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半導体不況からの脱出、11月には確実に前年比プラスになる!

(2023年9月28日 23:46)

 昨年7月からマイナス成長に変わって以来、半導体不況になったといわれているが、基本的には作りすぎによる在庫調整にすぎない。その前は半導体不足が長い間続き、一部の流通チャネルやユーザーが二重、三重に発注していたために在庫の山が積み上がっていた。半導体不況といっても在庫調整の期間が1年近く続いただけにすぎない。過去の半導体産業の歴史から見ると大したことではない(図1)。

 

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図1 世界半導体販売額の推移 出典:WSTS(世界半導体市場統計)の数字をもとに筆者がグラフ化

 

 最もひどかった時期はITバブルといわれた2000年だった。2000年をピークに谷が丸3年も続き、2004年にようやく2000年の販売額を超えた。回復に4年間もかかった。それに比べると今回の不況はもう回復が見えている。すでに半導体製品も製造装置も連続して前期比を超えてきており、前年比でプラスになる時期さえ見えている。ズバリ11月だ。

  なぜか。これはデータの読み方だけで言える。今回の不況のどん底が202211月から始まっているからだ。図2に示すように今回の不況では202112月をピークに徐々に販売額は下がってきたが、20226月までは前年比でプラスだった。7月から10月まではわずかなマイナス成長になり、前年との差では2030億ドルのマイナスにすぎなかった。ところが、11月になると20235月まで100億ドル(約1.4兆円)規模のマイナスがずっと続いてきた。つまり底を這いつくばっていた。

 

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2 WSTSの数字をもとに世界半導体販売額の前年比と前年差を表したグラフ 出典:WSTS(世界半導体市場統計)の数字をもとに筆者がグラフ化

 

 ところが、6月、7月には前年と比べマイナスは再び30億ドルと急に減少したのである。年成長率とは常に1年前との比較である。1年前の11月はマイナス100億ドルとガクンと下がった。今年の回復傾向から見て、このマイナス100億ドルになったほどの差は、今年後半でもあり得ない。在庫調整が進み、またエッジAIやコンピュータAI、クラウドAI、さらに生成AIとけん引役が登場してきたこともある。これらを考えると昨年の11月ほど決してひどくはならない。むしろ前年との比でみるとプラスに必ずなる。

 このことはある意味、数字のマジックかもしれない。成長率はあくまでも前年比でしか見ていないからだ。もちろん、前回202112月のピーク値まで回復するにはもう少し時間はかかるだろう。このため前年よりプラスになったからといっても景況感が大きく変わるという実感はまだ伴わないだろう。しかし、回復するのは時間の問題であって、24年には前回のピーク値を上回る月が出てくるだろう、と信じている。

  基本的には半導体は成長産業であり、不況の底が来ても、実は前のサイクルのピークよりは必ず上にきている(図1)。つまりシリコンサイクルといっても正弦波ではなく、上向きの直線に沿ったサインカーブを描いている。すなわち、底が来ても、直前のピークではなくその前のピーク値よりも確実に上なのだ。だから成長曲線に乗ったシリコンサイクルになっている。これが半導体産業の最大の特長である。

 

半導体、3nm・2nmという数字のウソ

(2023年9月18日 15:57)

 3nm5nm7nmという微細なプロセスを使った半導体は、先端半導体あるいは先端プロセスなどと呼ばれることが多いが、実はそのような3nm5nm7nmなどという寸法は半導体チップ上のどこにも存在しない。これは14nm/16nmプロセスより先のプロセスで実際の寸法と、x nmプロセスという言葉とが大きくかけ離れてしまってきたことに起因する。

  5nm7nmだから先端で、14/16nmプロセスは成熟、と表現するのはお門違い。どちらも最小寸法は12~14nm程度とほとんど変わらないからだ。そもそも波長13.5nmEUVリソグラフィでそれ以下の寸法を加工できるのか。物理学では波長よりも小さな寸法は光が入っていかない。このため光の縦波あるいは横波だけを通すようなパターンを加工してきたのが現実だ。光源の強度分布を変えたり、横長あるいは縦長のパターンだけでトランジスタを構成したり、光の屈折率を利用するため水に浸して露光する液浸技術を使ったり、ダブルパターニングのようにパターンを寸法の半分だけズラして露光したりして物理学上の壁を突破しようとしてきた。

  しかし、EUVの波長13.5nmまで来るとさすがにこれまでのような工夫は難しくなってきた。このため、3nmプロセスといっても実際の寸法は12nm程度にとどまっている。よく言われていた逸話では、Intel10nmプロセスの性能指数や集積度は、TSMC7nmプロセスに近いといわれてきた。

  そしてTSMCのようなロジックプロセッサを製造しているメーカーとは違い、Samsungやキオクシアのようなメモリメーカーは、同様な寸法を比較的正直に伝えてきた。比較的と言ったのは実寸法に近い寸法を使ってきたからだ。ただし、実際の寸法は告げずに20nm以下のプロセスで、19nmプロセスを1x nm17~18nmプロセスを1y nm16~15nmプロセスを1z nmプロセスなどと言ってきた。つまり1~2nmごとに細かく刻んできたのである。

 

実際の寸法では技術の進化を表せない

 

 ではなぜ、実際の寸法とは異なるサイズを掲げるのか。メモリもロジックも技術的な進展が少ないと思われるのを避けるためだ。メモリでは、15nmより先の14~13nm1α nm13~12nm1β nmと呼んでいた。ところが、このほどSamsungが発表した32GビットDDR5 DRAMでは実寸法の12nmと述べている。

