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ルネサスがますます危ない

(2019年3月 9日 15:07)

 昨年9月にルネサスエレクトロニクスが全く相乗効果を生みそうもないIDTの買収を決めたとき、「危ない、ルネサス」という記事を書いた(参考資料1)。もう半年になる。その後、買収のために7000億円を超す銀行からの借金を背負い、先月は電話会見という変則的な手法を使い、2018年第4四半期の決算報告を行った。その報告をさまざまなジャーナリスト、業界関係者らと議論し、その後のルネサスのプレスリリースを読んだ結果、やはりルネサスは危ない、という結論にたどり着いた。いや、もっと危ない、とした方が正確だろう。

  37日には、日本経済新聞が「ルネサス、国内6工場を2カ月停止、車載半導体、中国需要減で」という見出しの記事を掲載した後、ルネサスは「昨日より、一部報道機関において、当社工場の一時生産停止に関する報道がなされておりますが、本件は当社が発表したものではありません。(改行して)当社工場においては、今後の需要に応じて当社工場の一時生産停止の実施を検討しており、前工程は最大2か月、後工程は週単位で複数回一時生産停止することについても選択肢としております。具体的な一時生産停止日数については、今後の需要動向およびお客様への供給状況に沿い決定していきます」というプレスリリースを同日に発表している。

表1 ルネサスの2018年通年と第4四半期のP/L 出典:ルネサスエレクトロニクス

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  ルネサスがメディアに公式に発表したものではなく、また決定したわけではないが選択肢の一つと述べていることは、否定していないという意味で、記事が間違っていたのではなく、ルネサスの公式発表ではない、というだけのこと。最大2カ月間も工場を止めるということは、半導体工場の立ち上げに時間がかかりウェーハプロセスを安定化させるための立ち上げ時間を考えると、2.5カ月は稼働が無理と見てよいだろう。

  その前に事実を整理すると、決算報告では2018年通期も第4四半期も減収減益である。2018年の半導体産業がメモリバブルという側面があり、ルネサスはメモリを作っていないという意味から割り引いて考えるとしても、減収減益はよほどのヘマをしない限りありえない。2018年に世界の半導体産業は13%成長したのである。第4四半期は景気が落ち込んだと言われているが、それでも1.1%のプラス成長したのである。メモリを全く生産しないインテルでさえ、2018年通期には13%成長、第4四半期でさえ9%成長している。

  もう一つの疑問である、中国需要の低迷により業績が悪かった、としているが、ルネサスの売り上げに占める中国の割合はそれほど多くない。いまだに売り上げの過半数が国内売り上げだという。確かに中国需要は低迷していることは事実であるが、ルネサスへの影響はそれほど大きくない。2018年通期で買収したインターシルの売り上げも含んでいるのにもかかわらず、2018年通期売り上げは3.3%減少、第4四半期は11%減となっている。つまり、減収減益の理由を中国経済の失速のせいにしているだけだ。

  別の指標で見てみよう。一昨年買収したインターシル単独の売り上げはプラス成長を持続している。このデータを電話会見では見せたが、本日、ウエブからダウンロードしたpdfプレゼンテーション資料からインターシルのデータは抜け出ていた。インターシルは成長したがルネサス本体がマイナスになった。インターシルにとってルネサスに高く買ってもらったことは良かったが、ルネサス本体がダメになったのだ。

  さらに、また頓珍漢(トンチンカン)な人事をしている。28日に業績を発表した後の19日には「役員の異動に関するお知らせ」と題して、取締役の数を増やしている。それも弁護士や他社の人事部門の人間を社外取締役として増やしている。現在取締役は5名だがこれが7名になる。ルネサスが取締役と執行役員を分けていることは企業のガバナンスの立場から言えば悪いことではない。しかし、半導体というテクノロジー企業なのに取締役にエンジニアリングのバックグランドを持たない取締役ばかり増やして、執行役員が先頭で行っている事業が適正かどうかを判断できるのであろうか。海外のテクノロジー企業の多くは、エンジニアリングのバックグランドを持たない人間を大量に揃えることはありえない。

  このような役員構成を見ると、かつて銀行同士が対等と称して合併したときに強い派閥が弱い派閥の人間を追い出し、結局相乗効果を何も生まない体制に終わったことを思い出す。呉CEOはもともと銀行出身だけに、銀行マインドから抜けられないのではないか、とさえ疑ってしまう。ルネサスの進むべき道を議論してきた役員を追い出し、かつての部下や関係者をルネサスに入社させ、配下に置くという体制を築きつつあるルネサス。このような派閥体制のテクノロジー企業が世界のコンペティターと競争して勝てるわけがない。経営者の最大の課題は、実際に働く社員のモチベーションをいかに上げられるか、にかかっている。ルネサス経営者のやっていることは、これに逆行する。社員のモチベーションがますます下がるため、売り上げはますます減少することになる。社員の立場に立てば、早く次の職場を探せるかに関心が移っている。これでは会社が活性化しない。

  テクノロジー企業のあるべき姿が議論されている様子は会見からも全く見えなかった。例えばIDT買収を決めたことを2月の電話会議で、IDTとシナジーを生み出す、とまるで一つ覚えを繰り返していたが、IDTのどのような製品とルネサスのどのような製品あるいは技術がどのような応用でシナジーをどの程度生み出すのか、について全く聞かされなかった。HPC(スーパーコンピュータや高性能サーバーなどHigh Performance Computing)やデータセンターへの高精度なクロックコントローラ/タイミングコントローラと、ワイヤレス給電が得意なIDTとの相乗効果について、さまざまなシーンを想像してもルネサスの製品や技術との補完関係を見出すことはできない。もちろん、この想像は私一人ではない。半導体業界の関係者もそのように言っている。

  むりやりセンサで相乗効果があるとしても、その売り上げ規模は針の穴のように小さい。というのは、IDTが設計販売しているのはフローセンサであり、室内気体用ガスセンサ、位置センサである。MEMSやセンサの専門家なら、この種類のセンサで、ルネサスの得意な車載や産業機器を想像しても、相乗効果の小ささを実感できるはずだ。

  いわばIDTの買収はやはり、頓珍漢な買収なのである。つまり1+1<2になることが目に見えている。このことはルネサスを知っている半導体関係者なら誰もが心配していることである。今のところ、世界の国々でルネサスのIDT買収は全て認可されたわけではないが、買収が決まると不安がさらに増幅されるだろう。

 

参考資料

1.     危ない、ルネサス(2018/09/01

 

IBMのAIチップ開発エコシステムとニッポン

(2019年2月17日 12:14)

AI、特にディープラーニングの実行を目的とするAIチップの開発が世界中で活発になっている(表1)。これまでマイクロプロセッサPowerPCをベースにした機械学習マシンであるWatsonを構築してきたIBMがいよいよ、AI専用チップの開発に力を注ぐ。一方国内では、東京大学が産業技術総合研究所と共同でAIチップ開発拠点を武田先端知ビルに構築した。

 

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1 主なAIチップ 網羅しきれないほど多い 作成:津田建二

 

 IBM Researchは次世代AIチップ開発のための研究拠点IBM Research AI Hardware Centerを立ち上げ、コラボレーションパートナー数社も参加する、と発表した。AI時代のあるべきハードウエアを求めて、これまでのシステムの基本から見直し、コンピューティング設計をゼロベースから構築していく。

