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TSMCモーリス・チャン氏引退、ファウンドリのビズモデル発明者

(2017年10月19日 23:07)

 世界トップのファウンドリサービス企業、台湾のTSMCの創始者であり、取締役会会長でもあるモーリス・チャン氏が20186月に引退すると表明した。今後はTSMCの経営から完全に手を引くという。実は彼は、リーマンショック前にも引退していたが、リーマンショックでの業績の落ち込みによって、経営に戻ってきた。しかし、今は後継の道筋も見えたため、引退を決意したようだ。モーリス・チャン氏は、エイサーの創始者スター・シー氏と並び、台湾の英雄と呼ばれている。

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写真 TSMCのモーリス・チャン会長 同社2016アニュアルレポートより


  チャン氏は、ファウンドリサービスという半導体の製造だけを手掛けるビジネスモデルを創り上げた。1990年少し前、上級副社長を務めていたTIを退社し、台湾でTSMCを立ち上げた。当初の出資者にはITRI(工業技術院)やフィリップス(現NXPセミコンダクタ)などがいた。1980年代後半から米国シリコンバレーでは「Start-up fever(ベンチャーフィーバー)」と揶揄されたほど、ファブレスのベンチャーが続出した。当初、製造は、IDM(設計から製造まで手掛ける垂直統合型半導体メーカー)しか請け負えなかったが、同氏はその様子を見て、製造だけの請負サービスを始めようと考えた。半導体産業での分業化の始まりである。

  TSMCは今や、2016年の売上額2857000万ドル(約31427億円)、市場シェア58%という圧倒的な強さを誇る、世界一のファウンドリ企業となった。ファウンドリビジネスで最も重要なことは、製造プロセスの完備もさることながら、多くの顧客を獲得するために設計に強いセールスエンジニアを確保することだ。このためTSMCは設計ツールを十分揃え、設計サービスを提供できるグローバル・ユニチップというデザインハウスを小会社にし、どのような顧客の要求にも答えられるように努めてきた。TSMCIDMになる、と誤解したアナリストもいたほどだ。

  設計ツールと設計エンジニアを揃えるのは、顧客によってはLSI設計特有の言語であるVHDLVerilogなどの言語を覚えたくない、というレベルから、GDS-IIフォーマットのマスクデータまで作成できる、というさまざまなレベルにも対応するためだ。設計フローによって顧客の要求レベルがマチマチだったため、設計の知識があればどのような顧客にも対応できる。だからファウンドリビジネスでは設計に詳しいセールスエンジニアが欠かせない。

  これが日本にはなかなかいない。パソコン画面に向かって、VHDLなどの言語でLSIの機能仕様をプログラムしていく、という作業を経験してきたエンジニアは、人付き合いの苦手な人が少なくない。様々な顧客の要求を聞いてその設計レベルまでできる顧客なのかを工場で伝えなければならない。そのような対面営業トークができる愛想の良いセールスマンでしかも設計に熟知しているエンジニアが望ましい。

  ファウンドリ工場は、マスクデータのフォーマットであるGDS-IIレベルからスタートするため、システム設計、機能記述、検証などの設計・検証作業は別会社が担う。この別会社は、その後のネットリストによる回路構成、さらにレイアウト、配置配線、検証、などのLSI設計作業を担うデザインハウスと呼ばれている。今はファブレス大手となったメディアテックも当初は、ファウンドリ3位のUMCのデザインハウスだった。今やファウンドリは、PDK(プロセス開発キット)というツールをこしらえ、自社の固有のプロセスに沿った形のトランジスタに基づく設計を要求するようになった。

  ただし、最近のTSMCの売り上げは実は伸びていない。1~9月の売り上げは累計で前年同期比わずか2.1%69987700万台湾元(約26000億円)にとどまっている。9月単月では前年同月3.6%減となっている。今の半導体景気がメモリ単価の値上がりによるものであるため、TSMCはその恩恵を得ていない。それどころか、クアルコムの10nmアプリケーションプロセッサSnapdragon 835の製造をサムスンにとられた。ただ、10nmプロセスを使ったiPhone 向けアプリケーションプロセッサA11の製造は、サムスン嫌いのアップルから請け負っただけにすぎない。その前まで、Aシリーズはサムスンが、SnapdragonTSMCがそれぞれ製造を請け負っていた。それが逆転した。先端プロセスのファウンドリビジネスは、まさにサムスンとの一進一退を展開している。

  ただ、モーリス・チャンが引退を表明したのはこれが初めてではない。2005年に一度退任したが、2007~2008年のリーマンショックで業績が大きく落ちたことで経営に復帰している。この時から2016年までは極めて順調に成長を遂げ、昨今の半導体ブームで大きく落ちることもなくなった。TSMCの今後は、マーク・リュー氏を会長、C.C.ウェイ氏をCEOとする2頭経営という形で運営していくとしている。

  米国の有力ビジネス誌の一つであるフォーブス誌は、2年をかけて、世界のビジネスに大きなインパクトを与えた100人の一人にモーリス・チャン氏を選んだ。その100人の中には、投資家のウォーレン・バフェット氏、マイクロソフトのビル・ゲーツ氏、アマゾンのジェフ・ベゾス氏、フェースブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏、eベイとテスラ・モーターズのイーロン・マスク氏、バージン・グループのリチャード・ブランソン氏、フェースブックCEOのシェリル・サンドバーグ氏、メディアのラパート・マードック氏、ファッションデザイナのジョルジオ・アルマーニ氏、メディア兼ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏などそうそうたる人たちが含まれている。半導体業界からはモーリス・チャン氏のみ、だとしている。


(2017/10/19)

騒音下5m離れても応答するAIスピーカー、来年登場か?

(2017年10月12日 19:32)

 アマゾンのAIスピーカーEchoの日本語版がいよいよ日本に上陸する。これは音声認識・応答技術Alexa(アレクサ)を搭載したマイク内蔵スピーカーだが、スピーカーに口を近づけて大きな声で話さなければ、うまくやり取りできない。どうにも煩わしい。ところが5メートルくらい離れても、また周囲に雑音が多少あっても正確に答えてくれるAIスピーカーが1~2年以内に間違いなく登場する。来年手に入るかもしれない。

  このAIスピーカーができると、普通のリビングルームでコーヒーを入れながら、「アレクサ、今日の天気はどうだい?」と聞けば「本日の港区の天気は曇りです。傘を用意した方がよろしいです」と答えてくれるが、これまでと違ってスピーカーのある場所まで歩いて話をするわずらわしさがない。普通に料理しながらでも、新聞を読みながらでも、「アレクサ、テレビのスイッチを入れて」とスピーカーまで近づかなくてもいいのだ。この技術が搭載されると、アマゾンのAIスピーカーは爆発的に売れるに違いない。

  なぜこのような夢みたいなことを真実味を持って言えるのか?それを実現できる半導体チップと開発ツール(図1)が入手できるようになったからだ。半導体チップを常に追いかけていれば、それを搭載するデバイスをイメージできる。しかも昔と違い、開発ツールも同時に発表するため、新製品チップを搭載するまでの期間はずっと短い。

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1 英ファブレスのXMOSが提供する開発キットVocalFusion 出典:XMOS

 

