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CPUコアの民主化、RISC-Vが本格的に離陸

(2022年3月21日 09:53)

米カリフォルニア大学バークレイ校のデビッド・パターソン教授らを中心に開発されてきたRISC-V(リスクファイブと発音)というライセンスフリーのCPUコアの採用が増えている。ルネサスエレクトロニクスがRISC-Vコアを用いた64ビットマイクロプロセッサを開発し、バークレイ発スタートアップのSiFive(サイファイブと発音)がシリーズF17500万ドル(約200億円)を調達、チェコに本社を持ち英仏のデザインセンターで本格開発を始めたCodasip社(図1)が日本にもオフィスを作り本格活動を始めた。

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 1 CodasipCEOとなったビジネスに強いRon Black氏 出典:Codasip Website

 

RISC-Vそのものは、命令セットを必要最小限の47個にとどめ、カスタマイズで拡張できるように決めているのが特長だ。対して同じRISCReduced Instruction Set Computer)でもArmの命令セットは下位互換性を持たせることにより500程度にも膨らんでいる。もちろんCISCComplex Instruction Set Computer)のIntelプロセッサのそれは1500個にも及ぶ。RISC-Vは誰でも自由にCPUを改変できるため、OSLinuxに似ている。狙いはCPUコアの民主化にある。

バークレイ校がRISC-Vを開発したのは、ライセンスフリーが目的ではなく、今後の高集積なSoC(システムLSI)にはCPUの他、GPU(グラフィックプロセッサ)やDSP(デジタル信号プロセッサ;積和演算専用のマイクロプロセッサ)、ISP(映像処理プロセッサ)などさまざまなプロセッサを1チップや1パッケージに集積するため、命令セットを統一しておこうという目的だった、と同校の教授でありSiFiveのチーフアーキテクトでもあるKrste Asanovic氏は語っている。基本命令セットを揃えておけば、いろいろなプロセッサコアを集積しても拡張しやすい。

ルネサスのRISC-V汎用マイクロプロセッサには、台湾Andes Technologyが開発したCPUコアを用い、8段のパイプライン構造を持ち、最大4コアまで対象的なマルチプロセッシングができるレベル2キャッシュや共有キャッシュメモリを搭載している(参考資料1)。実は、AndesSiFiveは、マイクロアーキテクチャレベルのRISC-Vコアを自社で加工し、パイプライン構造を設けたりキャッシュメモリを集積したりして、実用的に使えるレベルのCPUコアを開発し、ライセンス供与している。

もちろんルネサスの開発力ならRISC-Vコアから使えるレベルのCPUコアに自前で仕上げる技術力はあるが、64ビットのMPUは開発期間の短縮を配慮してAndesIPコアを利用した。SiFiveのコアを利用するプロセッサも開発中で、同時に自社でもRISC-VコアからMPUに仕上げる開発も進めている。

SiFiveAndesに加えてIPベンダーに参入してきたのがCodasipだ。元々RISC-V Internationalの創設メンバーの1社であったが、ビジネス的には遅ればせながら2018年にシリーズA1000万ドルを調達、本格的に世界展開し始めた。Codasipの特長は、マイクロプロセッサのカスタム化をしやすくした自動化ツールCodasip Studioを提供できること。カスタム命令を追加しやすくして、アルゴリズムを高速化する用途に向く。基本命令47個から出発するため、より簡単に、より速く、より安く設計することに主眼を置いている。Codasip Studioを使ってコードを書くことで、HDK(ハードウエア開発キット)とSDK(ソフトウエア開発キット)を自動生成できる。

IPベンダーのSiFive1.75億ドルの調達によって、同社の時価総額は25億ドルを超えるようになるという。来年IPO(株式上場)を目指し準備を始めている。

RISC-Vの本格的な展開で、これまでとは全く異なる環境に晒されるのがArmだ。さまざまな企業からライセンスが高い、ロイヤルティも高い、と言われ続けてきた。成熟したCPUコアにはRISC-Vを意識してライセンスフリーの製品も発表してきたが、ここに来て社員数を最大15%削減することを検討している。

Nvidiaへの売却を断念したソフトバンクグループがArmIPOするための一環として社員の削減になったようだ。思えばArmがソフトバンクに買収された直後はまだよかった。株主からの期待とプレッシャーで長期的な開発ができなかったが、SBGに買収されてからはこのようなプレッシャーから解放された。また、英国政府からの要求もあり、Armの雇用を増やすという目標も買収条件に合った。このため従来とは違い、収支を第一に考えることなく研究開発費を増やしてきた。

しかし、Arm Chinaの株式をソフトバンクが中国のファンドに売却、それも4951Armがマイノリティになった。Arm Chinaのトップが不祥事を起こし、解任決議を行ったものの、Arm Chinaの経営陣は何事もなかったとして業務を継続した。この辺りからSBGArmとの間に秋風が吹くようになった。最悪の事態が、SBGが大きく出資しているSVF(ソフトバンクビジョンファンド)がWeWorkというシェアオフィスのスタートアップに何と1兆円もの大金をつぎ込み、SBGの屋台骨が揺らいでしまった。これを補填するためにArmを手放すことになったのだ。

それもSVFが出資するNvidiaに売却することで、キャッシュを得ようとした。しかし、NvidiaによるArm買収はArmの中立性が崩れ独禁法に抵触する恐れがあるということで英国政府から拒絶された。そこで、SVFの錬金術として、ArmIPOを企てることでキャッシュを得ることになった。しかし、IPOへの準備となると必要以上に採用したため、社員を15%カットするという手で財務の健全化を図ろうとしている。

 

参考資料

1.     64ビットRISC-Vマイクロプロセッサを出荷したルネサスが大きく変身、News & Chips202232

 

64ビットRISC-Vマイクロプロセッサを出荷したルネサスが大きく変身

(2022年3月 2日 17:05)

Armに代わる無料のCPUコアとして注目されているRISC-Vコア。この64ビット版の汎用マイクロプロセッサ(図1)をルネサスエレクトロニクスが開発、サンプル出荷を始めた。RISC-V(リスクファイブと発音)はフリーのCPUコアであり、OSLinuxのようなフリーのオープンソースである。誰がこれを使って開発してもライセンス料は要らない。

