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NEWS&CHIPS|国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト、メディアコンサルタント津田建二の事業内容~技術・科学分野の取材・執筆(国際技術ジャーナリスト)

取材紀行の最近のブログ記事

ABBAが再結成、2019年に世界ツアー

(2017年9月29日 22:48)

 ユーチューブは素晴らしい。昔の好きな歌を今、ビデオで見られる現代の手段となっている。数日前にユーチューブで見たニュースでは、ABBA(アバ)が再結成し、2019年にオーストラリアツアーを行うという。

 1970年代前半、スウェーデンの音楽バンドABBAがスウェーデン語ではなく、世界的に通用する英語で海外進出を果たし英国ロンドンのコンテストで優勝し名が知られるようになった。有名な「ダンシング・クイーン」をはじめ「SOS」や「フェルナンド」、「マネー、マネー」、「ウォータールー」などヒット曲を飛ばし、1982年に解散した。

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図 ABBA GOLDアルバム 筆者撮影

 ABBA GOLD」というCDアルバム()を買って間もない1999年にミュージカル「ママ、ミーア!」というミュージカルにABBAの音楽がふんだんに使われ、2008年には映画化された。ABBAは今はもう60歳代になり、復活はもはやないと思われた。だが、4人とも生きている。子供も成人になり、孫もいる。ABBAは、2019年のオーストラリアツアーを手始めに世界ツアーを目指し、活動を復活させたという。最初にオーストラリアを選んだのは最も熱心なファンがいる国だからだ。日本も彼らの好きな国の一つだとアグネタがユーチューブのインタビューで述べていたが、日本ツアーはまだ決めていない。


ユーチューブは昔と今をリアルタイムで再生

 こんなニュースを知ることができたのはユーチューブのおかげだ。私は中学生のころにビートルズの存在を知り、高校生の時に彼らは日本にやってきた。ビートルズやサイモン&ガーファンケル、ボブ・ディラン、トム・ジョーンズ、ビーチボーイズ、モンキーズ、ビージーズ、ローリングストーンズなどアメリカ、イギリスのロックやポピュラーをよく聞いた。日本の演歌にはない、若者の心を打つ音楽を感じたからだ。

 最近聞いた歌では、「You don't own me(私はあなたのものではない)」という歌を昔はレスリー・ゴーアが歌っていたが、最近、グレースという若い歌手が歌ってヒットさせている。この歌は男の奴隷になりたくない、という若い女性の心を歌っており、「私はあなたのおもちゃじゃない」というフレーズがある。人種や男女の差別を排除しようとしてきた米国だが、この歌のヒットとトランプ大統領の出現は関係しているのだろうか。

 昔の歌を最近の歌手がカバーしている音楽はこれだけではない。英国の女性グループ、ザ・サタデーズはビートルズの「ミスター・ポストマン」をカバーしているし、リトル・エバが歌っていた「ロコモーション」はカイリー・ミノーグという歌手がカバーしている。

 映画でも「シェリー」を大ヒットさせたフォーシーズンズの物語をつづった「ジャージーボーイズ」がヒットした。映画の中でも歌われた「君の瞳に恋してる」という曲は、数年前、携帯通信会社のコマーシャルにも使われた。

 ユーチューブは、時には残酷で、「マサチューセッツ」や「メロディフェア」などのヒット曲を飛ばしたビージーズの3人の兄弟メンバー、ロビン・ギブ、モーリス・ギブ、バリー・ギブのうち、2人がすでに他界したこともユーチューブで知った。イーグルズのリズムギター担当で「テイクイットイージー」を歌っていたボーカルのグレン・フライも昨年逝去した。

 ABBAは幸い、みんな健在だ。ぜひとも復活を願いたい。

(2017/09/29)

エコシステムとは何か

(2016年11月 2日 14:40)

ようやく新聞もARMの凄さは、そのエコシステムにあることを書くようになった。エコシステムは文字通り、生態系という意味で、私たちが野菜を食べ、排泄物を出し、それを熟成させると野菜の肥料になり、野菜はまた成長する、という一連のプロセスを指す。ここには、太陽と水というインフラがあり、その上で人や野菜がお互い共存共栄を図っている。動物でも同様で、自然の摂理に従って生きている限りは、人間と共存共栄している。

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 図 英国図書館内の敷地に設置されたAlan Turing Institute 奥のグレイの建物はクリックセンター(DNA構造を発見したワトソン・クリックの一人から名付けた)

 IT、エレクトロニクスでエコシステムというのは、一つの製品を作って売る場合にはさまざまな業者の協力が欠かせない。かつて大学で、iPhoneには数十社もの多くの企業が部品やサービスを提供してできていることを講義した時、学生たちは初めて知ったと驚いた。学生の多くは、全部アップル社が作っているものだと思っていたようだ。

  ARMの製品(IPコア)は中間部品のさらに中間部品に相当するため、これまでほとんど知られてこなかった。主力部品であるCPUコアは、ハードウエアだけではなくソフトウエアも必要なため、IPコアという一部の回路ブロックを提供するだけではなく、ここに焼き付けるソフトウエアも必要となる。それは客ごとに異なるため、ソフトウエアを開発しコーディングしてくれる企業が専門に担当してくれればビジネスとしては回る。そのソフトウエアを簡単に書けるようなツールも必要。最後にARMの回路が本当に動作するのか検証、さらにシリコンに焼き付ける製造の企業も必要となる。つまり、さまざまな企業が助け合って一つの製品を作るという体制、これこそがエコシステムである。ARMのエコシステムには1000社が参加している。

  ただし、みんなで助け合うという方向は、日本では正しく理解されていないことがあった。「分け前が減るではないか」という疑問だ。重要なことは、1社あたりの分け前が減ることよりも、これまで経験しなかったほどの多くの顧客に巡り合うことだ。つまり顧客や仕事をたくさん提供してもらえるようになるのである。

  先日、ナショナルインスツルメンツ(NI)社の記者会見に出席した時、グローバル・オートモーティブ担当のVPであるステファノ・コンチェッツイ氏は、エコシステムは研究開発コストを減らすメリットがある、と述べている。NIの研究開発エンジニアは2000人いるが、彼らはNIのコア技術を開発しており、顧客の最終ソリューションは開発していない。しかし、NIの製品を使ってソフトウエアを書き、独自の製品(ソリューション)開発を支援するサードパーティ(3)となるエンジニアは9000名いるという。つまり、最終顧客のソリューションを開発するのに、2000名プラス9000名が参加していることになる。だからエコシステムは研究開発コストも減らす、という訳だ。

