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Appleがマック用に独自チップを設計する本当の理由

(2020年7月11日 09:14)

 AppleMacパソコン用(図1)のCPUとしてIntelの採用を止め、自社開発するといった背景がいろいろ騒がれているが、実はAppleのプレスリリース(参考資料1)にその理由がしっかり書かれている。市場調査会社のTrendForceは、Intel5nmプロセスで遅れていることと、コストを上げているが(参考資料2)、このような理由ではない。

 

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 1 AppleMacパソコン 出典:Appleプレスリリースから


 TSMCが最先端の7nmプロセスを世界の半導体製造をリードしていることは事実であり、その次の5nmでもリードしていることは確実ではある。だが、最小寸法7nmとか5nmとかという数字はどの寸法を示しているのか、明確ではなくなっている。かつてはゲート長だったが、ポリシリコンゲートの配線幅を言っていたこともある。今はFinFETプロセスであるため、もはやトランジスタのサイズは意味をなさなくなっている。TSMC7nmプロセスはIntel10nmプロセスと同等だという見方もある。

  最先端の微細なプロセスができるからと言って、もはやチップを差別化するテクノロジーではなく、むしろ、機能というかユーザーエクスペリエンスの方が重要という声もある。もちろん、性能や消費電力は確かに14nmプロセスよりも7nmプロセスの方が優れた結果は出ている。微細化した方が性能・消費電力が優れているが、これは必ずそうなると言うわけではない。微細化だけではなく他の寄生効果の影響も出てくるからだ。トランジスタが3次元化すればするほど、高さ方向の寄生効果(寄生容量や寄生インダクタンス、寄生抵抗)が浮き彫りになってくる。微細化すると同時に寄生効果を抑えることで性能・消費電力を改善しているのである。

  コストの理由も定かではない。Intelチップが市場で200~300ドルで売られているからと言って、自社開発すれば100ドルで作製できるとTrendForceは見ているが、市場価格は一般に、工場出し値よりも2倍強高い。

 

消費電力削減と高性能GPU

 Appleのニュースリリース(参考資料1)をよく読むと実は答えが書いてある。「AppleSoCCPUを内蔵するシステムICチップ)を自社設計するのは、1ワット当たりの性能を高めたいことと、もっと高性能なGPUを集積したいことである」。

  AppleiPhone向けのアプリケーションプロセッサをArmのコアをベースに改良したCPUで、自主開発してきた。それも単なるCPUだけではなく、グラフィックスIPにはImagination TechnologiesGPUコアを採用、バイオセンサも集積することでアプリケーションプロセッサあるいはSoCを設計してきた。それを従来はSamsungのファウンドリ部門が製造していた。ここ数年は、スマホでAppleと競合するようになっているためTSMCに切り替えた。

  設計にはさまざまな半導体技術者を採用し、RTLレベルだけではなく、ネットリストからレイアウト、配置配線まで自らできるように設計技術を磨いてきた。自信を深めた段階で、Imaginationを切り、パワーマネジメントのDialog Semiconductorも切った。ところが、半導体設計はそう簡単ではない。GPUコアのImaginationを切ると同時に、一部のエンジニアもAppleへ連れて行った。パワーマネジメントチップに関しても、一度は切ったが、やはりDialogのエンジニアでApple用のチップを開発していたエンジニアを全員Appleに移籍させた。しかもApple本社ではなく、英国とドイツを拠点するDialogのエンジニアを移動させず、そのまま所属名を変えただけにすぎなかった。

  Dialogの強みは、CPUチップの電力をモニターし、消費電力が増えすぎると電圧や周波数を落とすことで細かい電力制御を行っていることだ。また、電源チップ(パワーマネージメントIC)は細やかなアナログのノウハウの塊であり、単純なデジタルしか知らないエンジニアには設計できない難しさがある。

 