 

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1 ルネサスがサンプル出荷した64ビットRISC-Vマイクロプロセッサ 出典:ルネサスエレクトロニクス

 

ただし、ゼロからCPUコアを使えるレベルまで開発しようとすると長い期間がかかり、ビジネス機会を失ってしまう恐れがある。そこで、マルチコアやパイプライン構成にも対応して使えるレベルのRISC-Vコアをすでに設計している企業の製品を利用すると最も手っ取り早い。ルネサスは台湾のIPベンダーであるAndes TechnologyRISC-Vコアを利用して64ビットのマルチコアを導入したマイクロプロセッサを開発した。ルネサス自身がフリーのRISC-Vコア(OSで言うところのマイクロカーネルのようなもの)を使ってマイクロプロセッサやアプリケーションプロセッサを開発する能力はもちろんあるが、T2MTime-to-Market)を優先して、今回はAndesから購入した。当然、完全フリーのRISC-Vコアも開発も始めている。

ルネサスはこれまでArmコアのSoC(システムLSI)や独自のコアでのマイコンなどを開発してきたが、これまでの製品にRISC-Vの選択肢も増やした。ITやエレクトロニクス産業ではArmからRISC-Vへ移行するものではなく、共存すると考えられている。RISC-Vはフリーとはいえ、実用的な性能・機能を満足させるためにはこれをコアとして半導体回路やソフトウエアを開発しなければならない。そのためのエコシステムがとても重要なカギを握る。

Armが圧倒的に強いのは、1000社からなるパートナーのエコシステムを構築しているからだ。新製品を開発発表しても、すぐにソフトウエアを作ってくれるパートナー企業がいる。実はルネサスも独自コアやArmコアを中心としたパートナーエコシステムができている。ここにRISC-Vも加えることで、パートナー企業が集まりやすい環境がある。

今回、発表した64ビットRISC-Vコアのマイクロプロセッサは、顧客のためにソフトウエアを書いてくれるパートナー企業が必要となるが、そのためのルネサス全体のエコシステムを広げていく。ルネサスは単なるチップ設計・製造だけではなく、リファレンスデザインボードやソフトウエアも一緒に提供し、顧客はそれをすぐに試すことができる。半導体メーカーにとって今や単なるチップ売りではなく、チップをどう使えば機能や性能を発揮できるかを示すためのソリューションも提供しなければならない。メモリのような大量生産品ではそのようなソリューション提供は要らないかもしれないが、SoCソリューション提供がビジネスのカギを握る。

この考えは実は、SoC以外の半導体にも広がっている。よく、技術で勝ったのにビジネスで負けた、という言葉があるが、応用技術で負けていることが多い。すなわち応用技術を提供していなければビジネスを取れないのである。例えば、GaNという新しい半導体は、開発の段階を通り越してビジネスの競争段階に入っており、スマホの急速充電に多数使われている。この市場ではNavitas社がトップであり、電源の小型化、効率化ではPower IntegrationGaNデバイスのトップ企業である。つまり、使い方を熟知しているメーカーがデバイスの応用を示し顧客がすぐに使えるボードを提供した企業が勝ち組になる。GaNビジネスは初期に開発した企業がもう完全に抜かれた状況になっている。

 

シリコンバレー流ビジネスを持ってきた

 

ルネサスが今回、時間をかけてまでフリーのRISC-Vコアでプロセッサを開発するのではなく、使えるレベルに完成させたAndesRISC-Vコアを使ったことはT2Mの点で理に適っている。そしてフリーのRISC-Vコアを使えるレベルまでブラッシュアップする作業は時間をかけて進めていく。この2段階の開発を進めるという考えは実はシリコンバレーからもたらされたものだ。つまり今回の開発を指揮してきた産業・IoT向けグループのリーダーであるSailesh Chittipeddi氏は、買収した旧IDTの経営陣の一人だった。ルネサス社員のなかで今や日本人が50%を切る状況になり、ルネサスは海外の知恵を採り入れ、海外企業と渡り合える企業に変身した。

これまで何回かSaileshさんの話を聴いて、とてもアンテナが高く、情報収集能力の高いことを理解できた。最先端のテクノロジーやITトレンドを即座に取り入れて指揮するという、このやり方こそシリコンバレー流儀といえる。2021年に前年比39%成長したルネサスはもはや、昔のダメルネサスではなくなった。今後の成長が楽しみだ。

日本企業によるファウンドリ参入がまだ間に合う理由

(2022年2月20日 14:45)

本来、製造技術に長けている日本には、いまだにファウンドリがなく、成長のエンジンを失ったまま30年が過ぎた。IntelはイスラエルのファウンドリTower Semiconductor54億ドルで買収することを決めた。

Tower2021年売上額はわずか15億ドルしかない。にもかかわらず、その3.5倍の金額でIntelが買うのである。日本はなぜ、ファウンドリビジネスを始めないのだろうか。

 10年以上前にも筆者は、日本で一刻も早くファウンドリビジネスを始めるべきだ、と201010月に書いた(参考資料1)。これに対して、"Too late"(遅すぎる)という声もあった。しかし実態はどうだろうか。

 

TSMCでも売上の50%16nm以上の製品

 ファウンドリビジネスは台湾のTSMCがずっと先を走り、もはやついていけない状態になっているから、これまでは誰も日本でファウンドリを設立しようと動かなかった。TSMCは確かに5nm7nmでトップを行くが、こんな最先端のプロセスノードの製品だけを生産しているのではない。図1に見られるように16nmプロセスノードよりも緩いテクノロジによる製品売上は、50%もある。

 

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1 TSMCが発表している決算資料で見る2021年第4四半期の売上額 出典:TSMC決算資料

 

 もう一つ、同じ台湾でもTSMCよりも圧倒的に引き離されてしまったファウンドリのUMCは、最も微細なルール22nm以上のプロセスノードで作る技術しか持っていない。それでも2021年の売上額は前年比20.5%増の76.98億ドル(約8853億円)も上げている。つまり、TSMCほどの最先端プロセスノードでなくても、儲かるビジネスなのだ。ちなみにUMCの営業利益は利益率24.3%18.68億ドル(約2148億円)である。

