半導体業界の最近のブログ記事
SUMCOや東京エレクトロンがTVコマーシャルを出す理由
(2020年2月25日 23:15)最近、半導体がテレビのコマーシャルに出ている。シリコン結晶を製造し、薄くスライスしたウェーハを生産している日本のSUMCO社、半導体の薄膜形成装置や洗浄装置などの半導体製造装置を生産する東京エレクトロンなどが半導体を全面にTV広告を打っている。10年前には考えられなかった。半導体は斜陽産業と新聞でも言われたからだ。
しかし、半導体で利益が出なくなった最大の原因は、総合電機の経営者が半導体産業を理解せず、ひたすら「お上」のいうことを聞いていて、自分のアタマで考えなかったからだ。筆者が「半導体、この成長産業を手放すな」と題した本を日刊工業新聞社から出版したのは今から10年前の2010年だ。半導体は成長産業だったのにもかかわらず、斜陽産業と決めつけ、ひたすら半導体事業を子会社にしたり他社と合体させたりするなど、処分した。ところが、世界の半導体産業は成長し続けているのにもかかわらず、日本だけが停滞していたのである(図1)。その兆候は2010年でも見られている。だから本のタイトルをそのようにした。
図1 半導体市場、世界は成長を続けながら日本だけが停滞している 出典:WSTSの数字を元に筆者がグラフ化
この図はWSTS(世界半導体市場統計)という半導体の工業会のような組織が集めた半導体チップの市場を示したものだ。ここでの市場は、半導体製品を顧客なり販売代理店(ディストリビュータ)なりに手渡した地域を指している。つまり半導体製品を使う人、すなわち家電メーカーや総合電機メーカーなどのいる地域となる。半導体を作るメーカーではない。つまり、総合電機や家電メーカーが半導体を使わなくなったともいえる。実際、ソニーやパナソニック、東芝、日立製作所、NEC、富士通、シャープなど日本を代表していた電機メーカーは半導体を消費せずに製品やサービスを提供しているのである。
これらのメーカーのほとんどが、ここ10年ずっと減収でやってきた。つまり成長していないのである。ただ、収支は赤字から黒字へ転換したものの、リストラを繰り返してきて利益は上がっただけにすぎない。売り上げが伸びていない。すなわち成長していない。
世界は今、半導体でAI専用チップを作り、データセンターやエッジでの電力効率を上げようとしている。グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトなどは半導体チップを自社開発している実態を、2020年2月4日号の週刊「エコノミスト」の特集で紹介した。すなわち世界をリードしているGAFAと呼ばれるこれらのITサービス企業が半導体を持つようになっているのである。
日本の総合電機はなんて感度の鈍いことか。半導体は、競合他社との差別化を図るためのツールである。賢いアルゴリズムやソフトウエアはもちろん差別化できる強力なツールではあるが、ソフトウエアはフレキシビリティがあるという強みはあるが、性能が遅い、という弱点がある。半導体チップはこの弱点を補えるツールなのだ。半導体にアルゴリズムを焼き込めばその性能は飛躍的に向上する。それもFPGAのようにプログラムできて、しかもハードワイヤードで高速の性能を得ることができる半導体デバイスもある。
日本の総合電機に半導体を納めていた企業は、もはや日本ではなく海外に目を向けている。海外売り上げの方が圧倒的に多いのである。半導体テストシステムを生産している日本のアドバンテスト社(旧タケダ理研)は、売り上げの92%以上が海外というグローバル企業である。もちろんSUMCOや東京エレクトロンも海外比率の方が圧倒的に多い。だから今でも成長を続け、テレビコマーシャルで半導体が成長産業であることを訴求し続けている。半導体は斜陽産業だと風潮していた総合電機の経営者と、それを聞いて取材していたマスメディアによって作られた斜陽産業のイメージを払拭するために、である。優秀な学生のリクルーティングのためにテレビコマーシャルで、成長産業である半導体を訴求しているSUMCOや東京エレクトロンは、これからも成長し続ける。顧客が海外だからである。
(2020/02/25)
最新の言葉使いに注意!:IoTはエッジからエンドポイントへ
(2020年2月24日 20:49)真っ暗闇でカラーの赤外線画像・映像を撮る
(2020年2月21日 20:19)まず図1を見てほしい。この写真は、真っ暗闇の中で赤外線センサを使って撮ったものだ。真っ暗闇すなわちゼロ・ルクスの明るさでも赤外線を使えばカラー写真は撮れる。しかし、これまでの赤外線センサで撮ると、図1の左のようにモノクロでしか撮れなかった。日本発、赤外線センサ技術のスタートアップ企業であるナノルクス社は、赤外線センサチップを試作、すでに写真撮影のデモを済ませ、実用段階に近づけた。
図1 真っ暗闇で撮った赤外線カラー画像 出典:ナノルクス
これまで赤外線カメラといえば、冷却が必要で、数十万円以上もする高価なぜいたく品だった。ごく一部の応用(特殊な宇宙・防衛、医療関係など)でしか使われてこなかった。また従来の赤外線カメラは、高価であるゆえに画素数を減らして低分解能な写真しか商用化できなかった。
ところが、ナノルクス社のセンサは安価にできる。従来のスマートフォンやデジタルカメラで使われるセンサと、さほど変わらないコストで製造できる。しかも、HD(高解像度)画像を撮影できる。つまり、iPhoneやデジカメなど、これまでの可視光カメラをそのまま赤外線カメラのように使えるのである。加えて、動画も可能だ。赤外線カメラやセンサの破壊的イノベーションといえる。
