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NEWS&CHIPS|国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト、メディアコンサルタント津田建二の事業内容~技術・科学分野の取材・執筆(国際技術ジャーナリスト)

メディア業界の最近のブログ記事

コロナ禍でオンライン取材が当たり前になった

(2020年12月25日 22:11)

2020年はついに一度も海外に出張しなかった。20年ぶりかもしれない。新型コロナの感染力がけた違いに強いことがわかり、呼吸困難に陥る重症化にもなりやすいという厄介なウイルスの感染拡大したせいだ。世界各地で入国制限やロックダウンをしている。人から人へと唾液感染だから移りやすい。

 3月下旬あたりからテレワーク(WFH: Work from Home)になり、オフィスまで電車に乗って出かける必要がなくなった。それでも筆者のようなジャーナリストや編集者は、ITエンジニアと並んでWFHで活動しやすい立場にはある。図1のように在宅勤務導入率では上位にある職種だ。

 

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図1 在宅勤務しやすい職種 出典:経済産業研究所(権 赫旭氏、萩島駿氏)

 

 テレワークと言っても職種によっては在宅勤務できない仕事も多い。特に、資材や購買、受付・秘書といった職種は在宅勤務の導入率は低い。製造業のエンジニアや実験を行う工学のエンジニアは設備のある工場や実験室に通わなければ設備を使えない。このため、在宅勤務はしづらい。しかし、論文を書いたり読んだりする時はオフィスに行く必要はない。

昔、原稿用紙に向かって長い記事(特集や解説)を書く時は、自宅で執筆していたことがよくあった。まさにテレワークだった。米国のように編集者やジャーナリストは昔から自宅をオフィスにしていたケースが多い。ジャーナリストは、東海岸、中央、西海岸に分かれてそれぞれがオフィスを持ち、自分の守備範囲をカバーしていた。1980年代くらいまでは電話取材が多く、パソコン通信、インターネット取材へと進化してきた。ファックスで取材していた期間は短かった。

そして今はZoomWebExON24Teamsなど会議ツールを使った取材へと変わった。今年、急激にこういったインターネットツールを使った取材インタビューや記者会見が増えた。記者会見、企業のセミナー、国際会議、展示会など、多くのイベントがオンラインに代わった。逆にこうなると、今まではめったに行けなかった海外での展示会や国際会議も簡単に参加できるようになる。もちろん出張費は要らない。悩みは時差だけだ。それも北米以外の取材なら、時差はそれほど苦ではない。欧州の朝はこちらの夕方であり、真夜中にはならないことが多い。

オンライン会議が今年ほど普及していない昨年までは、国際電話取材もそれなりにあったが、時差を考慮してくれていた。しかしオンラインのリアルタイムでは、特に米国取材は時差が厄介だ。米国の朝はこちらの真夜中になる。夜遅いと眠くて起きていられない。

それでもオンラインツールの便利なことは、後になってオンデマンドで視聴できることだ。リアルタイムで視聴できなくても(その場合は質問できないが)、後でゆっくり視聴できることは、内容を理解しやすいことにつながる。

結局、大抵のことはオンラインツールで取材できてしまうのである。資料のないインタビューも時間を配慮してもらえば、記事を生むことはできる。今年、一度も海外出張はしなかったが、海外取材はむしろ増えた。

 

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2 2012年に参加したラスベガスでのCES会場

 

毎年1月の始め、米国ネバダ州ラスベガスで開かれる民生用IT関係のCES(図2)は、完全オンラインになる。取材したければ、アポイントメントもオンライン上で取れる仕組みを導入している。実際に出向いてさまざまなエンジニアやジャーナリストとディスカッションできるような臨場感と情報量と比べると確かにオンラインは落ちるが、出張予算もないジャーナリストやエンジニアは低コストで参加できるというメリットは大きい。

また国内での学会や業界活動での講演は全てオンラインに代わったが、ここでもメリットがないわけではない。東京で開催しても地方にいる人は出張費がかからないから参加しやすい。またリアルの場だと気後れして質問が出にくいが、オンラインでしかも事前に講演資料を配布していれば、多数質問が出て活発な議論ができるようになる。

ただし、デメリットとして、参加者同士の議論がまだしにくいという点がある。参加者と講師との間のディスカッションやQ&Aに限られる。これもツールの改良で、参加者同士のディスカッションもいずれできるようになるようだ。オンライン会議は意外と使え、情報量は多い。

議会もテレワークで国会を運営する国

(2020年4月14日 22:09)

新型コロナウイルスの影響を避けるため、議会でさえテレワークにした国がある。インド洋に浮かぶ美しい国、モルディブ共和国だ(参考資料1)。モルディブの国民議会では、マイクロソフトのビデオ会議ソフトであるMS Teamsを使って議会を運営している(1)。立法議員の数は87名と世界でも最も少ない国の一つではあるが、テレワークで立法府である国会で運営しているのだ。議会がそのままオンラインで中継されると同時にテレビでも中継されるという。

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1 モルディブ共和国はテレワークで議会運営 出典:Microsoft Asia

 

立法府では、2019年の1月にテレワークのソリューションを採用した。セキュリティ機能とさまざまな用途に使える機能で協働できるツールだからである。新型コロナウイルスが広まってきたために、330日にTeamsを使ってバーチャル会議を始めた。「議員が物理的に議会にいなくても、議会は通常に運営できます。議論や投票のような議会の機能や、委員会の会合も通常通り行っています」と議会のメディア&コミュニケーション担当ディレクターのハッサン・ザイヨー氏は語っている。