 

Intelはクルマ用途を狙いTowerを買収

 IntelTowerを買うことを決めた最大の理由はファウンドリが儲かるからだ。しかも自らIDM2.0でファウンドリに力を入れることを宣言していた。Intelはかつて、ファウンドリビジネスを始めたこともあった。2012~13年当時FPGAメーカーのAlteraIntelをファウンドリとして使っていたからだ。しかしAlteraを買収して以来、Intelはファウンドリに興味を示さくなくなっていた。2021年になってPat GelsingerCEOに就任して以来、Intelは再びファウンドリビジネスに力を注ぐことを打ち出した。

 しかし、Intelはファウンドリビジネスを十分理解していない。Towerはここ1~2年売り上げが伸びていなかったが、ファウンドリビジネスを10年以上経験してきたベテランである。ファウンドリビジネスで欠かせない設計技術に関しても熟知しており、PDK(プロセス開発キット)を揃え、顧客をサポートしてきた。IntelTowerを先生としてファウンドリビジネスを学んでいけば十分、成功する可能性はある。

 

ファウンドリと称する製造ラインはあるが

残念ながら、日本ではファウンドリビジネスが理解されていない。単純に製造ラインさえあれば顧客が寄ってくると思っている節がある。残念ながら、待つだけの商売ならビジネスとして成り立たない。積極的に顧客を取りに行こうとすればするほど半導体設計の知識が必要となる。

一般的な顧客は、自分はこんなチップが欲しい、と思ってもそのイメージを設計データに落とすことができない。半導体設計では、設計データに落とすためには、RTLと呼ばれる論理記述データが必要で、そのためにVerilogHDLなどのLSI設計言語でプログラムする必要がある。そしてRTLにバグやミスがないかを検証し終えたら、論理合成を使って回路図に変換する。回路図をIPブロックなど小規模回路のレイアウト配置やIPコア間の配線層などに変換し、最終的にマスク形式GDS-IIを出力する。この出力データを元にフォトマスクを作成する。

どの設計段階でもファウンドリは顧客の要求に対応できるようにしておかなければならない。このため設計作業を行うデザインハウスの存在が欠かせない。TSMCにはデザインハウスの役割を担う部門があった。この部門が独立してGlobal UniChip社となったが、TSMCは今でも35%の株式を持ち、最大株主となっている(参考資料2)。

 

クルマへの参入を狙いTowerを手に入れる

IntelTowerを買収したもう一つの理由は、自動車産業への本格的参入である。Intelは自動運転に使うカメラからの画像データを扱うMobileye社を手に入れているが、これだけでは何とも寂しい。そこで217日に開催されたIntel Investor Day 2022ではクルマ用市場を強化するためのテクノロジを3つ紹介している(参考資料3)。

一つは、オープンセントラルコンピュートアーキテクチャと呼ぶ、ドメインコンピュータのアーキテクチャである。クルマのECU(電子制御ユニット)が増え過ぎたため数個のECUを一つにまとめるドメインコンピュータがこれからは欠かせない。Intelは自動運転部分のIT関係を受け持つドメインコンピュータを狙っている。もう一つが自動車グレードのファウンドリ製造ネットワーウである。ここではTowerMobileyeとのコラボが期待できる。そして最後が先端技術も使えるようにするパッケージ技術である。CPUやアクセラレータのチップレットやIPコアを駆使して実装する。

 Intelの新規参入を見ている限り、ファウンドリビジネスへの参入が遅すぎるとは言えないだろう。米国では、90nmプロセスがやっとのファウンドリSkywater Technology社が半導体製造に名乗りを上げ、トランプ政権で追いやられたGlobalFoundriesが復活するなど、半導体製造が活発に動いている。プロセスノードと関係なく、半導体のすそ野が広がっており、さまざまな分野でビジネスができるようになっている。

 半導体は今や回路から頭脳になり、基本的にコンピュート+アルファになってきた。半導体なしにDX(デジタルトランスフォーメーション)やメタバースはできない上、スマートシティやスマートファクトリのようなスマートxxは実現できない。今後のITの進展を見るにつれ、システム側は半導体なしでどうやって他社より有利に進めるのか、考えてみてほしい。もちろんソフトウエアで差別化できるだろう。しかしソフトウエアだけではスピードが劣る。システム性能で優位に立ちたいなら半導体は欠かせない。

世界のシステム企業が半導体で差別化したいが、製造してくれるところが限られている、とGAFAMのように考えるのなら、日本がこのビジネスチャンスを捉えてもよいのではないか。一刻も早く、ファウンドリ企業が出てくることを強く望む。

 

 

参考資料

1.       津田建二、「一刻も早く日本はファウンドリを設立すべき」、セミコンポータル、(2010/10/29

2.       Overview on Global UniChip Corp.,

3. Intel Investor Meeting 2022


エンジニアの海外転職に待ったをかける韓国

(2022年2月 6日 10:56)

韓国政府が半導体技術者の海外企業への転職や技術供与を阻止する法案を提出することになった。25日に日本経済新聞が報じた。半導体世界トップのサムスン電子などの技術者を中国企業がスカウトする事例が増えていることに対処するものだ。核心技術を海外に流出させた場合、刑罰を「懲役3年以上」に厳罰化するなどの技術流出防止策を打ち出す。

 

80年代後半は日本のエンジニアがサムスンに

かつて、サムスンは日本の半導体企業に対して、技術者を土日のアルバイトとして韓国に連れてきたことがある。1980年代後半の日本の半導体が世界一になった頃の話しだ。これは有名な逸話だが、当時安月給の半導体技術者に対して土日のアルバイト代で月に40万円を払っていたといわれる。実際、大手電機メーカーからそのまま韓国に住み着いて、コンサルティング業という肩書を持つ元エンジニアもいた。

その前にサムスンはこれからの成長産業としてDRAMメモリを開発・製造することを決めていたため、日本の半導体メーカー(事実上、大手総合電機メーカー)たちを11件回り、ライセンス供与してくれるように依頼していた。しかし半導体部門を持つ総合電機メーカーは全てサムスンの依頼を断った。このため、サムスンは仕方なくマイクロンからDRAMのライセンスを受けた。後になってみれば結局、これが奏功した。

