半導体業界の最近のブログ記事

テクノロジーで語られる聖杯とは

(2016年4月25日 20:10)

最近、Holy Grailという英語をインタビューやビデオ会見などで聞くようになった。辞書を引くと、「聖杯」とある。聖杯とはキリスト教の最後の晩餐に出てくる杯を意味することに由来する言葉であり、何度か聞くうちにわかったことは、非常に高く手が届かない所にあるという意味で使われるようだ。

 

1年前、フレキシブルエレクトロニクスの取材で英国ケンブリッジのNovalia社を訪問した時にこの言葉を初めて聞いた(取材の紀行は「急ぎ足の英国出張記」(参考資料1)参照)。その後、ビデオ会見でも2度聞いた。最初はNovalia社のドクター・ケイト・ストーンCEO(1)を取材した時だ。フレキシブルエレクトロニクスの基本となっている、プリンテッドエレクトロニクスでトランジスタを作るのはもはやHoly Grailだと述べた。つまり、いくら努力しても目標が遠すぎて、到達することが難しすぎる、というたとえで使っていた。

 

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1 Novalia社のCEOであるDr. Kate Stone

プリンテッドエレクトロニクスでトランジスタを作る研究は10年以上も前から世界中の研究者が手掛けてきたが、いまだにろくな性能のモノが研究試作レベルでさえ出来ていない。世の中に出回っているシリコンCMOSでは、世界を変えるような素晴らしい性能でムーアの法則と共にさまざまなガジェットや機器の機能を実現してきた。かつて有望と言われたGaAs集積回路でさえ、微細なシリコンCMOS集積回路は凌駕した。

 

つまり、これからのプリンテッドエレクトロニクスは、論理回路やメモリなどの演算にシリコンを使い、センサや配線、ディスプレイなどをプリントなどで形成する方法が主流となろう。これをフレキシブルハイブリッドエレクトロニクス(FHE)と呼び、FHE アライアンスという組織までできた。幸い、シリコンCMOS ICの中でも先端的な製品は直径300mmのシリコンウェーハ(円盤)を用いて、回路を形成するが、焼き付けた回路が完成するとウェーハの0.8mmという厚さを0.1mm程度まで薄く削る。その後、ダイシングと呼ばれるチップ化工程を短縮するためであり、薄い分だけ熱抵抗が下がり発熱対策にもなる。0.1mmすなわち100µmほどに薄くなると単結晶のシリコンといえどもフレキシブルになる。図2はドイツのインフィニオン・テクノロジーズで製作した300mmの完成ウェーハだが、薄く削った後ではポテトチップのようにフレキシブルに曲がってしまう。シリコンでなくてもガラスでも100µmまで薄くなると丸めることができる。

 

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2 ドイツInfineon Technologiesが製造しているパワー半導体の直径300mmシリコンウェーハ

これまでのApple WatchFitBitの活動量計のようなウェアラブル端末では、まだフレキシブル基板を使っていない。固いプラスチック基板にICなどを搭載して形成しているが、さらに曲線形の人間の体に合った端末を目指すのなら、フレキシブル基板に薄いシリコンを使う回路がふさわしい。フレキシブル回路基板はすでに小型の端末や時計などの製品で実績がある。加えて、有機ELディスプレイはフレキシブル基板上に作り込むことができるようになっている。さらに、全固体リチウムイオン電池でさえ、フレキシブル基板上に形成できるようになってきた。これからのウェアラブル端末にはFHEが使えるようになってきている。

 

これまで研究のための研究として良いテーマであったフレキシブルエレクトロニクス、あるいはプリンテッドエレクトロニクスは、薄いシリコンCMOS集積回路を搭載することで商用化が見えてきた。FHEアライアンスは製造装置や材料などのサプライチェーンを確立しなければならず、昨年10月に半導体製造装置・材料の協会であるSEMIの傘下になった。このことで、フレキシブルエレクトロニクスの商用化は早まったといえよう。

 

一足早くプリンテッドエレクトロニクスを商用化しているNovalia社は、フレキシブルに重点を置いていないが、すでに米国や香港、オーストラリアなどで製品を販売している(参考資料2)。同社は紙に配線やタッチパネルのセンサを印刷して作り、固いプリント基板にシリコンICを実装している。タッチセンサに触れるとドラムやピアノなどの音が出るという仕掛けである。ピアノには厚手のボール紙に鍵盤を描き、その下にタッチセンサを配置する。ドラムには丸い模様を描き、そこをタッチするとドラムの音が出る。これを広告代理店が採用し、いくつかの企業広告に使っており、街行く人がタッチして音を楽しんでいる。ただし、これまでのところは紙に印刷するエレクトロニクスであり、必ずしもフレキシブルではないが、早晩フレキシブルに手を広げることは時間の問題である。

 

最後に、インタビューしたドクター・ケイト・ストーンの経歴も実は、Holy Grailから商用化への転身をよく表している。彼女はケンブリッジ大学で博士号を取得した才女であるが、その時のテーマは、単電子トランジスタの研究だった。これこそ、研究のための研究であり、実用化は遠い話のテーマであり、彼女が純粋な研究者だったことを物語っている。教授がプラスチックロジック社を設立したため一緒に参加し、印刷技術で作る電子ブック(アマゾンのキンドルのような製品)を目指したが、何年たっても実用化できなかった。結局、プラスチックロジックを飛び出し起業した。

 

今度は、商用化を第一に考え、これまでの新技術ではなく古い技術で実現することを考え続け、最新のトレンドである、エクスペリエンスを採り込むことをじっくり考え、面白いタッチセンサベースの楽器を作り出した。これまでの先端新技術ばかりの考えをガラリと変えるために考えたことは、Cleansing(浄化するように)、Immersive(仮想現実のように没頭するような)、Emotional(感情が高まるような)、Experience(体験)であった。紙から魔法を生むような製品を作ろうとしたのである。

 

(2016/04/25)

参考資料

1.    「急ぎ足の英国出張紀」(2015/04/01

2.    「既存技術で、プリンテッドエレクトロニクスを実現。新しいエクスペリエンスをつくる」

パソコンは斜陽産業、インテル12,000人をレイオフへ

(2016年4月20日 23:27)

インテルは、2016年第1四半期の売り上げがGAAP(米国会計基準)ベースで前年同期比7%増の137億ドル、利益は同3%増の20億ドルと好調な業績を示した。しかしながら、インテルの主力製品であるパソコン用のプロセッサ部門(クライエントコンピュータグループ)の売り上げは1.7%増の754900万ドルと伸びが鈍化している。

 

市場調査会社のIDCによると、2015年における世界のパソコン市場は、前年比10.4%減の27622万台と3億台を大きく割ってしまった。こういったパソコン市場に対して、インテルが1.7%増とわずかながら成長できたのは、ウルトラブックや2-in-1システムなどのモバイルパソコンへシフトしてきたからだ。もちろんデクストップやタブレット向けなどのCPUも生産してきたが、これらの落ち込みをモバイルへシフトすることで何とかパソコンの落ち込みを支えた。

