半導体業界の最近のブログ記事
SBによるARM買収;顧客はバッド、ライバルはグッド
(2016年7月29日 15:48)ソフトバンク(SB)によるアーム(ARM)社の買収を半導体エンジニアはどう思っているのだろうか?半導体チップ設計者(つまりアームの顧客)の68%はこの買収を長期的には良くない、と思っている。しかし、EDA/IPベンダー(つまりアームの競合メーカー)の64%はこの買収を長期的に良い、と思っている。このようなアンケート結果が出ている。
これは、米国半導体業界のウェブサイトDeepChipが186名の半導体チップ設計者・検証エンジニア、および47名のEDA/IPベンダーのエンジニアに行ったアンケート結果である。まず、チップ設計者・検証エンジニアの答えを見てみよう。
短期的に「良い」、「悪い」、「どちらでもない」という単純な問いかけのアンケートでは、
良い 8%
悪い 6%
どちらでもない 74%
という結果だった。つまり短期的には、よくも悪くもないということだ。
しかし、同じ質問を長期的にどうか、と聞くと以下の答えだった;
良い 12%
悪い 68%
どちらでもない 19%
長期的には悪くなるという答えが68%もいるのだ。
そこで、悪くなるというエンジニアにその理由を聞いてみると、
英国にとって悪い 7%
IoTはバブル 12%
日本のエンジニアは保守的 13%
ARMの価格が上がりそう 19%
ARMの革新やエコシステムを壊す 14%
RICS-V/MIPS/DW
ARCに移行し始めている 20%
半導体設計者とは全く対照的に、アーム社のライバルであるEDA/IPベンダーは64%が長期的に良いことだと述べている。そのコメントを見ると、「アームのライバル会社にとっては、市場を取れるチャンスになる」と、露骨に歓迎しているコメントがある。「これは悲劇だ」と述べている英国の編集記者もいる。
なぜネガティブな反応なのか。アームのビジネスは、前にも述べたように、半導体チップの中の一部のCPUと呼ばれる部分(ここに知的財産があることからIPと呼ばれている)だけを設計し、ライセンス供与するビジネスだ。半導体メーカーが直接の顧客であり、アームからCPU回路を買い、自分の半導体チップに集積する。ライバルとしては、MIPS(ミップス)やRISC-V(リスク・ファイブと発音)などのCPU IPがあるため、ARMを使うべきかどうか迷っている顧客がいれば、ほぼみんな非ARMに移行するだろうと述べているコメントもある。
アームの最大の特長は、信頼(Trust)である。アームを中心にソフト開発企業、ソフトを開発するためのツールを開発する企業(EDAベンダー)、書いたソフトを検証するためのソフトを開発する企業、検証ソフトを書く企業、製造するファウンドリ企業、実にさまざまな企業と仲間を作り、半導体メーカーが半導体SoCを開発するためのIPを供与してきた。その信頼関係が崩れることを最も恐れているのである。
だから、半導体開発設計者は、長期的には新しいIoTデバイスの開発などでは今回の買収はまずい、と感じている。従来のスマホ用のプロセッサを開発し続けるQualcommやMediaTekなどの半導体設計企業は、アームを使い続けざるを得ないだろうが、IOTのように新しい応用の半導体を開発するのなら、アームにこだわる必要は全くないという。となると、アームの顧客は減少して行くことになる。
アームはこれまで、創業者のRobin Saxby卿(Sirの称号を持つ)がIPベンダーにこだわり、半導体設計には関与しないというスタンスを保持し続け、その後のCEOだったWarren East氏(図)に取材した時も半導体メーカーにはならない、と明言していた。だからこそ、中立的な立場を維持することで、半導体メーカーから信頼を勝ち取り、ソフトウエアを書く企業などが協力して、エコシステムを構築してきた。東京に本社を持つ通信業者によって、この信頼関係を崩されるのではないかと半導体設計者は恐れ、ライバル企業は今がチャンスと思っているのである。
(2016/07/29)
アナデバとリニアの合併劇の狙い
(2016年7月27日 23:21)今朝もビッグニュースが入ってきて、1日中振り回された。アナログ半導体の老舗、アナログ・デバイセズ社が同じアナログ半導体の雄であるリニアテクノロジーを148億ドルで買収するというのだ。半導体産業の再編はまだ続いている。デジタル時代なのになぜアナログか。合併の狙いは何か。
共にアナログ半導体メーカーであり、特にADI(Analog Devices Inc.)は、ボストン郊外の本社を構える1965年創立のアナログ半導体の老舗だ。片や、LTC(Linear Technology Corp.)はシリコンバレーに居を構える1981年創立のアナログ半導体メーカー。アナログ半導体同士の企業がなぜ合併するのか。
この合併劇をひも解く前に、アナログ半導体とは何かを簡単に紹介しておく。一口にアナログ半導体と言っても、オペアンプからコンパレータ、パワーマネジメント、A-D/D-Aコンバータ、RF回路、インターフェースICなどなどいろいろある。しかも、民生用よりも産業用が多い。ADI、LTC共に産業用の半導体に強い。
時代はアナログからデジタルにシフトしているから、アナログ半導体は落ち目になるから業界再編するのだと思う人がもしいれば、それは大きな間違いである。ADI、LTC共に営業利益率は30~40%もあり、財務体制は実にしっかりしている。営業利益率が10%に満たない日本の大手電機メーカーとは大きく違う。
ごくごく単純に今のデバイスを見ると、確かにデジタル製品が満ち溢れていることには違いない。かつてのテレビはアナログ回路だけでできていた。デジタル化が進み、テレビ放送の信号変調でさえデジタルになっている。そもそも1980年ごろの日経エレクトロニクスを見ると、「デジタル時代のエレクトロニクス」というようなこれからはデジタル化の波が押し寄せてくるというようなコンテンツが多かった。もちろんそれは事実。しかし、例えばデジタルそのものと思えるパソコンやスマートフォンの中身を見てみると、マイクロプロセッサやメモリ、その他のデジタル回路はもちろん詰まっているが、プリント回路基板にはアナログ回路も実に多い(図1)。
図1 組み込み製品にはアナログが多い 組み込みシステムと書いたデジタル回路以外はすべてアナログ回路で、組み込みシステム中のインターフェースもアナログ回路である
デジタル回路は、1(オン)と0(オフ)の二進法だけですべてを表現するため、ロジック回路でANDやNOR、NOT、OR、NANDなどを表現し、システムのフローチャートを構成していく。しかし、最後のところ(出口)も1と0だけだと、人間が見て触って聞いて感じてみるなどの人間とのインターフェースを表現できなくなる。このため、人間との係わりはどうしてもアナログになる。デジタルの塊のパソコンでさえ、アナログICがたくさん詰まっている。また、電源回路はアナログである。家庭のコンセントからデバイスを動かすのなら、100Vの交流電源を5Vないし3.3Vなどの直流に変換しなければ、ICは使えない。スマホでさえ、約3.8Vのリチウムイオン電池1本で、すべてのICを動かすために、DC-DCコンバータと言われる電圧変換ICが必要になる。微細化しているアプリケーションプロセッサは1.2Vで動き、液晶ディスプレイは3.3V、1.5V、5Vなどさまざまな電圧を使うため、3.8Vからこれらの電源電圧を作りださなければならない。だからパワーマネジメントICが求められる。
