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NEWS&CHIPS|国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト、メディアコンサルタント津田建二の事業内容~技術・科学分野の取材・執筆(国際技術ジャーナリスト)
   

グーグル、アマゾンに続きテスラも自前の半導体チップを開発

(2017年12月30日 23:51)

電気自動車メーカーのテスラモーターズが自動運転用の半導体AIチップを自分で作る、と同社CEOのイーロン・マスク氏が語ったという報道が相次いだ(参考資料1)。自動運転に必要なAI(ディープラーニング)ソフトを載せたチップを開発するためだ。また、Linked Inを見るとアップルが半導体の設計・検証者を198職種で募集している(参考資料2)。米国では、半導体業界にもウーバー化が押し寄せてきている。つまり、これまで半導体を使う側だった企業が自分で作りたいと考えるようになってきたのだ。もちろん、グーグルは第2世代のAIチップを開発中であるし、アマゾンも買収したAnnapurna社が半導体設計者を募集している。

 

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図 テスラの電気自動車 AIをまだ搭載していない

 

 海外では、ITサービス業者もIT機器メーカー、クルマメーカーまでもが半導体チップを設計し始めた。これに対して日本は、半導体産業=斜陽産業、という図式から逃れられず、いまだに間違った認識を持っている。2017年の半導体産業は、メモリバブルのおかげで、年率20%増という驚異的な成長を示す。2016年の3390億ドルから4087億ドルという、700億ドル近い差である。8兆円弱の新規市場が1年でできたようなものだ。

  ただし、メモリを除く半導体産業の成長率は2017年には9%程度であり、堅実な高成長を遂げている。メモリは、DRAM75%成長、NANDフラッシュは45%成長と大きく伸ばしたが、需要に対して供給が追い付かず、単価が上がったために売り上げが増えた。生産能力はわずか3%程度しか伸びていない。DRAMの生産能力は2018年もそれほど大きくならず、単価はいまだに増加傾向にある。市場関係者は2018年の中ごろには単価が落ち着くとみている。NANDフラッシュはDRAMほど単価が上がらなかったが、新しい集積度向上技術である3次元構造のNANDチップの量産が軌道に乗れば単価は上がらず生産量は伸びていくことになりそうだ。

  メモリ以外のシステムLSIあるいはSoC(システムオンチップ)の世界では、Intelを除き、水平分業が確立している。ファブレスメーカーはクアルコム、ザイリンクス、メディアテック、AMDNvidiaなどがおり、工場を持ち製造できるファウンドリ(製造専門の請負業者)サービス業者には台湾のTSMCUMC、米グローバルファウンドリーズ(GF)、イスラエルのタワージャズセミコンダクタ、中国のSMICなどに加え、最近はサムスンも出てきた。

  半導体チップは工場を持たなくても設計データ(マスクデータ)があれば、誰でもチップを持てるのである。テスラやグーグルが自分の独自チップを持てるようになったのは、このためだ。しかも水平分業は、設計側でさらに進んでおり、自分でシステムLSIを設計する必要もない。「こんなチップが欲しい」という全体システムのコンセプトと仕様さえ持っていれば、設計してくれるデザインハウスがいる。LSI設計ではVHDLVerilogという独特の言語で論理設計をプログラムしていかなければならないが、このLSI言語を使ってプログラムしてくれる業者がデザインハウスだ。だから自分で例えば、クルマの前にいる物体がクルマなのか人なのか、自転車なのか、あるいは建物なのか、を一瞬で判断する機能をディープラーニングや機械学習で覚えさせるためのAI機能を自分のクルマ用に半導体チップを使えば一瞬で判断する推論チップを手に入れることができるのである。

  残念ながら、日本は長い間、メモリでは威力を発揮できる垂直統合にしがみついてきたため、水平分業の便利さに気が付かなかった。垂直統合は、昔ながらの大量生産可能なメモリには向いていたが、少量多品種のシステムLSIには全く向かない。日本はメモリからシステムLSIに舵を切ったのにもかかわらず、垂直統合にこだわり続けた。工場の生産能力は余って仕方がなかった。赤字になるのは無理もない。

  工場は持たなくても自前のチップを作れることにいち早く気づいたアップルは、iPhone用のプロセッサチップだけは自社開発の道を選んだ。アップルは最初はマッキントッシュパソコンを設計製造するため半導体を外から購入してきたが、iPhoneから自前のチップを採用するようになった。アップルのプロセッサチップにはCPUの他に、絵を描くためのグラフィックス回路(GPU)や動画の圧縮・伸長を行うためのエンコーダ/デコーダ回路、画像をきれいに見せるための画像処理プロセッサ、デジタルフィルタや積和演算用のDSPなど、いろいろな回路機能を集積しているため、SoCあるいはアプリケーションプロセッサと呼んでいる。

  そのアップルが今度は本格的な半導体メーカーを目指す。GPUと電源IC(パワーマネジメント)は自前に切り替えた。このため設計者、検証者、アナログ・ミクストシグナルなどのエンジニアを大募集している。

  なぜ半導体チップを持ちたがるのか。チップこそ、他社とは違う特長を出すための差別化技術だからである。日本の電機メーカーも早くこのことに気が付かなければいつまでも世界の負け組から脱出できない。電機メーカーの幹部に聞いてみたが、未だに気が付いていなかった。残念だ。

2017/12/31

参考資料

1.    例えば、T. Simonite, "Musk Says Tesla Is Building Its Own Chip for Autopilot," Wired, December 8, 2017

   J. Vincent, "Elon Musk Says Tesla Is Working on Custom AI Chips," The Verge, December 8, 2017

   D. Etherington, "Tesla Said To Be Working On Its Own Self-Driving AI Chips with AMD,"  TechCranch, Dec.8, 2017

2.    Apple 198 jobs for chip design, Linked In

 

 

   

ブロードコムがクアルコムを1300億ドルで正式買収提案

(2017年11月 8日 09:59)

ブロードコムがクアルコムに1株当たり70ドル、買収金額1300億ドルで買収提案することが正式に発表された。日本ではなじみの薄いブロードコムだが、2016年での売上額世界順位は5位の131億ドル、これに対してクアルコムは3位の153.5億ドルである。小が大を飲み込むような提案だ。両者の合併で世界はどう変わるか。これは半導体産業だけの問題ではなく、通信産業、自動車産業にも大きな影響を及ぼすので、これから考察していきたい。

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図 2015年に訪問したブロードコムのオフィスから見たシリコンバレー

 

 ブロードコムは、米国では非常に有名な通信チップの企業であり、ワイヤレスではWi-FiBluetooth、有線通信ではEthernetに強くクルマ用のEthernetであるBroadR-Reach規格で主導権を握っている。ストレージではSATAやファイバチャンネルなどのインタフェースチップで実績がある。かつて東芝メモリに触手を伸ばしたのは、このストレージ部門とのコラボを狙ったためだ。