今回、ナノルクス社が開発したこの近赤外線センサは、200万画素のフルHD(1920×1080画素)に近赤外線フィルタを設けた簡単な構造をもち、半導体用のパッケージに実装したものだ。シリコンウェーハ、カラーフィルタ、ICパッケージからなるセンサで、パッケージングした写真(図2)でも、ごく普通のセンサのように見える。赤外線イメージセンサの画素ピッチが3µmであり、監視カメラなどに普通に使われており特に難しい技術ではない。ICパッケージ内の真ん中に見える薄いピンクの部分がチップである。
図2 カラー赤外線CMOSイメージセンサ写真 筆者撮影
なぜ、カラーの赤外線画像が得られるのか。そのキモはカラーフィルタにある。可視光のカメラは、可視光のRGB(赤緑青)の色の3原色のカラーフィルタを通してカラー写真を撮れているが、この赤外線カメラでは、可視光のRGBに相当する赤外線の3原色を利用した。それを近赤外(Near Infrared)なので、NIR1(波長800nm)、NIR2(波長870nm)、NIR3(波長940nm)に相当させて(図3)、カラーを実現した。元々は産業技術総合研究所のエンジニアが見つけたため、そのまま社員として創業時から一緒に実用化に向けて開発に取り組んできた。
図3 近赤外線NIR1、NIR2、NIR3の3原色でフルカラーを実現 出典:ナノルクス
カラーフィルタといっても赤外波長なので色が見えるわけではないが、便宜上NIR1、2、3として表現し、カラーフィルタに配置した。NIR1~3はそれぞれフィルタを構成する訳だが、ここでは多層膜をパターニングすることで1画素内にそれぞれを配置できるようにした。基本的な考え方は、透過率の異なる2種類の膜を交互に積み重ねて10層程度積むと波長選択性を持つようになる。つまりフィルタができる。いわゆる、ファブリ・ペロー共振器である。
そして3種類の波長に対応させるためには、真ん中の膜のみ厚さをそれぞれ変えていくのだという。他の膜の厚さは変えなくてもよいため、低コストで製造できる。ここに3µmピッチのパターンが必要になる。これにより、それぞれNIR1、NIR2、NIR3の「近赤外波長の色」になるという訳だ。これらの膜を10層形成しても1.1µm以下の厚さで済む。一般の可視光カメラのカラーフィルタの厚さに近い。だから、安いコストで実現できるのだ。
CMOSイメージセンサIC回路の試作ではファウンドリに依頼し、カラーフィルタのパターニング加工は産総研、パッケージングは韓国メーカーに依頼した。量産時には生産数量にもよるが、生産能力のあるファウンドリにイメージセンサ回路やカラーフィルタ、そしてパッケージングのOSATに依頼するようだ。
図4 カラー近赤外イメージセンサが描く応用例 出典:ナノルクス
カラー赤外線イメージセンサチップ全体で、数ドルにしたいという。数ドルなら、これまでとは違う全く新しい用途が開けてくる。特にメディカル・ヘルスケア向けの用途は大きく、セキュリティや生体認証などさまざまな応用が可能になってくる(図4)。いよいよ実用化に近づいたことで次のラウンドの資金調達したい、と社長の祖父江基史氏は意気込んでいる。
(2020/02/21)
国産ファブレス半導体スタートアップ、5nmのAIチップを開発
(2020年1月28日 23:22) 日本にもやっとファブレス半導体のベンチャーが登場した。半導体設計には時間もコストもかかる。それでも5nmという最先端の製造技術をTSMCに依頼して、AIコアを作り上げた。福岡市に本社を持つTRIPLE-1という名のスタートアップ企業だ。
図1 AIコアの試作チップ 出典:TRIPLE-1
TRIPLE-1は2016年11月に創業したスタートアップで、これまでも仮想通貨のマイニングするためのチップを開発しており、2018年には「KAMIKAZE」という名称のマイニングチップを開発していた。仮想通貨(英語では暗号通貨)では、毎日の取引結果を台帳に書き込むわけだが、先に書き込んだ人が仮想通貨をもらえる。仮想通貨の取引高は暗号化されているため、暗号を解くためには高速の計算機が必要になる。このため専用の半導体チップを使って高速の専用コンピュータを作るという訳だ。
「KAMIKAZE」はTSMCの7nmプロセスで製造した。暗号解読コンピュータは、演算器を超並列に多数並べることで解読するため、チップに集積するトランジスタ数はおのずから増加する。チップは大きくなればなるほど歩留まりが落ちるため、微細化することでできるだけ小さな面積で多数のトランジスタを集積する。このために当時最先端の7nmプロセスを使って集積回路ICを手に入れた。
昔は、半導体を手に入れるためには工場を建てることから始まった。しかし、ファブレスとファウンドリのビジネスモデルが確立した今、工場を持つ必要はなくなった。だからファブレスで顧客が欲しいと思える半導体製品のビジネスは十分に成り立つ。DRAMやNANDフラッシュのように大量生産型のコモディティ製品は、工場を持つ方がコスト的に有利だが、大量生産品を持たない場合はファブレスでなければコスト的に合わない。残念ながら、これまでの日本の半導体メーカーはシステムLSIという少量多品種製品の時代になっても工場を持つことに固執したため、コスト的に合わず(ラインが埋まらず)、割高の製品しか作れなくなっていた。だから国際競争で米国にも欧州にもアジアにも負けたのである。
TRIPLE-1はれっきとした国産のファブレス半導体メーカーだ。社員数はまだ30名ほどしかいないが、そのうちの7割が国内の大手にいた半導体設計エンジニアだ。大手の半導体メーカーはリストラを繰り返しているため、優秀なエンジニアを確保することはそれほど難しくはない。当然ながら技術のことは詳しい。会社設立3カ月後の2017年2月にはマイニングチップの設計仕様を検討し始め、わずかその1年後の2018年2月にはテープアウト(設計完了)した。そして2018年5月には初期量産ウェーハ投入にこぎつけ、暗号解読専用コンピュータまでも2018年12月に初期量産できるようになった。ものすごいスピードだ。
