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NEWS&CHIPS|国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト、メディアコンサルタント津田建二の事業内容~技術・科学分野の取材・執筆(国際技術ジャーナリスト)
   

キュレーションはジャーナリズムに立脚しているか

(2016年12月 9日 22:57)

キュレーションメディア事業部を巡るトラブルで、DeNAの南場智子会長をはじめ首脳陣が謝罪会見を行った。weblioによると、キュレーション(Curation)とは、人手で情報やコンテンツを収集・整理し、それによって新たな価値や意味を付与して共有することである、という。英語のサイトを見ると(参考資料12)、キュレーションという言葉より、コンテンツキュレーションという言葉の方が多く散逸する。その基本は、様々なメディアからニュースをつまみ食いして、意味を付加することではない。様々な断片的なコンテンツから、新しい考え方を生み出すことで、ブレーンストーミング作業と似ているともいう。ジャーナリズムの本質を知らない「素人」が机の上で意味を追加すると「ねつ造」になりかねない。

さまざまな情報源から、断片的な情報をとってきて(すなわち取材し)それを整理し、ある視点から見ると新しいニュースやコンセプトに見えることがある。これがニュースの切り口とか、新しい視点という考え方である。

ところが、問題となっているキュレーションメディアは、インターネットから様々なコンテンツをつまみ食いして、勝手に別の意味を付け足しているから、「ねつ造」していたのである。実際に現場に行って取材して、ネットコンテンツの真意を確認していないのなら、そのような「ねつ造」はジャーナリズムとは大きく異なる。単なる「流布」や「噂」に過ぎない。こういった「ねつ造」が独り歩きした「流布」が出回ると多くの人たちが迷惑をこうむることになる。

従来は、井戸端会議で勝手な噂を作り出し、流してもそれほど広くは伝わらなかった。しかし、インターネットは「拡散」や「コピペ」などで他人が勝手にほかのホームページに張りつけることで日本中に広く拡散させることができる。出所を明らかにしても、事実ではない「流布」や「噂」を勝手にもっともらしく追加してあたかも独自記事のように見せかけるから、質(たち)が悪い。

いろいろなメディアからニュースを寄せ集めるだけのキュレーションならまだ許せる。ニュースピックアップは昔から、ニュースクリップとして何が起きているかを断片的ながら事実を集めて読むことができた。たくさんのニュース情報から見えてくるものを探ることはできなくても、事実だけを拾うことには価値があった。

さまざまなニュースから独自の視点でモノを書くとはどういうことか。独自記事を生み出す(創造する)ことは大変な作業である。だからこそ、著作権が発生する。さまざまな裏付け、資料、取材などを通して事実を整理し、まるでデータサイエンティストのように、起きている断片的な事実の根底に流れるトレンドを見出す。しかも見出したらそれを取材によって検証するのである。この作業ができるのは、ジャーナリズムを知り尽くした人間でなければできない。素人ができることではない。

おそらくキュレーションメディアと称する媒体はジャーナリズムの本質を知らないのであろう。だったらそのようなまねごとをすべきではない。キュレーションメディアの経営者は少なくともジャーナリズムを勉強してほしい。あくまでも事実をもとにコンテンツを作るという基本を勉強してほしい。ジャーナリズムには本来、「ねつ造」や「でっち上げ」、「うそ」があってはならない。事実は事実以外の何物でもない。その中から、ある視点で見ると全く新しい切り口が見えてくることがある。これがまとめ記事のタイトルとなる。

本来、コンテンツキュレーションは、社会問題を考察し論文にまとめて発表することと似ている。ここに「うそ」や「ねつ造」があっては、意味がないだけではなく、人々の判断を迷わせることになり、社会に悪影響を及ぼすことになる。事実を集めるだけではなく、裏付けをとり、事実だけで表現できないのであれば、コンテンツキュレーションというビジネスを行うべきではない。「うそ」や「でっち上げ」は、決して許される行為ではない。

 

参考資料

1.    17 of the Best Content Curation Tools to Use in 2015 (2015/04/06)

2.    How to Curate Killer Content Ideas (2015/02/05)


 

2016/12/09

   

ARMシンポで見えたソフトバンク買収の意図

(2016年12月 8日 00:02)

ソフトバンクによるARMの買収は、実はIoTデバイス(センサデバイス、センサ端末、IoT端末ともいう)への応用を狙っただけではなかった。狙いは、クラウドにおけるベアメタル(物理サーバ)、スーパーコンピュータなどの応用も含めた「IoTシステム」である。コンピューティングのすべてのレイヤーでARMプロセッサを集積したチップを超並列演算させる応用まで含む壮大な計画である。

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ARMが主催した「ARM Tech Symposia 2016」が先週末、東京・品川で開催された。基調講演に登場した、ソフトバンクグループ代表取締役副社長でありソフトバンク代表取締役兼CEOでもある宮内謙氏、ARM社の上級副社長兼CCOChief Commercial Officer)のレーン・ハース氏、同じくARMのシステム&ソフトウエアグループのジェネラルマネジャーのモニカ・ビダルフ氏の3名の基調講演を聞いて、ソフトバンクがARMを買った理由がわかった。

 

IoTシステムとは、IoTデバイスからゲートウェイや基地局を通してクラウドにデータを上げデータ収集・蓄積・解析を行い、整理されたデータを意味のある情報に変換して、IoT端末を取り付けた顧客の装置や店舗などにフィードバックし、予知的なフィードフォワード制御を自律的に行うシステムを指す(参考資料1、2)。これらのシステム全体にARMプロセッサコアを集積した半導体チップをサーバのメーカーやユーザーに提供する。だからこそ、システム全体に含まれるハードウエアには、端末のIoTデバイスは言うまでもなく、エッジコンピューティングの役割を担うゲートウェイ装置、データサーバ、ストレージサーバ、情報を見える化して受け取るスマートフォンやタブレット、などがある。これらすべての応用に向けARMコアを半導体SoCチップメーカーに提供しようとするものである。

 