  その拠点は米ニューヨーク州アルバニーのニューヨーク州立大学のキャンパス、SUNY Polytechnic Instituteに置き、創設パートナー会員の協力の下で研究開発を進める。IBM Research AI Hardware Centerにおいて、研究およびビジネスパートナーと共にAIに最適化された次世代AIチップを開発する。

  パートナー企業として、すでにメモリとファウンドリのSamsungHPCの高速バスや配線が得意なMellanox TechnologiesAIチップを設計するためのツールと豊富なIPを持つSynopsysがメンバーに加わっているほかに、新材料と製造装置の開発にApplied Materialsと東京エレクトロンも参加している。加えて、大学関係ではSUNY Polytechnic Instituteと、近くのRensselaer Polytechnic InstituteCCICenter for Computational Innovations)が協力する。IBMとそのパートナーは、チップレベルのデバイスと材料、アーキテクチャ、そしてAIが動作するソフトウエアを実現に向けていく。

  設計のツールベンダーであるSynopsysが参加したのは、同社の持つ強力な設計ツールDesignWaveを用いて、イスラエルのファブレス半導体メーカーHabana Labsが、推論用のAIチップをすでに開発したという実績があるからだ。Habana社は現在、学習用のチップも開発中である。

  技術的なロードマップとして、近似コンピューティングのデジタルAIコア技術および最適化材料を使ったアナログAIコアを開発して現在の機械学習の限界を突破していくという。

  新規材料開発は、不揮発性のクロスポイントメモリにDNN(ディープニューラルネットワーク)の重みを記憶するために必要になる。このセンターでは、新しいAIコアの研究開発を指揮し、試作、テスト、シミュレーション、エミュレーションなどを含み、学習および推論マシンのAIモデルを作る。ウェーハプロセスはアルバニーのこのセンターで行うが、同州ヨークタウンハイツにあるT.J. Watson研究センターでもサポートを行う。

 

国内は東大と産総研が中心

  国内でもAIチップの開発機運がようやく出てきた。東大の本郷キャンパスで先週、「AIチップ設計拠点活動開始記念公開シンポジウム」が開催され(図1)、祝辞のあいさつとして、産総研、経済産業省、内閣府という官公庁に加え、ルネサスエレクトロニクスとプリファードネットワークス、そして昨年東京工業大学を定年になった松澤昭氏が設立されたテックイデアという3つの民間企業の代表もあいさつに加わった。東大に設計ツールを揃え、チップ製造は東大のVDEC、産総研の300mmウェーハラインなどを使うという。

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1  AIチップ設計拠点活動開始記念公開シンポジウム 写真撮影:津田建二

 

 AIチップの設計を検証するハードウエアツールであるエミュレータはCadenceParadium Z1を利用する。23億ゲートの規模の回路まで、4MHzのエミュレーション速度で検証演算する。東大と産総研は中小のベンチャー企業に使ってもらいたいとしているが、半導体設計では、VHDLVerilogといった半導体専用のプログラミング言語を習得しなければ、最初の論理設計でRTL形式を出力できない。しかし、幸運なことに半導体にしか使えないプログラミング言語を学ばなくても、論理回路を設計できる。デザインハウスというRTL専門の業者がいる。彼らを使えばだれでも半導体AIチップの設計データを得ることができる。

  ところが、設計ツールなどはアカデミックディスカウントの料金で導入したため、外部のデザインハウスが、揃えたツールで実際にプログラミングができない恐れがあるようだ。もしAIのアルゴリズムを考え出した中小のベンチャーがいても、設計ツールの使い方、プログラミング言語をゼロから習得しなければならないのなら、実際に使う企業は限られてしまう。LSI設計のプロであるデザインハウスに使ってもらえないのであれば、このセンターは宝の持ち腐れに終わってしまう恐れがある。

  国家プロジェクトの弱点であるさまざまな制約を取り除かない限り、国家プロジェクトはまたしても失敗という結果になりかねない。誰でもが制約なしに利用できる仕組み作りが結局は産業の活性化に結び付く。かつて、技術もないのに技術が流出するという名目で制約をかけてきたことがあった。国家プロジェクトや国家ファンドなどによって結局、半導体産業が活性化しなかったことを真剣に反省し、もっとオープンに利用できるような仕組みを作ることが霞が関の役割ではないだろうか。世界で使われているオープンイノベーションとは、誰でも自由に参加できるという「門戸開放」の意味である。技術を開放することでは決してない。

 (2019/02/17)

顔認証でブレークした面発光レーザー

(2019年2月 8日 18:05)

 AppleiPhone Xで初めて導入された顔認証システムがどうやらアンドロイドにも搭載されそうだ(参考資料1)。半導体メモリ価格の高騰が続いていたため、iPhoneの価格も高くなりすぎて売れなくなり、iPhone以外のスマホにも顔認証システムを使うようになり、顔認証を広げる狙いだ。

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 図 iPhone Xの顔認証で外れたロック 撮影:津田建二

 この顔認証システムのキーコンポーネントは、またもやニッポン半導体の「残念」に結び付いている。iPhone Xでは、所有者がこのデバイスを正面に向けた途端にロックが外れる。即座に所有者だと認識するからだ。所有者以外がiPhoneを覗いてもロックは外れず中身を操作できない。もちろん所有者の写真をかざしても認識しない。もはや当たり前の機能だと、ユーザーは言うだろうが、このカギとなる面発光レーザーが日本人の発明によるものだと知っている専門家はどれほどいるだろうか。

  iPhone Xの顔認証システムは、単なるAIだけの技術ではない。ハードウエアとして数十個の赤外線レーザーが顔に向けて発射されているのだ。もちろん弱い出力だからやけどするとか、目に悪いという訳ではない。面発光レーザーは、数十個の小さなレーザーを1チップ上に集積したもの。1辺が2~3mmしかない面発光レーザーのチップがあるからこそ、スマホのような小さなモバイルデバイスに搭載できるのだ。

  数十本のレーザー光が顔の特徴を3次元的に捉え、目と鼻の距離や耳までの奥行、おでこの広さなどさまざまな顔を表すパラメータをベクトルとしてとらえ、それらを個人の特長としている。スマホ自身でAI(ディープラーニング)を使っている訳ではない。ただし、クラウド上でとらえたカメラ映像の物体が人間であるか、他の動物であるかどうかをまず判別しなければならないが、その学習データはクラウド上に保存しておき、それをスマホ側で利用することはある。その場合、特徴抽出する場合に特徴量を参照データベースとして保存しておく場合や、あるいはベクトル量をクラウド上の学習データとして保存し、スマホ側で推論を行うこともできる。その場合は軽い推論専用のAIチップやIPを使う。

  顔認証システムのカギは、この演算を行うAI機能、あるいは特徴抽出機能を担うプロセッサと、面発光レーザーである。プロセッサは各社から市場に出ているが、面発光レーザーを出荷している企業は米国2社しかない。FinisarLimentum社である。これまでは量産するほどの量が出なかった面発光レーザーだが、iPhone Xで初めてブレークした。Finisar社はAppleからの資金援助を得て量産体制を敷き、これまで3億個というレーザーを出荷している。

