルだけ充電を止めることをしなければ、過充電になると火を噴く恐れがある。このため、満充電にならないように、各セルの充電の割合を管理し揃える必要があり、そのためのバッテリ管理ICをリニアテクノロジーが最初に世に出した。日本のメーカーは、これを後追いするだけだった。

かつてリニアテクノロジーのボブ・スワンソン会長にインタビューしたことがある。日本にはアナログエンジニアが少なくて困っているが、アメリカではどうしているのか、と聞いた。「いや、アメリカでも同様な事情だよ。だからこそ、優秀なアナログエンジニアを見つけたら、何としても採用する。もし彼/彼女が本社のあるシリコンバレーに来たくないと言ったなら、彼らの住んでいる場所をリニアテクノロジーのデザインセンターにする」と答えている。

日本のメーカーは優秀なアナログエンジニアの採用には必ず人事部が決定権を持ち、技術部長や研究部長の裁量が効かない、という難点がある。しかももっと悪いことに、アナログエンジニアを養成するための大学での教育ができていない。日本の大学の先生でアナログを教えることのできる人たちは両手で数えられるほどしかいない。エンジニアを20年やらないと独自設計できる実力がつかないと言われるアナログ半導体エンジニアを日本のメーカーが独自に養成することを考えると、インターシルの買い物が高いとは言えないだろう。

                             (2016/09/13

 

参考資料

1.    ルネサスのIntersil買収が事実なら妥当(2016/08/23

2.    半導体の基礎知識(1)――マイコンとアナログはどう関係するの?(2013/10/15

3.    半導体の基礎知識(2)――デジタルとアナログの使い分け(2014/01/14

透明になってきた国支援の研究

(2016年9月12日 23:16)

 東京都の築地市場移転でのさまざまな不透明な問題点や、2020年東京オリンピックでの不透明な点が明らかになる一方、科学技術への投資は極めて透明になってきた。文部科学省の傘下に科学技術振興機構(JST)がある。このミッションは、科学技術イノベーションの創出を支援することであり、JSTがさまざまなテーマに資金を提供する仕組みがある。そ一つ、CRESTというチーム型の研究プロジェクトを評価する領域アドバイザを拝命して3年になるが、このテーマの決め方や評価の仕方は実に透明である。

  私は、CRESTのテーマの一つ「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」の領域アドバイザを拝命させていただいている。このテーマに沿った研究プロジェクトは公募から始まって、領域アドバイザ全員で手分けしながら公募された研究テーマを10テーマ程度に絞っていく。この最初の段階で、応募された研究と係わりのある領域アドバイザは外されるため、利害関係の全くないアドバイザが大学や研究機関からの研究テーマを評価・選択する。その後、選ばれた10程度のテーマに関してプレゼンテーションを聴く。ここでも利害関係のあるものは、席を外すほか、コメントは述べられず、オブザーバとして見ているだけになる。 

 この段階では、「本当にこれでトランジスタが動くのか」、「回路は動くのか」、「素材は加工できるのか」、など様々な疑問をぶつけ、そのメカニズムが納得いくものか、その証明はされているか、など喧々諤々(けんけんがくがく)いろいろ突っ込んでいく。今、人工知能(AI)で話題となっているニューラルネットワークに関する研究もあり、それを実用化するまでのストーリーも時には求める。世の中のメガトレンドとも比べていく。

  いわゆる「ナノエレ」のCRESTプロジェクトでは、素材やプロセスと、デバイス、回路とシステムといったそれぞれのレイヤーの研究者を混ぜて開発していくことが求められており、一人だけで研究しているプロジェクトは対象外である。材料からシステムまでを融合して実用化までのメドを念頭に入れている点が、文科省といえども社会の役に立つことを意識した研究となっている。世の中の大きなメガトレンドや社会からの要請を無視した独りよがりの研究では決してない。

  そして、選ばれた研究プロジェクトに関しては、評価も行う。初期に補助金を与えるだけではない。プロジェクトをどのように進め、どこまで進んでいるかをチェックし、不足しているテーマや問題はないか、共同チームとのディスカッションは進んでいるか、など成功するためのさまざまな進行評価を行う。これは、税金を投下したからには、何としても成功させたい、という意思がわれわれ領域アドバイザ側にもあるからだ。

  かつて、文科省が大学発ベンチャーを育てるために数億円の補助金を出したものの、企業活動せず(売上ゼロのまま)、外車を乗り回しているだけの若い企業経営者を、あるメディアが紹介していたが、この時の反省があったのかもしれない。少なくともCRESTでは、資金を透明にするだけではなく、プロジェクトを成功させるための「知恵」の支援も行っているのである。このやり方は、研究に限らず、ほかのプロジェクトでも使えるはずだ。かつて、英国政府を取材した時、政府の補助金プロジェクト(ベンチャーを支援)には、必ず監査というか評価する委員(企業の取締役/監査役のような存在)が付き、適切なアドバイスをそのベンチャーに行っている(参考資料1)

  日本ではベンチャー企業が育ちにくい。資金提供のソースが少なく、エンジェルはほとんどいない。利ザヤを稼ぐファンドは大勢いても、産業創成の役には立たない。だからこそ、大きく成長する可能性を秘めたプロジェクトにCRESTのような仕組みは産業力アップに貢献するだろうと期待している。米国シリコンバレーや半導体産業の活発さと比べ、日本での停滞からの脱却には、ベンチャーを育てていくことはとても重要である。

  かつての英国は、プレッシー、マルコーニ、インモスといった大手半導体企業がいたが、やがて消滅し、代わってARMImagination TechnologiesCSRWolfsonIceraなどのベンチャーが育っている。有望な企業は買収されてしまっているが、それでも活躍の場は変わらない。例えばCSRQualcommに買収されたが、ケンブリッジの開発拠点は変わらない。ARMもソフトバンクに買収されたがケンブリッジの拠点は残すと、ソフトバンクは表明している。日本の大手半導体を官製ファンドが支援するのではなく、まったく新しいベンチャーが登場できるような仕組みを作る方が復活の早道かもしれない。