DialogImaginationのエンジニアが頼り

 AppleImaginationを切ってもやっていける、と当初はたかをくくっていた。いざとなればArmGPUコアMaliを買えば済むからだ。ところが、GPUでも写真と間違えるほどきれいな絵を描くRay Tracing技術をスマホレベルで使えるようにするテクノロジーをImaginationは開発しており、グラフィックスという点では一歩も二歩も進んでいる。Ray Tracingは周囲の光の反射を全て計算して現実と間違えるほどの陰影を処理する技術で、膨大な計算量を必要とするため、これまではハイエンドコンピュータで処理し、しかもリアルタイムで絵を作画できなかった。Nvidiaはそれを最新GPUで可能にしたが、消費電力は200W以上にもなり、とてもスマホには使えない。電池が一瞬でなくなるからだ。Imaginationは、消費電力を削減しながら、スマホでのRay Tracingの実現に取り組んでいる。

  GPUは単なる絵を描くためだけのチップではない。積和演算専用の回路を多数並列に集積するため、スーパーコンピュータと同様、ベクトル演算(行列演算)にも向いており、演算リッチな命令でCPUのアクセラレータとしても動作させることができる。さらにAIのニューラルネットワークに基づく推論が容易にできる。

  残念ながら今のIntelのチップにはAppleが満足できるGPUコアは集積されていない。だったらAppleGPUを自社開発しようと考えた。当分はRay Tracing機能はなくてよいし、GPU開発にImaginationからのエンジニアも十名程度いるからだ。

  そして消費電力についても、性能を追求してきたIntelに対して、Armは性能がそこそこでよいが消費電力を徹底して下げることに注力してきた。Armはその後、消費電力を下げることを前提としながら、性能も順次上げるように設計してきた。その一例として、Armbig.LITTLEと名付けたマルチコア技術を開発しているが、Intelの最新プロセッサで、これとよく似たマルチコアアーキテクチャを採用したのだ。big.LITTLEは、軽い制御や演算を行うCPUコア1と多少電力を使うが演算速度の速いCPUコア2を集積し、電力を多く使う応用ではCPUコア2をフル活用し、それほど計算しない応用ではCPUコア1を使うことで消費電力を落とすというアーキテクチャである。

 

スパコン富岳もArmコア

 1ワット当たりの性能ではArmの方がIntelよりも良くなることは間違いない。日本のスパコン富岳にも富士通が設計したSoCチップが使われているが、そのCPUコアはArm製だ。昔からのパイプラインや並列処理などの手法は当然採り入れており、今はCPUをメモリを近づけて集積できるため、CPUコアとしてもArmの性能はIntelと比べてもそん色はない。データセンターでさえ、ArmCPUコアを使ったSoC(システムオンチップ)が使われ始めている。AppleがこれをMacSoCに使うことはやはり自然の流れともいえるだろう。

 

参考資料

1.      Apple announces Mac transition to Apple silicon June 22, 2020

2.     Apple to Start Mass Producing Self-Designed Mac SoC, Projected to Cost under US$100, in 1H21, Says TrendForce July 7, 2020


 

米国超党派議員が半導体製造を強化する法案を議会に提出

(2020年6月13日 13:58)

米国議会に半導体製造を強化する法案が提出された(参考資料1)。先日、TSMC(図1)に米国の工場を設立するように米国政府が勧めてきたように、米国は今、半導体製造を強化することに躍起になっている。半導体製造を専門とする請負サービスであるファウンドリ企業が米国から1社もいなくなってしまったからだ(参考資料2)。この20年間で、米国における半導体製造の能力は半減してしまった。さらに低下することに対して懸念を示すようになった。

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図1 TSMCの最先端5nmプロセスのテストチップ 筆者撮影

そこで今回、CHIP for America ActCreating Helpful Incentives to Produce Semiconductors for America Act)と呼ぶ法案を超党派で提出した。この法案は米国政府によるITC(投資税額控除)が最大の目玉となる。米国における半導体研究・設計・製造の競争力を増強し、その結果数千人もの雇用を増やし、国家安全保障を強める狙いがある。この法案によって、米国における半導体製造や設備などへの投資を促すためのインセンティブを確保する。SEMIが強くこの法案をサポートすることで、超党派の議員を動かした。

