メディア買収による編集の独立は?
2016年6月19日 09:28

最近、米国のエレクトロニクスメディアのEE TimesおよびEDNを持つ出版社UBMを電子部品商社(代理店)のアローエレクトロニクス(Arrow Electronics)が買収するというニュースが流れた。EE TimesEDN、いずれも日本版を持っているが、日本版の発行元はUBMとは全く関係がない。ITメディアというウェブメディア出版社が両方の日本版を持ち、翻訳権を買っている。

 

かつて、EDN Japanという雑誌に係わったことがあるが、この発行元のリードビジネスインフォメーション(旧カーナーズ)の米国の編集グループと編集上の問題をディスカッションした。米国の広告営業グループとも付き合わせてもらった。特に米国リードが持つ雑誌を3誌(Electronic BusinessSemiconductor InternationalDesign News)の日本版、創刊を手掛けた関係上、米国の編集者だけではなく広告の発行人ともずいぶんディスカッションさせてもらった。広告営業の発行人は、対象読者を絞り、広告を求めている読者層かどうかの検討を何度もやり取りした。米国と欧州、中国、アジア、日本、と電話会議もよくやった。

 

B2Bの雑誌では対象読者が見え、彼らに広告の製品を買ってもらいたい企業は、漠然とした読者像を嫌う。読者が広告掲載製品を買える責任があるかどうか、かなり具体的な製品まで要求される。アメリカ流の購買層訴求のステップはシステマチックに進められることが多い。ただ、そうはいっても最後はやはり人間関係が決め手となる。だからといって、接待漬けにすればよいというものではない。個人差が大きく、接待を嫌う人も中にはいる。ただ、やはり決め手となるのは人間性である。嘘をつかない、常に立場をわきまえてくれる、顧客の立場でソリューションを提案してくれる。口下手でもかまわない。朴訥(ぼくとつ)でも誠意があって正直であれば、顧客は安心してくれビジネスになる。むしろ、口八丁手八丁の営業スタイルは嫌われる。

 

インターネットの時代になると、日本だけではなく、米国のB2Bメディアも紙からネットへの転換を迫られるようになった。紙は広告効果が見えないため、出稿する側はより効果が見えるメディアや手法を求めるようになった。良質な読者が読んでいて評価しているかどうかの確認を欲しがった。最近はバナー広告のページリクエストもGoogle Analyticsではなく自分でカウントしたがる企業が増えてきた。

 

今回は、アローという電子部品の商社がメディアを手に入れた。メディアの編集者の中立性は保たれるのであろうか。メディアは広告をもらうから記事を書くとか、広告主や読者層に遠慮してずばり切り込まないのなら、メディアの価値は必ず下がる。歴史は語っている。アローはどのようにEETEDNを扱うのだろうか。

 

かつて日本でも、チップワンストップというオンライン電子商社がEE Times Japanという雑誌を発行したことがある。チップワンストップはまさにアローの競争相手である。しかし、2~3年しか続かなかった。インプレスに売却、その後はITメディアに移った。現在はITメディアが発行しており、それなりの地位を確立している。特にEE Times米国が発行している特ダネ記事を即日翻訳掲載しているが、ここに面白いコンテンツが多い。

 

チップワンストップはなぜEETJを手放したのか。詳細は不明だが、当時のEETJでは、ほかのメディア同様、他社の広告を入れていた。しかしチップワンストップ以外の広告が入りにくかったということだろう。逆に言えば、発行人が一般のメディア並みの広告を要求したのだと想像できる。しかし、これは無理な話だ。出版業として独立していないメディアを1つの業界企業が持てば、その企業の宣伝媒体と思うのが自然だからである。編集人は、編集記事の独立性は保たれている、と述べていたが、一般企業の広告担当者から見れば独立性が保たれていようがいまいが、1企業が発行する媒体である以上、同じ業界にいる別の会社としては広告を出したくない。そのような媒体に出すつもりなら他の媒体に出す方が有効だと思うにちがいない。シングルスポンサーの雑誌であり、他社からの広告は期待できないメディアだと発行者が割り切れば、続いたと思うが、残念ながらチップワンストップ側がこのことを理解できなかったのだろうと想像する。

 

シングルスポンサーのメディアは実は最近出てきている。WirelessWire Newsがそれだ。広告主は表面には出ず、ウェブ上は編集コンテンツのみだが、経費を抑える編集スタイルでメディアとして存続している。もちろん、記事の中立性は担保されている。

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図 Ed. Sperling氏が発行する固定スポンサー方式のメディア 

米国でも、元リードでElectronics Newsの編集長をしていたEd. Sperling氏が立ち上げたSemiconductor Engineeringがシングルではないが、複数スポンサーのメディアとして運営している。これは半導体専門のウェブサイトだが、システムレベル設計、低消費電力・高性能、製造・設計・テスト、IoT・セキュリティ・自動車、ナレッジセンター(ホワイトペーパー)などのコラムを作り、コラムごとのページにスポンサーを入れている。

 

今回、アローがEETEDNを買収して、電子商社の広告塔的なメディアであり、他の企業からの製品広告は期待しないのであれば、うまくいく可能性がある。そのためには収入がないのであるから、編集コストを削減しなければならない。編集の質をどれだけ重要に思い、独立性にどれだけこだわれるか、すべてアロー側がメディアをどれだけ理解しているかによる。アローに都合のよい記事を編集者に要求するなら、編集者はみな去っていく。

 

メディアの価値は中立・独立性にある。米国の編集者は中立性へのこだわりは日本の編集者よりも強い。やはりジャーナリズム先進国だけある。日本では、記事を事前にチェックさせてくれ、記事を訂正してくれ、というような要求が企業側からよく来る。しかし100%ミスでない限り訂正はしない。記事の表現や企業のニュアンスが入っていないことで、訂正を要求するところもあるが、これは検閲行為になる。記事が出る前の事前チェックも検閲である。数字を書き間違えたというような明らかなミス以外、編集者は訂正しない。そのための編集の基本ルールは、中立・公平かどうか、である。もちろん編集側のでっち上げや、やらせは、問題外である。

(2016/06/19)