  ブロードコムの今の地位をもたらしたのは、下位のアバゴテクノロジーが一昨年ブロードコムを買収したことが大きい。2015年に16位だったブロードコムはアバゴと一緒になって5位にまで上り詰めた。この時、ユニークだったのは、下位のアバゴが上位のブロードコムを買収し、そして名前をアバゴではなくブロードコムとしたのである。合併前のブロードコムはBroadcom Corp.であり、合併後にはBroadcom Ltd.に名称を変えた。

  一方のクアルコムは、携帯電話(セルラー通信)用のモデムから出発し、アプリケーションプロセッサへと製品ポートフォリオを広げて成長してきたファブレス半導体のトップメーカーだ。従来、盗聴されにくいスペクトル拡散という軍事用無線通信技術を、CDMA変調という形に民生分野へ改良したことで大きく伸びた。その基本技術がCDMA(符合分割多重アクセス)であり、クアルコムは第2世代の2G技術から使ってきた。3Gになると、CDMA 2000W-CDMA2つの技術に絞られ、クアルコムはCDMAの基本特許を持っているため、携帯電話メーカーからも、モデムチップを購入するメーカーからも収入を得ることができ、我が世の春を迎えた。

  ところが、セルラー通信技術が4GLTEへ進んでくると、クアルコムのCDMA技術からOFDM技術へとモデム技術はシフトした。LTEでもクアルコムは最大の特許件数を持つ企業であるが、基本特許を持っている訳ではない。このため、クアルコムの絶対優位は崩れてきつつある。だが、5Gでもクアルコムは先頭に立っており、簡単に引き下がらない。さらにこれまでのクアルコムは携帯電話、スマートフォンメーカーにモデムやアプリケーションプロセッサを提供してきたため、チップの販路は一般流通チャンネルではなく直販だった。この販路を変え、一般流通チャンネルにも通すようになった。

  クアルコムのモデムとアプリケーションプロセッサは、アンドロイド陣営をかなり支配していた。欧米アジアだけではなく中国にも深く入り込んでいた。しかし、台湾系のメディアテックは中国市場にも強く、クアルコムより中国市場への存在感は高かった。ところが、中国市場では華為技術という広東省の通信機器メーカーがスマホや半導体で中国国内向けに成長してきた。半導体はハイシリコンというファブレス半導体を小会社として設立、さらにスプレッドトラム社も現れ、中国におけるモデムとアプリケーションプロセッサの市場は両社が支配的になり、クアルコムやメディアテックが追い散らされているような様相だ。

  さらにクアルコムは、電気自動車のワイヤレス充電システムを送受信アンテナも含め、提案できるような技術を開発している。電力用の太い配線の表皮効果を下げるために細い配線で束ねるという電力ではよく使われる工夫も行っている。弱点だった近距離無線のBluetoothでは、英国で有力なCSR社を買収し手に入れた。ピアツーピア通信、スマホのディスプレイにも乗り出した経験があり、成長分野への情報アンテナは高い。

  そして、クアルコムはNXPセミコンダクターへの買収提案を行っている。NXPはオランダのフィリップスから独立した半導体企業で、ファブも持つ垂直統合型の半導体メーカーだ。そのNXPが数年前フリースケールセミコンダクタを買収し、今やクルマ用半導体のトップメーカーになった。フリースケールはマイコンやSoC、ミリ波レーダーなどクルマ用半導体に元々強く、NXPSDRを利用したカーラジオ用チューナICやキーレスエントリICなどクルマのインフォテインメント系を開発していた。

  クアルコムはスマホの次の成長分野として見出したのはクルマである。クルマに使う半導体は徐々に増えてきていたが、自動運転とEV(電気自動車)化の方向がはっきり見えてきたため、自動車用半導体に活路を見出した。

  自動運転では、人間の目と同様、いやそれ以上の性能を持つシステムを作り、ブレーキやハンドル、アクセルなどの基本制御機能に伝える。このシステムには、クルマの前方、後方、周囲に目を配るためのイメージセンサカメラ、レーダー、LIDAR(ライダー)、超音波などのセンサが欠かせない。同時に検出したものが人か自転車か、乗用車か、トラックかなど判別するために機械学習(AI)が要求されている。つまりこれら全ては半導体で実現するため、市場が生まれることになる。

  EVは基本的にモーターとバッテリで動くが、モーターの回転数を変えたり止めたり回転させたりするのにパワー半導体で制御する。そのパワー半導体はマイコンやアナログ回路で駆動させる。バッテリが正確に充電されるかどうかの制御も半導体で行う。さらに従来のシリコンよりも耐圧を高くしオン抵抗を低くでき、コイルやコンデンサを小型にできるSiC半導体が将来は使われるようになる。半導体の新たな市場が生まれることになる。

  クアルコムはだからクルマにはどうしても進出したい。NXP買収はそのための布石となる。自動運転車やこれからの安全・安心なクルマには常時無線でつながるコネクテッドカーが必須だ。その通信に今は、Wi-Fiの一種である802.11pという規格が使われるが、将来は5G通信でリアルタイム動作を実現できるようになる。ここにクアルコムの強みが生かせる。

  クアルコムは今回のブロードコムの提案には反対している。敵対的買収となるとどちらの企業も大変な労力を割くことになる。この買収の行方はどうなるか、見守っていきたい。

2017/11/08

   

ソフトバンク、RPAロボットも提供

(2017年10月21日 22:30)

業務改革が叫ばれている。広告会社最大手の電通に入社した女性社員、高橋まつりさんが1年目に自殺したというニュースは日本の会社組織を震撼させた。高橋さんの職場では、上司による叱責の日常化や嫌がらせ(意図的に間違えた指示を出す)というパワーハラスメント(参考資料1)によって、やる気(モチベーション)が失われ、自殺に追い込まれた。それ以来、残業時間を減らそう、業務を改革しようという機運は高まっている。

しかし、上司や経営陣がノー残業デーを設ける、残業時間に制限を設けるなどしても、社員の仕事が実際に終わらなければ、まじめな社員はコーヒーショップでサービス残業を続けることになる。これは業務改革ではない。見かけ上の残業時間を減らしても、社員のやる気がそがれるような仕事の与え方をするようでは、企業の生産性は上がらず売り上げは決して伸びない。プレミアムフライデーも強制退社にすぎない。どこかで業務を片付けなければならない。

そこで、「残業止めよう」という単なる掛け声ではなく、ITをうまく使って、単純作業をロボットに肩代わりさせ、残業時間を実際に減らせる手段が登場した。これが最近新聞やメディアを賑わせているRPARobotic Process Automation)である。

