半導体チップが病気を治療する
2014年7月 7日 21:25

ミクロの決死圏という映画を覚えておられるだろうか。人間を薬で小さくし、病気の患者の中に入り、宇宙船のようなカプセルに乗って治療するというSF映画だ。いよいよ、これが現実味を帯びてくるようになった。

 

今の医学では治せない病気や疾患を半導体技術が治す。目の見えない人が見えるようになる。てんかんの発作を抑える。心臓や肺などにも埋め込める内視鏡カプセルで治療。声を出せない患者が話せる。少なくとも、これらはもはや夢物語ではなくなってきた。これらの例を紹介しよう。

 

1は、Googleの提案しているコンタクトレンズ型のウェアラブル端末の例だ。コンタクトレンズ表面に半導体チップと、薄型ディスプレイ、薄膜リチウムイオン電池を搭載、それらを配線でつないでいる。このモデルで、薄膜ディスプレイの代わりに半導体CMOSイメージセンサを搭載し、システムLSIの中身を入れ替えると、盲目の方が見えるようになる可能性を秘めている。コンタクトレンズはセンサと信号を処理する半導体IC(システムLSI)、そしてそれらを動かす電源(DC-DCコンバータとバッテリ)によって、半導体ICからの出力線を視神経につなぐのである。視神経の筋電圧の変化を脳に伝えることで脳がその意味を判断する。もちろん、視神経が正常という人に限るが。

 

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盲目の方が見えるようになることは、長い間実現できなかった夢の一つだ。人間の体には脳からの指令を載せた神経の筋肉がごく微弱な電気を発生することがよく知られるようになった。8~9年前にTexas Instrumentsが開催した開発者会議に出て、片腕のない人に装着した義手でボールをつかみ、一つの箱から別の箱に移動させるというデモをみた。これは、脳からの電気信号を拾い、義手に埋め込んだ半導体ICDSP)でその信号を処理し、関節ごとに埋め込んだ小型モータを動かすことによって、脳で考えた動きを手に伝えるものだ。このデモで感心したことは、最初はゆっくりとした動作で箱から箱へつかんだボールを移動させるのであるが、学習すると素早い動作でボールを移動できるようになることだ。

 

その2年後のTIの開発者会議では、何らかの精神的なショックによって失語症になってしまった方が電話で応対できるというデモがあった。このデモでは、首の周りにスカーフを巻いた人が登場した。スカーフの下には声帯の筋電位を検出するセンサを複数取り付けている。センサからの信号を認識し、その意味を理解し音声合成技術で音声を発する。デモでは、プレゼンターが「やあジョン、今日は元気かい」と電話で問いかけると、指にスカーフを巻いた失語症の人は2~3秒おいて「今日も元気だ」と電話で答える。しかし、口は開かない。

 

人間の神経からの信号を抽出したり、外部の情景を信号に変えて神経に伝えたりすることで、今まで不自由な思いをしてきた患者の疾患を治療できるようになるのだ。これからの半導体は、疾患の治療にも役立てるようにすべきであろう。すなわち、半導体が活躍する場はもっと広がっていく。

 

台湾の交通大学は、ネズミを用いた実験で、てんかんの症状があるネズミの脳に半導体チップを埋め込み、てんかんを抑えることに成功した。これは、てんかんが起きる直前に、脳内に異常なパルスが発生するため、そのパルスを打ち消すために逆のパルスを送りこむことで、てんかんを抑えようというもの。これまで、患者の中には薬で治療できない人たちもいるが、そういった人たちや手術のリスクが多い患者を救えるようになる。さらに、パーキンソン病のように脳の電気信号の異常によって起きる疾患の治療にも使えるようになるだろう、と交通大学のKer Ming-dou教授は期待している。彼らは、この実験結果を学会発表している。

 

米国カリフォルニアのStanford大学では、治療のためのさまざまな半導体・エレクトロニクス技術を開発しているが、このほどで成功した実験として、体に埋め込む小さなカプセルに電源を供給する技術がある。今のカプセルは電池を含み、食道から腸を検査するのに使われるが、電池がなければもっと小型にできるため、欠陥の中や心臓、肺などの中にも検査や治療のためにカプセルを人体の外から自由に動かそうというもの。そのためには外部から電源をワイヤレスでチップに送る必要がある。ところが、従来のニアフィールド電界では人体に無害なレベルのワイヤレス電力を送ると臓器に達する前に減衰してしまう。体は外側から皮膚、脂肪、筋肉、臓器という順に出来ている。このため5cm程度の深さまで届かなくてはならない。Stanford大のAda Poon研究室は、電力をワイヤレスで供給するアンテナを工夫し、1.6GHzの電波を5cm程度までは体にダメージを与えることなく供給することに成功した。

 

これまでの半導体・エレクトロニクスにおける医用電子は、主に診断に使われてきた。治療には薬品や外科療法、放射線療法などが主体だった。これまでの治療技術ではできない疾患には半導体チップを使っていけるようになりつつある。ベルギーの半導体研究所IMECを訪問した時にCEOLuc Van den Hove社長になぜバイオ技術を開発しているのかを尋ねた。「われわれのテーマは、ガン治療に対して半導体技術は何ができるかを追求することだ」と答えている。半導体エレクトロニクスは、従来の医学のような現代社会の解けない問題を解決する手段になりつつある。

2014/07/07