  エコシステムをビジネスの武器にしているのはARMだけではない。成長企業はある意味、エコシステムを自社で作り上げ、それを利用する。これが世界の勝ちパターンとなっている。実はこのことを数年前から訴えてきたが(参考資料1,2)、日本企業は理解してくれなかった。

  実は従来の日本企業の文化では、このエコシステムを理解できないこともはっきりしている。みんなで協力するということは、下請けや孫請けといった意識を捨て去らなければならないのである。古い体質の日本の大企業は、1次下請け、2次下請け、という形で成り立っていたが、これでは意思決定が遅く、設計製造プロセスにも時間がかかることは容易に想像できる。

  エコシステムで大事なことは、上下関係がないということだ。まずは下請けといった差別意識を撤去しなければならない。もちろん賃金をはじめとする男女差別も同様だ。日本人・外国人も同様に扱うことは言うまでもない。さらにゲイやレスビアンなどLGBT(性的少数者を限定的に指す言葉)への差別も撤廃しなければならない。人間は全てみな平等であることを示せるかどうかが、エコシステムをうまく構築できるかどうかのカギとなる。差別意識のある世界には誰も行きたくない。エコシステムに入るかどうかは自由だからだ。

  今、ロンドンにやってきて驚いたことは、コンピュータというコンセプトを産み出したアラン・チューリングが完全復活していることだ。彼は天才であるが、ゲイでもあり、そのため長い間、英国政府がアランを表舞台に出すことを禁じていた。第2次世界大戦のさなか、ドイツの暗号を読み解くためのマシンを彼が開発している時に、プログラムを変えさえすれば、さまざまな暗号を解ける、さらに暗号機だけではなく、さまざまな計算もできるマシンを作りたいと願っていた。メモリ(レジスタ)CPUALU)を用いて演算するというコンピュータの概念を産み出したのである。

  ゲイであることがわかると、英国政府は彼を逮捕し、裁判にかけ、刑務所に入るか、ホルモン剤を毎日飲み続けるか、という選択を迫り、彼は後者の道を選んだ。しかし、自分で耐えられなくなり自殺することになる。ゲイを政府は長い間認めてこなかったが、最近になって認めるように変わり、アラン・チューリングの仕事が表に出るようになった。 

今回、ハイテク企業を訪問すると、Alan Turingの名札の付いた仕事机があった。また、ターミナル駅の一つ、キングスクロス駅近くに大学院大学ともいえるハイテク専門のAlan Turing Instituteも出来た。面会したある人は、ここはサウス・ケンブリッジだと冗談ながらいう人もいるという。ケンブリッジはもちろん、アイザック・ニュートンやARMを産み出したハイテクの町であり、ロンドンはその南に位置しているからだ。

  日本企業がエコシステムを作るための第1歩が差別意識の撤廃である。この意識は今後のビジネスには極めて重要で、霞が関の人たちも、お上意識を捨てなければ世の中から遅れてしまうことになる。かつて、自分はトップだからファーストクラスに乗り、別荘に毎週公用車で通い、スイートルームに泊まる、ということを明言した知事がいたが、こんな意識は100年遅れている。公務員の方は、みんなを幸せにするために働く公僕であることをもう一度かみしめてほしい。「上から目線」「下からの卑下」を退治することは日本を復活させる大事なカギの一つである。日本は今、世界から試されているともいえる。

 

参考資料

1.    「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、日刊工業新聞社刊、20104

2. 「欧州ファブレス半導体産業の真実~日本復活のヒントを探る」、日刊工業新聞刊、2010年11月

香港取材で感じたグローバルなつながり

(2016年7月 8日 07:53)

十数年ぶりに香港にやってきた。1990年代は毎年香港に来ていた。町並みは大きく変わっていないが、相変わらず建設工事現場が多い。つまり将来はさらに発展するということだ。前に来たときは、ランタウ島に国際空港ができたばかりの頃だった。空港から香港島までの交通はとても便利になった。それまでの九龍半島にあった空港は、高層ビルの間を離発着するように見えるスリリングな空港だった。荷物を持ってからホテルまでの交通はタクシーしかなかった。

 

空港からは快速電車に乗って、香港島のセントラル駅と隣接した香港駅まで30分程度で到着し、快適だった。空港から往復チケットを買えば、片道100HKドル(1400)のところ、片道分が90HKドルと安くなり、しかも1か月有効なので、往復チケットを買った。

 

ホテルは、銅羅湾(コーズウェイベイ)という名称が入っている所だが、地下鉄の天后(ティンハウ)駅のすぐ近くにあった。駅のそばなので比較的便利な場所である。到着した日は、取材先の場所を確認するため、灣仔(ワンチャイ)まで地下鉄で行った。クイーンズロード東、という道路沿いにあり、住所に示された番地を目指して、右や左を歩いてみて比較的すぐにわかった。

 

その辺りをぶらつくと、香港らしい騒々しい現地人の多い所で、レストランも多かった。どの町でもそうだが、観光客が見当たらない所を歩くと何かホッとする。おなかがすいたので、現地人のいそうなレストランで簡単な食事をとった。味はふつう。近くにはラーメンと書いた店も多かったが、中華の本場で、日本料理のラーメン(中国人の多くがおいしい日本料理は何かと問うとラーメンと答える)はないだろうと思って寄らなかった。

 

ホテルに戻り、12階の窓からの眺めはすこぶる良い。香港島と九龍半島の高層ビルを同時に眺められる。眼下にはビクトリアパークが見え、その緑が心地よい。地下鉄MRTの路線も昔よりも伸びたようだ。香港大学という駅は、昔はなかったような気がする。九龍半島側にも地下鉄は伸び、香港島とぐるりと一周できるようになった。

 

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朝は今の季節にしては珍しく快晴だった。7月の香港は湿気が多くいつもじめじめしているという記憶がある。それにしても今は本当に便利な時代になった。インターネットをどこでも無料で使えるため、パソコンはもちろん、スマホでさえWi-Fiモードで接続できるからどこに行っても日本と連絡がとれるので助かる。