2019年9月には、AIコアの評価チップを開発、最近になってようやくその性能を評価できるようになったが、顧客のサンプル評価も同時に進めている。このAIコアもやはりTSMCに製造依頼したが、最先端の5nmで設計・製造した。AIチップは小さなMAC(積和演算)とメモリをセットにしたブロックを大量に超並列に配置している。このため、多数のトランジスタを小さく集積する必要があり、最先端の微細化技術でチップを小さくした。
今回開発したチップは、AIチップといえるほどまだMACの数は多くないが、このAIブロックコアの性能や消費電力を評価し成功の可能性が見えたら、今度はチップ製作へと移る。チップを依頼するのにはコストがかかるが、資金調達は社長の役割だ。社長の山口拓也氏は、資本金36億円を調達し、半導体チップビジネスの夢を描く。「どうせやるなら最先端技術を使いたい」と2番ではなく1番を目指す。微細化に向いたマイニングチップ、さらにAIチップと狙いは王道を行く。TRIPLE-1は、日本の半導体産業に久々に灯った明かりになる可能性を秘めている。
(2020/01/28)
早く買収されたい外資系の社員たち
(2020年1月28日 13:37) 1月中旬に東京ビッグサイトで開催された第12回オートモーティブワールドでは、これから買収されようとする企業の社員が早く買収されたいという声を聞き、彼らの気持ちの高まりを感じ取った。一方で、相乗効果のない事業部門でも買収提案されたら何が何でもそれを手放さない、という日本の企業経営者の姿勢との大きな差を見ることができた。
図 第12回オートモーティブワールドの一風景
ここで買収しようとしている企業がドイツのインフィニオンであり、買収されたいと社員が浮足立って期待が先走っている企業が米サイプレスだ。また、日本の企業経営者とは東芝のトップである。ガラスメーカーのHOYAが東芝の子会社で半導体製造装置を作っているニューフレアテクノロジーの買収を提案した時に示した東芝の経営者はまるで駄々っ子のようだった。
インフィニオンがサイプレスを買収するとクルマビジネスで極めて大きな効果がある。単に売上額の足し算によるものではない。互いに重なる製品はほとんどなく、しかも共にクルマ向け半導体事業に力を入れており、大きく伸びそうなことがはっきり見えるからだ。クルマメーカー(OEM)にはワンストップショッピングで製品ポートフォリオを示すことができ、それらを使ってシステムを提案できるのだ。これからの半導体ビジネスを先導するような仕掛けだといえる。
自動車産業は一番上にOEMがいて、その下にデンソーやボッシュ、コンチネンタルなどのティア1サプライヤ、その下に電子部品や半導体などのティア2サプライヤがいるという産業構造である。最近は半導体メーカーがOEMに直接、新しいシステムを提案するようになってきた。このため、開発するシステムを直接クルマメーカーに提案できることは極めて有利だ。OEMは提案内容のメリットを享受できるだけではなく、新しいハイテクをいち早く取り入れることができるからだ。かつてはBMWが、最近ではAudiが進取の気性ともいうべき新しもの好きなOEMである。
インフィニオンはパワー半導体だけではなく、レーダーやジャイロなどのセンサ半導体も持っており、ハイパワーのパワーマネジメントIC、さらにはセキュリティを担保するセキュリティマイコンにも強い。片やサイプレスはアナログ回路もプログラムできるマイコンのpSoCの評判が良くさまざまなセンサやインターフェイスIC、タッチセンサなどにも応用している。クルマでは、これからのコックピット向けにマイコンベースでグラフィックスを描画できるICや中小のパワーマネジメントICなどもある。クルマへの応用として両社の持つ全ての製品を使ったソリューション提案ができるのが最大の強みだ。このことは買収される側のサイプレスの社員が熟知しており、両社の相乗効果に大きな期待を寄せている。
ビッグサイトで開催されたこの展示会では、出展したサイプレスの社員が買収の決定をまだかまだかと待っている様子を感じ取れた。相乗効果で両社とも強くなれることをよくわかっているからだ。インフィニオンもこれでクルマ向け半導体のトップメーカーになれることで期待に胸を膨らましている。これほど相乗効果が期待できる買収も珍しい。
ところが、東芝の子会社であるニューフレアテクノロジーが買われることに東芝が断固として反対した姿勢は全く理解できない。東芝にとって相乗効果のない部門だからだ。先端半導体製造に必要な電子ビーム露光装置を設計・製造しているニューフレアは、自社内では使い道がない。他社に売るために電子ビーム露光装置を作っている。
ここにガラス製造のHOYAがニューフレアへの買収を提案した。ただ、いきなり買収提案したわけではない。HOYAは2017年からニューフレアテクノロジーとの提携話を東芝に持ち込んできていたが、肯定も否定もしない煮え切らない態度が続いていた。ところが2019年11月にいきなり東芝がニューフレアの株式をTOB(公開株式買付)で買うことを発表したため、その一月後にHOYAはニューフレアを買うためのTOBを仕掛けた。
HOYAは半導体製造に必要なガラスマスク(回路パターンを形成したガラス基板)とマスクブランクス(ガラス一面をメタルなどでマスクした基板)を製造しているが、マスクブランクスから電子ビーム露光装置で回路パターンを描く。HOYAは今、外部から電子ビーム露光装置を購入しているが、自社で装置を持っていれば、顧客からの要求で装置を改良したり発展させたりすることができる。半導体の微細化技術は最先端の7nmプロセスから、X線のように波長の短いEUVリソグラフィ技術を使うようになったが、そのマスクも電子ビーム露光装置が製造する。最先端の顧客にも対応でき、HOYAのビジネスは半導体関連分野で広がるはずだった。
東芝にとってはほとんど相乗効果がないのにもかかわらず、ニューフレアを大事に持つ意味はどこにあるだろうか。むしろHOYAは東芝が実施する株価よりも1000円も高く買うわけだから、今のうちに売却する方が良かったのではないか、と考えることはごく自然である。