  ロジックはまだ、3nm、そして2nmプロセスと述べている。しかし、現在のロジックプロセスでは配線幅/配線間隔のピッチはEUVリソグラフィを使って20~30nmが最も微細といわれている。この先EUVのダブルパターニング技術が使われるようになるが、それでも最小ピッチは15~20nmだといわれている。

  ではどうやって5nm3nmと呼ばれるプロセスを実現するのか。実はもはや寸法の微細化はほぼ止まっているため、配線幅/配線間隔の寸法(あるいはピッチ)ではなく、単位面積あたりに集積できるトランジスタ数で、表現しているのだ。これを台湾における半導体設計の論客であるNicky Lu氏は面積スケーリングと呼び、これまでの線形(リニア)スケーリングからエリアスケーリングにシフトした、と表現する。例えば、Intel10nmプロセスでは1平方ミリメートル当たりのトランジスタ数は最大1億個だが、TSMC7nmプロセスでは同9120万トランジスタで、ほぼ等しいプロセスノードだといわれていた。

 

3次元構造を駆使するエリアスケーリング

 

 この面積スケーリングとはどのような技術を指すのか。一つは、MOSトランジスタそのもので、プレーナMOSトランジスタからFinFET構造(図1)に変わり、3次元の縦方向にも電流が流れるようにしている。縦方向の壁に沿って電流が流れることで1個のトランジスタの面積は、プレーナ型よりも小さくできる。また配線では、多層配線が使われているが、スルーホールやコンタクトホールなど配線同士が交差する穴を、絶縁膜を介して配線上に設けるような3次元構造に変えた。また配線の幅や配線間隔を詰めない代わりに、できるだけ3次元構造にして配線の端(端子)から端(端子)までの距離を短くし面積当たりの配線密度を上げた。

 

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1 FinFETの発明者は日立製作所の久本大氏で、彼は当初DELTAデバイスと呼んでいた 出典:久本大氏からお借りした

 

 エリアスケーリングではこれまでの比例縮小則が使えないため、前世代のスタンダードセルは3次元構造に全て作り直しになる。このためコストは極めて高くなる。実は、TSMCのこういった設計の作り直し作業は、横浜みなとみらいにあるTSMCデザインセンターで行われている。このため日本人設計者は台湾と密に連絡を取りながら7nm5nm3nmなどのプロセスノードの設計を行っている。日本の設計エンジニアのレベルは高く、TSMCを支えているといっても過言ではない。

  ロジックでこのように3次元化して集積度を上げたことで、7nm相当、5nm相当の集積度を得ることができ、性能を上げ消費電力を下げることができた。TSMCIntelSamsungはそれぞれが勝手に自分らのプロセスを7nmプロセス、10nmプロセスと呼んできた。ロジックでエリアスケーリングを使っているのはこの3社しかいないため長い間、エリアスケーリングの実態が公表されずに、DTCODesign Technology Co-Optimization)という言葉で表現されてきた。

  筆者もこの7nm5nmの謎を解明するのに実は約1年近くかかった。日本のラピダスが2nmプロセスと呼んでいる技術ノードも同様で、配線幅と間隔が2nmでは決してない。3方向からドレイン-ソースの空乏層を閉じ込めてリーク電流を減らす、これまでのFinFETから、4方向から空乏層を閉じ込めるGAAGate All Around)構造のトランジスタに変えて2nmプロセスとIBM研究所が称しているだけにすぎない。実際の最小寸法はこれまでで最も小さい11nm程度にとどまるだろう。この加工寸法の実現にはやはりEUVのダブルパターニング技術が使われることになるだろう。

 

ガレージから始まったHPのDNAを受け継ぐKeysightと新技術

(2023年9月 4日 22:26)

 ウィリアム・ヒューレットとデビッド・パッカードの二人がパッカードのガレージで電子計測器を開発した始めた1939年に、Hewlett-Packard社が生まれた。HP社はHPEHP Enterprise)と共に今やコンピュータメーカーになってしまったが、そのルーツは電子計測器である。HPから分離してAgilent Technology社が生まれ、さらにAgilentが電子計測器メーカーのKeysight Technologyと半導体のAvago(現Broadcom)に分離した。

  先日、Keysight は、最新のテクノロジーを見せるKeysight Worldを東京御茶ノ水のソラシティで開催した。来日したCEOSatish Dhanasekaran氏の話を聞き、測定器メーカーHPを思い出した。ずいぶん前のことだが、ある半導体メーカーで高周波デバイスの開発に携わった経験があり、HPのネットワークアナライザを使ってsパラメータを測定したことを思い出した。半導体エンジニアだった当時、高価なHPの測定器を使うときは必ずノートに使用時刻、終了時刻を書き込んでいた。計測器の稼働時間をデータとして残すためだった。当時はHPではなくYHP(横河ヒューレット・パッカード)であった。日本政府が米国資本の上陸を嫌い、単独出資を認めなかったため、日本の横河電機との合弁として創立された。今から60年前の1963年のことだ。日本TIがソニーとの合弁で日本に進出した時と同様だ。

 

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1 Keysight Technology社長兼CEOSatish Dhanasekaran(サティッシュ・ダナセカラン)氏

 

 その計測器メーカーのDNAを持つのがKeysightである。電子計測器は、半導体デバイスを測定するために使うため、計測器の性能は半導体よりもずっと性能が高い。シリコンよりも原理的に性能が高いGaAs(ガリウムひ素)ICを最初に開発・実現したのはHP社だった。残念ながら、同じ設計ルールならGaAsの方が高性能なのに、シリコンよりも微細化できなくて結局は負けてしまったという苦い経験が化合物半導体技術者にはある。