  CRESTの「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」プロジェクトから次世代半導体・ナノテクノロジーを担うベンチャーが誕生してくれることを願ってやまない。

 

参考資料

1.    津田建二「欧州ファブレス半導体産業の真実」、日刊工業新聞社刊

 

買収後のARMはフリーのCPUコアに勝てるか

(2016年9月 6日 20:56)

ソフトバンクによるARM買収が完了した。買収金額は240億ポンド、日本円にして3.3兆円に相当する。ARMは約1000億円の売り上げの会社である。それを3.3兆円という金額で買収した訳だが、その勝算は果たしてあるのだろうか。もう一度、整理してみる。

  ARMのプロセッサコアはこれまではIoT端末のマイコンに多数入り込むと見られており、手放しでARMを買収すれば500億個のIoTデバイスに使われると単純計算している関係者もいた。しかし、この500億個という数字のいい加減さは、これを当初IoT市場を予想していたシスコやエリクソンといった通信機器メーカーが下方修正してきている、という事実を取るだけでもわかる。2009年頃に示した500億個という数字は2014年には早くも260~280億個という数字に代わった。下方修正した理由を問うと、下方修正ではなく現実に即した数字に修正した、とのことであった。つまり500億個という数字を発表した2009年頃は、構想をぶち上げるためのホラが混じっていたという訳だ。だからこそ、この500億個という数字は使えない。

  一方、センサ開発者グループは1兆個(トリリオン)とぶち上げた。これもバブル的と見る向きが増えている。このため、1兆個のセンサが使われる、という数字を本気で使う人は少なくなっている。

  しかも、エリクソンの2021年に280億個という数字には、インターネットにつながるモノ全て、と定義しており(1)、固定電話から携帯電話、パソコン、サーバー、全てのコンピュータまでインターネットにつながるモノ全て、としている。となると2015年時点ですでにIoTデバイスは150億個あり、これが2021年には280億個、すなわち2倍弱しか増えない計算になる。

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1 インターネットにつながるデバイスの台数予測 出典:Ericsson

  IoTはバブルという見方が最近、強まっている。IoTはあらゆる分野、社会に入り込むことは確実だが、だからといってそれぞれの数量が増える訳ではない。ここを見誤るとIoTバブルになる。IoTは農業や鉱業、工業、橋梁やトンネルなどの社会インフラなど、これまで使われなかったところに使われて行くことは間違いない。しかし、それらの数量は少ない。しかも、それぞれ仕様が異なるため、超少量多品種の製品となる。IoTシステムの詳細は参考資料1を見ていただくことにして、IoTシステムはハードウエアだけでは進まない。ソフトウエアとサービスを含むデータに価値があるビジネスだからだ。

  ハードウエアメーカーにとって最大の壁は、これをいかに低コストで作るか、である。超少量多品種製品を低コストで設計・製造する技術が求められ、しかもシステムとしてのデータという価値を生むために必要なソフトウエアとサービスをハードウエアと一緒に提供しなければならない。とても1社では作れない。だからこそエコシステムがマストになる。

  ここでソフトバンクによるARMの買収を考えてみよう。ARMの最大の特長、メリットはソフト開発や製造・設計、それらのツール開発などARMのプロセッサコアに協力してくれる企業が2000社以上もいることだ。彼らがARMという半導体メーカーに属さない中立的な立場にあるIPベンダーのためにソフトウエアを書いたり、自らの差別化するシステムを作り込んだりしていく。

  つまり、ARMは誰からも愛される存在であり、仲間が多い。それをソフトバンクという通信業者が傘下に収めるということは、仲間がARMを見る目が違ってくるという意味である。これまでKDDINTT向けに半導体やシステムを開発してきた企業は、喜んでソフトバンク向けに開発するだろうか。顧客が増えることは誰しも喜ぶが、自分の重要な客とバッティングする客まで取ることに躊躇なく行えるだろうか。

  ARMビジネスで最も重要な点は中立性である。だからこそ、ARMはソフトバンクに中立性を継続することを求めた。思い出してほしい。4~5年前、スティーブ・ジョブズがまだ生きていた頃シリコンバレーで、AppleARMを買収するという噂が流れた。Apple ARMを買えば、ARMはもうお終いになる、という観測が流れた。中立性が保たれないからだ。ARMはそれまでAppleにもQualcommにもGoogleにもプロセッサコアを提供してきた。それがAppleしか売らなくなることでビジネスが縮むだろうとシリコンバレーでは考えられていた。

  今回、ソフトバンクがARMを買うことにビジネスが縮むだろうという予測は強い。だからこそ、この買収に対して、顧客は反対し、ライバル企業は賛成したのである(参考資料2)。特に、フリーのマイクロプロセッサコアであるRISC-V(リスクファイブと発音)は長期的にはARMを打ち負かすと見る向きはある(参考資料3)

  このフリーのプロセッサが、ARMに吹き始めた向かい風である。ARMと同様、低消費電力で性能はまずまずのマイクロプロセッサIPコアをフリーで使うことのできるRISC-Vプロセッサコアは今後手ごわい存在になる。ARMと違い無料のCPUコアであるため安いチップを作れるからだ。メモリアドレス空間は32ビット、64ビット、128ビットまで揃えている。米カリフォルニア大学バークレイ校が提案、開発しているRISC-VプロセッサIPコアを普及させる非営利団体のRISC-V Foundationの取締役会メンバーがこのほど決まり、活動が本格的に動き出した。

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2 RISC-Vのプラチナメンバー ゴールド、その他のメンバーを加えると参加企業は40社以上になる 出典:RISC-V Foundation

  このRISC-V Foundationには、Googleをはじめ、IBMQualcommHewlett Packard EnterprisesMicrosemiMicrosoftOracleRambusなど40社以上がすでに参加している(2)。ただ、日本企業は今のところゼロだ。むしろ、日本企業が誰も参加していない方が危険だ。台湾、中国はすでにメンバーだ。

