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「I will Survive」はムーアの法則にも当てはまる

(2020年3月14日 21:21)

I will Survive(生き残ってやる)」。1980年代のディスコを席巻した歌の一つだ。グロリア・ゲイナーが歌う失恋から立ち上がるその歌は、ディスコテック・ロックの一つとして今でも米国のイベントで流れることが多い。

半導体の世界でもムーアの法則は生きていた。半導体チップに集積されるトランジスタの数は、1824カ月で倍増する、というムーアの法則だ。ムーアの法則は、もともと半導体企業の先駆者であった米Fairchild Semiconductor(現在はON Semiconductorに買収された)に在籍していたゴードン・ムーア氏が1965年、市場に出ている半導体チップのトランジスタ数は毎年2倍に増えているという経済法則を見つけたことから、言われ出した。

1は、半導体回路に集積されるトランジスタ数の推移を単純に描いたものだ。縦軸は対数スケールであるから、対数で直線だということは年率何%あるいは何倍で伸びているという意味である。これは市場調査会社のIC Insightsがグラフ化したもの。ムーアの法則はもう成り立たない、と言われながら、なぜ続いているのか?

Fig1MooresLaw.png

 

1 半導体に集積されるトランジスタ数は増加し続けている 出典:IC Insights

 

もちろん、データに偽りはない。ムーアの法則は、毎年2倍から12~18カ月に2倍、あるいは18カ月から24カ月に2倍というように言われるようになり、少しずつ形を変えていった。

最も顕著な変化は、微細化=ムーアの法則、といった捉え方をされるようになったことだ。数nm以下になると、ムーアの法則は死ぬと言われていた。トランジスタ数ではなく微細化技術をムーアの法則と指すようになった。

なぜそうなったか。1980年頃、IBM T. J. Watson研究所にいた、ロバート・デナード(Robert Dennard)博士が打ち立てたスケーリング理論(最近ではデナードの法則という言葉も登場している)に基づいている。これは、MOSトランジスタのドレイン電流が、WµC/L*V2に比例する1次元動作近似をベースにして、トランジスタの寸法を表すW(ゲート幅)、L(ゲート長)、µ(キャリヤ移動度)、C(ゲート容量)を比例縮小したら、動作速度や消費電力がどちらも好ましい方向に行くことを理論づけた。

この理論によれば、微細化すればするほど性能は上がり消費電力が下がるという幸運な特性を持つことがわかった。このため、MOSトランジスタの微細化技術はどんどん進んでいった。半導体の高集積化にとって微細化は常識になった。このため、28nmくらいまでは、ひたすら微細化してきた。言葉が変質したのは、半導体製造のITRSInternational Technology Roadmap for Semiconductors)ロードマップの指針であろう。ITRSは、微細化が限界に近づいたから、ムーアの法則は成り立たなくなってきた、と表現した。このため、10年前には「More Moore」や「More than Moore」と言われるようになった。すでに「微細化=ムーアの法則」という言葉に変わってしまっていたのである。

 

半導体製品は3次元に向かった


1に見るように、半導体に集積されるトランジスタの数は年率十数カ月で2倍になるという本来のムーアの法則は、実は変わっていないのである。

なぜこうなったのか。半導体に集積するトランジスタを従来の2次元から3次元に変えたからだ。図1の最近の高集積なICNANDフラッシュメモリである。これは数年前から2次元から3次元へ変更し、それも当初の32層から64層、さらに96層へと高層化してきたのである。トランジスタ数は急速に上がってきた。

これを今度はチップ同士の接続というように3D3次元)ICとし、スタック(重ねた)したチップを一つのモールドでパッケージすると、外見は1個のIC製品に見える。この3D-ICはムーアの法則に沿うだろう、その定義が最初のゴードン・ムーア博士のままであれば。そうすると、ムーアの法則はまだ当分続くことになる。

2020/03/14

大学発ベンチャー誕生を思い出せ、全学挙げて産学共同を推進する東工大

(2020年3月 5日 00:47)

磁気テープで有名になったTDK。テープだけではなくコイルやトランスの磁心などに使われるフェライトで有名な会社だ。もちろん、HDD(ハードディスク装置)の磁気ヘッドでも大きく成長した。だが、TDKが東京工業大学から生まれた大学発ベンチャーであることは意外と知られていない。一方の東工大もベンチャーを生み出す気風には至っていない()

日本の産業界を活性化する上で、大学発ベンチャーを成功に導くことは重要なミッションだ。ようやく最近、大学と産業界が手を組む産学共同が日本でも始まろうとしている。これまでは大学の教授や研究室が企業と協力しながら研究を進めてきたケースはある。文部科学省からの予算だけでは不足するため自主的に企業と手を組んだ研究室や教授であったが、全学を挙げて産学共同に取り組んでいたわけではなかった。

東京大学は最近、AI(人工知能)チップを設計するための施設を作ったり(参考資料1, 2)、ファウンドリ事業で世界トップの台湾TSMCと提携したり(参考資料3)してきた。学長自ら旗を振り外部企業との提携や共同プロジェクトを進めてきた。東工大も負けずに全学を挙げて産学協同に取り組み始めた。このほど「第1回東京工業大学国際オープンイノベーションシンポジウム」でその枠組みについて発表した。

 東工大の産学共同プログラムは、一種のR&Dコンソーシアムを基本としており、このコンソーシアムに参加する企業や外部機関のパートナーは、これまでの特許やIPとは違う仕組みを取り入れた。この特許の仕組みが最大の特長だ。これまで産学共同が進まない最大の理由が特許であった。国立大学である以上、文科省の管轄下にあり、大学が企業との共同研究では特許は全て文科省、すなわち国庫に入った。このため企業の中には、特許が入手できないのなら自分たちだけで研究した方が良い、と考えるようになった会社も多い。だから産学共同は思うように進まなかった。

Fig1TokyoTech.jpg 1 特許の扱いはよりフレキシブルに 出典:東京工業大学


 そこで、東工大は従来の仕組みを改めて、共同研究での契約が独占使用かそうではないか、あるいは第三者が使いたいという非独占的な場合の扱いも発明企業と大学の双方の利害に照らして、特許の扱いをフレキシブルに対応できるように変えた(1)。これによって、これまでのように発明成果を国家に一律に取り上げられることはなくなった。