  そしてKeysight Worldは日本発のイベントだという。今や世界中にあるKeysightの拠点で開催されるようになった。Keysightの強みは何といっても高周波技術である。このため5G6Gの測定技術に定評がある。データレートの高速化ではGbpsから将来のTbpsへの進化を取り入れるだけではなく、コネクティビティ+コンピューティング+セキュリティをセットで進化させることを考えている。このテクノロジーの進化のキモとなるのは半導体であり、独自の半導体チップはもちろん開発する。


計測器もAIや自動車、サステナビリティへ

  計測機器にもコンピューティング技術が載るようになってからずいぶん経つが、テストするデータ解析を容易にするツールPathWaveでのテストの自動化にもAIを導入する。このためにAIがこれまでの専用的なAIであるNarrow AIから生成AIの登場で汎用AIAGI: Artificial General Intelligence)、さらにAIのリスクを排除するASIArtificial Super Intelligence)というロードマップまで描き出している。

 Keysightが狙う市場として、これからの5Gを取り入れる自動車市場にも2015年から参入している。当初はコネクテッドカーというべきV2VVehicle to Vehicle)やV2XVehicle to Everything)から入り、この技術が5Gで本格化する。そして今や充電システムやBMS(バッテリ管理システム)、さらにはトラクションインバータ用のSiCGaNなどの高速パワー半導体の測定も手掛けるようになった。

  パワー半導体からサステナビリティにもこれから力を入れる。「電気自動車はゼロエミッションというサステナビリティの良いユースケースになる」とDhanasekaran氏は述べている。サステナビリティも成長分野であり、世界中が一斉に取り組み始めた分野でもある。

量子力学を応用した新型メモリ、DRAMより速くフラッシュ並みの不揮発性

(2023年8月17日 09:36)

 量子力学の井戸型ポテンシャルを超格子構造で実現、英国のスタートアップQuinas Technology社は、メモリの国際会議であるFlash Memory Summit 2023において、Most Innovative Flash Memory Startup部門で最優秀賞を受賞した。このメモリは英ランカスター大学のManas Hayne教授が発明したもので、同教授はQuinas社のCSOChief Scientific Officer)も兼務している。

 

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1 Flash Memory Summit 2023において表彰されたQuinasCEO兼共同創業者であるJames Ashforth-Pook氏(左)とCSO兼ランカスター大学教授のManas Hayne氏(右) 出典:Quinas Technology

 

 このメモリは、DRAMよりもずっと速く、フラッシュメモリのような不揮発性を持つ。つまり、電源をオフにしてもメモリ内容を記憶する、という優れもの。いわば不揮発性のRAMとなる。データを出し入れする場合、ホットエレクトロンのような加速したエネルギーの高い電子を利用する訳ではないため、劣化する心配は少なく、RAM動作ができる。従来のフラッシュメモリは書き換え回数が限られている上に動作速度は遅い。DRAMはメモリが揮発するため、10のデータを絶えずリフレッシュしなければならず、しかも電源をオフにするとデータは消えてしまう。新型メモリは「良いとこどり」をしたようなもの。新型メモリをULTRARAM(ウルトララム)と呼んでいる。

  ランカスター大学の発明したこのメモリをQuinas社が商用化する。両メモリの長所を量子力学で実現するメモリであるから、将来志向のメモリといえそうだ。メモリはデジタル社会では欠かせない半導体ICであり、事業化が成功すればビジネスとしても極めて面白くなりそうだ。賞の選考委員会の委員長であるJay Kramer氏は、「この技術はメモリICユーザーに競争力のある価値を授ける将来志向のメモリ構成だ」、と述べている。

  Quinas社の社名は、量子力学(Quantum Mechanics)のQuと、カギとなる半導体InAs(インジウムひ素)をくっつけた造語である。QuinasCEOJames Ashforth-Pook氏は、ディープテックの起業家で、2nmプロセス以降から使われると言われている新型ロジックのGAAGate All Around)構造のトランジスタを発明したUnisantis社(フラッシュメモリを発明した舛岡富士雄氏が創業)にも参加していた。

  これまでのDRAMは、1か0のデータを貯めるメモリセルを細長い円筒形に加工しており、エッチングやデポジション(ALDCVD)の技術で何とか実現してきた。また、フラッシュメモリはセル部分を100層以上に積層するという工程を使い、これもアスペクト比の高い深いエッチングなどで電極形成するなどの複雑な技術で量産化してきた。いつまでもこの複雑な構造と加工技術に頼れるのだろうか。


データ保存期間は1000年

  ランカスター大学が発明した、今回の新型メモリは、量子井戸のとびとびのエネルギー準位と同レベルになった(共鳴した)時にはじめて量子効果であるトンネリングするという新しい原理で動作する。MOSFETのチャンネルと浮遊ゲートとの間に量子井戸を2つ作り、制御ゲート電極のバイアス電圧を変えることで、量子井戸内のエネルギー準位を合わせる(共鳴させる)ことができる。共鳴すると、トンネリングにより書き込んだり、消去したりする。データの保存期間は1000年と見積もっている。

  シリコンをベースにした従来のMOSトランジスタの上GaSb(ガリウムアンチモン)や、InAs(インジウムひ素)、AlSb(アルミニウムアンチモン)などの化合物半導体層を薄く重ねていく。量子井戸の部分はInAsで、井戸を構成するバリヤ層をAlSbで作る。化合物半導体とシリコンが融合したメモリである。