  面発光レーザーを発明したのは実は、東京工業大学の教授と学長を経験された伊賀健一氏だ(参考資料2)。このレーザーはVCSELVertical Cavity Surface Emitting Laser)レーザーと言われており、いわばレーザーの集積回路あるいはモジュールというべきものだ。伊賀氏が発明した当時は何に使われるのか明確ではなかったが、光マウスやデータセンター内の光ファイバ配線などに少量使われてきただけに過ぎなかった。ところが、iPhoneの顔認証システムに使われるキーデバイスになって初めて大量生産されるようになった。せっかく日本人が発明したのに、米国の半導体メーカーが量産しているという事実は、極めて残念と言わざるを得ない。

  面発光レーザーが生まれたのは、レーザーの集積化を伊賀氏が考えていたからだ。従来のレーザーがチップの横(端面)から発光しているのに対して、チップの表面から発光させようと彼は考えた。レーザーは、LEDと同じようにpn接合に順方向に電流を流し、発生した光を閉じ込め共振させるためのキャビティ(共振器)を作りつけたもの。光を共振・増幅させることでQ値の高い(狭い波長)強い光を発射することができる。従来はこのキャビティをチップの横方向のチップ端面を鏡として使うことで共振器を構成していたが、伊賀氏はこの共振器をチップの表面-裏面間の鏡を利用することで集積化した。もちろん結晶性の改善や欠陥の抑制などのたゆまない努力で、開発できた。

  これからは、顔認証システムだけではなく、シリコンフォトニクスの代替や、LiDAR光源などへの応用も期待されている。市場調査会社のYole Developpement社は、2017年の3.3億ドルに市場から2023年には10倍以上の35億ドルに成長すると予測している(参考資料3)LiDARでは、これまでせいぜい数本のレーザーとポリゴンミラーなどを使って水平・垂直にスキャンしていたが、3万個の大出力集積化レーザーだと、大きなポリゴンミラーもMEMSミラーも使わずに、周囲3万点の距離を測定できるようになる。つまりコストダウンでき、LiDARシステムの小型化が図れることで、ここに大市場が生まれるという訳だ。

  悔しいが、米国のApple社をはじめとして世界各地の情報を得ていなかったことが日本半導体の最大の敗因だろう。つまり、世界の情報に目を向けてこなかったガラパゴス的姿勢に問題があったといえる。GaAsメーカーが次のアンドロイドメーカーに面発光レーザーを提案してイニシアティブをとることは、日本半導体業界にとってチャンスとなる。友人のEd Sperling氏が編集長を務めるSemiconductor Engineeringでは、「VCSEL技術が離陸する」と題した記事を掲載している(参考資料4)。ここでも将来のVCSEL技術のアプリケーション情報が得られる。 

参考資料

1.      Lumentum expects Android devices with Apple-like 3D sensing tech in 2019, Reuters 2019/02/05 

2. 伊賀健一「横のモノを縦に-常識をくつがえした面発光レーザの着想と実現への道-」、(2005/10/07

3.  We are only scratching the surface of potential of optoelectronics - Industry trends2019/01/31

4. VCSEL Technology Takes OffSemiconductor Engineering2019/02/07


 

システムを差別化できるのは半導体チップ

(2019年1月 9日 23:26)

 新年になり、半導体業界にいるいろいろな方たちとディスカッションさせていただいた。今の日本の半導体産業の弱体化はだれしもが認めるところだが、それを嘆いていても前には進まない。むしろ、グーグルやアマゾン、アップルのようなOTTOver the top)あるいはインターネットサービスプロバイダが半導体チップを作り始めた。この事実を今の総合電機の経営者が理解しているだろうか。半導体産業を本当に理解しているだろうか、という疑問に行き着いた。

  日本の電機の経営者たちは、システムを差別化する手段がソフトウエアにあり、そのソフトウエアをチップに焼き付けることで、システムをさらに差別化できることを知らないのだろう。知っていれば、自分たちのシステムを誰も真似できない製品やサービスを世の中に出してくるはずだから。今ある製品のほとんどは過去の遺産に過ぎない。これまではソフトウエアで差別化していたのだが、ソフトウエアだけでは思うような性能が得られない。

 

傲慢なわりに若者のやる気を削いだ経営者たち

 かつて世界に君臨した日本の総合電機は、ソニーというフロントランナーがいて画期的な製品を世に出し、2~3年して総合電機が大量に生産して安く販売することで市場を形成してきた。当時は製品寿命が長かったために、こういった2番手戦略でも間に合った。しかし、現在ではこの手法は全く通用しない。ソニーでさえも大賀典雄社長時代までは「すごい」製品を出してきたが、今は他と同じ総合電機的エンタメ会社となった。

  最近私は、総合電機の経営者たちは経営を知らなかったのではないか、と思うようになった。企業のトップになれば何でも自由に動かせると思ったのではないか。反対意見を言ってくれる人たちを排除してきたのではないか。こう思うようになった。1980年代後半のバブル時代の日本の経営者は、政治は三流でも経済は一流とおごっており、ひどい経営者はアメリカから学ぶものはもはやなし、とさえ言い放った。

  なぜ総合電機の経営者の能力を疑うか。それは、企業の活力とは若い社員がやる気を出して積極的に仕事に向かっているとは言えないからだ。電機企業の中でもまだマシな日立製作所やパナソニックでさえ、利益は出るようになったが売り上げはほとんど増えていない。これは会社が活性化していないからであり、機能していれば必ず伸びて成長していく。東芝やシャープはひどかった。経営になっていなかった。若い社員のアイデアを抑え、芽を摘み取れば、売り上げは決して伸びない。投資すべき時に投資してこなかった。今でもしていない。内部留保が大量にあることがそれを示している。かつて、NECと日立が共同で設立したDRAMメーカー、エルピーダメモリでは、坂本幸雄氏が社長に招かれる前、両親会社とも投資しないけど売り上げを伸ばし利益を出してくれ、と虫のいいことを言ってきたそうだ。経営を知らないから、このようなことが言えるのである。

  成功している海外企業のトップに取材すると、日本とは全く違う経営スタイルである。CEO自らの役割と会社の方向、業界の動向を的確に捉えており、決算報告会や、中期計画発表会、経営戦略発表会などでは、社長自ら自分の言葉で会社の実情、方針、Q&A、技術戦略、製品戦略など全て説明している。特に記者会見では一人で話す社長が多い。日本の電機企業で一人だけですべてを話す社長は片手で数えられる程度しかいない。特に大手大企業の総合電機の社長はできない。それだけではない。下から上がってくる意見に耳を傾けなかったり、その声を検証したりする姿勢さえ持っていない社長も多い。イエスマンばかり揃える社長も多い。

 

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1 プリファードネットワークスが開発したAI学習チップMN-Core 4チップを一つのパッケージに封止し、プリント基板上に実装した 筆者撮影@セミコンジャパン会場

 

