ユーザーエクスペリエンスが重要な時代を生きる方法

(2014年7月21日 13:55)

半導体を中心に、その応用であるモノづくりやITなどのシステムを見ていると、半導体陣営とITや産業機器関係者との将来の見方に温度差を強く感じる。ざっくり言えば、半導体関係者は悲観的、IT関係者は楽観的だ。ITでは、2020年には500億台のマシンやデバイスがインターネットとつながる時代になり、データレートはギガビットからテラビット単位に高速になるというような明るい未来を描く。半導体エンジニアは現在最先端の20nmプロセスの先には14/16nmプロセス、さらに10nm7nmまでくると、もう限界ではないかとささやいている。

 

この温度差は何か。半導体エンジニアはハードウエアのことしか考えていないからではないだろうか。半導体だけしか知らない者は、原子レベルと微細化を比較し、微細化のレベルがそろそろ原子レベルに到達していくことを知っている。量子論的な不確定性原理やトンネル効果、電子の波としての性質などが見えてくる。だから限界がくる、とすぐに結論付けるのであるが、もっと目を開けて応用面を見てほしい。

 

AMD28nmプロセスの新型プロセッサ(図1)を発表していた時に、記者から「インテルの22nmプロセスのHaswellと比べて、28nmプロセスでは性能が見劣りするのではないか」という質問が出た。その問いに対してAMDは「今のプロセッサは性能を争う時代ではありません。ユーザーエクスペリエンスが競争力になっています。このアプリケーションプロセッサに集積しているGPUCPUをうまく使えば、これまでにないユーザーエクスペリエンスを提供できます」と答えた。つまり時代は、性能から、ユーザーエクスペリエンスつまりユーザーが楽しいと驚く体験を提供できるかどうかにカギがある方向に動いている。だからこそ、半導体の限界を追求することも重要な技術の一つだが、それが全てではないのである。

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図1 AMDのアプリケーションプロセッサ「Bald Eagle」 

こういった兆候は数年前から見られた。2009年の電子情報通信学会のMEMS研究会で招待講演の機会をいただいたときにお話させていただいたが、その時はユーザーエクスペリエンスという言葉がなかったために、MEMSを使って楽しさを表現するデバイスがこれからも伸びると述べた。iPhoneと任天堂のWiiが登場していた。どちらもMEMSセンサを使って楽しさを表現していた。MEMSセンサがこの頃から急速に伸びていく。

 

この講演で、MEMSチップはセンサ部分とCMOS信号処理回路を無理に集積しなくてもコストが見合う方法でやるべきだと述べたら、大学の先生からお叱りを受けた。「僕らはCMOSMEMSの集積化を研究しているのに」と言われた。研究は進めれば良いのだが、生産性や歩留まりが悪くてコストを安くできないのであれば最初から使われない。低コスト化には設計段階からの関与が必要だからである。

 

ただ、低コストでしかも楽しさを表現できるデバイスにMEMS技術が数多く使われている。スマートフォンやタブレットには3軸加速度センサや3軸ジャイロセンサ、3軸磁気センサなどMEMS技術を使った機能が多い。ただし、MEMS研究者・開発者はとかくMEMSセンサ部分しか見ないことが多い。重要なことはMEMSの出力信号を楽しさに変換して表現するためのアルゴリズムの開発とセットだということ。このためにはアルゴリズム開発者と手を組んで共同開発することを考えなければ、売れるような商品にはなりえない。アルゴリズムと商品開発からコストに見合う技術を選ぶのである。エコシステムはここでもとても重要になる。

 

CMOS半導体を見ると、製品に使われる最先端プロセスは20nmMOSFETのゲート長、ゲート幅を20nmとすると、チャンネル内表面には、20nm×20nmの面積しかない。この面積内に電子を発生させるドナー不純物がいくつあるか、数えてみよう。シリコン結晶は1立方cm当たり1024乗個あるとして、ドナーは5×1017乗個で電流をオンさせると考えると、20nm×20nm×5nm(チャンネル深さ)の体積は2×10-18乗であるため、この中にドナー不純物は1個しか含まれない。つまり、1個あるかないかという数字が出てくる。ゲートしきい電圧Vthは不純物濃度ともろに関係するから、Vthは不純物の有無で大きく揺らいでしまうことになる。つまり、現在でもすでにMOSトランジスタの動作限界に近づいているのである。それでも半導体エンジニアは、ドナー不純物の影響をチャンネル領域で受けない構造を提案するなど、技術は進む。

 

一方、性能がかなりのレベルにまで上がってくると、半導体チップの競争は機能で勝負することになる。機能の中でもユーザーエクスペリエンスが最も重要な要素になってきたのがここ最近のこと。だからこそ、半導体を使ったシステム開発者やサービス提供者は、半導体の機能に期待する。機能には限界がない。

 

もう一つ、半導体エンジニアの認識が低いことに、半導体にソフトウエアをインプリメントできるという意識が薄いこと。ソフトウエアで機能やユーザーエクスペリエンスを表現できれば、価値ある半導体チップになる。だからこそ、微細化を進めて限界を極める必然性が薄れてきているのである。