 

取材先の人がいるオフィスは、円柱状の地上64階建ての新しい超高層ビルで、Hopewell Centreと称している。ここには、ハイテクベンチャー向けのインキュベーションセンターがあり、下層階には店舗やレストランが入った複合型ビルである。今回取材するAI(人工知能)研究の世界的権威と言われる人は、米国ワシントンDCで中国とITビジネスをしているうちに香港ともつながるようになり、現在はここで暮らしているという。その内また世界のどこかに行くかもしれない。インターネットで世界中と連絡を取れるので、世界中の企業とコラボする場合でも、オフィスの場所はもはや関係なくなってきたと述べている。

 

香港が英国から中国に返還されてから去っていった企業も多い。中国は50年間香港の市場経済体制を維持することを英国と契約を交わしたのにもかかわらず、政治的には圧力をかけているからだろう。しかし、経済は活発のようだ。シンボルでもあったMotorolaの看板はなくなったものの、代わって九龍半島側にも超高層ビルが続々誕生している。香港の隣の深圳やさらに奥の広東省は、華為科技で代表される企業が世界で活躍しているように巨大な製造基地になっており、香港の新界(ニューテレトリ)地区にはサイエンスパークが生まれ、金融だけではなく研究開発の街にも生まれ変わっている。

 

今回は図らずも香港に取材に来ることになったが、街中のワイワイした混雑は相変わらずで、街を歩くと昔と何ら変わっていないように感じられた。

 (2016/07/08)

他人を認めなければ国は発展しない

(2015年10月15日 01:34)

米国テキサス州ダラスに近い、フォートワースに来て、欧州とアジアのジャーナリストに会い、久しぶりにエレクトロニクス業界から日本のことまでいろいろ話した。欧州とアジアの記者は、日本の安保法案のことをよく知っていた。「日本が海外に出かけて武器を使用し攻撃できるという法律(安保法案)が通ったけど、日本の中ではどうなの?反対する人はいないの?」。「憲法に反していないの?」。「安倍首相のことをどう思いますか?」。

 

他国の人々は、今回の法案で、外国を攻撃できるようになったことをとても心配している。私の答えは簡単。事実をありのままに外人記者に言うだけである。「安倍首相は『日本の国民を守るためです。日本の平和を守るためです』と言っていますが、他国を先制攻撃することがなぜ日本の平和になるのか、いまだに一言の説明もありません。にもかかわらず、法案を成立しました。憲法学者は違憲だという見解を示しました。だからこそ、憲法を変えてからこの法案を通すのであればまだしも道筋が立ちます。しかし、なぜ平和を守れるのかと、違憲であることに対する考えをいまだに聞いたことがありません。ろくな議論もなく、以前反対していた自民党の議員さえ賛成し法案が通しました」。

 

ドイツの記者はそうですか、としか言わなかったが、ドイツはヒットラーの経験を踏まえ、かつてのような侵略国家を作らないためにもっと民主的に軍隊の組織も作られていると言う。「ドイツでは、軍隊に入る義務はありますが、福祉施設で働くとかボランティアの道を選択することもできます。強制的に軍隊に入れることはしません。個人の選択の自由があるからです」と彼は続けて言った。

 

最近のFacebookTwitterの書き込みを見ていると、相手と議論しないで悪口を言ったり、抹殺しようとしたり、デモを一方的に非難したり、民主主義を知らない日本人が増えてきたように思う。健全な国家は、さまざまな意見を認め合い、さまざまな人を受け入れ(まさに多様化、ダイバーシティである)、議論を交わしより良い方向に向かうことを絶えず探るものである。非難することではない。このことは、企業経営にも言える。

 

安倍首相が外人記者の「シリア難民の受け入れをどう考えているか」という質問に対して、シリア難民のことは二の次で、まずは女性を活躍させることを重視する、という趣旨を述べられた。しかし、この意識はダイバーシティに全く反することで、難民受け入れも女性の活躍も全く同じこと、つまりダイバーシティ(Diversity:多様化)を進めようという民主主義に反することにつながっている。今の日本に足りないのはまさにこのことである。

 

1年前、ドイツを本社とする世界的な半導体メーカー、インフィニオンテクノロジーズ社を訪問した時のこと。本社工場のスポースクパーソン(図1)は、ここには53ヵ国の人たちが(何千人か忘れたが)来て働いています、とさらりと言ってのけた。改めて日本企業を見てみると、従業員のほぼ100%が日本人である企業が圧倒的に多い。さまざまな国からやってきて働いている人たちがいるという企業体制にはなっていない。一言で言うと日本人の男ばかり。

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図1 インフィニオン本社でダイバーシティの話を聞いたスポークスパーソン

なぜ、ダイバーシティが重要かは言うまでもないが、その意識が世界レベルから見て日本はあまりにも低いので改めて確認しておこう。さまざまな国からやってきて働いている企業はインフィニオンだけではない。インテルやマイクロソフト、テキサスインスツルメンツ、IBMなど一流企業ではさまざまな国からやってきて、働いている。役員や社長なる人も多い。マイクロソフトの社長はインド人だし、グーグルの創業者の一人はロシア人。日本企業が世界的になれないのは、企業だけではなく国家にも問題が大ありだろう。外国人を受け入れないからである。ソフトバンクでさえも外国人はマイノリティだ。これまで、外国人では中国人しかいないほど中国人のプレゼンスは高いが、それでも圧倒的に少ない。

 

外国人だけではなく女性もしかりだ。少なくとも小中学生までは男女平等であった。成績は男も女もなかった。優秀な女性も多かった。しかし会社には女性が半分に満たない所が圧倒的に多い。これでは戦力を半分失ったことに等しい。優秀なら男、女、日本国籍、外国籍を問わず受け入れなければ、世界とはビジネスで互角に戦えない。日本人だけ・男だけという1/4の戦力で、世界と同じ土俵で勝負できるか?まず無理だろう。だから多様性が求められるのである。多様性の良い所は、自社の得意な分野を補ってくれる企業と協力し、利益を求めながら世界最高の製品を低価格で提供できることである。さまざまの人たちの意見を聴き、一緒にディスカッションし、より良い方向に持っていく。日本の男だけで、それも序列に満ちたやり方では議論にもならない。これでは世界企業と勝負しても勝ち目はない。