 活力のある企業は、会社が向かう方向を社員が理解し、自律的で積極的に仕事をしていくため、売り上げも利益も伸びていく。売り上げを伸ばすための投資にも躊躇しない。例えば、東京大学発のAIベンチャー、プリファードネットワークス社は、もともとディープラーニングのフレームワークChainerを開発したベンチャー企業だ。トヨタやパナソニックからも共同開発費を引き出し、AIの先頭に立つ会社になった。AIは機械が勝手に学習してくれるシステムではない。今の機械学習やディープラーニングは、AIで学習する前に前処理と後処理に人手が必要だ。この前後の処理は、顧客のシステムごとに作業しなければならないため、ビジネスとしてはコンサルティングのような11の共同開発という形態をとり、顧客企業が望む開発にAI手法を利用できるようにする。このコンサルティング形態からビジネスを広げ、プリファードは「自動外観検査装置向けのソフトウエア」を一般のライセンス売りを行った。さらにAIマシン用に半導体チップ(図1)を開発し、プリント基板実装、空冷装置、コンピュータサーバ、コンピュータラックにまで組み込んだ。今後、同社は消費電力の少ないAIマシンに仕上げる。

 

AIに見る半導体の重要性

  AIは今ブームになっており、霞が関も大企業経営者もAIIoTを口に出して言う。しかし、AIとはソフトウエアやアルゴリズムに留まるものではない。ソフトウエアだけでAIシステムを構成しようとすると、速度や消費電力などの性能の点で必ず行き詰まる。この壁を打破するものが半導体チップである。ところが、霞が関の役人や総合電機の経営者などは、AIの性能を上げるためには半導体が不可欠であることを知らないのである。だからいつまでたっても、日本に半導体を復活させようとしない。

  半導体チップの製造は、まず設計から始まるが、複雑な半導体はVHDLVerilogといった半導体特有の言語でシステムの論理設計をしなければならない。グーグルやアマゾンなどのエンジニアが半導体設計にしか使えない言語をわざわざ学ぶとは思えない。ところが、デザインハウスと呼ばれる半導体設計の専門会社がある。例えば製造専門のファウンドリTSMCは、設計専門のデザインハウスGlobal Unichip社を傘下に持っているため、半導体設計言語を知らなくても、どのようなチップが欲しいのかを伝えるだけで設計してもらえるのである。だから、半導体設計言語をOTTのようなインタネットサービス会社がわざわざ学ぶ必要はないのだ。

  かつては、半導体チップが欲しければ工場を建設し製造プロセスを開発し、設計言語を学ばなければならなかったが、今はデザインハウスに頼めば設計し、フォトマスクとして提供してもらえる。それをTSMCなどのファウンドリに渡せば製造してもらえる。

 

誰でも半導体を持てるのは水平分業のおかげ

  水平分業のエコシステムができているからこそ、誰でも半導体を開発できる時代になったのである。残念ながら日本の半導体は垂直統合型のメーカーにこだわり、設計してもらえるデザインハウスの存在をよく知らない。だから、半導体のことをよく知らなくても半導体を開発できることを知らない。技術を深めたいと思えば、ファウンドリ会社と設計専門のデザインハウスを作り、どのような客にも対応できるPDK(プロセス開発キット)や仕組みを作ればよい。ただし、製造専門のファウンドリ会社は投資が必要だが、製造原価に対する人件費比率が5~8%しかないため、人件費の高い国、すなわち日本に向いた産業であることを認識しておくことも重要だろう。

  最後に繰り返すが、今の日本に必要なのは、ファブレスのシステムメーカーをサポートするためのデザインハウスと、製造専門のファウンドリ企業である。いずれにも世界のトップテンに日本企業は1社も入っていない。IDM(設計と製造を持つ垂直統合の半導体メーカー)が向いたメモリメーカー(東芝メモリ)はいるが、それ以外でIoTAIなどのチップ開発には、デザインハウスとファウンドリがなくては日本の産業はグローバルで競争できない。

  日本は半導体製造装置や材料、電子部品などは世界と戦える競争力を持っているが、半導体チップを作るためのエコシステムが抜けているため、産業全体の弱さが浮き出てしまっている。ここに世界レベルのデザインハウスとファウンドリがあれば、世界的な競争力を持つことができる。世界のEDAツール産業が揃っており、プリント基板のCADメーカーも国内にある。機械部品産業も大田区や東大阪地区に揃っている。デジタル化のためのエコシステムを完成させるためにも、デザインハウスとファウンドリが外せないだろう。

2019/01/09

4大ITトレンドが始まる2019年

(2019年1月 5日 11:05)

新年おめでとうございます。

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図 2019年1月1日に初詣に行った成田山新勝寺


この2年間の半導体産業は、DRAMNANDフラッシュメーカーだけが35~75%もの驚異的な二けた成長を果たし、IoTに欠かせないマイコンはわずか3~4%しか成長しなかった、といういびつなメモリバブルだった。それもメモリは生産量をほとんど増やさず、増やせず、単価だけが2.5倍も値上がりしていた。増産しなくても売り上げが勝手に増えていった、というDRAMメーカーは営業利益率が60%70%というとんでもない数字を享受してきた。

NANDフラッシュは昨年はじめから値下がりし、生産量を上げられるようになってきた(すなわち歩留まりが上がってきた)ため、売り上げも増加した。DRAMは昨年後半からようやく値上がりが止まり、値下がり始めた。これによって半導体産業は、従来通り、5~6%成長という。普通の成長にようやく戻りつつある。一部のメディアやアナリストはこれを不況が来るような表現をしているが、決してそうではない。ただし、好不況の波は常にアンダーシュートとオーバーシュートが現れるが、メモリバブルが超オーバーシュートだったため、2019年は若干のアンダーシュートになるかもしれない。と言ってもマイナス成長ではない。半導体産業の通常が5~6%成長だからこそ、3~4%に低下するという程度である。

こうして市場調査会社の予想を見ると、平均4.4%程度の成長になる。Mentor GraphicsCEOであるWally Rhines氏はそのように述べている(参考資料1)。今年はメモリがバブルから通常に戻るとして、IoTAIがようやく立ち上がろうとしている状態であり、ゆっくりとした成長率は順当かもしれない。これまでは、メモリ単価の値上げ → パソコン・スマホも値上げ → デバイスの売り上げ伸びず、という負のサイクルに入り、パソコンやスマホのメモリ容量を増やすこともできなかった。

今年は、これらのデバイス単価が値下がりし、メモリ容量を増やしたかったデバイスがたくさんのメモリを使うようになるため、メモリビジネスがマイナス成長になることはありえない。コンピュータの最近のトレンドはCPUのクロック周波数を上げられなくなったため、マルチコアで速度を上げることだけではなく、メモリとの距離を短くしてCPUとのやり取りを素早くすることがコンピュータシステムを高速化する手段になってきている。このことからコンピュータの高速化とメモリの大容量化はつながる傾向にある。だからメモリ単価が安くなることで、不況が来るのではなく、コンピュータメーカーはメモリを増やせる喜びを享受できることになる。

加えて半導体産業は、これから社会やインフラがデジタル化、デジタルトランスフォーメーションへと進むにつれ、IoTAIデバイスが大量に使われることになるから、長期的に成長することは間違いない。IoTAIも始まったばかりの段階に過ぎないからだ。IT4大メガトレンドであるIoTAI5G、セキュリティはこれから成長が始まる。