 また、数社が参加する一つのプロジェクトに対して、その中から生まれた特許に関しても担当した企業同士で共有できるようにし、事業化する場合の権利をパッケージ化した特許プラットフォームを作り(2)、共同開発したテーマの特許を共有できるようにした。これら特許のフレームワークについては文部科学省も理解を示しているようで、20202月に開催されたシンポジウムで文科省の来賓あいさつがプログラムに組み込まれていた。

Fig2TokyoTech.png 2 コンソーシアムでは特許を共有、メンバー企業は優先的に使える 出典:東京工業大学


 かつて取材した英国のBristol大学やCambridge大学では(参考資料4)、教授をはじめとするアカデミアの人たちは特許には全く関心を示さなかった。共同開発であってもその研究から生まれた成果を特許申請して、権利を受けるものは企業だという考え方であった。アカデミアの人たちは特許を書くことに興味はなく、それよりも学会や国際会議で発表する論文を書く方が研究内容を評価されるため、論文執筆に精力を注ぐ。企業は、利益を追求するため、特許は企業にとって利益の源泉になりうる。例えばQualcomm社は製品を開発する会社と、特許をビジネスとしている会社の2社から成り立つホールディングカンパニーである。

 今の東工大の新しい特許のフレームワーク(2)では、特許の申請は企業が行い、その利益の配分は双方で決めるという考え方だが、これでも英国の共同研究における考え方とは違う。英国の共同研究では資金を提供するのは企業側であり、大学側はそれを受けて研究成果を提供するから、特許化するのは企業側が主体であり、その権利を行使するのも企業側だという考えによる。

 しかし米国にはStanford大学のように名門私立大学が多いが、産学共同プロジェクトでは、特許を管理する管理部門が大学にもある。もちろん、Stanford大学の教授たちも日本の教授と同様、特許より論文執筆に精を出す。しかし、特許に関しては私立大学である以上、大学といえども企業と同様ビジネスモデルを常に考えながら進んでいく。研究成果を事業化する場合も管理部門が責任を持つ。今回の東工大の特許の考え方は、Stanford大学に近い。

 

注)セキュリティソリューションで有名なソリトンシステムズ社は東工大で博士号を取得した鎌田信夫氏が創業したベンチャーであるが、博士号を取得した時の研究テーマである磁性半導体をビジネスにした訳ではないので、大学発ベンチャーとは言えない。

 

参考資料

1.     IBM, AIチップ開発エコシステムとニッポン(2019/2/17

2.     東大のAIチップ設計拠点が活動開始、カギはデザインハウス(2019/2/28

3.     東大とTSMCが包括提携、3nm以下のLSI実現に向けた国際協力へ(2019/11/28

4.     津田建二著「欧州ファブレス半導体産業の真実」、日刊工業新聞社、201011  

真っ暗闇でカラーの赤外線画像・映像を撮る

(2020年2月21日 20:19)

まず図1を見てほしい。この写真は、真っ暗闇の中で赤外線センサを使って撮ったものだ。真っ暗闇すなわちゼロ・ルクスの明るさでも赤外線を使えばカラー写真は撮れる。しかし、これまでの赤外線センサで撮ると、図1の左のようにモノクロでしか撮れなかった。日本発、赤外線センサ技術のスタートアップ企業であるナノルクス社は、赤外線センサチップを試作、すでに写真撮影のデモを済ませ、実用段階に近づけた。

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1 真っ暗闇で撮った赤外線カラー画像 出典:ナノルクス

 

 これまで赤外線カメラといえば、冷却が必要で、数十万円以上もする高価なぜいたく品だった。ごく一部の応用(特殊な宇宙・防衛、医療関係など)でしか使われてこなかった。また従来の赤外線カメラは、高価であるゆえに画素数を減らして低分解能な写真しか商用化できなかった。

  ところが、ナノルクス社のセンサは安価にできる。従来のスマートフォンやデジタルカメラで使われるセンサと、さほど変わらないコストで製造できる。しかも、HD(高解像度)画像を撮影できる。つまり、iPhoneやデジカメなど、これまでの可視光カメラをそのまま赤外線カメラのように使えるのである。加えて、動画も可能だ。赤外線カメラやセンサの破壊的イノベーションといえる。

  今回、ナノルクス社が開発したこの近赤外線センサは、200万画素のフルHD1920×1080画素)に近赤外線フィルタを設けた簡単な構造をもち、半導体用のパッケージに実装したものだ。シリコンウェーハ、カラーフィルタ、ICパッケージからなるセンサで、パッケージングした写真(2)でも、ごく普通のセンサのように見える。赤外線イメージセンサの画素ピッチが3µmであり、監視カメラなどに普通に使われており特に難しい技術ではない。ICパッケージ内の真ん中に見える薄いピンクの部分がチップである。

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2 カラー赤外線CMOSイメージセンサ写真 筆者撮影

 

 なぜ、カラーの赤外線画像が得られるのか。そのキモはカラーフィルタにある。可視光のカメラは、可視光のRGB(赤緑青)の色の3原色のカラーフィルタを通してカラー写真を撮れているが、この赤外線カメラでは、可視光のRGBに相当する赤外線の3原色を利用した。それを近赤外(Near Infrared)なので、NIR1(波長800nm)NIR2(波長870nm)、NIR3(波長940nm)に相当させて(図3)、カラーを実現した。元々は産業技術総合研究所のエンジニアが見つけたため、そのまま社員として創業時から一緒に実用化に向けて開発に取り組んできた。

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3 近赤外線NIR1NIR2NIR33原色でフルカラーを実現 出典:ナノルクス

 

 カラーフィルタといっても赤外波長なので色が見えるわけではないが、便宜上NIR1、2、3として表現し、カラーフィルタに配置した。NIR1~3はそれぞれフィルタを構成する訳だが、ここでは多層膜をパターニングすることで1画素内にそれぞれを配置できるようにした。基本的な考え方は、透過率の異なる2種類の膜を交互に積み重ねて10層程度積むと波長選択性を持つようになる。つまりフィルタができる。いわゆる、ファブリ・ペロー共振器である。