社員の業務を見直し、例えばファックスやメール、ウェブ、手紙などさまざまなメディアを通じて入ってくる情報を一つのエクセルファイルに打ち直すような単純作業は、ロボットにやらせ、社員はもっと自分がやりがいのある仕事に打ち込めば、生産性はぐんと上がる。やる気も出る。 

こんなロボット(ソフトウエアロボット)は、誰しも望むところ。このRPAロボットを実は1年くらい前から稼働させている企業が増えている。ソフトバンクがRPAホールディングスと提携し、そのコラボレーションの第1弾商品「SynchRoid」(図1)をこのほど発表した。RPAホールディングは、すでに4000体以上のソフトウエアロボットの導入実績を持つRPAテクノロジーズ㈱を傘下に持つRPA分野の大手企業だ。

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1 ソフトバンクが提供するRPAロボット、SynchRoid 出典:ソフトバンク

RPAとは、ソフトウエアロボットによる業務の自動化の意味であり、事務職の単純作業を人間に代わって代行しようというもの。デジタルレイバー(digital labor)とも言われ、最大手のRPAテクノロジーズ社はBizRoboという製品を提供してきており、ソフトバンクは、RPA社以外にも3~4社のソフトウエアロボットを使ってみたが、BizRobo製品は直感的に作りやすい、とソフトバンクは言う。BizRoboではプログラミングを知らない人でも、使う表の中の項目などを覚えさせるだけでロボットを作れるという。

一般に企業内でシステムを組む場合、業務の要件を定義し、システム要件を定義することから始め、システム導入までに半年から1年もかかる場合が多い。これに対してRPAはわずか1~2週間でロボットを1体作れるという。しかも、システムの専門家ではなく、営業や総務など業務部門の人が短期間の訓練でロボットを作れるようになる。

このロボットはAI(マシンラーニングやディープラーニングなど)と比べても、学習させる必要がなく、業務担当者が自分でロボットを作り、自分で単純作業をロボットに任せようというもの。だからITシステムに疎い者でもプログラミングを学ぶことなく、ロボットを作ることができる。

ソフトバンクでは、すでに社内の業務改革にソフトウエアロボットを使ってきた。社内実験ではさまざまな失敗を繰り返し、「しくじり先生」で見られるような業務のワナも経験してきたという。すでに26部門でロボットが活動し、単純作業から解放されているとする。各部門では、RPAを推進するリーダーを決め、RPAを習得させ、さらにほかの業務や他部門などへ拡張していくとしている。

ソフトバンクでは、この1カ月前での集計では、1289件の業務改善のアイデアがあり、そのうち358件の開発プロジェクトができ、152人のロボットを作れる人間を育成できた。その結果、一月当たり9000時間削減できたとしている。

RPAの良い点は、導入によってイノベーションを感じる、それを拡散する、そして新しいイノベーションを共創する、ことだとしている。

今回、ソフトバンクは自社で成功したRPA導入を他社にも提供するという新ビジネスを売りにする。同社が111日から提供するのはパッケージサービスであり、自分でロボットを作れるように育成するプログラムだ。導入支援のワークショップから始まり、開発スキルのトレーニング、そして開発エンジニアの派遣、導入のトレーニング、そして検定試験を行う。サービスパッケージは2種類あり、スモールスタート向けのライトパックと、本格導入向けのベーシックパックがある。ライトパックでは開発者を一人育成する1ライセンスであり、1年間に90万円で提供する。ベーシックパックでは最大10ライセンスを与え、毎月60万円で提供する。まず働き方改革をRPAで行い、単純労働を止め付加価値のある商品設計やデザインなどの業務へと人間はシフトさせる。

ソフトバンクは、業務自動化のロードマップを描いている。まずはこのRPAによる提携作業の自動化だ。次がAIを使った非提携作業の自動化、さらに将来はビッグデータ解析などによる高度な自律化へ向かうとしている(図2)。ソフトバンクはIBMとも提携しており、IBMAIマシンである「ワトソン」を使える。このワトソンとRPAを使う業務も想定しており、例えば、顧客から新規注文に必要な見積もり依頼のメールを受け取ると、ワトソンがその内容を解析し理解したら、RPAが見積書を自動作成する、といったシーンだ。実際にこの場面にワトソンとRPAを使ったことで、従来なら15分かかった作業がわずか3秒で終わったとしている。

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図2 RPAは業務改革の第一歩 ソフトバンクは将来AIも想定

 小売店では、ハードウエアロボットである「ペッパー」とRPAとのコラボについても実験しており、こういった経験もビジネスにつなげていく。

(2017/10/21)

 

参考資料

1.    「過酷電通に奪われた命、女性新入社員が過労自殺するまで」、AERAdot20161018

   

TSMCモーリス・チャン氏引退、ファウンドリのビズモデル発明者

(2017年10月19日 23:07)

 世界トップのファウンドリサービス企業、台湾のTSMCの創始者であり、取締役会会長でもあるモーリス・チャン氏が20186月に引退すると表明した。今後はTSMCの経営から完全に手を引くという。実は彼は、リーマンショック前にも引退していたが、リーマンショックでの業績の落ち込みによって、経営に戻ってきた。しかし、今は後継の道筋も見えたため、引退を決意したようだ。モーリス・チャン氏は、エイサーの創始者スター・シー氏と並び、台湾の英雄と呼ばれている。

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写真 TSMCのモーリス・チャン会長 同社2016アニュアルレポートより


  チャン氏は、ファウンドリサービスという半導体の製造だけを手掛けるビジネスモデルを創り上げた。1990年少し前、上級副社長を務めていたTIを退社し、台湾でTSMCを立ち上げた。当初の出資者にはITRI(工業技術院)やフィリップス(現NXPセミコンダクタ)などがいた。1980年代後半から米国シリコンバレーでは「Start-up fever(ベンチャーフィーバー)」と揶揄されたほど、ファブレスのベンチャーが続出した。当初、製造は、IDM(設計から製造まで手掛ける垂直統合型半導体メーカー)しか請け負えなかったが、同氏はその様子を見て、製造だけの請負サービスを始めようと考えた。半導体産業での分業化の始まりである。

  TSMCは今や、2016年の売上額2857000万ドル(約31427億円)、市場シェア58%という圧倒的な強さを誇る、世界一のファウンドリ企業となった。ファウンドリビジネスで最も重要なことは、製造プロセスの完備もさることながら、多くの顧客を獲得するために設計に強いセールスエンジニアを確保することだ。このためTSMCは設計ツールを十分揃え、設計サービスを提供できるグローバル・ユニチップというデザインハウスを小会社にし、どのような顧客の要求にも答えられるように努めてきた。TSMCIDMになる、と誤解したアナリストもいたほどだ。