 英国ブリストル市を拠点とするマルチスレッドのマイクロプロセッサを得意とするXMOS社が音声認識・応答可能なアマゾンのAmazon Alexa Voice Service (AXS)向けの開発キットVocalFusion 4- Mic Dev Kitを発表した。ファブレス半導体メーカーのXMOS社は、これまでも音声やオーディオ処理を中心とするマルチスレッドの並列処理マイクロプロセッサを開発してきた。この32ビットの並列プロセッサは、プロセッサの面積が小さいため、民生用に低価格で提供できる。

 このマイクロプロセッサを使って、複数のマイクロフォンと組み合わせ、音声のビームフォーミングのように各マイク間の位相と感度を自動的に調整することにより、遠く離れた音声でもまるで焦点を合わせるかのようにきれいに捉えることができる。もちろんそのためには複数のマイクアレイが必要だが、それらのマイクを機械的にスキャンするのではなく、電子的にスキャンしその音声だけに絞り込むという処理をすることで、多少の騒音下で5メートル程度離れていても音声をきれいにとらえることができるのだ。

  なぜこのようなことができるようになるのか。この技術のキモは、インフィニオンが4つの高感度MEMSマイクを開発し、XMOSがそれぞれのマイクの出力信号の位相と感度を自動的に調整し、音声の聞こえる方向にマイクを向ける技術を開発したことにある。この「ファーフィールド音声キャプチャソリューション」はXMOSが握っているプロセッサ能力とアルゴリズムがコア技術である。もちろんアルゴリズムの中身は秘中の秘。さらにインフィニオンが開発した高感度のMEMSマイクも重要。マイク自身の持つ雑音に対する信号比(S/N ratio)は69dBと高感度にしたことも大きい。XMOSのプロセッサは高性能・低消費電力ながら低コストなのだ。アマゾンやグーグルの民生用の安いAIスピーカーにはうってつけだ。 

 実はインフィニオンは、先月このベンチャーXMOS社に戦略的な投資を行っている。インフィニオンが主要出資元となり、1500万ドルのシリーズE資金調達を行った。インフィニオンは、AIスピーカーのようなデジタルホームアシスタントなどの音声制御HMI(ヒューマンマシンインターフェース)を備える民生機器市場は今後数年間46%で成長するというIHS Markitの調査に期待している。

  XMOSは音声処理に特化しながらマイクロプロセッサというソフトウエアで機能を追加・修正できる並列処理コンピュータ技術が得意な企業だ。その詳細は筆者が7年前に出版した「欧州ファブレス半導体の真実」(参考資料1)で紹介しているので参考にしていただきたい。この会社は、ブリストル大学のデビッド・メイ教授(図2)がCTOを務める大学発ハイテクベンチャーである。デビッド・メイ教授はかつて並列処理コンピュータ「トランスピュータ」の中心開発者の一人だった。

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2 英ブリストル大学のデビッド・メイ教授

 

参考資料

1.    津田建二著「欧州ファブレス半導体の真実」、日刊工業新聞刊、201011

東芝メモリの現場にWDのライバルも入る

(2017年10月 6日 17:10)

東芝メモリの売却先が日米韓連合に決まってからも、ウェスタンデジタル(WD:Western Digital の動きは微妙のようだ。日経のニュースでは、東芝を買う米国のファンドのベインキャピタルの記者会見の様子が報道されていたが、WDが国際仲裁裁判所に仲裁を申し立てている件に関する質問では、急に歯切れが悪くなった、と伝えている。

  それもそのはず、現場(東芝メモリとWDが共同で管理している四日市工場)としては、WDのエンジニアと仲良く毎日仕事しているからだ。今回、東芝の取締役会で決めたベインキャピタルのグループとの買収グループには、WDが真っ向からぶつかっている競争相手であるSeagate(シーゲート)までが出資者に入っている。現場のエンジニアから見ると、とんでもないライバルをなぜ入れたのか、まるで嫌がらせのように見える。

  東芝が928日に発表したプレスリリースによると、ベインキャピタルを軸とする買収目的会社「株式会社パンギア」を設立し、パンギア社に東芝が持つ東芝メモリの株式を全て譲渡する。このパンギアに東芝が3505億円、ベインキャピタルが2120億円、Hoya270億円、SKハイニクスが3950億円、米国のユーザー企業およびその関連企業である4社(アップル、シーゲート、キングストン、デルテクノロジーズキャピタル)が総額4155億円の合計14000億円を出資する。これに加えて、金融機関から6000億円を借入し、合計2兆円をパンギア社が得る計画。

  デルはコンピュータメーカーのデルの関連会社のファンドでありメーカーではない。キングストンはメモリモジュールメーカーであり、アップル同様、NANDフラッシュメモリのユーザーである。4社の4155億円のうちのいくらなのかはニュースリリースには書かれていないが、WDのライバルであるシーゲートが含まれていることは新聞ではほとんど報道されなかった。しかし、エレクトロニクス関係者なら、ハードドライブ(HDD)を製造しているシーゲートは非常に有名な企業だ。HDDは業界再編を繰り替えし、ようやくWDとシーゲートの2強に落ち着いたところだった。

  金融関係のストレージ市場を中心にHDDから半導体ディスクSSDへの移行が進んでいる。これは金融市場で、高速トレーディングの要求が強いためだ。高速トレーディングでは0.1(100ms)は遅すぎるのだ。HDDだと速くても数十msがやっと。世界同時に株式を売買する上で、ほんのわずかな時間に利ザヤを稼ぐ高速トレーディングでは、できるだけ短時間で勝負するらしい。だからHDDからSSDあるいはフラッシュストレージへの移行が進んでいる。

  この市場を見込んで、IBM20134月に、SSDよりも速いフラッシュストレージの新規開発に10億ドルを投資すると発表している。NANDフラッシュメモリは、金融市場で資金運用にリアルタイムを求めるようになったことで、新規市場を見出したのである。この市場があるから、東芝メモリは運よく、あと4~5年は繁栄が続くはず(経営者がチョンボなど失敗しなければ)である。

  ただ、今回、経営陣が決められずにゴタゴタしている間に、NANDフラッシュ1位のサムスンからは差を広げられ、下位のマイクロンからは差を詰められている。せっかく豊かな市場のNANDフラッシュメモリなのに、へたくそな経営のために東芝メモリはピンチになりつつある。

  これからはシーゲートやSKハイニクスが四日市工場に入ってくるなら、現場のエンジニアのモチベーションがぐっと下がり、今後の東芝メモリの行方はわからなくなる。半導体工場とエレクトロニクス市場の地図を読めない経営者や業界素人のファンドがごちゃごちゃもめてくれたおかげで、現場の士気が低下していることは免れない。これ以上、優秀なエンジニアを辞めさせないための方策を経営陣は本気で考えないと、4~5年は確実に繁栄できるはずのNANDフラッシュ市場で、つまずきかねないことになる。エンジニアはもちろん頑張って2位をキープするように努力するだろうが、彼らのやる気(モチベーション)を下げたのは間違いなく経営者である。その責任は追及されても致し方ない。

2017/10/06

ここがへんだよ、日本の半導体(電機編)

(2017年9月24日 14:08)

 最近の半導体が好調なのを受けて、半導体産業に対する世間の見方が変わってきた。自分のところに問い合わせてくるアナリストや記者、半導体研究者が増えてきた。しかし、半導体はいまだに陰りの見えない成長産業である(1)ことは10年以上も前から言い続けてきた通り(参考資料1)。ただし、半導体産業は浮き沈みの波を伴いながら成長している。だから、成長しているのか止まっているのか、つかめない経営者が多く、半導体産業から離れていった企業もあった。いったい何が経営者を迷わせたのか?