 

優秀だが日本企業に入れない外国人や女性がいたら、大きな人材損失である。一所懸命勉強し働いて、さまざまな人たちとさまざまな価値観を認め合いながらビジネスできれば、考えもしなかった良いアイデアが出てくることが多い。

 

世界で最もビジネスが盛んで世界をリードしている地域は米国カリフォルニア州にあるシリコンバレーだが、ここのハイテク企業に勤める人たちを調査したレポートを見ると(参考資料1-3)、外国籍と米国籍の比率は5050、男と女の比率も5050である。より正確にはむしろ外国籍、女性の方が若干多い。「優秀なら誰でも受け入れる」。この姿勢こそが、世界をリードするような企業が集積し活性化している理由である。保守的な中東部の人たちには「カリフォルニアは米国ではない」とさえ言う人もいる。しかし、こういった地域はビジネスが不活発で、経済的にも豊かではない。日本が目指すべきはやはり、多様化の方向ではないか。

 

参考資料

1.    シリコンバレーは世界一差別のない所(2015/03/01

2.    知ってるつもりの外国事情 (1) ―― 世界がお手本にするシリコンバレー(2013/12/09

3.    8:シリコンバレーがいまだに隆盛を続けられる理由(2012/10/30

 

                               (2015/10/14

いつまで原発・化石燃料を続けるのか、ロードマップ示せ

(2015年4月21日 23:28)

先週、ドイツのデュッセルドルフに泊まり、ビールの街ヴァールシュタイン(Warstein)近くにあるインフィニオンテクノロジーズを訪問した。来るときは、フランクフルトに到着、そこから航空会社の無料バスでデュッセルドルフまで2時間半かけてやってきた。その日はそこに泊まった。すでに時刻は午後8時を回っていた。

 

翌日、お昼頃の電車でまずゾースト駅に行き、そこからヴァールシュタインに向かうことになっていた。ゾースト駅までの切符を購入する時に、どこ行きの列車に何番線ホームで待つのかを聞くと、全て親切に教えてくれた。事前に、ドイツの列車は遅れることが当たり前と聞いていたので、それを覚悟していたが、拍子抜けだった。きちっと時間通りに到着し発車した。

 

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結局、フランクフルトからアウトバーン(高速道路)をバスでデュッセルドルフ、そして電車でゾースト、タクシーでヴァールシュタインと約450kmの道のりを移動して目についたことは、やたらと風力発電の風車が多いこと。ルート全体が緩やかな高原を移動していたのだが、高原の高いところには必ず風力発電がある。ドイツはむしろソーラー発電の多い国だと新聞報道などを読み思っていたが、どうも違うようだ。

 

2014年上半期におけるドイツの総発電量308TWhの内、風力が最大の31 TWh、バイオマス22 TWh、ソーラー18.4 TWh、化石燃料の褐炭が77 TWh、石炭56 TWh、天然ガス30 TWh、そして原子力47 TWhとなっている。やはり眼で見た様子と実際の数字とは合っているようだ。化石燃料、原子力とも減らす方向であり、再生可能エネルギーは増加傾向にある。風力・ソーラー・バイオマス・水力など再生可能エネルギーの比率は、14年上半期は28.5%という。前年同期は24.6%だった。ドイツは2025年までにこの比率を40~45%まで引き上げる計画だ。

 

日本はどうか。懲りずに原発の再稼働を進め、化石燃料の比率を上げている。ただ、再生可能エネルギーの比率が増えると、今のテクノロジーでは電力変動が大きくなるため、日本の電力会社はそれらの導入を渋ってきた。数ヵ月前に九州電力が太陽光の導入抑制を発表したが、電力会社のテクノロジーがまだスマートグリッド化していないため、変動を吸収できないのである。

 

テクノロジーが進歩しないと仮定すると、原発再稼働、を叫ぶことになる。今は10%程度しか導入できないのは、電力網(グリッド)が電圧と周波数の変動に弱いからだ。しかし、テクノロジーの進歩を考えると、再生可能エネルギーの変動を吸収するためのバッテリーや通信ネットワーク技術の導入し、さらに低コストで実現する技術開発を進めれば、10年後の2025年ごろにはかなり多くの再生可能エネルギーを導入できるようになる。その時点で、再生可能エネルギーの比率をさらに上げることができるようになる。そして、テクノロジーの進歩を考えると、さらに10年後には、50~60%くらいにできるようになるはずだ。

 

逆に、何の目標も持たずに、一つ覚えのように「原発再稼働」を叫べば、何年たっても技術を習得できず、先進国から脱落していくことになる。これでよいのか?

 

むしろ、いつまでに再生可能エネルギーを何%導入し、原発や化石燃料を何%に減らしていく、という目標を持ち、テクノロジーを開発することこそ、日本国の繁栄につながるのではないだろうか。そのためのロードマップを作り、着実に再生可能エネルギーを増やすための、ネットワーク技術とバッテリー技術の開発に力を入れていくべきではないか。

 

ネットワーク技術では、どのサブグリッドの発電所、あるいは消費所、バッテリーが今どのような状態にあり、どこからどこへ電力を輸送してやればよいのかをリアルタイムで把握し、リアルタイムで電力を融通し合う。比較的小さなサブグリッドを多数設け、各サブグリッドが地産池消の電力システムを構築し、ネットワークでつないでいく。まさに、東京大学の阿部力也教授が提唱する、デジタルグリッドのコンセプトそのものだ。つまり、これからは、再生可能エネルギーを大量に導入してもほとんど変動しないグリッドシステムを作ればよいのである。


これこそが未来を拓くテクノロジーとなる。このことで新たな雇用を生み、新たなテクノロジー開発を生み出せれば、日本はテクノロジー立国になることができる。

(2015/04/21)

 

参考資料

1.    連載コラム ドイツエネルギー便り、自然エネルギー財団(2014/09/25

http://jref.or.jp/column_g/column_20140925.php

 

現地集合・現地解散の海外出張も楽しい

(2015年4月19日 23:20)

今年の海外出張の予定は1月時点で、10月のEuroAsiaしか決まっていなかった。しかし、2週間前に突然の英国行きが決まった後、今度はドイツ出張と立て続けになった。いずれも企業の訪問取材である。企業の考え方、ミッション、狙い、目的、成果、経過、社員数、社員やトップの顔色や仕事へのスタンス、取材歓迎の仕方、などなど、展示会や学会発表では得られない生の企業情報が得られる点が大変面白く、また楽しい。

