液晶は今やローテク
2015年5月18日 22:10

シャープの自己資本比率は限りなくゼロに近い1.5%だ、と日本経済新聞が報じた。連結ではなく単独なら債務超過に陥っているという。ほとんど倒産に近い。にもかかわらず、なぜ会社更生法適用に踏み切らないのだろうか。

 

514日に発表したシャープの20153月期の決算では、最終損益が2223億円の赤字となった。しかも、自己資本比率が1.5%とゼロに近いのに対して、みずほ銀行や三菱東京UFJ銀行などが2250億円を出資するという。ルネサスに産業革新機構が資金を投入した時でさえ、10%以上の自己資本比率はあった。ルネサスに比べると財務状態ははるかに重病である。

 

今回の経営危機に陥った最大の原因は、堺コンビナートへの5000億円近い投資による。それも当初(2007年ころ)は、総額1兆円を投資すると報じられた。この話は海外でもよく知られており、筆者は当時、インテルとIBMのそれぞれの米国人から聞いたことだが、両社とも「うちではありえない」と述べていた。両社とも同様だが、それほどまでの投資が必要ならば、コラボレーションを他社(製造装置産業や顧客など)と組み、投資金額を抑えることが米国企業の常識であった。インテルは日本の半導体メーカーよりも数十倍高価なチップ単価で量産しながら、コストダウンの意識は極めて強く、低コスト技術を徹底していた。だから営業利益率が3割、4割を超えるのである。数1000億円規模の投資もできた。それでも1兆円規模の投資に対して会社はOKを出さなかった。

 

今となっては手遅れだが、今後シャープが生きていくためには液晶を捨てるか、レベルの高いユーザーエクスペリエンス技術を開発するか、どちらかしかない。もし、その未来技術がないのであれば、会社更生法の適用がふさわしいと思う。「がんばれシャープ」という応援団がいるようだが、残念ながら従来型液晶にこだわる限り、シャープには未来がない。液晶ディスプレイはもはやハイテクではないからだ。なぜか。

 

液晶は、基本的には画素と言われる基本素子を設計さえすれば、後はハンコのように同じ画素をひたすら並べていくだけの製品である。欧米ではラバースタンピングインダストリー(ゴム印産業)と言われている。だから、台湾や韓国、さらには中国といった企業でも追いつける。特にこれからは中国企業が液晶産業を支配し、もはや台湾と韓国でさえ出番が来なくなる。

 

液晶の動向は、タッチセンサパネルを設け、ユーザーエクスペリエンスを重視することになる。このため、タッチセンサ制御回路と液晶ドライバ回路との1チップ集積ICや、タッチパネルに新しい意味を付加するアルゴリズムなどがこれからのテクノロジーを握る。液晶自体に差別化技術はもう少ない。だから液晶だけでは生き残れないのである。

 

514日に米国の市場調査会社IHSが予測した5インチのスマートフォン用液晶パネルの低価格化のトレンドによれば、昨年パネル価格は34%も低下したのにもかかわらず、液晶製造コストは14%しか下がらなかった。もしこのトレンドが続くのなら、年末にはブレークイーブン点を超えてしまうと見ている。スマホ用の液晶パネルの価格がここまで下がるのは、作る工場が中国などで増えてきたからだ。供給過剰になっている。従来のテレビ用液晶パネルの価格は底に達し、これ以上は下がらないが、スマホ用パネルの価格はもっと下がるという。

 

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先週の決算報告会では、もう一つの液晶会社、ジャパンディスプレイも122億円の赤字を出した。スマホ用液晶パネルの値下がりが続く限り、どのようにして液晶で中国企業とコスト競争力を持てるのか、この難しい答えを見つけない限り、液晶産業の淘汰は進む。

 

液晶がゴム印産業である限り、次のアプリケーションが出てきてもすぐ低価格になるため、低コスト技術を磨かない限り、中国企業には勝てないだろう。シャープやJDIが低コスト技術を持っているのなら、とっくに競争力があっただろうが、それは期待できない。

 

液晶パネルだけではないが、ユーザーエクスペリエンスこそがモバイルの世界だけではなく、計測器産業や3D-CADソフトウエア産業、など産業用のハードやソフトにも巨大なメガトレンドとしてやってきている。最も身近にある液晶産業がユーザーエクスペリエンスをリードしていかなければ、世界から取り残されてしまうことは当然の帰結になる。IT、半導体、液晶、部品などの産業は極めて動きが速い。ゆったりとした大企業病の会社では、この世界で競争することは無理かもしれない。

 

かつて、中国の携帯電話市場で圧倒的な強さを誇ってきたサムスンが、最近(13)のスマホ市場で4位に落ちた。サムスンの没落はもはや時間の問題になってきている。モバイルやIT、半導体の世界では、産業やトレンドの動きは実に速い。日本企業が勝負するからには、完全分社化(独立)・責任移譲を経営者が決断する必要があるが、未だにその動きは出てこない。モバイルで競争する以上、液晶パネルにプラスアルファの付加価値をユーザーエクスペリエンスの視点で追加できるかどうかが生き残れるかどうかを決めるだろう。

 (2015/05/18)