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1 世界の半導体市場は成長 出典:WSTSの数字を元に津田建二がグラフ化

 

 最大の理由は、世界の大きなメガトレンドを見てこなかった、あるいは自分の企業に当てはめようとしてこなかったからだ。DRAMを中心に作っていた時代は、日本の半導体が世界を制覇していた時代。DRAMは大量生産の製品で、今のコンピュータシステムでは経済性さえ許せばメモリはいくらあってもよい。メモリとCPUとのやり取りが即座にできればできるほどシステムは高速になるからだ。DRAM中心のビジネスでは、次世代製品をどのように設計するか、について調べるマーケティングの必要がなかった。ひたすら容量が4倍の製品を作ればよかったからだ。16Kビットの次は64Kビット、次は256K1M4M16M64M256Mへと何も考えずに4倍に上げてきた。だから世界のメガトレンドに鈍感であっても次世代製品の設計ができた。マーケティングを必要としない企業文化はまだに生きている。

  ところが日本のDRAM半導体が変調をきたすようになったのは、4倍に増やすというルールが変わってきたころからだ。256Mビットあたりから2倍あるいは高速、あるいは低価格、と仕様が変わってきた。このあたりから、世界のトレンドに敏感になっていたメモリメーカーが勝ち始めた。これが生まれたばかりのマイクロンであり、同社からライセンスを得たサムスンだった。

  1984年、インテルを始め、AMD、ナショナルセミコンダクター、インモス、モトローラ、モステックなど世界のDRAM半導体メーカーが続々DRAMから撤退した。にもかかわらず、これからDRAMビジネスに参入する、と宣言したのがポテト産地のアイダホ州に工場を建設するマイクロンだった。マイクロンの経営者の一人が来日するという話をたまたま聞きつけて会いに行った。当時の日本の半導体メーカーは、大型コンピュータ向けにDRAMを作っていた。ところがマイクロンは、10年後には主力になるパソコン市場を狙ったDRAMを作ると言ったのである。

  世界のコンピュータ産業はダウンサイジングをメガトレンドとみており、大型コンピュータからミニコンやオフィスコンピュータ、ワークステーションなど小型化へ向かっていた。マイクロンはいずれ個人向けのパソコンへ進展するとみていた。当時はMS-DOSのパソコンが出て一部の愛好者しか使われていなかった。パソコン用DRAMはひたすら低コストが求められる。そのためにチップ面積を小さくして1枚のウェーハから取れるチップの個数を増やす微細化とレイアウト手法、さらにプロセスを短縮しマスク数を減らす設計・製造技術を確立することに努力してきた。この設計・製造技術を確立し量産するまでに10年かかった。そして1995年、マイクロンが低価格DRAMを量産してきた。これには日本の半導体メーカーは慌てふためき、「マイクロンショック」という言葉さえ生まれるほど、黒船襲来と同様、ハチの巣をつつく騒ぎとなった。もはや手遅れだった。

  実は、マイクロンからライセンスを受けDRAMを作っていたサムスンがその1年前に低価格DRAMを出していた。当時、代表的な日本の半導体メーカーNECのトップは、「我々は安売り競争に巻き込まれたくないから低価格DRAMはやらない」と私の質問に答えた。世界のメガトレンドを見てこなかった日本の半導体メーカーの没落はここから目に見えるようになった。

  さらに日本の半導体産業はもう一つ大きな間違いを起こした。DRAMでサムスンや遅れて参入したハイニックスなどの韓国勢とマイクロンに負けた理由を正確に分析せず、安易に「システムLSI」に走った。メモリではない製品をシステムLSIと呼び、製品の主力をシフトした。ところが残念ながら経営者は、システムLSIを理解していなかった。

  当時、世界の半導体企業は、システムLSIを作る以上、多品種少量生産となり工場を減らす、ないし閉鎖・売却し始めていた。ファブレスとファウンドリに分離し始めたのである。ファブレス半導体企業は、クアルコムやブロードコム、シーラスロジックなど続々米国で誕生した。もちろん彼らの作る製品は大量生産のメモリではない。ファブレス半導体企業は工場を持たなくても、依頼すれば作ってもらえる台湾のファウンドリ企業を利用した。

  こんな状況でも日本の半導体メーカーは、設計から製造まで手掛ける垂直統合にこだわった。DRAMが月産数千万個単位で生産していたのに対して、システムLSIは月産数十万個単位だった。これでは工場が空いてしまう。だから、たくさんのファブレス企業からの依頼を受けて製造するファウンドリビジネスが成功したのである。日本の半導体メーカーが垂直統合にこだわり、ファブレスにもファウンドリにもしなかったために工場のキャパシティが余りリストラせざるをえなくなっていった。このリストラがなかなか手を付けられず、ずるずると最近まで放置され、この数年に渡ったルネサスのリストラにつながっており、東芝のリストラにもつながった。東芝はフラッシュメモリを外に出し、東芝メモリとしたが、それ以外の半導体製品部門をリストラした。

  システムLSISoCとも言う)では、基本的にCPUとメモリを集積しており、ここにソフトウエアを入れている。CPUを入れないICはハードワイヤードの論理回路だけでシステムを作るASICと呼ばれている。日本の半導体経営者はシステムLSIASICの区別がつかなかった。システムLSIは、コンピュータと同じ仕組みを採用し、組み込みLSIとも言われている。だからシステムLSIでは、工場に投資するのではなく、ソフトウエアに投資しなければならない。つまり、ソフトウエアを作る人である。ところが、日本の半導体メーカーは相変わらず工場設備に投資してきた。これが経営判断の誤りである。

  しかも、日本の半導体メーカーは親会社の電機メーカーそのものだった。半導体の経営者も電機の経営者も実は、メガトレンドを読んでこなかったことが共通点となっている。民生エレクトロニクスは、組み込み技術を採用し、CPUとソフトウエアで動かす世界となっているのに対して、相変わらずアナログ回路やASICで構成していたため、高コストにならざるをえなくなり、コスト競争力がなく世界に負けた。エレクトロニクス製品は人件費の比率が低いのである。CPUシステム、すなわちコンピュータは、ハードウエアを変えずに、それに乗せるソフトウエアを変えるだけでカスタマイズし、異なるマシンを作ることができる。だから海外は人件費の高い米国でさえ、低コストで製品を作れるのである。

  1は、世界の半導体市場が成長しているのに対して、日本だけが成長していない様子を表している。ここでの市場は、半導体製品を第3者に手渡す場所(国や地域)を指している。つまり半導体を使うユーザーのいる場所である。日本では、電機メーカーが半導体ユーザーである。日本の没落は、電機メーカーの没落を意味している。

  結局、日本の半導体も電機も経営判断を間違ったのは、世界の大きな流れ、すなわちメガトレンドを見ずに日本国内だけの需要を見てきたことと、テクノロジーの流れがコンピュータのダウンサイジング化を見てこなかったことにある。組み込みシステムは究極のダウンサイジングである。だから、メガトレンドを読むことが今はとても重要になっている。

2017/09/24

 

参考資料

1.    津田建二「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、日刊工業新聞社刊、20104

IC設計からみると世の中は石器時代

(2017年9月 2日 10:54)