  ソフトウエアでは昔、LinuxがフリーOSとして登場して以来、今やウェブサーバ市場の95%に使われ、スマホの85%を占めるAndroidにも使われ(参考資料4)、コンピュータの大衆化に貢献した。ソフトウエアの中核となるOSLinuxが使われてきたことと同様、ハードウエアの半導体ICの中核となるマイクロプロセッサにフリーのRISC-Vが使われ始めているのだ。売上1000億円のARMをソフトバンクが3.3兆円も金にモノを言わせてARMを買ったが、それをいつ回収できるようになるのか、未来は決して明るくない。


参考資料

1. IoT時代はデータ価値の理解が最重要(2016/06/18

2. 68% of Chip Designers See Softbank/ARM buyout as a Long Term BAD, DeepChip

3. 64% of EDA/IP Vendors See Softbank/ARM buyout as a Long Term GOOD, DeepChip

4. Charting a New Course for Semiconductors Rambus and GSA Report

特集:ハードでもセキュアにする時代へ(3)

(2016年9月 5日 17:16)

システムの中をソフトウエアだけではなくハードウエアもセキュアにしようとすると、やはり半導体にアクセスするのを制限することになる。また、半導体にアクセスして侵入できたとしても、大事なデータを読めないように暗号化することも半導体ができる仕事になる。つまり、半導体へのアクセス制限と、データの暗号化がセキュアにするカギとなる。

 

暗号キーをチップのバラつきで作成

半導体チップに暗号キーを埋め込み、簡単にアクセスできないようにするIP(半導体内の一つの重要な回路のこと)を台湾のeMemory(イーメモリと発音)社が開発、日本や欧州のセキュリティを重視する企業にアプローチしている。これは、暗号を破られないように、半導体チップが持つ許容バラつき範囲内のバラつきを各チップに持たせるようにしてそれも暗号キーとして組み込んでしまうのである。eMemory社は、顧客企業を絞り日本、欧州とそれぞれ3~4社と話し合ってきたが、日本企業は相変わらず対応が遅いが、欧州の顧客1社とは共同開発に入ったという。

  半導体チップのセキュリティを重視する企業は、それほど多くないため数社に絞り、顧客が自分で暗号キーを生成する手助けを行う。eMemoryはあくまでもIPを提供し、顧客のチップに組み込む支援を行うか、あるいは暗号キーと乱数発生器を集積したチップそのものを提供するか、いずれかのビジネスになる。このIPはアンチフューズ方式の不揮発性メモリの一種のOTPOne Time Programmable)メモリであり、暗号キーを生成するのはあくまでも顧客である。eMemory が提供するのはあくまでもプログラムツール。暗号化するのは顧客(半導体メーカー)となる。

  この不揮発性メモリIPNeoFuse IPは暗号キーを半導体チップに埋め込むために使う訳だが、二つの方法を使う(図1)。一つは乱数発生器回路を組み込むことで、もう一つはチップが持つ許容範囲内のプロセスばらつきを利用する方法だ。この二つの方法を使って暗号キーを作れば、乱数コードが例え解読されても、プロセスばらつきまで解読できない。プロセスばらつきを利用する方法は、正常品として動作するチップに32ビット分のメモリに、01かの電圧をかけ、わずかなプロセスのばらつきによって0でも1でもなるように高レベルの電圧をかけてプログラムする。このためチップによって0になるものも1になるものも出てくる。このため人為的に数字を調整できない。

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図1 暗号キーを乱数発生器と許容内のプロセスばらつきを利用して生成するeMemoryIP PUFPhysical Unclonable Functionの略 出典:eMemory 

  eMemoryの技術のメリットは、ランダム性が自然に決まり人為的な要素が入り込まないため、機密性が保たれやすい。しかも、アンチフューズ型でプログラムするため、温度や電圧が多少ばらついても、書きこんだ情報が反転することはない。浮遊ゲート方式だと、温度や電圧、過電圧などの影響を受けやすかった。

  このIPをチップに集積する場合、すでに0.15µmプロセスから28nmプロセスまで対応できており、16/14nm FinFETプロセスも開発されてきた。10nmプロセスへの適用検討も始まっている。eMemoryIP技術は営業活動で日本を回っているが、動きがいまだに遅いのが気になるとしている。

 

ARMImaginationはセキュアな部屋を確保

  ARMと同様、IPベンダーであるImagination Technologiesが開発したセキュリティ手法は、OmniShieldと呼んでいる技術であり、コンテナと呼ぶ部屋が最大255室ある。それぞれセキュリティの高い部屋と低い部屋を用意しておき、しょっちゅう使う部屋はセキュリティレベルが低く、データを絶対にセキュアに保ちたい部屋は高くする。

半導体チップ上には、CPUGPU、メモリ、周辺回路などがあるが、超高集積のLSIだと仮想化技術を使って、1チップなのに複数のシステムLSIが集積されているように見せかけることができる。この仮想化技術を使えばSoC1CPU1GPU1+メモリ1+周辺回路1)、SoC2CPU2+GPU2+メモリ2+周辺回路2)、SoC3、、、、というように多数のSoC(システムLSI)が集積されているように見えるチップを設計できる。SoC1はセキュリティをかけずにウェブブラウジング専用で使い、SoC2はカギを格納するセキュアなデータ演算機能として使う、といった使い方を行うことができる。

そのためのカギはTLBTransaction Lookaside Buffer)という物理アドレスと論理アドレスを対応させた情報を格納するメモリを用意し、そのアドレスを二重化する。さらに、セキュアなTLBとセキュアではないTLBを分け、認証するためのセキュリティ制御回路RoTRoot of Trust)が認証を制御する。

 

ファイヤーウォールで隔離

 クルマ用のマイコンに強いルネサスは、セキュアな部屋とセキュアではない部屋の間にファイヤーウォールを設け、認証されたデータだけを通すという仕組みを考えている。クルマを大きく分けると、情報系コンピュータと制御系コンピュータといえるが、外部とインターネットなどでつながるケースは情報系から通信モジュールを通して外部のインターネットとつながっていることが多い。このため、インターネットとつながる情報系と、情報系のデータを元にブレーキをかけたりアクセルを強めたり、モーターの回転でハンドル回転を支援したりする、制御系との間にファイヤーウォールの壁で隔離する(図2)

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図2 情報系からはファイヤーウォールを設けて制御系へ入る 出典:ルネサスエレクトロニクス