 

現地企業の人たちやメディアの記者たちと話をしていると、現地の企業文化だけではなく、考え方や生活文化さえも見えてくる。これまで知らなかったことも多い。誤解していたことも多い。だから海外出張では、できるだけタクシーを乗らない。バスや電車を利用すると現地の生活の様子が見えてくるからだ。

 

何度か行ったスペインのバルセロナやパリの電車に乗ると、駅での路上ライブはもちろん、電車がすいている時は、電車の中でさえ勝手にギターを弾きながら歌を唄っている光景はよくある。バイオリンも多い。たいてい、後でお金を入れてもらうように帽子をひろげて回ってくることもある。素敵な歌ならお金を入れることもあるが、聞きたくもない歌なら決して入れない。

 

ラテン系のスペインやフランスでは電車内で若い男女のキスシーンはよく見かけるが、それも若い男女だけではない。中年の男女でさえもキスしている光景を見かける。さすがにロンドンの地下鉄ではそのような光景は見られない。ドイツでも皆無だ。アングロサクソン系とラテン系とは全く違う民族だから、同じヨーロッパでも違いが見えて面白い。

 

今回の出張では、企業訪問の現地集合・現地解散という面白い形式の企業訪問だった。旅行会社に手配してもらうと、あまりリーズナブルな旅行計画をいただけないので、自分で手配した。それもネットの旅行関係のサイトから申し込むと、前回の英国出張のホテルのように一人前の値段で乏しい設備のホテルという、リーズナブルではないホテルを紹介されたので、今回は利用している航空会社からフライトチケットと関係するホテルを予約した。極めてリーズナブルな環境の飛行機とホテルであった。

 

一人旅の出張はいつもながら面白くて、ワクワクする。ホテルのある町はデュッセルドルフで、フランクフルトに到着した日は航空会社の無料バスでデュッセルドルフまで送ってもらい、ここに泊まった。翌日ここからデュッセルドルフ中央駅から電車に乗り、ゾースト駅まで直通で1時間半の電車に乗り込む。フランクフルトからだとゾースト駅まで3時間半~4時間かかる。デュッセルドルフの中央駅でまず腹ごしらえをしようと思い、手ごろなレストランを探した。黒パンやライ麦パンのサンドイッチを売っている店がとても多く、それはいつでも食べられるだろうから、アジアンレストランに入り、ナシゴレンをいただいた。リーズナブルでまずまずおいしく食べた。

 

この街に来たのは初めてで、切符の買い方もわからなかったため、自動券売機ではなく窓口に並んだ。窓口は日本の銀行と同じように整理券方式で順番が公平なやり方だった。自分の番になると、窓口では最も早い時間の列車を教えてくれたが、乗り換えが1回ある。ゾースト駅は初めていくところだったので、直通はないかと聞くとあった。そのチケットを買い、ついでに列車の地図もいただいた。

 

列車は時間通りに到着し、時間通りに発車した。電車が30分遅れることは当たり前と聞いていたので、逆に驚いた。現地駅でその企業の日本法人の方と偶然にも会い、同行させていただいた。

 

帰りの列車には、列車の鉄道地図をいただいたので、途中のドルトムント駅止まりの電車に乗り、そこで乗り換えデュッセルドルフ中央駅に戻った。ドルトムントは、大学で有名な街なので、なんとなく親しみがあった。かつて、日経エレクトロニクス時代にドルトムント大学の研究成果を何度か報道したことがあったためだ。もちろん、サッカーファンにはおなじみの街だろう。乗り換え時間が10分ほどしかなかったため、街を散策できなかったが、今後訪れる機会があったらこの街をゆっくり見てみたい。

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デュッセルドルフの街を翌朝、散策すると、ビスマルクの銅像があり、中央駅からこの銅像まではビスマルク通りと呼ばれている。その先を行くと、ライン川に出るが、そこへはデュッセルドルフ中央駅から地下鉄に乗って三つめのハインリッヒ・ハイネ駅を降りるのが早そうだ。この駅を降りると、辺りには人通りが多く、まるで銀座通りである。観光スポットの一つになっているようだ。おしゃれな店やカフェなどが立ち並び、時には怪しい大道芸人もいる。写真は、人がまるで中に浮いているように見える仕掛けである。なぜ浮いているように見えるのか、結局わからなかったが、ずいぶん多くの人が見物していた。蛇の形をした入れ物にコインを入れてほしい、としている。他にも怪しい大道芸もいたが、写真は撮らなかった。

 

午後2時にはホテルからフランクフルト空港への直通バスの手続きが始まった。ここから約2時間半で空港に到着する。長いバスの旅であるが、これもめったに乗れないので面白かった。車窓からは風力発電の風車がやたらと目につく。ドイツはソーラーがたくさんあると思っていたが、風車の方が圧倒的に多いことに驚いた。

 

昨年9月のドレスデンの見学では、かつて東ドイツを支配していた共産主義のために、キリスト教そのものがかなり失われ、無宗教の人たちが増えたと聞いた。第2次大戦の空爆によって受けた教会や銅像などの修復は、このため共産主義時代は全くなされていなかった。90年前後の冷戦雪解けと東西ドイツの統合によってようやく、修復工事が始まったのだという。今は修復されていた建物が多く、荘厳な建造物は心に響く。日本のお寺を回って感動するのと同じような気持になる。

 

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今回歩いた街は、全て西ドイツであったためか、古い建物が少なく近代的な建物ばかりで、少々がっかりした。裏返せば、激しい空襲を受け、古い建物がほとんど失われたともいえる。英国とはずいぶん違う。わずかに残された教会などの建物だけが歴史を感じた。

                                                                                                               (2015/04/19)

急ぎ足の英国出張記

(2015年4月 1日 04:25)

29日の日曜の朝、成田を経って急きょ、英国にやってきた。ケンブリッジとサザンプトンの企業計3社を取材するためだ。出張が決まったのは出発の4日前。フライト、ホテルの手配は全て自分でやるしかなかったため、時間をとられた。ここまで直前になると旅行代理店のウェブサイトからはホテルがとれない。やむなく、インターネット専用の旅行サイトで予約した。あまりリーズナブルな価格ではない。