 

インテルは、成長の期待できないパソコンから、ハイエンドのデータセンター向けCPUIoTInternet of Things)向けのCPUの分野へと力をシフトしてきている。この第1四半期のデータセンターグループの売り上げは、8.6%増の399900万ドル、IoTグループは22.1%増の65100万ドルを急増させている。その他、フラッシュメモリのような不揮発性メモリや買収したアルテラのプログラマブルソリューショングループなどを合算したグループは31%増の15300万ドルだが、アルテラ買収で売り上げが増えた分は35900万ドルで、これがなければほぼ横ばいとなっていた。

 

結論としてインテルは増収増益だったが、決算発表と同時に全世界で12000人のレイオフを計画していることも明らかにした。これはパソコン向けCPU企業から、クラウドやスマートコネクトコンピューティングデバイス企業へと転換を図ろうとしているからだ。

 

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長期的にはパソコンはやはり落ち目の産業である。このためインテルはデータセンターおよびIoTビジネスを成長エンジンとなるビジネスへとシフトさせている。そのためには不揮発性メモリとFPGAビジネスが欠かせない。市場が小さくなっていくパソコン事業にさっさと見切りをつけ、成長が見込めるデータセンターやIoTの分野へとカギを切り、パソコン事業を縮小するため、2017年の半ばをメドに、全社員の11%に当たる12000人をレイオフする、とCEOのブライアン・クルザニッチ氏(写真)が全社員に向けた電子メールで述べている。

 

インテルはパソコン市場に陰りが見え始めた頃から、さまざまな手を打ってきた。通信事業やワイヤレス充電、セキュリティビジネス、さらには組み込みシステムなどへと手を広げてきた。つまり、研究開発の手は緩めず、パソコン以外の伸びそうな分野を探してきた。最近になってようやく、クラウドコンピューティングとIoTの成長が見えてきたから、この事業部に力を入れ、パソコンに代わる主力ビジネスへとシフトしてきた。

 

201311月にインテルがIoT事業部を作ると記者会見を行った時、来日した事業部長に確認すると、ゲートウェイから上位のレイヤーを狙っていると述べた。この時、インテルはコンテンツマネジメントシステム(CMS)のようなデジタルサイネージの番組プログラムソフトウエアを発売すると発表した。インテルは半導体のシリコンだけではなく、ソフトウエアまでも販売する企業へと変わってきたと感じた。このIoT事業が四半期に6億ドルを稼ぐ部門に成長したのである。

 

こういったインテルの動きと全く対照的なのが、いまだにパソコンにしがみつく東芝、富士通、VAIOである。それを統合しようとした政府系ファンドや官僚である。インテルは利益が出ている時にパソコン用CPU部門を整理しようとしているのである。もちろん、パソコン部門を切ってしまう訳ではない。小さくしようとしているのである。これまでのような成長は期待できないは反面、パソコンがなくなることはないだろうから、市場規模に合わせて縮小していく。これに対して、3社の統合は大きくしようとしているのである。どう考えても縮小する市場に逆らっているとしか思えない。最初から無謀な計画である。

                              2016/04/20

ニッポン半導体のシェアがついに8%に

(2016年4月14日 15:56)

かつて、世界の半導体市場の50%以上を勝ち取った日本の半導体企業のシェアが2015年にはわずか8%にまで落ち込んでしまった(図1)。これは調査会社のIC Insightsが発表したもの。この凋落ぶりは今更いうまでもないが、つい2010年には14%に落ちたという報道があったばかりだが、わずか6年でその半分になったということだ。

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1 半導体企業国別シェア 出典:IC Insights

 

半導体産業は、世界では依然として伸びているのに日本だけが沈んでいる、という特長がある。実はこの特長を国内電機大手の経営者が理解していなかったことが最近の動きから見て取れる。シャープは言うまでもなく、パナソニックはリストラこそ推進して利益はわずかばかり生み出せるようになったものの売り上げは下降線をたどっている。実は日立もそうだ。東芝は言うまでもない。

 

企業経営戦略の重要なことは、世の中の動きと自社の強みをリンクさせることだが、これが全くなされていないのである。唯一、三菱電機はパワーエレクトロニクスで強みを発揮し、かつ半導体のR&Dにも力を入れている企業だ。横並びの日本のライバルだけを見て進んできた日本の電機の弱さがここにある。

 

電機がリーマンショック以降、ダメなことがわかったのにもかかわらず、それを半導体事業が悪かったからという言い訳にしてきた。だから本当の病巣を見つけられなかった。東芝は民生・家電が2014年も15年も大きな赤字を出したのにもかかわらず、最近になるまでリストラに着手できなかった。シャープ、パナソニック、ソニーなどの民生家電メーカーも全く同様だ。

 

かつてのソニーは独自の面白い製品を続々開発し、パナソニックなどが2番手戦略で追いかけてきた。トランジスタラジオ、ウォークマン、CD-ROMMDディスク、プレイステーション、ハンディカメラなど世界的にも価値の高い商品や、リチウムイオン電池、CCDイメージセンサ、高密度実装基板などの技術製品も生み出していた。1980年代は商品寿命が7~10年もあったから、この戦略で成功した。しかし、商品寿命の短い今はかつてのこの戦略が使えない。そのソニーも独自製品を生み出せない体質に変わってしまった。

 

だからこそ今は社員・経営陣が揃って知恵を絞らなければならないのに、「前例がない」「実績がない」などの言い訳で新しい技術やビジネスを拒絶してきた中間管理職と、それをコントロールできなかった経営陣が最大の病巣だった。新しい技術やビジネス、市場に向かうのに、実績を求めるという、その問いかけ自身、変でしょう。

 

ソニーが成功してきた裏面照射型CMOSセンサは、上司が商品化は無理という理由を100も並べて開発を否定したのに対し、当時の開発者は粘りづよく説得を繰り返し、最後は開発を認めてもらったという。この熱意が今日の成功を築いた。しかしこれはソニーの中の例外ストーリーだ。今のソニーの商品で、2000年以降の独自新開発品は、このCMOSセンサ以外一つもない。過去の栄光を食いつぶしているだけ。外国人経営者もひどかった。ロンドンの自宅に住み、毎週ファーストクラスでニューヨーク、東京と世界一周旅行を繰り返してきたと言われている(元ソニー社員)。東京に住んだことのなかったソニーの社長だった。しかも、ソニーが赤字でも数億円という報酬を平気で毎年受け取ってきた。米国企業の経営者だとありえなかった。

 

日本の電機メーカーの将来が暗いのは、差別化するためのカギとなる半導体とソフトウエアの内、半導体を手放してしまったことだ。それなら、米国や台湾のファブレス半導体と密接な関係を持てばよいのだが、それさえしていなければ、電機は今後ますます暗くなるだろう。ちなみにパナソニックはわずか半年前まで中期計画の目標を10兆円としていたが、早くも8兆円に下方修正した。

 