ここまで広いシステムであれば、ARMコアの行方はこれまでの携帯・モバイルデバイスを大きく超えてしまうはずだ。元々IoTデバイスではマイコンを使うが、ここにはCortex-Mシリーズが十分な数量使われる。今回、基調講演で明らかにしたことは、クラウド用の物理サーバ(仮想サーバではない)用のARMコア、富士通のスパコン「京」の次機種に使うARMコアである。

 

ソフトバンクはARM買収を決めた直後に、ベアメタルクラウドを特長とするPacket社に8940万ドル(1億円強)の出資を決めた。Packet社は2014年に創業したばかりのベンチャーであり、ソフトバンクはすでに取締役を送り込んでいる。このクラウドサーバの頭脳となるSoC半導体のCPUARMv8アーキテクチャを採用した。この結果、消費電力は1/10に減り、サーバを並べたラック当たりのCPUコアは7300個にもなり、ラックの容量は従来の3倍にも増えるという。このARMアーキテクチャのサーバをPacket社が導入し、クラウドサービスを始めるのである。サービス業者といえども、ハードウエアをきっちりと押さえておく。

 

富士通のスパコン「京」の次機種には従来のSPARCチップではなく、ARMアーキテクチャを使うようだ。東北大学が開発した津波シミュレーションソフト「TSUNAMI」の研究を通じて、ARMの命令セットアーキテクチャをスーパーコンピュータ用に拡張する研究を理化学研究所・富士通は行っていた。SVE(スケーラブルなベクトル拡張)を備えたARMv8-Aアーキテクチャを使って TSUNAMIシミュレーションソフトで性能を評価すると、コンピュータ能力は50倍高まり、効率は15倍上がることがわかったと言う。SVEはベクトル長を最大2048ビットまで拡張できる機能だ。

 

総じて、ARMアーキテクチャは、高性能なデータ解析や、マシンラーニングのような人工知能、ネットワーク技術、大規模計算などにこれから使っていく。これらの応用はまさにインテルが得意としていたところ。ARMは低消費電力を得意としており、それでいながらCPUコアを性能向上へと進化させてきた。

 

こうなるとARMの次の戦略は、エッジコンピューティングをはじめとするミッドレンジのコンピュータへと広げていくことになる。IoTデバイスだけでは3兆円もの買収金額にはとても見合わないと思っていたが、今後のシステム拡張に向けた戦略であることが明白になった。これまでARMは低消費電力プロセッサに注力し、Intelは高性能プロセッサにフォーカスし、それぞれすみ分けてきた。しかし今回ARMIoTを通じて、この先インテルとまともにぶつかり合うことを宣言したことに等しい。勝負の行方はどうなるだろうか。


参考資料

1.    IoT時代はデータ価値の理解が最重要

2.    IoTを正しく認識しよう

                                                                   (2016/12/07

   

インテル、ディズニーとコラボでXマスプレゼント

(2016年11月18日 08:14)

 半導体メーカー、トップのインテルがウォルトディズニーと組んで、米フロリダ州オーランドにあるウォルトディズニーワールドリゾートで、ドローン300台を使った光のイベントを展開する。これは、クリスマスシーズンのテーマ音楽に合わせてドローンの動きを振付し、夜空をまるでキャンバスのようにして、ドローンが放つLED光で絵を描くというイベント企画だ。

IntelLightArt.png

  このショーは「Starbright Holidays - An Intel Collaboration」と呼ばれており、インテルの作るドローンは、「Shooting Star」ドローンと呼ばれている。このところ、インテルはドローンを自律的に飛ぶための技術開発を進めてきており、ドローンに関するプレスリリースが増えている。

  「ウォルトディズニーイメージニアリング(Walt Disney Imagineering)と一緒にショーを演出することはワクワクします。当社はこれによって新鮮でイノベーティブな技法をこの世界でも初めての光のショーに持ってくることができます」とインテルの新技術開発グループのシニアVPでジェネラルマネージャーのJosh Walden氏は述べている。「夜空をキャンバスに見立て、ドローンの飛行によるLED光をインクとして絵を書くのです」という。

  Starbright Holidays - An Intel Collaboration」には、ディズニースプリングスへの来場者はこのクリスマスシーズンに見上げることができる。その演出にはディズニー音楽を奏でながらショーを演出するようだ。

  インテルは、同社の半導体チップを搭載した「賢い」300台のドローンを提供するが、これらのドローンを1台のコンピュータで制御する。300台のドローンはインテルが用意する。もちろん、インテルはこれまでもドローンを作製してきた(1)。ドローンにはLED電球が1個取り付けられており、ドローン1台の重量はバレーボールよりも軽い280グラム未満だという。ウレタンやプラスチックを多用することでこの軽さを実現している。そのドローンを使って夜空にIntelの文字を浮かび上がらせた写真が図1である。

  LED光は4億通りの配色が可能で、どのようなアニメーションにもプログラムで色を出すことができるとしている。ソフトウエアやインターフェースを改良し、数日内に光のショーを実現できるとしている。300台の「Shooting Star」ドローンはある程度自律的な制御を行っているようで、実験ビデオを見る限り、軟着陸、ソフト離陸が可能である。ただし、飛行方向や高さなどは、音楽に合わせてコンピュータでプログラムされる。1回の充電で20分程度飛行できる。

  フロリダまで行きたいところだが、実現されたらまたプレスリリースで紹介されるに違いない。

                                     (2016/11/18

   

エコシステムとは何か

(2016年11月 2日 14:40)

ようやく新聞もARMの凄さは、そのエコシステムにあることを書くようになった。エコシステムは文字通り、生態系という意味で、私たちが野菜を食べ、排泄物を出し、それを熟成させると野菜の肥料になり、野菜はまた成長する、という一連のプロセスを指す。ここには、太陽と水というインフラがあり、その上で人や野菜がお互い共存共栄を図っている。動物でも同様で、自然の摂理に従って生きている限りは、人間と共存共栄している。

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 図 英国図書館内の敷地に設置されたAlan Turing Institute 奥のグレイの建物はクリックセンター(DNA構造を発見したワトソン・クリックの一人から名付けた)