 クルマのコンピュータはECU(電子制御ユニット)と呼ばれ、1台のクルマに何十個も搭載されている。制御系ECUでは、アクセル動作に関係したECUやワイパー用のECU、インフォテインメント用のECU、エンジンの最適なタイミングで点火させ、有害ガスの排出を激減させると同時に燃費を改善させるECU、など様々なECUがクルマの各所に分散配置されている。ECUには、マイコンと呼ばれる半導体を搭載しており、それぞれの機能を実現し性能を上げている。

  例えば自動ブレーキシステムでは、情報系のECUではカメラやミリ波レーダーで前方に人やクルマを認識し、制御系ECU(エンジン制御やボディ、車両系など)につながって、ブレーキをかけている。情報系ECUが前方の物体にぶつかりそうだと判断すると、ブレーキを掛けろという指令を制御系のECUに送り、ECUからブレーキパッドを締め付けるためのモーターを駆動し、止まることができる。このため、ネットとつながっている情報系と、クルマの基本動作に係わる制御系を分離することがクルマでは重要になる。その分離技術については詳しくは語らない。

 ルネサスはIoT向けのデバイスでもセキュアにするため、暗号キーの格納場所をよりセキュアにした。これまではセキュリティ用の暗号キーを、フラッシュメモリ回路に入れていたが、暗号発生回路のあるセキュアな部屋の中にフラッシュメモリを設け、そこに暗号キーを格納することで、よりセキュアにした。トラステッドセキュアIPと呼んでいる。乱数発生器による鍵生成情報と、チップ製造時のユニークID情報を使って暗号キーを作成するとしている。この暗号キーはOTPなどのメモリではなく、ロジックで組んでいるという。ルネサスは強固なセキュリティを容易に設計するためのツールも提供する。今後ルネサスは、自社のマイコンにこの暗号化技術を拡大していくとしている。

  ハードウエアでのセキュリティの確保は、これまでのソフトウエアだけのID/パスワード方式よりもより厳しい。とはいえ、ハッカーはセキュリティを突破することが楽しみだからこそ、いつかは破られる。しかし、何もしなければ家のカギをかけていない状態と同じことなので、侵入しやすい。少しでも破りにくいシステムにすることはやはり常道であろう。

(2016/09/05)

特集:ハードでもセキュアにする時代へ(2)

(2016年8月30日 22:24)

なぜ、セキュリティがこれから重要になるのか。大きな市場は二つある。一つはクルマ。もう一つは工業用IoTIIoT)である。なぜクルマが重要か。今後は常時つながるようになるからだ。もう一つのIIoTも少なくともゲートウエイは常時つながる。だからこそ、ハッカーに狙われやすい。

クルマの常時接続では、2018年から欧州でeCallサービスが始まる。これは、事故を起こした時にその情報が即座に交通事故管理センターに送られる。そのためにGPS/GNSSなどの衛星を使った位置サービスと情報を転送するセルラーネットワーク用の通信モジュールが必要となる。これによって事故を起こした本人がたとえ意識を失っていても駆けつけてくれる時間は短縮され、かつては救えなかった命を救うことができるようになる。eCallは、2018年に販売される新車には全て装着が義務付けられる。

基本的にはセキュリティは、パソコンなどでわかるようにIDとパスワードによる認証で管理している。パソコンなどのコンピュータはIDとパスワードで起動するようになっているが、いったん起動してインターネットとつながると、サイバー攻撃者がパソコンソフトウエアOSの脆弱な部分を狙う危険性が出てくることと同様にクルマも狙われやすくなる。このためセキュリティをどう組み込み、規格化していくかという仕組みの標準化が重要になる。しかも、これまではクルマのIPアドレスを見つけても、コンピュータに入れなくする方法、コンピュータに入っても暗号化してデータを読めないようにする方法などがある。クルマでは両方が重要だろう()

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図 半導体というハードウエアでシステムをセキュアに守る 出典:Infineon Technologies

 

ただし、セキュリティを堅牢にすればするほど使いにくくなることは間違いない。例えば、家のカギを何種類も用意して多数の場所にカギをかければ不審者は家に侵入しづらくなる。一方で、家に入るためにいくつものカギを開けなければならないとなると、不便になる。そこで、コンピュータの動作の中でもいくつかの部屋に分け、しっかり鍵をかける部屋とかけない部屋に分けるということになる。いつも使っていながら、外部から見られてもそれほど問題にはならないような動作、例えばウェブブラウジングをしている動作などにはカギをかけず、重要なデータをしまっておく場所にはカギをしっかりかける、という使い方をする。

セキュリティは、ID/パスワードだけのソフトウエアだけでは心もとない。ハードウエア上でもセキュアにする方法が望まれている。マイクロプロセッサのIPベンダーであるARM社が開発したTrustZoneという考え方は、上記と同様、プロセッサの内部を二つに区切り、セキュアな部分とセキュアにしない部分を設けて、セキュアな部分にアクセスしたいときは予め登録されたIDのアクセスしか認めないという方式を採る。このためアクセス権限のない外部者はチップに侵入できない。

但し、ソフトウエア的な認証だけでは、サイバー攻撃者は、IDとパスワードをスキャナーなどでしらみつぶしに走査しながら見つけてしまうというような方法などをとってきた。時間をかければパスワードを見つけられてしまう。このためサイバー攻撃者とは常に防御システムとのイタチごっこになっていた。

 

データを盗まれても読めないようにする暗号化

そこで、コンピュータに侵入され重要なデータを盗まれたとしても、データを暗号化しておけば、さらに解読するための時間を稼げる。ID/パスワードを見つけるのに2~3年かかるとして、暗号を解読するのにまた2~3年かかるとすれば、両方の防御システムを導入して4~5年おきにパスワードを変え、暗号を変えれば、サイバー攻撃をかなり防ぐことができる。

ハッキングのセキュリティもスマートカーには必要となるが、クルマをもっと賢くするために安全性を確保したうえでの新しい方法が求められるようになる。さらに、クルマだけではなく、クルマとつながるクラウドとの接続や、V2Xのクルマと他との接続でもセキュリティを強化する必要がある。