アナログ半導体とデジタル半導体の数量を見ると、実は1980年から現在に至るまでずっとアナログ半導体の方が一方的に増え続けているのである(図2)。最近だと、性能よりも優れたユーザーエクスペリエンスが競争力のカギを握る時代となったことを半年前に書いた(参考資料1)。アナログ半導体は実は参入バリアが極めて高い。後述するが、アナログ回路の世界は、エンジニア経験5年、6年は鼻たれ小僧にすぎないほど、経験と知恵がモノをいう。
図2 アナログ半導体の方がデジタル半導体よりも数は多い 出典:IC Insights
さて、ADIの得意なICは、アナログ-デジタル変換器(A-Dコンバータ)やデジタル-アナログ変換器(D-Aコンバータ)などのデータコンバータIC。片やLTCは高性能な工業用パワーマネジメントICが得意。例えば、イーサネットケーブルに電源電圧も同居させるPOE(Power on Ethernet)と呼ばれるICや、変換ロスの少ない同期整流ICなどを持ち、最近ではIoT(モノのインターネット)時代に備えて、ワイヤレスセンサネットワークのベンチャー企業であったダストネットワークス社(ゴミのようにセンサをばらまくという意味でダストと名付けたと創業者から聞いた)を買収した。
今回買収するADIは、データコンバータが得意なうえに、最近RF(高周波回路)半導体が得意なヒッタイトマイクロウェーブ社を買収し、ワイヤレス回路を強化した。ADIとLTCは同じアナログ半導体メーカーといえども、持っている製品ポートフォリオが違うのである。だから、両社は合併することで合意したのだが、その狙いは打倒TI(Texas Instruments)と、アナログエンジニアの確保にある。
アナログ半導体では、第1位のTIは断トツで、2015年の売り上げは83億ドル。2位のInfineonが29億ドルでADIは4位で27億ドル、LTCは8位の14億ドルである。ADIとLTCを単純合計すると、41億ドルとなり2位に浮上する。これでもTIの半分だが、ともに財務は非常に健全であり、製品ポートフォリオは広がりを見せる。もちろん、製品のダブりがないわけではないが、比較的少ない。ADIから見てLTCは自動車市場に強く、IoTにも強い。将来性を買った。
アナログ半導体、最大の問題は、人である。アナログ回路を理解できて、自分でより良い回路を設計できるには最低でも10年はかかると言われている。日本ではアナログ回路を研究している大学の研究室の数は両手にも満たない。数年前にLTC会長のボブ・スワンソン氏に米国にはアナログエンジニアが多いからうらやましい、と言ったら、「とんでもない。アメリカでも優秀なアナログエンジニアを確保するのがとても難しい。もしカリフォルニアに来たくないが優秀なエンジニアを見つけたなら、彼/彼女の希望する場所をデザインセンターとする」と述べていた。
ADIは東海岸ボストン近くのMIT(マサチューセッツ工科大学)から学生を採用できるといううまみはあるが、MITと言えども優秀なアナログエンジニアは少ない。だから、優秀なエンジニアを探すよりも、買収して手に入れる方が実は簡単なのだ。TIでさえ、1995年にアナログに集中するという方針を明確に定めて以来、バーブラウン、チップコン、そしてナショナルセミコンダクターなどを買収して自社のない製品を補完しながら企業を強くしてきた。
これからのIoTとワイヤレスコネクティビティ、カーエレクトロニクスなどアナログ技術がモノをいう成長分野を狙って、自社の足りないところを補っていくための買収戦略はまだまだ続きそうだ。
参考資料
4年連続増収・増益が見えた国内半導体メーカー
(2016年5月26日 23:43)リーマンショック後の電機産業は低迷が続き、回復したと宣伝しているところでさえ、減収・わずかな増益という企業が多い。そんな中、3年連続増収・増益で成長路線を行く半導体メーカーがなんと日本にいる。減収・増益とは、売り上げが減りながらも、リストラと経費削減の効果で利益を何とか出しているのにすぎない。つまり全く成長していない企業が多いということだ。
日本の経済がほとんど成長していない中で、成長しているということは、世界と十分に戦っていけているという意味である。その成長している企業とは、新日本無線(NJR)という中堅の半導体メーカーだ。2016年も増収・増益の見通しを崩していない。
5月24日に東京有楽町の国際フォーラムで開催されたUMC ジャパンフォーラムの招待講演(図1)で、新日本無線(NJR)の小倉良社長が2012年に赤字を出したが、その後、増収・増益でやってきた、その秘訣を語った。肝はUMCとのコラボレーションだった。小倉社長は自らを「戦略もなく行き当たりばったりでやってきた。戦略的なUMCを利用させてもらっている」と自嘲するのだが、とんでもない。アナログのファウンドリとしてのUMCをうまく活用し、例えばスマートフォン向けのMEMSマイクを年間2億個も生産、出荷している。
図1 新日本無線 代表取締役社長の小倉良氏
小倉社長のすごいところは、自社の強み、弱み、市場トレンドなどを営業の意見を聞きながら分析し、成長シナリオを描くところだ。いわばSWOT(強さ・弱さ・チャンス・脅威)分析をしっかり行っている。残念ながら日本の大手電機の経営者は本当に自社の強み、弱み、市場トレンドをきちんととらえているだろうか。市場と自社のテクノロジーを理解しているだろうか。
NJRは、リーマンショックの余波がどっと押し寄せた2012年の大赤字までAV機器向け半導体の比率が30%を超えていた。それらを減らし、伸びそうな車載・工業用・通信(スマホ)を増強してきた。Si CMOSは4、5、6インチと「みんなが手放したウェーハサイズ」(小倉社長)であり、このほかにも6インチGaAsラインやSAW(表面弾性波)フィルタ、MEMSなどを手掛けている。スマホ用では、送信と受信を切り替えるためのスイッチとなるGaAs、LTEや3Gなど周波数帯を選択する場合のSAWフィルタ、音声認識率を上げるために周辺騒音を打ち消すMEMSマイクなどを生産している。CMOS回路のアナログ・デジタルをはじめとする8インチ以上の大きなウェーハに対してはファウンドリとしてのUMCに製造を依頼する。
一方のUMCも従来のデジタルだけではなく、アナログやRF(高周波)、MEMS、パワーなどを手掛けるようになり、しかも従来のストラテジックパートナーだけしか付き合わなかった昔の殻を破り、さまざまな企業とパートナーになるように変わってきた。このことはNJRにとっても喜ばしいことで、2009年以来パートナー同士のWin-Winの関係を築いてきた。
小倉社長は「従来通りの製品しか設計・生産していなければ売り上げは必ず下がる。だからコストダウンなどでシェアを上げるデフェンス戦術で、落ちた分をカバーする。しかしそれだけではなく、成長を見込める分野へ広げていくことが大事」と述べた。成長のエンジンとなるのはクルマであり、産業機器である。
クルマ用と言ってもNJRの得意な製品はアナログやパワー、MEMSであるから、クルマのダッシュボードのヘッドアップディスプレイやフロントディスプレイ用の電源、すなわちパワーマネジメントICや、オペアンプ/コンパレータ、その他などである。これらはクルマ用にはもちろん、産業機器にも使われ、成長してきた。第4世代のプリウスには30以上のチップが搭載され、トヨタ自動車工業の広瀬工場から優れたサプライヤーとして表彰されてきた。つまり、自分の得意な製品を成長分野に売り込み製品売り上げを伸ばしてきた、といえる。
