インテルは携帯端末時代をどう生きて行くのだろうか
2013年5月19日 22:11

パソコン産業に陰りが見えてきた。タブレットやスマートフォンに市場が奪われるというレポートさえ出てきている。旧アイサプライ(現IHSグローバルジャパン)の調査では、タブレットがPCを食うと予想している。パソコンを中心にマイクロプロセッサを開発してきたインテルは今後どうなるか。

 

パソコン用プロセッサに特化

インテルは1980年代中ごろに、マイクロプロセッサ事業に注力すると決めて以来、常に成長路線を歩んできた。マイクロプロセッサの性能向上に力を注ぎ、32ビットの386486、そしてPentiumにたどりつき、不動の地位を築いてきた。1995年はマイクロソフトのWindows 95が発表された年であり、パソコンはMS-DOSからWindowsへとGUIを使った本格的なパソコンへと変わってきた。それまでGUIはアップルのマッキントッシュパソコンの牙城であった。Windows時代になりマイクロソフトとインテルのチップを合わせて、ウインテルと呼ばれる時代もあった。

 

インテルがたどってきた道はパソコンの性能を上げることであった。プロセッサの性能が上がるとWindowsの機能も増やし、さらにプロセッサの性能を上げるといったサイクルを繰り返してきた。x86互換機メーカーとしてAMDも健闘していたのの、入出力にPCIバスを提唱し、インテルはその地位を不動のものにした。インテルが長い間採ってきた戦略は性能向上だった。

 

2005年前後から、クロック周波数をGHzまで上げたが、性能一辺倒ではチップの発熱を許容できなくなり、消費電力を下げる設計も導入せざるを得なくなった。マルチコアは性能を維持しながら消費電力を下げる技術となった。CMOS回路ではクロック周波数に対して性能はほぼリニアに上がるが、消費電力は2乗で増加する。このため、クロック周波数をむしろ下げ、マルチコアで動かすことで、性能を維持しながら消費電力を下げる、あるいは性能を上げながら消費電力を維持する、といったことが可能になった。

 

低消費電力に特化したARM

一方、英国のベンチャーAdvanced RISC Machines社(現在のARM社)はファブレスのCPUメーカーになりたかったが、資金不足から32ビットプロセッサ回路をIPコアとしてライセンス販売するというビジネスモデルを考案した。1990年代の前半は鳴かず飛ばずであった。彼らの戦略は、性能はそこそこでも消費電力を徹底的に下げることであった。ハード的にもソフト的にも消費電力を下げるための工夫を凝らした。最初から、インテルとは全く違うアプローチであった。

 

ARMが多く使われた携帯電話は、単なる通話から、カメラやショートメッセージ機能、アドレスメモリ機能などを搭載するようになり、プロセッサで制御することが王道となった。これによりARMのプロセッサコアが搭載されていく。第3世代の携帯電話となると、ARMコアの搭載はますます進んでいく。ARMは低消費電力を維持させながら性能を上げて行く方向に進んできた。通話主体のフィーチャーフォンからコンピューティング主体のスマートフォンへと変わるにつれ、ARMコアは単なる制御機能だけではなく、演算機能も織り込むようになってきた。これにより性能は高くなり、マルチコアも増えてきた。ARMコア搭載の半導体チップは150億個にも及ぶという。

 

組み込み系に注力

インテルはパソコン時代の先を読み、組み込み向けのAtomプロセッサを2008年に発表したが、消費電力がARMプロセッサよりも高く、携帯機器市場に採用されるまでには至らなかった。その後、設計変更をし、インテルはマルチコアのAtomプロセサベースのSoCとして、今年、Silvermontと名付けられた携帯機器市場向けのAtomベースのアプリケーションプロセッサを発表している(参考資料1)。これはスマホやタブレット狙いのインテル初のアプリケーションプロセッサ(同社はSoCSystem on Chipと呼ぶ)となる。

 

ここ数年インテルの動きを見ていると、2009年のDACDesign Automation Conference)では、ワイヤレス給電をデモしたり、2011年にはインフィニオンテクノロジーズの通信部門を買取ったり、脱PCに向けた動きが活発だ。もちろん、製品発表では相変わらずパソコン向けのCore 3Core 7といった高性能プロセッサを発表している。2012年のInternational CESではスマホ用のリファレンスデザインを発表しており、インテルがスマホを作れる実力を見せた。レノボとモトローラのスマホにインテルのチップが採用された。