半導体こそ、ITサービスやハードウエア、ソフトウエア技術のキモとなることを米国は熟知している。半導体がさまざまなシステムのキモとなり、5G通信や、AI(人工知能)、IoT(インターネットに接続する物)、自律技術、セキュリティなどのITのメガトレンドを支えているからだ。半導体なしで5G通信はありえないし、スマホの通信を支える基地局もできない。エリクソンやノキアなどの通信機器メーカー、HPE(ヒューレットパッカードエンタープライズ)やシスコなどのサーバーやスイッチ機器には自社製の半導体チップを採用している。汎用のチップは入手可能なチップを使うが、肝となる半導体は自社開発している。もちろん、GAFA(グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾン)やマイクロソフトも最近、自社製半導体を開発し、半導体設計エンジニアを大量に採用しリクルーティング活動を続けている。Linked-Inなどでは派手なリクルーティング活動が見られる。

対して日本はどうか。かつての国家プロジェクトは残念ながら失敗続きだった。総合電機の経営者が半導体の重要性を理解していなかったためだ。プロジェクトを推進する側の官僚にとっては絶好の天下り先の確保ができた。こういった人たちが主導してきたプロジェクトだからこそ、失敗を続けられたのである。おかげで日本の半導体産業は、台湾、韓国に抜かれ、競争力を完全に失ってしまった。

このため、半導体メーカーに製造装置を設計・製造して納める半導体製造装置メーカーはいち早く台湾や韓国に活路を見出し、TSMCSamsungを相手にビジネスを展開し成長してきた。半導体に使うフォトレジストやフッ化水素、純水、シランやジボランなどの化学ガスメーカーも台湾と韓国の製造に強い半導体メーカーに納入することで活路を見出してきた。半導体チップが正常に動作するかどうかをテストするテスターメーカーのアドバンテストの売上の海外比率はなんと90%を優に超えている。半導体製造装置や検査装置・材料メーカーは海外売り上げ比率が圧倒的に大きく、世界での存在感は大きい。

半導体メーカーは弱いが、半導体製造装置・検査装置・材料のメーカーは強いという、いびつな構造が今の日本半導体産業となっている。そこで、志の高い若手官僚は、日本に海外の半導体メーカーを誘致しようと思っている。しかし、設備投資や研究開発での税制優遇といったインセンティブが全くない。税制に関しては財務省の管轄であり、経済産業省は何もできないという縦割り構造が霞が関だ。これでは若手官僚の思いは実現できない。だったら、米国同様、議員を動かせばよいではないか。

では議員は、半導体産業の重要性を理解できるだろうか。また、理解しても超党派で動けるだろうか。米国でも日本と同様、選挙の票田の強い分野と弱い分野があるため、単純に政党として提案できるわけではない。そこで超党派の議員が集まり今回のCHIPS for America Actにつなげた。

日本で、一つの法案に対して、超党派を組めるだろうか。これは極めて難しい。というのは、日本ではどんな法案でも、党に反対すれば党員をはく奪されかねない、ファシズムに近い政党だからだ。日本で本当に民主主義が根づくためには、自民党や立憲民主党、日本共産党などに所属していても、法案によっては個人的には反対、賛成があることを互いに認められなければならないと思う。法案によっては野党に賛成、与党に賛成、という案があってしかるべきだと思うが、残念ながら今の日本の政党は、民主主義ではなく全体主義(ファシズム)と言わざるを得ない。

但し、初めから所属する党の幹部を説得し、超党派で半導体産業へのインセンティブを設ける税制優遇策を議会に提出することを予め与野党幹部に知らせておけば、できるかもしれない。「聞いてないよ」と言われないようにたくさん根回しすることを覚悟しなければならないが。