 IT、エレクトロニクスでエコシステムというのは、一つの製品を作って売る場合にはさまざまな業者の協力が欠かせない。かつて大学で、iPhoneには数十社もの多くの企業が部品やサービスを提供してできていることを講義した時、学生たちは初めて知ったと驚いた。学生の多くは、全部アップル社が作っているものだと思っていたようだ。

  ARMの製品(IPコア)は中間部品のさらに中間部品に相当するため、これまでほとんど知られてこなかった。主力部品であるCPUコアは、ハードウエアだけではなくソフトウエアも必要なため、IPコアという一部の回路ブロックを提供するだけではなく、ここに焼き付けるソフトウエアも必要となる。それは客ごとに異なるため、ソフトウエアを開発しコーディングしてくれる企業が専門に担当してくれればビジネスとしては回る。そのソフトウエアを簡単に書けるようなツールも必要。最後にARMの回路が本当に動作するのか検証、さらにシリコンに焼き付ける製造の企業も必要となる。つまり、さまざまな企業が助け合って一つの製品を作るという体制、これこそがエコシステムである。ARMのエコシステムには1000社が参加している。

  ただし、みんなで助け合うという方向は、日本では正しく理解されていないことがあった。「分け前が減るではないか」という疑問だ。重要なことは、1社あたりの分け前が減ることよりも、これまで経験しなかったほどの多くの顧客に巡り合うことだ。つまり顧客や仕事をたくさん提供してもらえるようになるのである。

  先日、ナショナルインスツルメンツ(NI)社の記者会見に出席した時、グローバル・オートモーティブ担当のVPであるステファノ・コンチェッツイ氏は、エコシステムは研究開発コストを減らすメリットがある、と述べている。NIの研究開発エンジニアは2000人いるが、彼らはNIのコア技術を開発しており、顧客の最終ソリューションは開発していない。しかし、NIの製品を使ってソフトウエアを書き、独自の製品(ソリューション)開発を支援するサードパーティ(3)となるエンジニアは9000名いるという。つまり、最終顧客のソリューションを開発するのに、2000名プラス9000名が参加していることになる。だからエコシステムは研究開発コストも減らす、という訳だ。

  エコシステムをビジネスの武器にしているのはARMだけではない。成長企業はある意味、エコシステムを自社で作り上げ、それを利用する。これが世界の勝ちパターンとなっている。実はこのことを数年前から訴えてきたが(参考資料1,2)、日本企業は理解してくれなかった。

  実は従来の日本企業の文化では、このエコシステムを理解できないこともはっきりしている。みんなで協力するということは、下請けや孫請けといった意識を捨て去らなければならないのである。古い体質の日本の大企業は、1次下請け、2次下請け、という形で成り立っていたが、これでは意思決定が遅く、設計製造プロセスにも時間がかかることは容易に想像できる。

  エコシステムで大事なことは、上下関係がないということだ。まずは下請けといった差別意識を撤去しなければならない。もちろん賃金をはじめとする男女差別も同様だ。日本人・外国人も同様に扱うことは言うまでもない。さらにゲイやレスビアンなどLGBT(性的少数者を限定的に指す言葉)への差別も撤廃しなければならない。人間は全てみな平等であることを示せるかどうかが、エコシステムをうまく構築できるかどうかのカギとなる。差別意識のある世界には誰も行きたくない。エコシステムに入るかどうかは自由だからだ。

  今、ロンドンにやってきて驚いたことは、コンピュータというコンセプトを産み出したアラン・チューリングが完全復活していることだ。彼は天才であるが、ゲイでもあり、そのため長い間、英国政府がアランを表舞台に出すことを禁じていた。第2次世界大戦のさなか、ドイツの暗号を読み解くためのマシンを彼が開発している時に、プログラムを変えさえすれば、さまざまな暗号を解ける、さらに暗号機だけではなく、さまざまな計算もできるマシンを作りたいと願っていた。メモリ(レジスタ)CPUALU)を用いて演算するというコンピュータの概念を産み出したのである。

  ゲイであることがわかると、英国政府は彼を逮捕し、裁判にかけ、刑務所に入るか、ホルモン剤を毎日飲み続けるか、という選択を迫り、彼は後者の道を選んだ。しかし、自分で耐えられなくなり自殺することになる。ゲイを政府は長い間認めてこなかったが、最近になって認めるように変わり、アラン・チューリングの仕事が表に出るようになった。 

今回、ハイテク企業を訪問すると、Alan Turingの名札の付いた仕事机があった。また、ターミナル駅の一つ、キングスクロス駅近くに大学院大学ともいえるハイテク専門のAlan Turing Instituteも出来た。面会したある人は、ここはサウス・ケンブリッジだと冗談ながらいう人もいるという。ケンブリッジはもちろん、アイザック・ニュートンやARMを産み出したハイテクの町であり、ロンドンはその南に位置しているからだ。

  日本企業がエコシステムを作るための第1歩が差別意識の撤廃である。この意識は今後のビジネスには極めて重要で、霞が関の人たちも、お上意識を捨てなければ世の中から遅れてしまうことになる。かつて、自分はトップだからファーストクラスに乗り、別荘に毎週公用車で通い、スイートルームに泊まる、ということを明言した知事がいたが、こんな意識は100年遅れている。公務員の方は、みんなを幸せにするために働く公僕であることをもう一度かみしめてほしい。「上から目線」「下からの卑下」を退治することは日本を復活させる大事なカギの一つである。日本は今、世界から試されているともいえる。

 

参考資料

1.    「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、日刊工業新聞社刊、20104

2. 「欧州ファブレス半導体産業の真実~日本復活のヒントを探る」、日刊工業新聞刊、2010年11月

   

クアルコムはNXPをどうするのか?