DRAMというメモリはシリコンウェーハから出発する製造プロセスがその歩留まりを大きく左右するため、ライセンスを受けても実際に細かいノウハウを知ることはできない。そこで、日本の半導体技術者に目を付け、土日のアルバイトで教えを請うことになった。

 

細かい製造ノウハウは日本から応用はマイクロンから

サムスンのしたたかな所は、細かい製造ノウハウは日本から受け、将来花開く応用分野はマイクロンから得たことに尽きる。というのは、マイクロンはDRAMに積極的に力を入れると宣言した1984年からコンピュータのダウンサイジングのメガトレンドをしっかりと見据え、将来はメインフレームからパソコンが主流になるという流れを捉えていたからだ。マイクロンは米国の大手半導体メーカーが日本勢に押されてDRAM事業を止めるのに対して、84年にこれから強化すると言い出したのだ。このため当時は実力がまだ弱く、DRAMを手掛けていたモステック社やインモス社から優秀なエンジニアを採用するなどしてDRAMを強化し出したばかりだった。余談だが、アイダホ州に本社を構えるマイクロンが2種類のチップを世に出したという逸話も有名だ。2種類とは半導体チップとポテトチップのこと。

 

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1 マイクロンの東広島工場

 

これに対して日本の半導体はコンピュータのダウンサイジングの動きを知らずに相変わらず高価なメインフレーム向けのDRAMを作り続けて90年代に突入した。マイクロンはインモスの天才設計エンジニアの知恵を活用、パソコン向けにいかに低コストで作るかに集中してきた。銀行や基幹産業などに使われるメインフレームコンピュータ向けのDRAMには誤り訂正や冗長回路などを集積したりしていたため、チップ面積は大きくなっていた。これに対してパソコンはちょっとしたフリーズのようなソフトエラーに対しては再起動するだけで済むため、DRAMチップには余計な回路を搭載しない方針を、筆者が取材した84年にすでに打ち出していた。

1995年にサムスン、その後マイクロンが256MビットDRAMをリリースした時になって初めて日本の半導体メーカーはこんな安い価格では作れない、とショックを受けた。サムスンが発表した時は、「人件費が安いからね。DRAMでわが社は安売り競争しない」と国内半導体メーカーのトップは平然と筆者に語った。DRAMの製造コストに占める人件費はあるコンサルティングによると、5~8%しかない。つまりDRAM製造には人件費はほとんど関係しないのだ。だからマイクロンが発表した安いDRAM製品に日本の半導体企業はびっくり仰天した。黒船到来とかマイクロンショックとか言われた。逆に言えば半導体経営者がDRAM原価について無知だったといえる。その後の日本半導体の凋落とサムスンの快進撃は周知のとおりである。

今回、韓国が中国企業を意識して技術者をつなぎとめる政策を打ち出したことに対して、日本政府はこれまで何の手立ても打ってこなかった。民間企業の施策に補助金を出すことをしてこなかったツケが日本の半導体を弱くした一因でもある。今回、韓国政府は、核心技術を持つ企業に対して、技術者をつなぎとめるための補助金制度も創設するとして、高度な技術者に支払う特別手当の内3割を政府が負担するという。日本政府は、コンソーシアムを作れば補助金を出したが、これは官僚の天下り先としても機能した。

期待できる日本の中堅半導体企業たち、日本電産に注目

(2022年1月27日 08:36)

126日の日本電産のニュースリリースを見て驚いた。2018年、ルネサスエレクトロニクスからソニーセミコンダクタソリューションズの役員となりヘッドハンティングされた大村隆司氏が、日本電産の役員として迎えられたのである。同氏は、201891日付けでソニーへ入社した(参考資料1)。役員待遇でソニーの半導体部門を任されたのにもかかわらず、メディアの前にはほとんど姿を見せることがなくなっていた。新聞報道にも専門メディアにも全く登場していない。2019年暮れに、あるメディアの広告企画でソニー側のCMOSセンサとMaximのビデオインターフェイスICの相乗効果によるコラボの取材でソニー側の代表として顔を見せたのが最後だった。

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1 ルネサス時代の大村隆司氏 出典:筆者撮影


一方、日本電産はモータ技術で成長してきた企業であり、半導体事業に参入すると見られてきている。このためか、大村氏の日本電産での肩書は、「執行役員 副最高技術責任者、半導体開発担当」となっている。これから日本電産が半導体に進出する上で、重要人物として採用したのであろう。大きな市場として期待される自動車には無数のモータが使われており、その駆動回路に半導体ICが欠かせない。同社が半導体を求めることは十分納得できる。


今、日本の中堅半導体が面白い

日本電産はじめ、実は今、中堅半導体が面白い。半導体事業を強化しているからだ。旧セイコーグループをルーツとしていたエイブリック(参考資料2)は、最近テレビコマーシャルで「感じる半導体」をテーマとして流している。そのエイブリックをミネベアミツミが2年前に買収した。ミニチュアのボールベアリングを生産しているミネベアは、最初にミツミの半導体工場を買収、半導体事業に再参入した。そして2020年エイブリックを買収し、本格的に半導体事業を強化し始めている。

ミネベアは、かつて一度半導体に進出したことがあった。1980年代後半にNMBセミコンダクターという名称で千葉県館山にファウンドリ工場を建設、ファウンドリ事業を進めたが、ビジネスはうまくいかなかった。ファウンドリビジネスの本質を捉えていなかったからだ。ファウンドリビジネスを成功させるためには、設計部門を充実させることがカギだが(台湾のTSMCは設計部門が充実しているから顧客は製造を頼みやすい)、ここをおろそかにした。日本で他にもファウンドリと称する事業を行っている半導体企業はあるが、外部の客を取ってきた経験がほとんどない。