 先日、「デジタル化、デジタルトランスフォーメーションは新しいか?」(参考資料1)を書いた後に、米国の友人、エド・スパーリング氏が、自動設計ツールメーカーのメンターグラフィックス社CEOである、ウォーリー・ラインズ氏(図1:青色LEDの発明特許を持っている一人でもある)にインタビューした記事が掲載された(参考資料2)。ウォーリーは、「半導体IC設計では、自動化に成功、設計フロー全体に渡り自動化が浸透している。しかしシステム設計の世界(一般社会)はまだ石器時代にいるようなもの」と述べている。

 

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1 Mentor GraphicsCEOWally Rhines

 

 実は、半導体エレクトロニクスの世界は、今や数十億個のトランジスタをわずか数平方センチメートル程度のシリコンチップの中に詰め込んでいる(2)。その光学顕微鏡写真からは、トランジスタは小さすぎて見ることができないが、家や建物がぎっしり詰まった東京都全体を見ている感覚に近い。こんな都市を手作業で設計するわけにはいかない。だからこそ、半導体ICの設計は自動化を使わざるを得なかった。そのおかげで、私たちはスマートフォンを手に入れ、自動ブレーキのクルマを得、ユーチューブで動画を楽しみ音楽を楽しむことができるようになった(ついでだが、小生は昔の欧米のポップスやロック、クラシックをユーチューブで楽しんでいる)。

 

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2 最近インテルが発表した第8世代のCore i CPUチップ 出典:Intel Corp.

 

 何もないさら地に東京都全体の都市設計を2~3年でやることは不可能であるが、それに近いパターン設計を可能にするツールがメンターグラフィックスやシノプシス、ケイデンスなどが手掛けてきたEDAElectronic Design Automation;電子設計自動化ツール)と言われるものだ。そのメンターグラフィックスがドイツのモノづくり大手シーメンスに買収された。買収後にウォーリーが初めて語ったのが、最初に紹介した記事(参考資料2)である。

  なぜ、シーメンスに買収されることをメンターグラフィックスは選び、良かったと感じているのか。この答えが実は、世の中のデジタル化であり、デジタルトランスフォーメーションなのだ。この動きは、単なる社会やインフラにITを使おうという話ではない。例えば、これまでエレクトロニクスとは別に扱われてきた機械産業ではデジタルエンジニアリング(モノづくり)と呼ばれ、生産工程を自動的に管理し機械に自動設計が入るようになった。ここでは3次元上に見せるCADやシミュレーションを行うCAEなどを使う。これらのソフトウエアや試作設計から、量産設計、製品生産終了まで製品に関するすべてを一括管理するソフトPLM(製品サイクル管理)も含まれる。製造に必要なこれらのソフトウエアを作ってきたのがシーメンスだ。

  一方で、半導体ICの自動設計ツール、シリコン製造とのインターフェースとなるOPC(光学的近接効果の修正:Optical Proximity Correctionなどのソフト、半導体を実装するプリント回路基板の配線設計ソフトなどを手掛けてきたメンターグラフィックスは、クルマ用のワイヤーハーネス全体を設計するツールや、熱設計ツールなど、システムへと手を広げてきた。例えば、センサに使うMEMS技術では機械的なシリコンのたわみを利用して電気信号に変えるため、機械のたわみと電流や電圧との関係を求める自動設計ツールもメンターはリリースしてきた。メンターのシステム指向と、シーメンスのIT、エレクトロニクス指向の行き先は一緒になる。だからメンターはシーメンスに買収され一緒になった。機械設計ソフトウエアツールと電子設計ソフトウエアツールがあれば全てのハードウエア・モノづくりをデザインできる。

  デジタル化やデジタルトランスフォーメーションは、コンピューティングとエレクトロニクス技術を利用して、ありとあらゆる社会やインフラ(公共事業)、他の産業(農業や鉱業)、教育、金融などの分野をもっと効率化しようという動きである。これらの分野はコンピューティングやエレクトロニクス技術を使って効率化を図ってきた分野ではない。だからウォーリーは石器時代にいると表現した。これらの分野の効率を上げるために叫ばれている新しいコンセプトがデジタル化である。テクノロジーの視点からは、「デジタル化、デジタルトランスフォーメーションは新しいか?」で指摘したように新しい技術では決してない。コンピューティングとエレクトロニクス技術(もちろん通信技術も含む)を利用するだけである。だからこそ、デジタル化は、テクノロジーを手掛けてきた人たちには当初、違和感のある言葉だった。

  これまでITやエレクトロニクスに無縁の世界にも半導体チップが入っていくことになると、効率は全く異なり、システムがいわゆるインテリジェントになる。水道の水質は常に安全性が担保され、洪水につながる異常気象を素早く察知し対応できるようになり、農業は天候不順でも作物収穫の最適な時期や手段を得られるようになる。教育は退屈な教科書ではなくタブレットやスマホで自分が学びたいときに学べるようになり、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を取り入れ興味や意欲を引き出す(Educe、名詞がEducation)。過疎地で緊急手術が必要な場合でも、都市の大病院にいる医師がロボットハンドを使い、遠く離れた患者を手術する。クルマは全く衝突しないようになるため事故はゼロになる。

  こういった夢を実現するテクノロジーがITとエレクトロニクスである。今やIT/電機産業という範疇を超え、社会・公共・教育・農業などの分野を自動化していくテクノロジーとして、デジタル化、デジタルトランスフォーメーションを実現していくようになる。

  メンターグラフィックスとシーメンスの統合のように、ITやエレクトロニクスの世界は機械とつながると共に、ITの世界ではすでに理系・文系の区別はなくなっている。文系の方で、プログラムを書いたり設計したりするシステムエンジニアになっている人は多い。理系でも営業や企画を担当する人も多い。もう実社会では文系も理系もない。にもかかわらず、教育界だけがなぜいまだに文系・理系を分けるのか。彼らはまだ石器時代にいるからかもしれない。

2017/09/02

参考資料

1.    デジタル化、デジタルトランスフォーメーションは新しいか?(2017/08/31

2.    Executive Insight: Wally Rhines, Semiconductor Engineering 2017/08/31

 

東芝の成功体験が心配

(2017年8月24日 00:25)

東芝が半導体メモリ事業の売却を巡り、Western Digitalと今月決着に向けて協議に入った、と823日の日本経済新聞が報じた。WDに加え、産業革新機構や日本政策投資銀行、ファンドのKKRとも連合を組むようだ。このような組み合わせなら最初から予想できた。なぜここまで時間がかかったのだろうか。東芝の頼りない経営陣がずっと運営してきたからではないか。

 

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1 NANDフラッシュのトップランキング 東芝は四面楚歌に 出典:TrendForce

 

 東芝メモリにいる社員は、年初に思うように投資できずにトップのSamsungとは差を広げられ、3位のWestern Digitalには並ばれ、4位のMicronからは猛烈に追い上げられている(1)ことにさぞかし地団駄踏んでいるに違いない。NANDフラッシュやDRAMビジネスは、1000億円単位の設備投資をしなければ世界と競争できないという、きわめて特殊なハイリスクハイリターンのビジネスだ。東芝があえてこのビジネスを選択し、生き残りを果たそうとする以上、その規模の投資は避けられない。これが大量生産で利益を生む半導体メモリビジネスの宿命だからである。