(2016年10月30日 23:50)

スマートフォンの頭脳となるアプリケーションプロセッサと通信モデムチップを提供してきたクアルコム社がオランダの総合半導体メーカーNXPセミコンダクター社を買収することで両社合意に達した。今月初めに、「クアルコムのNXP買収はあり得ない」という記事を書いたが、筆者の予測は見事に外れ、うわさ通りに進んだ。しかし、これはクアルコムにとって本当に良い買い物なのか、疑問は残る。

 

日本の新聞やマスメディアは、クルマ用の半導体欲しさにNXPを買ったと見ている。確かにNXPはクルマ用半導体では世界トップメーカーになった。センサ、マイコン、送受信機などIoTシステムやクルマに強いNXP、クルマ用プロセッサに強いフリースケールとの合併によってNXPのクルマ用半導体は強くなった。しかし、クルマ用の半導体はたしかにこれから成長が期待されているが、スマホビジネスから見ると残念ながら数量はそれほど多くはない。

 

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海外の識者の見方はやはり、大きな問題として企業文化の違いを指摘する(例えば、EPCCEOで電子産業の論客でもあるAlex Lidow氏へのインタビューニュース)。クアルコムは、研究開発に特化するファブレス企業であり、研究開発費は売り上げの20%にも及ぶ。NXPは設計も製造も持つIDM(垂直統合型の半導体メーカー)である。このためサプライチェーンは全く異なる。ファウンドリとの付き合い方や設計工程の関わり方、スマホという限られた製品に向けたビジネス特有の文化を変えなければならなくなる。もう一つの大きな企業文化の違いは、クアルコムは大量生産少量カスタマのビジネスを遂行してきたこと。NXPは顧客の数が多いビジネスを行ってきた。

 

ファブレス企業は工場の生産量を考えないビジネスを行っているが、IDMは顧客に対して常に、数量はどのくらい出るのか、によって顧客と交渉する。わずかしか使わないICなら作らない。顧客が来ても「帰ってくれ」というビジネスになる。注文を取る時は、常に工場のキャパシティ(生産能力)を見ながらではないと受けない。パナソニックと富士通セミコンダクターのSoC部門が統合したソシオネクスト社のあるエンジニアは「ファブレスになってよかったことは、生産量がある程度少なくても顧客を獲得できることでした」と述べている。IDMだった組織では、わずか月産数千個なら他にいってくれ、と断っている。

 

クアルコムはファブレスでありながら、数量が多いビジネスを手掛けてきた。顧客はスマホメーカーだったから、彼らに向けたアプリケーションプロセッサやモデムを提供してきた。組み込みシステムと違い新規顧客もスマホメーカーだった。このため、一般市場向けにも販売していく製品が必要だった。その一つが自動車向けかもしれない。

 

NXPのような製造部門を持っていると工場のメインテナンスや稼働のために人員を確保しなければならず、投資も工場に向けなければならない。つまり売り上げの20%を超えるこれまでの研究開発投資はあきらめなければならない。

 

かつて、インフィニオンテクノロジーズがDRAM専用のキモンダを別会社にスピンオフしたが、その目的は経営者が投資規模の全く違うビジネスを判断できないからだった。DRAMやメモリは量産工場の微細化とキャパシティを上げることに投資し、SoCソフトウエアや開発ツール、設計アーキテクチャなど人材への投資が中心となり、さらに設計だけではなく工場への投資も必要となる。メモリほどではないが工場の稼働や保守などにも投資しなければならない。クアルコムがNXPを合併させると、量産投資、研究開発投資、設計への投資、など投資負担が重くなることを覚悟しなければならない。

 

クアルコムとしてはモバイルネットワーク特化型ビジネスから、組み込み型へと広げていることは確かだ。先日も都内で記者会見を開き、製品のロジスティクスについてこれまでとは大きく異なり、販売代理店を用いることを発表した。米国本社でもArrow Electronicsと契約、Arrowルートで一般顧客に売っていくことを決めた。日本でもその日本法人を通じて販売する。これまでのクアルコムは、顧客がスマホメーカー、と決まっており直販しかとってこなかった。このため製品広告を打つこともなく、通信モバイルの世界だけに閉じこもっていた。これからは一般市場にも参入するという訳だ。

 

さらに製品寿命に関しても開発スピードが違う。クアルコムはスマホ向けに寿命2~3年を考慮するビジネスに特化してきたが、NXPが持つクルマや産業の分野では10年の製品保証、寿命が求められ、設計サイクルもこれまでほどは短くない。クルマや産業機器は信頼性保証はマストであり、品質管理体制もまるっきり変えなければならない。

 

NXPが持つ製品ポートフォリオは広い。マイコンやプロセッサ(旧フリースケール)、ディスクリートや標準ロジック、インターフェース、AV用インフォタインメント、RF、パワーマネジメント、センサ、ID認証とセキュリティなどからなる。NFCカードやFelicaカードなどに強いNXPID認証とセキュリティには極めて強い製品を持っている。NFC仕様の基本は、汎用的なRF回路とセキュリティ回路を分離して、カードというハードウエアに依存することなく、電話やスマホなど様々な応用の認証に使うことを目的としていた。セキュリティと言っても、IDを中心としたセキュリティでは、産業機器やクルマのセキュリティ(ソフトウエアだけではなくハードウエアも含む)とは異なる。

 

NXPにはプロセッサでクアルコムとは異なるアーキテクチャがある。旧フリースケールが持っていたマクロプロセッサアーキテクチャi.MXシリーズやQorIQシリーズ、Powerアーキテクチャなどで、これらとも統合するとなると、リソース配分がきつい。それぞれのアーキテクチャのエコシステムはどうなるのか、パートナー企業は疑心暗鬼になる。かつて、日立製作所と三菱電機、NECエレクトロニクスが一緒になってそれぞれのプロセッサのアーキテクチャが乱立したことと同じ状況を迎える。

 

NXPにはかつてのルネサステクノロジのように、日立製作所と三菱電機のプロセッサの葛藤、さらに1本化したプロセッサを開発したかと思ったとたん、NECエレクトロニクスとの合併でVアーキテクチャも付いてきた。それぞれのマイコンやプロセッサのソフトを開発するエコシステムの人たちは当初、戸惑いを見せた。同じことがクアルコムのプロセッサSnapdragonプロセッサとNXP(旧フリースケール)i.MXQorIQPowerアーキテクチャでも起きる。