もう一つ注目する中堅半導体は、日清紡グループだ。えっ、と驚かれる読者がいるだろうが、実は日清紡はもはやかつての紡績・繊維の会社ではない。無線通信、マイクロデバイス、ブレーキ事業、精密機器事業、化学品事業、繊維事業、不動産事業という7つの主力事業を持つホールディングカンパニーであり、会社名は日清紡ホールディングス株式会社だ。そしてそのホームページによると主力事業は、「無線・通信/マイクロデバイス」となっている。事業の主体は日清紡マイクロデバイスである。

日清紡マイクロデバイスは、半導体メーカーの新日本無線とリコー電子デバイスを統合させた会社である。無線通信に強い新日本無線と、パワーマネジメントや電源ICに強いリコー電子デバイスという今後とも成長が期待される分野に強い企業となった。無線通信は、4G5Gなどのセルラー通信をはじめ、Wi-FiBluetooth、独自無線など今後とも期待が大きな分野である。また、どのような集積回路でも電源がなければ動作しない。半導体ICが将来どのような方向に行こうが、電源は必ず必要となる。しかもチップに応じて、1.2V3.3V5V12Vなどさまざまな電圧の電源が求められている。必ず成長する。


日本電産の半導体、モータ駆動に期待

ここで面白いのは日本電産がどのような半導体をビジネスとするのかだ。モータが強いことからブラシレスモータやサーボモータ、さまざまな種類のモータに応じて駆動回路が異なる。そのための半導体ICが必要になる。パワートランジスタにドライバIC、さらにそれを駆動し、制御するマイコンなどがセットで使う。こういった製品を扱うのか、あるいはファウンドリという製造専門のビジネスを行うのか、極めて興味がある。

重要なことは、日本の総合電機はもはや当てにならないことだ。「半導体は外から買って来ればいい」という態度に終始しており、半導体で他社との製品の差別化をしないからだ。なぜアマゾンやグーグル、アップルが自社チップを開発してきたのか全く理解していないのである。

ただし、成長するためには、顧客を海外に求めたり(かつての国内半導体メーカーは自社内の総合電機が主な顧客)、自動車産業(日本のモノづくり産業の頂点)と一緒に開発したりする必要がある。となると海外の人材を採用することになる。この円安で売り上げを伸ばそうとするなら、日本に工場を持ち、海外に積極的に売りに行くことが最も期待できる。そのことで海外市場の伸びと共に日本のメーカーも一緒に伸びていくことができる。そのためには海外企業とパートナー(顧客であろうとサプライヤーであろうと同じ)を組み、売り上げを計上できる仕組みを作ることが最も重要なことになる。もちろん、日本の強い自動車産業と組む手も重要である。

 

参考資料

1.       「ルネサス、大丈夫か」、News & Chips、(2018/07/27

2.       「エイブリックしてる?」、News & Chips、(2018/09/01


 

2022年はモノづくり向けメタバースから始まる

(2022年1月15日 13:43)

 

メタバース(超宇宙)という言葉をクアルコム社のCEOであるChristiano Amon(クリスチアーノ・アモン)氏(図1)がCES 2022で使ったということで、CESの話題に上ったようだ。メタバースとは、メタ(超)と宇宙を意味するユニバースとの合成語である。超宇宙よりも超現実という訳の方が適切かもしれない。つい最近まで、VR/ARMRXRと表現していたが、今はメタバースに置き換わったようだ。

 

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1 QualcommChristiano Amon CEO 出典:同社決算報告ビデオから

 

メタバースとは、VR/AR(仮想現実/拡張現実)を使って映像を見ながら没入感を増すという分野である。メタバースは、フェイスブックの社名をメタと変えたことから、宇宙を意味するユニバースとミックスしてメタバースという言葉が使われるようになった。メタバースがこれからのITの世界の一つの分野を形成するかもしれないが、今のところはゲームに現実の映像とグラフィックスを混ぜるとか、Zoomのようなビデオ会議の中でグラフィックスのアバターを登場させるといった応用しか新聞では報道されていない。

しかし、メタバースの最大の応用となる可能性は、産業分野であろう。グラフィックスチップメーカーのNvidiaのジェンスン・ファン(Jen-sun Huang)氏や、アプリケーションプロセッサメーカーのQualcommのアモンCEO(図1)が述べているように、工業用の設計、例えばクルマの新車設計に大いに役に立つ。

今や仏ダッソー・システムズ社や米PTC社、独シーメンスソフトウエア社などが販売している3D-CADは、ずいぶん普及してきた。しかも開発すべき新製品のイメージを視覚的に捉えやすい。それだけではない。自動車のように多国籍企業の多い産業では、世界各地に工場を持っているが、世界中の設計者が設計データを同時にリアルタイムで共有したり、設計作業に参加したりすることはできなかった。もちろん、各地のユーザーの要求が異なることもあるだろう。しかし細かい仕様の要求ではなく基本的な設計を世界で共有できたら、世界の重要工場でほぼ同時に製品を立ち上げることが可能になる。T2MTime-to market)が極めて短くなる。

関東圏と関西圏のエンジニアが同時に設計作業を進めるだけではなく、ミュンヘンやパリ、ロンドン、デトロイトのエンジニアが同時にリアルタイムで設計作業を行うことができるのである。まさに世界中がつながった世界の設計データをリアルタイムで世界中の工場が共有できるので、クルマの作り方の大変革になる。

VR/ARのチップはGPUと呼ばれるグラフィックスチップで描画すると同時に、世界中の接続にはレイテンシの少ない5G技術が必要となる。それを制御するCPUArmRISC-Vか、今後の半導体産業の勢力図は大いに変わる可能性がある。それでもメモリだけは必ず必要である。キオクシアのNANDフラッシュだけではなく、日本でもDRAM開発が行われればもっと強くなる。DRAMのようなメモリはコンピュータシステムだけではなく、AIやメタバースでも求められるからだ。

しかもコンピュータシステムの応用は、拡大している。昔は「コンピュータ」を意味していたが、今は、コンピュータと同じ仕組みを使ったエレクトロニクス製品(業界ではこれを組み込みシステム:Embedded systemsと呼んでいる)があふれているからだ。卑近な例では、冷蔵庫や電気釜、自動車、スマホなどから電気(電池含む)を使う装置やシステムは全てコンピュータ制御に代わっている。それだけ半導体市場が拡大し続けているのだ。