  設計ツールと設計エンジニアを揃えるのは、顧客によってはLSI設計特有の言語であるVHDLVerilogなどの言語を覚えたくない、というレベルから、GDS-IIフォーマットのマスクデータまで作成できる、というさまざまなレベルにも対応するためだ。設計フローによって顧客の要求レベルがマチマチだったため、設計の知識があればどのような顧客にも対応できる。だからファウンドリビジネスでは設計に詳しいセールスエンジニアが欠かせない。

  これが日本にはなかなかいない。パソコン画面に向かって、VHDLなどの言語でLSIの機能仕様をプログラムしていく、という作業を経験してきたエンジニアは、人付き合いの苦手な人が少なくない。様々な顧客の要求を聞いてその設計レベルまでできる顧客なのかを工場で伝えなければならない。そのような対面営業トークができる愛想の良いセールスマンでしかも設計に熟知しているエンジニアが望ましい。

  ファウンドリ工場は、マスクデータのフォーマットであるGDS-IIレベルからスタートするため、システム設計、機能記述、検証などの設計・検証作業は別会社が担う。この別会社は、その後のネットリストによる回路構成、さらにレイアウト、配置配線、検証、などのLSI設計作業を担うデザインハウスと呼ばれている。今はファブレス大手となったメディアテックも当初は、ファウンドリ3位のUMCのデザインハウスだった。今やファウンドリは、PDK(プロセス開発キット)というツールをこしらえ、自社の固有のプロセスに沿った形のトランジスタに基づく設計を要求するようになった。

  ただし、最近のTSMCの売り上げは実は伸びていない。1~9月の売り上げは累計で前年同期比わずか2.1%69987700万台湾元(約26000億円)にとどまっている。9月単月では前年同月3.6%減となっている。今の半導体景気がメモリ単価の値上がりによるものであるため、TSMCはその恩恵を得ていない。それどころか、クアルコムの10nmアプリケーションプロセッサSnapdragon 835の製造をサムスンにとられた。ただ、10nmプロセスを使ったiPhone 向けアプリケーションプロセッサA11の製造は、サムスン嫌いのアップルから請け負っただけにすぎない。その前まで、Aシリーズはサムスンが、SnapdragonTSMCがそれぞれ製造を請け負っていた。それが逆転した。先端プロセスのファウンドリビジネスは、まさにサムスンとの一進一退を展開している。

  ただ、モーリス・チャンが引退を表明したのはこれが初めてではない。2005年に一度退任したが、2007~2008年のリーマンショックで業績が大きく落ちたことで経営に復帰している。この時から2016年までは極めて順調に成長を遂げ、昨今の半導体ブームで大きく落ちることもなくなった。TSMCの今後は、マーク・リュー氏を会長、C.C.ウェイ氏をCEOとする2頭経営という形で運営していくとしている。

  米国の有力ビジネス誌の一つであるフォーブス誌は、2年をかけて、世界のビジネスに大きなインパクトを与えた100人の一人にモーリス・チャン氏を選んだ。その100人の中には、投資家のウォーレン・バフェット氏、マイクロソフトのビル・ゲーツ氏、アマゾンのジェフ・ベゾス氏、フェースブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏、eベイとテスラ・モーターズのイーロン・マスク氏、バージン・グループのリチャード・ブランソン氏、フェースブックCEOのシェリル・サンドバーグ氏、メディアのラパート・マードック氏、ファッションデザイナのジョルジオ・アルマーニ氏、メディア兼ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏などそうそうたる人たちが含まれている。半導体業界からはモーリス・チャン氏のみ、だとしている。


(2017/10/19)

   

騒音下5m離れても応答するAIスピーカー、来年登場か?

(2017年10月12日 19:32)

 アマゾンのAIスピーカーEchoの日本語版がいよいよ日本に上陸する。これは音声認識・応答技術Alexa(アレクサ)を搭載したマイク内蔵スピーカーだが、スピーカーに口を近づけて大きな声で話さなければ、うまくやり取りできない。どうにも煩わしい。ところが5メートルくらい離れても、また周囲に雑音が多少あっても正確に答えてくれるAIスピーカーが1~2年以内に間違いなく登場する。来年手に入るかもしれない。

  このAIスピーカーができると、普通のリビングルームでコーヒーを入れながら、「アレクサ、今日の天気はどうだい?」と聞けば「本日の港区の天気は曇りです。傘を用意した方がよろしいです」と答えてくれるが、これまでと違ってスピーカーのある場所まで歩いて話をするわずらわしさがない。普通に料理しながらでも、新聞を読みながらでも、「アレクサ、テレビのスイッチを入れて」とスピーカーまで近づかなくてもいいのだ。この技術が搭載されると、アマゾンのAIスピーカーは爆発的に売れるに違いない。

  なぜこのような夢みたいなことを真実味を持って言えるのか?それを実現できる半導体チップと開発ツール(図1)が入手できるようになったからだ。半導体チップを常に追いかけていれば、それを搭載するデバイスをイメージできる。しかも昔と違い、開発ツールも同時に発表するため、新製品チップを搭載するまでの期間はずっと短い。

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1 英ファブレスのXMOSが提供する開発キットVocalFusion 出典:XMOS

 

 英国ブリストル市を拠点とするマルチスレッドのマイクロプロセッサを得意とするXMOS社が音声認識・応答可能なアマゾンのAmazon Alexa Voice Service (AXS)向けの開発キットVocalFusion 4- Mic Dev Kitを発表した。ファブレス半導体メーカーのXMOS社は、これまでも音声やオーディオ処理を中心とするマルチスレッドの並列処理マイクロプロセッサを開発してきた。この32ビットの並列プロセッサは、プロセッサの面積が小さいため、民生用に低価格で提供できる。

 このマイクロプロセッサを使って、複数のマイクロフォンと組み合わせ、音声のビームフォーミングのように各マイク間の位相と感度を自動的に調整することにより、遠く離れた音声でもまるで焦点を合わせるかのようにきれいに捉えることができる。もちろんそのためには複数のマイクアレイが必要だが、それらのマイクを機械的にスキャンするのではなく、電子的にスキャンしその音声だけに絞り込むという処理をすることで、多少の騒音下で5メートル程度離れていても音声をきれいにとらえることができるのだ。

  なぜこのようなことができるようになるのか。この技術のキモは、インフィニオンが4つの高感度MEMSマイクを開発し、XMOSがそれぞれのマイクの出力信号の位相と感度を自動的に調整し、音声の聞こえる方向にマイクを向ける技術を開発したことにある。この「ファーフィールド音声キャプチャソリューション」はXMOSが握っているプロセッサ能力とアルゴリズムがコア技術である。もちろんアルゴリズムの中身は秘中の秘。さらにインフィニオンが開発した高感度のMEMSマイクも重要。マイク自身の持つ雑音に対する信号比(S/N ratio)は69dBと高感度にしたことも大きい。XMOSのプロセッサは高性能・低消費電力ながら低コストなのだ。アマゾンやグーグルの民生用の安いAIスピーカーにはうってつけだ。 