  そして3種類の波長に対応させるためには、真ん中の膜のみ厚さをそれぞれ変えていくのだという。他の膜の厚さは変えなくてもよいため、低コストで製造できる。ここに3µmピッチのパターンが必要になる。これにより、それぞれNIR1NIR2、NIR3の「近赤外波長の色」になるという訳だ。これらの膜を10層形成しても1.1µm以下の厚さで済む。一般の可視光カメラのカラーフィルタの厚さに近い。だから、安いコストで実現できるのだ。

  CMOSイメージセンサIC回路の試作ではファウンドリに依頼し、カラーフィルタのパターニング加工は産総研、パッケージングは韓国メーカーに依頼した。量産時には生産数量にもよるが、生産能力のあるファウンドリにイメージセンサ回路やカラーフィルタ、そしてパッケージングのOSATに依頼するようだ。

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4 カラー近赤外イメージセンサが描く応用例 出典:ナノルクス

 

カラー赤外線イメージセンサチップ全体で、数ドルにしたいという。数ドルなら、これまでとは違う全く新しい用途が開けてくる。特にメディカル・ヘルスケア向けの用途は大きく、セキュリティや生体認証などさまざまな応用が可能になってくる(図4)。いよいよ実用化に近づいたことで次のラウンドの資金調達したい、と社長の祖父江基史氏は意気込んでいる。

2020/02/21

主催者がMWC2020開催を中止

(2020年2月11日 22:34)

   わずかな期間に主催者であるGSMAが、モバイル通信技術の展示会&セミナーであるMWCMobile World Congress)の開催中止を決定した。通信機器のEricssonが中止を早々と決めたのに続き、AmazonNvidiaも中止を決めたことを211日に報じた。この記事掲載の後、NokiaAT&TSprint、、BT(ブリティッシュテレコム)、ドイツテレコムなども中止を明らかにした。大手通信業者や通信機器メーカーなどが撤退を決めたことで主催者もMWCそのものを中止せざるを得なくなったのであろう。

以下は、参考のために211日に掲載した記事である。                                                                (2020/02/13)


コロナウィルスで、モバイル展示会MWC出展取り消す企業が続出


 スペインのバルセロナで毎年開催されていたモバイル通信技術の展示会&セミナーのMWCMobile World Congress(1)への出展取りやめが相次いでいる。今年は224日から27日に開催される予定だったが、24日に中国のZTEが出展取りやめを皮切りに、7日にはスウェーデンのEricssonが出展を中止すると発表した。

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1 MWCが開催されるスペイン・バルセロナの会場 筆者撮影

 

 211日現在、出展・参加取りやめを表明したところは、米国のECサイトAmazonの他、AI向け半導体GPUを開発しているNvidia、韓国大手家電メーカーのLG、そして中国の大手家電メーカーTCL、さらに日本のソニーとNTTドコモなど。

  MWCは、ソフトバンクやKDDIなどの通信オペレータや、CiscoNokiaなどの通信機器メーカー、さらに通信機器に使う半導体メーカー、IPベンダー、通信機器に組み込むソフトウエアベンダー、OSやミドルウエアのソフトウエアベンダー、そして民生用のスマートフォンやタブレットなどのメーカー、クラウド上での通信サービスを展開するソフトウエアベンダーなどが参加するイベントだ。規模は東京ビッグサイトの2倍くらいはあろう。とにかくでかい。

  特にEricssonの出展中止の影響は大きい。同社のブースはいつも巨大だ。Ericssonブース内はアポイントメントなしでは入れない。いつどこの誰が何人入場するのか、を事前に届けておく必要がある。まるで企業の受付のような構えであり、受付で承認をもらったモノだけが入ることを許される。Ericssonのブースというより建物の中に普通のブースが並んであり、参加者の興味によってモデルコースを用意している。通信オペレータ向けのコースや経営陣向けのコースなど、回り方や重点的に見るブースや、スキップするブースなど来場者の属性でコースが異なっている。

  Ericssonの建物内のブースから離れた場所に休憩所もあり、そこで、ハムやチーズなどのつまみやサラダ、パン、ワイン、ジュースなどを楽しむことができる。もちろん、ブースの係員や案内人などから不明な点を教えてもらえる上に、そこに詳しく説明できる専門員がいなければ呼びよせてくれる。まさにEricssonのブースは小さな遊園地のような作りになっている。

  海外の展示会は展示物を披露することが出展社の目的ではなく、顧客や潜在顧客と商談やディスカッションをすることである。4日間で20社の自分のクライアントに会って話ができる機会は簡単には作れない。技術営業の人間が5人いれば合計100社と面接(インタビュー)できるため、展示会ほど効率よく顧客を回れるシステムはない。だからこそ出展するのだ。Ericssonの建物には商談室が20室ほどあり、アポなしでは入れない。商談会であることが日本の展示会とは大きく違う。

  今回は、MWCの会場内で開催されるセミナーGTIの開催も中止になった。GTIはインドのインドのBharti Airtelや中国のChina Mobile、米Sprint、ソフトバンク、そして英Vodafoneが中心メンバーとなって、双方向通信方式について話し合う会議であった。特に携帯電話のTDD(時分割二重)とFDD(周波数分割二重)方式について話し合っていた。周波数効率の良いTDDは特に中国が推進しており、今回のコロナウィルスのパンデミックのためにいち早く中止を表明していた。

  MWCは通信業者の大きなイベントであるが、コロナウィルスのような蔓延しやすいパンデミックの原因がはっきりしている以上、リスク管理意識の高い企業はすぐに取りやめることを決意した。コロナウィルス発病者が中国に続き2番目に多い日本は、政府の遅い対応からわかるように、リスク管理の意識が極めて薄い国のようだ。

2020/02/11

オムロンが東京に開発工場を作った理由(わけ)

(2020年2月11日 14:37)

 制御機器やセンサ、ヘルスケアなどの事業を手掛ける、京都のオムロンが、東京品川駅の近くに開発工場を設立した。東京に工場を作ったのは、東京が世界の玄関口だからだ。オムロンは世界36カ所にオートメーションセンター(ATC)を持っている。加えて、東京に本社を持つ企業は多い。この品川は世界で37番目の拠点となるという。