メタバースはデジタルツインを実現する重要なツール、とジェンスン・ファン氏は位置付けており、デジタルツインによりデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現し生産効率を圧倒的に上げることができる。また、旧フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ(Mark ZuckerbergCEOは、「メタバースの最大の特長はテレポーティング機能だ」と述べている(図2)。テレポーティングとは瞬時に移動できるという意味である。アバターや3D-CADを同時に共有しながら作業することはまさにテレポーティングを表している。

 

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2 MetaMark Zuckerberg CEO 出典:仏Viva Technology主催のオンラインビデオから

 

 加えて、QualcommのアモンCEOは、最新のArm V9アーキテクチャのCPUコアとGPUコア、5G通信回路などを集積し4nmプロセスで実現したSnapdragon 8の発表時には、メタバースを実現するためのチップでもあると述べている。Qualcommも都市設計事例を3D-CADで描き、世界のパートナーをアバターで表現、一緒に都市設計する様子を見せている。

 メタバースの本命は、モノづくりの設計であろう。世界中、日本中のエンジニアが同時に設計できる環境は、これまでのモノづくりの環境を一変させる可能性を秘めている。こういった応用では、メタバースが恐らくバズワードでは終わらないだろう。

多用しすぎる、なんたらトランスフォーメーション

(2022年1月 4日 11:46)

 新年あけましておめでとうございます。

最近はいろいろな所でデジタルトランスフォーメーション(DX)から派生した「何とかトランスフォーメーション(XX)」という言葉がよく見られるようになった。ただし、バズワードのように使われていないこともない。何がトランスフォーメーション(転換、変換)なのかが明確ではないからだ。

 DXではっきりしていることは、これまでコンピュータや通信技術を使うだけではなく、センサをベースにして、従来は意識に上らなかった事柄を明確に可視化し、それを元にビジネス上の生産性や生活の向上を目指す、従来からの転換を意味した言葉である。DXで重要なことは、コンピュータや通信を使って便利になる、ということではなく、さらにセンサからのデータを利用してこれまで気づかなかったことを気づかせてくれて、さらにビジネス効率や生産性を上げるように転換するのである。だから、DXは使う側が主体となってはっきりとした狙いを持っていなければ無駄に終わる。DXがうまくいかないという企業は、何をどう改善するのかという目標設定が明確でないからだ。

 ではグリーントランスフォーメーション(GX)はどうか。何を転換するのであろうか。単なるCO2削減だけに留まらないことが従来とは異なる点だ。つまり環境保護と経済との両立である。従来なら、環境保護か経済優先か、という二者選択だった。別の捉え方では、「環境に配慮した先端技術を使い、産業構造を変革(トランスフォーメーション)する取り組み」と定義した例もある。環境と経済を両立させるためには、産業構造を変える必要がある。

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1 SDGs17項目にわかる持続可能な開発目標


さらに最近は、サステナビリティトランスフォーメーション(SX)という言葉を使ったお年賀メールをいただいたが、「気候変動や地球温暖化、 環境汚染など、 喫緊課題であるサステナビリティへの対応」という限り、従来のSDGs(国連が決めた持続可能な社会に向けた17項目の開発目標)と変わらない。バズワードあるいは、言葉遊びのようで、却って信ぴょう性が疑われる。

何をどう転換するのかを明確にしない、あいまいなトランスフォーメーションという言葉は使うべきではないと思うが、いかがでしょうか。

 

メタバースの世界は半導体チップから

(2021年12月29日 14:52)

Facebookがホールディングカンパニー制を採用し、ホールディングカンパニーをMeta(メタ)と名付けた。事業をさまざまな業種に拡大する時の手続きとして定款を書き直す必要がなくなるからだ。つまり、旧Facebookはこれから先に、SNS以外への事業に乗り出す計画があることを意味している。それがまずはメタバースの応用である可能性が高い。

メタは「超」という意味であり、バース(Verse)は宇宙のUniverseから来ている。つまり現実の世界を超えた、超宇宙あるいは超世界とても訳すべきだろうか。とにかくメタバースという言葉が独り歩きし始めた。それもFacebookをはじめとするインターネットサービス業者だけではない。半導体メーカーのQualcommNvidiaのトップがメタバース向けの半導体チップを開発し始めているのだ。

今のところ考えられている応用はゲームの中で自分のアバターと仲間が一緒に戦ったり行動を共にしたり、ZoomTeamsWebExなどのビデオ会議を表現するようなことが想定されている。結局、今のところメタバースはVR/AR(仮想現実/拡張現実)の延長で考えられており、人の没入(immersive)体験を表す技術だと捉えられている。「メタバースの最大の特長はテレポーティング機能だ」とMetaCEOMark Zuckerberg氏は述べている(図1)。テレポーティングとは、まるでタイムマシンのように場所を瞬間移動するという意味。現実には人間が瞬間移動することができないため、アバターがその代わりを果たしてくれるという考え方だ。

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1 MetaCEOZuckerberg氏 出典:Viva Technology社カンファレンスビデオから

 

メタバースをまだ漠然として全体像を捉えられず、場合によってはバズワードで終わる可能性もありうるという指摘はある。

一方で、「メタバースはAIなどを使って、デジタルとリアルをつなぐ新しい手法」とQualcommCEOであるクリスチアーノ・アモン(Christiano Amon)氏は明確に位置付けている。

NvidiaCEOのジェンスン・ファン(Jensen Huang)氏は、3D-CADで設計したクルマやロボットの設計をみんなで相談し、内容を共有しながら変更したり改良したりするというシーンなどを想定している。これは、デジタルツインの表現する手法の一つだという捉え方だ。QualcommのアモンCEO(図2)は、「Snapdragon(同社のアプリケーションプロセッサの名前)はメタバースへのチケットだ」と述べ、自動車産業へのインパクトが大きいと見ている。「例えば、自動車メーカーがゴーグルをかけてクルマの情報を見る場合、クルマの走行情報やサブシステムの部品情報などが見られるようになる」として、メタバースの応用はゲームやビデオ会議に留まらず産業全体への影響が大きいと見ている。