 

では、半導体エンジニアがとるべき道は何か。機能を実現する手法を応用面からユーザーと共同で開発することに尽きる。だからこそ、ユーザーと、ソフトウエアからハードウエア、特にデジタルだけではなく、アナログ技術も含めてディスカッションでき、ユーザーが数年後に望むチップをイメージする能力が求められる。半導体エンジニアにとって、半導体の勉強よりもシステムの勉強の方が重要な時代に来たといえる。

                                (2014/7/21

   

富士通が撤退する半導体になぜIBMが30億ドル投資するのか

(2014年7月19日 20:06)

718日の日本経済新聞では、富士通が半導体工場を台湾のUMCと米国のON Semiconductorに売る、という話が1面トップを飾った。富士通は半導体の生産から完全に手を引くことになり、クラウドなどITサービスに集中する、と日経は報じた。かつての富士通はIBM互換機を作るため、IBMが何をしているのか、という情報を集めることに必死だった。

 

この富士通のニュースの10日ほど前、IBMが半導体に30億ドルを今後5年間に渡り投資するというニュースが世界の業界を駆け巡った。IBMと富士通のアプローチは全く対照的だ。富士通は半導体を捨て、IBMは半導体ライクの新素子を追求する。富士通はハードウエアを捨て、IBMは新しいハードウエアを求める。

 

富士通は決算発表などで社長の話を聞くと、ハードは要らない、と考えている。これからはサービスだけで行くつもりのようだ。今から10年前も富士通は、IBMがサービスを進めるからこれからはサービスの時代だと言いきって、ハードを弱体化させた経験を持つ。今回は半導体を完全に捨ててしまうようだ。本当に大丈夫か?


続く

(2014/07/19)

   

ホテルカリフォルニアを引用したゲルシンガー氏の講演

(2014年7月16日 23:37)

Software-defined ほにゃらら」という言葉が、大流行りだ。最初に聞いたのは、今から10数年前のSoftware-defined radio(ソフトウエア無線)という言葉だった。これが最近では、Software-defined Networkや、はたまた716日のSoftbank Worldでは、Software-defined Layerや、Software-defined EnterpriseSoftware-defined Datacenter、そして最後にはSoftware-defined Futureという言葉まで登場した。

 

この日、「Software-definedほにゃらら」、という言葉をよく使った人は、かつてインテルのCTOだった、パット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)氏だ。彼は、マイクロプロセッサという半導体チップメーカーからITサービス企業へ転身した。インテルを退社後、ストレージやITサービスのEMCの社長兼COOを務め、その後現在のVMwareCEOを務めている。

 

かつての半導体チップは、ハードウエア電子回路そのものであった。今でも半導体チップ=ハードウエア、と思いがちだ。しかし、今の半導体チップにはソフトウエアをインプリメントすることができる。つまり、ソフトウエアを半導体チップに焼き付けることができるだけではなく、ソフトウエアをメモリに蓄えておき、そのメモリからコンテンツ(ソフトウエア)を引き出し、半導体チップでソフトウエアプログラムを実行する。そもそもマイクロプロセッサは、ソフトウエアで半導体チップに新たな機能を追加するものだ。独自の価値のあるソフトウエアを開発し、それをマイクロプロセッサで実行させれば、独自の機能を実現できる。Software-defined Radioはハードウエアを共通にして、ソフトウエアを変えるだけで世界各地の放送や通信のモデムを作り出そうとする技術である。

 

もはや、半導体=電子回路を集積したもの、ではない。ソフトウエアを実行するものでもある。つまりハードウエアの形をしたシリコンでありながら、ソフトウエアを走らせることができるのである。だからこそ、半導体の回路パターンとしての微細化技術がムーアの法則の限界で行き詰ったとしても、半導体にソフトウエアを焼き込んだり、別のメモリに入れ込んだソフトウエアを走らせたり、することができる。ソフトウエアは人間の知恵であり、無限にあふれ出てくるものだ。ソフトウエアを実行するプラットフォームが半導体チップだからこそ、その産業の成長が止まることはないといえる(「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」)

 

システムに独自の機能を盛り込み、差別化した製品を作るキモはやはり半導体である。だからこそ、電機メーカーの本音は半導体を手放したくないはずだ。東芝は本体に組み入れており、日立やNECはルネサスという形で自分たちが利用する。パナソニックも実は手放さず、富士通との合弁や、タワージャズとの合弁など自己資本を組み入れた関連会社にしている。しかし、親会社がいつまでも関連会社や連結子会社にする限り、自立した半導体メーカーは生まれない。日本では唯一の半導体専業メーカーはロームしかない。

 

パット・ゲルシンガー氏は、VMwareでクラウドビジネスを積極的に進めている。現在は、第3世代のITだという。無駄な専用サーバーが何十台も乱立する企業のITシステム(サイロという表現をする)をもっと低コストで運用するための手段が求められている。ITコストを安くするため、仮想化技術(1台のコンピュータを異なるOSを含めて複数台あるように見せかける技術)は必須であるうえに、出来るだけ少ないプラットフォームでソフトウエアだけで動かす、Software-definedなシステムへ移行しつつあるのが今の時代だという。

