機械学習のセッションができたISSCC2020
2019年11月20日 10:10

 半導体集積回路(IC)のオリンピックといわれ、半導体トップエンジニアが集うIEEEITエレクトロニクスに係る国際エンジニアが集まる学会)主催のISSCCInternational Solid-State Circuits Conference(1)。ここにもAIの大部分を占める機械学習を集めたセッションができた。もはやAIは、一時のブームではなくなった。ソフトバンクグループ会長の孫正義氏は、「AIによって全ての産業を再定義する」、と述べている。例えば農業にAIを適用して生産性を向上し、グローバル競争力を向上させるなど、あらゆる産業にAIを使って全く新しい手法で生産性を大きく飛躍させるのである。

DSCN0727.JPG

1 ISSCCの日本における委員たちと極東地区のチェアたち

 

 20202月に米国サンフランシスコで開催されるISSCCにおける11のサブコミッティ(分科会)に機械学習を追加して合計12のサブコミッティを設けることになった。その理由は、機械学習の利用や工夫などがこれまでいろいろなセッションで登場し始め、各セッションの査読委員は機械学習の専門家ではない場合が多かったために正しい評価法を見直したためだ。やはり、機械学習は一つの分科会として論文査読する方が理にかなっている。もはや一時のブームに終わるものではないことがはっきりしてきたからだ。

  ちなみに機械学習の投稿論文数は25件あり、そのうち7件が採択され、採択率は28%となった。機械学習のセッションは二つ設けられ、セッション7では高性能機械学習、セッション14では低消費電力の機械学習、となっている。さらに機械学習で特長的なのは、アジアからの発表が多いことだ。セッション7では日本1件、韓国1件、台湾1件、北米1件だが、セッション14では中国が3件も採択された。中国の3件は低消費電力狙いであることからスマートフォンやモバイルデバイス用のCNN(畳み込みニューラルネットワーク)などが多い。

  セッション7では、台湾MediaTek7nmプロセスに向け5Gスマホに使うためのCNN推論デュアルコアで、データ再利用や重みの圧縮、非対称量子化などにより大幅に効率を上げ3.4~13.3TOPS/Wの性能を実現した。北米の1件はアリババの北米拠点と中国拠点との共同開発した、データセンター向けのCNN推論アクセラレータチップで、その性能はこれまで最高の825TOPSと極めて高い。韓国KAISTからの発表は、教師無し機械学習として注目されているGAN(敵対的生成ネットワーク)向けのプロセッサである。日本からの発表は、東京工業大学本村真人教授グループと日立北大ラボ、北海道大学との共同による最適化問題を解くデジタルアニーリングのエンジンである。機械学習というよりも量子アニーリングに近い。

  セッション14での中国からの論文では、東南大学が量子化ビット数を極限まで減らして消費電力を下げた、1ビットのバイナリ型CNNチップで、回路をしきい値付近で動作させることによって510nWという超低消費電力動作を実現した。学会のためのチップのようなややトリッキーな感じのする論文だ。

Fig2ISSCC.jpg

2 日本からの発表は過去最低の12件 出典:IEEE ISSCCコミッティー

 

 今回のISSCC全体で見た時の特長は、アジアからの採択論文が48%と多くなってきたことだ(1)。北米が36%、欧州が16%となっている。4年前の2016年はアジア34%、北米42%、欧州24%だったから、アジアのプレゼンスが上がってきたと言えそうだ。今回は、北米の大学からの論文が49件しかなかったが、ここまで減少した理由はまだわかっていないという。

  日本からの発表では、企業からの発表が10件と昨年より少し増えたが、大学の発表が前回の7件から2件へと大きく落とした。ただ、これでも企業からの発表は少なく、2015年の15件、2016年の19件からは大きく減少した。日本が今回合計で12件という数字はここ20年で最低ではないだろうか。

  そもそも半導体製品を販売している地域を表すWSTSの市場統計では、世界の半導体がどこでも成長しているのに、日本だけが成長していないという事実がある(図3)。これはシステムを差別化するために使う半導体チップが活用されていないことを意味する。まさに今日本の弱さが出ているといえる。

Fig3ISSCC.jpg

3 半導体は世界では成長するが、日本だけが成長しない ここでの半導体市場とは、半導体チップをメーカーからユーザーへ手渡した場所を指す 出典: WSTSのデータをベースに津田建二が加工

 

 これまで総合電機の経営者たちは、半導体事業が悪いから企業の業績が悪化したと半導体事業のせいにしてきたが、半導体を切り離しリーマン後になって電機そのものの悪さにやっと気がついてリストラ始めたが、時すでに遅し、世界から大きく離されてしまっていた。半導体ビジネスはメモリのような大量生産品以外はみんなファブレスとファウンドリに分かれたのにもかかわらず、長い間電機の経営者も半導体の経営者もそのことを認めようとせず、結局、泥沼に沈み込んだままになってしまった。

  ところが、今回のISSCCで基調講演を行うグーグルのシニアフェローであるJeff Dean氏は何と半導体設計の話しをする。グーグルは自分でLSI設計言語を勉強して設計できる体制を作っており、しかも逆にディープラーニングを利用して半導体を設計するというのだ。もはやグーグルは半導体メーカーになったといえよう。

  日本の電機やITの経営者が半導体チップの重要性(これこそがシステムを差別化できるカギを握るモノという本質)を理解するのはいつの日だろうか。この日が来ない限り、日本の復活はないと断言してもよいだろう。今や半導体チップはソフトウエアを埋め込んだハードウエアになっていることも重要なポイントだ。財務の専門家はリストラをできても成長戦略を作れない。財務の銀行屋が半導体のトップにいる限り、半導体部門の成長は望めないと言えるだろう。

2019/11/20