これまで総合電機の経営者の姿を見てくると、自分で判断もその材料も持っていないのにもかかわらず、事業を手放さず持っていたいという気持ちが強いようだ。例えば、NECは半導体部門をNECエレクトロニクスとしてスピンオフさせたが、株式の8割以上を持っていた。親会社-子会社という関係を維持しているため、人事権も親会社が持つ。子会社が好きなように経営しても親会社が気に入らなければ子会社のトップはすぐに外へ飛ばされる。海外の優良企業の経営者ではこんな非合理なことはありえない。例えばフィリップスから独立したNXPセミコンダクターやリソグラフィのASMLなどは子会社ではなく、フィリップスの持つ株式は10%程度、現在はゼロになっている。スピンオフした以上、自分で稼ぐことが条件である。シーメンスから独立したインフィニオンも同様だ。経営者自身が理解できないビジネスは持たないことが原則だからだ。
日本ではひたすら様々な事業部を天下に収めることが経営者の仕事になっている。しかし、企業を成長させ、社員や株主がハッピーにさせることが経営者の使命ではないか。東芝はこれから10年間、どうやって成長させ社員や株主をハッピーにさせるのか、いつになったらその意志が発表されるのだろうか。
(2020/01/28)
AppleがImaginationに再びライセンス供与を受ける背景を探る
(2020年1月12日 17:08) モバイル向けGPU(グラフィックプロセッサ)をAppleが自主開発することはそう簡単ではなかった。AppleがどうやらGPUの自主開発を断念したようだ。モバイル向けのGPU回路に特化しているIPベンダーの英Imagination Technologies(イマジネーションテクノロジーズ)は、Apple社との新たなライセンス契約を結ぶことで合意した、と昨年暮れに発表した。
Appleは、2017年にGPU(グラフィックプロセッサ)を2年以内に自主開発するとImaginationに通告して、Imaginationは苦しんできた。MIPSのCPUコアを手放し、もともとのコアコンピタンスであるGPUに特化し、マネージメントも交替した。それでもImaginationはGPUの研究開発の手を緩めなかった。
図1 これは写真ではない。レイトレーシングを使った絵の例だ 出典:Imagination Technologies
グラフィックスというコンピュータ上で絵を描くための技術をさらに極めてきた。この結果、レイトレーシング(Ray Tracing)と呼ぶ技術をモバイルに応用できるIPコア(LSIの中の一部の知的回路)の開発のメドをつけた。今年後半から来年にかけて一般にリリースする予定だという。従来のグラフィックスという絵を描くだけの機能であれば、もはや参入バリヤは下がっていた。このため、AppleはGPUを自社開発できると踏んでいたようだ。しかし、グラフィックスの究極ともいうべきレイトレーシング技術はそう簡単ではない。ここにImaginationが技術開発を続けてきた意味がある。
レイトレーシング技術は、空間の中のあらゆる光の反射を含め物体に当たる光路を計算し、写真と区別のつかないような絵をコンピュータ上で描くという技術だ。物体に当たるとその色の加減も変わるようにレンダリング(色塗り)作業を変えていく。計算が極めて複雑になるため、膨大な計算量が必要となる。
最近ようやく、リアルタイムで動画を描けるようになってきた。それもNvidiaのGPU専用チップを使っての話しである。Nvidiaは2018年にリアルタイムのレイトレーシング技術のメドを付けた。今のところゲームへの応用はあるが、これまでもレイトレーシング技術は映画にも採用されてきた。10年ほど前の「ベンジャミン・バトンの数奇な運命」にもグラフィックスが使われていた。ただし、リアルタイムで絵を描けなかったため、映画製作に何カ月もかかった。
レイトレーシング技術は、グラフィックスを活用するゲーム作りには使われるのは間違いない。加えて、上記の映画作りも容易にする。本格的に普及すると、俳優、女優さんたちは失業するかもしれない。俳優さんの動作をグラフィックス上で本物と区別がつかなくなるくらい表現できるようになるからだ。もちろんクルマのデザインをはじめとする工業デザインにも入り込むだろうし、それをリアルタイムで表現できるようになると、光が当たる物体の動きをリアルタイムでとらえる物理をはじめとする科学の研究にも生かせるだろう。
ただ、NvidiaのGPUは性能が抜群に良いが、消費電力も高いためモバイルには使えない。電池があっという間に消耗してしまうからだ。モバイルで使えるようにするためには、消費電力の低さは絶対条件。その上で複雑な光の反射をいかにして計算するか、というアルゴリズムの開発にかかっている。Imaginationはこの技術にメドをつけたために、Appleが新型iPhoneへの導入にはImaginationのライセンスなしでは実現が間に合わないと判断したのであろう。Imaginationは、中国のスマホメーカーにもライセンス供与しているため、中国陣営がレイトレーシング技術を導入したAPU(アプリケーションプロセッサ)をスマホに搭載するなら、Appleは絵作りで中国に敵わなくなることは目に見えている。
Appleは、2017年にGPUの自社開発を宣言したものの、やはりうまくいかず、Imaginationからエンジニアも移動させた。すでに2年経つが、レイトレーシングという差別化技術では、やはりImaginationに敵わないとAppleは判断したのであろう。今回、AppleはImaginationに対して今後数年間を見据えた長期的なライセンス契約を結んだ。Imaginationのレイトレーシング技術は数年前にAutodeskの一部門を買収して手に入れたが、開発には7~8年かかっている。そう簡単に誰でも開発できる技術ではなさそうだ。Appleの読みは正しいかもしれない。