  半導体メモリ以外のビジネスは少量多品種の世界。スマートフォン向けのチップも大量生産だが、メモリ以外は量産規模ならTSMCなどファウンドリ(製造専門の請負サービス業者)が担ってくれる。このため、QualcommMediaTekなどのアプリケーションプロセッサメーカーはファブレスでビジネスをやってきている。メモリ以外で、最先端の微細化工場も持って1000億円規模の投資を行えるのはIntelだけ。なぜか。Intelチップの単価がメモリより平均1桁、つまり10倍高いからだ。


メモリビジネスはハイリスクハイリターン

  半導体メモリビジネスは極めて特殊なビジネスである。このことを理解せずにメモリビジネスに参入すれば大けがをするだろうし、またメモリではないビジネスでメモリ並みの設備投資を行うことはもちろん無謀な経営だ。実はかつての日本の半導体は、システムLSIと称して、人やソフトウエアに投資せず、設備に投資して大失敗してきた歴史がある。ここでメモリビジネスを考えてみる。

  かつて1970年代のIC勃興期からIC、特に日本の得意な品種はDRAMメモリだった。16Kビットまでは欧米の半導体メーカーは、混とんとしていたが、64Kビット(8KB)からは日本ががぜん強くなった。1980年代後半から1990年代前半にかけてのことだ。当然大規模な投資を日本のメーカー(NEC、日立製作所、東芝、三菱電機、富士通、沖電気工業など)は行ってきた。誰が見てもわかるようにメモリ容量はわずか8Kバイトしかない。ということは、メモリ容量はひたすら増やせばよいことになる。DRAMメーカーは技術的な可能性を配慮して3年ごとに4倍の容量を増やしてきた。64K256K1M4M16M64M256Mとずっと増やしてきた。ただし、32ビットプロセッサシステムでメモリをアドレッシングできるのは4Gバイトまで。そろそろその限界に近づくと、512M1G2Gという程度で少しずつ集積度向上のペースは鈍ってきた。


フラッシュメモリはたまたま成功

  このようにメモリを作ってくると、顧客の望む仕様をこと細かく聞いて、ICに落とし込むという作業とは無縁の世界が続いてきた。このため、ICを設計製造するという考えが作り手主体になってしまっているのである。多くの日本の半導体メーカーは、韓国にDRAMで負けた原因を追究・分析することなく、システムLSIへと舵を切ったが、東芝だけがDRAMをやめた後にフラッシュメモリを持っていることに気が付き、システムLSIに加えフラッシュも生産することにした。この「たまたま」(東芝のある元技師長)フラッシュの製品化を進め、携帯電話やデジタルカメラ、スマートフォンへと需要が膨らんでいったという「幸運」に恵まれ、システムLSIが失敗してもフラッシュで世界と勝負できた。

  フラッシュメモリは、DRAM全盛期にコツコツと開発を進めていた東芝のエンジニアであった舛岡富士夫氏(その後東北大学教授に)1984年、85年と続けて国際学会IEDMInternational Electron Devices Meeting)で発表し、Intelを始めとする世界の半導体技術者を驚かせた。当時、IEDMには私も出席・取材しており、雑誌Electronics(McGraw-Hill社発行)に舛岡氏のフラッシュメモリ開発の記事がIntelの反応と共に掲載されたことを昨日のように覚えている。舛岡氏は東芝にフラッシュメモリの事業化を何度も進言したのにもかかわらず、東芝はそのころフラッシュメモリを事業化するという決断をせず、舛岡氏は東芝を退社した。


低コストで作れるフラッシュ

  フラッシュメモリは、バイト単位でデータを書き換えることはできず、ある程度の大きさのメモリアレイを一括で(フラッシュのように)しか消去できなかった。しかしメモリの面積を紫外線消去型のEPROMと同程度に小さくできたため、安いコストで製造できる可能性を秘めていた。当時は電気的に不揮発性メモリを書き換えられるのは、EEPROMしか商用化できていなかったが、チップ面積が大規模になるという欠点があるため、コストを下げることができず普及しなかった。メモリはコストを安く作れるかどうかで成否が決まるため、フラッシュメモリは成功する大きな可能性を持っていた。

  東芝はDRAMを捨てたためフラッシュメモリを生産するという決断をしたが、開発力の中心はシステムLSIだった。ソニーのマルチコアプロセッサ「CELL」の生産も東芝が行っていたが、システムLSIで東芝を大きな利益を生むことはできなかった。しかし、たまたまとはいえフラッシュを持っていたため、フラッシュに力を注ぐことができ、今日の隆盛を迎えることができた。

  ところが、東芝で働くエンジニアは、DRAMで成功、その後フラッシュでも成功したため、ルネサスのような挫折を知らない。今回経営陣の原子力ビジネスでの大失敗により、倒産の危機を迎えているが、半導体メモリの陣営は経営陣の失敗であり、エンジニアの失敗ではないという意識が強い。だから、非常に危険なのである。本当の挫折をこれから迎えたとき、それを克服できるかどうかが問われる。東芝メモリが東芝から本当に独立できたとしても、必要な時に1000億円規模の設備投資をできる経営陣がいるかどうかも今後の成否を握る。東芝の成功体験が仇にならなければよいが。心配の種は尽きない。

2017/08/24

半導体はブームなのか?

(2017年8月14日 00:18)

 同じデータでも人によっては、意味を取り違えることになる。データを読み違えると成長産業が見えなくなるから、企業の発展、産業の発展にとても重要だ。「半導体はもう成長産業ではない」。10年ほど前にはこのように語る人たちがいた。半導体産業から離れていった企業もある。しかし、再び戻ってきた。半導体産業は成長産業だったのか?

  先日、セミコンポータルという半導体産業向けポータルサイト主催のセミナーを開いた。「市場・統計データの見方」というチュートリアルなワークショップだった。20名弱の参加の中でワイワイガヤガヤの議論をすることが目的であり、統計データの数字が同じでも見せ方によっては成長産業と見えなくなることを述べ、議論した。

 

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1 WSTSの数字を対数グラフで表現

 

 図1は、WSTS(世界半導体市場統計)の数字を拾って片対数グラフに描いたグラフである。10年ほど前はこれを見て、半導体はもはや成長産業ではなくなった、と述べた官僚やアナリスト、ジャーナリストたちがいた。確かに、1995年前後までは年率20%という驚異的な伸びで市場が成長していた。それが1995年から現在までは5~6%に落ちてきた。だから「半導体はもはや成長産業ではない」と述べた人たちがいたことは確かだ。

  しかし、全く同じ数字を対数ではなく、ノーマル座標でグラフ化すると図2のようになる。半導体産業は1995年あたりから直線的に成長している。数字の出どころは一つであって、同じ数字を対数でプロットしたのが図1であり、ノーマル座標でプロットしたのが図2である。

 

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2 WSTSの数字をノーマルグラフで表現

 

 ではなぜ、図2は成長しているように見え、図1は成長が止まったように見えるのか。それは、年成長率をパーセントで表すか、いくら増えたかという前年との差分で表すか、それだけの違いだ。年成長率は、銀行利息の複利計算のように等比数列として毎年増えていく(エンジニアの世界ではハイパーリニアという言い方をする)。これに対して前年差でとれば、等差数列のように増えていく。どちらも成長していくのではあるが、等差数列では、その成長率は毎年下がっていくのである。