5世代のワイヤレス通信である5Gも始まったばかりで、2020年をきっかけに普及すると同時に進化もしていく。5Gに対する3GPPの規格はこれから2020年代を通してどんどん進化していく。夢の通信ともいえるミリ波通信が本格的に始まるのは2020年代後半であり、そのためのテクノロジー(ビームフォーミングやビームトラッキングの制御IC、ミリ波送信パワーIC、ミリ波受信機など)は、これから量産を意識した開発がやっと始まる。ミリ波は28GHzから始まり、38GHz60GHz70GHz90GHzへと進化するだろうが、直進性も高まるため、ビームフォーミングなどで直線性を解消しようとしても完全ではない。やはり小さな基地局ともいうべきスモールセルを大量に構築しなければならない。つまり量産しなければならないほどの大量のスモールセル向けの半導体が必要になってくることを意味する。

そして、セキュリティを守るハードウエア(半導体IC)の開発も進むことになる。これまでシステム全体にIDとパスワードによる認証というカギをかけてきたが、システムの中のサブシステム(コンテナ)にもカギをかけ、ICの中のセキュアにしたい回路ブロックにもカギをかける。さらに大事なデータを仮に盗まれたとしても、データを簡単に読めないように暗号をかけておき、その暗号解読キーを認証が必要な回路ブロック(メモリ)に隠しておく。もちろん、セキュアな部屋(コンテナ)とセキュアではない部屋を完全に分け、セキュアな壁を設けておくことも半導体IC技術で可能になる。

こういったセキュリティシステムを構築するカギもやはり半導体が担う。半導体チップは1枚のウェーハから作られるとはいえ、IC1個ずつ特性が違うといったバラツキがある。もちろんウェーハごとのバラツキもある。だから半導体チップの特性は統計的な処理が必要なのだ。この特性を逆手にとって、半導体IC1個ずつにID番号を割り付けるといったセキュリティのカギの作り方さえある。

以上述べてきたIoTAI5G、セキュリティの全てを制御するハードウエアこそが半導体である。しかもコンピュータと同様、ソフトウエアを半導体の中に作り込むことができる。だからこそ、半導体を持っていなければ「丸腰」となるため、中国が必至で開発しようとしているのである。にもかかわらず、能天気に見ているだけの日本は、いったい何なんだろうか。将来の成長エンジンを欲しいと思うなら半導体を持っていなきゃ無理だろう。日本が半導体の重要性に目覚めるのはいつになろうか。「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」(20104月、日刊工業新聞社刊:参考資料2)と叫んでもう9年過ぎたが、海外勢が半導体の重要性を熟知していることを考慮するとやはり焦りを感じる。

                                      (2019/01/05)

参考資料

1.     AI and ML Create Exciting but Challenging 2019 Outlook2019/01/03

2.    津田建二著「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、20104月発行、日刊工業新聞社刊

B2Bへと舵を切ったCEATEC 2018

(2018年10月19日 23:46)

CEATECの雰囲気が大きく変わった。日本の電機産業には本物の経営者がいない。電機産業は、日本では斜陽産業となった民生市場から自動車・産業向けへと舵を切ったはずなのに、切り切れていなかった。今回のCEATECはようやくB2B展示会へと変わりつつある。

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図1 CEATECは来場者がようやく下げ止まった 昨年より2.6%増加した

  元々、CEATECの前身であるエレクトロニクスショーでは部品がメインでB2Bの様相を呈していたが、80年代、90年代へと民生主体に変わりつつあった。ところが民生市場がデジタル化へシフトするにつれ、日本からアジアへとシフトし、中国へと完全にシフトしてしまった。デジタル化に出遅れた日本は、テレビとパソコン、携帯電話(スマートフォン)の3大ビッグ市場を失ったのである。

  これまで半導体は、これらのビッグ3市場へ向けて出荷していたが、国内の大得意客であったパナソニックやソニー、シャープなどの大手電機が没落したため、一緒に沈んでいった。リーマンショック後にこのことに気が付いた半導体メーカーは、顧客を求めて国内から海外へと切り替えてきた。今のところはアジアや中国が主な顧客だが、米国・欧州はむしろこれからといったところだ。

  今回のCEATECでは、IoTAIが登場したため、それに向けたソリューションを提供することに力を注ぎ始めた。半導体ビジネスでは単なる製品を展示しても意味がなくなった。最終製品を作るための開発ツール(ソフトウエア+ハードウエア)も潜在顧客に提供する方向へと変わってきているが、ようやく国内でも製品+開発ツール+サポートサービスというソリューションビジネスへと変わりつつある。開発ツールがあれば潜在顧客は「私でも差別化できるシステムを開発できるじゃん」と思えるようになる。

  IoTAIも民生向けは時間的にずっと遅れるだろう。まずは企業向け、産業向け、社会向けが優先される。AIは勝手に学習して人間を支配するものでは決してない。学習させるためには例えば画像のどの部分を入力したいのかを指定したり、他のデータと紐づけしたりするなど、人間の手による前処理が欠かせない。IBMは、AIAugmented Intelligence(人間を補強する知恵)と呼んでおり、人間の仕事を補助してくれるツールと位置付けている。

  今年のCEATECで面白かったのは、ディープラーニングのフレークワークChainerを開発したプリファードネットワークスが、フレームワークを用いて顧客のディープラーニングを使ったシステムをサポートする顧客ごとのビジネスから、一般売りのアプリケーション(外観検査装置の不良を見つけるソフト)のサブスクリプションモデルへと広げたことだ。AIビジネスは始まったばかりだが、先行企業は早くもビジネスモデルを広げようとしている。

  AIやディープラーニングのようなデータ分析手法は、最終的にビッグデータを分析して可視化するIoTシステムとはなじみ(親和性)が良い。もちろん、クラウドともなじみが良く、これからの5Gともなじみが良くなる。5G時代の1msというレイテンシは魅力的だ。

  部品メーカーはIoT向けのさまざまなセンサを開発しており、地震センサ、新型超音波センサや24GHzのドップラーセンサやレーダセンサ、紫外線センサ、ワイヤレスセンサ、125GHzのサブテラヘルツを利用するCMOSレーダセンサなど、変わったセンサが多数見られた。これらは部品メーカーならではの新型センサで、テクノロジーの進歩と共に出てきたものといえる。

  またアナログ半導体のJRC(新日本無線)はエネルギーハーベスティング用の920MHzの電波を受信、回路に電源を与え、センサ回路の情報を載せて送信する、というワイヤレスセンサを展示、エイブリック(旧セイコー電子工業)は、ボルタの電池のアイデアと、チャージポンプ回路を組み合わせて、電池レスで水分量を測るセンサトランシーバを展示していた。また、ロームは地震センサを展示していたが、地震の揺れとそれ以外の揺れを区別する回路を構成し、地震だけを検出するセンサを作った。まさにセンサとアナログ回路のアイデアである。

  部品メーカーの村田製作所は、NAONAと呼ぶデータ解析システムを昨年のCEATECで細々と展示していたが、今年は大々的にアピールしていた。これはマイクを通して会話する人間の感情を定量化して可視化しようという試みで、働きやすい環境作りに一役買っている。

  データ分析、ディープラーニング、さらにはRPA(ソフトウエアロボットによる事務作業の自動化)などもCEATECに登場、働き方改革の切り札ともいえるさまざまなテクノロジーが登場し、社会問題の解決を目指す。真のB2Bの時代に突入したCEATECであった。

(2018/10/19)

全国で電力を融通しあう仕組みを優先せよ

(2018年10月14日 16:30)

九州電力が太陽光発電を停止することを決めた。電力の作りすぎによる逆潮流を防ぐためだ。でも、これって、太陽光発電を悪者にしていないか、何か変ではないか?それなのに電力を増やすために原発を再稼働するのか?