 

クラウドの利用は、これまで企業内クラウドが主流だった。しかし、大震災のように企業内クラウドが破壊されてはお手上げとなる。このため、プライベートクラウドからパブリッククラウドも利用できるようなハイブリッドクラウドが望ましいとする。企業のユーザーからすると、Software-definedなデータセンターにすべきだと主張する。もちろんセキュアな環境にすることは言うまでもない。

 

ところが、社内クラウドに慣れきったものは、パブリッククラウドへはセキュリティの心配があり、なかなか抜けられない。このことを、ユーモアを交えて、カントリーロックミュージックの代表グループであるイーグルズの「ホテルカリフォルニア」の歌詞を引用して、従来の社内クラウドを説明した。ホテルカリフォルニアの最後の歌詞に「You can check out any time you like, but you can never leave.」というフレーズがある。「そろそろチェックアウトできますよ。でも立ち去った人は誰もいないけどね」という意味深な終わり方をする。社内クラウドに慣れきっている人は、「わかっちゃいるけど、やめられない」ということなのかもしれない。

2014/7/16

   

5G通信は、失敗した第5世代コンピュータの二の舞?

(2014年7月 9日 22:31)

モバイル通信は今や4G時代を迎えている。世界では変調方式がCDMAからOFDMに替わるLTE4Gと位置付けているが、NTTドコモはLTEを未だに3.9Gとして、1Gbps以上を4Gと定義している。もう10年近く前の定義を未だに使っていることになる。

 

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NTTドコモは10Gbpsを超えるようなモバイル通信を5G(5世代)と定義しており、アルカテル-ルーセントやエリクソン、富士通、NEC、ノキア、サムスン等6社と個別に実験していくことをこの5月に発表している。つまり単なるデータレートの速さだけで3G4G5Gとしているのである。

 

5Gはデータレートの速さを追求することだけでよいのだろうか?この状況は、かつての第5世代コンピュータと称して、官民挙げて取り組んで失敗に終わった国家プロジェクトを思い出す。

 

2年前、携帯通信用半導体のトップメーカーであるクアルコム(Qualcomm)社の日本法人の方と雑談していた時に、「第5世代コンピュータは結局、パソコンでしたね」と言われた。当時、日本の官僚や企業のトップたちはコンピュータの性能追求ばかり目が行っていた。MIPSFLOPSといった性能指数をもっと上げることに血眼になっていた。しかし、コンピュータの世界はダウンサイジングが起きていた。市場が相対的に小さくなっていくメインフレームよりもワークステーションやオフコン、ミニコンへ、スーパーコンピュータよりもミニスーパーコンへ向かっていた。性能追求ばかりが能ではない。使い勝手や適切な価格、実効的なスピード、といったコンピュータユーザーの要求は、結局いつでも好きな時に使えるコンピュータを求めていた。メインフレームやスパコンでは当たり前だった「待ち時間」のないコンピュータをユーザーは欲していた。

 

80年代から90年代にかけて米国を取材すると、このようなダウンサイジングの流れをしっかりと感じた。第4世代のコンピュータまでは確かに性能追求であった。しかし、ある程度性能が上がり、コンピュータを使うユーザーが増えると、「待ち時間」はとても許容できないパラメータとなった。多少、性能が落ちてもすぐに使えるコンピュータの方が実効的に速いのである。2~3日待たなくても計算結果が得られたからだ。ユーザーにとってはワークステーションの方が速く答えが得られた。ダウンサイジングの究極がパソコンだった。

 

同じことがモバイル通信で起きているように思える。本当にデータレートを速めることがモバイル通信技術の正しい方向だろうか。クアルコムのエンジニアは「5G時代にもダウンサイジングで起きたようなことが起きるのではないだろうか」と語り、通信がもっと身近になることが5Gのような気がする、と加えた。

 

折しも先週、クアルコム社が、60GHz帯のWiGigチップを開発していたウィロシティ(Wilocity)社を買収したというニュースが米国メディアを駆け巡った。世界最大のファブレス半導体メーカーであるクアルコムは、この買収により、モバイル通信向けWi-Fi規格のほぼすべてを手に入れたことになる。2.4GHz帯のIEEE802.11b/g/nに加え、5GHz帯の802.11acに加え、Wigigの規格である802.11adという三つの周波数帯の技術だ。

 

Wi-Fi技術を手に入れたクアルコムは今後どのような道を歩むのか。今回の買収による60GHz技術は、データレートが数Gbpsと高速になる。ただし、60GHzというミリ波は、水に吸収されやすいため、雨が降ると電波が届きにくくなる。しかし、イベント会場などの広い屋内で使う場合には非常に大きな威力を発揮する。複数の人たちがビデオストリーミングを同時に楽しめる。また、親しい仲間同士でビデオコンテンツをシェアできる。ピアツーピア通信でビデオやハイファイ音楽をやり取りできる。これまでとは違いデータレートが速くなると、4Kテレビのような高解像度ビデオさえ、友達同士でシェアしながら楽しめるようになる。