こういったツールをいち早く使いこなし、感染をできる限り防止するという姿勢を国民に見せつけることで、国民に意識は大きく変わってくる。残念ながら、日本では議会はおろか、会社や学校でさえ、ビデオ会議ツールの導入が遅れている。中国でさえ都市封鎖の時にオンライン授業を行う学校があった。日本はやはり世界から遅れている。政府が非常事態宣言を出し、不要不急の外出は控えるように要請したことで、ようやくテレワークが現実的になってきた。テレワークが新型コロナウイルスの感染拡大によって、認められようとしているのは皮肉なことだ。働き方改革ではテレワークの声がほとんど無視されてきたからだ。

本来テレワークは、オフィスに行くよりも生産効率が良い場合に取られる手段であり、外出自粛のためということは、本来の働き方改革の姿からはおそらく遠いことではないだろうか。

 筆者は10年以上も前の話しだが、以前勤めていたリードビジネス・インフォメーション時代に米国に出張した時にオフィスに行かないというテレワークを経験した。シリコンバレーにはハイテク企業が密集している。クルマで15~20分走れば、すぐに相手の企業に到着する。ある日、広告営業のアメリカ人のクルマでクライアント数社を訪問した。当日の朝、彼女は自宅から私のホテルまでピックアップしてくれ、1社目を訪問した後で、必ず上司に電話をいれ、報告していた。2社目を訪問した後も、同様に電話を入れクライアント情報を上司と共有した。このようにして3社か4社訪問した後で、オフィスによらずそのまま帰宅した。聞いてみるとオフィスに寄るのは1週間に1日か2日のみ。ほとんど、自宅⇒クライアント⇒帰宅、という行動パターンであった。

 広告営業の人間は、ほとんどこのパターンだが、編集のジャーナリストはクライアントを直接あるいは電話やテレコンなどでインタビューした後、自宅にこもって記事を書くことが多い。やはりオフィスに行くことは少ない。

 最近ではMS Teamsの他にもZoomCiscoWebExなど、Skypeよりも使いやすいツールが出てきたため、筆者も日本にいて米国を取材することも増えている。かつては電話取材だったが、最近ではYouTubeによる記者会見の場もできたため、米国に行かなくても取材できる機会が増えている。ただ、情報量としてはやはり直接会う方が多い。それも目的とするテーマだけではなく、その後の一緒にする食事では図々しくも私生活のことを話し合う機会も多い。その時こそ、その国の文化や社会の仕組みなどを知ることができる。

 テレワークは、仕事上は効率が高いかもしれないが、仕事のバックグラウンドを知る上ではやはり、フェイス2フェイスで会うことに越したことはない。ただし、効率だけを優先するならテレワークの方が取材効率は高いと思う。雑念に煩わせることがなく仕事に集中できるためだ。日本でオフィスを行かずに仕事ができるテレワークの時代は新型コロナが集結しても続くだろうか。

 

参考資料

1.      Keeping legislative wheels turning during COVID-19Microsoft Asia News Center,

2020/04/14


新型ウイルスに対して、君は何ができるか

(2020年4月10日 16:05)

このところ、2週間程度、在宅テレワークで取材・執筆している。8日には、スタッフ全員在宅から、ウェビナー(ウェブベースのセミナー)を開催した(図1)。その時の内容や背景などを記事(参考資料1にしたが、このウェビナーのテーマは「新型コロナウイルスに対して、半導体企業は何ができるか」である。

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図1 在宅からウェビナーを開催した 出典:セミコンポータル


 なぜこのテーマにしたか。対象読者が半導体業界の人たちだからである。ただ、内容的には半導体に限らず、半導体のユーザであるIT業界も含めている。半導体とITとは切っても切れないくらい深い関係があるからだ。彼らを対象読者と想定し、「新型コロナウイルスに対して、半導体企業は何ができるか」についてこれまで取材した材料を元にお話した。ポジティブなフィードバックをいただき、開催して良かったと思った。

 なぜこのテーマを選んだか。その背景には実は10年前に取材で訪れたベルギーの半導体研究所IMECでの研究に衝撃を受けたという事実に基づいている。まだAIがブームになっていないこの当時、IMECでは半導体チップの上に細胞を乗せて、電気配線とつなぐという操作を行っていた。半導体と細胞などの生物とは関係ないのに、なぜこのような研究を行っているのか、CEO(最高経営責任者)のLuc Van den Hove氏に聞いてみた。その答えは「半導体技術で、ガン治療を目指す」ということだった。

 このことは、「ガン治療」を「社会問題解決」という言葉に置き換えると、もっとわかりやすい、とその時思った。つまり、半導体技術で社会問題を解決する、という意識が新たな技術開発につながる。社会のニーズを知ることができるという訳だ。最近では、IT企業も、ITで社会問題を解決する、という言葉を標語に掲げる所も増えている。

 かつて、面白いかもしれないが何の役に立つのかわからない、と言いながら研究を続けるエンジニアや研究者が少なくなかった。特に大学関係者には象牙の塔に閉じこもった研究者や教授たちが多かったが、浮世離れしていて、世間の常識が通用しない人たちという印象が強かった。最近は、もっと社会の役に立ち、世の中を変えよう、という意識を持つ人たちが増え、望ましい傾向にはなっている。

 新型コロナウイルスにはITや半導体は関係ないな、ということは決してない。むしろ海外のITサービス業者や半導体メーカーは、自分たちで協力できることはないか、という目で新型コロナに対処している。例えばA-Dコンバータが得意なアナログ・デバイセズ社は、同じA-Dコンバータでも医療向けを最優先して出荷することを表明している。また、医療従事者向けに使い捨ての白衣やマスクなどを寄付するところもある。