  電力は発電と消費を基本的に一致させる必要がある。消費が多ければ、供給できなくなってしまうし、消費が少なければ過剰電力をどこかで消費しなければならない。九州電力はだから電力が過剰にならないように、予めソーラー発電の電力を送電線に乗せないことを決めた。せっかく自然エネルギーで発電し、環境を守り、地球を持続的可能な場所にしているのに、である。

  だったら、どうやって解決するかだ。答えは簡単。九州電力で電力が余るのなら、足りない地域へ送ればよい。ところが、今の日本の電力網は、こんな簡単なことができないのである。本来なら、九州で余った電力を不足している北海道へ送ればよい。しかし北海道-本州の送電線は容量が足りないため、先日の大地震では、九州の余った電力を北海道へ送ることができず、北海道で停電せざるを得なかった。

  日本は、狭い国なのに、互いに電力を融通しあえない国である。これがそもそもおかしいのである。本州と九州の間、さらに50Hz60Hzの境界、本州と北海道の間、これらがボトルネックになっている。ボトルネックを解消すれば、もしかすると原子力は要らないかもしれない。地球にやさしいソーラーを止めてまで、極めて危険な原発を再開しようとしている。どう考えてもおかしい。

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図1 ドイツでは至る所に風力発電所がある

  欧州では、各国が互いに電力を融通しあっている。ドイツが2020年代には原発をやめようとしているが、フランスから原子力発電で作った電力を譲ってもらっているのはおかしい、という声が出るほど互いに依存しあっている。デンマークからも風力発電で作った電力をドイツはもらっている。国や言葉、信じるべき宗教さえ違う国同士が電力を譲り合っているのに、なぜ日本国内で同じことができないのか。おかしいではないか。

  原発再稼働よりも何よりも、日本全体で電力を融通しあえる送電網をまず構築すべきではないだろうか。今のままでは、北海道電力は自力で火力発電所を新設しなければならず、その電力コストは北海道民が負担することになる。北電経営陣の判断ミスで、苫東厚真発電所に大規模な設備を集中させてきた。リスク分散の考えを独占企業が持っていないこと自体がおかしいのである。

  だからといって分散することはもちろん多少コストは犠牲になる。しかし、万が一の時のコストはほとんどかからない。つまり、万が一のコストも加味して、リスク分散のコスト計算をすべきなのだ。かつて日本IBMの環境部長の話を聞いたことを思い出す。IBMでは全ての工場の環境管理にコストをかけ、汚染水が絶対に外部に漏れないように対策を打っているという。対策を打たずにいれば、万が一漏れた場合のコストは膨大になり、風評被害も含め企業が倒産しかねないからだという。そのようなリスクを背負った時のコストを含めると環境対策コストは微々たるものだ、という訳だ。

  残念ながら日本企業は、リスクを考えた経営をしていないところが多い。例えば東芝メモリは四日市工場に巨大な半導体生産工場を作っている。万が一、南海トラフによる東海沖地震が来て崩壊などの事故が起きたらどうするのか。万が一の時のリスクを全く考えていないため、一緒に工場を運営しているウェスタンデジタル社は、シンガポールなどの地震のない海外にも拠点を作ることを提案していたが、東芝経営陣はやむなく岩手県の北上にも工場を新設することを決めた。ウェスタンデジタルを東芝経営陣は悪者扱いしていたが、世界の半導体企業の大手はインテルにせよTSMCにせよ、ほとんど全て代替施設を構築している。

  電力を融通しあう送電網も同じような考えだ。万が一の場合の電力の過不足、過剰に対応するためだからである。一刻も早く、次の災害に備えるために全国の電力網を見直し、融通しあえる体制を作るべきである。

2018/10/14

Xilinxの開発者会議で見るムーアの法則3.0

(2018年10月 4日 21:41)

2年ぶりにシリコンバレーにやってきた。今回は、Xilinx(ザイリンクス)の招待で、Xilinx Developer Forum(図1)に出席、取材するためだ。今やシリコンバレーの中心地ともいえるサンノゼのフェアモントホテルで開催、2日間、その場所で会議を楽しんだ。これからのITのメガトレンドに沿ってAIIoT5G、デジタルトランスフォーメーション、セキュリティ、クルマなどの設計を見据えた、新しいコンセプトの半導体プラットフォームを提案した。

 

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1  Xilinx Developer Forumの始まる前

 

Xilinxは、プログラムによってハードウエアを自分の好きなデジタル回路に設計できるFPGAという半導体を発明した企業だ。ほぼ同時期にFPGAを開発したAltera(アルテラ)はIntel(インテル)に買収された。XilinxAlteraも製造工場を持たないファブレスと呼ばれる半導体メーカーだ。

 

IntelはなぜAlteraを買収したのか。その前からAlteraは製造をIntelに依頼していたという歴史がある。IntelにとってもAlteraからの製造依頼を受けてファウンドリビジネスへと一時広げたが、Alteraを買収することでファウンドリビジネスには興味を失った。その代り、IntelITのメガトレンドを追い求めはじめ、脱パソコン指向を強めている。パソコンが5年連続マイナス成長を進む中、パソコン用CPUに特化してきたIntelがプラス成長を続けてきたのは、ITのメガトレンドを追求してきたからだ。

 

ITのメガトレンドを追求するのはXilinxも同じ。IntelCPUGPUなどからFPGAを取り込む2.5Dのプラットフォームソリューションを提案しているに対して、XilinxFPGAからCPUGPUを取り込む方向で、行きつくところは似たものになった。XilinxACAPAdaptive Compute Acceleration Platform)と呼ぶ新しい半導体プラットフォームもやはり2.5Dのソリューションである。このプラットフォームは、いわば2.5次元半導体集積回路というべきもので、実はXilinxは、ムーアの法則を突破するこの2.5D-ICには5年くらい前から開発してきた。このためこのACAPの実現はそう遠い話ではない。今年の末か来年初めには市場に出てくる。

 

今回は、さらにAI専用チップや高精度のDSPチップ、さらにArmの最高級CPUコアであるCortex-A72などを集積したSoC、そしてXilinxがダイナミックに再構成可能な(リコンフィギュアラブル)回路を敷き詰めたVERSALチップ、さらに周辺回路や3次元メモリICであるHBM2SerDes(シリアル→パラレル変換+パラレル→シリアル変換)などの各チップを交通整理するNoCNetwork on Chip)というスイッチング配線技術で結ぶという、超高級半導体の詳細を発表した。

 

この最高級2.5D集積回路は、シリコンインターポーザ(各チップの接続パッドを多層配線で結ぶためだけのシリコン)を介して構成される。まさに設計・プロセス・実装が一体となったプラットフォーム半導体ソリューションである。例えばAIの推論を重視するチップを集積したい場合は、ディープラーニング用のチップを集積し、高精度なDSPを軽くする、しかもアルゴリズムをダイナミックに切り替えたいという応用には、VERSAL(2)を用意する。さまざまな応用に使える、最高級ながら汎用のプラットフォームとする。VERSALは、多様性という意味のVersatileと、汎用という意味のUniversalを組み合わせた合成語である。

 