どうやって成長分野へ伸ばせたか。0.5~0.6µm以下の微細化が必要な製品はUMCを活用し、それ以上の寸法のデバイスは自社で生産する。微細化投資する力がなかったからだという。だからこそ、身の丈に合った戦略を立てている。UMCとの共同開発の例として、8インチのアナログで高耐圧製品UD50では、50Vの高耐圧プロセスやアナログ、ロジックのCMOS ICなどを共同開発した。しかも、少ないマスク数で他社並みの性能の製品を生産することでコスト競争力が付いた。ローノイズCMOSオペアンプでも共同でプロセスの改善に挑み、最高性能のチップの量産に成功した。またGaAsスイッチはコストがかかるため、RF-SOI技術の導入によりコストを下げていく。
小倉社長は「UMCは話のできる相手であり、不測の事態でも協調できる相手として信頼している。品質が良いのは当たり前で、日本UMCには感謝している」と講演で語っていた。
台湾のプロ野球チームが日本と試合して、最後に観客に対してお辞儀をしていた姿を目に焼き付けている野球ファンは多いだろう。台湾には親日家が非常に多い。UMCのP.W. Yen社長兼CEOは半導体ビジネスを成功させるコツとして、宮本武蔵の映画と言葉「我以外、皆我師(自分以外の人や物でさえ、全て教師である)」を紹介した。謙虚な態度で学ぶことの大切さを武蔵から学んだとして、Yen社長は謙虚な姿勢を失わない。これこそ、日本の経営者が見習わなくてはならない点ではないだろうか。かつて、米国半導体が日本にやられて日本を学ぶ経営者が現れたが、今の日本の大手企業経営者は米国や台湾から何かを学んだのだろうか。
(2016/05/26)
シリコンバレーの名物論客T.JがCEO辞任
(2016年5月 3日 23:09)米スタンドード大学の博士課程に在籍中、「10年に一人の逸材」と言われた、サイプレスセミコンダクタの名物CEO(最高経営責任者)、T. J. ロジャーズ氏がCEOを辞任することになった。シリコンバレーでは、モノ申す論客の一人だ。1982年にCypress Semiconductorを創業、34年間CEOを務めてきた。
図1 最近のT.J. ロジャーズ氏 出典:Cypress Semiconductor video
T. J.は、いまだにエンジニア精神にあふれており、CEOは辞めてもテクノロジーに関してフルタイムで働きたいとして、Cypressに残る意向を示している。同社は新しいCEOを探し始めている。当分の間、エグゼクティブバイスプレジデント4名で日々の経営を運営していくが、T.J.はサイプレスの取締役会には残る予定で、重要なテクノロジーのプロジェクトを動かしていくリーダーになるとしている。
これまでT.J.は、自分が使う時間の30%をテクノロジーとキープロジェクトのためにとって来た。これによって高い価値をサイプレスにもたらしてきたという自負がある。T.J.はこの3月に68歳になったばかり。半導体ビジネスの新しいトレンドには常に目を向けており、未来には未来に合ったトレンドがある。
筆者は10年前の2006年に、カリフォルニアでT.J.ロジャーズ氏にインタビューしたことがある。当時は、EDN JapanでEDN誌50周年記念のための特集を企画し、「エレクトロニクスの50年と将来展望」という特別記念号を2007年1月に発行した。この中のトップインタビューで、T.J.のほか、リニアテクノロジー会長のロバート・スワンソン氏、ナショナルセミコンダクタ(現TI)CEOのブライアン・ハラ氏、テキサスインスツルメンツ(TI)会長のトム・エンジボス氏、スタンフォード大学教授の西義雄氏にインタビューした。すべて魅力的な人ばかりだった。
T.J.ロジャーズ氏のオフィスでは、ジョギングを終えて、なんとジャージー姿で出てきた。このため、特別号に掲載する写真は、別にいただくことにした。T.J.はスタンフォード時代にVMOSFETを発明し、その特許をAMI社に売却、1975年にスタンフォードで博士号を取得したのちAMIに入社しVMOSの集積回路を目指して開発リーダーに迎えられた。VMOSの商用化を目指したが、当時はプレーナ技術ではないV字型のMOSFETの歩留まりがどうにも上がらず、1980年にAMIとしてVMOS技術を断念し、T.J.はAMIを退社した。その後AMDに入り、当時CEOとして有名なジェリー・サンダース氏から半導体ビジネスを学んだとインタビューで述べている。
スタンフォード時代からシリコンバレーでは起業することが学生の間で話題になっていており、T.J.もいつかは起業したいと考えていた。シリコンバレーは典型的な米国ではない。もちろん日本的でもない。企業家精神にあふれた街だ。AMDでは半導体ビジネスで成功するコツを学んでいたので、何とかして起業したいと思い、1982年にAMDを飛び出した。
飛び出す前からベンチャーキャピタル(VC)とも付き合うようになったが、AMIでVMOSの事業化に失敗した話がシリコンバレーで伝わっていたため、VCのT.J.に対する評価は低かったと述懐している。当時は折しも日本の半導体メーカーが米国のコンピュータメーカーに進出しており、特にDRAMでは米国メーカーを打ち負かす存在になってきたため、T.J.は米国の半導体産業を立て直さなければ日本に負けてしまう、とVCを説得、1982年12月1日、VCから750万ドルの資金を調達、サイプレス(Cypress Semiconductor)を設立した。
当初の戦略製品は高速SRAMだった。当時の日本の半導体企業が優れていた点は品質だった。このため、サイプレスは日本を見習い、高品質の高速SRAMを開発した。当時の米国半導体メーカーには不良率がppm以下の製品を持つ企業がなかったため、サイプレスの狙いは当たった。T.J.のすごさは、良いものは良いと評価できる能力であり、そのためなら良いところから学ぶという謙虚な姿勢である。今の日本の経営者が足りないのは、このような謙虚な姿勢である。
1990年代に入り、日本の半導体は没落していくが、その問題は二つあったとT.J.は分析する。一つは製造コストが高いこと、もう一つはイノベーションが生まれてこないこと、だ。いわば日本製品は品質が高いがコストも高い。そこでサイプレスは、品質を維持したまま製造コストを下げることに注力した。この努力が現在のサイプレスの看板商品であるpSoC(プログラム可能なシステム-オン-チップ:ピーソックと発音)になった。pSoCはアナログ回路をプログラムできるマイコンであり、ソフトウエアで機能を変えられるチップである。ユーザーがソフトウエアで機能を変えられるICは、開発のサイクルタイムを短縮できる。このことはトヨタのカンバン方式から学んだという。
さらにT.J.が天才と言われるゆえんは、半導体のトレンドをよく見ている点だ。10年前のインタビューで述べていたことだが、半導体は、微細化技術とソフトウエアと設計が三位一体になって発展すると明言したことだ。このことは今の時代を言い当てている。今は、微細化の比重がさらに下がり、ソフトウエアと設計開発ツールが半導体ビジネスを決める要素となっている。T.J.が10年前に、「サイプレスはNo More