  品川は、アジアと北米をつなぐ中間にある。ここにモノづくりのユーザー企業に来てもらい、「ユーザーの持つ課題を解決するためのソリューションを一緒に開発するためにこの工場を使ってもらう」ことを意図している。エンジニアだけではなく、ユーザー企業の経営陣もこのオートメーションセンターに来てもらいたい、とオムロン執行役員副社長兼インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー社長の宮永裕氏(図1)は述べている。

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 1 オムロン執行役員副社長兼インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー社長の宮永裕氏 筆者撮影


 オムロンは工場のオートメーションに強い。これを実現するための制御機器を20万点も持っている。これを生かし、さらに将来のモノづくりの革新を見据えて、制御機械の高速・高精度化を図るためにもっとintelligent(インテリジェント)に制御することで生産性向上につなげようとしている。制御機器にインストールしたソフトウエアも170種あり、工場の機械から発生するさまざまなデータを収集(integrated)・活用し学習させ、モノづくりの進化を狙う。さらに人と機械との新しい協調としてインタラクティブ(interactive)を掲げている。これらをまとめて、i-Automationと呼び、これが未来のオートメーションとしている。

  ATC東京では、オムロンが誇る20万種以上の制御機器を高度にすり合わせた技術力とアプリケーションを組み合わせて、顧客の課題に合わせた解決策を実証することができる。加えて、これらの制御機器を導入するために必要な技術トレーニングも提供する。さらに協調ロボットや移動型ロボットなどを使った作業の検証もできる上、ユーザーの装置を持ち込み、ロボットを使った実験も行うことができるという。

  最新の自動化するモノづくりを体感するだけではなく、実証、技術習得、開発まで、ワンストップでユーザーと一緒に開発することができる。モノづくりの現場は多品種少量生産が求められるようになっており、その割に熟練工の不足も同時に進行している。このため、これまでとは異なる革新的な自動化モノづくりを提供しようという訳だ。

  東京は、日本経済の中心地であり、世界的な企業も集結しており、しかもアジアからと北米からのアクセスも良い。加えて、ビジネスの決定権のある経営陣も東京に常駐していることが多い。潜在顧客を取り込むには絶好の場所である。ここでビジネスを決めてもらうためにはモノづくりを基本とするオムロンにとって好都合である。

  量産と違って、開発だけなら工場といえども広大な敷地は要らない。実証実験(PoC: Proof of Concept)するための設備を揃え、しかも工場の開発部門で使う最先端のオムロン製マシンを揃えておけば、マシンのショールームにもなる。もちろん今回の開発工場はショールームが目的ではない。実際に使ってみることができることが最大のウリだ。しかも最先端の高速・高機能なマシンが勢ぞろいしているため、これらのマシンを使ってPoCできると、実はIoTの利用促進といったデジタルトランスフォーメーションによる生産性向上の道のりが早くなる。

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2 オムロンのATCでは産業機械やロボットが生産ラインのPoCに使える 筆者撮影

 

 オムロンが強い、PLC(Programmable Logic Controller)コントローラとサーボモータ制御、センサ、ロボット、安全性の5つの技術を持つ企業は他にはない、と宮永氏は言い切る。同社にはこれまでにも草津や刈谷にもATCを持つ。刈谷は言わずと知れたトヨタ自動車のティア1サプライヤーであるデンソーの本拠地だ。このATCにはトヨタの経営陣が来る。今後は次のクルマの工場についてコンセプトをディスカッションしたいという。

 加えて、東京には半導体チップベンダーやディストリビュータ、OSベンダー、アプリケーションソフトウエアベンダーなどが集まっている。しかもIoTシステムを開発する場合のエコシステム、例えばIoTビジネス共創ラボなどの組織が揃っている。この環境を利用しない手はない。企業としていち早く生産性向上や働き方改革なども実現しやすい。開発工場が東京にあることの重要性をオムロンがいち早く見つけた、といえそうだ。

(2020/02/11)

 

国産ファブレス半導体スタートアップ、5nmのAIチップを開発

(2020年1月28日 23:22)

 日本にもやっとファブレス半導体のベンチャーが登場した。半導体設計には時間もコストもかかる。それでも5nmという最先端の製造技術をTSMCに依頼して、AIコアを作り上げた。福岡市に本社を持つTRIPLE-1という名のスタートアップ企業だ。

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図1 AIコアの試作チップ 出典:TRIPLE-1


  TRIPLE-1201611月に創業したスタートアップで、これまでも仮想通貨のマイニングするためのチップを開発しており、2018年には「KAMIKAZE」という名称のマイニングチップを開発していた。仮想通貨(英語では暗号通貨)では、毎日の取引結果を台帳に書き込むわけだが、先に書き込んだ人が仮想通貨をもらえる。仮想通貨の取引高は暗号化されているため、暗号を解くためには高速の計算機が必要になる。このため専用の半導体チップを使って高速の専用コンピュータを作るという訳だ。

  KAMIKAZE」はTSMCの7nmプロセスで製造した。暗号解読コンピュータは、演算器を超並列に多数並べることで解読するため、チップに集積するトランジスタ数はおのずから増加する。チップは大きくなればなるほど歩留まりが落ちるため、微細化することでできるだけ小さな面積で多数のトランジスタを集積する。このために当時最先端の7nmプロセスを使って集積回路ICを手に入れた。

  昔は、半導体を手に入れるためには工場を建てることから始まった。しかし、ファブレスとファウンドリのビジネスモデルが確立した今、工場を持つ必要はなくなった。だからファブレスで顧客が欲しいと思える半導体製品のビジネスは十分に成り立つ。DRAMNANDフラッシュのように大量生産型のコモディティ製品は、工場を持つ方がコスト的に有利だが、大量生産品を持たない場合はファブレスでなければコスト的に合わない。残念ながら、これまでの日本の半導体メーカーはシステムLSIという少量多品種製品の時代になっても工場を持つことに固執したため、コスト的に合わず(ラインが埋まらず)、割高の製品しか作れなくなっていた。だから国際競争で米国にも欧州にもアジアにも負けたのである。

