Appleがマック用に独自チップを設計する本当の理由
2020年7月11日 09:14

 AppleMacパソコン用(図1)のCPUとしてIntelの採用を止め、自社開発するといった背景がいろいろ騒がれているが、実はAppleのプレスリリース(参考資料1)にその理由がしっかり書かれている。市場調査会社のTrendForceは、Intel5nmプロセスで遅れていることと、コストを上げているが(参考資料2)、このような理由ではない。

 

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 1 AppleMacパソコン 出典:Appleプレスリリースから


 TSMCが最先端の7nmプロセスを世界の半導体製造をリードしていることは事実であり、その次の5nmでもリードしていることは確実ではある。だが、最小寸法7nmとか5nmとかという数字はどの寸法を示しているのか、明確ではなくなっている。かつてはゲート長だったが、ポリシリコンゲートの配線幅を言っていたこともある。今はFinFETプロセスであるため、もはやトランジスタのサイズは意味をなさなくなっている。TSMC7nmプロセスはIntel10nmプロセスと同等だという見方もある。

  最先端の微細なプロセスができるからと言って、もはやチップを差別化するテクノロジーではなく、むしろ、機能というかユーザーエクスペリエンスの方が重要という声もある。もちろん、性能や消費電力は確かに14nmプロセスよりも7nmプロセスの方が優れた結果は出ている。微細化した方が性能・消費電力が優れているが、これは必ずそうなると言うわけではない。微細化だけではなく他の寄生効果の影響も出てくるからだ。トランジスタが3次元化すればするほど、高さ方向の寄生効果(寄生容量や寄生インダクタンス、寄生抵抗)が浮き彫りになってくる。微細化すると同時に寄生効果を抑えることで性能・消費電力を改善しているのである。

  コストの理由も定かではない。Intelチップが市場で200~300ドルで売られているからと言って、自社開発すれば100ドルで作製できるとTrendForceは見ているが、市場価格は一般に、工場出し値よりも2倍強高い。

 

消費電力削減と高性能GPU

 Appleのニュースリリース(参考資料1)をよく読むと実は答えが書いてある。「AppleSoCCPUを内蔵するシステムICチップ)を自社設計するのは、1ワット当たりの性能を高めたいことと、もっと高性能なGPUを集積したいことである」。

  AppleiPhone向けのアプリケーションプロセッサをArmのコアをベースに改良したCPUで、自主開発してきた。それも単なるCPUだけではなく、グラフィックスIPにはImagination TechnologiesGPUコアを採用、バイオセンサも集積することでアプリケーションプロセッサあるいはSoCを設計してきた。それを従来はSamsungのファウンドリ部門が製造していた。ここ数年は、スマホでAppleと競合するようになっているためTSMCに切り替えた。

  設計にはさまざまな半導体技術者を採用し、RTLレベルだけではなく、ネットリストからレイアウト、配置配線まで自らできるように設計技術を磨いてきた。自信を深めた段階で、Imaginationを切り、パワーマネジメントのDialog Semiconductorも切った。ところが、半導体設計はそう簡単ではない。GPUコアのImaginationを切ると同時に、一部のエンジニアもAppleへ連れて行った。パワーマネジメントチップに関しても、一度は切ったが、やはりDialogのエンジニアでApple用のチップを開発していたエンジニアを全員Appleに移籍させた。しかもApple本社ではなく、英国とドイツを拠点するDialogのエンジニアを移動させず、そのまま所属名を変えただけにすぎなかった。

  Dialogの強みは、CPUチップの電力をモニターし、消費電力が増えすぎると電圧や周波数を落とすことで細かい電力制御を行っていることだ。また、電源チップ(パワーマネージメントIC)は細やかなアナログのノウハウの塊であり、単純なデジタルしか知らないエンジニアには設計できない難しさがある。

 

DialogImaginationのエンジニアが頼り

 AppleImaginationを切ってもやっていける、と当初はたかをくくっていた。いざとなればArmGPUコアMaliを買えば済むからだ。ところが、GPUでも写真と間違えるほどきれいな絵を描くRay Tracing技術をスマホレベルで使えるようにするテクノロジーをImaginationは開発しており、グラフィックスという点では一歩も二歩も進んでいる。Ray Tracingは周囲の光の反射を全て計算して現実と間違えるほどの陰影を処理する技術で、膨大な計算量を必要とするため、これまではハイエンドコンピュータで処理し、しかもリアルタイムで絵を作画できなかった。Nvidiaはそれを最新GPUで可能にしたが、消費電力は200W以上にもなり、とてもスマホには使えない。電池が一瞬でなくなるからだ。Imaginationは、消費電力を削減しながら、スマホでのRay Tracingの実現に取り組んでいる。

  GPUは単なる絵を描くためだけのチップではない。積和演算専用の回路を多数並列に集積するため、スーパーコンピュータと同様、ベクトル演算(行列演算)にも向いており、演算リッチな命令でCPUのアクセラレータとしても動作させることができる。さらにAIのニューラルネットワークに基づく推論が容易にできる。

  残念ながら今のIntelのチップにはAppleが満足できるGPUコアは集積されていない。だったらAppleGPUを自社開発しようと考えた。当分はRay Tracing機能はなくてよいし、GPU開発にImaginationからのエンジニアも十名程度いるからだ。

  そして消費電力についても、性能を追求してきたIntelに対して、Armは性能がそこそこでよいが消費電力を徹底して下げることに注力してきた。Armはその後、消費電力を下げることを前提としながら、性能も順次上げるように設計してきた。その一例として、Armbig.LITTLEと名付けたマルチコア技術を開発しているが、Intelの最新プロセッサで、これとよく似たマルチコアアーキテクチャを採用したのだ。big.LITTLEは、軽い制御や演算を行うCPUコア1と多少電力を使うが演算速度の速いCPUコア2を集積し、電力を多く使う応用ではCPUコア2をフル活用し、それほど計算しない応用ではCPUコア1を使うことで消費電力を落とすというアーキテクチャである。

 

スパコン富岳もArmコア

 1ワット当たりの性能ではArmの方がIntelよりも良くなることは間違いない。日本のスパコン富岳にも富士通が設計したSoCチップが使われているが、そのCPUコアはArm製だ。昔からのパイプラインや並列処理などの手法は当然採り入れており、今はCPUをメモリを近づけて集積できるため、CPUコアとしてもArmの性能はIntelと比べてもそん色はない。データセンターでさえ、ArmCPUコアを使ったSoC(システムオンチップ)が使われ始めている。AppleがこれをMacSoCに使うことはやはり自然の流れともいえるだろう。

 

参考資料

1.      Apple announces Mac transition to Apple silicon June 22, 2020

2.     Apple to Start Mass Producing Self-Designed Mac SoC, Projected to Cost under US$100, in 1H21, Says TrendForce July 7, 2020