 

クアルコムとNXPの合併は大変だなという感想を持たざるを得ない。ここではあまりクアルコムの戦略を議論して来なかったが、クアルコムとNXPの合併、両社の企業文化の大きな違い、などは学生や研究室での面白い論文のネタになりそうだ。

                                 (2016/10/31)

   

バッテリ管理は十分だったか、ノート7

(2016年10月19日 22:50)

原因不明のまま、サムスンのファブレット「ギャラクシーノート7」は生産打ち止めになった。この事件は、2006年ごろ、ソニーのリチウムイオン電池を使ったノートパソコンから発火した事件を思い出す。この時も真相解明しないまま、ソニーはリチウムイオン電池の生産から撤退した。

 今回の事件では、サムスンの「ギャラクシー ノート7」機種では2カ所からバッテリを調達していた。80%をサムスンの子会社であるサムスン機電から、残りは香港のアンペレックス社(TDKの子会社になった)から調達していた。リコールする前に発火したのはサムスン機電のバッテリ。リコールしてバッテリを全てアンペレックス製に交換した。しかし、再び発火事故が起きた。

 ここへきて、リチウムイオンバッテリの発火事故は、バッテリではなく電子回路ではないか、という疑いがもたれた。1012日の日本経済新聞によると、電池そのものの、例えばセパレータ(アノード(陰極)とカソード(陽極)間のショートを防ぐためのポーラスな膜)ではないことをメーカーは他のバッテリで発火事故を起きた例はないことを上げ、セパレータは問題なしとした。電池ではアノードは陽極ではなく陰極である。カソードもその逆だ。

 充電できるリチウムイオン電池は、電荷容量が高い反面、過充電=発火の危険、という図式が働く。このため、絶対に過充電は許されない。電池の動作上、アノード電極に含まれるリチウムイオンがアノードから飛び出し、カソード電極に到達することで電子が外部回路に流れ電流となる。充電する場合にはリチウムイオンは元のサヤに収めなければならないが、少しでもリチウムイオンが過剰になると、イオンに相当する外部回路に電流が余分に流れ、発熱することになる。

 一方で、充電する場合には早く充電を終わらせたい。そこで、バッテリの充電では、最初は急速に80%程度までは大電流で充電しても問題ないが、その後は充電→電荷測定→判定というサイクルを繰り返し、少しずつ電荷を注入していく。バッテリマネジメントのある専門家は、「1升瓶に水をこぼさずに早く入れる技術に似ている」という。リチウムイオン電池では、満充電を絶対に超えてはならないためだ。

 そこで、電子回路上では、100%の満充電は極めて危険なため、電子回路ではマージンを取って95%とか90%を満充電と定義する。このマージンの取り方で使える電池の時間が決まる。バッテリマネジメントの定義と、安全なマージンを取るためのアルゴリズムも重要な技術のカギとなる。精度よく電荷状態を測定できる技術を持っていればこのマージンを狭めて、長期間使えるようにできるが、この電荷を精度よく測定するアルゴリズムにノウハウがあり、バッテリの良し悪しにも大きく影響する。だからこそ、バッテリマネジメントは重要な技術だ。

 バッテリ構造側からすると、リチウムイオンバッテリは、アノード電極材料のリチウム(Li)イオンがカソード側へ移動することで外部に電流を流すという原理である。充電はその逆の過程で、カソード側に寄っているLiイオンをアノード電極に戻す作業。両者のショートを防ぐ役割がセパレータで、Liイオンだけを通すポーラスな膜である。これがなければショートする恐れがある。アノード電極には結晶格子にLi原子が元のさやに収まらなければならない。きれいな結晶構造であれば、元に戻りやすいが、そうでなければLiイオンが収まるべき結晶構造における格子サイトが失われ、Liイオンは行き場を失う。電極の持つ電圧は下がり、アノード電極はLi原子が不足してしまう。このため完全に近い結晶構造を保つための製造技術が電池メーカーには求められる。

 充電している最後の段階では、ちびりちびり電荷をバッテリに注入するが、この状態でもし大きなノイズやサージ電圧が入り、過電流が流れ電荷が溢れると危険な状態になる。このままバッテリを持っていると、動作させていなくても非常に危険な状態になる。そこで、リチウムイオンバッテリを使う電子回路では、バッテリの電流、電圧、発熱を測定し、一瞬でも許容値を超えるようになると充電を遮断する役割の保護回路ICも取り付けることが多い。満充電の定義を95%程度にしてマージンをとり、さらにバッテリマネジメントIC回路で精度よく充電を管理し、さらにバッテリ保護回路も搭載することが望ましい。

 ノート7では、ここまでやっていたか?満充電の定義の十分なマージン、適切なバッテリマネジメントIC、十分なバッテリ保護回路ICという3段階のリチウムイオンバッテリ管理を行っていただろうか?保護回路ICを搭載していなかったという声を聞いたことがあるが、それが事実なら設計ミスもありうる。サムスンは今のところ何も原因について述べていないが、原因究明を怠ると同じ事故が再発する恐れがある。

                               (2016/10/19)

   

ITの今を表すボブ・ディランの詩

(2016年10月14日 16:54)

シンガーソングライターのボブ・ディラン氏がノーベル文学賞を受賞した。ミュージシャンとして、ノーベル文学賞を受賞したのは初めて。その功績を、スウェーデンの国立アカデミーは、「アメリカの偉大な歌の伝統の中に、新たな詩という表現を創出した」ことを受賞の理由としている。

ボブ・ディランは「風に吹かれて(Blown in the wind)」や「500マイル」、「ライク・ア・ローリング・ストーン(転石のように)」など有名な歌が多いが、どれも全てきちんと韻をふむ美しい歌詞を持っている。当時は反戦歌をはじめとするメッセージソングが多かった。