 さらに、半導体のMEMS技術でマイクロ流路を作製しMEMSクロマトグラフィや、あるいは多層膜を利用して小型のPCR検査に使うデバイスを作製したという企業や大学もある。3~4日かかる検査結果を、小型化することにより数時間で結果を知ることができるようになる。また、半導体製造のクリーンルームではウイルスも通さないほど効果の高いフィルタを使っており、しかも不純物は100万分の1どころか、ppbという10億分の1の非常に高い純度が要求される。これを利用して、半導体グレードの洗浄方法でマスクを洗う、あるいは除菌する、などの技術を転用する手もある。半導体製造技術者は、新型コロナウイルスの退治に大きく貢献できるはずだ。

 新型コロナウイルスの同定に使うDNA解析などにHPC(高性能コンピュータ)を提供するという動きが米国にある。「Covid-19 High Performance Computing Consortium」と名付けたコンソーシアムが誕生し、IBMAWSNvidiaなどの企業だけではなく、DoE(エネルギー省)所属のSandia国立研究所やLaurence Livermore研究所などの6研究所、そしてMIT(マサチューセッツ工科大学)やCMU(カーネギー・メロン大学)などの9大学などが参加し、医療向けのデータ解析を優先する。

 新型コロナウイルスを退治するためには、とにかく感染しないように人から距離を置くことしかない。最初に感染が広まった武漢市の場合、1人が接触すると平均2.6人に移り、2.6n乗で感染者数が増えていった。新型コロナウイルスの感染力は、これまでのSARS(サーズ)の80倍とも200倍とも言われている。一般の消費者ができることはやはり、人と離れていることしかない。もし1人が接触する人数が1人未満となれば、そのn乗だから感染はどんどん減少しゼロに近づく。だから隔離が絶対に必要なのである。

 

参考資料

1.      特集コロナ戦争(3):ウェビナーで活発なディスカッションを得た(2020/04/09

SUMCOや東京エレクトロンがTVコマーシャルを出す理由

(2020年2月25日 23:15)

最近、半導体がテレビのコマーシャルに出ている。シリコン結晶を製造し、薄くスライスしたウェーハを生産している日本のSUMCO社、半導体の薄膜形成装置や洗浄装置などの半導体製造装置を生産する東京エレクトロンなどが半導体を全面にTV広告を打っている。10年前には考えられなかった。半導体は斜陽産業と新聞でも言われたからだ。

しかし、半導体で利益が出なくなった最大の原因は、総合電機の経営者が半導体産業を理解せず、ひたすら「お上」のいうことを聞いていて、自分のアタマで考えなかったからだ。筆者が「半導体、この成長産業を手放すな」と題した本を日刊工業新聞社から出版したのは今から10年前の2010年だ。半導体は成長産業だったのにもかかわらず、斜陽産業と決めつけ、ひたすら半導体事業を子会社にしたり他社と合体させたりするなど、処分した。ところが、世界の半導体産業は成長し続けているのにもかかわらず、日本だけが停滞していたのである(図1)。その兆候は2010年でも見られている。だから本のタイトルをそのようにした。

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1 半導体市場、世界は成長を続けながら日本だけが停滞している 出典:WSTSの数字を元に筆者がグラフ化

 

この図はWSTS(世界半導体市場統計)という半導体の工業会のような組織が集めた半導体チップの市場を示したものだ。ここでの市場は、半導体製品を顧客なり販売代理店(ディストリビュータ)なりに手渡した地域を指している。つまり半導体製品を使う人、すなわち家電メーカーや総合電機メーカーなどのいる地域となる。半導体を作るメーカーではない。つまり、総合電機や家電メーカーが半導体を使わなくなったともいえる。実際、ソニーやパナソニック、東芝、日立製作所、NEC、富士通、シャープなど日本を代表していた電機メーカーは半導体を消費せずに製品やサービスを提供しているのである。 

これらのメーカーのほとんどが、ここ10年ずっと減収でやってきた。つまり成長していないのである。ただ、収支は赤字から黒字へ転換したものの、リストラを繰り返してきて利益は上がっただけにすぎない。売り上げが伸びていない。すなわち成長していない。

世界は今、半導体でAI専用チップを作り、データセンターやエッジでの電力効率を上げようとしている。グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトなどは半導体チップを自社開発している実態を、202024日号の週刊「エコノミスト」の特集で紹介した。すなわち世界をリードしているGAFAと呼ばれるこれらのITサービス企業が半導体を持つようになっているのである。

日本の総合電機はなんて感度の鈍いことか。半導体は、競合他社との差別化を図るためのツールである。賢いアルゴリズムやソフトウエアはもちろん差別化できる強力なツールではあるが、ソフトウエアはフレキシビリティがあるという強みはあるが、性能が遅い、という弱点がある。半導体チップはこの弱点を補えるツールなのだ。半導体にアルゴリズムを焼き込めばその性能は飛躍的に向上する。それもFPGAのようにプログラムできて、しかもハードワイヤードで高速の性能を得ることができる半導体デバイスもある。

日本の総合電機に半導体を納めていた企業は、もはや日本ではなく海外に目を向けている。海外売り上げの方が圧倒的に多いのである。半導体テストシステムを生産している日本のアドバンテスト社(旧タケダ理研)は、売り上げの92%以上が海外というグローバル企業である。もちろんSUMCOや東京エレクトロンも海外比率の方が圧倒的に多い。だから今でも成長を続け、テレビコマーシャルで半導体が成長産業であることを訴求し続けている。半導体は斜陽産業だと風潮していた総合電機の経営者と、それを聞いて取材していたマスメディアによって作られた斜陽産業のイメージを払拭するために、である。優秀な学生のリクルーティングのためにテレビコマーシャルで、成長産業である半導体を訴求しているSUMCOや東京エレクトロンは、これからも成長し続ける。顧客が海外だからである。