  具体例を挙げよう。毎年20%ずつ成長するなら、初年度10の場合(単位は10万ドルでも10億円でもいい)で進めていくと、次のようになる;初年度から10年目まで、

101214.417.2820.7424.8829.8635.8343.0051.60

これが等比数列である。これに対して等差数列的に、初年度10の数字が5ずつ成長するなら次のようになる;

10152025303540455055

  2年目は50%成長(15/10)だが、3年目は33.3%成長(20/15)4年目は25%成長、5年目は20%成長、6年目は16.7%成長、7年目は14.2%成長、8年目は12.5%成長、9年目は11.1%成長、10年目は10%成長となる。すなわち、等差数列的に成長するなら、成長率は毎年下がっていく。しかし、着実に5ずつ成長しているのである。

  半導体産業は、図2のように等差数列的に成長しているのであり、成長が飽和しているわけではない。図1で読み取れることは、半導体産業は95年ごろまで毎年20%で成長し、それ以降は等差数列的に成長してきている、ということである。つまり、今は半導体ブームと言ってもてはやしているが、半導体は決してブームではなく、着実に成長している産業であるというべきなのだ。

  筆者は、2010年ごろ、「半導体、この成長産業を手放すな」という本を出版した(参考資料1)時から、半導体は成長が止まった産業ではないことを言い続けてきた。だから、今は再びブームが来た産業ではない。1995年ごろから上がり下がりを繰り返しながらも着実に成長している産業である。それは、ムーアの法則による集積度の向上がたとえ止まっても成長し続ける。なぜなら、半導体製品は、単なる電子回路を詰め込んだハードウエアではなく、ソフトウエアを組み込み活かすハードウエアに変身したからだ。ソフトウエアは人間の知恵であり、知恵は無限に生まれてくるアイデアである。だからこれを組み込む製品を生み出す半導体産業は半永遠に成長するといえる。

 2017/08/14

参考資料

1.    津田建二「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、日刊工業新聞社刊、20104

2015/16年の10兆円規模の相次ぐ半導体買収は何だったのか

(2017年7月27日 00:45)

世界の半導体産業は2015年、2016年にそれぞれ総額1073億ドル(約12兆円)、996億ドル(約11兆円)という破格の企業買収の提案や買収完了を行った。ところが今年2017年は上半期総額だが、わずか14億ドルにとどまっている(図1)。これは、米国の市場調査会社IC Insights(アイシーインサイツ)が725日に発表したもの。

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図1 IC Insightsが調べた企業買収の推移 2015/16年が突出している

 

 事実、ソフトバンクが34000億円で英国のIPコアベンダーのARMを買収した。この会社は売り上げがわずか1600億円程度しかないCPU設計会社だが、彼らの製品であるCPUコア(半導体チップ上のCPU回路だけ)は、スマートフォンや携帯電話のほぼ100%に使われており、ルネサスをはじめとするかなりの数のマイコンの中のCPUにも使われている。携帯機器やゲーム機などの頭脳となる回路だ。この回路を設計するだけの会社である。それを時価総額に20%~30%のマージンを乗せると3兆円を超える値段になった。

  IC Insightsによると2015年には100億ドルを超える買収案件が4件あり、2016年には7件あった。つまり大型の買収が相次いだため、まるで買収合戦が起きていたような印象を受けた。しかし、半導体業界では、小さいが非常に優れた製品を開発するベンチャー企業を少し大きな中堅企業が買収するケースは昔からひっきりなしに行われていた。半導体メーカーだけの買収だけではない。その周辺の関連産業でも買収は日常茶飯事だった。半導体チップを設計するツールを開発・販売するEDAElectronic Design Automation)産業は常に小さな企業を買って大きく成長した。そのトップ3社が、シノプシス、ケイデンス、メンターグラフィックスだ。ただ、最近はメンターグラフィックスをドイツのシーメンスが買収した。

  昨年、一昨年の半導体でのM&Aは、大企業が大企業あるいは中堅企業を高額の買収を行った。かつてモトローラ社から独立したフリースケールセミコンダクタをオランダのNXPセミコンダクターが買収した。NXPもかつてフィリップスから独立した半導体メーカーだ。海外の半導体メーカーの日本とは大きく違う特長は、親会社と連結しない完全独立であることだ。親会社の干渉を受けないため、本来の半導体経営ができる。また、買収したNXPをさらに大きなクアルコムが買収することが決まっている。

  面白い例として、小が大を買う事例もあった。米国のヒューレット-パッカードの半導体部門が独立したアバゴ社は、通信ファブレス大手のブロードコム社(Broadcom Corp)を買収したが、買収後の企業名をブロードコム(Broadcom Ltd.)とした。ブロードコムの方が、知名度が高かったからだ。


企業買収は製品のポートフォリオを増やすため

  ではなぜ今年の大型買収が減ったのだろうか。IC Insightsはこのことには分析していないが、それを知るには半導体製品と産業の特性を知る必要がある。まず昨年、一昨年の企業買収は何のために行われたのかを知らなければならない。ほとんどの企業が似た分野であるとしても、製品はダブらないのである。例えば、通信用の半導体を作っていたアバゴは、光ファイバのような有線通信が得意だったが、ブロードコムは無線通信が強かった。一緒になることで通信技術の全てを握ることができた。NXPもフリースケールも共に自動車用半導体を持っていた。NXPはカーラジオやNFC(近距離通信)認証セキュリティチップに強いが、CPUを持っていない。フリースケールはPowerPCARMコア、独自CPUなどのCPUやマイコンに強かった。つまり、これまでの大型買収案件は、自社の製品ポートフォリオを強化するために行われたのである。

  2017年になって小さな半導体メーカー同士の買収は金額が小さいため目立たないが、アナログとミクストシグナルのマックスリニア社がエクサー社を 68700万ドルで買ったという例はある。では、これから自社製品を強くするために何をするのか。実は半導体チップが今や単なる回路ではなくなった。ソフトウエアを組み入れるシステムになっているのだ。自社の製品をさらに強くするために、半導体が使われるシステムを理解し、そのシステムに必要な部品を補強すればよい。その部品は昨年、一昨年はハードウエアの半導体そのものの買収だった。しかし、今や半導体チップはソフトウエア部品も組み込む製品と変わってきたため、ソフトウエアメーカーも買収の対象となった。


ソフトウエア企業を買収するインテル 

 その例をインテルに見ることができる。インテルは脱PC(パソコン産業が落ち目の産業に変わってきたことに対応して自社を成長させるため)を進めており、IoTや人工知能(AI)、5G(第5世代の携帯通信)、クラウド、クルマ(自動運転や無事故のクルマ作り)など5ITトレンドに沿って開発を進めている。リアルタイムOSのウインドリバーを数年前に買収したほか、ハードウエアをプログラムで作れるFPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ)技術を持つアルテラ社を買収した。

  インテルの得意なCPUはソフトウエアを変えることで新機能を変えるコンピュータそのものだが、ソフトウエアはハードウエア回路と比べて遅いため、FPGAメーカーを買った。これによりコンピュータシステムの柔軟な応用にはCPUで、決まった並列演算ならGPU(グラフィックスプロセッサ)で、決まった回路は専用のハードウエアFPGAでそれぞれ設計することができるようになった。コンピュータ用の半導体をローエンドからハイエンドまで広げることができる。最近ではクルマ向けカメラ画像解析のモバイルアイを153億ドルで買収する。AIでは、イスラエルのナーバナ社を昨年買収、AI用プラットフォームを手に入れた。さらにモビダス、サフロンなどのAIソフトウエア企業も買った。つまり、インテルが買収した半導体メーカーはアルテラ社だけであり、あとはソフトウエアメーカーである。

  まとめると、半導体産業はソフトウエアも取り込む製品を扱うようになった。このため買収対象は半導体メーカー、関連メーカーだけではなく、ソフトウエアメーカーやアルゴリズム開発企業なども対象となった。ただし、こういった半導体企業以外の買収には、市場調査会社は買収金額の数字を把握していない。しかもソフトウエアのベンチャーや開発企業は中小が多く金額は少ない。だから、2017年は統計として表れてこないといえる。

       (2017/07/27

スペシャルオリンピックスを知ってるかい?