 実はインフィニオンは、先月このベンチャーXMOS社に戦略的な投資を行っている。インフィニオンが主要出資元となり、1500万ドルのシリーズE資金調達を行った。インフィニオンは、AIスピーカーのようなデジタルホームアシスタントなどの音声制御HMI(ヒューマンマシンインターフェース)を備える民生機器市場は今後数年間46%で成長するというIHS Markitの調査に期待している。

  XMOSは音声処理に特化しながらマイクロプロセッサというソフトウエアで機能を追加・修正できる並列処理コンピュータ技術が得意な企業だ。その詳細は筆者が7年前に出版した「欧州ファブレス半導体の真実」(参考資料1)で紹介しているので参考にしていただきたい。この会社は、ブリストル大学のデビッド・メイ教授(図2)がCTOを務める大学発ハイテクベンチャーである。デビッド・メイ教授はかつて並列処理コンピュータ「トランスピュータ」の中心開発者の一人だった。

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2 英ブリストル大学のデビッド・メイ教授

 

参考資料

1.    津田建二著「欧州ファブレス半導体の真実」、日刊工業新聞刊、201011

   

東芝メモリの現場にWDのライバルも入る

(2017年10月 6日 17:10)

東芝メモリの売却先が日米韓連合に決まってからも、ウェスタンデジタル(WD:Western Digital の動きは微妙のようだ。日経のニュースでは、東芝を買う米国のファンドのベインキャピタルの記者会見の様子が報道されていたが、WDが国際仲裁裁判所に仲裁を申し立てている件に関する質問では、急に歯切れが悪くなった、と伝えている。

  それもそのはず、現場(東芝メモリとWDが共同で管理している四日市工場)としては、WDのエンジニアと仲良く毎日仕事しているからだ。今回、東芝の取締役会で決めたベインキャピタルのグループとの買収グループには、WDが真っ向からぶつかっている競争相手であるSeagate(シーゲート)までが出資者に入っている。現場のエンジニアから見ると、とんでもないライバルをなぜ入れたのか、まるで嫌がらせのように見える。

  東芝が928日に発表したプレスリリースによると、ベインキャピタルを軸とする買収目的会社「株式会社パンギア」を設立し、パンギア社に東芝が持つ東芝メモリの株式を全て譲渡する。このパンギアに東芝が3505億円、ベインキャピタルが2120億円、Hoya270億円、SKハイニクスが3950億円、米国のユーザー企業およびその関連企業である4社(アップル、シーゲート、キングストン、デルテクノロジーズキャピタル)が総額4155億円の合計14000億円を出資する。これに加えて、金融機関から6000億円を借入し、合計2兆円をパンギア社が得る計画。

  デルはコンピュータメーカーのデルの関連会社のファンドでありメーカーではない。キングストンはメモリモジュールメーカーであり、アップル同様、NANDフラッシュメモリのユーザーである。4社の4155億円のうちのいくらなのかはニュースリリースには書かれていないが、WDのライバルであるシーゲートが含まれていることは新聞ではほとんど報道されなかった。しかし、エレクトロニクス関係者なら、ハードドライブ(HDD)を製造しているシーゲートは非常に有名な企業だ。HDDは業界再編を繰り替えし、ようやくWDとシーゲートの2強に落ち着いたところだった。

  金融関係のストレージ市場を中心にHDDから半導体ディスクSSDへの移行が進んでいる。これは金融市場で、高速トレーディングの要求が強いためだ。高速トレーディングでは0.1(100ms)は遅すぎるのだ。HDDだと速くても数十msがやっと。世界同時に株式を売買する上で、ほんのわずかな時間に利ザヤを稼ぐ高速トレーディングでは、できるだけ短時間で勝負するらしい。だからHDDからSSDあるいはフラッシュストレージへの移行が進んでいる。

  この市場を見込んで、IBM20134月に、SSDよりも速いフラッシュストレージの新規開発に10億ドルを投資すると発表している。NANDフラッシュメモリは、金融市場で資金運用にリアルタイムを求めるようになったことで、新規市場を見出したのである。この市場があるから、東芝メモリは運よく、あと4~5年は繁栄が続くはず(経営者がチョンボなど失敗しなければ)である。

  ただ、今回、経営陣が決められずにゴタゴタしている間に、NANDフラッシュ1位のサムスンからは差を広げられ、下位のマイクロンからは差を詰められている。せっかく豊かな市場のNANDフラッシュメモリなのに、へたくそな経営のために東芝メモリはピンチになりつつある。

  これからはシーゲートやSKハイニクスが四日市工場に入ってくるなら、現場のエンジニアのモチベーションがぐっと下がり、今後の東芝メモリの行方はわからなくなる。半導体工場とエレクトロニクス市場の地図を読めない経営者や業界素人のファンドがごちゃごちゃもめてくれたおかげで、現場の士気が低下していることは免れない。これ以上、優秀なエンジニアを辞めさせないための方策を経営陣は本気で考えないと、4~5年は確実に繁栄できるはずのNANDフラッシュ市場で、つまずきかねないことになる。エンジニアはもちろん頑張って2位をキープするように努力するだろうが、彼らのやる気(モチベーション)を下げたのは間違いなく経営者である。その責任は追及されても致し方ない。

2017/10/06

   

ABBAが再結成、2019年に世界ツアー

(2017年9月29日 22:48)

 ユーチューブは素晴らしい。昔の好きな歌を今、ビデオで見られる現代の手段となっている。数日前にユーチューブで見たニュースでは、ABBA(アバ)が再結成し、2019年にオーストラリアツアーを行うという。

 1970年代前半、スウェーデンの音楽バンドABBAがスウェーデン語ではなく、世界的に通用する英語で海外進出を果たし英国ロンドンのコンテストで優勝し名が知られるようになった。有名な「ダンシング・クイーン」をはじめ「SOS」や「フェルナンド」、「マネー、マネー」、「ウォータールー」などヒット曲を飛ばし、1982年に解散した。

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図 ABBA GOLDアルバム 筆者撮影

 ABBA GOLD」というCDアルバム()を買って間もない1999年にミュージカル「ママ、ミーア!」というミュージカルにABBAの音楽がふんだんに使われ、2008年には映画化された。ABBAは今はもう60歳代になり、復活はもはやないと思われた。だが、4人とも生きている。子供も成人になり、孫もいる。ABBAは、2019年のオーストラリアツアーを手始めに世界ツアーを目指し、活動を復活させたという。最初にオーストラリアを選んだのは最も熱心なファンがいる国だからだ。日本も彼らの好きな国の一つだとアグネタがユーチューブのインタビューで述べていたが、日本ツアーはまだ決めていない。