Infineonはセキュリティを確保する暗号化技術にフォーカスしてきた。20125月に発売したInfineon32ビットのトライコアマイコンAurixファミリは、クルマ向けのマイコンである。チューニング保護機能やイモビライザー、セキュアなオンボード通信機能などがある。このチップには、ファイヤーウォールを介してセキュアな部屋を設けたハードウェア・セキュリティ・モジュール(HSM)を組み込んでいる。HSMには、32ビットCPUと、暗号鍵を格納するための特別なアセクスで保護されたメモリ、独自のサブスクライバID照合回路、最新の128ビット暗号化アクセラレータ回路、独自の乱数発生回路などを集積している。Aurixチップはファイヤーウォールを隔ててHSMを集積している。HSMによってマイコンはセキュアに守られている。

さらに、HSMの中のハードウエアのセキュリティ周辺回路を制御するためのSHE+Secure Hardware Extension)ドライバソフトウエアもある。このソフトでトライコアのホストプロセッサとやり取りする。SHE+AUTOSARCRYインターフェースを提供し、HSMセキュリティ機能をクルマ用のアプリケーションに搭載する。このアプリがAUTOSARとのインターフェースやHSMとトライコアとの通信、鍵の格納機能、セキュリティ周辺ドライバ機能を持つ。

またInfineonはクルマ以外でも、外部からの不正アクセスや攻撃からコンピュータシステムを守るためのTPMTrusted Platform Module)マイコンファミリーも開発している。むしろTPMの方が古く15年以上の実績を積んできた。このマイコンは、セキュリティの国際規格である「Common Criteria」と、公正な非営利団体のTrusted Computing Group(トラステッド・コンピューティング・グループ-TCG)の認証を受けており、暗号化によるデータの保護、さらにはアプリケーションも組み込まれている。これによって安全な認証であると同時にユーザーの身元保護を強化している。

加えて、Infineonは、IoTや組み込み向けの認証方式のチップ、OPTIGA™ Trust」シリーズなど幅広い製品ポートフォリオを持っている。連載3回目は、Infineon以外のメーカーのセキュリティへの取り組みを紹介する。(続く)

                               (2016/08/30)

ルネサスのIntersil買収が事実なら妥当

(2016年8月23日 21:41)

 822日、日本経済新聞は、ルネサスエレクトロニクスが米アナログ半導体メーカーのIntersilを買収するための最終交渉に入った、と報じた。買収交渉が事前に漏れることは常識ではありえない。事前に漏れると、お互いの信頼が崩れるからだ。ルネサスは同日のニュースリリースで「本件は当社が発表したものではありません。当社は事業のさらなる成長に向け、本件を含めさまざまな可能性を検討していますが、現時点で決まった事実はありません」と述べている。

 日経の報道はもちろん誰かのリークであろうが、ここでは詮索しない。これが事実であれば、Intersil買収は、ルネサスの呉社長が最近のインタビューで述べていた買収戦略に沿ったものである。呉氏は、規模を大きくするための合併なら固定費の削減以外の効果は全く期待できない、と述べており、同じような製品で規模を拡大して2位や1位になることがルネサスの目的ではない。だからこそ、ルネサスがそれほど強くないアナログ分野をIntersil買収によって、アナログ製品を強化することは、自動車エレクトロニクス、産業エレクトロニクス共、ルネサスを成長させるだろう。呉氏は、ルネサスの強みである自動車用マイコンをオセロゲームの角(絶対にひっくり返されない)にたとえ、そこから陣地を広げていき自動車用半導体を強くしていくと述べている。これがルネサスの方針である。

  かつて、ルネサスは日立製作所と三菱電機のシステムLSI部門を統合し、似たような製品同士の合併を行った。さらに愚かなことに、NECエレクトロニクスに対しても同じようなマイコン製品を持っているのに合併させた。同じ種類の製品を持っている者同士の合併は、失敗したという苦い経験を持ち苦労を重ねてきた。こういった過去の失敗の経験を活かし、「買収は戦略的買収でなければ意味がない」と呉氏は語っている。

  アナログの得意なIntersilとは何者か。Intersilは、最初のWi-FiチップであったIEEE 802.11bで圧倒的に高い市場シェアを握っていた。しかしWi-Fi規格がより高速の802.11aに移り、802.11bがコモディティ(誰もが参入できる超汎用品)になると、素早く11bチップから撤退した。そしてアナログに集中した。アナログ回路はテクノロジーの知識と発明のセンスが求められ、差別化できる商品を作れるからだ。

  スマホでは通話を終了した後に耳から遠ざけると画面が暗くなるが、これはアナログの光センサ(照度センサ)を搭載しているからであり、この照度センサICチップを手始めに、最近ではToFTime of Flight)法を用いた測距デバイス(レーザーの送受信により対象物との距離を測る)をリリースしている。これはドローンを制御しやすくし、障害物にぶつからず、しかも軟着陸も容易にできるようにするために使える技術だ。ドローンだけではなく、大画面ディスプレイのジェスチャー入力にも使える。

  電子回路に供給する電源を最近パワーマネージメントということが多いが、このPMICも得意だ。特に最近は、産業用の電源48Vからいきなりハイエンドプロセッサ向きの1Vへと落とすDC-DCコンバータをリリースしており、パワーマネージメントでも強い。

  しかもルネサスと共通するのは、製品ポートフォリオではなく、品質が高いことだ。もともとIntersilは、航空・宇宙・防衛といった高品質の製品を得意としていた。その前身は、軍用エレクトロニクスに強いHarris Semiconductorであり、GEGeneral Electric)の傘下にいた時期もあった。

  PMICはこれからも重要な分野である。全ての電子回路には電源回路が必要だからだ。しかもICによっては1V1.2V3V3.3V5V7Vなど様々な電源電圧が必要になっている。例えば身近な例で、スマホは4V弱のリチウムイオン電池1本で動作するが、スマホに搭載されたICの最適な電圧は7~8種類も必要である。このため4Vの直流DC電圧から別のDC電圧1.2V3.3Vなどを作り出さなければならない。この役割を果たすICPMICすなわちパワーマネージメントICである。また、LEDドライバも直列および並列に接続したLEDストリングスに電圧を供給するが、これもPMICの一種である。