  TRIPLE-1はれっきとした国産のファブレス半導体メーカーだ。社員数はまだ30名ほどしかいないが、そのうちの7割が国内の大手にいた半導体設計エンジニアだ。大手の半導体メーカーはリストラを繰り返しているため、優秀なエンジニアを確保することはそれほど難しくはない。当然ながら技術のことは詳しい。会社設立3カ月後の20172月にはマイニングチップの設計仕様を検討し始め、わずかその1年後の20182月にはテープアウト(設計完了)した。そして20185月には初期量産ウェーハ投入にこぎつけ、暗号解読専用コンピュータまでも201812月に初期量産できるようになった。ものすごいスピードだ。

  20199月には、AIコアの評価チップを開発、最近になってようやくその性能を評価できるようになったが、顧客のサンプル評価も同時に進めている。このAIコアもやはりTSMCに製造依頼したが、最先端の5nmで設計・製造した。AIチップは小さなMAC(積和演算)とメモリをセットにしたブロックを大量に超並列に配置している。このため、多数のトランジスタを小さく集積する必要があり、最先端の微細化技術でチップを小さくした。

  今回開発したチップは、AIチップといえるほどまだMACの数は多くないが、このAIブロックコアの性能や消費電力を評価し成功の可能性が見えたら、今度はチップ製作へと移る。チップを依頼するのにはコストがかかるが、資金調達は社長の役割だ。社長の山口拓也氏は、資本金36億円を調達し、半導体チップビジネスの夢を描く。「どうせやるなら最先端技術を使いたい」と2番ではなく1番を目指す。微細化に向いたマイニングチップ、さらにAIチップと狙いは王道を行く。TRIPLE-1は、日本の半導体産業に久々に灯った明かりになる可能性を秘めている。

2020/01/28

早く買収されたい外資系の社員たち

(2020年1月28日 13:37)

 1月中旬に東京ビッグサイトで開催された第12回オートモーティブワールドでは、これから買収されようとする企業の社員が早く買収されたいという声を聞き、彼らの気持ちの高まりを感じ取った。一方で、相乗効果のない事業部門でも買収提案されたら何が何でもそれを手放さない、という日本の企業経営者の姿勢との大きな差を見ることができた。

 FigAutomotive2020.jpg

図 第12回オートモーティブワールドの一風景

 

 ここで買収しようとしている企業がドイツのインフィニオンであり、買収されたいと社員が浮足立って期待が先走っている企業が米サイプレスだ。また、日本の企業経営者とは東芝のトップである。ガラスメーカーのHOYAが東芝の子会社で半導体製造装置を作っているニューフレアテクノロジーの買収を提案した時に示した東芝の経営者はまるで駄々っ子のようだった。

  インフィニオンがサイプレスを買収するとクルマビジネスで極めて大きな効果がある。単に売上額の足し算によるものではない。互いに重なる製品はほとんどなく、しかも共にクルマ向け半導体事業に力を入れており、大きく伸びそうなことがはっきり見えるからだ。クルマメーカー(OEM)にはワンストップショッピングで製品ポートフォリオを示すことができ、それらを使ってシステムを提案できるのだ。これからの半導体ビジネスを先導するような仕掛けだといえる。

  自動車産業は一番上にOEMがいて、その下にデンソーやボッシュ、コンチネンタルなどのティア1サプライヤ、その下に電子部品や半導体などのティア2サプライヤがいるという産業構造である。最近は半導体メーカーがOEMに直接、新しいシステムを提案するようになってきた。このため、開発するシステムを直接クルマメーカーに提案できることは極めて有利だ。OEMは提案内容のメリットを享受できるだけではなく、新しいハイテクをいち早く取り入れることができるからだ。かつてはBMWが、最近ではAudiが進取の気性ともいうべき新しもの好きなOEMである。

  インフィニオンはパワー半導体だけではなく、レーダーやジャイロなどのセンサ半導体も持っており、ハイパワーのパワーマネジメントIC、さらにはセキュリティを担保するセキュリティマイコンにも強い。片やサイプレスはアナログ回路もプログラムできるマイコンのpSoCの評判が良くさまざまなセンサやインターフェイスIC、タッチセンサなどにも応用している。クルマでは、これからのコックピット向けにマイコンベースでグラフィックスを描画できるICや中小のパワーマネジメントICなどもある。クルマへの応用として両社の持つ全ての製品を使ったソリューション提案ができるのが最大の強みだ。このことは買収される側のサイプレスの社員が熟知しており、両社の相乗効果に大きな期待を寄せている。

  ビッグサイトで開催されたこの展示会では、出展したサイプレスの社員が買収の決定をまだかまだかと待っている様子を感じ取れた。相乗効果で両社とも強くなれることをよくわかっているからだ。インフィニオンもこれでクルマ向け半導体のトップメーカーになれることで期待に胸を膨らましている。これほど相乗効果が期待できる買収も珍しい。

  ところが、東芝の子会社であるニューフレアテクノロジーが買われることに東芝が断固として反対した姿勢は全く理解できない。東芝にとって相乗効果のない部門だからだ。先端半導体製造に必要な電子ビーム露光装置を設計・製造しているニューフレアは、自社内では使い道がない。他社に売るために電子ビーム露光装置を作っている。

  ここにガラス製造のHOYAがニューフレアへの買収を提案した。ただ、いきなり買収提案したわけではない。HOYA2017年からニューフレアテクノロジーとの提携話を東芝に持ち込んできていたが、肯定も否定もしない煮え切らない態度が続いていた。ところが201911月にいきなり東芝がニューフレアの株式をTOB(公開株式買付)で買うことを発表したため、その一月後にHOYAはニューフレアを買うためのTOBを仕掛けた。

  HOYAは半導体製造に必要なガラスマスク(回路パターンを形成したガラス基板)とマスクブランクス(ガラス一面をメタルなどでマスクした基板)を製造しているが、マスクブランクスから電子ビーム露光装置で回路パターンを描く。HOYAは今、外部から電子ビーム露光装置を購入しているが、自社で装置を持っていれば、顧客からの要求で装置を改良したり発展させたりすることができる。半導体の微細化技術は最先端の7nmプロセスから、X線のように波長の短いEUVリソグラフィ技術を使うようになったが、そのマスクも電子ビーム露光装置が製造する。最先端の顧客にも対応でき、HOYAのビジネスは半導体関連分野で広がるはずだった。