 

ただ、旅行を楽しむという観点からはフライト到着が遅れたのも悪くない。ヒースロー空港に到着したのが、1615分の予定が1時間ほど遅れ、実際に出口を出たのは18時だった。当初は、ヒースローからエクスプレスに載って、ロンドン市内のパディントン駅まで行き、そこで地下鉄に乗り換え、地下鉄で1か所乗換えて、キングスクロス駅に行き、ケンブリッジに向かう予定だった。しかし、荷物は嵩張るので、もしかしてケンブリッジまでの直行バスがないかどうか空港で聞いてみた。すると、あるという返事。では、ヒースロー空港からケンブリッジのシティセンターまでのバスのチケット(30ポンドだから悪くはない)を買い1830分のバスに乗った。ただ、ヒースロー空港は広いから他のターミナルを三つくらい周り、空港を抜けるのに50分もかかった。

 

1時間後、途中のスタンステッド空港に立ち寄り、さらにもう1カ所停まり、ケンブリッジについたのが夜の9時半になっていた。近くにタクシーがいたから、ドライバーに、ホテルまで行って、と言ったら、どこかの国のタクシーと同じで、公園を横切ればすぐだから、歩いたほうがいいよ、体よく断られた。公園を横切り、向こうの通りに行くと4人組の中年男女がいたので道を聞くと、その通りをまっすぐ行けばよい、と言われ歩いた。本当かなと思いながらさらに歩くと、人が来たのでまた聞くと、もう少しまっすぐ進めばあるという。同じことを言っているので、間違いなさそうだと確信できた。すると18世紀の大学らしき建物が見えたので、この近くだなと思いさらに進むと、ホテルの名前が塀に書いてあるが、入り口がない。その先は暗くて何も見えなくなるので、道を引き返すと、大学らしき門が見えたので、入ってみた。ここはホテルですかと尋ねたら、そうだという返事。やっと泊まれると思った時は945分だった。チェックインを済ませると「あなたは、入学試験をパスしました」と言われたので、「今日から私も大学生だな」と切り返し大笑いした。

 

さて、この安宿(場所の割に価格は高い)は面白い。ケンブリッジで泊まったホテルは、様相が大学のキャンパスだ(図)。周囲が石の壁に囲まれ、入り口には守衛がおり、そこがフロントに相当するのだから。部屋に行くためには、広いキャンパスの中庭を二つも通り抜けなければならない。しかも宿は狭く、まるで学生寮のようだった。バスタブがなく、シャワーのみ。部屋にも何もない。石鹸とシャンプー、紅茶があるのみ。ただ、さすがイギリスだと思ったのは、クッキーが置いてあった。食欲があまりなかったので、クッキーを夕食にして、取材の準備を始めた。

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図 宿泊したホテルキャンパス内の建物

このような形で出発した今回の取材だが、最後の31日は、ロンドンからサザンプトンまで日帰り出張のような感じの取材であった。私自身は一匹狼のフリーランス技術ジャーナリストであるから、仲間であろうと、一人であろうと依頼されれば受ける。それもテクノロジーであればなおのこと。もちろん展示会や学会などの取材とは違い、資料が常に準備されている訳ではなく、ヒアリングが基本となる。それだけに準備は入念に行わなければならず、結構時間をとられることが多い。それでも、通常のイベント取材では得られない情報が多く、いくつになってもやめられない。

 

ケンブリッジは大学の街である。産業的にもR&Dの強い街だ。たぶん最高の製品は、ケンブリッジで研究し、シリコンバレーで開発、日本かドイツで生産を始め、中国か台湾で量産する、というサイクルが最も成功するパターンかもしれない。

 

英国の面白いところは、ケンブリッジによく似たシステムで起業させ、ビジネスにつなげようとする動きは多い。サザンプトン大学も同じで、ブリストル、バースなどの地域も含め、SETsquareと呼ばれる地域は、大学と中小企業やスタートアップのベンチャー企業も多く、大学発ベンチャーを生みやすい環境にある(参考資料1)。31日に訪問したところも、サザンプトン大学からスピンオフして、起業したスタートアップであった。社員のほとんどがドクターだという、訪問した会社は、ビジネスマインドのある大学の教員と博士課程を終えたエンジニアが単純作業の部分はできるだけ自動化するなど、楽しく開発することに重点を置いていた。ポスドク問題の解決に一役買っている。

 

やはり、これからの時代は、人間としての楽しさ、すなわちユーザーエクスペリエンスを追求する時代に入ったことを改めて実感した。もはや性能追求の時代ではない。

                                              (2015/03/31)

参考資料

1.    津田著「欧州ファブレス半導体産業の真実~日本復活のヒントを探る」、日刊工業新聞社刊、2011

インフィニオン取材で改めて感じた日本企業の甘え

(2014年10月 5日 05:58)

9月下旬、数年ぶりにミュンヘン郊外のインフィニオンテクノロジーズ社を訪れた。インフィニオンは、元々ドイツの老舗企業シーメンスから半導体部門が独立した(カーブアウト)会社である。かつて、NECから「独立」したNECエレクトロニクスと同じように見えるが、その独立の内容が全く違う。NECエレクトロニクスにはNECとその関連会社が株式の80%以上を持ち、独立とは名ばかりの子会社そのものだった。

 

日本の半導体企業が世界の企業と全く違う特徴の一つに、「親離れ」「子離れ」が全くできていないことを以前から指摘していたが、今回、インフィニオンの本社から確認して、そのことを再認識した。日本の半導体部門は、セット部門(OEMあるいは電子機器を製造する部門)の親会社から全く独立していないことが、世界の半導体企業とは全く違うという点だ。日本企業は親も子も甘えている。これでは世界との競争に勝てない。

 

セットメーカーが半導体部門を持っているところは日本だけではない。欧州でも米国でもあった。米国ではフリースケールセミコンダクタとオンセミコンダクタは通信機器のモトローラから独立し、アバゴはヒューレット-パッカード(H-P)からカーブアウトしたアジレントテクノロジーから独立した。欧州では、NXPセミコンダクターがフィリップスからカーブアウトした。ところが、これらの企業はいずれも親会社の資本を今はひとつも持っていない。完全独立、自己責任の経営スタイルなのである。ここが日本とは全く違う。