 

これまでの携帯電話やスマホは、隣同士の通話やメールでさえ、基地局に電波を送り、基地局からの電波を受け取って通話やメールをしている。通信トラフィックがパンクしそうになると言われるゆえんだ。もし、隣にいる人との会話やメールを基地局を通さず、直接やり取りできるようになれば、モバイル通信ネットワークを通らずに済む。つまり通信トラフィックに負荷をかけないようにできる。

 

5Gとは、通信インフラに大きな影響を及ぼさずとも、通話できる仕組みを作り、仲間同士でクイズや、ローカルな話題で楽しめるようにして通信をもっと自然に、もっと身近にすることではないだろうか。

 

クアルコムが2007年創立のウィロシティを買収して、2.4GHz5GHz60GHzのトライバンドのWi-Fi技術を手に入れたことは、彼らの目標とする5Gを手に入れたことに相当する。幹線の光回線からメトロネットワーク、基地局、スモールセルといった通信ネットワークは、心臓から動脈、毛細血管へと人間の体を網羅する血管ネットワークと似ている。それも毛細血管に相当するスモールセルのような細かいネットワークこそ、これからの通信ネットワークを支配するのではないだろうか。4G5Gへとデータレートだけ速くすると世界から孤立しかねない。またもやガラパゴスになるのか。もっと世界を見ながら、世界と一緒に歩むべきだろう。

2010/07/09

   

半導体チップが病気を治療する

(2014年7月 7日 21:25)

ミクロの決死圏という映画を覚えておられるだろうか。人間を薬で小さくし、病気の患者の中に入り、宇宙船のようなカプセルに乗って治療するというSF映画だ。いよいよ、これが現実味を帯びてくるようになった。

 

今の医学では治せない病気や疾患を半導体技術が治す。目の見えない人が見えるようになる。てんかんの発作を抑える。心臓や肺などにも埋め込める内視鏡カプセルで治療。声を出せない患者が話せる。少なくとも、これらはもはや夢物語ではなくなってきた。これらの例を紹介しよう。

 

1は、Googleの提案しているコンタクトレンズ型のウェアラブル端末の例だ。コンタクトレンズ表面に半導体チップと、薄型ディスプレイ、薄膜リチウムイオン電池を搭載、それらを配線でつないでいる。このモデルで、薄膜ディスプレイの代わりに半導体CMOSイメージセンサを搭載し、システムLSIの中身を入れ替えると、盲目の方が見えるようになる可能性を秘めている。コンタクトレンズはセンサと信号を処理する半導体IC(システムLSI)、そしてそれらを動かす電源(DC-DCコンバータとバッテリ)によって、半導体ICからの出力線を視神経につなぐのである。視神経の筋電圧の変化を脳に伝えることで脳がその意味を判断する。もちろん、視神経が正常という人に限るが。

 

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盲目の方が見えるようになることは、長い間実現できなかった夢の一つだ。人間の体には脳からの指令を載せた神経の筋肉がごく微弱な電気を発生することがよく知られるようになった。8~9年前にTexas Instrumentsが開催した開発者会議に出て、片腕のない人に装着した義手でボールをつかみ、一つの箱から別の箱に移動させるというデモをみた。これは、脳からの電気信号を拾い、義手に埋め込んだ半導体ICDSP)でその信号を処理し、関節ごとに埋め込んだ小型モータを動かすことによって、脳で考えた動きを手に伝えるものだ。このデモで感心したことは、最初はゆっくりとした動作で箱から箱へつかんだボールを移動させるのであるが、学習すると素早い動作でボールを移動できるようになることだ。

 

その2年後のTIの開発者会議では、何らかの精神的なショックによって失語症になってしまった方が電話で応対できるというデモがあった。このデモでは、首の周りにスカーフを巻いた人が登場した。スカーフの下には声帯の筋電位を検出するセンサを複数取り付けている。センサからの信号を認識し、その意味を理解し音声合成技術で音声を発する。デモでは、プレゼンターが「やあジョン、今日は元気かい」と電話で問いかけると、指にスカーフを巻いた失語症の人は2~3秒おいて「今日も元気だ」と電話で答える。しかし、口は開かない。

 

人間の神経からの信号を抽出したり、外部の情景を信号に変えて神経に伝えたりすることで、今まで不自由な思いをしてきた患者の疾患を治療できるようになるのだ。これからの半導体は、疾患の治療にも役立てるようにすべきであろう。すなわち、半導体が活躍する場はもっと広がっていく。

 

台湾の交通大学は、ネズミを用いた実験で、てんかんの症状があるネズミの脳に半導体チップを埋め込み、てんかんを抑えることに成功した。これは、てんかんが起きる直前に、脳内に異常なパルスが発生するため、そのパルスを打ち消すために逆のパルスを送りこむことで、てんかんを抑えようというもの。これまで、患者の中には薬で治療できない人たちもいるが、そういった人たちや手術のリスクが多い患者を救えるようになる。さらに、パーキンソン病のように脳の電気信号の異常によって起きる疾患の治療にも使えるようになるだろう、と交通大学のKer Ming-dou教授は期待している。彼らは、この実験結果を学会発表している。