(2020/1/12)
医療デジタル化成功の第1歩は、差別意識の撤廃から
(2020年1月11日 14:31) バイオJapan/再生医療Japanというメディカル関係の展示会が1986年以来、21回開催され、今年はこれら二つの展示会にhealthTECH Japanという名称の展示会が追加、同時開催されることが決まった。医療関係の展示会にようやくデジタルテクノロジーが入り始める。
10年以上も前からIT/エレクトロニクスが医療の診断だけではなく治療にも使えることが明らかになって久しい。医工連携すなわち医学と工学をタイアップして治療にテクノロジーを使おう、という提案もあったが、医学系の先生は敷居が高く、工学系からの提案だけに終わっていた。筆者も10年前に医療向けの半導体チップを取材し、2010年日刊工業新聞社から刊行した「欧州ファブレス半導体産業の真実」(参考資料1)の中で紹介した、ロンドン大学インペリアルカレッジからスピンオフして設立されたトゥーマズ・テクノロジー(現在センシウム・ヘルスケア社)は、ヘルスケア半導体チップを開発するベンチャー企業だった。
この半導体チップを実装したプラスターパッチを患者の胸に貼り付け、24時間身体情報をモニターしておけるため、当初集中治療室に運ばれた患者の容態変化を即座に知ることができる上に、看護師が付きっ切りで見ている必要はない。無線で心拍数・呼吸数・体温を2分ごとに測定し続け、そのデータを病院内のサーバーに送る。最大5日まで使え、その間シャワーを浴びることもできる。早期治療ができ回復させることができるため、患者の入院日数は大きく減る。オランダの病院でこのスマートパッチの実証実験を始めた(参考資料2)。
日本でもこういった半導体チップを開発すべきだと筆者ともう一人が7~8年前に提案し、彼はスマートパッチのビジネスモデルを提案し、企画書の草案を持ってファンドや経済産業省などに説明に回ったが、見向きもされなかった。一方、日本では医療側の体制が全くできておらず、厚生労働省の許認可にも膨大な時間がかかると聞かされていた。
今ようやく、ヘルスケアにデジタルテクノロジーを導入することに賛同されるようになり始めている。healthTECH Japanを通して、デジタルメディスン、デジタルセラピューティクスの活用が始まりつつある。ただし、成功できるかどうかは、医師側、IT側を含めすべての人たちが対等・平等・自由な立場でコラボできるかどうかにかかっている。
最近のデジタル化やデジタルトランスメーション、デジタライゼーションなどの言葉は、半導体チップとIoT組み込みシステムを使ってエレクトロニクス技術でヘルスケアや医療、社会活動や生活を変えようという意味である。最近ではエレクトロニクスや半導体という言葉よりもデジタル化やデジタルトランスフォーメーションといった方が受け入れられやすい。デジタル化が進めば進むほどアナログ半導体が成長することが明確になっており、エレクトロニクス化が産業や民生を超えて社会へと進出していることを裏付けている。
テクノロジーの中身はIoTと組み込みシステムでエレクトロニクス回路を組み、ソフトウエアで変更しやすくしている。このため、デジタル化にはシステム設計をはじめ、部品、ハードウエアの設計・製造、ソフトウエア部品やアーキテクチャ、半導体設計・製造、そして医療側の要求とそのブレイクダウンなどさまざまな人たちの協力が必要になる。デジタル化を推進するためにはコラボが欠かせないのである。コラボを成功させるためには、全員が対等な立場で自由に議論し合える場が必要で、そのためには互いを尊重し合える雰囲気がなければできない。
ヘルスケアや医療の分野でもようやくデジタル化が注目されるようになった。医療のデジタル化では、健康管理から未病・予防医療、治療、予後・介護などにITエレクトロニクス・半導体を使って患者の命を救うのである。healthTECHは医療側からITエレクトロニクス側に寄ってきたといえそうな産業だといえる。
医療・ヘルスケアでテクノロジーの導入を成功させ、人の命を救うミッションを発展させるためには、医者もエンジニアも意識改革が欠かせない。両者とも互いを尊敬しあうことだ。日本でエコシステムがなかなかできないのは、上から目線、下からの忖度など互いに平等な意識に至っていないからだ。これまで製造業などでは、大企業→子会社→孫会社、あるいは大企業→下請け会社→サブ下請け会社などの構造が出来上がっていたため、みんなが平等に仕事するという意識が低く、日本ではエコシステムが出来にくかった。霞が関の官僚も民間企業に対して上から目線になる。
ヘルスケア・医療の世界では、医師側と製薬側や装置側など1対1のコラボはこれまでもあった。しかし、多数の企業が一つのゴールに向かって仕様・設計・生産・テストなどを行うエコシステムはなかった。これから、医療の知識が豊富な医師と、ITや半導体の知識が豊富なエンジニア、ソフトウエアエンジニア、システムエンジニアなどが互いを尊重しつつ共同作業をやる場合、どちらかが上ということはない。
みんな平等という意識と、互いを尊重する心は、残念ながらこれまでの日本では乏しかった。だからエコシステムは生まれにくかった。男女平等と言いつつ、賃金格差が依然として残っている。女性に責任のある仕事を任せない企業も多い。上司と部下という上下関係も残る。差別意識を減らしていく努力も足りない。外国人を翻訳・通訳としてしか使わない。多様化と言いつつ、企業の社員構成の95%以上が日本人で、その8割以上が男という古い構成の企業は圧倒的に多い。
ITエレクトロニクスの分野で外国企業が日本よりも圧倒しているのは、エコシステムの差である。ビジネスをするうえで今でも残る「どこの馬の骨かわからない相手」という上から目線。持っている技術が素晴らしければ、すぐにでも使う国々とはやはり大きく遅れている。国内では、ITエレクトロニクス産業よりももっと保守的な医療の世界でエコシステムが本当に作れるだろうか。