  詳細は半導体専門家向けのウェブサイト「セミコンポータル」で紹介しているので、技術の詳細を知りたい方はそちらを参照していただきたい。

 

SiCパワー半導体の量産時代が幕開け

(2023年8月10日 20:47)

 絶縁耐圧がシリコンの10倍もあるSiC(シリコンカーバイド)パワートランジスタがようやく電気自動車(EV)に大量に採用されようとしている。Tesla2017年に同社のEVModel 3」に採用して、6年経った。いわば信頼性試験を市場で6年間やってきたようなもの。Tesla以外の自動車メーカーもここにきて一気に採用へ傾き始めた。VolkswagenMercedes-BenzStellantisJaguar Land RoverVolvoGeneral Motorsなど主要な自動車メーカーが採用し始めたのだ(図1)。

 

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1 SiC半導体が自動車メーカーに採用される時代に来た 出典:Yole Developpement

 

 SiC半導体は、絶縁耐圧だけではなく、エネルギーバンドギャップがシリコンよりもずっと広いため、200℃で使ってもビクともしない。むしろハンダや半導体以外の部分が先に劣化する。シリコンのIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)と違って電子と正孔の両方を使って電流を稼がなくても、電子だけで電流を上げられ、オン抵抗を下げることができる。

  とはいえ、良いことばかりではない。昇華法や気相成長しか結晶成長できないため、成長速度が遅い。結晶欠陥が多く結晶性が悪い。結晶そのものが加工しにくい。酸やアルカリに腐食されにくく丈夫な反面、製造上重要なエッチング工程でシリコンと同じ装置が使えない。こういった欠点が多いうえに、価格が10倍もした。最近はコスト削減技術が開発され、少しは安くなったもののまだシリコンの数倍と高い。

  それでもシリコンIGBTと比べ、MOSFET動作ができるため、高速スイッチング動作が可能である。つまりパワーシステムを作ると電力効率がIGBTよりも高いため、小型にできる。それでもこれまでは、Tesla以外に、採用する企業が少なかった。TeslaをスピンオフしてEVの高級車を目指すLucid MotorsSiC MOSFETを採用していた程度だ。

 

用途は多い

 しかし、交通事故ゼロを目指す自動車メーカーには、最近になってSiCの信頼性寿命が実使用に耐えられることがTeslaLucidEVの結果から実証されてきた。こうなると、SiCの効率の良さが今度は大きなメリットとして浮かび上がってくる。電力効率が高いことは冷却システムが簡素化され、メインのモーターを動かすトラクションインバータを小型化しやすい。

  SiCパワートランジスタのコスト的にも許容できるようになってくる。小型・軽量、システムの簡素化、高温にも耐えられる、などデバイスコストが高くてもシステムコストを下げられるよう になってきた。フランスの市場調査会社、Yole Developpementが、自動車メーカーや半導体メーカーなどからの発表を集めて整理したのが図1である。世界の名だたる自動車メーカーが名を連ねている。濃いグリーンの印がトラクションインバータでの応用であり、茶色の印が充電回路であるオンボードチャージャー(OBC)回路およびDC-DCコンバータへの応用である。EVでは、通常400V程度まで電池セルを直列接続して昇圧するため、電子回路部分の電圧を12V5V3.3Vに落とさなければシリコンICが働かないため、電圧を高電圧から低電圧に落とさなければならない。これがDC-DCコンバータの役割だ。

  裏を返せば、SiCの用途はEVの中ではインバータ、OBCDC-DCコンバータの三つの回路に使える。インバータでは基本的に3相モーターを動作させるために直流から交流を作り出すパワートランジスタは最低6個必要となる。バッテリ電圧をもっと高くすれば、その倍の12個一組になる。

 

量産に対応

 このように大量のSiCトランジスタが求められるため、従来の6インチウェーハから8インチ化への動きも出ている。例えばパワー半導体トップのInfineon Technologiesは、202383日にマレーシアのクリム工場でSiC200mmプロセスラインを作るという計画を発表している。

  ただ、問題は日本のSiC半導体メーカーがパワーエレクトロニクスメーカーの一部門となっていることだ。SiC半導体デバイス市場で40%以上のシェアを持つスイスSTMicroelectronics、パワー半導体トップのドイツInfineon Technologies、追い上げの激しい米onsemiGaN結晶に強いWolfspeed、日本で半導体専門メーカーの地位を築いてきたロームが図1に載っているものの、ほかの日本メーカーはいない。半導体専門メーカーではなく、社内向け(Captive market)の半導体を中心に製造しているからだ。三菱電機、東芝、サンケン電気、富士電機などいずれもパワー半導体に強くても社内向けがメインだから、市場を広げることができない。

  これに対してスイスのSTは米国のTeslaへ供給、ドイツInfineonは韓国のHyundaiや中国メーカーに供給するなど世界を相手にビジネスを展開している。SiC半導体材料を開発してきた先駆者の京都大学名誉教授の松波弘之氏と一緒にやってきたロームは、国内の民生電機メーカーを長年相手にしてきたせいか、海外売り上げがまだ少ない。もちろん社内向けのパワー半導体をやっているメーカーは海外ではほとんど稼げない。海外の顧客とディスカッションしながら、開発するといった体制がまだできていない日本は、得意なパワー半導体でも後塵を拝する恐れはぬぐえない。日本のパワー半導体メーカーが海外ユーザーと一緒に製品を開発できるようになるのはいつの日だろうか。

 

RISC-Vに欧州勢がシフト、日本だけが取り残されそう

(2023年8月 5日 11:07)