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2 Adaptable HardwareというべきVERSALチップを中核とする新プラットフォームACAP 出典:Xilinx

 

ムーアの法則が行き詰まり、もはや半導体ビジネスは終わった、と考える人は米国にはもういなくなっている。AIIoT5Gもセキュリティもクラウドも自動運転車や事故を起こさないクルマも全て半導体が制御して実現するからである。

 

しかしムーアの法則が行き詰っていることは事実である。ムーアの法則は、「市販のシリコンチップ上に集積されるトランジスタの数は毎年2倍のスピードで増えていく」、という定義だった。年率2倍が、18~24カ月に2倍というスピードに変わったが、これもムーアの法則と呼んできた。半導体集積回路は最小寸法10µmくらいから出発し、今やその1/1000以下の7nm、次は5nmへと微細化が進んできた。しかし、nm単位になると原子の大きさに近付いてくる。もともと半導体トランジスタは、何千・何万個の電子を制御するものだったが、その数が数十個から数個になってくると、11個のトランジスタの特性がばらつくことになり、もはや集積回路で制御できなくなってきている。だからムーアの法則は限界といわれる。

 

ところが、半導体ICを使う人たちにとって、さまざまな機能を半導体に集積し、性能を上げ消費電力を下げてきたICを求める姿勢は変わらない。さらに集積度を上げてくれという要求は全く変わっていない。だから、ムーアの法則を再定義する必要がある。最初のムーアの法則をムーアの法則1.0とするなら、More than MooreMore Mooreと言われた時代をムーアの法則2.0となる。そして、かつて東芝の専務取締役で半導体開発の先頭に立っていた香山晋氏は、最近の状況をムーアの法則3.0という言葉で表現する。

 

ムーアの法則3.01パッケージ内に集積されるトランジスタの数は、数年に2倍で増加すると定義すれば、ムーアの法則3.0はこの先も続くことになる。

 (2018/10/04)

エイブリックしてる?

(2018年9月 1日 23:36)

ようやく日本でも親会社から独立した半導体メーカーが誕生した。これまでと違って自己責任で投資を行い、知恵を絞って働いただけ業績に跳ね返る。親会社との忖度も干渉もない。すべて完全自己責任だ。誕生した会社名はエイブリック株式会社。元の名前はセイコーインスツル社で、その昔はセイコー電子工業と名乗った。親会社が時計を中心とするセイコーグループの一員である。

20161月に、セイコーインスツルから半導体部門が切り離され、SIIセミコンダクタとして別会社となった。この時、日本政策投資銀行が40%出資し、セイコーインスツルが60%出資している。この場合はまだ連結対象となる子会社だった。ところが転機が訪れたのは20181月。セイコーインスツルは株式の半分を手放し政策銀行に渡し、出資比率を30%と下げ、政策銀行が70%を占めるようになった。この時点で、この半導体会社はセイコーという名称を放棄するため、社名を変更した。これがエイブリックである。

なぜこの会社を取材したか。エイブリックの○○です、という名刺を受け取った時の社員の顔色がどの社員も生き生きとしていたからだ。これまで昔のセイコー電子の時代から時々取材していたが、これほど社員が生き生きした顔を見せたことがなかった。何かあるな、どう変わったのだろうか?この疑問が彷彿と湧いてきた。

エイブリックの社長は、20161月にSIIセミコンダクタに入社した石合信正氏だ。彼は、大学卒業後、日本の企業を数年経験した後は、BayerGEInvensysCabot、と外資系ハイテク企業をずっと歩んできた。2000年ごろからは経営陣に加わり社長業を学んできた。半導体のプロではないが、経営のプロである。社員を動かすコツを得ている。SIIセミコンダクタに入社して以来、1年半で800名の社員と話をしてきたという。社員の心をうまくつかんできたといえよう。

 

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図 エイブリック代表取締役社長兼CEOの石合信正氏

 

セイコーグループの半導体事業は実は案外古い。1968年に時計用のアルミゲートCMOS ICの研究開発に着手、2インチのシリコンウェーハを使ったラインを構築した。アナログクォーツ用IC1979年に出荷した後、アナログICを中心にセンサICやパワーマネジメントIC、バッテリマネジメントIC、小容量不揮発性メモリなどを世に出してきた。社員との話合いの結果、アナログICを中心に製品を開発していくことを決めたという。アナログICはこれから成長するデジタルトランスフォーメーションやIoTAIには欠かせない半導体だからだ。

これほど歴史のある半導体部門であったものの、決して大きく成長してこなかった。所詮はセイコーグループ内の半導体部門に過ぎず、時計を主力製品とするグループ内では半導体は主力製品ではなかったからだ。このため、大きな投資をしてこなかった。これでは半導体を大きく成長させられない。

石合氏は、社員のやる気を出させることのコツを得ている。セイコーグループから独立するのに際して会社名の変更では、外部の広告会社に依頼して30くらい名前の候補を提出し、3つに絞った後は、海外の営業拠点の社員も参加して社員全員の投票で決めた。エイブリックという名前は、できるという意味のABLEICを加え、ABLICとした。

半導体企業の経営者として、石合氏は人材を大事にしたいという思いが強く、人事制度を変え、適材適所を進めていく。例えばエンジニアを続けたいと思う社員のキャリアパスとしてフェロー制度や、現場の技能者には現場マイスターなどの制度を作るとしている。石合社長は会社を成長させるための要素として、コンプライアンス、安全衛生環境などCSR、強い会社にするための合理的かつ実行能力を備えることを重視し、さらに社員が働き続けるための「楽しくする努力」も重要だとしている。

仕事を楽しくするための方策の一つとして、社歌を社員に作らせた。音楽好きの開発エンジニアが作詞・作曲し、メロディはロック調にした。石合氏はこのロック調を気にいっており、歌って踊れる社歌を誇りに感じている。歌詞は日本語だが、英語版も作成中だという。また、テレビ会議でもNECネッツエスアイの「SmoothSpace」を利用し、まるで一緒に会議しているような臨場感あふれるテレビ会議を利用している。楽しく仕事をする環境は社員を積極的にし、社員の方から「エイブリックしてる?」という標語を提案してきた。海外オフィスの方からも英語で「Doing ABLIC?」という標語も作った。

エイブリック社員の生き生きとした顔つきは、私にとってこれが初めてではない。10年以上前、ヒューレット-パッカード社の計測器部門アジレントに所属していた半導体部門がアバゴ(Avago)社(現在のブロードコム社)として独立した直後に偶然、アバゴを訪問したとき、課長レベルからマーケティングエンジニアに至るまで面会した社員全員の目がキラキラ輝いていた。モトローラ社から独立したフリースケール(現在はNXPに吸収)を訪問した時も同様だった。海外では親会社から独立した半導体企業には親会社の出資比率はずっとマイナーでせいぜい10~15%程度が多い。親会社から独立し、自分の責任で仕事ができる楽しさを見てきたが、日本でもそのような会社が出てきたことに驚くと同時に期待感を抱くようになった。

残念ながら東芝メモリは東芝がファンドグループに売り渡したものの、すぐに40%を買い戻し、第2の大株主としての影響力を持とうとしている。これでは常に親会社の顔色をうかがいながら投資を懇願したり方針を報告したりするという従来のやり方と変わりばえしない。エイブリックの社員には東芝からの転職組もおり、彼らも目が輝いている。