一方で政党側は、本当に日本が競争力のある豊かな国になるためには民主主義を認め、忖度を止められるような組織にならなければならない。若手議員、若手官僚の志が折れないような国づくりを目指していただけることを願う。

 

参考資料

1.      SEMI Announces Support of Chips for America Act To Increase Semiconductor Manufacturing in the U.S.2020/6/12

2.      新型コロナによる新需要、世界半導体は4月も6.1%成長(2020/6/3

新型コロナによる新需要、世界半導体は4月も6.1%成長

(2020年6月 3日 22:44)

世界の半導体産業は4月もプラス成長で、前年同月比6.1%増の344億ドルとなった。新型コロナウイルスの影響を大きく受けつつも、その対策に半導体チップが使われるという新需要が生まれているからだ。「新型コロナ需要で半導体?」と思われるかもしれない。その新需要とは何か。

 

 最新のWSTS(世界半導体市場統計)によると、世界の半導体市場は20204月の半導体販売額が344億ドル(36800億円)になったと発表した。これは前年同期比が6.1%増だが、先月比では1.2%減とほぼ横ばい。ただし4月は通年、3月よりも低いため、これは季節要因とみなしてよい。

 新型コロナで最大の影響を受ける半導体は、消費者向けの製品、例えばスマートフォンや自動車などの分野は、マイナスを示している。世界のGDPを見ても今年はマイナス成長という見方が強い。消費者の活動が抑えられるからだ。

 ところが、新型コロナに対する理解が深まり対策が徐々に見えてくるようになるにつれ、テクノロジーの視点から解決しなければならない問題が見えてきた。今、見えている問題は、PCR検査に時間がかかる、人工呼吸器が足りない、医師への感染リスクが依然として高い、などがある。さらに働く人たちはできるだけテレワークが求められる。見えない敵はどこにいるかわからないからだ。潜在保有者(陰性・未検査を含む全ての人)から遠ざかるためのテクノロジーも活用する。

 これらの問題が全て半導体エレクトロニクスの需要につながる。半導体回路を使った新しい需要は、大きく分けて4つある。一つは医療従事者への支援ツールだ。2番目は感染ルート見つけるテクノロジー、3番目はできるだけ触れずにすむテクノロジー、そして4番目がテレワークから生じる需要だ。

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1 シリコンウェーハ上に作製したMEMSマイクロ流路 出典:miDiagnostics


 医療従事者支援では、まずPCR検査のスピードを上げるためのDNA増幅回路に半導体MEMS技術でマイクロ流路を使って小型化することで早期の増幅結果が得られ、時間を短縮できる。ベルギーの半導体研究所であるIMECからスピンオフしたmiDiagnostics(マイダイアノスティックス)社はすでにMEMSマイクロ流路を開発しており、PRC検査の短縮を目指す。

 人工呼吸器の不足に対して、人工呼吸器メーカー大手のアイルランドのMedtronic(メドトロニック)社はその仕様を公開した。日本のルネサスエレクトロニクスは早速、その電子回路を誰でも作れるようにするため、リファレンスデザインボードを作製、提供を始めた。ただ、人工呼吸器は1300万円と高価であるため、米Georgia Tech(ジョージア工科大学)は、汎用のマイコン組み込みボード「ラズベリーパイ」を使った人工呼吸器を試作し、わずか300ドル(3万円強)で提供できるとした。

 医療従事者が患者に全く触れずに自宅療養している患者の呼吸波形や、心拍数波形を医師のスマホで観察できるシステムをMIT(マサチューセッツ工科大学)のCSAIL(コンピュータ科学&AI研究所)が開発した(参考資料1)。これはWi-Fiルータ程度の大きさのデバイスで、100GHz程度のミリ波の高周波電波を発し、患者が呼吸する胸の高低をその反射波の位相から測定し時間変化を見るデバイスだ。実際に使ってみたHarvard Medical Schoolの医師は、患者に触れずに遠隔地からでも患者の呼吸データ、心拍データを観察できるため、このデバイスを高く評価している。