話を元に戻して、米国の半導体企業は、54%と過半数のマーケットシェアを占めている。すなわち米国では半導体ビジネスは成長産業なのである。米国の次は韓国の20%である。ただし、これはほとんどメモリだけ。日本は8%で、まだ第3位ともいえる。しかし、4位の台湾は7%と迫ってきている。

 

ここで定義している国は、半導体企業の本社がある国のことである。例えば、韓国Samsungは米国テキサス州オースチンに工場があるが、韓国企業と定義している。同様にインテルは、アイルランドと中国に生産工場を持つが、米国企業としている。買収した企業も同様に扱っている。例えば英国第1位のファブレス半導体だったCSR社を米国のQualcommが買収したため、今は米国企業となった。日本でもエルピーダメモリを買収したのはMicronだから、その広島工場は米国企業である。

 

1の半導体シェアを見て気づくことは、日本と韓国の半導体はファブレス企業がほとんどいない点である。設計と製造を一つの会社が持つIDM(垂直統合のメーカー)がほとんどという構造だ。日本と韓国にファブレス企業がほとんどいないということは、韓国は今のところはメモリで潤っているから、まだましだが、いずれ日本と同じ運命をたどることを示唆している。

 

半導体産業が活発な米国では、ファブレスが非常に多く、台湾、中国が続いている。特にファブレスで日本が中国に抜かれていることは、日本の技術力そのものに疑問符がついているようなもの。というのはここ10年間、日本はファブレスやファブライトを目指してきたのに、その成果がほとんど上がっていないように見えるからだ。日本は得意な製造技術を捨て、得意ではないファブライトやファブレスにシフトしてきたが、それは大きな失敗であったことを認めなければならないだろう。

 

2010年に「一刻も早く日本はファウンドリを設立すべき」とブログで訴えたが(参考資料1)、残念ながらその声は届かなかった。その間、Samsungがファウンドリ事業を始め、Intelさえも始めた。製造だけを請け負うファウンドリというビジネスをなぜ日本はこうも嫌い、売り上げも利益も出せずに沈んでいくのか。モノづくりの得意な日本に向いた半導体製造請負サービス、すなわちファウンドリを嫌い続けた結果がこの8%シェアという数字だった。

 

ファウンドリビジネスの得意な台湾は、日本と違いブランドを表に出すよりは実を取るビジネスを好む。これに対して日本は、武士は食わねど高楊枝、見栄を張るだけで、ひたすら沈み、デフレをまっしぐらに走っている。この姿は半導体ビジネスだけではなく、ニッポンそのものをよく表しているようにも見える。

 

参考資料

1.    一刻も早く日本はファウンドリを設立すべき、セミコンポータル(2010/10/29


                                                                                                     (2016/04/14)

賢くなるIBMのニューロチップ

(2016年4月 6日 23:31)

人間の頭脳に一歩近づく、ニューロ半導体チップ「TrueNorth」をIBMが開発した(1)。これまでの人工知能やコンピュータとは全く異なる仕組みで、CPUGPUなどのノイマン型アーキテクチャではない仕組み、ニューロモーフィック技術を導入した。これまでのコンピュータは計算が得意な論理的な思考に基づいたマシンであったのに対して、ニューロコンピュータは、細部は違っているかもしれないが全体的には合っているといった感情的なマシンである。どちらも学習させることはできる。半導体の量産工場を捨てたIBMがニューロチップを開発したのはなぜか。

Dharmendra S. Modha, Chief Scientist of Brain-inspired Computing, IBM Research - Almaden.jpg

 

1 IBMが開発した1600万ニューロンのボード

 

IBMは、これまで実施してきた延べ28000名の世界の経営者へのインタビューの結果をC-Suite Studyという調査レポートに昨年まとめ、一つの結論を出した。現在はウーバライゼーションという脅威にさらされていることが明確になり、これまでの業界と業界との境界があいまいになってきたことを指摘した。つまり、ウーバー(Uber)社というスマホのアプリ開発会社がタクシー業界に対して脅威を与えるようになってきたことを指す。これは、スマホのアプリを使って、近くに手の空いているドライバーがいれば、その車をタクシーのように目的地に連れて行ってもらえるというサービスだ。タクシー業界にすれば突然、インターネットのアプリ会社がライバルになった訳だ。同様なことはインターネット時代にはこれからも十分起こりうる。全く縁もゆかりもなかった産業が突然ライバルになる時代に入ったのである。だからビジネスの境界線を再定義しなければならないという。

 

こういった脅威にさらされる今、企業にとって最も大事な要素は何か。IBMC-Suite調査によると、2004年時点では、1)市場の変化、2)人材・スキル、3)マクロ経済要因、4)法規制、5)テクノロジー、という順番だった。ところが20122015年はずっと第1位がテクノロジーである。第2位が市場の変化、第3位が法規制となっている。つまり、企業はテクノロジーを身に着けて、企業防衛しなければ生き残れない時代に入った、ことを意味している。

 

一企業としてIBMが追及するテクノロジーがコグニティブコンピューティングである。コグニティブコンピューティングとは、膨大なデータを理解し、整理し、その意味を推論し、継続的に学習するシステムだとしている。IBMはすでに「ワトソン」を持っているが、それをさらに進化させたい。もし「日本の首都はどこですか?」とコンピュータに尋ねれば、「80%は東京です」と答えるという。なぜ100%ではないのか。日本の文化や歴史、社会、政治などのデータを多数入力しているから、かつての平安京や平城京の時代のデータも入っているためだ。そこで「現在の日本の首都はどこですか?」と問えば、間違いなく「東京」と答える。

 

IBMはコグニティブコンピューティングをもっと賢く、もっとフレキシブルに、もっと多くの言語にも対応できるように、テクノロジーを進化させていく。そのために必要な技術は、半導体、ハードウエア、ソフトウエア、サービスである。この四つの要素はどれが欠けても成功しない。

 

今回IBMは、54億トランジスタを集積したニューロ半導体を開発し、このチップをさらに16個実装したボードを数枚搭載したマシンをローレンスリバモア国立研究所に納入した。インテルのマイクロプロセッサよりも多くのトランジスタを集積しながら、このチップの消費電力はわずか70mWしかない。2桁以上小さい。

 

人間の頭脳は、よく知られているように左脳と右脳があり、左脳は論理的な思考を、右脳は感情をつかさどる。従来のノイマン型コンピュータは左脳に相当する。左脳だけではコンピュータは人間に近づけない。そこで感情や雰囲気などを理解する右脳を担うコンピュータとしてコグニティブコンピュータを生み出した。今回のチップはこの右脳用コンピュータチップである。

 

なぜIBMはニューロコンピュータを開発したのか。最近はコグニティブコンピュータや人工知能は、膨大なデータを理解し、整理し、意味を理解して、学習を続けるという作業を従来のノイマン型コンピュータでも実行できる。たとえばファブレス半導体のエヌビディア社のグラフィックスチップを使った並列処理コンピュータでも可能である。しかし、従来のCMOS技術によるGPUだと消費電力が200300Wと膨大になるため、冷却が欠かせない。そこでIBMが目指したのは、ノイマン型コンピュータとは全く違うアーキテクチャのニューロモーフィックを使い消費電力の削減を狙った。人間の頭脳はコンピュータほど熱くはならないから、人間の脳の仕組みと同様の神経細胞のネットワークを模倣した。