Moore(もうムーアの法則は要らない)だ」と言ったことに今は誰しも同意するだろう。また、日本からイノベーションが生まれないことを危惧していた点も、その通りだけに気になる。
(2016/05/03)
テクノロジーで語られる聖杯とは
(2016年4月25日 20:10)最近、Holy Grailという英語をインタビューやビデオ会見などで聞くようになった。辞書を引くと、「聖杯」とある。聖杯とはキリスト教の最後の晩餐に出てくる杯を意味することに由来する言葉であり、何度か聞くうちにわかったことは、非常に高く手が届かない所にあるという意味で使われるようだ。
1年前、フレキシブルエレクトロニクスの取材で英国ケンブリッジのNovalia社を訪問した時にこの言葉を初めて聞いた(取材の紀行は「急ぎ足の英国出張記」(参考資料1)参照)。その後、ビデオ会見でも2度聞いた。最初はNovalia社のドクター・ケイト・ストーンCEO(図1)を取材した時だ。フレキシブルエレクトロニクスの基本となっている、プリンテッドエレクトロニクスでトランジスタを作るのはもはやHoly Grailだと述べた。つまり、いくら努力しても目標が遠すぎて、到達することが難しすぎる、というたとえで使っていた。
図1 Novalia社のCEOであるDr. Kate Stone氏
プリンテッドエレクトロニクスでトランジスタを作る研究は10年以上も前から世界中の研究者が手掛けてきたが、いまだにろくな性能のモノが研究試作レベルでさえ出来ていない。世の中に出回っているシリコンCMOSでは、世界を変えるような素晴らしい性能でムーアの法則と共にさまざまなガジェットや機器の機能を実現してきた。かつて有望と言われたGaAs集積回路でさえ、微細なシリコンCMOS集積回路は凌駕した。
つまり、これからのプリンテッドエレクトロニクスは、論理回路やメモリなどの演算にシリコンを使い、センサや配線、ディスプレイなどをプリントなどで形成する方法が主流となろう。これをフレキシブルハイブリッドエレクトロニクス(FHE)と呼び、FHE アライアンスという組織までできた。幸い、シリコンCMOS ICの中でも先端的な製品は直径300mmのシリコンウェーハ(円盤)を用いて、回路を形成するが、焼き付けた回路が完成するとウェーハの0.8mmという厚さを0.1mm程度まで薄く削る。その後、ダイシングと呼ばれるチップ化工程を短縮するためであり、薄い分だけ熱抵抗が下がり発熱対策にもなる。0.1mmすなわち100µmほどに薄くなると単結晶のシリコンといえどもフレキシブルになる。図2はドイツのインフィニオン・テクノロジーズで製作した300mmの完成ウェーハだが、薄く削った後ではポテトチップのようにフレキシブルに曲がってしまう。シリコンでなくてもガラスでも100µmまで薄くなると丸めることができる。
図2 ドイツInfineon Technologiesが製造しているパワー半導体の直径300mmシリコンウェーハ
これまでのApple WatchやFitBitの活動量計のようなウェアラブル端末では、まだフレキシブル基板を使っていない。固いプラスチック基板にICなどを搭載して形成しているが、さらに曲線形の人間の体に合った端末を目指すのなら、フレキシブル基板に薄いシリコンを使う回路がふさわしい。フレキシブル回路基板はすでに小型の端末や時計などの製品で実績がある。加えて、有機ELディスプレイはフレキシブル基板上に作り込むことができるようになっている。さらに、全固体リチウムイオン電池でさえ、フレキシブル基板上に形成できるようになってきた。これからのウェアラブル端末にはFHEが使えるようになってきている。
これまで研究のための研究として良いテーマであったフレキシブルエレクトロニクス、あるいはプリンテッドエレクトロニクスは、薄いシリコンCMOS集積回路を搭載することで商用化が見えてきた。FHEアライアンスは製造装置や材料などのサプライチェーンを確立しなければならず、昨年10月に半導体製造装置・材料の協会であるSEMIの傘下になった。このことで、フレキシブルエレクトロニクスの商用化は早まったといえよう。
一足早くプリンテッドエレクトロニクスを商用化しているNovalia社は、フレキシブルに重点を置いていないが、すでに米国や香港、オーストラリアなどで製品を販売している(参考資料2)。同社は紙に配線やタッチパネルのセンサを印刷して作り、固いプリント基板にシリコンICを実装している。タッチセンサに触れるとドラムやピアノなどの音が出るという仕掛けである。ピアノには厚手のボール紙に鍵盤を描き、その下にタッチセンサを配置する。ドラムには丸い模様を描き、そこをタッチするとドラムの音が出る。これを広告代理店が採用し、いくつかの企業広告に使っており、街行く人がタッチして音を楽しんでいる。ただし、これまでのところは紙に印刷するエレクトロニクスであり、必ずしもフレキシブルではないが、早晩フレキシブルに手を広げることは時間の問題である。
最後に、インタビューしたドクター・ケイト・ストーンの経歴も実は、Holy Grailから商用化への転身をよく表している。彼女はケンブリッジ大学で博士号を取得した才女であるが、その時のテーマは、単電子トランジスタの研究だった。これこそ、研究のための研究であり、実用化は遠い話のテーマであり、彼女が純粋な研究者だったことを物語っている。教授がプラスチックロジック社を設立したため一緒に参加し、印刷技術で作る電子ブック(アマゾンのキンドルのような製品)を目指したが、何年たっても実用化できなかった。結局、プラスチックロジックを飛び出し起業した。
今度は、商用化を第一に考え、これまでの新技術ではなく古い技術で実現することを考え続け、最新のトレンドである、エクスペリエンスを採り込むことをじっくり考え、面白いタッチセンサベースの楽器を作り出した。これまでの先端新技術ばかりの考えをガラリと変えるために考えたことは、Cleansing(浄化するように)、Immersive(仮想現実のように没頭するような)、Emotional(感情が高まるような)、Experience(体験)であった。紙から魔法を生むような製品を作ろうとしたのである。
(2016/04/25)
参考資料
パソコンは斜陽産業、インテル12,000人をレイオフへ
(2016年4月20日 23:27)インテルは、2016年第1四半期の売り上げがGAAP(米国会計基準)ベースで前年同期比7%増の137億ドル、利益は同3%増の20億ドルと好調な業績を示した。しかしながら、インテルの主力製品であるパソコン用のプロセッサ部門(クライエントコンピュータグループ)の売り上げは1.7%増の75億4900万ドルと伸びが鈍化している。
市場調査会社のIDCによると、2015年における世界のパソコン市場は、前年比10.4%減の2億7622万台と3億台を大きく割ってしまった。こういったパソコン市場に対して、インテルが1.7%増とわずかながら成長できたのは、ウルトラブックや2-in-1システムなどのモバイルパソコンへシフトしてきたからだ。もちろんデクストップやタブレット向けなどのCPUも生産してきたが、これらの落ち込みをモバイルへシフトすることで何とかパソコンの落ち込みを支えた。