人やデバイスのボタンに触れずに入力するようなタッチレスHMI(ヒューマン・マシンインターフェイス)や、AIを使った音声入力はますます需要が増えてくる。ジェスチャー入力でも最近では、高周波の電磁波を使ったToFTime of Flight)法による技術も試されている。

感染経路を探るためBluetooth利用によって、位置精度がわずか数cmと極めて高い位置検出技術が標準仕様になりつつある。GPSGNSSのような衛星からの電波を受けない地下街や高層ビル内などの人の経路をスマートフォンに搭載されているBluetoothで検出、誰に近づいたかを知ることができる。QRコードで読み込ませるとか、自分で入力するとかなどの面倒な操作は要らない。

 テレワークで多くの人が自宅などで仕事したり、会社のチームと一緒にZoomMS TeamsON24WebExなどを使ったビデオ会議で意見交換したりすることが普通になりつつある。先日初めて、Zoom飲み会なるものに参加した。昔からの知り合いに会えたような気分で、実際に会う訳ではないが、それなりに楽しく会話できた。テレワークによる通信量は30~40%増えたようで、欧州や米国では基地局増設の話をよく聞く。

 基地局増設も半導体にとっては市場の拡大となる。モバイルと直接やり取りするエッジ基地局でもCPUやメモリなどの汎用半導体を使うし、新たなパソコンとWi-fiルータの需要も増えるため、やはりCPUやメモリ、モデムなどは増える。

 結局、消費者を中心とする経済は冷えるが、半導体やインフラ系は伸びることになる。経済再開後は、これまでとは異なる行動が求められる。マスクやフェイスシールドをする。3密を避ける。手洗いを習慣にする。

ただし、見えない敵を必要以上に怖がるだけでは経済活動が進まない。ウイルスはDNAあるいはRNAが蛋白質の殻をまとっただけの無生物であり、シリコン結晶のように結晶化することが50年も前からわかっている。しかし、いったん細胞の中に入ると細胞分裂をし始め、まるで生物のように行動する。だから生物の細胞内に入らないように手洗いで洗い流す。マスクやフェイスシールドなどで潜在保有者からの飛沫を受けないようにする。ただし、抗体検査やPCR検査数が少ない以上データが少ないため、人は全て潜在ウイルス保有者だと考えて、それを前提としてこのような対策を習慣づけながら生活や経済活動に切り替えていかなければならない。昔と同じことをしては再び感染が拡大する恐れがある。

 

参考資料

1.     新型コロナ医師団に福音、患者の容態を医師がリモートで観察可能に

https://blog.newsandchips.com/2020-04-17-20-31.html

 

 

TSMCの米国工場進出の裏側

(2020年5月15日 23:25)

アジアの国防に深く関係するニュースが飛び込んできた。世界第1位の台湾シリコンファウンドリであるTSMCが米国のアリゾナに5nmプロセスの半導体工場を建てる、とTSMCが発表した。米国のトランプ大統領の要請が強く、TSMC側でも台湾、シンガポール、中国の他にも危険分散の意味で工場を各地に散らばせることは考えにあった。

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図1 TSMCは台湾内でも新竹だけではなく、台南、台中にも巨大な半導体工場を持つ 写真は台南にあるTSMCの工場 筆者撮影

このニュースがなぜ国防に関係するのか。ロケットやミサイル、宇宙開発などを進める上で半導体は欠かせないからだ。ロケットの自動操縦には自律性、制御性、さらには即座に回復できる力を示すリジリエンシー(resiliency)、そしてセキュリティなど半導体チップなしでは実現不可能な機能が満載だからだ。これらを実現するのに高速のコンピューティング能力がいる。例えば、迎撃ミサイルのように、ミサイルが飛んで来たことを発見したら、高校の物理の教科書にある通り、ミサイルの速度と方向(3次元)、そしてT1秒後の到達空間位置を瞬時に計算し、その位置からさらに修正をかけながらT2後の到達空間を割り出す。ミサイルを打ち落とす側のロケットにも、T1後の到達空間を割り出し、敵のミサイルとの距離を少しずつ詰めながら、補正し精度を上げていく。このためには高速コンピュータが欠かせない。その心臓はマイクロプロセッサやGPUアクセラレータだ。