彼の歌に「時代は変わる(Times, They are a-changin)」という曲がある。米国がベトナム戦争を始めた1960年代に、戦闘開始を宣言したニクソン大統領をはじめとする保守派を批判し時代は真の民主主義へと変わるだろう、というメッセージを伝えた歌である。この詩が時代を超えて、今から8年前、20086月のDACDesign Automation Conference)のパネルディスカッションで、この曲を紹介し、今のIT/エレクトロニクスの時代がまさにこの歌の通りだと述べた講演者がいた。

「次世代ワイヤレスマルチメディアデバイス」と題したパネルディスカッションで、ノキアのJohn Shen氏が、ボブ・ディランの「時代は変わる」を紹介した。携帯電話PCが搭載され(これが今のスマホである)、さらにインターネット+セルラーネットワークが加わり、コンバージェンス(統合)という言葉が大流行の時代だった。彼は、コンバージェンスよりコリジョン(衝突)状態ではないか、と時代を評した。コグニティブソフトウエア無線やユビキタスのインターオペラビリティなど新しいテクノロジーや規格を生み出す標準化手法が続出する中で、大きな変革期に来ていることを述べた。最後に紹介した歌が「時代は変わる」の最後の歌詞の部分だった。

The slow one now
Will later be fast
As the present now
Will later be past
The order is rapidly fadin'.
And the first one now
Will later be last
For the times they are a-changin'.

 今遅いものでも将来は早くなるかも

 旬のものはそのうち古くなる

 序列やランクは急速に色褪せ、

 今トップのものが将来はビリかもしれない

 時代はまさに変わりつつあるから


彼のプレゼンが終わると、パネルディスカッションのモデレータであるカリフォルニア大学バークレイ校のJan Rabaey教授は、DACの講演にボブ・ディランの歌が出てきたのは初めてだ、とユーモアを交えながら感想を述べていた。現代をよく表していると思う。

DACは本来、半導体LSI設計のEDAElectronic Design Automation: いわば電子回路のCADツールや技術の会議と展示会である。2008年に初めて参加し、もはや単なるEDAだけの世界ではないことを知った。LSI設計はVHDLVerilogで設計するだけの仕事ではなく、いまや次のアプリと時代認識を読み取り、さらにユーザーへのマーケティングにより新しいビジネスを勝ち取る時代へ変わりつつあった。ワイヤレス技術、ミクストシグナル技術、最新プロセス技術、など新しい時代の新しいアプリと技術に注目したセッションが予想していたよりも多かった」。

筆者は当時のブログで上のように述べていた。この考えは今でも当てはまる。だから、いろいろな講演会で、最後のスライドに現代を表す言葉として、ボブ・ディランの詩を時々引用させてもらっている。

                              (2016/10/14

   

クアルコムのNXP買収はありえない

(2016年10月 6日 00:27)

1週間ほど前、クアルコムがNXPセミコンダクターを300億ドルで買収するとウォールストリートジャーナルが報じたが、ガセネタの可能性が高い。もっともらしく、2~3週間のうちに買収結果についてある程度の結論が出るとまで報じる一方で、クアルコムは別の企業買収も選択肢に入れているとも報じている。ソースはそれぞれ別のようだ。

 

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この報道について、真実味は足りない。というのは買収するメリットがあまりにも少ないからだ。このニュースを報じた記者は半導体業界に詳しくない記者だと見えて、クアルコムが自動車産業に進出できるとか、NXPのような大企業は魅力的に映っているはずだとか、微細化投資に金がかかるようになるから企業規模を拡大すべきとか、トンチンカンなコメントを報じている。クアルコムはそもそもファブレスなのだから微細化投資は全く的外れだ。

 

このディールはまずありえないと思う。クアルコム、NXPそれぞれの得意とするところと補完するべきところを考えてみれば、いかにもチグハグになってくるからだ。クアルコムもNXPも自分のない所を持っている企業とM&Aをしてきた。それぞれの見方からどれだけメリットが少なく、戦略がずれてくるかを示そう。

 

クアルコムは、CDMAの基本特許を持つ通信専門のファブレス半導体メーカーである。2GCDMA時代はまだ採用が少なかったが、3G時代になるとW-CDMAにせよ、CDMA2000にせよ、3Gネットワークを使う携帯電話やスマートフォンには必ずクアルコムの基本特許、IPが必要だった。このためクアルコムの業績は、3G方式の普及とともに急速に伸びる一方だった。ところがLTE時代に入ると、LTEの特許は最も多く持っているものの、3G時代ほどの絶対優位ではなくなってきた。このため、クアルコムはジョブカットすると同時に、さまざまな分野での通信技術を獲得する作戦に出た。

 

この頃、電気自動車用のワイヤレス充電をクルマメーカーに提案したり、高速道路に沿って無線充電器を埋め込むことによって、走行しながら無線充電を行う、といった新提案もあった。もちろん、スマホのワイヤレス給電や急速充電アルゴリズムの開発など、通信を核にして事業を広げていった。教育やヘルスケアビジネスにも参入した。Wi-FiAtheros Communicationsを買収してWi-Fiを手に入れた。Bluetoothは英国のCSRを買収して入手した。当然ながら5G(第5世代に携帯電話通信)では先頭に立ってシステム開発に打ち込んでいる。

 

要は、「全ての通信技術を支配する」といった戦略から、クルマのコネクテッドカーには当然力を入れる。M2Mモジュールビジネスは10年も前から力を入れている。通信のモデム演算やブラウジング演算などに必要なプロセッサの開発でもスマホ用ではリードしてきた。だからといってクアルコムがクルマ用半導体のトップメーカーとなったNXPを買うメリットはあるか?クアルコムにとっては、あらゆる通信をカバーするチップ開発が全てである。NXPを買うのなら、カーラジオや車両制御技術、センサ、アクチュエータなどもついてくるが、これらはクアルコムの本筋ではない。要らない。万が一いるとしても、必要な通信技術はせいぜい77GHzのミリ波レーダーくらいだろう。

 