インテルは、成長の期待できないパソコンから、ハイエンドのデータセンター向けCPUとIoT(Internet of Things)向けのCPUの分野へと力をシフトしてきている。この第1四半期のデータセンターグループの売り上げは、8.6%増の39億9900万ドル、IoTグループは22.1%増の6億5100万ドルを急増させている。その他、フラッシュメモリのような不揮発性メモリや買収したアルテラのプログラマブルソリューショングループなどを合算したグループは31%増の15億300万ドルだが、アルテラ買収で売り上げが増えた分は3億5900万ドルで、これがなければほぼ横ばいとなっていた。
結論としてインテルは増収増益だったが、決算発表と同時に全世界で1万2000人のレイオフを計画していることも明らかにした。これはパソコン向けCPU企業から、クラウドやスマートコネクトコンピューティングデバイス企業へと転換を図ろうとしているからだ。
長期的にはパソコンはやはり落ち目の産業である。このためインテルはデータセンターおよびIoTビジネスを成長エンジンとなるビジネスへとシフトさせている。そのためには不揮発性メモリとFPGAビジネスが欠かせない。市場が小さくなっていくパソコン事業にさっさと見切りをつけ、成長が見込めるデータセンターやIoTの分野へとカギを切り、パソコン事業を縮小するため、2017年の半ばをメドに、全社員の11%に当たる1万2000人をレイオフする、とCEOのブライアン・クルザニッチ氏(写真)が全社員に向けた電子メールで述べている。
インテルはパソコン市場に陰りが見え始めた頃から、さまざまな手を打ってきた。通信事業やワイヤレス充電、セキュリティビジネス、さらには組み込みシステムなどへと手を広げてきた。つまり、研究開発の手は緩めず、パソコン以外の伸びそうな分野を探してきた。最近になってようやく、クラウドコンピューティングとIoTの成長が見えてきたから、この事業部に力を入れ、パソコンに代わる主力ビジネスへとシフトしてきた。
2013年11月にインテルがIoT事業部を作ると記者会見を行った時、来日した事業部長に確認すると、ゲートウェイから上位のレイヤーを狙っていると述べた。この時、インテルはコンテンツマネジメントシステム(CMS)のようなデジタルサイネージの番組プログラムソフトウエアを発売すると発表した。インテルは半導体のシリコンだけではなく、ソフトウエアまでも販売する企業へと変わってきたと感じた。このIoT事業が四半期に6億ドルを稼ぐ部門に成長したのである。
こういったインテルの動きと全く対照的なのが、いまだにパソコンにしがみつく東芝、富士通、VAIOである。それを統合しようとした政府系ファンドや官僚である。インテルは利益が出ている時にパソコン用CPU部門を整理しようとしているのである。もちろん、パソコン部門を切ってしまう訳ではない。小さくしようとしているのである。これまでのような成長は期待できないは反面、パソコンがなくなることはないだろうから、市場規模に合わせて縮小していく。これに対して、3社の統合は大きくしようとしているのである。どう考えても縮小する市場に逆らっているとしか思えない。最初から無謀な計画である。
(2016/04/20)
ニッポン半導体のシェアがついに8%に
(2016年4月14日 15:56)かつて、世界の半導体市場の50%以上を勝ち取った日本の半導体企業のシェアが2015年にはわずか8%にまで落ち込んでしまった(図1)。これは調査会社のIC
Insightsが発表したもの。この凋落ぶりは今更いうまでもないが、つい2010年には14%に落ちたという報道があったばかりだが、わずか6年でその半分になったということだ。
図1 半導体企業国別シェア 出典:IC Insights
半導体産業は、世界では依然として伸びているのに日本だけが沈んでいる、という特長がある。実はこの特長を国内電機大手の経営者が理解していなかったことが最近の動きから見て取れる。シャープは言うまでもなく、パナソニックはリストラこそ推進して利益はわずかばかり生み出せるようになったものの売り上げは下降線をたどっている。実は日立もそうだ。東芝は言うまでもない。
企業経営戦略の重要なことは、世の中の動きと自社の強みをリンクさせることだが、これが全くなされていないのである。唯一、三菱電機はパワーエレクトロニクスで強みを発揮し、かつ半導体のR&Dにも力を入れている企業だ。横並びの日本のライバルだけを見て進んできた日本の電機の弱さがここにある。
電機がリーマンショック以降、ダメなことがわかったのにもかかわらず、それを半導体事業が悪かったからという言い訳にしてきた。だから本当の病巣を見つけられなかった。東芝は民生・家電が2014年も15年も大きな赤字を出したのにもかかわらず、最近になるまでリストラに着手できなかった。シャープ、パナソニック、ソニーなどの民生家電メーカーも全く同様だ。
かつてのソニーは独自の面白い製品を続々開発し、パナソニックなどが2番手戦略で追いかけてきた。トランジスタラジオ、ウォークマン、CD-ROM、MDディスク、プレイステーション、ハンディカメラなど世界的にも価値の高い商品や、リチウムイオン電池、CCDイメージセンサ、高密度実装基板などの技術製品も生み出していた。1980年代は商品寿命が7~10年もあったから、この戦略で成功した。しかし、商品寿命の短い今はかつてのこの戦略が使えない。そのソニーも独自製品を生み出せない体質に変わってしまった。
だからこそ今は社員・経営陣が揃って知恵を絞らなければならないのに、「前例がない」「実績がない」などの言い訳で新しい技術やビジネスを拒絶してきた中間管理職と、それをコントロールできなかった経営陣が最大の病巣だった。新しい技術やビジネス、市場に向かうのに、実績を求めるという、その問いかけ自身、変でしょう。
ソニーが成功してきた裏面照射型CMOSセンサは、上司が商品化は無理という理由を100も並べて開発を否定したのに対し、当時の開発者は粘りづよく説得を繰り返し、最後は開発を認めてもらったという。この熱意が今日の成功を築いた。しかしこれはソニーの中の例外ストーリーだ。今のソニーの商品で、2000年以降の独自新開発品は、このCMOSセンサ以外一つもない。過去の栄光を食いつぶしているだけ。外国人経営者もひどかった。ロンドンの自宅に住み、毎週ファーストクラスでニューヨーク、東京と世界一周旅行を繰り返してきたと言われている(元ソニー社員)。東京に住んだことのなかったソニーの社長だった。しかも、ソニーが赤字でも数億円という報酬を平気で毎年受け取ってきた。米国企業の経営者だとありえなかった。
日本の電機メーカーの将来が暗いのは、差別化するためのカギとなる半導体とソフトウエアの内、半導体を手放してしまったことだ。それなら、米国や台湾のファブレス半導体と密接な関係を持てばよいのだが、それさえしていなければ、電機は今後ますます暗くなるだろう。ちなみにパナソニックはわずか半年前まで中期計画の目標を10兆円としていたが、早くも8兆円に下方修正した。
話を元に戻して、米国の半導体企業は、54%と過半数のマーケットシェアを占めている。すなわち米国では半導体ビジネスは成長産業なのである。米国の次は韓国の20%である。ただし、これはほとんどメモリだけ。日本は8%で、まだ第3位ともいえる。しかし、4位の台湾は7%と迫ってきている。
