ルネサス社員のやる気を奪う社長
2019年3月30日 16:04

 企業の業績が上向くかどうかは、社員が自主的に率先して仕事できる環境になっているかどうかと深く関係する。経営者は社員のやる気を引き出す能力を持たなければならない。ファシズムのように強制的に労働させても、生産性は上がらない。社員のモチベーションを上げるように各部門の社員を鼓舞する能力こそが経営者に求められる。

  かつて、富士通は、IBM互換機のコンピュータを設計製造していたことから、常にIBMをフォローしていたが、ある時IBMがサービス部門を強化する方針を発表した。富士通のトップは、これからはサービスの時代だから、もうハード、中でも半導体部門は要らないとして、かなり縮小した。

  こんな乱暴な組織改革をしたのは、なぜIBMがサービス部門を強化しようとしたのか、富士通のトップは理解していなかったからだ。IBMを取材してわかったことだが、IBMはこれまでハードといってもコンピュータ、プリンタ、ネットワーク機器などそれぞれの事業部門が単体で売っており、それに応じたソフトウエアも単体で売っていた。顧客はそれらをつないでコンピュータネットワークシステムを作りたかったのだが、自分でやってみなくてはならなかった。このことを知ったIBMは、自分たちのハードとソフトを生かして、顧客の望むシステム作りまでサービスしようとしたのである。だからサービス部門を充実させたかった。IBMはもちろん、ハードもソフトも力を入れ続けている。

  富士通の経営者の頓珍漢(トンチンカン)な判断で、ハードでこれまで頑張ってきたエンジニアはやる気を削がれた。また、別の経営者は、半導体はもう微細化をしないから、これ以上の先端技術を開発するな、とも言った。エンジニアたちのやる気は失われた。


 外資に買われて良かった

 しかし、半導体では救世主が現れた。富士通のマイコンとアナログ部門を買収したスパンション(現在サイプレス)のCEOは、取材するたびに旧富士通のエンジニアを誉めたたえ「tremendously excellent engineers(飛びぬけて有能なエンジニアたち)」という言葉を何度も使った。エンジニアのやる気を引き出すのが経営者の仕事の一つとも言った。そのジョン・キスパートCEOとは電話でもインタビューを何度も行ったが、この言葉をよく使った。実際、富士通でもう65nm未満の微細化プロセスを開発するな、と言われたエンジニアたちは、スパンションに買収されて40nmでも28nmでもどんどん開発してくれ、と言われ、やる気にがぜん火がついた。「買収されて良かった」と述べたエンジニアが多数いた。

  旧三洋電機半導体の新潟工場は、地震によって一部破壊され、工場として復活させないという方針だったが、ON セミコンダクターに買収された結果、工場を回復させ、今やON セミの中核工場となった。ON セミの経営陣は、新潟工場のエンジニアをほめたたえ、日本は製造が得意なエンジニアが多いことを知った。やはり、富士通同様、「買収されて良かった」という声を聞いた。

 

一人の首も切らなかったことを自慢

 さまざまな米国企業のCEOにインタビューすると、エンジニアをいかにエンカレッジ(鼓舞)するか、やる気を出させるかが大きな仕事の一つだ、とよく聞かされた。優秀なエンジニアを見つけたら、まずは手放さないようにするための方策を考える。2000年頃、リニアテクノロジー(現アナログ・デバイセズ)のボブ・スワンソン会長にインタビューしたとき、「見つけたエンジニアが(本社がある)シリコンバレーに来たくなければ、そのエンジニアのいる場所をリニアテクノロジーのデザインセンターとする」、と語った。

  1980年代のシリコンバレーではリストラ、レイオフが盛んにおこなわれた。しかし、景気が回復すると、優秀な人材が見つからなかった。彼らを確保することの難しさを痛烈に感じた。このため、そう簡単には首を切らなくなった。ボブ・スワンソン会長は「2008~2009年のリーマンショックの頃の会社はとても厳しかったけど、リニアは一人も首を切らなかった」と胸を張って自慢した。こういった米国ハイテク企業の経営者は、優秀な人材の確保に金も時間もかかることをよく知っている。ハイテク企業では、社員のやる気を引き出し、優秀な力を発揮できるようにして業績を上げるように仕向けることこそCEOの仕事の一つである。