  Intersilは実は自動車用エレクトロニクスへの進出が遅かった。このためルネサスには全くかなわない。しかし、高品質という特性を持っているため参入しやすい。Intersilがクルマ用半導体に参入したのは、画像処理プロセッサの得意なTechwell社を買収した2011年である。Techwellは日本人の小里文宏氏がシリコンバレーで創業したベンチャー企業。2014年から米国で販売される新車にはバックモニターの設置が義務付けられたため、それを見越してこの画像処理プロセッサのTechwellを買収、バックミラー型の液晶モニター()でそのデモを2011年に見せてくれた。

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図 バックミラー型の液晶モニター バックミラーの左側を液晶にしている

 このようにIntersilの持っているアナログ技術はこれからのクルマや産業用には欠かせない。最近のモノづくりは、ITに対してOTOperational Technology)と呼ばれることがあるが、ITOTの融合が進めばPMICはクルマ以外の市場でも求められるようになる。ルネサスが欲しかったアナログ技術が手に入ると、呉社長のいうようにオセロゲームの隅からじわじわと陣地を拡大していくことができるようになる。残念ながら日本のアナログIC技術は米国のアナログ半導体企業よりも劣っている。日本から新しいアナログICのアイデア商品が出てこないことがそれを裏付けている。今回のルネサスがIntersilを手に入れられれば、もっと強くなることは間違いない。ただし、IntersilがアナログICの開発を推進できる環境をルネサスが守る必要があろう。

2016/08/23

SBによるARM買収;顧客はバッド、ライバルはグッド

(2016年7月29日 15:48)

ソフトバンク(SB)によるアーム(ARM)社の買収を半導体エンジニアはどう思っているのだろうか?半導体チップ設計者(つまりアームの顧客)の68%はこの買収を長期的には良くない、と思っている。しかし、EDA/IPベンダー(つまりアームの競合メーカー)の64%はこの買収を長期的に良い、と思っている。このようなアンケート結果が出ている。

 

これは、米国半導体業界のウェブサイトDeepChip186名の半導体チップ設計者・検証エンジニア、および47名のEDA/IPベンダーのエンジニアに行ったアンケート結果である。まず、チップ設計者・検証エンジニアの答えを見てみよう。

 

短期的に「良い」、「悪い」、「どちらでもない」という単純な問いかけのアンケートでは、

              良い                   8%

            悪い                   6%

              どちらでもない    74%

という結果だった。つまり短期的には、よくも悪くもないということだ。

 

しかし、同じ質問を長期的にどうか、と聞くと以下の答えだった;

  良い                   12%

             悪い                   68%

              どちらでもない     19%

長期的には悪くなるという答えが68%もいるのだ。

 

そこで、悪くなるというエンジニアにその理由を聞いてみると、

              英国にとって悪い                                  7%

              IoTはバブル                                           12%

              日本のエンジニアは保守的                         13%

              ARMの価格が上がりそう                             19%

              ARMの革新やエコシステムを壊す                14

              RICS-V/MIPS/DW ARCに移行し始めている 20%

 

半導体設計者とは全く対照的に、アーム社のライバルであるEDA/IPベンダーは64%が長期的に良いことだと述べている。そのコメントを見ると、「アームのライバル会社にとっては、市場を取れるチャンスになる」と、露骨に歓迎しているコメントがある。「これは悲劇だ」と述べている英国の編集記者もいる。

 

なぜネガティブな反応なのか。アームのビジネスは、前にも述べたように、半導体チップの中の一部のCPUと呼ばれる部分(ここに知的財産があることからIPと呼ばれている)だけを設計し、ライセンス供与するビジネスだ。半導体メーカーが直接の顧客であり、アームからCPU回路を買い、自分の半導体チップに集積する。ライバルとしては、MIPS(ミップス)RISC-V(リスク・ファイブと発音)などのCPU IPがあるため、ARMを使うべきかどうか迷っている顧客がいれば、ほぼみんな非ARMに移行するだろうと述べているコメントもある。

 

アームの最大の特長は、信頼(Trust)である。アームを中心にソフト開発企業、ソフトを開発するためのツールを開発する企業(EDAベンダー)、書いたソフトを検証するためのソフトを開発する企業、検証ソフトを書く企業、製造するファウンドリ企業、実にさまざまな企業と仲間を作り、半導体メーカーが半導体SoCを開発するためのIPを供与してきた。その信頼関係が崩れることを最も恐れているのである。

 

だから、半導体開発設計者は、長期的には新しいIoTデバイスの開発などでは今回の買収はまずい、と感じている。従来のスマホ用のプロセッサを開発し続けるQualcommMediaTekなどの半導体設計企業は、アームを使い続けざるを得ないだろうが、IOTのように新しい応用の半導体を開発するのなら、アームにこだわる必要は全くないという。となると、アームの顧客は減少して行くことになる。

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アームはこれまで、創業者のRobin Saxby卿(Sirの称号を持つ)がIPベンダーにこだわり、半導体設計には関与しないというスタンスを保持し続け、その後のCEOだったWarren East()に取材した時も半導体メーカーにはならない、と明言していた。だからこそ、中立的な立場を維持することで、半導体メーカーから信頼を勝ち取り、ソフトウエアを書く企業などが協力して、エコシステムを構築してきた。東京に本社を持つ通信業者によって、この信頼関係を崩されるのではないかと半導体設計者は恐れ、ライバル企業は今がチャンスと思っているのである。

                                                            (2016/07/29

アナデバとリニアの合併劇の狙い

(2016年7月27日 23:21)

今朝もビッグニュースが入ってきて、1日中振り回された。アナログ半導体の老舗、アナログ・デバイセズ社が同じアナログ半導体の雄であるリニアテクノロジーを148億ドルで買収するというのだ。半導体産業の再編はまだ続いている。デジタル時代なのになぜアナログか。合併の狙いは何か。

 