図1 英Sensium Healthcare社CSOのAlison Burdett氏
ヘルスケアのデジタル化を叫ぶ以上、医学界の意識改革なしで、デジタル化は進められない。さもなければ医療の世界もガラパゴス化する可能性は大いにある。冒頭で紹介した英国のトゥーマズ・テクノロジー社は医学部のクリストファー・トゥーマゾウ教授と工学部のアリソン・バーデット博士(図1)が設立したベンチャー企業である。日本でもこういった企業を誕生させることが、成功への第一歩かもしれない。
参考資料
1. 津田建二著「欧州ファブレス半導体産業の真実」、日刊工業新聞社刊、2010年11月発行
2. VieCuri Uses Sensium Vitals Patch for Remote Monitoring(2019/12/11)
大丈夫か、東芝の半導体、今は良いが将来が心配
(2020年1月 9日 21:03) 東芝の半導体部門の将来が心配だ。今はまだ、東芝の半導体は世界の競合と渡り合えている。これに甘んじて東芝経営陣は、このままでよいと思っているようだ。新しい戦略が出てこないのだ。東芝の半導体部門である、東芝デバイス&ストレージ(D&S)社の攻めの姿勢、すなわち成長戦略が提供されるのはいつになるのだろうか。また、キオクシア社からも成長戦略が見えない。東芝の経営陣はキオクシアに対して連結対象にはないものの、持ち分会社となっているため、キオクシアは、東芝から完全独立という訳ではない。
東芝デバイス&ストレージ社は、半導体部門とHDD部門の寄せ集めチームである。ストレージではない半導体デバイスとHDDとはほとんど相乗効果はない。片やキオクシアはNANDフラッシュのみの製造会社である。キオクシアは「記憶」という言葉にギリシャ語の「Axia(アクシア)」をくっつけた言葉だという。つまりメモリ会社であるというなら、なぜDRAMを生産しないのだろうか。ライバルのサムスンやSKハイニクス、マイクロンテクノロジーなどのメモリ(記憶)メーカーは全てDRAMとNANDフラッシュを持っている。このため、NANDフラッシュがダメでもDRAMで稼げる。DRAMはAIという新しい用途も見つけた。従来のコンピュータに加え、AIにもDRAMは欠かせない。キオクシアだけがNANDフラッシュしか持たない1本足打法を採る。
そもそもDRAMとNANDフラッシュでは用途が全く違う。半導体メモリという言葉で括れば、どちらもメモリであるが、特性が全く違うため、使われる用途も違う。DRAMは何度でも書き換えられるメモリでしかも書き換え速度も読出し速度も速い。ただし、電源を入れている時しか記憶しない。このため、コンピュータを動作させている時は、演算器(CPU)とセットで使う。コンピュータでは、何番地にあるデータと別の番地のデータを組み合わせて、別の番地にある命令に従って計算しなさい、という動作を行うため、CPUとメモリは近ければ近いほど性能は速くなる。
これに対して、NANDフラッシュは書き換え回数が少なく、DRAMよりも遅い。ただしDRAMよりも大容量にできるというメリットがある。しかもDRAMと違って電源を消しても記憶状態が保たれる。このため、保存すなわちストレージに向くのである。
では同じ保存(ストレージ)のデバイスであるHDD(ハードディスク装置)とは競合するのか。NANDフラッシュ、HDDそれぞれ一長一短がある。HDDに比べるとNANDフラッシュはアクセス(読み出し)が速い。しかし記憶容量はHDDの方が大きい。昔からの製造実績も豊富で、ビット当たりのコストはHDDの方が1桁も小さい。このため、性能よりも大容量やコストを重視するのであればHDD、大容量よりも性能を重視するならNANDフラッシュが使われている。NANDフラッシュはある程度HDDを置き換えてきた。しかし全てのストレージをNANDフラッシュが置き換えることはありえない。
キオクシアがストレージデバイスで成長していくのであれば、HDDを東芝D&S社に置くのではなく、キオクシアに置くべきだろう。ところが、東芝の経営陣は、HDDをNANDのライバルだと見ており、カニバリズム(自分で自分の足を食うこと)に陥ってしまうとしている。しかし、両者は食い合うのではなく、補完し合える関係にある。ビットコストの安いHDDでデータを保存するが、よく使うデータを一時記憶というキャッシュ(現金とは異なるスペルのcache)メモリとしてNANDフラッシュを使うHDDが増えている。今や多くのパソコンのHDDはNANDフラッシュをキャッシュとして使っている。このためHDD搭載のパソコンでも高速の起動が可能になってきている。現実に、Western Digital社は、HDDとNANDフラッシュの両方を持つストレージ会社である。メモリ会社ではない。
キオクシアだけがNANDフラッシュのみの1本足打法に頼るメモリメーカーである。今後に渡ってもHDD全てがNANDフラッシュに代わることはありえない。NANDフラッシュの価格が高いためだ。ストレージシステムでは、HDDよりももっとレガシーな磁気テープが今でもコールドストレージとしてデータセンターで生き残っている。HDDが全ての磁気テープを置き換えることはできない。HDDのビットコストよりも磁気テープのビットコストの方がさらに安いためだ。コストとの兼ね合いで、NANDフラッシュ、HDD、磁気テープなどがすみ分けられている。NANDフラッシュだけの1本足打法はいかにも危ない。