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2 多入力・1出力のニューロン等価回路 このニューロンを1000億個以上つなげたものが小脳になる

 

人間の神経細胞は、電子回路でいえば、多入力・1出力のコンパレータで表わされる(2)。入力に電気抵抗を加え、学習によってその抵抗値を変える。こういった神経細胞が人間の小脳だけで1000億個も含まれているという。IBMが開発した半導体チップには100万個のニューロン(神経細胞)が集積されているため、これを16個並べたボードは1600万個のニューロンに相当する。このボードを6枚並べてようやく1億ニューロンになる。IBMは長期的に100億個のニューロンを持つコンピュータを作るという目標を持っている。

                              (2016/04/06

 

ニッポンはBluetoothを復活できるか

(2016年4月 1日 09:14)

2000年前後、日本の半導体や部品メーカーは、近距離無線規格のBluetoothの半導体チップやモジュールで世界のトップレベルを走っていた。しかし、モジュールや半導体チップを製品化しただけで、インターオペラビリティ(相互運用性:どの企業の製品ともつながることを実証するための試験)には全く関心を示さなかった。その割に、Bluetooth市場がなかなか立ち上がらない、とイライラしていた。当時の競合はWi-Fiだった。BluetoothWi-Fiか、という見出しが雑誌やメディアを飾っていた。

 

そのような中、英国の小さなファブレス半導体ベンチャーCambridge Silicon Radio(ケンブリッジシリコンラジオ:CSR)社は、欧州でのBluetooth普及に向けて、標準化活動やインターオペラビリティ(相互運用性:Interoperability)に力を注いでいた。プロトコルスタックやペアリング手順などをいくら策定しても、さまざまなメーカーのいろいろなデバイスたちが本当につながるかどうかは別問題。細かい作業の一部が違っていたり、レシピを一部間違っていたりしたらつながらない。どのメーカーのどの製品ともしっかりつながり、規格に不備がないか、バグがないか、十分テストする必要がある。いくらハードウエアの製品が出来ても、きちんと実証実験していなければ不備はつきものとなる。

 

Bluetoothチップを設計していたファブレスのCSR社は着実にBluetooth製品の実証実験をさまざまなユーザーを対象に行い、規格の不備がないかチェックしていた。そのために2年くらいかけた。どの製品とも接続できることがわかれば、後は量産体制に入ればよい。幸い、欧州にはBluetoothヘッドセット製品が爆発的に売れた。クルマを運転しながら携帯電話をかけると罰則が厳しいからである。耳にかけるスティック状のヘッドセットをかけていれば、両手は自由に使えるから、カーブでのハンドル操作が不安定になることはない。安全を保ちながら、通話できる。

 

その間、日本のメーカーはしびれを切らし、Bluetooth事業を縮小したり、撤退したりするところが現れた。おまけに日本の交通では、いまだにそうだが、携帯電話をしながらハンドルを切る運転手が後を絶たない。Bluetoothヘッドセットを身に着けても通話していると気が散るからあまり効果はない、という説や噂さえ飛んだ。クルマを乗る人がBluetoothを使っているという話をほとんど聞かない。このためBluetoothの普及が欧州や北米に比べて大きく出遅れてしまった。一般の消費者にはBluetoothという言葉さえ、なじみがない。

 

ところが、スマートフォン時代になって状況が一変した。iPhoneには最初からBluetooth機能が搭載している。クルマにBluetoothを取り付け、ハンズフリー対応の音響チップを載せたカーナビなら、簡単にハンズフリーで通話ができるようになった。ディーラーでもBluetoothはなじみ深くなった。AndroidスマートフォンでもBluetooth内蔵の機種は増えた。日本でもようやくBluetoothが普及し始めたのだ。ルネサスエレクトロニクスやロームなどBluetoothチップに開発ツールやソフトウエアの提供もしている企業も増えている。Bluetoothの規格そのものも進化している。データレートの高速化や高出力による長距離通信化に加え、ビーコンやメッシュネットワークが登場してきた。

 

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図1 Bluetooth SIG加入社は増加の一途

iPhoneBluetooth機能を使って、ビーコンを活用すると、商店街や店舗を活性化できるようになる。Bluetoothビーコンは、1個数千円で購入できるほど安い、Bluetooth電波の発信機である。お店に置いたビーコンを動作させておき、iPhoneBluetooth内蔵機種の所有者が店に近づくと、その日の特売状況やクーポン、ポイントなどのサービスをスマホの場面に送ることができる。そのような情報を受け取ると、その店に入るつもりがなかった人でも、ついのぞいてみようという気になる。来客を増やすのにはもってこいの手段となる。

 

先日、来日したBluetooth SIGSpecial Interest Group)開発計画ディレクターのスティーブ・へーゲンデルファー氏によると、Bluetoothビーコンは農業にも使われ始めているという。今年のInternational CESでアグリシンク社が広大な農地の周囲にビーコンを配置し、Bluetooth受信機のあるトラクタを使ったデモを見せた。トラックが農地の端まで来ると1列の刈り取りを知らせてくれ、重量センサも取り付けておくので、その重量データをクラウドに飛ばせば、農家からたとえ見えないほどトラックが遠くにいても、刈り取った作物の重量を即座に知ることができる。トラックが戻ってから重量を測りなおせば、途中で作物を落としたり、盗まれたりしても検出できる。

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 図2 Bluetooth SIG開発計画ディレクターのスティーブ・へーゲンデルファー氏

衛星からのGPS電波が入らない地下街やビル内にいる歩行者の動きもビーコンを多数配置していれば、その位置がわかる。一つのビーコンが強くなると近づき、弱くなると遠ざかることがスマホで検出できるからだ。

 

Bluetoothは、スマートハウスやスマートビルディングで配置された、ZigBeeのようなメッシュネットワークにも対応できる。元々Bluetoothは親機と子機の関係で最大8台の子機しか接続できない。それを端末から端末へデータを飛ばしながら最終的には親機に接続する、アドホック的なメッシュネットワークに合うようにプロトコルを開発したため、最大64000台の端末まで接続できるようになる。Bluetooth Mesh規格は現在策定中で、今年中には決まると見られている。これが決まれば、スマートハウスやスマートビルディング、劇場などの照明装置を数百台設置しても、例えばiPhoneのアプリから全て調整できる。

 

この規格を提案した企業も実は、CSRであり、CSR Meshという技術をIEEE標準化委員会に提案した。CSRの持つBluetooth技術を求めてクアルコムが昨年CSRを買収した。ワイヤレス通信ならすべてをカバーしたいクアルコムにとって、最も欲しい企業だった。ライバルのブロードコム社がBluetoothに強いからだ。スマホのおかげでBluetoothは日本市場でこれから復活する可能性はある。

                                                         (2016/04/01

デジタル時代こそ成長するアナログ半導体

(2016年3月23日 23:28)

マキシム、といってもコーヒー会社ではない。創業33年目を迎えた米国の中堅アナログおよびミクストシグナル半導体企業である。「あれっ、デジタル時代なのにアナログで商売しているの?」と思う人がいるかもしれない。実はデジタル時代こそ、アナログ半導体をたくさん使うのである。なぜか?