 

元々半導体産業は、H-Pやフェアチャイルド、テキサス・インスツルメンツ(TI)、IBM、モトローラ、RCAなどセットメーカーから始めた所と、インテルやアナログ・デバイセズなど半導体専業メーカーから始めたところが多かった。それでもセット部門から独立して半導体専業メーカーになった所も多い。さらに、リニアテクノロジーやマキシムインテグレーテッド、サイプレスセミコンダクター、ラティスセミコンダクターなど半導体専業メーカーとしてスタートしたところはきりがないほどたくさん生まれた。

 

日本の半導体メーカーはいまだに親離れ、子離れができていない。ここが海外企業との最大の違いであろう。セットメーカーと半導体部門が一緒になっている企業は今やサムスンぐらいしかいない。サムスンも世界の半導体から見ると特異点なのだ。いまだに大量生産できるメモリを扱っているから、投資環境の点で垂直統合型でも生きていけているといえる。しかし、メモリ産業を手放すと、半導体ビジネスの環境はがらりと変わってしまう。

 

余談だが、サムスンがもしこのままメモリビジネスを手放すと日本の半導体と同じ運命を辿る。しかし、メモリを捨ててもファウンドリビジネスに集中するのであれば、日本とは違う運命を切り開くことができる。今さらロジックやプロセッサのファブレスでビジネスを行うのは極めて難しい。

 

日本の半導体が失敗したことは、メモリビジネスをやめたのにもかかわらず、大量生産のメモリと全く同じ投資を行うビジネスを続けたことがある。経営的には、親離れしていなかったこともある。逆に親会社は子会社を独立させなかったことの裏返しでもある。

 

かつて、アバゴがアジレントから独立した時にたまたま訪問したが、社員たちは一様に、これからは自分の責任で自分らの道を決めていく、と興奮気味に話していた。フィリップスから独立したNXPを取材した時も、これから自分たちの責任ですべて決めていくことができると興奮していた。完全独立だと、社員は退路を断ち切られ、自分の責任で自分の好きなように会社の進路を決められる。責任の重みを感じながらも自分たちの将来に大きな期待をしていた。日本の半導体メーカーにはこのような自由と責任がない。

 

例えばインフィニオンは、1999年の独立当初からシーメンスからの出資はゼロだったと先日聞かされた。2007年ごろ、10%程度はシーメンスが持っていると聞いていた。いずれが正しいのかわからないが、現在はゼロであることは間違いなさそうだ。独立した1990年代後半当時の実力は、パワー半導体が強いものの、DRAMやマイコン、VoIPVDSLなど通信用半導体なども手掛けていた。

 

2006年にインフィニオンは、DRAMビジネスをキモンダ社として分離独立させた。ただし、株式の大部分を持っていた。分離させた理由は、DRAMビジネスでは1000億円単位の投資が必要になるのに対して、メモリ以外のビジネスはソフトウエアや人に投資しなければならないが、両極端のビジネスを一人の経営者では判断できないからだ。そこで、DRAMだけの経営者と、それ以外の半導体の経営者に分けるために分離した。この点も日本のメモリ企業とは違う。

 

2007年からサブプライムローン問題、続くリーマンショックの金融恐慌に巻き込まれ、巨大な投資を必要とするキモンダは20091月に経営破たんした。キモンダにはインフィニオンも出資していたため、キモンダの経営破たんはインフィニオンにも大きな影響を及ぼした。インフィニオンは、倒産したキモンダとの連鎖を避けるためにキャッシュフローを第一に考える経営にフォーカスすると同時に、自らの強み・弱み・将来性などを内部で議論した。その結果、現在の体制、すなわち「エネルギー効率」「モビリティ」「セキュリティ」の3分野に絞り、通信部門をインテルに売却した。

 

今回訪問した時に、インテルのマークの付いた建物を見つけた。聞いてみると、インテルに売却した部門はそのままミュンヘンに残しているという。通信部門の所有者がインフィニオンからインテルに移ったが、従業員は同じ場所で同じ仕事を継続している。この仕事のスタイルはインテルが元インフィニオン従業員の仕事のスタイルを理解していることを示している。

 

かつて英国のサッチャー時代に経営不振に陥っていたロールスロイス社をBMWに売却した時、英国国民やメディアからは「英国魂をドイツに売るのか」という声が上がったとサッチャー回想録で語っている。今回のドイツ出張で、最終日にBMW博物館を見学した時、ロールスロイスの高級車を展示しており、「ロールスロイス」というブランド名を未だに使っていることに驚いた。買収した企業の従業員の心を大事にする企業文化はむしろ日本が学ぶべきことではないだろうか。次回は、インフィニオンがいかに女性や従業員を大事にしているかについて述べよう。

                                   

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(2014/10/05)

NIWeek 2014のネットワーキングに日本の弱さが見えた

(2014年8月 5日 20:35)

測定器メーカーであり、設計ツールメーカーでもあるNational Instrumentsが年に一度開催する、NIWeek 2014にやってきた。ここテキサス州オースチンは、日中の気温こそ35~40度と高いが、湿度が低いせいか、東京よりも涼しく感じる。特に建物に入ると上着を着なければ寒いほど、ガンガン冷房を入れている。

DSCN6693.JPG                  写真 オースチンの夜明け

NIWeek 2014は、85日から始まるが、前日はネットワークイベントが続出した。昼は、米国本社のマーケティング部門の方のオリエンテーションを聞きながら、東アジアの記者との交流があった。台湾、韓国、中国、そして日本の記者とNIのマーケティング担当者が顔合わせし、自己紹介する。

 

計測器の世界では、化学プラントやオートメーション関係のメディアが多く、残念ながら中国と韓国からの記者は誰とも面識がなかった。しかし、台湾の記者2名はなじみの記者であり、ほっとした。また、夜になると、それ以外の記者とNIのワールドワイドのマーケティング部門の方々とのネットワーキングがあった。成田からオースチンまでの乗り継ぎのヒューストン空港で、偶然シンガポールのEDN Asiaの記者をしていた男にあったが、彼もこのネットワークイベントに参加した。さらに、かつてDesign News Japanの発行・日常の編集などでお世話になったDesign Newsの元編集長とも数年ぶりに会った。

 