共にアナログ半導体メーカーであり、特にADIAnalog Devices Inc.)は、ボストン郊外の本社を構える1965年創立のアナログ半導体の老舗だ。片や、LTCLinear Technology Corp.)はシリコンバレーに居を構える1981年創立のアナログ半導体メーカー。アナログ半導体同士の企業がなぜ合併するのか。

 

この合併劇をひも解く前に、アナログ半導体とは何かを簡単に紹介しておく。一口にアナログ半導体と言っても、オペアンプからコンパレータ、パワーマネジメント、A-D/D-Aコンバータ、RF回路、インターフェースICなどなどいろいろある。しかも、民生用よりも産業用が多い。ADILTC共に産業用の半導体に強い。

 

時代はアナログからデジタルにシフトしているから、アナログ半導体は落ち目になるから業界再編するのだと思う人がもしいれば、それは大きな間違いである。ADILTC共に営業利益率は30~40%もあり、財務体制は実にしっかりしている。営業利益率が10%に満たない日本の大手電機メーカーとは大きく違う。

 

ごくごく単純に今のデバイスを見ると、確かにデジタル製品が満ち溢れていることには違いない。かつてのテレビはアナログ回路だけでできていた。デジタル化が進み、テレビ放送の信号変調でさえデジタルになっている。そもそも1980年ごろの日経エレクトロニクスを見ると、「デジタル時代のエレクトロニクス」というようなこれからはデジタル化の波が押し寄せてくるというようなコンテンツが多かった。もちろんそれは事実。しかし、例えばデジタルそのものと思えるパソコンやスマートフォンの中身を見てみると、マイクロプロセッサやメモリ、その他のデジタル回路はもちろん詰まっているが、プリント回路基板にはアナログ回路も実に多い(1)

Fig1.png

 

1 組み込み製品にはアナログが多い 組み込みシステムと書いたデジタル回路以外はすべてアナログ回路で、組み込みシステム中のインターフェースもアナログ回路である

 

デジタル回路は、1(オン)0(オフ)の二進法だけですべてを表現するため、ロジック回路でANDNORNOTORNANDなどを表現し、システムのフローチャートを構成していく。しかし、最後のところ(出口)10だけだと、人間が見て触って聞いて感じてみるなどの人間とのインターフェースを表現できなくなる。このため、人間との係わりはどうしてもアナログになる。デジタルの塊のパソコンでさえ、アナログICがたくさん詰まっている。また、電源回路はアナログである。家庭のコンセントからデバイスを動かすのなら、100Vの交流電源を5Vないし3.3Vなどの直流に変換しなければ、ICは使えない。スマホでさえ、約3.8Vのリチウムイオン電池1本で、すべてのICを動かすために、DC-DCコンバータと言われる電圧変換ICが必要になる。微細化しているアプリケーションプロセッサは1.2Vで動き、液晶ディスプレイは3.3V1.5V5Vなどさまざまな電圧を使うため、3.8Vからこれらの電源電圧を作りださなければならない。だからパワーマネジメントICが求められる。

 

アナログ半導体とデジタル半導体の数量を見ると、実は1980年から現在に至るまでずっとアナログ半導体の方が一方的に増え続けているのである(2)。最近だと、性能よりも優れたユーザーエクスペリエンスが競争力のカギを握る時代となったことを半年前に書いた(参考資料1)。アナログ半導体は実は参入バリアが極めて高い。後述するが、アナログ回路の世界は、エンジニア経験5年、6年は鼻たれ小僧にすぎないほど、経験と知恵がモノをいう。

 

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2 アナログ半導体の方がデジタル半導体よりも数は多い 出典:IC Insights

 

さて、ADIの得意なICは、アナログ-デジタル変換器(A-Dコンバータ)やデジタル-アナログ変換器(D-Aコンバータ)などのデータコンバータIC。片やLTCは高性能な工業用パワーマネジメントICが得意。例えば、イーサネットケーブルに電源電圧も同居させるPOEPower on Ethernet)と呼ばれるICや、変換ロスの少ない同期整流ICなどを持ち、最近ではIoT(モノのインターネット)時代に備えて、ワイヤレスセンサネットワークのベンチャー企業であったダストネットワークス社(ゴミのようにセンサをばらまくという意味でダストと名付けたと創業者から聞いた)を買収した。

 

今回買収するADIは、データコンバータが得意なうえに、最近RF(高周波回路)半導体が得意なヒッタイトマイクロウェーブ社を買収し、ワイヤレス回路を強化した。ADILTCは同じアナログ半導体メーカーといえども、持っている製品ポートフォリオが違うのである。だから、両社は合併することで合意したのだが、その狙いは打倒TITexas Instruments)と、アナログエンジニアの確保にある。

 

アナログ半導体では、第1位のTIは断トツで、2015年の売り上げは83億ドル。2位のInfineon29億ドルでADI4位で27億ドル、LTC8位の14億ドルである。ADILTCを単純合計すると、41億ドルとなり2位に浮上する。これでもTIの半分だが、ともに財務は非常に健全であり、製品ポートフォリオは広がりを見せる。もちろん、製品のダブりがないわけではないが、比較的少ない。ADIから見てLTCは自動車市場に強く、IoTにも強い。将来性を買った。

 

アナログ半導体、最大の問題は、人である。アナログ回路を理解できて、自分でより良い回路を設計できるには最低でも10年はかかると言われている。日本ではアナログ回路を研究している大学の研究室の数は両手にも満たない。数年前にLTC会長のボブ・スワンソン氏に米国にはアナログエンジニアが多いからうらやましい、と言ったら、「とんでもない。アメリカでも優秀なアナログエンジニアを確保するのがとても難しい。もしカリフォルニアに来たくないが優秀なエンジニアを見つけたなら、彼/彼女の希望する場所をデザインセンターとする」と述べていた。

 

ADIは東海岸ボストン近くのMIT(マサチューセッツ工科大学)から学生を採用できるといううまみはあるが、MITと言えども優秀なアナログエンジニアは少ない。だから、優秀なエンジニアを探すよりも、買収して手に入れる方が実は簡単なのだ。TIでさえ、1995年にアナログに集中するという方針を明確に定めて以来、バーブラウン、チップコン、そしてナショナルセミコンダクターなどを買収して自社のない製品を補完しながら企業を強くしてきた。