 

私たちがスマートフォンやタブレットを使ってデジタル時代全盛と思いがちだが、ページをめくる動作や、拡大・縮小のピンチオフ・オン動作はアナログ回路でできている。画面を90度傾けるとスクリーンの中のコンテンツも一緒に90度回転してくれるのもアナログ回路だ。iPhoneではデフォルトで内蔵されているハートマークのアイコンの歩数計もアナログ回路。要は私たちが身近に楽しさを感じて、いわゆる「ユーザーエクスペリエンス」と呼ばれる機能はほとんどがアナログ回路でできている。スマホは3.6Vのリチウムイオン電池1個で動作するが、搭載されている半導体には1.2Vで動作するチップだけではない。電源電圧は、3.3V5V7Vなど、ICによって全く異なる。だからこそ、DC-DCコンバータと呼ばれる電源ICが必要で、これもアナログ半導体である。1チップで10種類の電源を出力するDC-DCコンバータもある。

 

実は、デジタル時代の進展と共にアナログICの出荷数量がデジタルICよりも増えているのだ(図1)。1980年のはじめから半ばにかけて、これからデジタルエレクトロニクスの時代が始まる、と米国のElectronics誌をはじめElectronic Design誌や、EDN誌、80年代半ば創刊のEE Times誌などが盛んに書き立てた。ところが現実のICの出荷数量はアナログICの方がデジタルICを徐々に凌駕していく、という現象が起きている。

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 1 アナログICがデジタルICを毎年、浸食してくる 出典:IC Insights

 

これはどういうことか。今はデジタル回路といっても、全てANDORNOTなどの論理記号だけで回路を構成する訳ではない。CPUとメモリ、周辺回路、I/Oインタフェース回路などから構成される「組み込みシステム」を中心にするようになっている。CPUとメモリはデジタル回路だが、I/Oインタフェースや周辺回路の一部はアナログ回路である。さらに、デジタル回路に入る前の人間とのインタフェースやセンサとのインタフェースはアナログそのものだ。しかも、回路を動かす電源回路もアナログである。デジタル機器に入っているICの数を比べるとおそらくアナログICの方が多いかもしれない。

 

私たちの身の回りのデジカメやスマホ、テレビなどのデジタル製品の中身はアナログICが多い。だからこそ、アナログICはビジネスになる。マキシム(Maxim Integrated)社は、1983年創業で、本社をカリフォルニア州サンノゼ市に置く。いわゆるシリコンバレーのど真ん中にある。創業時にアナログICにフォーカスした点で、リニアテクノロジー(Linear Technology)社とも共通している。アナログ半導体でトップを行くテキサスインスツルメンツ(Texas Instruments)社やアナログデバイセズ(Analog Devices)社の歴史はもっと古く、デジタルエレクトロニクス時代から着実にビジネスを広げてきた。

 

マキシムは、これからの成長産業として、カーエレクトロニクスへとシフトしてきた。自動車用半導体を伸ばしてきた(2)。なぜクルマの世界にやってきたのか。自動車用アナログ半導体の市場規模(ユニバース)2015年に87億ドルと、スマホ用アナログ半導体の86億ドルとほぼ同程度だが、2018年にはスマホ用が89億ドルに対して自動車用は102億ドルと大きく成長すると見ているからだ。

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 2 マキシムは自動車用アナログ半導体と共に成長してきた 出典:Maxim

 

自動車用のアナログ半導体はなぜ期待されているのか。自動車部品がメカニカルからシリコン半導体へと切り替わっているからだ。機械や機構部品は常に擦れ合い、摩耗し、何度も折り曲げられるとポロリと切断してしまうことが多く、寿命は半導体ほど長くない。信頼性と品質の高さが求められる自動車部品では、半導体の丈夫さにはメカエンジニアは舌を巻いたことがかつての取材であった。

 

半導体のメリットはそれだけではない。機械ではできない、例えば死角をなくしたり、前方を走るクルマや横から飛び出す自転車や人間を認識したりすることも半導体ならできる。前方に障害物を見つけて止まってくれる自動ブレーキシステムはアナログ半導体なしでは実現できない。内燃エンジンからハイブリッド車や電気自動車では文字通りバッテリの電気量を半導体が調整してモーターを制御する。ヘッドランプやテールランプは、光る半導体であるLEDに変わりつつある。このLEDへ電気を供給するのもアナログ半導体である。ボタンひとつでクルマのドアを開けるキーレスエントリもアナログ半導体が多く使われている。安全を高める機能にもアナログ半導体が多用される。枚挙にいとまがないほど半導体を使う事例は多い。

 

また、米国の自動車と比べると日本車はカーエレクトロニクスで進んでいる。だからマキシムの日本法人への本社からの期待は大きい。トヨタ、ホンダ、日産、スズキ、富士重工など日本を代表する自動車メーカーは皆、カーエレクトロニクスを推進しており、ここではデジタルに加えアナログ半導体も伸び続けている。

                            (2016/03/23

坂本氏の新メモリ会社の会見を中止させたもの

(2016年3月 6日 22:03)

224日午後1時から久々の先端メモリ開発会社発足の記者会見が開かれるはずだった。会社名はサイノキングテクノロジージャパン株式会社。会社の代表者であるCEO(最高経営責任者)は、かつてエルピーダメモリを指揮してきた坂本幸雄氏である。しかし、残念ながら会見はお流れになった。なぜか。

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図 エルピーダ時代の坂本幸雄氏

会見開催の知らせが来たのは、219()19:14のメールだった。この第1報では、開催日時が13:00となっていたが、プログラムには13:30から挨拶から始まるという、不整合な案内だった。このあと22()10:53に、開催日時13:00、開始も13:00挨拶、という整合性のとれた会見訂正の案内が入った。

 

記者会見の案内では、「この度、日本・台湾の技術力と中国の資本力を基に、先端メモリの開発を行う新しいプロジェクトをスタートする運びとなりました。つきましては、下記のとおり記者会見を催したいと存じます」とあった。差出人は「サイノキングテクノロジージャパン㈱ CEO 坂本幸雄」である。

 

同時にその22日の日本経済新聞朝刊に坂本氏が新しいメモリ会社を設立するというすっぱ抜きのニュースが載ったのである。どのメディアも、記者会見の案内を受け取ると、24日まで待って、その設立の趣旨や狙い、見通し、背景、進行状況などについて話を聞くだろう。その会見をきちんと待っていた。にもかかわらず、日経はその前に記事を載せた。しかも、記事内容があやふやでちっともわからない。「日台と中国を中心に設計や生産技術の担当者を採用して、1000人規模の技術者集団を形成する。(中略) サイノ側が次世代メモリを設計し、生産技術を供与する。第1弾として、(中略) IoT分野に欠かせない小電力DRAMを設計し、早ければ17年後半に量産する」と報じている。