 

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2 QualcommCEOのクリスチアーノ・アモン氏 出典:2021年度第3四半期決算報告会から

 

デジタルツインは、現実に開発している製品や生産ラインを3次元(3D)シミュレーションなどで表現し、不都合を見つけたり、性能や機能を上げる方法を見つけたりするデジタルトランスフォメ―ション(DX)の中核技術だ。ここにメタバースの没入体験に満ちた世界を描くことで、問題をわかりやすい表現に直し、解決へ早期に導くことができるという訳だ。

メタバースでは、VRのゴーグルや眼鏡を世界中の工場のエンジニアたちがリアルタイムで一緒に設計に参加できるようになる。3次元画像で描かれたクルマやロボットをみんなで見ながら、どこを調整したり改良したりするのかを理解し共有できるようになる。世界中のエンジニアがみんなで設計できる環境なら、モノづくりのスピードは圧倒的に速くなり、しかも世界の工場すべてにおいて同時に製品生産を立ち上げることができるようになる。

 ある意味、モノづくりの革命の重要な技術になる。これまでなら、誰がどうしてこんな設計をしたのだろうか、と首をかしげるような設計があっても、どうにもできなかった。しかし、世界中みんなで設計できるようになれば、何が問題なのか、に関しても共有できる。

 特にシステムのどこに問題があり、なぜ問題が起きたのか、それをどうやって解決できるのか、世界の複数の工場で問題も解決策も共有できる。しかも現実の製品とほとんど同じものをデジタルツインで再現しているのであるから、話を理解することは早い。しかも記録として残すことも容易だ。

 メタバースはデジタルツインと共にVRなどを通して使われるので、モノづくりの設計や、問題の同定と解決、さらには情報共有までもが世界レベルで同時にできることになる。

 このようなメタバースの世界に必要な半導体は、グラフィックスプロセッサGPUであり、世界中の人がリアルタイムで見られるようにするためには、高速伝送するための5Gの進化も求められ、そのための第2世代の5Gチップ(ミリ波用のRFやモデム、アンテナアレイなど)も必要になる。もちろんディスプレイドライバICPMIC(電源IC)も欠かせない。GPUよりももっと速い専用回路を作りたければFPGAを使う手もある。メタバースを実現する半導体の開発はすでに始まっている。

Appleはファブレス半導体事業を拡大

(2021年12月25日 14:09)

 Apple社は半導体メーカーになるかもしれない。市場調査会社IC Insightsの調べでは(参考資料1)、キオクシアよりも半導体売上額の多いファブレス半導体メーカーにすでになっている。今年の半導体売上額は前年比17%増の134.3億ドルと見込まれている。最近のニュースでは、さらにワイヤレス通信チップまで設計するようだ(参考資料2)。

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図1 シリコンバレー上空から見たドーナツ型のApple本社 撮影筆者


Appleはこのほど、南カリフォルニアのアーバイン(Irvine)にオフィスを設置、大々的に半導体設計者を募集している。狙いはワイヤレスチップの開発だ。今の所Wi-FiBluetoothのチップをBroadcomSkyworksなどのメーカーから調達してきたが、これらのワイヤレスチップを自前でやろうという狙いのようだ。メキシコとの国境の街、サンディエゴに本社を置くQualcommも実は最近急遽、アーバインにオフィスで半導体設計者を採用しようとしている。4G5GのセルラーネットワークのモデムチップもAppleQualcommから奪い取ろうとしていることへの対応策だ。

 米国では、優秀な技術者を見つけても彼/彼女が別の土地に移動したくないと希望すると、優秀な技術者のいる街をデザインセンターなどのオフィスにする企業が増えている。無理に本社に来る必要がないことを企業側がアピールしているのである。

 Appleは、iPadを設計する時に、モバイルプロセッサの設計を自前にすることを考えた。当初は元DECの技術リーダーのいた企業P.A.Semiを買収したが、失敗に終わった(参考資料3)。このため優秀なエンジニアのいる企業にあたりを付け、スタートアップのIntrisity社を買収、ライセンス供与を受けたArmプロセッサの基本回路に手を加え、より高速のプロセッサ回路をIntrinsityの技術で設計してきたという経緯がある。

 その後Appleは、それまでライセンスを購入してきたImagination TechnolgiesGPUコアを打ち切り、グラフィックス回路を自前で設計した。しかし、回路設計やグラフィックスのアルゴリズムのノウハウが追い付かず、結局Imaginationのエンジニアも一緒に買収した。そしてAppleは電源を供給するパワーマネジメントICPMIC)も自前で作るため、それまで電源回路ICを設計していたDialog社(現ルネサスエレクトロニクス)のPMIC部門を買収した。ここでもエンジニアも一緒に買収した。

 Appleは少しずつ半導体ICを自前で設計するようになり、かつその売上額もキオクシアを超えるまでに成長した。そして、今回はワイヤレス通信回路のICを自社開発するため、エンジニアを大々的に募集し始めた。しかも場所は、BroadcomSkyworksなどが集積している南カリフォルニアのアーバイン市だ。ここはロサンゼルスとサンディエゴの中間に位置する街で、気候が1年中温暖な土地柄である。カリフォルニア大学アーバイン校があり、エンジニアのリクルーティングもやりやすい。

 Appleの狙いは明らかで、その街にオフィスのあるBroadcomSkyworksから通信回路設計技術者やRTL設計者などを雇うためである。Wi-Fi設計を知っていると5Gのようなセルラー通信の設計も比較的容易になる。

 Appleは残念ながら5G向けICの設計はそう容易にはできないことを知っているため、Qualcomm3Gライセンス料に不満を表していたものの、結局Qualcommのチップを泣く泣く継続させることになった。しかし、いつかは5Gチップも自前で開発しようとの思いは断ち切れない。このことに焦ったのはQualcommであり、Qualcommもアーバインに設計者募集の案内をLinked-inで急遽始めたという訳だ。優秀なエンジニアを他社にリクルートされないようにするためである。