もはや日本だけが世界から取り残されてしまいそうだ。オープンソースのCPUコアであるRISC-V(リスクファイブと発音)の勢いが止まらない。IntelAMDx86系のCISCComplex Instruction Set Computer)チップと、RISCReduced Instruction Set Computer)のArmのプロセッサアーキテクチャに加えて、誰でも開発できるオープンソースのRISC-Vコアが米国と中国でブームになっている。これに加えて欧州勢もRISC-Vの新会社を設立するというニュースが飛び込んできた。もちろん、韓国と台湾も積極的に開発している。

 

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1 民主的なCPURISC-Vコア」について書かれた最新本 出典:筆者撮影

 

 欧州のRobert BoschInfineon TechnologiesNordic SemiconductorNXP Semiconductorsに加えて米国のQualcomm Technologies5社が共同投資して次世代CPUコアとして世界各地で注目されているRISC-Vコアの新会社を設立する。本社をドイツに置き、当初は自動車向けのCPUコアを設計する。徐々にモバイル応用やIoT向けにシフトしていく。

RISC-Vの最大の特長は、ソフトウエアOSLINUXと同様、オープンソースであり、誰でも自由にコードを操作できる点だ。基本的なRISC-Vコアは、米カリフォルニア工科大学のDavid Patterson教授、Krste Asanovic教授らのグループが開発したもので、命令セットはわずか47個しかない。ここにカスタマイズできる余地が十分すぎるほどある。つまりカスタムプロセッサを設計するためのCPUだともいえる。

これを開発したのはもちろん、教育上の配慮で学生が自分で作れるCPUコアという目的だったが、それだけではない。今後、チップレットや2.5D/3D-ICなどで注目されているヘテロジニアスなプロセッサコアが一つの半導体製品に搭載されるようになる。CPUGPU(お絵かき用のプロセッサ)、DSP(高度な積和演算専用のプロセッサ)、ISP(イメージ信号プロセッサ)など様々なヘテロなプロセッサが載るようになると、命令セットをそれぞれに応じて備えなければならない。そこでヘテロ集積時代に備えて命令セットを1本化しよう、と考えた。基本命令を47個に決め、これに自由に追加できるようにしたのである。

米国では、様々な企業や大学がRISC-VコンソーシアムであるRISC-V Internationalに加盟しているが、基本的にオープンソースということで中国メーカーも多い。これまでは欧州と日本だけが静かだったのだが、今回のニュースで欧州でも始まった。やはりRISC-Vは誰でもいじれる民主的なCPUコアであり、しかも性能も高いとKrste教授は語っている。無駄な命令がなく、処理速度を上げられるようだ。

RISC-Vに対して、x86プロセッサは1500個も命令があり、Armでさえも後位互換性を取り込んできたことで500個もある。RISC-V47命令は圧倒的に少ないReduced Instruction Setである。

ただ、RISC-Vは誰でもライセンスフリーで自由にいじれるため、基本構成は極めてプリミティブで、パイプライン構成やマルチコア対応などさまざまな手を入れなければ、最先端の競争力のあるCPUコアにはならない。そこで、米SiFiveや台湾Andes Technologyという、すぐにも使えるRISC-Vコア企業が出てきた。彼らからライセンス提供してもらって、自分のSoCを開発する半導体メーカーが多い。日本ではルネサスエレクトロニクスがRISC-Vを推進しており、Armコアももちろん備えており、様々な顧客に対応する。

日本では唯一といえるだろうが、デンソーからスピンオフした半導体設計会社のNSITEXE(エヌエスアイテクセ)社がRISC-Vコアをライセンス提供している。今回の欧州の新会社はおそらくNSITEXESiFiveAndesらとの競合になるだろう。

RISC-Vコアを欧州半導体メーカーたちが個々に開発するよりも、共通のRISC-V会社が開発し、そこからライセンス提供してもらう方が無駄がなく、開発が速くいくだろう。このような読みが欧州勢にはありそうだ。

そして、欧州は自動車産業が強い。自動車は今後SD-VSoftware Defined Vehicle)と呼ばれるコンピュータの塊になり、OTAOver the Air)を通じてソフトウエアを更新して機能を追加・修正などができるようになる。現在のようなECU100個近くにも膨れ上がり、重量とワイヤハーネスの複雑さを改善するため、ドメインアーキテクチャやゾーンアーキテクチャなどに移行する。CPUがカギを握る時代に来ることは目に見えている。近い将来、車載用半導体にも5nm3nm相当のプロセス技術や2.5D/3D-IC技術などの最先端半導体技術が使われるようになる。低コストのRISC-Vは間違いなくその中心に来るだろう。そして、自動車から他の産業用、さらに民生用、社会インフラ用へと広げていくことになる。日本だけがのんびりしていて大丈夫か?