 

これからのIoTとワイヤレスコネクティビティ、カーエレクトロニクスなどアナログ技術がモノをいう成長分野を狙って、自社の足りないところを補っていくための買収戦略はまだまだ続きそうだ。

 

参考資料

1.    デジタル時代こそ成長するアナログ半導体(2016/03/23

4年連続増収・増益が見えた国内半導体メーカー

(2016年5月26日 23:43)

リーマンショック後の電機産業は低迷が続き、回復したと宣伝しているところでさえ、減収・わずかな増益という企業が多い。そんな中、3年連続増収・増益で成長路線を行く半導体メーカーがなんと日本にいる。減収・増益とは、売り上げが減りながらも、リストラと経費削減の効果で利益を何とか出しているのにすぎない。つまり全く成長していない企業が多いということだ。

 

日本の経済がほとんど成長していない中で、成長しているということは、世界と十分に戦っていけているという意味である。その成長している企業とは、新日本無線(NJR)という中堅の半導体メーカーだ。2016年も増収・増益の見通しを崩していない。

 

524日に東京有楽町の国際フォーラムで開催されたUMC ジャパンフォーラムの招待講演(1)で、新日本無線(NJR)の小倉良社長が2012年に赤字を出したが、その後、増収・増益でやってきた、その秘訣を語った。肝はUMCとのコラボレーションだった。小倉社長は自らを「戦略もなく行き当たりばったりでやってきた。戦略的なUMCを利用させてもらっている」と自嘲するのだが、とんでもない。アナログのファウンドリとしてのUMCをうまく活用し、例えばスマートフォン向けのMEMSマイクを年間2億個も生産、出荷している。

 

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1 新日本無線 代表取締役社長の小倉良氏

 

小倉社長のすごいところは、自社の強み、弱み、市場トレンドなどを営業の意見を聞きながら分析し、成長シナリオを描くところだ。いわばSWOT(強さ・弱さ・チャンス・脅威)分析をしっかり行っている。残念ながら日本の大手電機の経営者は本当に自社の強み、弱み、市場トレンドをきちんととらえているだろうか。市場と自社のテクノロジーを理解しているだろうか。

 

NJRは、リーマンショックの余波がどっと押し寄せた2012年の大赤字までAV機器向け半導体の比率が30%を超えていた。それらを減らし、伸びそうな車載・工業用・通信(スマホ)を増強してきた。Si CMOS456インチと「みんなが手放したウェーハサイズ」(小倉社長)であり、このほかにも6インチGaAsラインやSAW(表面弾性波)フィルタ、MEMSなどを手掛けている。スマホ用では、送信と受信を切り替えるためのスイッチとなるGaAsLTE3Gなど周波数帯を選択する場合のSAWフィルタ、音声認識率を上げるために周辺騒音を打ち消すMEMSマイクなどを生産している。CMOS回路のアナログ・デジタルをはじめとする8インチ以上の大きなウェーハに対してはファウンドリとしてのUMCに製造を依頼する。

 

一方のUMCも従来のデジタルだけではなく、アナログやRF(高周波)、MEMS、パワーなどを手掛けるようになり、しかも従来のストラテジックパートナーだけしか付き合わなかった昔の殻を破り、さまざまな企業とパートナーになるように変わってきた。このことはNJRにとっても喜ばしいことで、2009年以来パートナー同士のWin-Winの関係を築いてきた。

 

小倉社長は「従来通りの製品しか設計・生産していなければ売り上げは必ず下がる。だからコストダウンなどでシェアを上げるデフェンス戦術で、落ちた分をカバーする。しかしそれだけではなく、成長を見込める分野へ広げていくことが大事」と述べた。成長のエンジンとなるのはクルマであり、産業機器である。

 

クルマ用と言ってもNJRの得意な製品はアナログやパワー、MEMSであるから、クルマのダッシュボードのヘッドアップディスプレイやフロントディスプレイ用の電源、すなわちパワーマネジメントICや、オペアンプ/コンパレータ、その他などである。これらはクルマ用にはもちろん、産業機器にも使われ、成長してきた。第4世代のプリウスには30以上のチップが搭載され、トヨタ自動車工業の広瀬工場から優れたサプライヤーとして表彰されてきた。つまり、自分の得意な製品を成長分野に売り込み製品売り上げを伸ばしてきた、といえる。

 

どうやって成長分野へ伸ばせたか。0.5~0.6µm以下の微細化が必要な製品はUMCを活用し、それ以上の寸法のデバイスは自社で生産する。微細化投資する力がなかったからだという。だからこそ、身の丈に合った戦略を立てている。UMCとの共同開発の例として、8インチのアナログで高耐圧製品UD50では、50Vの高耐圧プロセスやアナログ、ロジックのCMOS ICなどを共同開発した。しかも、少ないマスク数で他社並みの性能の製品を生産することでコスト競争力が付いた。ローノイズCMOSオペアンプでも共同でプロセスの改善に挑み、最高性能のチップの量産に成功した。またGaAsスイッチはコストがかかるため、RF-SOI技術の導入によりコストを下げていく。

 

小倉社長は「UMCは話のできる相手であり、不測の事態でも協調できる相手として信頼している。品質が良いのは当たり前で、日本UMCには感謝している」と講演で語っていた。

 

台湾のプロ野球チームが日本と試合して、最後に観客に対してお辞儀をしていた姿を目に焼き付けている野球ファンは多いだろう。台湾には親日家が非常に多い。UMCP.W. Yen社長兼CEOは半導体ビジネスを成功させるコツとして、宮本武蔵の映画と言葉「我以外、皆我師(自分以外の人や物でさえ、全て教師である)」を紹介した。謙虚な態度で学ぶことの大切さを武蔵から学んだとして、Yen社長は謙虚な姿勢を失わない。これこそ、日本の経営者が見習わなくてはならない点ではないだろうか。かつて、米国半導体が日本にやられて日本を学ぶ経営者が現れたが、今の日本の大手企業経営者は米国や台湾から何かを学んだのだろうか。

                                                                  (2016/05/26)