 計算の得意なコンピュータ=半導体と言っても差し支えない。半導体は国防の基礎でもある。実際、トランジスタをベル研究所が発明した要求は海軍から来た。すぐタマが切れてしまう真空管に代わる固体の増幅器を作ってくれという要求を実現したデバイスがトランジスタであった。もちろん、海軍だけではなく、計算機やコンピュータに半導体が大量に使われ、早い時期にソニーがラジオにトランジスタを使って世界を驚かせたことは有名な話だ。今や軍事技術も民生技術もない。太陽電池の小型軽量なフレキシブルパネルは超高効率のため、米陸軍のキャンプに使われている。

 現在最先端の7nmプロセスは、AppleiPhoneをはじめとするスマートフォンのAPU(アプリケーションプロセッサ)に使われ始めているが、同時に国防用迎撃ミサイルの高速コンピュータのプロセッサにも使える技術である。だからこそ、米国政府は、インテルやクアルコムのチップが中国の軍事に転用される危険性を心配する。

 このところトランプ政権は中国に対して、いら立ちを見せているが、それはココムに代わるワッセナール協定が意味をなさなくなってきたからだ。同協定は、先端技術を中国に出すことを禁じており、先端の1世代前の技術なら出してもよい、ということだった。しかし、現在の半導体技術はあまりにも複雑で集積度が上がっているために、ファブレス(設計だけを考え出す半導体メーカー)とファウンドリ(設計請負専門メーカー)に分かれている(注)。このため、最先端の製造技術は中国にはないが、中国のファブレスメーカーは最先端プロセスで作ることを前提としたチップを設計できる。中国で最先端チップを設計し、台湾で製造してもらえばよいのだ。

 このためトランプ政権は、TSMCの最先端工場を米国にぜひ来てもらいたいと強く熱望していた。少しでも中国トップのファブレス半導体メーカーのハイシリコンにTSMCを使うことを避けるためだ。ハイシリコンは直近(2020年第1四半期)の世界の半導体トップ10社の仲間入りを果たすほど大きく成長した。また、ハイシリコンは通信機器大手の華為科技の子会社でもある。今はスマホのAPUの設計や5G通信のモデムを設計しているが、これらの技術はいつでも軍用コンピュータにも転用できる技術である。だからトランプはイラついているのだ。

 加えて、米国で唯一のファウンドリメーカーであった、グローバルファウンドリ(GF)社はニューヨーク州立大学のあるアルバニーに拠点を構え最先端のプロセス技術を開発していた。しかし、同社CTOだったゲイリー・パットン氏によると2019年になるまで黒字化しなかったという。さっさとドイツのドレスデンに引き上げ、もはや米国にはGFの拠点がなくなった。IBMマイクロエレクトロニクスから入手したイーストフィッシュキルの工場は、オン・セミコンダクタに売却し、シンガポールのチャータードセミコンダクタから買った工場は台湾のバンガード社に工場を売却した。もともとGF社はAMDの製造部門から独立してファウンドリとなったものの、当初からうまくいかず、アブダビの資金を投入しながらもビジネスとしては成功しなかった。

 トランプ大統領がイラつくのは、米国にファウンドリがもはやなくなったことだった。半導体をいくら設計しても、それに合った製造プロセスを開発しなければチップはできない。かつてインテルもファウンドリビジネスも行うと言っており、FPGAのアルテラ社のために製造していたが、そのアルテラ社をインテルが買収してしまったために、インテルは、もはやファウンドリビジネスに興味を失った。台湾にいるTSMCは米国から見れば中国に近く、いつ何時、中国が香港のように飲み込んでしまうかもわからない、という懸念がある。香港は1997年の中国返還時に50年間の自由と民主主義を保証する、と約束したのにも関わらず、2014年から4年間も続く「雨傘運動」で見られるように、自由と民主主義が踏みにじられていた。