円安は日本の競争力を奪う

(2023年8月 3日 21:37)

 最近、円安は日本経済にとって良くないのではないかと思うようになった。かつて円高は、輸出企業にとって悪とされた。ドル表示での価格が高くなりすぎて日本製品は高価になり、輸出企業の製品が売れにくくなった。しかし、半導体産業では、2021年の世界半導体産業に占める日本企業のシェアが10%だったが、22年は円安のせいもあり、9%に落ちた。

  日本の半導体企業が世界のトップになったのは、19859月のプラザ合意によって円高が容認された直後からである。合意前に1ドル=242円だったのが、1985年末には200円を切り、86年には1ドル=150円まで進んだ。そのおかげで突如、1986年の世界半導体ランキングのトップにNECが来た(表1)。2位東芝、3位日立製作所、4Motorola5TI6National Semiconductor7位富士通、8Philips9位松下電子工業、10位三菱電機と日本企業が6社も占めるようになったのである(参考資料1)。

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1 円高になった途端日本メーカーがランキングの上位に 出典:ガートナーデータクエスト、EDN Japan特別号「エレクトロニクスの50年と将来展望」

 

 円安の時代は、例えば1981年でも日本の半導体産業は力をつけていたが、トップにはなれなかった。1980年代前半まではTIMotorolaが常に1位、2位争いをしており、1981年でもNEC3位がやっとだった。

  世界の半導体産業はドルベースで比較するため、円高であれば日本円での売上額が少なくてもドルにすると増えて見えるのである。ただ、円高が進みすぎると、輸出産業の製品価格が上がりすぎて売りにくくなる、という現象がクルマなどの産業で起きた。もちろん製品に付加価値がなければ価格競争に陥り円高は競争力が低下する。要は、付加価値を上げた製品であれば、円高でも競争力はあるのだ。

  1ドル=100円の感覚が米国では当たり前だったころ、1ドル=80円台まで来るとさすがにきつい。外国人が日本に来る場合にはドルをたくさん支払わなければならなくなった。かつて2005年ごろの猛烈な円高で、輸出産業が苦しんでいた頃、あるアメリカ人から円高であなたの国の経済はいいわね、と言われたことがある。円高=日本経済に悪い、という図式が頭にあった筆者にはガツンと感じた。確かに、円高だと、原料や部品、部材を安く輸入できる。むしろ、円高で製品に付加価値を付けて売る方が日本産業にとっては良いのではないだろうか、と思うようになった。

  円安は、日本のお金が安く評価されていることを表している。いつまでも円安が良いと思うようでは、日本の経済は良くならないのではないだろうか。円安が続けば、海外旅行、出張にはコストがかかる。輸出産業は製品をドル価格で安く売れるが、輸入する原料費が高くついてしまう。

  結局、半導体産業だけではなくGDPも世界が上がっているのにもかかわらず日本だけがフラットでいるから、すなわち経済が成長していないから、輸入価格が高くなる。さらに円安になっているため、日本は輸入製品が高い。このため日本国内の物価を上げざるを得なくなっている。円安は日本を苦しめていると言えるのではないだろうか。

 

参考資料

1.       「エレクトロニクスの50年と将来展望」、EDN Japan特別号(現在休刊)、200711日、旧リードビジネスインフォメーション社発行

 

工業デザインのクラウド3D-CADでメタバース実現に一歩近づく

(2023年7月22日 16:59)

 工業デザインのメタバースの実現に一歩近づいた。工業用メタバースは、モノづくりの設計の概念を根本から変えてしまう技術である。単なるアバターを登場させたMRAR/VRの世界ではない。現実のもの(製品)と瓜二つのものを3D-CADで作り出すデジタルツインを用いて、優れた革新的な製品を素早く開発する。PTCの提供する3D-CADCreo+」がそれを後押しする。

  例えば、核融合炉を実現しようとしている英国原子力公社とマンチェスター大学、米国のファブレス半導体Nvidiaが1年前に技術提携を結んだが、狙いはデジタルツインの応用によって核融合炉を設計すること(図1)。これまで核融合炉は、世界各国で何度もトライ・アンド・エラーを行いながら挑戦してきたが、実現がとても難しくて、予算を削られその開発をほぼあきらめた感があった。なにせ、太陽と同じ環境を作り出し、ポジティブフィードバック(正帰還)の状況を生み出すことが難しかった。太陽は地球の数倍も重力が高く、しかも内部温度1500万℃を実現しなければならないからだ。重力が小さな地球上で実現するためには1億℃程度が必要と言われている。

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1 Omniverseを使った核融合炉のデジタルツイン 出典:Nvidia

 

 しかし、現実の核融合炉を3D-CADで表し、その上でシミュレーションを行うことで実際に核融合炉を作らなくてもその可能性を評価し、実現に近づくことはできる。これがデジタルツインの本質である。

  もちろんデジタルツインの実現には、3D-CADとシミュレーションは欠かせない。さらに、それらの重いソフトウエアを動作させるための超高速演算できるコンピュータが必要だ。それを可視化するMR/AR/VRなども望まれる。しかし不可欠ではなく、ディスプレイでも十分機能できる。

  3人寄れば文殊の知恵」ということわざがある通り、革新的な製品開発には一人の天才でなくとも複数の人間がディスカッションしながら進めても同じ効果が得られることをIBMがすでに実証している。デジタルツインを世界各地のエンジニアが同じ設計図を見ながら議論すれば、革新的な製品ができそうだ。自動車の設計なら、名古屋、東京、ミュンヘン、シリコンバレーにいるエンジニアが同時に3D-CADを見ながら最も革新的なデザインを生み出せるようになる。これが工業用メタバースの世界である。

  ただし、現実にはまだそこまで出来ていない。しかし、製造系のソフトウエアベンダーである米PTC5月に発表した3D-CADソフトウエア「Creo+」(クリオプラスと呼ぶ)は、クラウドベースのCADシステムで、CADデータをみんなで共有し、それぞれが自分の担当領域を設計することができる。例えばAさんが自動車の車体のデザインを、Bさんはバックライトを、Cさんは色を、それぞれ担当しても同じボディ上で設計することができる。それぞれのコンピュータで設計し、すべてを一つに合わせることができる。設計期間を減らすことになる。