  東芝にとってはほとんど相乗効果がないのにもかかわらず、ニューフレアを大事に持つ意味はどこにあるだろうか。むしろHOYAは東芝が実施する株価よりも1000円も高く買うわけだから、今のうちに売却する方が良かったのではないか、と考えることはごく自然である。

  これまで総合電機の経営者の姿を見てくると、自分で判断もその材料も持っていないのにもかかわらず、事業を手放さず持っていたいという気持ちが強いようだ。例えば、NECは半導体部門をNECエレクトロニクスとしてスピンオフさせたが、株式の8割以上を持っていた。親会社-子会社という関係を維持しているため、人事権も親会社が持つ。子会社が好きなように経営しても親会社が気に入らなければ子会社のトップはすぐに外へ飛ばされる。海外の優良企業の経営者ではこんな非合理なことはありえない。例えばフィリップスから独立したNXPセミコンダクターやリソグラフィのASMLなどは子会社ではなく、フィリップスの持つ株式は10%程度、現在はゼロになっている。スピンオフした以上、自分で稼ぐことが条件である。シーメンスから独立したインフィニオンも同様だ。経営者自身が理解できないビジネスは持たないことが原則だからだ。

  日本ではひたすら様々な事業部を天下に収めることが経営者の仕事になっている。しかし、企業を成長させ、社員や株主がハッピーにさせることが経営者の使命ではないか。東芝はこれから10年間、どうやって成長させ社員や株主をハッピーにさせるのか、いつになったらその意志が発表されるのだろうか。

2020/01/28

 

AppleがImaginationに再びライセンス供与を受ける背景を探る

(2020年1月12日 17:08)

 モバイル向けGPU(グラフィックプロセッサ)をAppleが自主開発することはそう簡単ではなかった。AppleがどうやらGPUの自主開発を断念したようだ。モバイル向けのGPU回路に特化しているIPベンダーの英Imagination Technologies(イマジネーションテクノロジーズ)は、Apple社との新たなライセンス契約を結ぶことで合意した、と昨年暮れに発表した。

  Appleは、2017年にGPU(グラフィックプロセッサ)を2年以内に自主開発するとImaginationに通告して、Imaginationは苦しんできた。MIPSCPUコアを手放し、もともとのコアコンピタンスであるGPUに特化し、マネージメントも交替した。それでもImaginationGPUの研究開発の手を緩めなかった。

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1 これは写真ではない。レイトレーシングを使った絵の例だ 出典:Imagination Technologies

  グラフィックスというコンピュータ上で絵を描くための技術をさらに極めてきた。この結果、レイトレーシング(Ray Tracing)と呼ぶ技術をモバイルに応用できるIPコア(LSIの中の一部の知的回路)の開発のメドをつけた。今年後半から来年にかけて一般にリリースする予定だという。従来のグラフィックスという絵を描くだけの機能であれば、もはや参入バリヤは下がっていた。このため、AppleGPUを自社開発できると踏んでいたようだ。しかし、グラフィックスの究極ともいうべきレイトレーシング技術はそう簡単ではない。ここにImaginationが技術開発を続けてきた意味がある。

  レイトレーシング技術は、空間の中のあらゆる光の反射を含め物体に当たる光路を計算し、写真と区別のつかないような絵をコンピュータ上で描くという技術だ。物体に当たるとその色の加減も変わるようにレンダリング(色塗り)作業を変えていく。計算が極めて複雑になるため、膨大な計算量が必要となる。

  最近ようやく、リアルタイムで動画を描けるようになってきた。それもNvidiaGPU専用チップを使っての話しである。Nvidia2018年にリアルタイムのレイトレーシング技術のメドを付けた。今のところゲームへの応用はあるが、これまでもレイトレーシング技術は映画にも採用されてきた。10年ほど前の「ベンジャミン・バトンの数奇な運命」にもグラフィックスが使われていた。ただし、リアルタイムで絵を描けなかったため、映画製作に何カ月もかかった。

  レイトレーシング技術は、グラフィックスを活用するゲーム作りには使われるのは間違いない。加えて、上記の映画作りも容易にする。本格的に普及すると、俳優、女優さんたちは失業するかもしれない。俳優さんの動作をグラフィックス上で本物と区別がつかなくなるくらい表現できるようになるからだ。もちろんクルマのデザインをはじめとする工業デザインにも入り込むだろうし、それをリアルタイムで表現できるようになると、光が当たる物体の動きをリアルタイムでとらえる物理をはじめとする科学の研究にも生かせるだろう。

  ただ、NvidiaGPUは性能が抜群に良いが、消費電力も高いためモバイルには使えない。電池があっという間に消耗してしまうからだ。モバイルで使えるようにするためには、消費電力の低さは絶対条件。その上で複雑な光の反射をいかにして計算するか、というアルゴリズムの開発にかかっている。Imaginationはこの技術にメドをつけたために、Appleが新型iPhoneへの導入にはImaginationのライセンスなしでは実現が間に合わないと判断したのであろう。Imaginationは、中国のスマホメーカーにもライセンス供与しているため、中国陣営がレイトレーシング技術を導入したAPU(アプリケーションプロセッサ)をスマホに搭載するなら、Appleは絵作りで中国に敵わなくなることは目に見えている。

  Appleは、2017年にGPUの自社開発を宣言したものの、やはりうまくいかず、Imaginationからエンジニアも移動させた。すでに2年経つが、レイトレーシングという差別化技術では、やはりImaginationに敵わないとAppleは判断したのであろう。今回、AppleImaginationに対して今後数年間を見据えた長期的なライセンス契約を結んだ。Imaginationのレイトレーシング技術は数年前にAutodeskの一部門を買収して手に入れたが、開発には7~8年かかっている。そう簡単に誰でも開発できる技術ではなさそうだ。Appleの読みは正しいかもしれない。