 

日本と台湾がDRAMの設計会社で、中国の製造会社に技術を供与して作らせるということなのか。中国では最先端技術は輸出できないため、どうやって製造装置を揃えるのか。次世代メモリとは何なのか。第1弾としてIoT向けの小電力DRAMとあるが、IoTセンサ端末向けなら外付けDRAMは要らない。マイコンに内蔵のRAMで十分。またIoT端末は省電力がマストだが、演算能力は要らない。電池を数年間メンテナンスフリーで使う用途が多いからだ。ただし、センサネットワークのゲートウェイやM2Mなどインターネットへ直接つながるIoTデバイスだと演算能力を高めて、ある程度データ解析する能力が必要になっている。これをエッジコンピューティングと呼ぶが、この場合はDRAMをプロセッサと近づけるなどの工夫は必要。この用途ではDRAMは必要だが、改めて省電力というまでもない。今や、スーパーコンピュータを含めてサーバーからパソコンに至るまで低消費電力は共通の性能指標だからである。

 

22日の日経のニュースを読んで、あまりにも訳のわからない記事だけに問い合わせしたい気持ちを押さえて、24日の記者会見をじっと待った。ところが23()になり、坂本さんから「記者会見中止のお知らせ」というメールが来た。受け取ったのは2310:54だった。

 

その理由は次のように書いてあった。「この度の新プロジェクト発足に際し、世界中にありとあらゆる情報・憶測が飛び交っており、現在対応におわれております。よって、明日24()に予定していました記者会見を止む無く中止させていただくことにいたしました」。不明な憶測が飛び交ったのは、日経の記事が出たためである。これは日経が勇み足をしたためだと言われても仕方がないだろう。なぜ、会見まで待てなかったのか。また、サイノキングテクノロジーもなぜ対応してしまったのか。日経はメジャー紙だけに驕り高ぶるようになったのか。あるいはサイノキングはメディア対応を甘く見ていたのか。

 

インテルやアップル、グーグルなどメジャーな企業では日時が決まった会見前に記事が出ることはありえない。メディア側も会見やイベント前に取材はしないという暗黙のルールを守る。今回の「事件」のためにこの新メモリ会社は設立早々ケチがついたといえるかもしれない。

                                                          (2016/03/06

2016年日本半導体、トップ10から姿を消す

(2016年2月 9日 15:03)

2016年は、世界半導体上位10社ランキングからついに日本企業が消えそうだ。2015年の世界半導体トップ10社の中で唯一、残っていた東芝がNANDフラッシュメモリだけのメーカーになり、売り上げが低下しトップテンランキングから圏外に落ちる可能性が高まった。2015年(カレンダー年)の東芝のメモリ売上金額を決算報告書から拾ってみると、8260億円となる。2015年平均為替の1ドル120円で換算すると、68.8億ドルになる。東芝はシステムLSIとディスクリート半導体を売却ないし閉鎖するという報道もある。唯一、NANDフラッシュだけを残すことになると当然ながら売り上げは減ることになる。ただし、東芝は正式にはシステムLSIとディスクリートも残すとコメントしている。

 表1 2016年に予想される世界半導体企業トップテン 順位だけが今から予想できる指数で、金額は全くあてにならない 出典:2015年のIC Insightsの調査を元に、合併した所やリストラする所から推測した

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表1では、IC Insightsが2015年11月に発表したトップ10社ランキングに基づいて(参考資料1)、その数字をそのまま拾い、東芝の数字は先日発表された2015年度第3四半期の決算報告書から2015年4月~12月の数字を拾い、2014年度決算報告書からは2015年1~3月の数字を拾った。その結果、半導体は1兆1405億円、その内メモリは8260億円であることがわかった。2016年はメモリ以外の製品生産売り上げも残る可能性はあるが、メモリしか生産しないと仮定して計算した。


2016年に大きな影響として出てくるのが、ブロードコムとアバゴの合併だ。2015年実績見通しで単純に足し算すると1538億ドルとなり、5位クアルコムの次に来る。合併で上位に割り込んでくる企業はブロードコムだけではない。オランダのNXP社も米国のフリースケール社を買収したことにより、同様に見積もると1020億ドルとなる。2015年現在で第10位のアバゴが696億ドルと見られるため、買収合併したブロードコムや、NXPは間違いなく10位以内に入る。さらにトップのインテルはアルテラを買収したことにより、売り上げは上がる可能性はある。


もちろん、2016年に新たに吸収合併したり、業績を大きく伸ばしたりする企業は出てくるだろうが、ここ2~3年は10位くらいまでの規模では多少の順位の変動はあるものの、大きく崩れることはない。


半導体企業で特徴的なのは、トップ10位に入っている企業で、CPUはインテル1社、アナログはTI1社、ファウンドリはTSMC1社だが、メモリは3社、通信2社、カーエレクトロニクス2社というまとまりだ。それぞれ、インテルはCPUで1位、TSMCはファウンドリで1位、TIはアナログで1位、という特長のある企業ばかりだ。ということは、もはや、ある分野で1位の企業でしか生き残れないことかもしれない。

 

インテルに関して言えば、2015年におけるパソコン業界の売り上げが10%減にも拘わらず、パソコン用CPUの売り上げをわずか1%減にとどめたことが評価できる。サーバーやHPCなどのハイエンド製品や、IoT製品で売り上げを伸ばし、パソコンでは高価なウルトラブックやモバイルパソコンに絞り、落ち込みを最小限にとどめた。

 

メモリメーカーはDRAMNANDフラッシュなどスマートフォンやコンピュータに多数使われるため、これらの製品の伸びが鈍化し始めたことによって、大きな成長は期待しにくい。メモリがこれまでのDRAMNANDフラッシュだけだと、価格低下の期待はこれまでと同様だろう。ただし、インテルとマイクロンが共同開発に成功した3D-XPointメモリやSTT-MRAMPCRAMReRAMなど、ストレージクラスメモリを誰が主導権を握るかによって、メモリの勢力図は大きく変わるだろう。インテル/マイクロングループは今年、この新型メモリを市場に出すと表明している。

 

こうしてみると、東芝はメモリメーカーと分類してもNANDフラッシュしか生産していないメーカーであり、上位10社ランキングに入っているメモリメーカーは全て、DRAMNANDフラッシュの両方を生産している。両方を持つメリットは、ストレージとDRAMメモリが応用によってどちらか一方しか要求されない場合には有利に働く。さらに、ストレージのキャッシュとしてNANDフラッシュとDRAMの両方を使う場合もある。ハイエンドコンピューティング(HPC)では、DRAMTSVThrough Silicon Via)によりスタックして広バンド幅を得、システム性能を上げる方法を使う。ストレージではハードディスクからNANDフラッシュへの移行が始まっている。この場合だけは東芝は有利であるが、これ以外は残念ながらDRAMも持っている方が有利だ。