ユーチューブは昔と今をリアルタイムで再生

 こんなニュースを知ることができたのはユーチューブのおかげだ。私は中学生のころにビートルズの存在を知り、高校生の時に彼らは日本にやってきた。ビートルズやサイモン&ガーファンケル、ボブ・ディラン、トム・ジョーンズ、ビーチボーイズ、モンキーズ、ビージーズ、ローリングストーンズなどアメリカ、イギリスのロックやポピュラーをよく聞いた。日本の演歌にはない、若者の心を打つ音楽を感じたからだ。

 最近聞いた歌では、「You don't own me(私はあなたのものではない)」という歌を昔はレスリー・ゴーアが歌っていたが、最近、グレースという若い歌手が歌ってヒットさせている。この歌は男の奴隷になりたくない、という若い女性の心を歌っており、「私はあなたのおもちゃじゃない」というフレーズがある。人種や男女の差別を排除しようとしてきた米国だが、この歌のヒットとトランプ大統領の出現は関係しているのだろうか。

 昔の歌を最近の歌手がカバーしている音楽はこれだけではない。英国の女性グループ、ザ・サタデーズはビートルズの「ミスター・ポストマン」をカバーしているし、リトル・エバが歌っていた「ロコモーション」はカイリー・ミノーグという歌手がカバーしている。

 映画でも「シェリー」を大ヒットさせたフォーシーズンズの物語をつづった「ジャージーボーイズ」がヒットした。映画の中でも歌われた「君の瞳に恋してる」という曲は、数年前、携帯通信会社のコマーシャルにも使われた。

 ユーチューブは、時には残酷で、「マサチューセッツ」や「メロディフェア」などのヒット曲を飛ばしたビージーズの3人の兄弟メンバー、ロビン・ギブ、モーリス・ギブ、バリー・ギブのうち、2人がすでに他界したこともユーチューブで知った。イーグルズのリズムギター担当で「テイクイットイージー」を歌っていたボーカルのグレン・フライも昨年逝去した。

 ABBAは幸い、みんな健在だ。ぜひとも復活を願いたい。

(2017/09/29)

   

ここがへんだよ、日本の半導体(電機編)

(2017年9月24日 14:08)

 最近の半導体が好調なのを受けて、半導体産業に対する世間の見方が変わってきた。自分のところに問い合わせてくるアナリストや記者、半導体研究者が増えてきた。しかし、半導体はいまだに陰りの見えない成長産業である(1)ことは10年以上も前から言い続けてきた通り(参考資料1)。ただし、半導体産業は浮き沈みの波を伴いながら成長している。だから、成長しているのか止まっているのか、つかめない経営者が多く、半導体産業から離れていった企業もあった。いったい何が経営者を迷わせたのか?

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1 世界の半導体市場は成長 出典:WSTSの数字を元に津田建二がグラフ化

 

 最大の理由は、世界の大きなメガトレンドを見てこなかった、あるいは自分の企業に当てはめようとしてこなかったからだ。DRAMを中心に作っていた時代は、日本の半導体が世界を制覇していた時代。DRAMは大量生産の製品で、今のコンピュータシステムでは経済性さえ許せばメモリはいくらあってもよい。メモリとCPUとのやり取りが即座にできればできるほどシステムは高速になるからだ。DRAM中心のビジネスでは、次世代製品をどのように設計するか、について調べるマーケティングの必要がなかった。ひたすら容量が4倍の製品を作ればよかったからだ。16Kビットの次は64Kビット、次は256K1M4M16M64M256Mへと何も考えずに4倍に上げてきた。だから世界のメガトレンドに鈍感であっても次世代製品の設計ができた。マーケティングを必要としない企業文化はまだに生きている。

  ところが日本のDRAM半導体が変調をきたすようになったのは、4倍に増やすというルールが変わってきたころからだ。256Mビットあたりから2倍あるいは高速、あるいは低価格、と仕様が変わってきた。このあたりから、世界のトレンドに敏感になっていたメモリメーカーが勝ち始めた。これが生まれたばかりのマイクロンであり、同社からライセンスを得たサムスンだった。

  1984年、インテルを始め、AMD、ナショナルセミコンダクター、インモス、モトローラ、モステックなど世界のDRAM半導体メーカーが続々DRAMから撤退した。にもかかわらず、これからDRAMビジネスに参入する、と宣言したのがポテト産地のアイダホ州に工場を建設するマイクロンだった。マイクロンの経営者の一人が来日するという話をたまたま聞きつけて会いに行った。当時の日本の半導体メーカーは、大型コンピュータ向けにDRAMを作っていた。ところがマイクロンは、10年後には主力になるパソコン市場を狙ったDRAMを作ると言ったのである。

  世界のコンピュータ産業はダウンサイジングをメガトレンドとみており、大型コンピュータからミニコンやオフィスコンピュータ、ワークステーションなど小型化へ向かっていた。マイクロンはいずれ個人向けのパソコンへ進展するとみていた。当時はMS-DOSのパソコンが出て一部の愛好者しか使われていなかった。パソコン用DRAMはひたすら低コストが求められる。そのためにチップ面積を小さくして1枚のウェーハから取れるチップの個数を増やす微細化とレイアウト手法、さらにプロセスを短縮しマスク数を減らす設計・製造技術を確立することに努力してきた。この設計・製造技術を確立し量産するまでに10年かかった。そして1995年、マイクロンが低価格DRAMを量産してきた。これには日本の半導体メーカーは慌てふためき、「マイクロンショック」という言葉さえ生まれるほど、黒船襲来と同様、ハチの巣をつつく騒ぎとなった。もはや手遅れだった。

  実は、マイクロンからライセンスを受けDRAMを作っていたサムスンがその1年前に低価格DRAMを出していた。当時、代表的な日本の半導体メーカーNECのトップは、「我々は安売り競争に巻き込まれたくないから低価格DRAMはやらない」と私の質問に答えた。世界のメガトレンドを見てこなかった日本の半導体メーカーの没落はここから目に見えるようになった。

  さらに日本の半導体産業はもう一つ大きな間違いを起こした。DRAMでサムスンや遅れて参入したハイニックスなどの韓国勢とマイクロンに負けた理由を正確に分析せず、安易に「システムLSI」に走った。メモリではない製品をシステムLSIと呼び、製品の主力をシフトした。ところが残念ながら経営者は、システムLSIを理解していなかった。