 

米国カリフォルニアのStanford大学では、治療のためのさまざまな半導体・エレクトロニクス技術を開発しているが、このほどで成功した実験として、体に埋め込む小さなカプセルに電源を供給する技術がある。今のカプセルは電池を含み、食道から腸を検査するのに使われるが、電池がなければもっと小型にできるため、欠陥の中や心臓、肺などの中にも検査や治療のためにカプセルを人体の外から自由に動かそうというもの。そのためには外部から電源をワイヤレスでチップに送る必要がある。ところが、従来のニアフィールド電界では人体に無害なレベルのワイヤレス電力を送ると臓器に達する前に減衰してしまう。体は外側から皮膚、脂肪、筋肉、臓器という順に出来ている。このため5cm程度の深さまで届かなくてはならない。Stanford大のAda Poon研究室は、電力をワイヤレスで供給するアンテナを工夫し、1.6GHzの電波を5cm程度までは体にダメージを与えることなく供給することに成功した。

 

これまでの半導体・エレクトロニクスにおける医用電子は、主に診断に使われてきた。治療には薬品や外科療法、放射線療法などが主体だった。これまでの治療技術ではできない疾患には半導体チップを使っていけるようになりつつある。ベルギーの半導体研究所IMECを訪問した時にCEOLuc Van den Hove社長になぜバイオ技術を開発しているのかを尋ねた。「われわれのテーマは、ガン治療に対して半導体技術は何ができるかを追求することだ」と答えている。半導体エレクトロニクスは、従来の医学のような現代社会の解けない問題を解決する手段になりつつある。

2014/07/07

   

米国より30年遅れた日本の電機を救う法

(2014年6月27日 21:46)

ある外資系企業の日本法人トップの方と話をしていたら、今の日本の電機産業は、1980年代の米国企業とよく似ている、という意見で一致した。赤字を計上 → リストラ、首切り、が常態化している。ようやく、一段落したところが多い。しかし、これで従業員のモチベーションは保てるだろうか。

 

1980年代のアメリカは、日本の半導体メーカーに押され、リストラ・首切りを繰り返していた。取材したある米国企業の社員は「次は俺の番か、と思うと、仕事どころではない」と話していた。彼はさまざまなリクルーティング企業の所にジョブアプライ(転職のための人材登録)をするなど、職探しに奔走した。仕事は二の次だ。こうなると企業の活力はさらに落ちる。案の定、つぶれたり売却したり再構築(リストラクチャ―)に着手したりした。

 

多くの米国企業が復活した道を取材してみると、決して国頼みではなかった。DRAM敗退直後は、日本の「超LSI研究開発組合」を見習って1987年にSEMATECHという組織を作り、連邦政府から資金を提供してもらい、IBMや大手半導体企業が参加した。ただ、参加企業も参加費を支払った。しかし、競合メーカー同士の集まりの国頼みの組織はうまく行かなかった。1996年には連邦政府は提供資金を打ち切り、組織は国頼みではなく、自立するため海外からの資金も募った。そこで名前をInternational SEMATECHと変えた。海外企業からの研究開発資金も集まり、オペレーションが回るようになり、今日に至っている。つまり米国でさえ国家プロジェクトはいったん失敗したのである。今のSEMATECHは民間の研究開発会社である。日本の国家プロジェクトは、1990年代以降は全て失敗という声もある。

 

そこで、IBMTexas Instrumentsなど米国の企業を取材してみると、初期のSEMATECHのおかげで生き返った、生き残ったという企業は1社もなかった。それぞれが真剣に、5年後、10年後のあるべき姿を議論し、世の中の市場トレンド(成長の道筋)と合致するかどうか、についてブレーンストーミングから議論し始めていた。TI1995年にDRAMを捨て、アナログにフォーカスし、デジタルはDSPを残した、という結論は、社員のブレストで決めたものだ、と当時を知るトム・エンジボス元会長から聞いた。TIやインテルよりもずっと小さなサイプレスセミコンダクターのT.J.ロジャースCEO兼会長に取材した時は、「日本製品は品質が高いから、当社も日本の品質に匹敵するように品質を上げる生産技術を見習った」と語っている。T.J.は当初のSEMATECHを「金持ちクラブ(参入する会費が高いために大企業しか参加できなかったから)」と評し嫌った。

 

シリコンバレーの半導体企業は、いったん首を切ると、事業が回復した時に優秀な人間を採用することが難しいことを80年代に学んだ。デジタルLSIならまだしも、アナログは経験がモノをいう世界だから、なおさらだ。アナログチップで営業利益率3割、4割を誇るリニアテクノロジーの会長兼CEOのボブ・スワンソン氏は「リーマンショックの時は売上が落ちて苦しかったが、一人も首を切らなかった」と誇らしげに自慢した。