ここで定義している国は、半導体企業の本社がある国のことである。例えば、韓国Samsungは米国テキサス州オースチンに工場があるが、韓国企業と定義している。同様にインテルは、アイルランドと中国に生産工場を持つが、米国企業としている。買収した企業も同様に扱っている。例えば英国第1位のファブレス半導体だったCSR社を米国のQualcommが買収したため、今は米国企業となった。日本でもエルピーダメモリを買収したのはMicronだから、その広島工場は米国企業である。
図1の半導体シェアを見て気づくことは、日本と韓国の半導体はファブレス企業がほとんどいない点である。設計と製造を一つの会社が持つIDM(垂直統合のメーカー)がほとんどという構造だ。日本と韓国にファブレス企業がほとんどいないということは、韓国は今のところはメモリで潤っているから、まだましだが、いずれ日本と同じ運命をたどることを示唆している。
半導体産業が活発な米国では、ファブレスが非常に多く、台湾、中国が続いている。特にファブレスで日本が中国に抜かれていることは、日本の技術力そのものに疑問符がついているようなもの。というのはここ10年間、日本はファブレスやファブライトを目指してきたのに、その成果がほとんど上がっていないように見えるからだ。日本は得意な製造技術を捨て、得意ではないファブライトやファブレスにシフトしてきたが、それは大きな失敗であったことを認めなければならないだろう。
2010年に「一刻も早く日本はファウンドリを設立すべき」とブログで訴えたが(参考資料1)、残念ながらその声は届かなかった。その間、Samsungがファウンドリ事業を始め、Intelさえも始めた。製造だけを請け負うファウンドリというビジネスをなぜ日本はこうも嫌い、売り上げも利益も出せずに沈んでいくのか。モノづくりの得意な日本に向いた半導体製造請負サービス、すなわちファウンドリを嫌い続けた結果がこの8%シェアという数字だった。
ファウンドリビジネスの得意な台湾は、日本と違いブランドを表に出すよりは実を取るビジネスを好む。これに対して日本は、武士は食わねど高楊枝、見栄を張るだけで、ひたすら沈み、デフレをまっしぐらに走っている。この姿は半導体ビジネスだけではなく、ニッポンそのものをよく表しているようにも見える。
参考資料
1.
一刻も早く日本はファウンドリを設立すべき、セミコンポータル(2010/10/29)
(2016/04/14)
賢くなるIBMのニューロチップ
(2016年4月 6日 23:31)人間の頭脳に一歩近づく、ニューロ半導体チップ「TrueNorth」をIBMが開発した(図1)。これまでの人工知能やコンピュータとは全く異なる仕組みで、CPUやGPUなどのノイマン型アーキテクチャではない仕組み、ニューロモーフィック技術を導入した。これまでのコンピュータは計算が得意な論理的な思考に基づいたマシンであったのに対して、ニューロコンピュータは、細部は違っているかもしれないが全体的には合っているといった感情的なマシンである。どちらも学習させることはできる。半導体の量産工場を捨てたIBMがニューロチップを開発したのはなぜか。
図1 IBMが開発した1600万ニューロンのボード
IBMは、これまで実施してきた延べ2万8000名の世界の経営者へのインタビューの結果をC-Suite Studyという調査レポートに昨年まとめ、一つの結論を出した。現在はウーバライゼーションという脅威にさらされていることが明確になり、これまでの業界と業界との境界があいまいになってきたことを指摘した。つまり、ウーバー(Uber)社というスマホのアプリ開発会社がタクシー業界に対して脅威を与えるようになってきたことを指す。これは、スマホのアプリを使って、近くに手の空いているドライバーがいれば、その車をタクシーのように目的地に連れて行ってもらえるというサービスだ。タクシー業界にすれば突然、インターネットのアプリ会社がライバルになった訳だ。同様なことはインターネット時代にはこれからも十分起こりうる。全く縁もゆかりもなかった産業が突然ライバルになる時代に入ったのである。だからビジネスの境界線を再定義しなければならないという。
こういった脅威にさらされる今、企業にとって最も大事な要素は何か。IBMのC-Suite調査によると、2004年時点では、1)市場の変化、2)人材・スキル、3)マクロ経済要因、4)法規制、5)テクノロジー、という順番だった。ところが2012~2015年はずっと第1位がテクノロジーである。第2位が市場の変化、第3位が法規制となっている。つまり、企業はテクノロジーを身に着けて、企業防衛しなければ生き残れない時代に入った、ことを意味している。
一企業としてIBMが追及するテクノロジーがコグニティブコンピューティングである。コグニティブコンピューティングとは、膨大なデータを理解し、整理し、その意味を推論し、継続的に学習するシステムだとしている。IBMはすでに「ワトソン」を持っているが、それをさらに進化させたい。もし「日本の首都はどこですか?」とコンピュータに尋ねれば、「80%は東京です」と答えるという。なぜ100%ではないのか。日本の文化や歴史、社会、政治などのデータを多数入力しているから、かつての平安京や平城京の時代のデータも入っているためだ。そこで「現在の日本の首都はどこですか?」と問えば、間違いなく「東京」と答える。
IBMはコグニティブコンピューティングをもっと賢く、もっとフレキシブルに、もっと多くの言語にも対応できるように、テクノロジーを進化させていく。そのために必要な技術は、半導体、ハードウエア、ソフトウエア、サービスである。この四つの要素はどれが欠けても成功しない。
今回IBMは、54億トランジスタを集積したニューロ半導体を開発し、このチップをさらに16個実装したボードを数枚搭載したマシンをローレンスリバモア国立研究所に納入した。インテルのマイクロプロセッサよりも多くのトランジスタを集積しながら、このチップの消費電力はわずか70mWしかない。2桁以上小さい。
人間の頭脳は、よく知られているように左脳と右脳があり、左脳は論理的な思考を、右脳は感情をつかさどる。従来のノイマン型コンピュータは左脳に相当する。左脳だけではコンピュータは人間に近づけない。そこで感情や雰囲気などを理解する右脳を担うコンピュータとしてコグニティブコンピュータを生み出した。今回のチップはこの右脳用コンピュータチップである。
なぜIBMはニューロコンピュータを開発したのか。最近はコグニティブコンピュータや人工知能は、膨大なデータを理解し、整理し、意味を理解して、学習を続けるという作業を従来のノイマン型コンピュータでも実行できる。たとえばファブレス半導体のエヌビディア社のグラフィックスチップを使った並列処理コンピュータでも可能である。しかし、従来のCMOS技術によるGPUだと消費電力が200~300Wと膨大になるため、冷却が欠かせない。そこでIBMが目指したのは、ノイマン型コンピュータとは全く違うアーキテクチャのニューロモーフィックを使い消費電力の削減を狙った。人間の頭脳はコンピュータほど熱くはならないから、人間の脳の仕組みと同様の神経細胞のネットワークを模倣した。
図2 多入力・1出力のニューロン等価回路 このニューロンを1000億個以上つなげたものが小脳になる