2020/02/25

今、半導体雑誌を改めて創刊する米国

(2019年6月 1日 00:25)

 半導体産業の技術ジャーナリストとして古手の一人、米国ボストン在住のPete Singer氏が紙ベースの新雑誌「Semiconductor Digest6月に創刊、7月のSEMICON Westで配布する。同氏は、Semiconductor International誌の日本版を創刊する時に議論に加わってくれた仲間の一人だ。創刊後も筆者がSEMICON Westなどで日本版発行の責任者として、パネルディスカッションなどにパネリストとして出席させてもらい、日本のプレゼンスを上げる機会をいただくなど、米国の広告主への訴求活動にも加えてもらった。

  今回の雑誌発行のニュースは、このインターネット全盛期に紙媒体なのか。正直言って衝撃を受けた。米国でも日本でも、紙媒体の半導体雑誌はもう姿を消したからだ。Pete8~9年前にSemiconductor InternationalからSolid State Technologyに移った。そこで知り合った広告営業のKerry Hoffmanと共にGold Flag Media社を立ち上げ、今回の雑誌を創刊する運びとなった。Kerryが広告営業と同時にパブリッシャーを担い、編集コンテンツはPeteが責任者(編集長)になる。

  米国のメディアでは、収入を稼ぐ広告営業者がパブリッシャーとなり、P/L(収支)を管理する。広告が少なくなれば、収入を上げる知恵を絞り、その手段を考える。編集者は稼ぐことより、内容の濃いコンテンツを作ることに専念する。だからパブリッシャーは広告営業者が担当する。極めて実質的で日本とは全く違う。米国のB2Bメディアでは通常、編集者はパブリッシャーにはならない。編集記者は営業経験がないからだ。記事を書くという仕事は、金をもらって記事を書いていないという独立・中立のスタンスを示すために、営業活動からは離れ、編集者は稼ぐという作業から独立でいることが求められる。

  日本のメディアは単なる出世コースとして編集長の上に発行人が来て上下関係を構築する。長年、金を稼ぐことから無縁の編集者がパブリッシャーという営業者になっても業務を遂行できるはずはない。ここが日本の経営のおかしい所で、米国の出版社とは大きく違う。また、編集記者やジャーナリストは株を持つことが基本的に許されない。インサイダーになりうるからだ。もちろん、私も妻も株を持たない。だからいつまで経っても貧乏暇なし状態だが、「武士は食わねど高楊枝」という独立的な態度もジャーナリストには求められるのである。

  Peteが始める新雑誌では、半導体の設計から製造、パッケージング、テスト、材料、製造装置、さらにはLSIだけではなく光センサやMEMS、全固体電池、パワー半導体、バイオデバイス、フレキシブルエレクトロニクスなど半導体技術を応用した製品を全て網羅するようだ。かつての半導体雑誌は製造プロセスを中心としており、設計の話題も載せなかった。

 

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1 半導体へのVC投資が急増 出典:Global Semiconductor Alliance

 

 米国では昨年半導体分野へのVC(ベンチャーキャピタル)投資が急増した(1)。特にAIチップはブームに沸いているが、ディープラーニング以外の脳の仕組みをアルゴリズムで模倣するニューロモーフィックの半導体も開発されている。さらには量子コンピューティング、5G通信、VR/AR、ロボットなど半導体や超電導を使わなければ実現できない応用が目白押しだ。だから、半導体への投資が急増しているのである。

  半導体がこれらの応用のカギを握ることは、当分はっきりしているため、Pete Singerは雑誌という紙媒体で勝負に出る。この20年間、インターネットのB2Bメディアの収支は日米とも良くない。コンテンツは無料なのに広告が安すぎるため、経営が成り立たないのである。このため、20年間B2Bインターネットメディアが運営されてきたが、広告モデルからリードモデルへと収入の仕組みが変わっている。今回の紙媒体は、改めて広告ビジネスから見直そうという動きの一環だと私は捉えている。

2019/06/01

私はなぜグローバル企業を取材するか

(2019年4月 6日 12:22)

 日本企業がグローバル化あるいは国際化を声に出して言うようになったのは、わずか10年くらいしか経っていない。2002年まで在籍していた日経BP社(入社したときは日経マグロウヒル(McGraw-Hill))時代に、日本がグローバル市場で勝つためのアイデアをブログ(記者の眼)に書いたとき、「何でグローバル化が必要なのか、本当に取材したのか」といったコメントをいただいた。つまり読者はグローバル化を全く意識していなかった。その後、2008年にセミコンポータルでセミナー「グローバル化をどう進めるか」を開催したときも、なぜ今、このテーマでセミナーを開くのか、という声も聞いた。

  今から10年ほど前までは、グローバル化という言葉はほとんどなく、海外進出、という言葉が新聞などのマスメディアを飾っていた。私は、1992年から2002年までNikkei Electronics Asiaという英文雑誌を担当しており、アジアへの取材、アジアの企業の眼で日本を見るという仕事をしていた。韓国、台湾、香港、シンガポール、さらにマレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム、インド、オーストラリア、中国を含めたアジア太平洋の地域・国を読者対象としていた雑誌である。


現地と付き合わなかった日本企業

  当時、多くの日本企業がこれらの国や地域に進出し、日本のプレゼンスを上げていたのだろう、と勝手に想像していた。ところが現地のエレクトロニクス企業に取材してみると、日本企業をほとんど知らない。付き合いもない、ということだった。唯一、韓国のサムスンは日本の半導体製造装置を導入していたため、日本とはなじみがあったが、韓国内のLGや現代は日本との付き合いも日本企業もほとんど知らなかった。ましてやマレーシアやインドネシア、中国の地元企業は日本企業についてほとんど知らなかった。