  メタバースでは色塗りや光沢の感触などもリアルタイムで設計できるが、そのためにはレイトレーシングと呼ばれる演算が必要となる。これは一つの物体に当たっている全ての光の光路を全ての反射要素も取り入れて連続的に変化している光の強さを考慮しながら絵を描く技術であるが、演算量がとても多い。そこで、Nvidiaは絵を描くための専用のプロセッサであるGPUにレイトレーシング技術を織り込み、絵か写真か判別できないような絵(グラフィックス)を描ける技術を開発している。それもリアルタイムで描く。これを使ってOmniverseというソフトウエアプラットフォームをNvidiaは生み出している。

  PTCの「Creo+」はクラウドベースの3D-CADであり、クラウド上での管理ツール「Atlas」とセットで使う。ただし、クラウドベースのソフトウエアであるだけで、SaaSSoftware as a Service)製品という位置づけであり、EWS(エンジニアリングワークステーション)レベルのコンピュータが欠かせない。それも単なる設計図だけではなく。その上でシミュレーションも行うことができる。ANSYS社の強度分布や流体の流れ、熱分布、電磁界分布などの基本的なシミュレーションをオプションで追加して、製品特性の評価ができるようになっている。

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2 Creo+のロードマップでは、2024年にウェブブラウザ版の「Creo+ Streaming」をリリース 出典:PTC

 

 しかし、来年はウェブブラウザ版の「Creo Streaming」のリリースを計画しており(図2)、これができればパソコンさえあれば、世界中のエンジニアが同じ設計データを共有できるようになり、さらに一歩、工業用メタバースに近づけるようになる。

現代版「荒野の7人(Magnificent Seven)」とは

(2023年6月11日 15:45)

近頃米国では、GAFAとかGAFAMなどと言わないらしい。AppleMicrosoftGoogleMetaAmazonTeslaNvidiaを加えて、「Magnificent Seven」と多くのメディアが呼び始めた。大きな影響を与えるビッグテック企業7社をこう呼んでいる。

 

Magnificentとは、英和辞書を引くと、「壮大な、雄大な、素晴らしい、見事な、拡張の高い、崇高な」などの意味がある。Magnificent Sevenは日本名「荒野の7人」である。ユル・ブリンナーやスティーブ・マックィーンなどが出演したかつてのハリウッド映画だ。その原作は、いうまでもなく黒澤明監督・三船敏郎の「七人の侍」である。ただ、ビッグテック企業をMagnificent Sevenと名付けたのは、バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)だという。

 

従来のGAFAMTeslaNvidiaを加えたのは、成長性の大きな企業だからだ。Teslaはただ単に電気自動車の先駆者であるだけではなく、クルマの将来の姿をEVに組み込んでいる。バッテリシステムでは床一面に敷き詰める方式で、車体の安定性を確保するとともに低コスト化のためのプラットフォームとしての役割も担う。またコネクティビティではクルマに搭載するソフトウエアをOTAOver the air)で走行中でさえも更新できるシステムを導入している。さらにインバータには高耐圧のSiC MOSFETを採用して急速充電にも対応できる半導体を使った。

 

Nvidiaはファブレス半導体メーカーとして2022年は世界で10位か11位に位置するメーカーにありながらも、時価総額が1兆ドル近くにも上った。単なるゲーム用のアクセラレーションカード(ボード)をゲームPC向けに製造している一方で、AIの基礎となっているニューラルネットワークモデルの演算にも使って学習させてきた企業である。GPU(グラフィックスプロセッサ=お絵かき用の半導体)というハードウエアだけではなく、学習させるためのCUDAソフトウエアプラットフォームや、AIや生成AIなどで大量の学習データだけではなくソフトウエアでもさまざまなAIライブラリを取り揃えている。

 

今や、さまざまなAIメーカーがChatGPTに代表される生成AI用の学習データを作りこむためのGPUNvidiaに求めており、その製造を担当するTSMCの生産量が全く間に合わないほどのGPUへの要求が来ているという。

 

GAFAMの内、もともとファブレスながらも製造業を志向してきたAppleは自前の半導体でiPodをはじめ、iPhone、そしてMac PCにまでCPU(あるいはSoC: System on Silicon)を設計してきた。そのため半導体企業からエンジニアを連れてきた。Appleはさらに通信用の半導体も自前で設計しようともくろんでいる。Qualcommの特許料が高いことを嫌ったためだ。また、ネットワーク用のチップにも進出するため、Broadcomとも取引を始めた。

 

いわば純粋のファブレス半導体メーカーとしてNvidiaAppleMagnificent Sevenに含まれているが、実は他のITサービス業者MetaAmazonMicrosoftGoogleもまた、自前の半導体を作っている。そしてTeslaでさえも自動運転のためのAIチップを設計開発しており、モデル3に搭載している。これからのクルマがSoftware-Defined Vehicle(ソフトウエアで定義されたクルマ)になることを見越しているからだ。

 

こうやって見てくると、Magnificent Sevenと呼ばれる企業は全社とも自前の半導体を設計し、競合他社との差別化を図っているといえそうだ。日本のIT企業が世界で羽ばたくためにはやはり自前の半導体を持ち、自社のITシステム(クラウド、データセンターなど)の差別化を図る必要があるようだ。それがなければアマゾンやマイクロソフトなどITサービス業者(ISP)のサービスで十分事足りるのである。

