デジタル経済への転換で成長を図る英国(後編)
2017年1月14日 15:14

デジタル・カタパルトは、未上場企業であり、NPONon-Profit Organization)のように利益は出さない。収入は、政府の支援が1/3、共同研究開発プロジェクト(欧州大陸のHorizon 2020などから)が1/3、ビジネス活動が1/3となっている。

 

デジタル・カタパルトが支援するビジネス活動とは何か。オープンイノベーションの仕組みを使って、世界中の大企業や中小企業と一緒に開発し、商用化することである(3)。特にイノベーションの開発に迫られている企業と一緒に開発する。英国内の企業だけではない。海外の企業とも組んでビジネス化へつなげていく。

 

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3 デジタル・カタパルトに参加する企業には多国籍企業も 出典:Digital Catapult

 

ロンドンのデジタル経済カタパルトでは、例えばクレジットカード大手の金融企業VISAと一緒に支払いの認証システムについて開発しているという。デジタル・カタパルトセンターがプログラムを運営し、20社のイノベーターを紹介する。完全にオープンなセッションで、VISAと認証システムについて研究する。バイオメトリックスや物理的な方法をはじめ、ありとあらゆる方法について調べ、よりよい方法を編み出す。デジタル・カタパルトは、大規模なアセットを持ち、すべてのコミュニティとつながっている。まるでマフィアのようだと言われることがあるとPaul Egan氏は冗談交じりに言う。

 

デジタル・カタパルトは英国政府が立ち上げた組織である。6~7年前に、有名なアントレプレナーであるHermann Hauserハーマン・ハウザー氏が設立したAmadeus(アマデウス)というVCがメンバーにいる。彼はARM社の前身であるAcornコンピュータを設立した人物だ。彼は2016年に辞任したデビッド・キャメロン首相が在任当時、首相に尋ねた。「なぜUKは、イノベーションをたくさん持っているのか。実に大規模イノベーションを生み出してきた。UKは偉大なアイデアが多く、最初に発明・発見したことも多い。しかし、ビジネスはうまくない。だからこそ、現状をしっかり把握すべきだ」と進言した。

 

ハウザー氏は、デジタル・カタパルトの基本アーキテクチャを設計した。イノベーションのアイデアと商用化の間をつなぐ(インターベンション:intervention)を持たせるようにした。このインターベンションは、ビジネスを担当する企業に出資し、必要な設備や工場を作り、人脈を形成する。この人脈はテクノロジー、アカデミア、出資者などを網羅しており、ビジネスを成功させるために時には規制を作ることもある。まるでシリコンバレーのようにすべてのモノや人にアクセスできる。ハウザー氏は、調理人のように材料を調理し、レシピを工夫してきたという。

 

それでいて、「我々は中立な立場である」とEgan氏は言う。「特定の企業やテーマだけを推進しないし、サポートもしない。一方で排除することもしない。しかし、さまざまな中小企業をもっと大きくするために、製品やサービスを、デジタル活用によって変換するのを支援する」と。具体例としてロンドンには、構築したLoraワイヤレスネットワークがある。アイデアを持つIoT開発者は、無料でこのネットワークを実験に利用できる。LoraIoT専用のネットワークで、通信距離が長く低コスト、低消費電力という特徴がある。ロンドンのデジタル・カタパルトには、この2年間で3万人が訪れ、68社が製品やサービスを示した。出資金も250万ポンド(約3億円強)を追加したという。

 

今、日本のエレクトロニクス、ハードウエアメーカー、半導体メーカーはやや委縮している。霞が関はIoTを叫ぶものの、具体的に何をどうしようとするのか、明確ではない。ソサエティ5.0だの、CPSCyber Physical System)だの、抽象的な言葉だけが並ぶ。筆者が知らないだけのことかもしれないが、情報化社会であるソサイエティ4.0と政府が打ち出したソサエティ5.0の違いが全く分からない。ソサイエティ1.0は狩猟社会、2.0は農耕社会、3.0が工業化社会であるからこそ、情報化社会と今との違いは全く見えない。ウェブで資料を探してもそのことについて触れられたものを見たことがない。政府は、言葉を煽るのではなく、中小企業、大企業が自ら動きだせるように支援することこそ、重要なミッションではないか。研究開発とビジネスの橋渡しをすることに知恵を絞るべきではないだろうか。

                             (2017/01/14