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 図1 リニアテクノロジーのスワンソン会長(左)

「今は日本企業よりも米国企業の方がむしろ温情だよね」。最初に述べた、ある外資系企業の日本法人トップの言葉である。日本の電機企業の経営は30年遅れているといえそうだ。首を切ったあと、残された社員のモチベーションをどのようにして上げようとするのか。

 

会社の活力は20~40代の若い力で決まる。彼らのモチベーションが高く、やる気を出せば、会社は成長する。しかし、その逆だと、会社は決して成長しない。経営層の仕事は、若い人の力を引き出すことである。そうすれば結果はおのずからついてくる。ボブ・スワンソン氏は優秀なアナログ技術者を見つけることは容易ではないことを知っている。もし、シリコンバレーの本社に来たくないという優秀なエンジニアを見つけたら、彼/彼女の住んでいる場所をデザインセンターにするという。

 

日本の電機を回復させるためには、経営者が米国の手法を見習う手が最も近道ではないだろうか。彼らは低迷した時に日本の良さを見習ったからだ。今度は米国の良いところを見習う番ではないか。何も、エセ実力主義が米国経営ではない。

2014/06/27

   

ルネサス子会社を買ったSynapticsとは何者か

(2014年6月16日 23:12)

ルネサスの子会社ルネサスエスピードライバ(RSP)を485億円で買ったSynaptics社についてほとんど日本のメディアは報じなかった。しかしてその実態は、世界的にも著名な2人のエンジニアが創業した会社である。元Intelでマイクロプロセッサを発明した3人の設計者の内の一人が共同創業者の一人であり、もう一人はVLSI設計ソフトウエアを最初に発明したカリフォルニア工科大学のカーバー・ミード(Carver Mead)教授だ。

 

マイクロプロセッサは1971年、Intelのフェデリコ・ファジン(Federico Faggin)氏とテッド・ホッフ(Ted Hoff)氏、そして日本人の嶋正利氏の3人によって発明された。これは4ビットの4004であった。シリコンゲートプロセスを最初に導入したIntelが集積度の高いマイクロプロセッサを作ることになった。2300個のpMOSトランジスタを10µmプロセスで作ったプロセッサであった。

 

ファジン氏はIntelを退社後、Zilogを創立した。嶋氏ものちにZilogに移っている。ZilogのマイクロプロセッサにはDRAMのリフレッシュコントローラを集積しており、マイクロプロセッサとDRAMをセットで使うという考えがそこにはあった。

 

もう一人の共同創業者であるカーバー・ミード教授は、VLSI設計用ソフトウエアを発明しただけではなく、MOSトランジスタの限界論やガリウムヒ素トランジスタの発明など、エレクトロニクス、半導体に極めて大きな功績を残した。

 

ミード教授は、ゼロックスのパロアルト研究所にいたリン・コンウェイ(Lynn Conway)さんと共に著した「Introduction to VLSI Design」は、今でもVLSI設計の教科書として残る名著である。

 

実は私は一度、ミード教授とコンウェイさんに会ったことがある。場所は、米国ニューヨークにあるマグロウヒル本社の会議室だ。1981年ごろ、日経マグロウヒル(McGraw-Hill)社(現在の日経BP)の日経エレクトロニクスの編集記者だった私は、ワシントンDCで開催されたIEDM(国際電子デバイス会議)を取材するため、米国に出張していた。IEDM終了の翌週、ニューヨークのマグロウヒルを訪れた。

 

当時マグロウヒルが発行していたElectronics誌のエディターたちとのIEDM等意見交換と称して、表敬訪問がメインだった。まだろくに英語を満足に話せない私に対して、Electronics編集長は親切に振る舞ってくれた。彼が後で会議室に来てくれと言われ案内されると、そこにミード教授とコンウェイさんがいた。その年エレクトロニクス産業に貢献したエンジニアを表彰するElectronics Awardを二人が受賞した。上述のVLSIの教科書がエレクトロニクス産業に貢献したことに対して二人を表彰し、その祝賀ランチをとっていたのだ。ランチが終わり、両氏に挨拶することができた。

 

日経エレクトロニクスは、Electronics誌の日本版という形で1971年に創刊された。もともと日経マグロウヒルは、米国McGraw-Hill(マグロウさんとヒルさんが作った出版社)のラッセル・アンダーソン社長が日本の出版社や新聞社に呼びかけ設立した合弁会社だ。日経しか興味を示さなかったため日経マグロウヒルになった。1960年代の終わりころは通産省(現在の経産省)が外資の上陸を嫌ったために、合弁それも日本企業がマジョリティを握るような企業しか許さなかった。このため、日経51%、マグロウヒル49%の日経マグロウヒル社が生まれた。日経ビジネスもマグロウヒルのBusiness Weekの日本版として創刊された。

 

そしてファジン氏とミード氏がニューラルネットワークチップをビジネスとする会社を1985年に設立したのがSynapticsであった。残念ながらニューラルネットワークの考えは時期尚早だったのか市場がなかった。このため、製品をニューラルネットからタッチセンサコントロールに替え、1995年に製品化した。タッチコントローラ製品はアップルのiPhoneに採用され、Synapticsは今やタッチセンサコントローラの有力企業となった。