  日本企業はずいぶんアジアへ進出していたのに、一体なぜか?エレクトロニクス企業だけを取材していた私は長い間疑問に思っていた。オーストラリアからの帰国便で隣に居合わせた東京銀行の方と話をしていて、ようやく疑問が解けた。日本の銀行がなぜアジアへ行くのか。日本の大手企業がアジアに工場を立てて操業するとなると、部品や部材などのサプライチェーンが構築できなければ工場を稼働させられない。このため、1次下請け、2次下請けも一緒に現地で工場を立てた。そこで働く日本からの従業員も数十名から数百名に上るようになると、日本の銀行も必要になる。大手企業の海外進出とは、海外で単なる「日本村」を作っていただけにすぎなかった。だから、地元企業との付き合いはほとんどなかった。

  アジア向けの雑誌を担当する前は、日本語のエレクトロニクス雑誌を担当し、米国を中心に取材・出張することが多かった。1980年代当時のコンピュータや半導体、通信などテクノロジーは、未熟だったため、IEDM(国際電子デバイス会議)やISSCC(国際半導体回路会議)などのIEEE学会会議の取材が多かった。この当時、私の英語は未熟だったが、学会発表では分厚い丁寧な論文が掲載されており、英語を話せなくても論文から記事を書くことができた。ところが、学会資料だけでは米国企業の本音がわからない。米国企業を取材して、しっかりした考えを伝えるために、私も英語の会話を国内で勉強した。

 

今だからわかったことも

 2002年に日経BP社を離れ、リード・ビジネス・インフォメーション(旧カーナーズパブリッシング)に入社し、日本のエンジニア向け新雑誌を発行するために、かつてのDRAMエンジニアに取材して話を聞いた時のことだ。彼は「ミスリードしない雑誌を作ってくれ」という注文をつけた。かつて日経BP社で「メモリからASICの時代へ」という特集記事を出したが、これがミスリードした、というのである。「日本は結局メモリに強い企業が多かったのに、こんな記事を経営者が読み、DRAMを放棄した」、と彼は続けた。だから日本の半導体がダメになった。

  この話には二つの教訓がある。一つは自分が納得できない疑問が残り、彼とは論争になった。商業誌の記事で経営者が意思決定するのか、という疑問であり、そんなはずはない、と私は反論した。今になってみると彼は正しかった。事実、日本の電機経営者の多くは経営判断能力に欠けていた。当時若かった私は、電機の経営者を「立派なえらい人たち」、とみていた。もう一つの教訓は、当時の特集には間違いを含んでいた、ことである。海外取材をたくさん重ねるうちに気がついたことであるが、「メモリからASICへ」という流れは、米国だけだったのである。それを世界的なトレンドとみて、米国のトレンドはいずれ日本にも来ると見ていたが、これが間違いだった。米国の半導体業界では、多くの企業がDRAMで日本に負けたから自分たちを見つめ直して、自分の得意なところを探した結果、メモリ以外の半導体を追求するようになったのだ。

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図 リードで発行していたEDN Japan別冊では国内外企業のトップを取材、新発見が多かった 

 自分の間違いの元は、米国企業を取材せず、単なる学会発表だけを取材していたことにあった。だから海外企業の本音を聞こうと努めるようになった。今になってからわかった事実もある。1980年代後半の日米半導体戦争の時のこと。米国は日本に対して「外国製半導体の日本市場シェアを20%に上げよ」という市場経済に反するような要求をしてきた。この要求を日本の霞が関は丸呑みした。ところが1~2年前、「まさか、日本がこの無茶な要求を丸呑みするとは思わなかった」という声を米国で聞いた。通常、交渉事では、最初に20%と吹っ掛けておき、他方は10%と主張し、最終的に15%くらいで手を打つのが本来の交渉である。このようにならなかったということは、霞が関の役人には交渉能力が全くないことが暴露されたといえる。

 

トレンドをフォローするグローバル企業

 米国企業をきちんと取材していれば、日本の経営にも役に立つ事実が多くあることがわかる。それらをこれまでNews & Chipsなり、セミコンポータルなりで伝えてきた。しかし、日本企業の経営者がそれを参考にしたという形跡はない。ただ、ありがたいことに外資系企業の国内の経営者からは多くのコメントをいただいているので、読まれているようだ。最近、日本の研究者から、ある米国企業が立ち直った戦略を知りたい、という声があり、ボランティアで対処している。

  海外企業の取材で最も面白いことは、この先のトレンドを常にフォローしていることだ。かつての日本はトレンドを見てこなかったために、井の中の蛙、あるいはガラパゴス、という状態に陥った。海外企業のトップも将来に向けたトレンドは、企業の将来を左右するため極めて敏感である。逆に、トレンドに鈍感な経営者は企業の命が危ない、ということになる。

2019/04/06

日立の意図とは違う新聞の見出し

(2019年1月31日 11:21)

 125日、日立製作所は「風力発電システム事業の強化について」と題したニュースリリースを発表した。ところが、同日夕方の日本経済新聞は、「日立、風力発電機の生産撤退」という見出しの記事を報じた。これを見て、「あれっ?」と思わず叫んでしまった。全く否定的に捉えていたからだ。なぜ、こうなるのか。

  実は、日経の見出しに間違いはない。かといって、日立が風力発電システム事業を強化することも間違いではない。しかし、見出しをパッと見て一つはポジティブ、もう一つはネガティブに見える。つまり、視点が全く違うということである。だから全く違う見出しに見えてしまうのだ。