NANDフラッシュで東芝が成長した背景には、アップルとサムスンの争いに乗じて漁夫の利で東芝に回ってきたという幸運な面もあった。当初アップルはサムスンの製造部門にプロセッサの製造を依頼しており、NANDフラッシュもサムスン製を使っていた。しかし、両社のバトルが始まって以来、サムスンが供給していたNANDフラッシュを東芝が製造することになった。液晶ディスプレイも当初はサムスン製を使っていたが、バトルが始まり、日本のジャパンディスプレイ社に依頼するようになった。こういったラッキーな面を経営者がどれだけ理解しているかわからないが、NANDフラッシュは信頼性がそれほど高くないため、スマートフォン以外では成長の余地が大きなクルマ市場に入ることはなかなか難しい。NANDフラッシュだけに頼るリスクは将来にある。
ただ、残念ながら東芝のメモリやストレージは東芝経営陣の手に委ねられている。東芝経営陣がもっとテクノロジーを理解し、成長戦略を進めなければ停滞してしまう。利益の出ている今こそ、本気で成長戦略を練り直さなければ、東芝半導体の未来はなくなる。
(2020/01/09)
総合電機の経営者が殺してきた半導体ビジネス、どうなる、ソニーと東芝
(2019年12月23日 14:18) 総合電機の社長や経営陣が、ソニーとキオクシアの好調な半導体ビジネスを殺すかもしれない二つの気がかりな事件が最近現れてきた。一つは、ソニーの半導体部門を切り離すことを株主から求められ、拒否したこと。もう一つは東芝の子会社で上場しているニューフレアテクノロジーへのHOYAの買収提案を拒否したこと、である。
これまで、総合電機の経営者は、半導体部門を切り離しながらも100%子会社扱いで人事権を掌握してきた。投資が必要な時には、子会社の経営への干渉もある。この親会社の経営陣の判断ミスによって、日本の半導体産業はことごとく不振を増強し失敗の一途をたどった。ここに政府も間違った干渉をし、DRAM撤退という道を日本の全半導体部門が選んだ。唯一、1999年12月に日立製作所とNECのDRAM部門を合併させ残したエルピーダメモリでさえ、ここに親会社の経営陣が干渉し失敗させた。わずか2年で今にもつぶれる、という寸前の事態になって初めて、2002年に元Texas Instrumentsの副社長だった坂本幸雄氏を招へいした。坂本氏の元で2012年の会社更生法を申請するまで10年間事業を続けられた。ただしリーマンショックで銀行が1円も投資してくれなくなったことで万事休すとなった。
これまでの日本の総合電機という大企業の経営者は、半導体に限らず事業部門を傘下に置き、子会社扱いしてきた。子会社ということは人事権も予算権限も与えず、海外企業と競争にさらした。半導体やITはドッグイヤーと言われるほど速い経営判断が求められる。これまでの半導体部門は、設備投資のタイミングや新技術開発のタイミングなど、半導体の素人である親会社の経営陣にお伺い立てながら、根回ししながら、という時間のかかるプロセスを経なければならなかった。しかもノー、と言われれば、さらに時間をかけて根回しする必要があった。このため説得するのに時間がかかりすぎ、適切なタイミングを逃してしまった。これでは世界の半導体専業企業に負けるのは当たり前。日立、東芝、三菱などの総合電機は東京電力などの公共事業、NEC、富士通、沖電気などはNTTのような公共事業という足の長い事業にドップリと浸かっていたため、その感覚で半導体事業もついでにやっていたからだ。
今の東芝もソニーも似ていないか。東芝の子会社であるニューフレアは電子ビーム露光装置というフォトマスク製造に欠かせない装置を作っており、ArFレーザーリソグラフィからEUVに移っても電子ビーム露光装置は必要な装置である。だからこそ、HOYAのようなマスクメーカーは電子ビーム露光装置が欲しい。石英ガラスに遮光層を全面に覆っているマスクブランクス、電子ビーム露光装置でパターンを描くフォトマスクも製造・供給しているHOYAは、電子ビーム露光装置も自社製を持っていれば、顧客の要求にもすぐに対応できる。
図1 東芝の車谷暢昭会長
このためHOYAは、ニューフレアの親会社である東芝に2017年ころから複数回提携の話を持ち掛けてきた。しかし、東芝は肯定しないばかりか、今年になってニューフレアの株を市場から買い戻そうとし始めた。そこでHOYAはニューフレアの買収提案を行った。東芝は、あまり相乗効果のない子会社ニューフレアの買収案を蹴った。12月20日の日本経済新聞の記事においても、東芝の車谷暢昭会長(図1)は、「HOYAの提案に応じない」と述べている。
製品ポートフォリオを見る限り、HOYAの要求は理にかなっているが、東芝の反論は合理性がない。昔ながらの子会社を支配したがる総合電機のダメ経営者の姿とダブって見える。
ソニーも似たようなものだ。親会社はゲーム機、テレビやスマートフォンなどのエレクトロニクス商品はあるが、半導体事業の主力製品であるCMOSイメージセンサとは相乗効果がほとんどない。ソニーの株主であるファンドから半導体事業を切り離せ、という要求を受けているが、ソニーの経営陣は嫌がっている。
CMOSイメージセンサはこれまで、AppleやAndroid系のスマートフォンに大量に使われてきた。今年はスマホ市場が飽和しても、1台に2眼カメラが3眼になり、CMOSセンサはその分だけ成長してきた。特に新製品は3眼へと移行している。これによってビジネスは二けたのプラス成長になった。今後の戦略に対してもソニー半導体の経営陣は、クルマや産業向けのマシンビジョンやイメージング技術にCMOSセンサの市場拡大を期待している。
最近は特にAIとイメージセンサの組み合わせによって、人間がチェックしなければならなかった外観検査も自動化できるようになってきた。食品や薬品産業への応用が広がり、CMOSイメージセンサは今後も用途拡大に動ける。IR(赤外線)分析装置が手のひらサイズになり、例えば税関検査ではモバイルで麻薬や不法物質を簡単に検査できるようになる可能性がある。CMOSセンサは用途が広い。それでもソニーの現製品ポートフォリオとはなじみが薄い。ソニー本体が、CMOSイメージセンサの娯楽部門、金融部門での今後の応用を見つけられるのであれば、半導体をつなぎとめる意義はあるが、それがない限り親会社が支配することには無理がある。