  当時、世界の半導体企業は、システムLSIを作る以上、多品種少量生産となり工場を減らす、ないし閉鎖・売却し始めていた。ファブレスとファウンドリに分離し始めたのである。ファブレス半導体企業は、クアルコムやブロードコム、シーラスロジックなど続々米国で誕生した。もちろん彼らの作る製品は大量生産のメモリではない。ファブレス半導体企業は工場を持たなくても、依頼すれば作ってもらえる台湾のファウンドリ企業を利用した。

  こんな状況でも日本の半導体メーカーは、設計から製造まで手掛ける垂直統合にこだわった。DRAMが月産数千万個単位で生産していたのに対して、システムLSIは月産数十万個単位だった。これでは工場が空いてしまう。だから、たくさんのファブレス企業からの依頼を受けて製造するファウンドリビジネスが成功したのである。日本の半導体メーカーが垂直統合にこだわり、ファブレスにもファウンドリにもしなかったために工場のキャパシティが余りリストラせざるをえなくなっていった。このリストラがなかなか手を付けられず、ずるずると最近まで放置され、この数年に渡ったルネサスのリストラにつながっており、東芝のリストラにもつながった。東芝はフラッシュメモリを外に出し、東芝メモリとしたが、それ以外の半導体製品部門をリストラした。

  システムLSISoCとも言う)では、基本的にCPUとメモリを集積しており、ここにソフトウエアを入れている。CPUを入れないICはハードワイヤードの論理回路だけでシステムを作るASICと呼ばれている。日本の半導体経営者はシステムLSIASICの区別がつかなかった。システムLSIは、コンピュータと同じ仕組みを採用し、組み込みLSIとも言われている。だからシステムLSIでは、工場に投資するのではなく、ソフトウエアに投資しなければならない。つまり、ソフトウエアを作る人である。ところが、日本の半導体メーカーは相変わらず工場設備に投資してきた。これが経営判断の誤りである。

  しかも、日本の半導体メーカーは親会社の電機メーカーそのものだった。半導体の経営者も電機の経営者も実は、メガトレンドを読んでこなかったことが共通点となっている。民生エレクトロニクスは、組み込み技術を採用し、CPUとソフトウエアで動かす世界となっているのに対して、相変わらずアナログ回路やASICで構成していたため、高コストにならざるをえなくなり、コスト競争力がなく世界に負けた。エレクトロニクス製品は人件費の比率が低いのである。CPUシステム、すなわちコンピュータは、ハードウエアを変えずに、それに乗せるソフトウエアを変えるだけでカスタマイズし、異なるマシンを作ることができる。だから海外は人件費の高い米国でさえ、低コストで製品を作れるのである。

  1は、世界の半導体市場が成長しているのに対して、日本だけが成長していない様子を表している。ここでの市場は、半導体製品を第3者に手渡す場所(国や地域)を指している。つまり半導体を使うユーザーのいる場所である。日本では、電機メーカーが半導体ユーザーである。日本の没落は、電機メーカーの没落を意味している。

  結局、日本の半導体も電機も経営判断を間違ったのは、世界の大きな流れ、すなわちメガトレンドを見ずに日本国内だけの需要を見てきたことと、テクノロジーの流れがコンピュータのダウンサイジング化を見てこなかったことにある。組み込みシステムは究極のダウンサイジングである。だから、メガトレンドを読むことが今はとても重要になっている。

2017/09/24

 

参考資料

1.    津田建二「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、日刊工業新聞社刊、20104

   

IC設計からみると世の中は石器時代

(2017年9月 2日 10:54)

 先日、「デジタル化、デジタルトランスフォーメーションは新しいか?」(参考資料1)を書いた後に、米国の友人、エド・スパーリング氏が、自動設計ツールメーカーのメンターグラフィックス社CEOである、ウォーリー・ラインズ氏(図1:青色LEDの発明特許を持っている一人でもある)にインタビューした記事が掲載された(参考資料2)。ウォーリーは、「半導体IC設計では、自動化に成功、設計フロー全体に渡り自動化が浸透している。しかしシステム設計の世界(一般社会)はまだ石器時代にいるようなもの」と述べている。

 

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1 Mentor GraphicsCEOWally Rhines

 

 実は、半導体エレクトロニクスの世界は、今や数十億個のトランジスタをわずか数平方センチメートル程度のシリコンチップの中に詰め込んでいる(2)。その光学顕微鏡写真からは、トランジスタは小さすぎて見ることができないが、家や建物がぎっしり詰まった東京都全体を見ている感覚に近い。こんな都市を手作業で設計するわけにはいかない。だからこそ、半導体ICの設計は自動化を使わざるを得なかった。そのおかげで、私たちはスマートフォンを手に入れ、自動ブレーキのクルマを得、ユーチューブで動画を楽しみ音楽を楽しむことができるようになった(ついでだが、小生は昔の欧米のポップスやロック、クラシックをユーチューブで楽しんでいる)。

 

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2 最近インテルが発表した第8世代のCore i CPUチップ 出典:Intel Corp.

 

 何もないさら地に東京都全体の都市設計を2~3年でやることは不可能であるが、それに近いパターン設計を可能にするツールがメンターグラフィックスやシノプシス、ケイデンスなどが手掛けてきたEDAElectronic Design Automation;電子設計自動化ツール)と言われるものだ。そのメンターグラフィックスがドイツのモノづくり大手シーメンスに買収された。買収後にウォーリーが初めて語ったのが、最初に紹介した記事(参考資料2)である。

  なぜ、シーメンスに買収されることをメンターグラフィックスは選び、良かったと感じているのか。この答えが実は、世の中のデジタル化であり、デジタルトランスフォーメーションなのだ。この動きは、単なる社会やインフラにITを使おうという話ではない。例えば、これまでエレクトロニクスとは別に扱われてきた機械産業ではデジタルエンジニアリング(モノづくり)と呼ばれ、生産工程を自動的に管理し機械に自動設計が入るようになった。ここでは3次元上に見せるCADやシミュレーションを行うCAEなどを使う。これらのソフトウエアや試作設計から、量産設計、製品生産終了まで製品に関するすべてを一括管理するソフトPLM(製品サイクル管理)も含まれる。製造に必要なこれらのソフトウエアを作ってきたのがシーメンスだ。

  一方で、半導体ICの自動設計ツール、シリコン製造とのインターフェースとなるOPC(光学的近接効果の修正:Optical Proximity Correctionなどのソフト、半導体を実装するプリント回路基板の配線設計ソフトなどを手掛けてきたメンターグラフィックスは、クルマ用のワイヤーハーネス全体を設計するツールや、熱設計ツールなど、システムへと手を広げてきた。例えば、センサに使うMEMS技術では機械的なシリコンのたわみを利用して電気信号に変えるため、機械のたわみと電流や電圧との関係を求める自動設計ツールもメンターはリリースしてきた。メンターのシステム指向と、シーメンスのIT、エレクトロニクス指向の行き先は一緒になる。だからメンターはシーメンスに買収され一緒になった。機械設計ソフトウエアツールと電子設計ソフトウエアツールがあれば全てのハードウエア・モノづくりをデザインできる。