  事実はこういうことだ。日立は今後、風力発電機そのもののハードウエア部品を生産せず、これはドイツのEnercon社の発電機を使う。そして日立はIoTと同社のプラットフォームであるLumadaを駆使し、発電機から産み出させるたくさんのデータをコアとするビジネスに変えることを宣言した。発電機にはIoTは多数取り付け、そこからのデータを取得する。発電機そのものはグローバルな競争になり、メジャーなプレイヤーに絞られてきたようだ。このため、トップを取るために努力するより、発電機が生み出す膨大なデータを利用して顧客の価値を提供するビジネスに変えるのである。ハードウエアの生産からは撤退するが、今後期待が大きいデータビジネスには積極的に参加していくことになる。

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図 ドイツの高速道路沿いにある風力発電の風車(本文とは直接関係ない) 津田建二撮影

  風力発電機そのもののビジネスでは、高さが200メートルを超える超巨大なモノに変わりつつあるため、投資も時間も増えてくる。日立はハード部品での競争を止め、データサービスで稼ぐ方向にビジネスの中心を切り替える。だから「風力発電システム事業を強化する」とした。また、風力発電機が他のビジネス同様、シェア1位か2位でないと競争できないような体力勝負となれば、もはや日本の総合電機の出番ではない、と日立は判断したのであろう。風力発電機というハードウエアに資金も人材もかけるよりは、データビジネスに投資する方がさまざまな分野へも応用がきくからだ。

  だからといって、新聞が生産撤退という見出しを付けるのはどうか?少なくともIT系に強い日経新聞はモノづくりよりもIT系やデータを重視しているはずではなかったか。データは未来の石油ともいわれており、先端的な米国企業は、データビジネスへの転換を急ぎ、デジタルトランスフォーメーションをリードする方向に向かっている。日立もデータは石油なりの方向へ舵を切り替えている。このように捉えても良かったのではないだろうか。

  英国への原子力エネルギーの輸出に関してもコスト的に合わないと日立は見積もっている。これまで日本国内で原子力事業をやってきて、原子力はエネルギーコストが安い、と風潮されてきたが、リスクコストを全く見てこなかったからだ。3.11の福島原子力発電所の爆発とそれに伴う放射能汚染などのリスクを配慮すれば原子力のコストは決して安くない。石油や再生可能エネルギーではリスクコストはそれほど考慮しなくても済むが、原子力は万が一のリスクを配慮したコスト計算を含めることは世界の常識である。リスクは政府に見てもらう、といった態度では世界に輸出できないことを英国政府から教訓として学んだのである。日本政府のようにリスクは政府が面倒見てくれる、といった甘い態度は世界では通用しない。だから、ハードウエアでコストがかかりすぎるマシンからは撤退する、と決めた。

  風力発電ビジネスでは、コストのかかるハードウエアを回避して、データビジネスで稼ごうと日立は力点を変えたのだ。この点を新聞は理解しようとせず、ネガティブなイメージで風力発電機の生産から撤退、という見出しを付けた。むしろ、日立がデータビジネスへのシフトにより、未来へ切り開こうとしている努力を垣間見ることができると思う。

 (2019/01/31)

スマホの次は、やはりスマホ

(2018年2月15日 11:16)

相変わらず、ポストスマホという言葉がメディアに載っている。スマホートフォンの次のデバイスを期待しようとしている。しかし、少なくとも今後5年くらいは、スマホの次はスマホである。なぜか。スマホは、いつでもどこでも座らなくても使えるコンピュータだからだ。コンピュータはマシンが同じでもソフトウエアを変えるだけでいろいろなマシンに変身できるというもの。これからのIoT時代では、IoTからクラウドに吸い上げたデータを可視化して、スマホやタブレッド、ファブレット(5~7インチのスマホ)でみることから始まる。IoTのその次は、解析したデータを完全自動でIoTへフィードバックし、スマホやタブレット確認しなくても自律的に改良する。これは5~10年先の話だ。


スマホはリモコンに

  当分はスマホで確認する。先日、日立製作所の家電事業会社、日立アプライアンス社は、ロボット掃除機など家電製品をスマホで操作できるようにしていくと発表した。もはや専用リモコンは要らなくなる。リモコンの代わりにスマホで操作するようになる。家電メーカーはリモコンを作らなくて済むが、その代わりスマホで家電を操作するためのアプリを開発する。

  スマホはそう簡単にはなくならない。これこそ、ユビキタスなコンピュータだからである。10数年も前にいつでもどこでもインターネットを経由して世界中を結ぶことができるユビキタス時代が来ると言われながら、どこかへ行っちゃった、と思っていることだろう。実は、スマホがユビキタスなデバイスだ。パソコンだと、いつでもどこでもつながっても椅子に座らなければ操作できなかった。スマホは、立ったままでも歩きながらでも操作できる。歩きスマホが迷惑問題になる時代だ。これがユビキタスである。

  スマホは世界中とつながり、YouTubeを使えば自分の好きな時代の音楽や映画をいつでもどこでも楽しめる。ポール・マッカートニーやイーグルズ、ビージーズのライブを見ることができる。ABBAの音楽と「マンマ・ミーア」を同時に楽しめる。ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの「ミスター・タンバリンマン」や「時代は変わる」、といった音楽も聴ける。ベトナム戦争時に真昼の空から大量に落ちてくる爆弾を雨に例えて表現したと言われたCCRCredence Clearwater Revival )の「Have you ever seen the rain?(雨を見たかい?)」は、悲惨なベトナム戦争のフィルムを背景にした音楽が流れ、胸が詰まる。CCRのボーカルでリードギターを務めたジョン・フォガティが、ブルース・スプリングスティーンとの共演ライブで「Oh! Pretty Woman」をハモると、悲惨な時代を乗り越えて生きてきたと感じる