 

ところが、インテルの売り上げに陰りが見えてきた。2011年はインフィニオンの買収により、24%増の4969700万ドルを計上したが、2012年は1%減の4911400万ドルとなった。2000年代の後半からインテルは、2位サムスンに対して追いつかれつつあったが、2011年には引き離した。しかし、再びサムスンにその差を詰められた。

 

インテルの強みは何と言ってもパソコン用途だったが、そのパソコンがタブレットやタブレットミニなどに食われつつある。米市場調査会社のIDCによると、PC2年連続マイナス成長、2017年でも世界全体でわずかしか伸びない。2012年の35000万台が、13年には34500万台に減少するが、17年には38000万台と増えると見込んでいる。しかし、17年の数字は願望も含んでおり、パソコンの下降トレンドとして、急速に落ちて行く可能性もありうる。

表 パソコンの将来予測 出典:IDC

PC Shipments by Region and Form Factor, 2012-2017 (Shipments in millions) 

Form Factor

2012

2013*

2017*

Worldwide

Desktop PC

148.4

142.1

141

Worldwide

Portable PC

202

203.8

241

Worldwide

Total PC

350.4

345.8

382

 

スマホとタブレットの境界薄れる

携帯端末では、スマホとタブレットの違いは徐々に薄れつつある。今年のInternational CESでは、ファブレット(Phablet)というジャンルまで現れた。これは5~7インチのスマホ(あるいはタブレット)を指す。4インチ前後のスマホ、ファブレット、8~9インチのタブレットミニ、10インチ前後のタブレット、とこれらのデバイスはシームレスにつながった。

スマホのこれまでタブレットではアップルのプロセッサが強く、スマホではクアルコムのプロセッサがトップだった。さらに、アップル、サムスン、メディアテック、ブロードコムなどが上位を占める。タブレットではアップル、サムスン、nVidiaなどが有力であり、インテルはいずれにも影はない。

これらの市場にインテルがAtomコアを集積したアプリケーションプロセッサ(同社はモバイルプロセッサと呼ぶ)を今年のクリスマス商戦に合わせたタイミングで市場に出してくる。果たして、インテルは市場に食い込めるだろうか。

 

インテルはいける、という見方はできる。インテルは設計だけではなくプロセス技術も持っており、「22nm時代ではTSMCやグローバルファウンドリーズなどのファウンドリメーカーよりも進んでいる」(アルテラ社副社長のVince Hu氏)という声もある。22nmプロセスノードではインテルはトライゲートMOSトランジスタ技術をすでに28nm時代から確立してきた。この技術は、電流が表面だけではなく両側面の3面にも流れるという構造を持ち、電流容量を稼げることに加え、側面とでのリーク電流(正確にはサブスレショルド電流)が少ないという特長を持つため、22nmプロセスでは欠かせなくなると見られている。この技術を使うことで、高性能・低消費電力という特性が他社のプロセッサよりも優れていると考えられる。

 

しかし、インテルは携帯端末市場では負ける、という見方もできる。というのは、同社はかつてアプリケーションプロセッサを開発しておきながら、その部門を1995年にスピンオフさせてしまったからだ。これがマーベル(Marvell Technology)というファブレス企業である。インテルが携帯端末用のプロセッサをモバイルプロセッサと呼ぶのは、アプリケーションプロセッサ部門をスピンオフして外へ出してしまったからだ。マーベルのアプリケーションプロセッサはARMCPUコアを使った低消費電力のチップである。

 

インテルがアプリケーションプロセッサ部門を、もし今でも持っていたら、携帯端末への進出はもっとスムーズにでき、しかもすでに地歩を築いていたに違いない。Atomプロセッサの開発に取り組む必要もなかったのである。リソースを無駄に使ったといえる。

 

インテルが今後、携帯端末市場でどのような実績を残すだろうか。おそらく性能・消費電力とのバランスや、採用する携帯端末メーカーの設計や技術、その端末を消費者が受け入れるかどうか、などの要素が決める。インテルのプロセッサだけでは予測はできない。

2013/05/19

 

参考資料

1.    Silvermont is Latest Intel Atom Processor for Mobile Market SourceTech411