(2017年7月 2日 08:05)

スペシャルオリンピックスって知っているかい?オリンピックが一般健常者の世界的なスポーツ競技会であるのに対して、パラリンピックは身体障がい者のための世界的なスポーツ競技会。そしてスペシャルオリンピックスは知的障がいのある人たちのためのスポーツ競技会である。最近初めて、その活動を知った。きっかけはインフィニオンテクノロジーズという半導体メーカーがこの競技団体へ寄付したというニュースを流したからだ(1)

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1 知的障がい者のためのスポーツを支援するスペシャルオリンピックス日本の有森裕子理事長とインフィニオンの社員たち。中央が日本法人の森康明社長

 

 スペシャルオリンピックスは、パラリンピックなどよりも規模はずっと小さいが、知的障害の方たちがスポーツトレーニングを継続的に活動できるための発表の場である。ただし、単なる発表の場だけにとどまらない。スポーツ活動を通じて彼らの自立と社会参加を促し彼らの生活の質(クォリティ・オブ・ライフ)を豊かにすることが目的だ。だから継続的な活動であり、毎年、日本で競技を開催する。さらにオリンピックと同様、世界大会もあり、オリンピック・パラリンピックの前年に4年に一度行う。次回は2019年に開催される。


知的障がい者にチャンスを

  しかも、日本における活動を支える団体、「スペシャルオリンピックス日本」は、2012年に公益財団法人となり、その代表である理事長は有森裕子さんだ。彼女は、バルセロナ五輪で銀、アトランタ五輪で銅のメダルを手にした女子マラソンのアスリート。彼女によると、知的障がい者は自らの意思でスポーツをやらせてもらえなかった、という。ある程度、健常者とコミュニケーションをとれる人もその中にはいるが、そうではない人が多いからだ。彼らを支える家族や仲間たちによって彼らの生き方が決まることが多い。つまり、生きるといういろいろな可能性がこれまでは十分に開かれていなかったともいえる。スペシャルオリンピックスは、知的障がい者にチャンスを提供する場なのだという。スポーツという選択肢もこれまでは一般にはほとんど知られていなかった。

  有森さん(2)は言う、「スポーツはアスリートたちを応援して、『頑張れ』と言いながらワクワクする感情にゆすぶられることが多いものです。これはアスリートも観客も同じです。こういったワクワク感は生きているという感情が促されます。これが重要な教育であり、これがなければ人間としての素地の一つを失うことになります。だからスポーツを通じて、ハンディキャップに負けない精神を作るのです」。

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2 理事長の有森裕子さん


 自動車用・工業用半導体メーカーの最大手であるインフィニオンテクノロジーズジャパンでは、社内での表彰制度HPAHigh Performance Award)がある。会社に貢献したことで日本法人が2017年の特別賞に選ばれた。その日本のプロジェクトは「日本のクルマメーカーの半導体化プロジェクトにおける大量受注」において表彰された。副賞の5000ユーロ(約64万円)を公益財団法人の「スペシャルオリンピックス日本」に全額寄付した。


企業の社会貢献 

 企業のミッションには社会貢献を含む所が多い。これがない企業はいずれ滅びる。社会を見て、会社を見て、顧客を見て、従業員を見て、株主を見て、どう持続させるか、10年後の姿をイメージして社会の役に立つ企業であるかどうか、ここがとても重要なのである。企業は利益を追求するのではなく、持続させることを追求するのであって、利益を上げることはそのための手段にすぎない。だからこそ、利益が上がれば寄付なり配当なりボーナスなり社会貢献ができる。その結果、その企業は社会から認められ、持続できるようになる。

  余談だが、社員にウソの数字を出させて一般株主を裏切る「チャレンジ」を進めた恥ずかしい会社は持続できなくなっている。一方で、一部の野党が言うように大企業は従業員から搾取して利益を還元していないとか、大企業だけが政府と癒着してぶくぶく膨れているとか、というのは前世紀のことであり、これも企業を理解していない。企業を存続できるかどうかは、その周りをみながら一緒に歩んでいるかどうかである。社会から離れた企業は没落していく。本当に社会に還元しながら歩んでいるかどうかは企業を持続させるうえで極め重要な要素の一つである。


エンジニアも顧客の元へ 

 このほど、スペシャルオリンピックス日本に寄付をしたインフィニオンは、クルマ産業に向けた半導体事業の会社だ。その柱は、1)事故のないクルマ作りの支援、2)つながるクルマへの未来支援、3)CO2の削減、からなる。事故のないクルマ作りは、従来の機械としてのクルマからシリコンを活用することによって事故を防ぐ。最近はブレーキとアクセルを踏み間違えると発進・加速できないクルマが増えてきたが、これも半導体で制御するようになったからだ。つながるクルマは将来の自動運転とセットで進展するため、つながりに欠かせないセキュリティを半導体の力で万全にする努力にもフォーカスする。そして環境にやさしいCO2削減のために電動化だけではなく、軽量化による燃費改善と燃焼効率の向上や48V化などとのセットで少しでもガソリンを使わずに走る半導体技術を目指す。こういった柱を実現するテクノロジーの開発に手を緩めない。これらのテーマは社会のニーズと共に歩んでいる。結果的に社会貢献につながり、利益の向上につながる。

  インフィニオンがこのほどクルマメーカーに半導体の大量受注できるようになったのは、半導体を使うことで事故のないクルマや燃費の良いクルマ、CO2の少ないクルマを実現するためのシステム価格を安くできるという説得材料を提供したことが大きい。海外の半導体メーカーの多くは、できるだけ最新半導体の価格を下げない。チップの価格がたとえ高くなっても、システムコストが安くなればOEM (クルマメーカー) は受け入れてくれる。システム価格が下がればOEMも半導体メーカーもどちらも利益を生める。それで事故が減れば消費者も得する。こういった考えが長期的に企業の利益に結び付く。そのために、営業だけではなくエンジニアやマーケティング担当者も一緒にOEMの元に通う。

  半導体メーカーの直接の顧客はティア1と呼ばれる自動車部品メーカーであり、彼らが半導体を採用しクルマ用のコンピュータであるECU(電子制御ユニット)を設計製造しOEMへ納める。ECUの性能を決めるのは半導体チップであるからこそ、半導体メーカーもOEMへ直接売り込みを図るのである。つまり、これまでの系列という考えは徐々に崩れつつある。

