中国によるマイクロン買収の真相
2015年7月23日 23:28

先週、中国清華大学グループの紫光集団(Tsinghua Unigroup)が米国のマイクロンテクノロジーに対して、230億ドルの買収提案を行った。実は最近、中国企業が米国企業への買収活動が活発化している。中国では半導体産業を育成し、世界を牛耳るための基幹産業に育てたいとする狙いがある。日本のように半導体産業を手放そうとしている国は、世界の常識ではありえない。

 

中国資本による米国企業の買収はマイクロン騒ぎが初めてではない。紫光集団による買収騒ぎの少し前の6月末、米国のCypress Semiconductorが米国のメモリメーカーのISSIに対して買収提案をしていたが、中国のファンドコンソーシアム、UphillISSIに対してCypressよりも高い値段で買収を提案した。ISSIの株主はUphillに売ることを決めた。まるで横取りとも言えるような行動であった。さらに430日にはやはり中国の投資コンソーシアム(Hua Capital ManagementCitic Capital HoldingsGoldStone Investmentなどのファンドを会員とする組織)がイメージセンサチップメーカー米OminiVision19億ドルで買収した。半導体企業ではないが、5月には米Hewlett-Packardがデータネットワーキング事業を紫光集団に23億ドルで売却している。

 

これほどまでも中国企業が外国の半導体企業を買収する背景には、昨年10月に中国政府のMIITMinistry of Industry and Information Technology:日本の経済産業省に相当)が国家集積回路産業投資ファンドを設立したことがある。このファンドこそ、中国に半導体産業を拡大発展させるための資金となる。総額は2兆円とも言われる。この時以来、中国の買収活動が表面化してきた。中国は、半導体業界の優秀な人材を探しており、これから人材の引き抜きも表面化してくるだろう。

 

中国は世界の電子製品を製造する工場として君臨してきた。半導体を外国から購入し、EMS(製造専門の請負業者)がアップルのアイフォーンをはじめとする多くのスマートフォンを作ってきた。このため中国では半導体製品を外国から購入することが多く、中国製のチップは極めて少なかった。市場調査会社のIC Insightsが調査した中国の半導体市場は、需要が極めて高く、供給が追い付いていない。それどころか、ますます引き離されている(1)。しかし、半導体チップが電子機器の性能を決めるため、自国で半導体チップを生産していなければ、大事な肝を外国が握ることになる。何としても自国の半導体チップを生産したい、と中国政府は考えた。

 

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1 中国における半導体需要は供給に追いつかなくなる 出典:IC Insights

 

ところが、半導体製造ビジネスはそう簡単ではない。金をかけて製造装置さえ揃えれば誰でもできるという訳ではない。優秀な技術者がいて、生産現場の人間が考える能力を持たなければ作れない。実は、2000年ごろ、半導体産業を起こそうと政府が呼びかけたことがあった。筆者はその時の中国を取材するため、SMICからGraceHH-NECMotorolaASMCなどさまざまな半導体メーカーを訪問した。半導体工場の建設ラッシュとも言うべき上海のプードン地区は半導体工場を建てるための広い敷地がずらりと並んでいた。しかし、世界と太刀打ちできるほどの実力を持ったファウンドリ(製造専門の請負業者)SMICだけだった。そのSMICでさえ、リーマンショック前後に一時会社の存立の危機に面した。ましてはその他の企業は全く育たなかった。

 

インテルが大連に作った工場は成功しているように見えるが実態はわからない。また韓国のSK Hynixの無錫工場では20139月に火災事故を起こし、数ヵ月もDRAM生産が遅れた。半導体製造は、大きな投資、製造装置のノウハウ、製造技術のノウハウ、優秀な開発技術者、優秀な生産技術者などが必要な総合産業だ。経験とノウハウは何物にも代えがたい。ところが、これまでの中国の市場開放後のビジネスでは、お手軽に金儲けをしたいという考えの人が多かった。中国内でも「拝金主義」と言われてきた。残業をいとわず懸命に働き続ける、というワークスタイルは、台湾や韓国のような市場経済社会にはあったが、共産中国にはなかった。だから半導体産業は簡単には育たなかった。

 

そこで今回、中国は外国企業の買収という手段を使ってきた。これが最近の動きである。外国企業を優秀な技術者ごと買収してしまえば、中国製の半導体チップは生産できる。

 

中国にとって幸運なことはインテルが協力的なことだ。インテルは紫光集団の株式の20%20149月に15億ドルで取得している。紫光集団は中国のスマートフォン用アプリケーションプロセッサAPUのファブレスメーカーSpreadtrum社を買収している。つまり、インテルはSpreadtrumのプロセッサをスマホやIoT端末などに使う目的で紫光集団の株式を買ったのである。インテルにしてみれば、かつてアプリケーションプロセッサを持っていたMarvell Semiconductorを手放してしまったという「トラウマ」があり、意地でも買い戻すわけにはいかなかった。ちなみにインテルはAPUのことを決してアプリケーションプロセッサとは言わない。モバイルプロセッサという呼び名にこだわるのは、このトラウマがあるからだ。

 

マイクロンの買収は、できないだろうという観測が早くも流れている。これまでのISSIOmniVisionほど小さな企業ではないからだ。マイクロンは、巨大なメモリメーカーであり、かつてのエルピーダメモリを傘下に収めている。しかも、1株当たり21ドルという買収案は安すぎるという声もある。5ヵ月前は132ドルあったからだ。この先は、米国にある外国投資委員会の判断を待つことになるが、おそらく難しいだろう。

 

マイクロン買収に米国がNGを出すなら、中国資本は、今度は日本へ触手を伸ばすにちがいない。今や経済産業省には「半導体担当」になりたくなくて逃げまわる官僚が多いと言われるほど、半導体アレルギーになっている。これまで半導体産業を支援するために経産省主導の国家プロジェクトはことごとく失敗したという歴史があるからだ。

 

しかし、簡単に日本企業を中国へ売却するようでは日本の未来はなくなる。政府が売却を許可するなら日本の復活どころか、絶望的になる。何としても半導体を手放してはならない。