ソフトウエア定義のクルマ作りを加速するApex.AI、日本法人設立

(2023年5月 9日 12:28)
知り合いの広報の方から紹介されたApex.AI(エイペックスエーアイ)という会社は、AI(人工知能)の会社だと思っていた。ところが実際に話を聞いてみると違った。ROS(ロボットOS)の実用版であるROS2をベースにしたミドルウエアの会社だった。シリコンバレーを本拠地としながらも市場を世界各地に求め、2017年に起業した後、ドイツのベルリン、シュツットガルト、ミュンヘン(BMWの拠点)、スウェーデンのヨーテボリ(Volvoの拠点)、韓国ソウル、そして今回、東京に現地法人を設立(図1)、世界展開を図っている。

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図1 ハードウエアとソフトウエアに熟知したメンバーたち CEO兼共同創業者のJan Becker氏(中央)と日本法人暫定カントリーマネージャーでシニアVPのTavis Szeto氏(左)、シニアマネージャーの三輪多郎氏



最近はソフトウエアのニュースだからといっても半導体と決して無縁ではない。むしろあらゆるシステムがCPUを集積したSoC(システムLSI)を頭脳として活用する時代になり、ソフトウエアをSoCに埋め込む時代になったため、半導体チップはソフトウエアとますます切り離せなくなってきたのだ。

では、Apex.AIは何を売り物にする会社か。近未来の自動車用のソフトウエア開発に有効なツールを提供する会社である。自動車用のソフトウエアはもはや数千万行ものプログラムを書かなければならない時代に入っている。でもどうやってそれを書くのか?もちろんそれを1社が書けるサイズではない。一般にソフトウエアは、CPUに最も近い基本的なOS(Operating System)、その上にミドルウエア、さらに最もユーザーに近いアプリケーション(通称アプリ)、というレイヤーに分かれている。OSとミドルウエアがしっかり未来を見つめた構造になっていれば、この先も安心してアプリケーションの開発だけに集中できるようになる。アプリケーションだけなら少ない行数のプログラムで済む。

このようなソフトウエア開発の階層構造はスマートフォンとよく似ており、iPhoneのOSやAndroidは、ミドルウエアを含んだ総合的なOSとして機能しており、アプリケーションは含まない。アプリケーションを開発するのはAppleでもSamsungでもない。ユーザーなら誰でも開発できる。こういった構造と同様に、クルマメーカーやそのソフト開発パートナーはアプリだけを開発すればよいのだ。こうなるとソフトウエア定義のクルマ作りの開発スピードはぐんと上がる。Apex.AIのCEO兼共同創業者のJan Becker氏によると、3~8倍も開発スピードが速くなるという。

同社には実際に多数のVC(ベンチャーキャピタル)や企業キャピタルが出資しており、トヨタベンチャーズやHella Venture、Airbus Venturesなどの企業キャピタルや、Daimler TruckやVolvo、Jaguar Land Roverなどの自動車メーカー(OEM)、ContinentalやZFなどのティア1サプライヤーなどが顔を連ねている(図2)。そうそうたるクルマ向けの出資社ばかりだ。それだけみんながソフトウエア定義のクルマ(Software-Defined Vehicle:SD-V)に関心が高いということだ。


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図2 自動車関係の出資者が顔を連ねる 出典:Apex.AI



では、どのようなミドルウエアか。Apex.AI社が開発したSDKは、ロボット用OSの最新版ROS 2をベースにしたミドルウエアにISO26262 ASIL Dという安全認証を得たツールである。ROSはもともと大学などアカデミック分野でPoC(Proof of Concept)など実証するために用いられてきたが、開発用のROSをベースにアプリケーションソフトを作る場合には試作し検証し製品化するのに開発時間がかかっていた。これに対してROS 2は産業向けに開発されたロボットOSで、実用化しやすい。自動車用のソフトウエアには、ハードウエアと同様、安全認証が求められる。

Apex.AIが開発したROS 2ベースのSDKである「Apex.Grace」は、開発期間を3~8倍以上短縮する。このSDKは開発効率を高めるために使うミドルウエアであり、すべてのソフトウエア部品や機能を含む各種ライブラリやソフトウエア開発ツール、各種トレーニング用ドキュメントなどを揃えている(図3)。


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図3 ROS2ベースのSDKでISO26262のASIL Dに準拠 出典:Apex.AI



Apex.AIが持つミドルウエアはこれだけではない。高性能なデータを安全でセキュアに転送するためのツールであるApex.Idaも提供する(図4)。このミドルウエアは車内外の通信インターフェイスをほとんどカバーしている。車内ではLINやCANなどの低速インターフェイスからFlexRay,さらにEthernetなどADAS(先進ドライバー支援システム)やインフォテインメント系の高速インターフェイスへと広がってきており、すべてに対応しなくてはならなくなっている。Apex.Idaはクルマ用のインターフェイスやプロトコルを全て集積しており、開発者はインターフェイスやプロトコルを気にすることなく、アプリケーションを開発できる。Apex.Idaは多数のインターフェイスから所望のインターフェイスを一つ自動的に選択機能がある。


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図4 データを高速に転送するためのツールApex.Ida 出典:Apex.AI




Apex.AI社は、ミドルウエアApex.Graceと通信用Apex.AIをバンドルして、Apex OSとして提供することもできる。3月にはInfineonの上位マイクロコントローラである「Aurix TC3x」にApex.AIのSDKを組み込むことで、OEMのソフトウエア開発を加速することができることを発表している。

これからの自動運転や、ECUをいくつかまとめたドメインコントローラ、中央コンピュータ、ゲートウェイなどSD-Vの早期開発に向け、こういったミドルウエアによってアプリの開発が早まる。SD-Vの時代がこれから始まるだろう。