  社会と共に歩むという姿勢で運営する企業は、周りにいる顧客、従業員、株主などへの還元を忘れず正直に歩むことこそ、本来のミッションであることを経営者は忘れてはならない。この姿勢は、知的障がい者を支援する団体と同じだ。有森さんは、いずれ、スペシャルという名称がなくなり、知的障がい者が健常者と同じように自立できる社会を、スポーツを通じて作りたいと願っている。

                                  (2017/07/02

ここがヘンだよ、日本の半導体(東芝メモリ編)

(2017年6月27日 17:26)

 東芝メモリの買い手が3社に決った。産業革新機構とベインキャピタル、そして日本政策投資銀行である。しかし、これで決着という訳ではない。東芝メモリと一緒の製造ラインでNANDフラッシュメモリを生産しているWestern Digitalを今回の買い手に含めなかったために、今度どう出るかわからないからだ。日本の半導体だけを見ていると、東芝が常識で、WDが非常識に見えるようだ。

  しかし、世界の半導体産業を見ていると、日本の半導体はいかに非常識なのかがわかる。それも非常識なのに自分のやり方を変えようとしない。これでは世界とは戦えない。何が非常識なのか、具体的に指摘していこう。


企業価値の算出

  まず、企業を買うということは企業の価値をどのように推し量るかということから始まる。少なくとも株式市場に上場していれば株価×株式発行総数から、企業の時価がわかる。アップルやフェイスブックの企業価値が高いということは、この計算式から来ている。しかし、東芝メモリのように東芝の一事業部門だとその株価はわからない。東芝メモリの株価=東芝の株価では決してない。今の東芝の価値は1兆円台であり、2兆円に届かない。

  今回2兆円以上としたのは、WDSanDiskを買収した時の価格が18000億円程度だったことに起因する。SanDiskは東芝と一緒に生産ラインを同じ四日市工場に構築した仲間だった。そのSanDiskWDがそっくりそのまま買って、まったく何も変えずに生産を続けてきた。

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図 東芝・Western Digitalの四日市工場 出典:東芝 プレスリリース


  しかし、東芝はメモリ部門を買ってください、と買い手を求める売り手側であり、買い手が強い立場すなわち買い手市場なのだ。決して売る方が有利な立場ではない。だからこそ2兆円の価値はない、と言われればそれまで、ということになる。にもかかわらず2兆円どころか3兆円だと煽る向きもあったが、市場経済の原理に照らせば、3兆円の価値はありえない。


M&A、世界は社長同士の密談

  しかも、東芝のやり方は、なんと入札方式という前代未聞のM&Aのやり方で買ってもらうという奇妙な方法だった。世界のIT/エレクトロニクス・半導体産業で、誰が入札方式で買ってもらったことがあるだろうか。世界の非常識に他ならない。交渉できない経営陣だったのだろうと想像に難くない。

  世界のM&Aは、水面下で社長同士が密かに打診しながら、腹を探り合いながら進める作業を世界ではとってきており、その途中では決して外部に漏らさない、漏れてはいけない交渉である。ソフトバンクがARM3兆円強で買収した時、その前の動きは全く分からなかった。もし外部に漏れると、相手は信用できないことがわかってしまうからだ。しかし、日本国内では平気で外へリークする買収交渉をやってきた。わざとリークして既成事実を作り、相手を囲い込んでしまうという陰湿なやり方だ。国内企業同士の買収では、政治家や霞が関、大企業がよくその手を使ってきた。


社長同士の交渉ではない

  もう一つ、世界の半導体は完全に独立しており、親会社の判断が入る余地はないこと。WD側から見ると、今回の東芝の件は、実際に運営する東芝メモリとこれからどのように運営するか、について相談したいのだが、東芝メモリの社長ではなく東芝の社長との話となっている。だから、東芝に対してイラついているのだ。

  WDは東芝メモリの分社化に反対しているのも、東芝の半導体を含めた責任者と話し合うためだ。しかし、東芝は東芝メモリという会社をスピンオフさせた。こうなると、東芝の社長ではなく、東芝メモリの社長と今後の道を話し合いたい。社長同士が話合うのが筋であり、WDの社長が東芝メモリの株主と話し合うのは本来おかしい、という訳だ。

  東芝の社長は半導体もメモリも知らない。国の機関や準機関である国営系投資会社2社も半導体もメモリも知らない。知らないものたちが東芝メモリの売却先を決めることに強い不安を抱くことは当たりまえ。半導体の素人の投資会社には漠然とした不安はあるが、はっきりとした不安は、SKハイニックスも参加していることだ。


SKハイニックスには前科あり

  SKハイニックスは、かつて四日市工場の産業スパイを支援していたという実績がある。産業スパイは一人であったが、その損害額をSKハイニックスが東芝側に支払った。このことは企業ぐるみと見るのが自然。さらにSKハイニックスはもう一つ「前科」がある。エルピーダメモリが倒産し会社更生法を適用した時のことだ。最初はエルピーダを買うと見せかけデューデリと称して、広島工場をさんざん見尽くした後に、買うことをやめたのである。工場を完全に見尽くして把握したので、もう要らないという訳だ。理由は何とでも作れる。買う価値がなかったといえばよい。

  さらに韓国企業は、近親憎悪とも言うべき、激しいライバル意識が強い。特にサムスン(三星)は、ハイニックス(金星電子と現代電子の半導体部門が一緒になった会社)とは犬猿の仲。かつて三星と金星を取材した時のこと。日本の早稲田大学を出た韓国のトップはどちらかといえば親日的で、米国と日本の半導体製造装置を購入するにあたり、良いものを基準にして日本製の装置も多数導入した。一方、金星は反日的なので製造装置は全て米国製で調達した。その後の両社の半導体部門での成長は、サムスンが圧倒的になった。もちろんその後のハイニックスが態度を改めたことは言うまでもない。金星は、日本製を購入する三星に対して、売国奴と呼ぶこともあった。金星での取材の言葉はもちろん英語。一方、三星では日本語で取材できた。

  今フラッシュメモリではサムスンが圧倒的に強い。SKハイニックスは少しでも追いつきたい。打倒サムスンという気持ちなのだ。そのためには反日的を捨ててまでも、有利なところと組みたい。NANDフラッシュの次世代メモリと言われているMRAMなどで東芝と提携して共同開発しているのはそのためだ。


サムスンとの差広がりマイクロンとの差縮む

  東芝を30数年、取材してきて、やはり内弁慶の「お坊ちゃん企業」だと思う。エンジニアは優秀だが、世間(世界)知らずが多い。かつて世界を駆け巡った優秀なエンジニアの多くが退社し大学教授になったりした。お坊ちゃんに「チャレンジ」を要求してもしょせん無理なのに押し付けた経営者たち。今後の東芝はどこへ行くのかわからないだけではなく、東芝メモリに対する責任感のない経営陣が今、その半導体子会社を振り回している姿は、とてもIT/エレクトロニクス企業とは言えないだろう。

  しかも、東芝が売却先を云々しているときに、サムスンは資金力にモノをいわせて投資を続け、今や東芝との差を広げている。サムスンだけではない。NANDフラッシュメモリの生産額ではWDもその下のマイクロンにも追いつかれようとしている。少なくとも次世代NANDフラッシュの3D-NAND技術では生産額ですでにマイクロンに抜かれた。のんびり東芝はこのままでは、経営陣のまずさから世界競争からも脱落する恐れさえある。

  次回は、日本半導体産業が世界といかにかけ離れているかについて語ろう。

                                                                      (2017/06/27)