人間の神経細胞は、電子回路でいえば、多入力・1出力のコンパレータで表わされる(図2)。入力に電気抵抗を加え、学習によってその抵抗値を変える。こういった神経細胞が人間の小脳だけで1000億個も含まれているという。IBMが開発した半導体チップには100万個のニューロン(神経細胞)が集積されているため、これを16個並べたボードは1600万個のニューロンに相当する。このボードを6枚並べてようやく1億ニューロンになる。IBMは長期的に100億個のニューロンを持つコンピュータを作るという目標を持っている。
(2016/04/06)
ニッポンはBluetoothを復活できるか
(2016年4月 1日 09:14)2000年前後、日本の半導体や部品メーカーは、近距離無線規格のBluetoothの半導体チップやモジュールで世界のトップレベルを走っていた。しかし、モジュールや半導体チップを製品化しただけで、インターオペラビリティ(相互運用性:どの企業の製品ともつながることを実証するための試験)には全く関心を示さなかった。その割に、Bluetooth市場がなかなか立ち上がらない、とイライラしていた。当時の競合はWi-Fiだった。BluetoothかWi-Fiか、という見出しが雑誌やメディアを飾っていた。
そのような中、英国の小さなファブレス半導体ベンチャーCambridge
Silicon Radio(ケンブリッジシリコンラジオ:CSR)社は、欧州でのBluetooth普及に向けて、標準化活動やインターオペラビリティ(相互運用性:Interoperability)に力を注いでいた。プロトコルスタックやペアリング手順などをいくら策定しても、さまざまなメーカーのいろいろなデバイスたちが本当につながるかどうかは別問題。細かい作業の一部が違っていたり、レシピを一部間違っていたりしたらつながらない。どのメーカーのどの製品ともしっかりつながり、規格に不備がないか、バグがないか、十分テストする必要がある。いくらハードウエアの製品が出来ても、きちんと実証実験していなければ不備はつきものとなる。
Bluetoothチップを設計していたファブレスのCSR社は着実にBluetooth製品の実証実験をさまざまなユーザーを対象に行い、規格の不備がないかチェックしていた。そのために2年くらいかけた。どの製品とも接続できることがわかれば、後は量産体制に入ればよい。幸い、欧州にはBluetoothヘッドセット製品が爆発的に売れた。クルマを運転しながら携帯電話をかけると罰則が厳しいからである。耳にかけるスティック状のヘッドセットをかけていれば、両手は自由に使えるから、カーブでのハンドル操作が不安定になることはない。安全を保ちながら、通話できる。
その間、日本のメーカーはしびれを切らし、Bluetooth事業を縮小したり、撤退したりするところが現れた。おまけに日本の交通では、いまだにそうだが、携帯電話をしながらハンドルを切る運転手が後を絶たない。Bluetoothヘッドセットを身に着けても通話していると気が散るからあまり効果はない、という説や噂さえ飛んだ。クルマを乗る人がBluetoothを使っているという話をほとんど聞かない。このためBluetoothの普及が欧州や北米に比べて大きく出遅れてしまった。一般の消費者にはBluetoothという言葉さえ、なじみがない。
ところが、スマートフォン時代になって状況が一変した。iPhoneには最初からBluetooth機能が搭載している。クルマにBluetoothを取り付け、ハンズフリー対応の音響チップを載せたカーナビなら、簡単にハンズフリーで通話ができるようになった。ディーラーでもBluetoothはなじみ深くなった。AndroidスマートフォンでもBluetooth内蔵の機種は増えた。日本でもようやくBluetoothが普及し始めたのだ。ルネサスエレクトロニクスやロームなどBluetoothチップに開発ツールやソフトウエアの提供もしている企業も増えている。Bluetoothの規格そのものも進化している。データレートの高速化や高出力による長距離通信化に加え、ビーコンやメッシュネットワークが登場してきた。
図1 Bluetooth SIG加入社は増加の一途
iPhoneのBluetooth機能を使って、ビーコンを活用すると、商店街や店舗を活性化できるようになる。Bluetoothビーコンは、1個数千円で購入できるほど安い、Bluetooth電波の発信機である。お店に置いたビーコンを動作させておき、iPhoneやBluetooth内蔵機種の所有者が店に近づくと、その日の特売状況やクーポン、ポイントなどのサービスをスマホの場面に送ることができる。そのような情報を受け取ると、その店に入るつもりがなかった人でも、ついのぞいてみようという気になる。来客を増やすのにはもってこいの手段となる。
先日、来日したBluetooth SIG(Special Interest Group)開発計画ディレクターのスティーブ・へーゲンデルファー氏によると、Bluetoothビーコンは農業にも使われ始めているという。今年のInternational CESでアグリシンク社が広大な農地の周囲にビーコンを配置し、Bluetooth受信機のあるトラクタを使ったデモを見せた。トラックが農地の端まで来ると1列の刈り取りを知らせてくれ、重量センサも取り付けておくので、その重量データをクラウドに飛ばせば、農家からたとえ見えないほどトラックが遠くにいても、刈り取った作物の重量を即座に知ることができる。トラックが戻ってから重量を測りなおせば、途中で作物を落としたり、盗まれたりしても検出できる。
図2 Bluetooth SIG開発計画ディレクターのスティーブ・へーゲンデルファー氏
衛星からのGPS電波が入らない地下街やビル内にいる歩行者の動きもビーコンを多数配置していれば、その位置がわかる。一つのビーコンが強くなると近づき、弱くなると遠ざかることがスマホで検出できるからだ。
Bluetoothは、スマートハウスやスマートビルディングで配置された、ZigBeeのようなメッシュネットワークにも対応できる。元々Bluetoothは親機と子機の関係で最大8台の子機しか接続できない。それを端末から端末へデータを飛ばしながら最終的には親機に接続する、アドホック的なメッシュネットワークに合うようにプロトコルを開発したため、最大6万4000台の端末まで接続できるようになる。Bluetooth
Mesh規格は現在策定中で、今年中には決まると見られている。これが決まれば、スマートハウスやスマートビルディング、劇場などの照明装置を数百台設置しても、例えばiPhoneのアプリから全て調整できる。
この規格を提案した企業も実は、CSRであり、CSR Meshという技術をIEEE標準化委員会に提案した。CSRの持つBluetooth技術を求めてクアルコムが昨年CSRを買収した。ワイヤレス通信ならすべてをカバーしたいクアルコムにとって、最も欲しい企業だった。ライバルのブロードコム社がBluetoothに強いからだ。スマホのおかげでBluetoothは日本市場でこれから復活する可能性はある。
(2016/04/01)
デジタル時代こそ成長するアナログ半導体
(2016年3月23日 23:28)マキシム、といってもコーヒー会社ではない。創業33年目を迎えた米国の中堅アナログおよびミクストシグナル半導体企業である。「あれっ、デジタル時代なのにアナログで商売しているの?」と思う人がいるかもしれない。実はデジタル時代こそ、アナログ半導体をたくさん使うのである。なぜか?