 

最後にカーエレクトロニクスに特化しているルネサスは、カーエレクトロニクスでは残念ながらNXPに抜かれ第2位となりそうだ。しかもプロセッサを持つフリースケールとも競合するため、ルネサスは、自動車の中のIT系、制御系の強さに加えて、ネットワーク系までも揃えるとさらに強くなれるだろう。NXPはカーラジオなどのオーディオにはめっぽう強いが、いわゆるインフォタインメント系ではルネサスは、旧フリースケールと競争することになる。フリースケールのブランド名は消える。

                                                                                                  (2016/02/09)

編集長の注)東芝の広報室から、「(途中略)10月28日、および12月4日に、ディスクリート半導体における白色LED事業の終息、システムLSI事業におけるCMOSイメージセンサ事業の撤退および大分工場と岩手東芝エレクトロニクス(株)を統合した新しい製造会社(東芝100%子会社)の発足等の施策を公表しました。当社は、今後も様々な方法で外部の協力を得ながら東芝の価値を高めていく方策を視野に入れ検討していきますが、終息や撤退を表明している白色LED、CMOSセンサ以外の事業に関して、当社が売却したり、事業から撤退したりする具体的な検討を行っている事実はなく、決まっていることもありません。特にディスクリート半導体とシステムLSIについては、車載・産業用途向け製品を展開し、またHDDについては開発製品を絞り込み、事業を継続していく意向に変わりはありません。従いまして、今後、明らかに減収になる分はCMOSセンサー(14年度売上300億円)と白色LED(10数億円)だけとなります。」というメッセージをいただいた。

事実に基づいて、多少手を入れた。東芝としては、ディスクリートとシステムLSIビジネスを閉鎖していない、ことは現時点では事実であるが、システムLSIを生産していた大分工場の売却なり、縮小化の方向には間違いなかろう。東芝の半導体を本気で立て直す場合には残念ながら、伸ばせるビジネスは決まっているからだ。ディスクリートの代表製品である小信号トランジスタはネジ釘の類であり、価値を生むとは思えない。また、アナログやミクストシグナル製品を、デジタルよりも価値を持たせるためには、革新的な回路技術を生み出せるほどのカリスマエンジニアが欠かせない。東芝に限らず、日本でカリスマアナログエンジニアを育成するのは極めて難しい。

参考資料

1.    Five Top-20 Companies Forecast to Show Two-Digit Growth This Year (2015/11/10)

http://www.icinsights.com/news/bulletins/Five-Top20-Companies-Forecast-To-Show-DoubleDigit-Growth-This-Year/

 

アマゾンが半導体に本格参入

(2016年1月 9日 00:22)

アマゾンが本格的に半導体ビジネスに参入する、とWall Street Journalが伝えた。これはアマゾンの得意なデータセンターとストレージ、さらに家庭向けではWi-Fiルータに使うコンピュータチップだという。アマゾンが半導体産業にやってくるのは意外でも何でもない。IT産業だけではなく、グーグルやアマゾン、楽天のようなOTTOver-the-top)産業がライバルに差を付けることのできるカギは、半導体チップだからである。

 

日本では半導体産業というと、落ち目の産業のように捉えられがちであるが、これは日本の企業が半導体ビジネスの本質を正確に理解していないからだ。ITだけではなく、世界のトップ企業は半導体チップを他社と差別化できる重要な技術と捉えている。だからこそ、簡単には手放さない(参考資料1)。また、半導体部門を持っていない企業は半導体企業とコラボで組む。

 

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なぜ半導体チップがアマゾンを惹きつけるのか。自らのデータセンターやストレージシステムが他社よりも動作が速く、しかも自分の強みだけを専用化して性能を上げることができるからだ。事実、アマゾンが2014年に買収したイスラエルのファブレス半導体設計会社「アンナパーナ研究所(Annapurna Labs)」が元々持っているアルパイン(Alpine)チップはクワッドコアのCPUを持ち、複数のネットワーク技術に対応する。ライバルメーカーよりも性能を上げられる、とアンナパーナ研究所はいう。また家庭用のWi-Fiルータの性能は演算能力もネットワーキング接続能力も低いとしている。

 

アマゾンだけではない。アップルも、グーグルも、半導体チップの重要性をよく知っている。アップルは、アプリケーションプロセッサA7/8/9などを独自に持ち、iPhoneの性能・消費電力・使いやすさでリードしている。グーグルも半導体メーカーを買収する噂は何度も上る。半導体コンピュータチップは、他社に差を付けるために、ハードウエアだけではなく、ソフトウエアも焼き付けることができるからだ。ソフトウエアをDVD-ROMやチップの外に持っているという手はある。しかし、半導体に焼き込んでいなければ、動作速度はどうしても遅い。誰よりも速く欲しい情報を手に入れたいなら、半導体チップしかない。

 

しかも、簡単にはそのコンテンツを解析できない。最近はマルチコアの半導体コンピュータチップを仮想化して、プロセッサからメモリまでのコンピュータシステムにカギをかけたり、暗号化したりすることが可能になってきた(参考資料2)。システム全体はIDとパスワードでセキュリティをかけているが、それをロジックスキャナーで破られる恐れがある。しかし、重要な情報だけを閉じ込めたい場合には、認証システムを導入して予め登録した人でなければアクセスできないような仕組みを半導体チップに組みことができる時代になった。

 

今回アマゾンは、アンナパーナ研究所の次のチップを積極的に活用することを宣言した。この会社は、ガリレオ・テクノロジーズ(Galileo Technologies)社の創業者であったアビグドーア・ウィレンツ(Avigdor Willenz)氏が2011年に設立した。ガリレオ社は2000年にマーベルテクノロジー(Marvell Technology Group)によって買収された。マーベルはインテルからアプリケーションプロセッサを買った企業である。

 

余談だが、インテルはアプリケーションプロセッサを手放してしまったという失敗の意識が強いせいか、携帯やスマホに入っているCPUをアプリケーションプロセッサとは決して言わない。モバイルプロセッサあるいはSoCSystem on Chip)と呼ぶのは、この時手放したアプリケーションプロセッサのトラウマかもしれない。

 

さて、アマゾンが半導体開発企業を買い、それを内部市場(Captive marketと呼ぶ)に売る訳だが、アマゾンは半導体企業だけではなく倉庫ロボット企業Kiva Systems社も2012年に買収している。このロボットを動かす頭脳に半導体チップを使えば、競争力のある倉庫専用ロボットを製造できる。

 

アマゾンが半導体チップを外販するかどうかは定かではないが、半導体ビジネスに参入したからと言ってもファブレスであり工場を持たない訳だから、生産ラインのことは全く考えなくてすみ、生産数量にもとらわれることがない。昔とは違いファブレスだからこそ、外販する必要は全くなく、自らの競争力向上に努めればよい。ファブレス半導体という新しい形態のビジネスをOTTが採り入れることで半導体産業は、新たなフェーズに入ることになりそうだ。

 