NXPはフリースケールを買収することにより本格的なプロセッサを手に入れた。ARMだけではなく、Powerアーキテクチャにも力を入れている。マイコンも持っているが、クアルコムにはプロセッサはこれ以上必要ない。むしろエコシステムにとっては害になる。制御に使いたいなら市販品で十分。

 

NXPは、カーラジオのモデム(変復調)をソフトウエア無線(SDRsoftware defined radio)方式で各国のデジタルラジオに対応する技術は持っている。またキーレスエントリの無線技術もある。しかし、クアルコムが持っていない、クルマに関する通信はこれだけだ。これらはクアルコムにとって、3~4兆円も出して手に入れるほど魅力的なものではない。

 

クアルコムの未来は、5GIoTなどであり、そのための通信技術をますます強くすることにある。ドローンやロボットをLTEセルラーネットワークやWi-Fiなどでつなぐことを通してインタリジェントなデバイスへと変身させる助けに通信を使う。そのためには、セキュリティには力を入れるだろう。セキュリティ企業を買う可能性はある。NXP買収は経営判断として選択肢には上らないはずだ。

                                                              (2016/10/06

   

とと姉ちゃんに見るジャーナリズムの原点

(2016年9月21日 22:57)

 101日に最終回を迎える朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」は、雑誌「暮らしの手帳」出版の社長であった大橋鎭子さんをモデルにした物語である。暮らしの手帳は、名物編集長の花森安治氏との名コンビで発行されていた。一般家庭のどこにでもあり、暮らしの役に立つ雑誌だった。

  一方で、暮らしの手帳は、広告を入れずに購読料だけで運営していた。とても素晴らしい。雑誌ビジネスでは広告を入れることが常識で、その中で中立性をどのように保つか、ということにいつも腐心している。日経マグロウヒル(現在の日経BP)は、B2Bのビジネス雑誌を扱う出版社であり、そのノウハウは米国のマグロウヒル社からきていた。ジャーナリズムの中立性は時には広告と相反することがある。この場合、編集者は結局、ジャーナリズムを理解していただく以外になかった。それだけに暮らしの手帳は、ジャーナリズムの原点ともいえる中立性を厳しくこだわっていた。私が参加していた当時の日経エレクトロニクスの島津和雄編集長(故人)は、日経新聞出身者で、暮らしの手帳を褒めていて、あのような雑誌ができないものかと、いつも思案されていたことを思い出す。

  ドラマの場面でも出てきたが、暮らしの手帳は洗濯機などの電化製品のテストを社内の実験室で行っていた。広告を入れると中立性を保つことが難しいからだ、とその姿勢を貫いた。エレクトロニクスでは、雑誌社が半導体や部品のテストをすることは極めて難しい。オシロスコープやスペクトルアナライザ、信号源、DMM、ネットワークアナライザなど測定器を買いそろえ、かつトランジスタなどのDUT(被試験デバイス)に印加する電圧レギュレータもそろえる必要があり、とても一つの雑誌社で賄えるものではなかった。測定器は今や100万円単位のものから精度が高ければ1000万円を下らない。雑誌社が商品テストを行うには無理があった。

  それでも中立・公正な記事を提供することは、ジャーナリストとしての基本である。昔は、商品カタログに札束が入っていたことがあったと聞いた。日経マグロウヒル時代、ある企業から5000円のオレンジカードという一種の商品券がカタログの裏に入っていたことがあった。資料を受け取ったときは気が付かず、そのまま社に持ち帰ったが、さすがにそれは返却した。しかし、その企業からは二度と新製品情報が来なくなった。

  どこからも圧力を受けずに記事を貫きたいと思っても、エレクトロニクス・半導体の世界では、書いた記事を発行する前に見せてほしい、という要求を受けることがある。しかし、これはお断りする。検閲に相当するからだ。スポンサーなり取材先なり、意図したことがたとえ違っているとしても、それはそのメディアの捉え方であり、実力でもある。それについて干渉されるのであれば取材しなければよい。

  ただし、自分で書き間違えたと気付いた場合は訂正する。要は、事実とは違う場合には訂正を出すが、取材の相手が語ったことが事実ではなかった場合には訂正ではなく、「申し出」という形で記事を修正する。ワシントンポストやニューヨークタイムズのような海外媒体でも同じである。訂正に相当する「Correction」と、申し出に相当する「Clarification」とははっきり区別する。

  どのような場合でも書いた記事を事前に見せろという注文には応じないのであるが、エレクトロニクス業界では、このような要求は絶えない。それでも辛抱強く、理解してもらう努力は続ける。近いうちにまた英国に取材に行くためのアポを取ったが、事前に記事を見せてもらえるかどうかを聞いてきた。それは丁寧にお断りし理解を求めた。結局、取材を受けてくれた。

  ジャーナリズムの原点は、起きている事実を伝えることである。かつては意見を載せてはいけないと言われた。インターネットが身近になるまでは、報道に徹した。読者は、記者の意見など聞きたくもない、と思っていたからだ。事実を事実として淡々と伝えることが重要である。それが良いか悪いかは読者が判断することだから。ジャーナリズムは伝えること、報道することが主要な仕事であった。

  しかし、取材しているうちに、インターネットで誰でも情報を発信でき、情報が溢れる時代になると、逆に「あなたの意見を述べてほしい」と言われるようになった。○○社がXXを開発した、という新製品・新技術情報ならニュースリリースや他の媒体で手に入るからだ。ジャーナリストの故筑紫哲也氏は、TBSのニュース番組でキャスターとして事実を伝えるだけの仕事と、自分の意見を述べる「多事争論」を区別していた。

  インターネット時代には、企業側はニュースリリースだけではなく、ブログという手段で情報を流す。海外媒体のブログは、日本のブログとは全く違い、何を食べたなどの情報は一切流さない。あたかも中立性を装うかのような記事風のストーリーで事実を述べている。だからこそ、ジャーナリスト側も様々な角度から事件を取材、検証し、正しい真実の姿を追求していく。ある角度から見ると、ニュース価値のある視点が生まれるときは、何かを発見したかのようにうれしくなる。「暮らしの手帳」ほどの中立性は保てないだろうが、できるだけそれに近づける努力はしていかなければならない。