こういったネットワーキング(日本語では人脈形成)は、日本人にはなじみが薄いが、非常に重要だと思う。各国の記者と顔なじみになるばかりではなく、各国のIT/エレクトロニクス業界の話を聞き、情報を交換する重要な場である。台湾の記者からTSMCやメディアテック社、HTC、小米科技などの最新情報を聞くことができた。元Design News編集長からは米国のメディア業界の再編成の話を聞けた。再編成とは合併することではなく、起業と解散、買収などによって、インターネットメディアを主体とする新しい時代のB2Bメディア産業が構成されることを指す。かつての技術雑誌の仲間たちは、自分でサイトを立ち上げたり、新規ウェブサイトに転職したり、古いメディア企業内でさえも変わったメディアに移ったり、さまざまな経験をしている。

 

こういった人脈形成に必要なネットワーキングイベント(いわゆる飲み物と軽食をつまむパーティ)が残念ながら日本ではうまく機能していない。同じ企業同士しか話をしないとか、知らない人に声をかけて情報交換することが少ないとか、やはりなじみが薄い。しかし、ネットワーキングは、極めて重要だと思う。例えば英国の経済産業省下部組織が運営するセミナーやその中でのネットワーキングで知り合った人間から定期的に情報をもらったり、あるいはドイツのディナーパーティで知り合ったメディアの方から雑誌を毎月送っていただいたりして、情報収集の役に立っている。この中から記事を作成したり、翻訳させてもらったりすることも多い。

 

海外のネットワーキングでは、お酒を飲めない人に強要することはまずない。あくまでも個人が飲みたいものを飲むだけ。この意味では個人主義だが、ネットワークによって情報を得るか得ないかはメディアの人間としては雲泥の差が生まれる。要は仕事の役に立つネットワークの形成である。恐らくメディアに限ったことではないだろう。企業同士でも、顧客、サプライチェーン、ライバル、さまざまな職種からエコシステムを作り、「餅は餅屋」と言われる日本語があるように、それぞれ得意分野が違っているため、カバーし合ってエコシステムを生み出すことができる。

 

日本企業は一般にエコシステムを形成したり、標準化するための話し合いの場を運営したりすることが下手である。こういったネットワーキングを通じた人脈形成は、結局ビジネスの受注にもつながる。日本語の商売繁盛につながる仕組みである。グローバルなネットワーキングの場こそ、これからの日本企業にとって重要な場になりうる。

                                                (2014/08/05)

海外出張旅費の価値とは何か

(2014年5月16日 23:16)

海外出張する時にいつも気になっていることがある。訪問した街にいると日本人をほとんど見かけないが、空港へ行くとどこからか来るのかと思うくらい日本人が大勢集まる。特にJALANAのような日本の大航空会社の場合はなおさらだ。しかし、その街を歩いていても、ほとんど日本人を見かけないことが多い。多くの日本人観光客は旅行会社のツアーで来ているせいであろう。

 

西欧の人々は個人で行動することが多いせいか、大勢一緒にいるという状況をあまり見たことがない。特に英国は日本と同じように島国なのに、一人で海外へ行くことに全く抵抗がない。同じ島国なのに、日本は英国とはずいぶん違う。英国に限らず日本は外国とは考え方が大きく異なる。

 

最近の企業における海外出張はどういった行動パターンなのだろうか。私は昔からふつうは一人で出張してきた。かつて大会社にいた時は社長のかばん持ちのようなスタッフとして出かけたことが2~3度あったが、決して見聞を広められる楽しい出張ではなかった。

 

ここ10数年は、1人あるいは、せいぜい2人での出張が多い。それも最も安いUnited Airlineが多く、それなりに面白い。日本人が少なく、いろいろな人種の人たちと出会えることも面白い。先月米国からの帰りの便では、インド人の2人の幼い姉妹が隣に座っていた。私は通路側に座っていた。父親が時々心配そうに見に来るので、代わりましょうか?というと、いやいい、と素っ気ない。20席くらい前の座席に夫人らしき人と座っていた。

 

その父親は、時々見に来て、子供がうるさいかもしれませんがすみませんね、と言う。いや、子供たちは仲良く、「アナと雪の女王」に見入っていて、おとなしいですよ、と返す。父親はインドなまりの聞いづらい英語だが、子供たちは米国で育っているせいか、聞きやすい英語を話す。幼い姉妹は映画を見ながら楽しそうに時々笑い、こちらまで何かほのぼのとした気持ちになり、リラックスさせていただいた。日本の航空会社やビジネスクラスでは、こういった思いを経験したことがない。

 

日本の航空会社のビジネスクラスでは昔、嫌な思いを何度か味わった。それは、女性のキャビンアテンダントに威張り散らす日本人オッサンが隣に座る場合だった。横柄な態度で女性のアテンダントに酒を注文する。なんでもすぐに「客」をカサに着る。こんなオッサンとは口も聞きたくない。結局、エコノミークラスの方がずっと楽しい記憶が多い。

 

考えてみれば、ビジネスクラスはわずか10~13時間の間に40~50万円も高い料金を払っている。エコノミーだと米国西海岸15~20万円で往復できるが、ビジネスだと少なくとも30万円以上上乗せることになる。その価値はあるだろうか。その分、1泊のホテル代を1万円上乗せしてビジネスに適したホテルに泊まる方がずっとお金を有効に使えるのではないか。

 

危険な安いホテルではビジネスの信用にもかかわる。仮に5泊してもアップするお金はわずか5万円だ。13万円のホテルに5泊、エコノミーチケットで出張する場合の出張費は30~35万円。12万円のホテルに5泊、ビジネスチケットで行く場合は55~60万円。ビジネスの信用と効率を考えれば、どちらが有効なお金の使い方なのか、一目瞭然だ。米国の代表的な通信機器企業のシスコシステムズの経営トップが安売りのエコノミーで日米を往復するという話は本当だ。そのほかにもエコノミーで米国出張する外国人社長を何人も知っている。利益率の高い企業は、「価値」をしっかり意識している。

 

ソニーのストリンガー元CEOは社長時代、毎週ロンドンの自宅からニューヨーク、東京をファーストクラスで出張し、ソニーが赤字を出してもこのスタイルを変えることはなかった。誰も文句は言わなかった。言えなかった。「価値」を議論したことがないのだろう。

2014/05/16