 

SynapticsRSPを買収したのは、LCDドライバとタッチコントローラを1チップに集積するためだ。今でもタブレットやスマートフォンだけではなく、ウルトラブックのようなノートパソコン、工業用ディスプレイなどにもタッチパネルインターフェースが使われている。これまではタッチコントローラとLCDドライバは別々のチップで、液晶画面の額ぶちに沿って二つのチップが搭載されていた。しかし配線が複雑になっているのに加え、液晶メーカーは別々のサプライヤから調達しなければならなかった。このため次世代のタッチコントローラにはLCDドライバもシングルチップに集積することになる。

                                                (2014/06/16)

   

ルネサス子会社とSynaptics社の会見、新聞の見出しに違和感

(2014年6月12日 23:26)

ルネサスエレクトロニクスが株式の55%を持つ純然たる子会社であるRSP(ルネサスエスピードライバ)社を、米国の中堅ファブレス半導体メーカーのSynapticsが買収するという記者会見を昨夕開いた。Synaptics社のCEO兼社長であるリック・バーグマン氏がRSP買収のいきさつについて語った会見であった。それが翌12日の日本経済新聞に掲載されると「ルネサス再建、見えぬ成長」という見出しの記事になり、これが今日の朝刊に掲載された。なんで?と思った。

 

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会見に出席したのは、Synaptics社側はCEOをはじめ合計3名、片やRSPは工藤郁夫社長ひとりだけ。記者からルネサスに関する質問が出ても、工藤社長は「ルネサス本体のことは言えない。本社が買収を決めたことだから」と答えるだけだった。そもそも612日朝刊の記事は、先月9日のルネサスの決算発表で作田久男会長が話したことと一歩も出ていない。昨日の会見から、なぜ「ルネサス再建、見えぬ成長」となるのか全くわからない。

(続く)

 

(2014/06/12)

   

クルマのドアミラーがなくなる

(2014年6月 4日 23:14)

ドアミラーのないクルマが何年か先には登場する。ドアミラーは駐車場など狭い場所や道路で、人とぶつかることがあり、クルマから出っ張っている分だけ邪魔な存在だ。とはいえ、ドライバーからは後ろが見えなければとても不安で、バックミラーと併せて後ろのクルマを見る場合などは欠かせない。ところが、「今のテクノロジー」を駆使すればドアミラーがなくても後ろが全く死角なく見えるようにできる。

 

これが「電子ミラー」だ。大きさがわずか1cm四方のCMOSセンサカメラをしっかり左右に固定し、液晶ディスプレイでセンサからの映像を見る。米国の電気自動車ベンチャーのテスラモーターズは、すでに電子ミラーを搭載したドアミラーレスのコンセプトカーを提案している(写真1)。欧州では電子ミラーの規格の話し合いを始めているという。

 

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電子ミラーはこれまでのドアミラーでは見えなかった死角までも除去する。クルマをバックさせている時に、かわいい孫をひいてしまったというような痛ましい事故を撲滅できる。米国では少なくともバックモニターを新車に取り付けることが今年から義務付けられた。クルマは少なくとも死角を完全に除去することが安全性を上げる重要な要素だ。

 

CMOSセンサで死角をなくすには魚眼レンズを使う。4方向に渡って180度のパノラマ映像が見られれば死角はなくなる。魚眼レンズの歪んだ画像・映像は半導体チップで修正する。歪んだ座標から直交座標へと変換するアルゴリズムを実行するソフトウエアも必要だ。座標変換を行うチップには、プロセッサ方式、FPGA方式などがある。

 

「今のテクノロジー」とは、半導体、組み込みシステム、ソフトウエアである。CMOSセンサも画像/映像処理プロセッサは半導体である。これにコモディティ部品の液晶を調達し、システムを構成しソフトウエアをプログラムすることで、電子ミラーは出来上がる。

 

5月、パシフィコ横浜で開催された「人とクルマのテクノロジー展」では、萩原電機が電子ミラーを試作、クルマに魚眼レンズセンサを取り付け、走行している映像をデモした(写真2)。彼らは専用のハードウエアで座標変換のアルゴリズムを実行させている。計算速度を速めるためだ。専用のハードウエアはFPGAで実現している。

 

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米国には、魚眼レンズの映像を180度、あるは350度回転させられる技術を持つベンチャーがある。GEO Semiconductorだ。同社のデモ映像をビデオに収めた。彼らは、非常に広角レンズによる映像を時間的に左右(Pan)、上下Tilt)、さらにズーム(Zoom)させられるようにした(PTZ動作)。クルマのドアミラーの代替に使った映像も、萩原電機のデモと同様だが、こちらは専用のプロセッサを開発した。ソフトウエアを変えることで、時間的なPTZ動作でも180度パノラマでも調整できる。

 