昨年はメモリの高騰でスマホも高騰しただけ 

 話は横道にズレたが、1月に開かれたCESの主催者CTAが発表した2018年の主要デバイスの成長率を見ると、ウェアラブルデバイスはもはや1%の伸びしか期待できない。GartnerTrendForceなどの市場調査会社は2018年のスマートフォンを5~6%成長すると予測する。2017年のスマホはほとんど成長せず横ばいだったが、これは2017年にメモリ価格が高すぎたためにデバイスも高くなりすぎて、スマホは売れなくなったからだ。18年はメモリ価格が正常に戻れば、スマホも適正価格に戻り再び成長曲線に乗る。

  スマホは、これから家電のリモコンになり、外出先からスマホを通して家のエアコンのスイッチを入れ、玄関のドアの鍵を確認できるようにもなる。その分、セキュリティがしっかりすることは言うまでもない。スマホが玄関の鍵となることさえありうる。アプリさえインストールすれば、使えるようにできるからだ。非接触カードのNFCは、スマホを入れてセキュリティも確保すると、決済機能を入れられる。フリーマーケットなどでクレジットカードの決済もできるようになり高価なカードリーダーは要らなくなる。スマホの応用はとどまるところを知らない。

  スマホはまさに超汎用コンピュータであり、アプリケーションソフトを入れ替えれば何にでも化ける。ロボットやVR/ARもスマホと連動して動く。当然AIが入り込むし、クラウドを使ったAIはすでにSiriとして機能している。クルマとの連動も時間の問題だ。今や、通話機能は「ついで」になったケータイであるからこそ、スマホの次はなかなか登場しにくい。

(2018/02/15)

科学と技術は大きく違う

(2017年3月28日 00:34)

 「地下の汚染水は、科学的には汲み上げてろ過して排水すれば安全」と言った科学者の発言がマスコミに伝わると「地下水は安全」という言葉に変わってしまう。科学的にはたとえその通りでも、技術的には初期コストや運転コスト、ハードとソフトの規模、安全かどうかの検証、など技術的に可能であることは全く何も実証されていないのである。このことは、科学者が「原子力は安全」と言う言葉と全く同じである。

  科学的に可能であることと技術的に可能であることは全く違うのだ。技術は、コストまで含めた現実のソリューションを導けるかどうかを実証することまで責任を持つ。先ほどの科学者の言葉を、技術的に検討するために必要な技術的課題は多い。地下水を汲み上げるポンプはどの程度の容量が必要で、どこに設置できる大きさなのか、その初期コストや運転コスト(電気代)、ろ過するフィルタの交換頻度やろ過できる能力、ろ過し排水できるスループット(1時間あたりの処理量)、フィルタの設置場所や交換しやすさ、など、そしてろ過した後の安全性の実証も必要だ。たとえ初期的には安全でも時間が経っても本当に安全か、経時変化はないかどうか、ポンプを汲み上げる配管の劣化はないか、信頼性に問題はないか、などなど。技術的に安全だという根拠はゼロに等しい。

  自動運転車でも科学的には可能だが、技術的にはまだ可能にはならない。技術的には、子供の急な飛び出しに対応できるか、白線の無いけもの道を走れるか、初めて通る道を走れるか、信号は認識でき、時速80km制限を読めるとしても、「飲んだら飲むな」という自動運転車にとって重要ではない標識にどう対応するか、などなど。自動運転に向けて取り組まなければならない技術的な問題は山積している。とても安全で今すぐ走れるという訳ではない。

  矢沢永吉さんの「やっちゃえ、日産」という宣伝広告での自動運転は、車線を変更せず、しかも運転手は手を放してもすぐにハンドルを握れる状態にいることが、手を放してもよいと許される条件だ。つまり自動運転車でさえ、技術的にまだまだ課題は多いのである。

  マスコミの「地下水は安全」という言葉は、それを信じる人たちにとっては、政治的に利用する言葉だったり、全く何も知らずに安全だと信じ込む人たちだったりする。言葉だけが独り歩きしてしまうことが最も怖い。これが風評につながるからだ。

  科学者を責めるつもりはないが、言葉は勝手に独り歩きしてしまうことに注意してほしい。科学的にOKだ、という言葉は、できそうだ、あるいはできるかもしれない、という程度に見るべきである。技術はコストも含む。技術的に可能でも誰も買えない価格の製品だと、社会的には無意味である。ましてや科学は、原理だけで判断するため、科学者の言葉を即現実に持ってくることはおそらく間違いだろう。

  アインシュタインの一般相対性原理は、重力場は光も曲げてしまう、というアイデアを含んでいるが、そのアイデアの証明は数十年も経ってからようやく最近あったばかりだ。重力場のアイデアを昔学生時代に知ったとき、本当かなあ、とまずは疑った。技術が発展し、やっと今頃になって実証できる環境が整い、ようやく証明できた。科学的には納得できることと納得できないことがある。ましてや、それが実証されていないことなら、すぐに信じてはいけない。

                                   (2017/03/28

心新たにiPhone誕生10周年

(2017年2月24日 01:16)

シリコンバレーで新しいアップルの本社ビルの工事を見てiPhoneのすごさをつくづく感じる。2017年は、iPhone が誕生して10周年、そのハードウエアのカギを握る半導体トランジスタが誕生して70周年に当たる。iPhoneを最初に見たときは、大きなショックを受けた。2本指でピンチイン、ピンチアウトすると縮小・拡大を表してくれる。ところが、ある主要エレクトロニクス雑誌は、新しい技術が何もない、と切り捨てた。70年前も、トランジスタ開発の最初の記事は小さなベタ記事としてしか扱われなかったようである。