 AppleはまずWi-Fiチップからワイヤレス通信ICの設計を始める。ここでOFDM(直交周波数多重)などのデジタル変調技術を磨き、いずれ5Gのモデムにやってくる。ただし5Gはその頃はミリ波技術に中心が移り、QualcommRF回路とアンテナ技術でもさらに強くなっているはずだ。RF回路の習得もそれほど簡単ではない。AppleはおそらくQualcommからのエンジニアをリクルーティングすることになるだろう。無線通信回路技術はアナログとデジタルの両方の回路知識と電磁界解析の知識が必要なため、デジタルしか知らないエンジニアでは設計できない。このためQualcommからエンジニアを引き抜くことは十分考えられるシナリオとなる。

 

参考資料

1.       "17 Semiconductor Companies Forecast to Have >$10.0 Billion in Sales This Year," IC Insights, (2021/12/20)

2.       "Apple Builds New Team in Southern California to Bring More Wireless Chips In-House," Bloomberg, (2021/12/16)

3.      津田建二、「iPadのアプリケーションプロセッサA4を巡るさまざまな憶測から真実を探る」、セミコンポータル、(2010/04/06


東芝の分割案を点検する

(2021年11月 9日 15:09)

東芝がインフラ部門と、半導体デバイス部門、メモリ部門に3分割するという案を検討している、と複数のメディアが報道した。東芝は創業100年続く名門企業である。分割する理由は、それぞれを独立させて未上場会社とし、再上場させることでキャピタルゲインを稼ごうという目論見のようだ。分割することで企業価値が高まるとしている。ただし、東芝は、当社から発表したものではないというニュースリリースを流している。

 

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図 東芝 代表執行役社長CEOの綱川智氏 写真は2017年に筆者が撮影

 

 このニュースを聞いて、感じたことは、東芝というブランドと企業価値をもはや諦め、錬金術で金を得たい、というファンドの発想だな、という思いだ。これまで築き上げてきた東芝というブランドを捨てることで、どういう会社にして東芝が前に進むのか、どのような戦略を描いて世の中に貢献できる会社にしたいのかという思いが全く伝わってこない。

 2015年に東芝の不正会計が明るみに出て以来、東芝は利益が出ていた医療や半導体メモリ部門を次々と手放し、東芝の目指す成長戦略が見えなくなっていた。ひたすら現金を手に入れ、「死に体」の東芝を再建することだけに集中してきた。とにかく儲かっている部門を売却することで多額の収入を得ることに集中すればするほど、残った本体は何をするのか、疑問が持たれていた。2018年のメモリバブルの真っ最中に利益がたんまり出ているメモリ部門をファンドに売却しキオクシアと名前を変えたが、この時は半導体部門を売却したのではなく利益が十分に出ているメモリ部門だけを売却した。半導体企業としての相乗効果は全く無視した。キオクシアは翌19年、メモリバブルが弾け赤字に転落した。

 そしてキオクシアはメモリの会社だというPRも奇妙な宣伝だった。メモリ会社なのにDRAMというメモリを扱わないのだ。NANDフラッシュというストレージデバイスを扱いながら、メモリと称していた。通常パソコンのメモリと言えばDRAMを指し、NANDフラッシュやHDD(ハードディスクドライブ)はストレージを指す。一般常識とは異なる言葉を使っていた。

 だったらストレージ企業かと言えば、そうではない。NANDフラッシュは生産するが、HDDのようなストレージ部門は東芝本体に残しキオクシアは生産しない。その理由は、カニバリズム(自分が自分の肉を食べるという意味)であり、半導体ストレージがHDDを食うようになるからだとしている。しかし、最近の高速HDDは、キャッシュメモリ的な役割として、NANDフラッシュを搭載したHDDが大量に出回っている。カニバリズムではなくシナジーなのだ。キオクシアの四日市工場を共同運営するWestern DigitalHDDNANDフラッシュの両方を持っている。どうやら東芝の経営陣は半導体やシステムを理解していないようだった。

 そして今回の3部門の分割となると、やはりここでも変だなと思わざるを得ない。なぜメモリと半導体部門を切り離すのか、納得できない。NANDフラッシュメモリ部分は信頼性が低いため、技術的に同じところを何度も書き換えないなどのアルゴリズムを使って信頼性を高めると共に、強力な誤り訂正が必要なメモリコントローラが欠かせない。ロジックIC、あるいはシステムLSIというべきこのメモリコントローラを半導体部門が担当していない。メモリと半導体は切っても切れない関係があるのに、いとも簡単に別にする。また、東芝本体にあったシステムLSI部門を2021年2月につぶしてしまった。

 それだけではない。2019年に電子ビーム露光装置を製造している東芝デバイス&ストレージ社傘下のニューフレアテクノロジー社をHOYAが売ってほしいと求めた時は、東芝経営陣がこれまで全く見向きもしなかったニューフレアを絶対売らない、という態度で株式売却を必死に止めた。まるで駄々っ子のように筆者の目には映った。フォトマスクを手掛けるHOYAとしては、自社製の電子ビーム露光装置でフォトマスクを作成するためにニューフレア買収を提案したのに残念な結果に終わった。

 キオクシアと半導体を別にする場合でも、東芝は全株式を支配するのであろう。残念ながらこれでは半導体ビジネスは成長しない。足の長いインフラビジネスとは半導体は経営スピードが全く違うからだ。

理想的にはキオクシアと東芝半導体部門が一緒になり、かつ東芝が株式を一切持たない完全独立の組織にするのなら、成長する余地はある。世界では、オランダのPhilipsから独立したNXPASMLは親会社の株式はもはやゼロ、ドイツのSiemensから独立したInfineonも親会社の株式はゼロ、Hewlett-PackardからAgilentを経て独立したAvago(現Broadcom)も親会社は干渉できない。東芝から完全独立した半導体メーカーであれば、世界と対等に勝負できる企業になりうる。半導体をけん引するITはスピード経営が最優先されるからだ。いちいち親会社にお伺いを立てる経営では勝負にならない。

 もちろんその場合、新半導体メーカーの社長には、半導体企業の社長経験と実績のある国内外の人間を選ぶべきだろう。少なくとも自分で資金調達が出来なければ、半導体の社長は務まらない。日本語を話せるかどうかはどうでもよい。