  日本にも社員のやる気を出すことに努力している経営者はいる。営業担当者が「もう少し攻めれば契約できそうだ、しかし出張経費の制限でこれ以上顧客の元に行けない」、と言う社員の話を聞いた経営者は、そのような出張稟議書の提出をやめ、課長の自由裁量で出張に行けるようにした。経費節減はもちろん重要だが、お金は出すべき時には出さなければならないからだ。「やれといってもやらない社員には顧客の元に行かせる。そこでその社員は顧客の話を直に聞き、それならとアイデアを提案し、想定していた以上の力を発揮する」。このように話をしたのは2012年度に社長に就任し2017年度まで6年連続増収増益で会社を立て直した新日本無線の小倉良代表取締役社長(2018年度の途中から会長)だ。もっと詳しい具体例は参考資料1を参照してほしい。


ルネサスのCEOは逆を行く 

 翻って、ルネサスエレクトロニクスの最大の問題は、呉文精CEOがルネサス社員の気持ちを全くくみ取らず、独断でIntersilIDTの買収を決めたことだ。もちろん、買収案件は限られた人数のチームで行う業務ではあるが、ルネサスと全くシナジー効果を生まない製品ポートフォリオを持つIDT企業を買収するということは、初めに買収ありき、だったということを示す。IDTの製品ポートフォリオを見る限り、シナジー効果はほとんどないからだ。

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1 IDTの製品ポートフォリオ 出典:IDT2017 Annual Reportを元に津田建二がグラフ化 

  1で見るように、IDTの主力製品(62%)はデータセンターや通信インフラのコア基地局向けの正確無比のタイミングコントローラやRapidIOPCIeのような高速シリアルインターフェース製品である。ここで百歩譲って呉CEOが言われる、シナジーを生むセンサがどの程度のシナジーを生むか計算してみよう。センサ部門は、全社売り上げの14%しかない「クルマ+産業機器+センサ」分野の中の一部となるセンサである。この3分野合計で2018年売上額900億円の中の14%、すなわち126億円しかない。この中の一部がセンサである。シナジー効果は数10億円にしかならないが、これでシナジー効果があるといえるだろうか?苦し紛れのシナジーとしか言いようがない。

  本来の買収なら、自社の強みを伸ばすことを考え、そのために弱点を補うために買収する。ルネサスが手本とするTexas Instrumentsは、1995年に大方針転換でアナログにフォーカスすることを社員と共に決めた(参考資料2)。するとアナログ分野の中で弱い部分を補うことを考えた。高精度アナログのBurr-Brown、低消費電力のRFに強いChipcon、パワーマネージメントが強いNational Semiconductorなどを買収してきた。アナログにフォーカスしているため、方針はぶれない。社員ともディスカッションして決めた方針だから社員は理解している。だから確固たる地位を築けた。

  さらに、ルネサスの新しい人事を見ると、もともとルネサスにいた幹部人間を追い出し、IDTの幹部だった人間を全体の執行役員に任命している。元のルネサスの社員に対してどのようなインセンティブを与えるのか、ルネサス社員のモチベーションを下げることばかりの人事を行い、どうやって士気を高めるのかについて全く言及がない。元々のルネサス社員のやる気を削ぐ愚策を行い、どうして社員がついていけるのか、先日の株主総会でも社員に対する言及は全くなかった。

  現実にIDTの売り上げは2018年度に84280万ドル(約900億円)であり、売り上げ7500億円のルネサスの1/8しかない。にもかかわらず、IDTの役員を優遇し、もともとのルネサス役員を追い出す、という人事を行っているのである。元々のルネサスの社員のモチベーションは下がるしかない。これでは企業は元気にならず、業績は落ち込むばかりである。呉CEOはどれだけ国内の社員と話をしたのだろうか。社員はどれだけ彼の方針を理解したのだろうか。このままでは社員は疑心暗鬼になり、たとえ今は良いポジションでも明日は我が身か、と暗い気持ちになり、次の就職先探しに一生懸命になる。これでは1980年代後半のシリコンバレーと同じだ。

  「企業は人なり」という言葉を最近のシリコンバレーや欧米の企業から聞くことが多い。強い時代の日本もそうだった。優秀な人を育て、ロイヤルティを高め、業績を上げてきた。しかし、中途半端な非日本的経営は、経営層(取締役)だけ1億円以上の年俸をもらい、減収減益になっても報酬を下げないという日本独自の甘やかし体質を強める結果になった。この体質にどっぷり浸かったルネサス。かつてのソニーもそうだった。このような経営陣に社員はついていけるのだろうか。

 

参考資料

1.     社員の心をつかみ4年連続、増収増益の道を歩む新日本無線(2016/07/01

2.     EDN Japan「エレクトロニクスの50年と将来展望」、EDN 50周年記念特別号、20071月、リード・ビジネス・インフォメーション発行(筆者注;リード・ビジネス・インフォメーションが解散され、この特別号は絶版になった)