参考資料

1.    津田建二著「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、日刊工業新聞社刊、20104

2.    SoCチップを攻撃から守る新セキュリティ技術をImaginationが公開」、セミコンポータル、2015911

官民の半導体プロジェクトが消える

(2015年12月10日 20:23)

1995年以来続いてきた、産官学共同プロジェクトのSTARC(株式会社半導体理工学研究センター)が来年3月に解散する予定にあり、最後というべきフォーラムが開かれた。惜しむ声は多いが、企業が必要としなくなりつつあったので、解散もやむを得ない。とはいえ、ネットワーキングの機会が失われることは指摘しておきたい。

 

半導体産業では、これまで何度となく国家プロジェクトが進められてきた。国家プロジェクトを進める「大義名分」は、日本の半導体産業の国際競争力を付けるためであった。結果は、余計悪くなっていった、である。はっきり言って全て失敗である。なぜ失敗と言えるか。日本の半導体産業の国際競争力が急速に失われていったからである。しかし、霞が関の官僚は「国家プロジェクトは成功だった」という結論を導いた。だから、なぜ失敗したか、という解析を全く行ってこなかった。名前は言えないが、複数の業界関係者は上記のように述べている。

 

半導体産業のエンジニアは製品に問題が起こり、市場で不良品とされた場合、日夜奮闘してその原因を探るため実験と測定を繰り返し解析する。そして不良の原因となった問題を明らかにすることにより、解決策を考察し実行してきた。この結果、不良品を二度と作らないようにする対策を講じてきた。このようにして良品率を上げ、より良い製品作りにまい進してきた。

 

ところが、官僚は失敗を「成功」と評価したため、問題を見つけることができず、その解析もせず、さらに解決案も提示できなかった。だから失敗を何度も繰り返してきたのである。国家プロジェクトである以上、税金を投入して官民を挙げて「先端技術」を開発し、その成果を見せてきた。しかし、こういった「成果」は半導体産業では使われない、使えないものばかりだった。国家プロジェクトに参加した企業は、「使えない技術」を企業に持ち帰っても、ガラクタにしかならなかった。

 

近年になると、優れた技術もいくつかは開発されてきた。しかし、時すでに遅し。企業、特に親会社側は研究所で開発された技術を正しく評価できないため、使わないという決定を安易に即決した。

 

そもそも、国際競争力をきちんと定義していなかったことにも問題があった。先端技術さえ開発すれば、世界に勝てると錯覚していた。しかし、世の中は、先端技術を必要としない市場が徐々に拡大してきた。いわばムーアの法則から外れる技術が増えてきたのである。半導体産業の大きな特長の一つは、半導体製品の他分野への浸透・拡大である。従来は、電子産業と言われる市場にしか製品を出していなかったが、半導体製品は機械産業、自動車・輸送産業、物流産業、医療機器、ヘルスケア産業、航空機、化学産業、農業、鉱業、通信、電力、ガス、エネルギーなどありとあらゆる産業に浸透し拡大してきた。

 

半導体製品の広がりは、必ずしも先端技術が求められるという訳ではなかった。加えて、ソフトウエアを半導体チップに組み込むことで差別化を図る手法も浸透してきたため、先端技術が全てではなくなってきたのである。にもかかわらず、国家プロジェクトは「ハードウエアの先端技術の開発」しかテーマに選ばなかった。米国のプロジェクトであるSEMATECH2000年代に「低コスト技術」をテーマにして、安く作り利益を確保することに注力したのと対照的であった。例えば、インテルやTI、アナログデバイセズなどは、高付加価値の高集積ICを安く作ることに集中し、売り上げに対する営業利益率30~40%を獲得してきた。売り上げのシェア拡大は二の次であった。まずは利益を確保し、企業活動を継続させることが主眼にあった。対する大手日本企業は今でも10%未満の利益率が極めて多い。

 

日本企業が圧倒的な優位に立っていたDRAM製品でさえ、徐々に負けていったが、これはコンピュータの世界がダウンサイジングという大きなメガトレンドに沿って進んでいたのに、半導体は市場を見ずに技術を極めることしかやってこなかったからである。ダウンサイジングはなぜ起きたか。大型のメインフレームコンピュータやスーパーコンピュータは1台数億円~数十億円と高価であったために、いつでも誰でも使える訳ではなかった。フォートランなどでプログラムを書いて、コンピュータのプログラマに持って行ってもすぐには使えず、3日後に処理します、と言われた。いわば「待ち時間」が付きまとった。このため、コンピュータを使いたい人たちは、性能が少し落ちても1000万円程度で買えるオフコンやミニコンを欲しがった。これだと一つの事業部で1台持てたからだ。実際にコンピュータを動作させる時間は長く遅いが、次の日に結果が出れば帰宅時にスイッチを押して帰れば翌日には計算結果が得られる。性能が落ちても安いコンピュータの方が実質的に「速い」のである。だから、メインフレームよりもオフコンやミニコン、ワークステーションへと広がり、スーパーコンピュータも同様に、スパコンよりもミニスパコンが普及してきた。

 

半導体産業はダウンサイジングを知らなかった。みようともしなかった。もし、コンピュータが安価な方へと流れるメガトレンドを知っていたら、安く作るための設計技術・製造技術を開発すべきであることは明白だった。しかし、日本のDRAMメーカーは韓国企業が安いDRAM製品を出してきたときは見下してバカにし、人件費の高い米国のメーカー、マイクロン社が安いDRAM製品を出してきて初めて蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。黒船到来のような騒ぎで「マイクロンショック」とも言われた。

 

もちろん、霞が関もダウンサイジングを知らなかった。先端技術を極めれば競争力は高まると錯覚していたのである。ただ、霞が関にとって国家プロジェクトは「天下り先の確保」でもあるため、企業がまとまれば支援する、という態度を取り続けた。今でもその姿勢は変わらない。逆に、半導体という言葉に対するアレルギーを持っており、責任もって業界を指導するという官僚が減っているという話がちらほら聞こえてくる。

 

では、国家は産業に対して何をすべきか。企業ではできない人脈形成のネットワーキングや企業に成り代わって産業を正しく評価できる「眼」、そして企業にアドバイスするコンサルティング機能などがありうる。その一つ、セミナーや講演などを通じてのネットワーク作りは、ビジネスを遂行する上で欠かせないプロセスだ。シリコンバレーやハイテク地区では大変重要なイベントである。半導体や部品メーカーがアップルやグーグルの人たちとそういった「場」で対等に話ができる機会がある。この場に参加できるかできないかは大きく違うだろう。世界的にもビジネスでは人脈が非常に重要な要素となる。現実に英国では政府の下部組織がセミナーを運営し、ネットワーキングを主催している(参考資料1)。日本ではメディアやセミナー業者が請け負っているが、赤字になることも多い。だからこそ、政府がネットワーキングに予算を採り、業界のつながりを広げていく支援を行えばビジネスに生かされるであろう。

 (2015/12/10)

参考資料

1.    津田建二著「欧州ファブレス半導体産業の真実~ニッポン復活のヒントを探る!」、日刊工業新聞刊、201011