2018/09/02

注)エイブリックの社歌は以下のURLからアクセスできます;

https://www.ablic.com/jp/semicon/rs/


危ない、ルネサス

(2018年9月 1日 18:52)

 今日(91)は防災の日、今から95年前に関東大震災に見舞われた日だ。ルネサスエレクトロニクスが米国の中堅半導体IDTIntegrated Device Technology)を買収する方針を固め、最終交渉に入ったと日本経済新聞が報じた。日経は1面トップでこのことを伝えたものの、その内容は何も伝えていなかった。IDTとはいったい何者なのかさえ報じていない。

 

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図 シリコンバレーにあるIDTを取材

 

 ルネサスがI(アイ)のつく企業を買収したがっている、という話を聞きつけたのは2カ月ほど前。Iという頭文字でルネサスが買える規模の半導体企業だとIDTしかない。しかし、製品ポートフォリオを考えるとシナジーは生まない上に、全くピンボケな買収だから、それはありえないと思っていた。IDTは赤字に陥り、リストラを進めており、投資してくれる先を探していた企業だ。ルネサスは有望な企業と思っていたのだろうか。

 IDTはかつて、サイプレス(Cypress)社と並び、高速SRAMの半導体工場をもつIDM(垂直統合型半導体メーカー)であった。ムーアの法則でマイクロプロセッサの集積度が上がるにつれ、キャッシュメモリやバッファメモリに使われていた高速SRAMはプロセッサチップに集積されてしまい、存在意義を失うと共に市場は小さくなっていった。このため、IDTやサイプレスはSRAM製品のポートフォリオを見直し、現在の製品に落ち着いていった。サイプレスのことは、様々な媒体やウェブで書いてきたため、今回は置いておくとして、IDTは製品をクロック/タイミング製品を主力商品とするようになった。

  最近では、スマートフォンやアップルウォッチなどに見かけるようにワイヤレス充電用ICにも力を入れるようになった。この2本柱に力を入れてきた。このほかにも流量センサやガスセンサ、湿度センサなどのセンサ製品と、可変減衰器やアンプ、ミキサなどのRF系の部品をもそろえているが、タイミング製品とワイヤレス充電ICが同社の主力製品である。

  財務的にはどうか。今年の4月末に迎えた2018年度第4四半期は、ようやく黒字になったものの、2018年度の売上高は前年度比15.7%増の84280万ドル(約927億円)、GAAP(米国会計基準)ベースの純損益は1210万ドル(133100万円)の赤字であった。この会社を6600億円でルネサスが買収するという訳だ。

  ところで、IDTが得意とするタイミング製品とは何か。私たちの世界では時計をベースに日々活動している。6時に起き7時に朝食、7時半に家を出て、9時に会社に着く、といった具合に時刻をベースにして、さまざまな行動を行っているが、実はコンピュータ内部でも同じように時刻を定め人間の活動に相当するジョブをこなす。コンピュータにさせる仕事(ジョブ)を「プログラムに従って、1時に何番地の命令をとってきて、11分に1番のメモリに置きなさい、12分に何番地のデータを2番のメモリに入れなさい、15分に命令通りの演算を行いなさい」という風に演算器とメモリを使って仕事を規定する。タイミング製品は正確な時刻を提供する。

  IDTが提供するタイミング製品は、非常に正確で、光ファイバを使って基幹通信システムやスーパーコンピュータ、メインフレーム、ハイエンドサーバーなど極めて高速性を要求するハイエンドコンピュータの時計の機能を担う。一般のパソコンやスマホ、組み込みシステムのようなごく一般的なシステムではそれほど高速性は必要としないため、水晶発振器とPLL(位相ロックループ)や分周器・逓倍器などで中程度の周波数のクロック製品で済む。

  ルネサスの得意なマイコンには、IDTが持つ、超高速・超高周波のクロック製品は使わない。しかも高速・高周波の必要のない自動車のデジタル回路や産業機器などにマイコンを提供している。このため、シナジー効果はほとんどない。最近、力を入れ始めたワイヤレス充電分野はスマホやウェアラブルなデバイスを無線で充電するための電源である。ルネサスはスマホ分野を捨てた。送信機のパワーデバイスは村田製作所に売却し、LTE5G向けのモデム技術は、ノキアとの合弁でルネサスモバイル社を設立し運営していたが、これも解散し捨てた。

  IDTはハイエンドの通信機とサーバ市場を相手にしてきたが、ルネサスは自動車用マイコンと産業機器を相手にしてきた。いわば全く違う分野を歩んできた。一緒になると何が起きるのか、どんな市場が開けるのか、筆者のような乏しいアタマでは想像できない。

  現在ルネサスの呉文精社長は、かつてルネサスの強いところをオセロ風ゲームに例え、四隅の陣地から得意な分野を置き、徐々に自分の石をそろえていき圧倒的な強さで碁盤を支配するというようなコメントを述べていた。囲碁とは違い半導体ビジネスでとんでもなく異なる分野には進出しないのが現在の生き方だ。かつてのNECや日立製作所、東芝などは自分の陣地を広げすぎ、製品をなんでも揃えている百貨店と称された。無駄なリソースが増え、相乗効果はなく、それぞれの部門が勝手に動き、利益は低下していった。少なくとも今の半導体関係者はこの失敗を知り尽くしている。全くお門違いのビジネスはやらない。

  また今、世界の半導体メーカーは半導体同士の買収でポートフォリオを広げるのではなく、自分の分野を強めるために不足している分野や駒を買収して手に入れていた。それもほぼ終え、自分の分野を強めるために半導体企業ではなく、ソフトウエア企業を買収している。インテルがモバイルアイを買ったり、AIのナーバナ社とモビディウス社、サフロン社などのソフトウエア企業を買収したりしていたのはインテルがこれからAIを強化してチップ化を進めようとしているからだ。ルネサスがIDTを買収するのは、まったくシナジーを生まない企業であってもポートフォリオを増やすことが強い企業を作ると考えているとすれば、それはお門違いだろう。かつて弱体化した日本の半導体メーカーがたどった道だからである。その道をルネサスが再び歩み始めたのか。

  半導体の素人が半導体企業の経営の中核に入ることのリスクがルネサスに表れてきたようだ。7月の人事でやはり半導体素人の人間を自動車部門のトップに据えた人事は、かつての銀行系の合併を思い起こす。銀行はかつて、旧大蔵省の護送船団方式で「仲良しクラブ」を作り上げるため、合併すると例え対等な条件であっても強い方が弱い方を追放してきた。高度成長時代はこれでもよかったかもしれないが、グローバル企業と競争する時代となっては、このような無駄な仲良しクラブは、競争力の低下を招き外資系金融企業の進出で痛い目に遭ってきた。

  ルネサスはようやく立ち直り、これから成長路線へ舵を切り始めたと思っていた。世界の半導体企業はハードウエアとソフトウエアとITサービスの3本を強め、迅速な意思決定を進め、適切なタイミングで適切な投資を行い、世界をリードしてきた。この流れとは逆行するような不適切な買収や不適切なポートフォリオを独自に進めるなら、またルネサスがかつての銀行と電機企業の弱体化した歴史を繰り返すとすれば、極めて危ない。91日の防災の日が災いの日にならないことを祈る。

(2018/09/01)