2020/1/12

医療デジタル化成功の第1歩は、差別意識の撤廃から

(2020年1月11日 14:31)

 バイオJapan/再生医療Japanというメディカル関係の展示会が1986年以来、21回開催され、今年はこれら二つの展示会にhealthTECH Japanという名称の展示会が追加、同時開催されることが決まった。医療関係の展示会にようやくデジタルテクノロジーが入り始める。

  10年以上も前からIT/エレクトロニクスが医療の診断だけではなく治療にも使えることが明らかになって久しい。医工連携すなわち医学と工学をタイアップして治療にテクノロジーを使おう、という提案もあったが、医学系の先生は敷居が高く、工学系からの提案だけに終わっていた。筆者も10年前に医療向けの半導体チップを取材し、2010年日刊工業新聞社から刊行した「欧州ファブレス半導体産業の真実」(参考資料1の中で紹介した、ロンドン大学インペリアルカレッジからスピンオフして設立されたトゥーマズ・テクノロジー(現在センシウム・ヘルスケア社)は、ヘルスケア半導体チップを開発するベンチャー企業だった。

  この半導体チップを実装したプラスターパッチを患者の胸に貼り付け、24時間身体情報をモニターしておけるため、当初集中治療室に運ばれた患者の容態変化を即座に知ることができる上に、看護師が付きっ切りで見ている必要はない。無線で心拍数・呼吸数・体温を2分ごとに測定し続け、そのデータを病院内のサーバーに送る。最大5日まで使え、その間シャワーを浴びることもできる。早期治療ができ回復させることができるため、患者の入院日数は大きく減る。オランダの病院でこのスマートパッチの実証実験を始めた(参考資料2)

  日本でもこういった半導体チップを開発すべきだと筆者ともう一人が7~8年前に提案し、彼はスマートパッチのビジネスモデルを提案し、企画書の草案を持ってファンドや経済産業省などに説明に回ったが、見向きもされなかった。一方、日本では医療側の体制が全くできておらず、厚生労働省の許認可にも膨大な時間がかかると聞かされていた。

  今ようやく、ヘルスケアにデジタルテクノロジーを導入することに賛同されるようになり始めている。healthTECH Japanを通して、デジタルメディスン、デジタルセラピューティクスの活用が始まりつつある。ただし、成功できるかどうかは、医師側、IT側を含めすべての人たちが対等・平等・自由な立場でコラボできるかどうかにかかっている。

  最近のデジタル化やデジタルトランスメーション、デジタライゼーションなどの言葉は、半導体チップとIoT組み込みシステムを使ってエレクトロニクス技術でヘルスケアや医療、社会活動や生活を変えようという意味である。最近ではエレクトロニクスや半導体という言葉よりもデジタル化やデジタルトランスフォーメーションといった方が受け入れられやすい。デジタル化が進めば進むほどアナログ半導体が成長することが明確になっており、エレクトロニクス化が産業や民生を超えて社会へと進出していることを裏付けている。

  テクノロジーの中身はIoTと組み込みシステムでエレクトロニクス回路を組み、ソフトウエアで変更しやすくしている。このため、デジタル化にはシステム設計をはじめ、部品、ハードウエアの設計・製造、ソフトウエア部品やアーキテクチャ、半導体設計・製造、そして医療側の要求とそのブレイクダウンなどさまざまな人たちの協力が必要になる。デジタル化を推進するためにはコラボが欠かせないのである。コラボを成功させるためには、全員が対等な立場で自由に議論し合える場が必要で、そのためには互いを尊重し合える雰囲気がなければできない。

  ヘルスケアや医療の分野でもようやくデジタル化が注目されるようになった。医療のデジタル化では、健康管理から未病・予防医療、治療、予後・介護などにITエレクトロニクス・半導体を使って患者の命を救うのである。healthTECHは医療側からITエレクトロニクス側に寄ってきたといえそうな産業だといえる。

  医療・ヘルスケアでテクノロジーの導入を成功させ、人の命を救うミッションを発展させるためには、医者もエンジニアも意識改革が欠かせない。両者とも互いを尊敬しあうことだ。日本でエコシステムがなかなかできないのは、上から目線、下からの忖度など互いに平等な意識に至っていないからだ。これまで製造業などでは、大企業→子会社→孫会社、あるいは大企業→下請け会社→サブ下請け会社などの構造が出来上がっていたため、みんなが平等に仕事するという意識が低く、日本ではエコシステムが出来にくかった。霞が関の官僚も民間企業に対して上から目線になる。

  ヘルスケア・医療の世界では、医師側と製薬側や装置側など11のコラボはこれまでもあった。しかし、多数の企業が一つのゴールに向かって仕様・設計・生産・テストなどを行うエコシステムはなかった。これから、医療の知識が豊富な医師と、ITや半導体の知識が豊富なエンジニア、ソフトウエアエンジニア、システムエンジニアなどが互いを尊重しつつ共同作業をやる場合、どちらかが上ということはない。

  みんな平等という意識と、互いを尊重する心は、残念ながらこれまでの日本では乏しかった。だからエコシステムは生まれにくかった。男女平等と言いつつ、賃金格差が依然として残っている。女性に責任のある仕事を任せない企業も多い。上司と部下という上下関係も残る。差別意識を減らしていく努力も足りない。外国人を翻訳・通訳としてしか使わない。多様化と言いつつ、企業の社員構成の95%以上が日本人で、その8割以上が男という古い構成の企業は圧倒的に多い。

  ITエレクトロニクスの分野で外国企業が日本よりも圧倒しているのは、エコシステムの差である。ビジネスをするうえで今でも残る「どこの馬の骨かわからない相手」という上から目線。持っている技術が素晴らしければ、すぐにでも使う国々とはやはり大きく遅れている。国内では、ITエレクトロニクス産業よりももっと保守的な医療の世界でエコシステムが本当に作れるだろうか。

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1 英Sensium HealthcareCSOAlison Burdett

 

 ヘルスケアのデジタル化を叫ぶ以上、医学界の意識改革なしで、デジタル化は進められない。さもなければ医療の世界もガラパゴス化する可能性は大いにある。冒頭で紹介した英国のトゥーマズ・テクノロジー社は医学部のクリストファー・トゥーマゾウ教授と工学部のアリソン・バーデット博士(図1)が設立したベンチャー企業である。日本でもこういった企業を誕生させることが、成功への第一歩かもしれない。