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国内でも富士通は、自社のソリューションを提案・展示する「富士通フォーラム2014」において、電子ミラーを搭載したコンセプトカーを展示した。このコンセプトモデル(写真3)では、フロントガラスやダッシュボードにドアミラーの映像を置くという考えだ。スピードメーターとタコメーターは個人認証できるタブレットを利用し、タブレットを設置して始めてエンジンがかかる仕組みを提案している。

2014/06/04

   

次世代半導体、14/16nm FinFETか20nmFD SOIか

(2014年5月29日 23:42)

インテルは22nm FinFETプロセスで製造した高性能マイクロプロセッサHaswellなどを1億個出荷したと言ってきた。ところが、その次の14/16nm FinFETプロセスでは生産を遅らせるという決定を最近行ったらしい。TSMCでも14nmFinFETプロセスはかなり苦労しているようだ。FinFETプロセス技術は歩留り良く製造できるのだろうか。懐疑的な見方が広がっている。

 

対抗馬として浮上してきたのが、STマイクロエレクトロニクスが力を入れている20nmのプレーナ型FETを用いたFD SOIFully Depleted Silicon on Insulator)技術だ(写真)。今月14日にはサムスンがSTからライセンスを受け、28nm FD SOI技術のマルチソース製造協力に関して提携合意した。ケイデンスは16日、自社のIP28nm FD SOIプロセスでも動作することを発表した。

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FinFETは、ドレイン-ソース間のリーク電流を下げるため、3方向から空乏層でパンチスルーさせた構造を持つ。従来のプレーナ型MOSFETでは、空乏層はゲートから伸びるだけの1方向しかなかったため、十分に閉じられない場合には、ドレインからソースにかけてリーク電流が増大した。十分に広げられるように不純物濃度を下げるとゲートしきい電圧Vthが変わるため下げられない。

 

基板バイアスを印加して空乏層を広げるというアイデアもある。しかし、トランジスタをオンさせる場合には電流はたっぷり流れてほしいから、基板バイアスもゲートと同時に戻さなければならない。つまり使いにくい。CMOSチップでは、できるだけ単純にオンオフさせなければ、ただでさえ複雑な設計回路は動作しなくなる。この結果、基板バイアスもかけにくい。

 

FD SOIは基板下に酸化膜があり、その空乏層を利用できる。つまり、ゲート電圧で上から空乏層を広げ、下の酸化膜側からの空乏層とパンチスルーさせて十分な高さの空乏層バリアを設けることでリーク電流を減らすというもの。いわば2方向からの空乏層でリーク電流が流れないように止めてしまうのである。

 

これまでSOIウェーハは価格が高く、バルクCMOSほど安くはできないと言われていた。SOIウェーハは2枚のウェーハを張り合わせて作るため、コストが1枚のバルクCMOSよりも高くなってしまう。

 

ところが、バルクCMOSは、HKMG(ゲート絶縁膜に誘電率の高い材料を用い、ゲート電極に従来のポリサイドとは異なる金属を用いるMOSFET)プロセスやFinFETというこれまでとは異なる材料や3次元構造を利用するため、コストがこれまでと同じという訳にはいかなくなった。しかも14/16nmFinFETだと、Finが高くなり加工は難しくなる。インテルが22nmで用いていたFinFETFinの高さはそれほどでもないと思われるが、14/16nmだと深くしなければ、空乏層の効果が効かなくなる。恐らく、このアスペクト比の高いFinを作る技術で難航し、インテルは製品化を遅らせたのではないだろうか。

 

これに対して、FD SOIは基板材料こそ、高くついていたが、ゲート構造やMOSFETそのものは従来方式をそのまま使えるため、トランジスタの歩留まりを確保しやすい。つまり、SOIでトランジスタを作ってもトランジスタ歩留まりは落ちない。

 

市場調査会社のIBSInternational Business Strategies)は、28nmHKMGHigh Performance)プロセスによる100mm2および200mm2のチップと、28nmFD SOIプロセス(HP)による100mm2および200mm2のチップのコストを調べると、どちらもFD SOIの方が少し安いというシミュレーション結果を示している。

 

プロセスがさらに複雑になる14/16nm FinFETでは、このコスト差はもっと大きく開いていくことになることは容易に想像できる。となると、FinFETプロセスは、本当は10nm以下から使われるべきだという意見も出てきそうだ。ただ、どうせなら14/16nmプロセスから習熟するという意味で始めるという考えもある。その場合には習熟によって歩留まりを上げることが前提となる。

 

しかも、28nmから20nmではなく、14/16nmへスキップすることが当たり前の認識になりつつある。今になって、14/16nm FinFETプロセスは意外と難しいぞ、という感覚を持つようになった。その先頭がインテルである。20nmプロセスは28nmプロセスと比べると性能や消費電力でそれほど大きなメリットを持たないことがわかってきた。だから14/16nmへのスキップすることが言われるようになった。しかし、そう単純ではなくなった今、FD SOIは急浮上する可能性も出てくる。そうなるとSTマイクロが先端プロセスで主導権を握るようになるかもしれない。先端半導体は、目まぐるしく動いている。日本はいったいどうするのか?

2014/05/29