私たちがスマートフォンやタブレットを使ってデジタル時代全盛と思いがちだが、ページをめくる動作や、拡大・縮小のピンチオフ・オン動作はアナログ回路でできている。画面を90度傾けるとスクリーンの中のコンテンツも一緒に90度回転してくれるのもアナログ回路だ。iPhoneではデフォルトで内蔵されているハートマークのアイコンの歩数計もアナログ回路。要は私たちが身近に楽しさを感じて、いわゆる「ユーザーエクスペリエンス」と呼ばれる機能はほとんどがアナログ回路でできている。スマホは3.6Vのリチウムイオン電池1個で動作するが、搭載されている半導体には1.2Vで動作するチップだけではない。電源電圧は、3.3V、5V、7Vなど、ICによって全く異なる。だからこそ、DC-DCコンバータと呼ばれる電源ICが必要で、これもアナログ半導体である。
実は、デジタル時代の進展と共にアナログICの出荷数量がデジタルICよりも増えているのだ(図1)。1980年のはじめから半ばにかけて、これからデジタルエレクトロニクスの時代が始まる、と米国のElectronics誌をはじめElectronic Design誌や、EDN誌、80年代半ば創刊のEE Times誌などが盛んに書き立てた。ところが現実のICの出荷数量はアナログICの方がデジタルICを徐々に凌駕していく、という現象が起きている。
図1 アナログICがデジタルICを毎年、浸食してくる 出典:IC Insights
これはどういうことか。今はデジタル回路といっても、全てANDやOR、NOTなどの論理記号だけで回路を構成する訳ではない。CPUとメモリ、周辺回路、I/Oインタフェース回路などから構成される「組み込みシステム」を中心にするようになっている。CPUとメモリはデジタル回路だが、I/Oインタフェースや周辺回路の一部はアナログ回路である。さらに、デジタル回路に入る前の人間とのインタフェースやセンサとのインタフェースはアナログそのものだ。しかも、回路を動かす電源回路もアナログである。デジタル機器に入っているICの数を比べるとおそらくアナログICの方が多いかもしれない。
私たちの身の回りのデジカメやスマホ、テレビなどのデジタル製品の中身はアナログICが多い。だからこそ、アナログICはビジネスになる。マキシム(Maxim Integrated)社は、1983年創業で、本社をカリフォルニア州サンノゼ市に置く。いわゆるシリコンバレーのど真ん中にある。創業時にアナログICにフォーカスした点で、リニアテクノロジー(Linear Technology)社とも共通している。アナログ半導体でトップを行くテキサスインスツルメンツ(Texas Instruments)社やアナログデバイセズ(Analog
Devices)社の歴史はもっと古く、デジタルエレクトロニクス時代から着実にビジネスを広げてきた。
マキシムは、これからの成長産業として、カーエレクトロニクスへとシフトしてきた。自動車用半導体を伸ばしてきた(図2)。なぜクルマの世界にやってきたのか。自動車用アナログ半導体の市場規模(ユニバース)は2015年に87億ドルと、スマホ用アナログ半導体の86億ドルとほぼ同程度だが、2018年にはスマホ用が89億ドルに対して自動車用は102億ドルと大きく成長すると見ているからだ。
図2 マキシムは自動車用アナログ半導体と共に成長してきた 出典:Maxim
自動車用のアナログ半導体はなぜ期待されているのか。自動車部品がメカニカルからシリコン半導体へと切り替わっているからだ。機械や機構部品は常に擦れ合い、摩耗し、何度も折り曲げられるとポロリと切断してしまうことが多く、寿命は半導体ほど長くない。信頼性と品質の高さが求められる自動車部品では、半導体の丈夫さにはメカエンジニアは舌を巻いたことがかつての取材であった。
半導体のメリットはそれだけではない。機械ではできない、例えば死角をなくしたり、前方を走るクルマや横から飛び出す自転車や人間を認識したりすることも半導体ならできる。前方に障害物を見つけて止まってくれる自動ブレーキシステムはアナログ半導体なしでは実現できない。内燃エンジンからハイブリッド車や電気自動車では文字通りバッテリの電気量を半導体が調整してモーターを制御する。ヘッドランプやテールランプは、光る半導体であるLEDに変わりつつある。このLEDへ電気を供給するのもアナログ半導体である。ボタンひとつでクルマのドアを開けるキーレスエントリもアナログ半導体が多く使われている。安全を高める機能にもアナログ半導体が多用される。枚挙にいとまがないほど半導体を使う事例は多い。
また、米国の自動車と比べると日本車はカーエレクトロニクスで進んでいる。だからマキシムの日本法人への本社からの期待は大きい。トヨタ、ホンダ、日産、スズキ、富士重工など日本を代表する自動車メーカーは皆、カーエレクトロニクスを推進しており、ここではデジタルに加えアナログ半導体も伸び続けている。
(2016/03/23)