  広告を出す側の人たちと話をしても彼らもメディアには中立性を求める。自分の企業に都合の良い記事はむしろ歓迎されない。他の企業に対しても同じことをしているのだろうという疑念を持たせてしまうからだ。現実に広告と記事を混同させて没落した雑誌やメディアは数えきれないほどある。だからこそ、中立性を保ち、かつ「評価」を加えることが事実を読みやすい物語として伝えることになる。

  数多くの取材をしていれば、評価としての意見を求められることが多いが、ジャーナリストの基礎となるものは豊富な取材である。勝手な思いこみは真実から見ると害になる。思い込みが事実と違っていれば、こちらが事実に合わせて新しい視点を見出さなければならない。この発見こそ、ジャーナリズムの神髄である。誘導質問などもってのほか。事実からますます離れてしまうからだ。とと姉ちゃんのドラマの中で、商品の公開試験を取材したことにより、暮らしの手帳の本質に迫った新聞記者がいたが、それはジャーナリストの好例といえる。

(2016/09/21)

   

インターシル買収は高くない

(2016年9月13日 22:31)

ルネサスエレクトロニクスが米国のアナログ半導体のインターシルを約32億ドルで買収することで合意した。マイコンと相性の良い製品は実はアナログ半導体。マイコンに強いルネサスがアナログのインターシルを買ったことは、make sense(意味のあること)である。

8月下旬に日本経済新聞がリークの特ダネで、このことを報道し、私もコメントしたが(参考資料1)、半導体業界の方でさえ、高い買い物と評価するものもいた。証券アナリストの中にも高いと評するものが多く、記者会見の席上でも正当化できるのか、という質問が出た。できると答えたが、残念ながらその場には呉文精CEO(1)と柴田CFOしか出席しておらず、技術的に記者を納得させることはできなかった。

 

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1 ルネサスCEOの呉文精氏

 

しかし、その答えは極めて簡単。ほとんどのマイコンに付属するのがアナログICだから、マイコンとアナログは絶妙なコンビなのである(参考資料2,参考資料3)。この二つを持っていれば、セットで製品を売ることができ、しかも顧客のシステムに差別化技術を盛り込むことができる。マイコンの差別化はソフトウエアで、アナログの差別化はアナログの性能・機能・ユーザーエクスペリエンスで、行うことができる(2)

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2 IoTデバイスの基本例 黄色い回路ブロックは全てアナログ デジタルはマイコンだけ

 

 図2の回路ブロックは、IoTデバイスを例に挙げている。温度や加速度、回転、磁気、圧力、映像、光などさまざまなセンサから電気信号になって回路に入ってくるとセンサハブを通りデジタルの形でマイコンに入る。マイコンでセンサ信号の意味のあるものを読み取り制御する。その出力を送信回路から無線で飛ばす。回路全体を動かす電源がパワーマネジメントである。ここではマイコン以外は全てアナログ回路となる。アナログ回路では、性能を上げたり、機能を追加したり、ユーザーエクスペリエンスを充実させたり、あるいはパワーマネジメントの効率を上げたりするなど、独自の技術を織り込む余地がある。ここは微細化ではなく知恵をいかに織り込むかが決め手となる。

アナログ回路は、日本の半導体メーカーは米国のアナログ専業メーカーと比べ、その技術レベルは残念ながら低い。アナログデバイセズやリニアテクノロジー、マキシムインテグレーテッドなどの企業はそれぞれ特徴があり、しかも独自の回路を設計し、顧客に価値を認めさせている。だからこそ、製品単価はそれほど安くない。価格交渉でも下げない。価値を顧客に認めさせる営業を行っているから、相手は納得してしまう。彼らのチップを使わなければ、システムコストはもっと上がってしまうからだ。

新しい高性能・高機能アナログ半導体ICはほぼ100%米国からくる。日本からはほとんど出て来ない。最近の例では、例えば電気自動車のバッテリ管理ICがある。クルマのバッテリは直列接続することによって200V~300Vまで昇圧する。つながった各セルは、当初は特性が合っていても何度も充放電を繰り返す内にセルごとにばらつきが出てくる。ある時間、充電すると、一つのセルは充電されても別のセルはまだ充電させていない事態が出てくる。そのような場合は充電をやめるか、充電されたセルだけ充電を止めることをしなければ、過充電になると火を噴く恐れがある。このため、満充電にならないように、各セルの充電の割合を管理し揃える必要があり、そのためのバッテリ管理ICをリニアテクノロジーが最初に世に出した。日本のメーカーは、これを後追いするだけだった。

かつてリニアテクノロジーのボブ・スワンソン会長にインタビューしたことがある。日本にはアナログエンジニアが少なくて困っているが、アメリカではどうしているのか、と聞いた。「いや、アメリカでも同様な事情だよ。だからこそ、優秀なアナログエンジニアを見つけたら、何としても採用する。もし彼/彼女が本社のあるシリコンバレーに来たくないと言ったなら、彼らの住んでいる場所をリニアテクノロジーのデザインセンターにする」と答えている。

日本のメーカーは優秀なアナログエンジニアの採用には必ず人事部が決定権を持ち、技術部長や研究部長の裁量が効かない、という難点がある。しかももっと悪いことに、アナログエンジニアを養成するための大学での教育ができていない。日本の大学の先生でアナログを教えることのできる人たちは両手で数えられるほどしかいない。エンジニアを20年やらないと独自設計できる実力がつかないと言われるアナログ半導体エンジニアを日本のメーカーが独自に養成することを考えると、インターシルの買い物が高いとは言えないだろう。

                             (2016/09/13

 

参考資料

1.    ルネサスのIntersil買収が事実なら妥当(2016/08/23

2.    半導体の基礎知識(1)――マイコンとアナログはどう関係するの?(2013/10/15

3.    半導体の基礎知識(2)――デジタルとアナログの使い分け(2014/01/14