  デジタル化やデジタルトランスフォーメーションは、コンピューティングとエレクトロニクス技術を利用して、ありとあらゆる社会やインフラ(公共事業)、他の産業(農業や鉱業)、教育、金融などの分野をもっと効率化しようという動きである。これらの分野はコンピューティングやエレクトロニクス技術を使って効率化を図ってきた分野ではない。だからウォーリーは石器時代にいると表現した。これらの分野の効率を上げるために叫ばれている新しいコンセプトがデジタル化である。テクノロジーの視点からは、「デジタル化、デジタルトランスフォーメーションは新しいか?」で指摘したように新しい技術では決してない。コンピューティングとエレクトロニクス技術(もちろん通信技術も含む)を利用するだけである。だからこそ、デジタル化は、テクノロジーを手掛けてきた人たちには当初、違和感のある言葉だった。

  これまでITやエレクトロニクスに無縁の世界にも半導体チップが入っていくことになると、効率は全く異なり、システムがいわゆるインテリジェントになる。水道の水質は常に安全性が担保され、洪水につながる異常気象を素早く察知し対応できるようになり、農業は天候不順でも作物収穫の最適な時期や手段を得られるようになる。教育は退屈な教科書ではなくタブレットやスマホで自分が学びたいときに学べるようになり、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を取り入れ興味や意欲を引き出す(Educe、名詞がEducation)。過疎地で緊急手術が必要な場合でも、都市の大病院にいる医師がロボットハンドを使い、遠く離れた患者を手術する。クルマは全く衝突しないようになるため事故はゼロになる。

  こういった夢を実現するテクノロジーがITとエレクトロニクスである。今やIT/電機産業という範疇を超え、社会・公共・教育・農業などの分野を自動化していくテクノロジーとして、デジタル化、デジタルトランスフォーメーションを実現していくようになる。

  メンターグラフィックスとシーメンスの統合のように、ITやエレクトロニクスの世界は機械とつながると共に、ITの世界ではすでに理系・文系の区別はなくなっている。文系の方で、プログラムを書いたり設計したりするシステムエンジニアになっている人は多い。理系でも営業や企画を担当する人も多い。もう実社会では文系も理系もない。にもかかわらず、教育界だけがなぜいまだに文系・理系を分けるのか。彼らはまだ石器時代にいるからかもしれない。

2017/09/02

参考資料

1.    デジタル化、デジタルトランスフォーメーションは新しいか?(2017/08/31

2.    Executive Insight: Wally Rhines, Semiconductor Engineering 2017/08/31

 

   

デジタル化、デジタルトランスフォーメーションは新しいか?

(2017年8月31日 23:29)

 最近のIT系、モノづくり系、企業系の世界では、デジタルトランスフォーメーション(転換)とか、デジタル化といった言葉が繰り返し登場している。先週、リアルタイム(RTOSを手掛けているウインドリバーのバイスプレジデント兼OS事業部マーケティング担当ジェネラルマネジャーのミシェル・ジェナール氏が記者会見で述べておられたが、当社はデジタル化とは言わず、「ソフトウエア定義の世界(Software-defined world)」と呼んでいると語った。この言葉もよく耳にする。

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 図1 ウインドリバーのバイスプレジデント兼OS事業部マーケティング担当ジェネラルマネジャーのミシェル・ジェナール氏

 確かに最近は、Software-Defined xxxxという言葉も大流行だ。この言葉は、もともとSoftware-defined radio(ソフトウエア無線)という技術から生まれた。無線通信回路では、デジタルデータを電波に乗せて遠くまで送るのに、デジタル変調をかけるが、変調方式が地域や国、企業などによって異なる場合が多い。携帯電話の変調方式もいろいろある上に、2G(第2世代)、3G4GLTE)、5Gといった世代ごとにも変調方式が違ってきた。

  地域や国ごと、あるいは世代ごとなどに変調方式を変えるため、一から作り直していてはそれぞれに対応できなくなる。そこで、変調方式のアルゴリズムをソフトウエアで表し、NORフラッシュなどのメモリにそれをため込んでいて、国や地域ごとに取り換えて使おう、という発想が出てくる。これが「ソフトウエア無線」の考え方だ。ハードウエアを替えずにソフトウエアの切り替えだけで、いろいろな変調方式に対応できる。

  この考えは、通信ネットワークにも使われるようになった。Software-Defined Networkは、通信インフラに設置されているスイッチなどの通信機器に変革をもたらす。通信ネットワークシステムでは、大きく分けて制御回路部分と、データ処理部分がある。これらを切り離して、制御部分を共通に残したまま、データ処理部分をソフトウエアアルゴリズムで表す。これをメモリに格納し、通信ネットワークが異なる場合にはメモリからソフトウエアを引き出し交替させるだけで済む。通信機器ハードウエアを作り直す必要がなくなる。

  こういったSoftware-Defined xxxxの最後の言葉は、Data Center(データセンター)や、Instruments(計測器)、Storage(ストレージ)、Infrastructure(インフラストラクチャ)などに当てはめようとしている。ハードウエアを作りこまず、ソフトウエアでフレキシブルに対応しようという考えがSoftware-Defined xxxxにある。


デジタル技術にはアナログがたくさん 

 デジタル化やデジタル転換という言葉は、アナログと対置して使われるが、その意味は、CPUを使う制御、という意味に使われている。これはCPUとメモリ、周辺回路などからなるコンピュータシステムをコンピュータ以外のシステムにも使うようになってきたからだ。それをデジタル化という言葉で表現する。当初は、こういったコンピュータシステムにはたくさんのアナログICチップが使われているため、デジタル化という言葉はとても違和感を覚えた。しかし、従来は人手や専用回路で作られていたエレクトロニクスシステムを、ソフトウエアでプログラムするコンピュータシステムで表現しているのだと考えると、すっきりとした。

  コンピュータという考え方は、固定したハードウエアにソフトウエアをインストールすると、望みのマシンに変貌することが最大の特長だ。ソフトウエアを変えれば別の機能のマシンに変わる。

  規格や仕様が目まぐるしく変わる今日のシステムでは、ハードウエアだけで構成しようとすると、変化に対応できない。だからこそ、コンピュータ的な考え方が定着して、少しくらいシステムが変わっても、ソフトウエアを変えればすぐに対応できるようになった。これがデジタル化であり、デジタルトランスフォーメーションだ。テクノロジーの観点からみれば決して目新しいものではない。しかし、企業や社会に変革をもたらす概念だとすれば、極めて新しいコンセプトだと言える。

2017/08/31