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 もちろん、その雑誌の記者は(私もそうだったからこそ自戒を込めて書いているが)、対象とする読者には常に取材して意見を聞いているため、記者というより読者である日本のエンジニアが、そう言ったのだろう、と推察する。iPhoneは、のちにアンドロイドのヒントとなり、新しい場を作り出した。iPhoneはある意味、世紀の大発明の一つに挙げられる。にもかかわらず、そのイノベーションのすごさを日本のエンジニアは理解できなかったといえる。

  これまで、エンジニアの世界ではテクノロジーは、高性能・低消費電力が主な技術度の指数であった。その意味ではiPhoneに採用された高性能・低消費電力という指数からみると、すごいというものではなかった。しかし、iPhoneを最初に見た時、楽しそうな携帯電話だ、と直感した。指でページをめくる操作や、拡大・縮小の操作が親しみのある動作だったからだ。画面を90度左右に倒すと画面も一緒に見る向きに対応してくれる。人間になじみにある、こういった動作で表現する、「ユーザーエクスペリエンス」という言葉は、iPhoneから生まれた。

  2007年に米国で最初に発表され、日本での登場には数ヵ月かかった。日本で導入される前に英国人から見せてもらった時の興奮は忘れられない。それまでの、いわゆるガラケーには、私は魅力を全く感じなくなっていた。だからiPhoneを初めて見たときは感激した。実は2000年ごろ、英国のベンチャーからテキストの拡大・縮小を実現するソフトウエアを見たときは応答が遅く、2~3秒かかったため、面白いとは思ったが、まだ使われないだろうと見ていた。2007年のiPhoneにその機能が入っていたのだ。しかもピンチイン、ピンチオフというわかりやすい動作で表現した。

  iPhoneが発表してまもなく、GoogleAndroidと名付けたOS(カーネルはLinuxで、厳密にはOSではなくプラットフォームというべきソフト)を発表した。しかも無料で提供すると発表した。翌年2月のMobile World Congress 2008では、テキサスインスツルメンツ(TI)が早くも、Android開発ツールボードを出展しており、その取り組みの速さに驚いた。日本のメーカーはこの時よりも半年以上、遅れた。

  その後、Androidフォンが登場し、iPhoneやその前にビジネスパーソンに使われていたBlackberryを総称して、「スマートフォン」という言葉が生まれた。Androidの登場と日本メーカーの遅れは、そのまま現在の遅れにつながっている。

 

メガトレンドに鈍かった日本

 ここで言いたいことは、時代の変化点を見つけるという意識が日本企業はあまりにも遅い、ということだ。このため、世界の動きについていけなかった。これが日本の最大の問題である。DRAMビジネスを韓国やマイクロンに負けた最大の原因は、経営者もエンジニアもみんなメガトレンドを見ずに来たことだ、この時代の「ダウンサイジング」というITの大きなトレンドを。

 世界の動きは非常に速い。米国でも欧州でもアジアでもグローバルな開発競争が始まっていた2002年ごろ、日経BP社に在籍していた時、アジアや米国など海外を1000人以上も取材してきて、日本を何とかグローバル競争で勝つためには、少しでも日本が有利な条件で早くから戦うことだと思い、「外国企業の積極的な誘致が国内の活性化につながるというブログ記事を書いた。この記事に対して、本当に取材したのか、グローバル化の必要性がわからない、といった声を聞いた。意識がとても低かったのである。日本にいて日本しか見なければ、本当にガラパゴス化してしまう。このことに対する危機感は今でもある。

 iPhoneを見て、何も新しい技術はないと断じた失敗はもう許されない。新しい動きに対するアンテナ感度を少しでも高く上げてほしい。それもグローバルな動きに敏感に感じてほしい。新しいイノベーションは、日本だけではない。広く世界にアンテナを立てていなければ入ってこない。

 実は筆者も大失敗した経験がある。日経エレクトロニクスにいた頃だ。1980年代前半に「半導体はメモリからASICへ」という趣旨の特集をやった。これは米国の姉妹誌Electronicsが企画した特集の翻訳だった。米国のISSCCIEDMなどの学会IEEEを毎年取材していたのにもかかわらず、企業を取材していなかったために、技術の方向を示す実態を把握できていなかった。メモリからASICあるいは非メモリへ、という動きは実は米国だけの動向だった。米国の半導体メーカーは、DRAMで日本にやられたから、ロジックや非メモリへ進もうという動きだったのである。それを半導体産業全体の動向として、メモリから非メモリへという特集を発行した。のちにあるエンジニアから叱られた。「その特集を見て経営者がメモリをやめたのだから、君たちはミスリードした」と。


情報へのアンテナを高くせよ 

メモリは今でも、日本が得意な製造に価値のある製品である。DRAMでマイクロンやサムスンに負けた原因をきちんと分析せず、DRAMをやめてロジックへ、システムLSIへと日本の半導体企業がみな舵を切った。この後の日本は惨敗の連続だ。たまたま他のメモリとしてフラッシュメモリを持っていることに気がついた東芝は、NANDフラッシュで大成功を収めた。ただし、戦略的に深く考察して、NANDフラッシュを選んだわけではなかった。舛岡富士雄氏(現在、東北大学名誉教授)が開発したフラッシュメモリをたまたま持っていたからそれを選んだだけにすぎなかった。

 今、海外企業を取材するのは、私自身がミスリードを二度と犯したくないからであり、日本企業にもガラパゴスになってほしくないからだ。日本企業と海外企業を取材していると、その違いがはっきり見える。海外企業は常に新しい動向にアンテナを立てて探している。10万円もするセミナーに参加して動向を知ることにも投資を惜しまない。だからこそ、海外企業の成功例を紹介し、そのビジネス戦略の裏にあるものは何か、どのような考えで戦略の結論を出したのか、など参考にしていただきたいとの強い想いで、日本企業に向けた記事を作っている。

    (2017/02/24