 

参考資料

1.     津田建二著「欧州ファブレス半導体産業の真実」、日刊工業新聞社刊、201011月発行

2.     VieCuri Uses Sensium Vitals Patch for Remote Monitoring2019/12/11

大丈夫か、東芝の半導体、今は良いが将来が心配

(2020年1月 9日 21:03)

 東芝の半導体部門の将来が心配だ。今はまだ、東芝の半導体は世界の競合と渡り合えている。これに甘んじて東芝経営陣は、このままでよいと思っているようだ。新しい戦略が出てこないのだ。東芝の半導体部門である、東芝デバイス&ストレージ(D&S)社の攻めの姿勢、すなわち成長戦略が提供されるのはいつになるのだろうか。また、キオクシア社からも成長戦略が見えない。東芝の経営陣はキオクシアに対して連結対象にはないものの、持ち分会社となっているため、キオクシアは、東芝から完全独立という訳ではない。

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  東芝デバイス&ストレージ社は、半導体部門とHDD部門の寄せ集めチームである。ストレージではない半導体デバイスとHDDとはほとんど相乗効果はない。片やキオクシアはNANDフラッシュのみの製造会社である。キオクシアは「記憶」という言葉にギリシャ語の「Axia(アクシア)」をくっつけた言葉だという。つまりメモリ会社であるというなら、なぜDRAMを生産しないのだろうか。ライバルのサムスンやSKハイニクス、マイクロンテクノロジーなどのメモリ(記憶)メーカーは全てDRAMNANDフラッシュを持っている。このため、NANDフラッシュがダメでもDRAMで稼げる。DRAMAIという新しい用途も見つけた。従来のコンピュータに加え、AIにもDRAMは欠かせない。キオクシアだけがNANDフラッシュしか持たない1本足打法を採る。

  そもそもDRAMNANDフラッシュでは用途が全く違う。半導体メモリという言葉で括れば、どちらもメモリであるが、特性が全く違うため、使われる用途も違う。DRAMは何度でも書き換えられるメモリでしかも書き換え速度も読出し速度も速い。ただし、電源を入れている時しか記憶しない。このため、コンピュータを動作させている時は、演算器(CPU)とセットで使う。コンピュータでは、何番地にあるデータと別の番地のデータを組み合わせて、別の番地にある命令に従って計算しなさい、という動作を行うため、CPUとメモリは近ければ近いほど性能は速くなる。

  これに対して、NANDフラッシュは書き換え回数が少なく、DRAMよりも遅い。ただしDRAMよりも大容量にできるというメリットがある。しかもDRAMと違って電源を消しても記憶状態が保たれる。このため、保存すなわちストレージに向くのである。

  では同じ保存(ストレージ)のデバイスであるHDD(ハードディスク装置)とは競合するのか。NANDフラッシュ、HDDそれぞれ一長一短がある。HDDに比べるとNANDフラッシュはアクセス(読み出し)が速い。しかし記憶容量はHDDの方が大きい。昔からの製造実績も豊富で、ビット当たりのコストはHDDの方が1桁も小さい。このため、性能よりも大容量やコストを重視するのであればHDD、大容量よりも性能を重視するならNANDフラッシュが使われている。NANDフラッシュはある程度HDDを置き換えてきた。しかし全てのストレージをNANDフラッシュが置き換えることはありえない。

  キオクシアがストレージデバイスで成長していくのであれば、HDDを東芝D&S社に置くのではなく、キオクシアに置くべきだろう。ところが、東芝の経営陣は、HDDNANDのライバルだと見ており、カニバリズム(自分で自分の足を食うこと)に陥ってしまうとしている。しかし、両者は食い合うのではなく、補完し合える関係にある。ビットコストの安いHDDでデータを保存するが、よく使うデータを一時記憶というキャッシュ(現金とは異なるスペルのcache)メモリとしてNANDフラッシュを使うHDDが増えている。今や多くのパソコンのHDDNANDフラッシュをキャッシュとして使っている。このためHDD搭載のパソコンでも高速の起動が可能になってきている。現実に、Western Digital社は、HDDNANDフラッシュの両方を持つストレージ会社である。メモリ会社ではない。

  キオクシアだけがNANDフラッシュのみの1本足打法に頼るメモリメーカーである。今後に渡ってもHDD全てがNANDフラッシュに代わることはありえない。NANDフラッシュの価格が高いためだ。ストレージシステムでは、HDDよりももっとレガシーな磁気テープが今でもコールドストレージとしてデータセンターで生き残っている。HDDが全ての磁気テープを置き換えることはできない。HDDのビットコストよりも磁気テープのビットコストの方がさらに安いためだ。コストとの兼ね合いで、NANDフラッシュ、HDD、磁気テープなどがすみ分けられている。NANDフラッシュだけの1本足打法はいかにも危ない。

  NANDフラッシュで東芝が成長した背景には、アップルとサムスンの争いに乗じて漁夫の利で東芝に回ってきたという幸運な面もあった。当初アップルはサムスンの製造部門にプロセッサの製造を依頼しており、NANDフラッシュもサムスン製を使っていた。しかし、両社のバトルが始まって以来、サムスンが供給していたNANDフラッシュを東芝が製造することになった。液晶ディスプレイも当初はサムスン製を使っていたが、バトルが始まり、日本のジャパンディスプレイ社に依頼するようになった。こういったラッキーな面を経営者がどれだけ理解しているかわからないが、NANDフラッシュは信頼性がそれほど高くないため、スマートフォン以外では成長の余地が大きなクルマ市場に入ることはなかなか難しい。NANDフラッシュだけに頼るリスクは将来にある。

  ただ、残念ながら東芝のメモリやストレージは東芝経営陣の手に委ねられている。東芝経営陣がもっとテクノロジーを理解し、成長戦略を進めなければ停滞してしまう。利益の出ている今こそ、本気で成長戦略を練り直さなければ、東芝半導体の未来はなくなる。

2020/01/09