なぜ半導体部門を離すべきか。筆者はこれまでH-Pから分離したAgilentから独立・誕生したばかりのAvago(現在世界トップテン圏内に常駐しているBroadcom)をたまたま米国出張で訪問した経験がある。その時に対応してくれた課長・部長クラスの人たちの、自分で決められることへの喜びと責任に対する気持ちの高ぶりを手に取るように感じ取った。Motorolaから独立したFreescaleを訪問した時も、同様な反応だった。半導体事業を自分の責任で、自分で決められることへの喜びそのものだった。
欧州でも、ドイツのSiemensから独立したInfineon、オランダのPhilipsから独立したNXPやASML。いずれの企業にも親会社の株式は、独立当初でさえ10%程度しかなく、子会社から外れた。いずれも大成功して世界の半導体メーカーの仲間入りをしている。世界の半導体業界では、半導体の専業メーカーが圧倒的に多い。親会社がセットメーカーでもある企業はSamsungだけになっている。韓国企業は日本と似たようなビジネスマインドを持つため、Samsungでさえ今は好調だが、この先はどうなることやら。
(2019/12/23)
2020 Robert Noyce賞を香山晋氏が受賞
(2019年12月13日 00:08) 長年、半導体業界で功績のあった人に毎年贈られるIEEE Robert Noyce賞2020が、元東芝で半導体事業を率いた香山晋氏(写真)に決まった。Robert
Noyce賞とは、世界半導体メーカートップであるIntel社の創業者の一人で、社長兼CEOも務めたRobert Noyce氏の業績をたたえ、IntelがIEEEと共同で創設した賞である。
写真 半導体産業に貢献したとしてRobert Noyce賞を受賞した香山晋氏 筆者撮影
受賞理由は次の通り:CMOS技術の開発に世界的な経営者としてリーダーシップを発揮し、設計手法の標準化に貢献、そして半導体産業に大きなインパクトを与えたことである。Robert Noyce賞は2000年から始まり、2020年に香山氏が受賞することで世界の半導体人21人目になる。ちなみに、日本人では2018年に元日立製作所の専務取締役だった牧本次生氏、2016年に東京大学名誉教授の菅野卓雄氏が受賞している。その前は2006年の元ニコン社長の吉田正一郎氏まで遡る。2002年に東芝からHewlett-Packard、そしてTexas Instrumentsを経てStanford大学の教授になった西義雄氏、2001年に元NEC副会長の佐々木元氏がそれぞれ受賞している。
香山氏は東芝時代に当時先駆的だった高集積CMOS SRAMを開発、その後ASICの設計にも貢献しただけではなく、先日、東大教授を退官した桜井貴康氏や鳥海明氏、慶応大学から東大の教授に転身した黒田忠弘氏、現東大教授の高木信一氏などが東芝にいたころ、彼らを率い、日本半導体の頭脳に育てたコーチでもある。
極めてアタマの切れる人であるため、出る杭は打たれ、東芝から追い出され、子会社であった東芝セラミックスの社長になった。大手半導体製造装置メーカーのある人は香山氏の講演を聴いて「すごいアタマの持ち主なので、とても僕にはついていけない」と筆者に漏らしたほどだ。東芝セラミックスは、その後、MBO(経営陣によるバイアウト)によって、東芝から完全独立しコバレント・マテリアルと社名を変えた。コバレントとは、結晶の共有結合を意味する言葉である。シリコン結晶を示唆することは言うまでもない。
コバレントを引退後、現在は、K. Associates社というコンサルティング会社を運営しているほか、英語が堪能なのでいくつかの米国企業の役員も兼ねている。東芝時代、半導体のオリンピックといわれるISSCC(国際半導体回路会議)で香山氏の講演を会場の一番奥で聴いた、筆者の知り合いの記者は、また米国人の発表か、と最初に思ったという。しかし、よくよく目を凝らして講演者を見ると取材したことのある香山氏だった、とその記者は筆者に漏らし、「英語がネイティブ並みだったので間違えてしまった」と語った。
Robert Noyce氏は、Intelを創業する前にいたFairchild Semiconductorで半導体のプレーナ技術を開発し、集積回路の特許を持っていたが、1990年に62歳という若さでこの世を去った。同じころ基板上に複数のシリコンチップを集積するICを発明したTIのJack Kilby氏はノーベル賞を受賞したが、残念ながらNoyce氏はもはやこの世にいなかったためノーベル賞を受け取ることはできなかった。
Intelは、Noyce氏の元でマイクロプロセッサとメモリを発明し、パソコンからインターネット、そして現在のデジタルトランスメーションの基礎を築いた。そのNoyce氏は半導体チップの現在の基礎を作った人であり、その人をたたえたRobert Noyce賞は、価値のある賞である。この賞を香山晋氏が受賞したことは、半導体産業を長年取材してきた筆者にとっても誇りに思う。
12月12日のセミコンジャパンでは、若手エンジニアのパネルディスカッションが開かれ、半導体産業に従事する若手エンジニアの仕事に対するひた向きさ、真摯な態度で、仕事を通した生き方を議論していた。彼らのディスカッションを聞いていると、日本もまんざらではないな、とすがすがしい気持ちになった。熱心な若手エンジニアを生かすも殺すも経営者の責任である。日本の半導体製造装置や半導体材料企業は、今でも世界に通用する。市場シェアも35~45%ある。やはり半導体のようなタイムツーマーケットの短い産業は、専業メーカーが強いのは世界の流れだ。彼ら若手エンジニアの中から、将来のRobert Noyce賞を受賞する人が現れることを期待したい。
(2019/12/13)