 米国にとって、TSMCが来てくれることは極めて心強い。世界一のファウンドリメーカーが米国にもやってきたからだ。設計だけではやはり心細い。米国政府は半導体産業の構造をよく知っており、ファウンドリだけではチップを使うことができない。つまり後工程専業の請負メーカーのOSATOutsourcing assembly and test)も中国から米国に戻してもらいたいのだ。半導体の微細化が行き詰っている現状では低コストで高集積を実現するチップレット手法に注目が集まっている。この技術は、無理に1シリコンに集積せず、IPや作りにくい回路の一部を切り出し、配線回路基板(インターポーザという)上に集積するというもの。この技術はファウンドリのTSMCも力を入れているが、元々OSATのトップメーカー台湾のASEにも来てもらいたいと思っている。次はASEにアプローチする可能性が高い。

 

(注)日本はこのファブレスとファウンドリの分業を無視し、設計+製造の垂直統合にこだわりすぎて、設計技術も製造技術も遅れてしまった。

追加注)記事を書き終えてから、米国商務省の工業安全保障局(BIS: Bureau of Industry and Security)は、華為科技の半導体を設計および製造するための技術とソフトウエアを制限することを発表した。米国の輸出管理を弱体化しようとする華為の取り組みを切り捨てようとするものだとしている。要は、米国製の技術とソフトウエアを使って作られた半導体製品を華為およびハイシリコンが使わないように制限するというのだ。つまり米国のファブレス企業がTSMCに製造してもらっても華為に販売できないように制限したものだ。加えて、華為傘下のハイシリコンがTSMCに依頼してもTSMCが米国製半導体製造装置(アプライドマテリアルズやラム・リサーチなどの製品)を使っていれば、ハイシリコンには出荷できなくなる。現在、TSMCの最先端プロセスである7nmを使った製品を依頼しているのはアップルとハイシリコンだ。TSMCは、この2大顧客の一つを失うことになる。TSMCにとっては苦渋の選択であり、TSMCはこの声明を知ったために、米国での工場建設を決意したのに違いない。今回のBISの発表は、ワッセナール協定に代わる新しい制限がこの声明だと理解してよいだろう。

 今後、ハイシリコンは、韓国のサムスンに依頼をするだろうが、サムスンも米国製半導体製造装置を使っていることは間違いないだろうから、BISは今後サムスンに対してもこの輸出制限を与えることになりかねない。サムスンに常に密着している文政権が米国と対峙するのか、対応を迫られることになる。

新型コロナ医師団に福音、患者の容態を医師がリモートで観察可能に

(2020年4月17日 20:31)

新型コロナウイルス患者の呼吸波形や心拍波形(心電図のような波形)、歩行状況を自宅にいながら観察できるデバイス「Emerald」を米MIT(マサチューセッツ工科大学)のCSAIL(コンピュータ科学&AI研究所)が開発、大学発ベンチャーを数年前に設立した。このEmeraldが新型コロナウイルス患者の経過観察に有効な手段になることを、最近ボストンの医療機関が見出した。

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1 Wi-Fiアクセスポイントのようなデバイスで人体の生体データを測定しその結果を医師のスマホへ送信する 出典:MIT CSAIL

 

生体データを取得するEmeraldは、患者の自宅あるいは隔離部屋に設置され、患者の様子を無線でデータを取得し、そのデータを医師の元へ送信する。スマートフォンで受けることが可能であるため、医師は病院に行かずに患者を診ることができる。患者の具合が悪くなると、生体データが悪化することで医師はそれを把握できる。実験例では、202047日に呼吸は毎分23回だったが、11日には毎分18回に下がり、落ち着いたことがわかった。医師は患者に接することなく、スマホを使って呼吸数と心拍数、歩行、睡眠の様子を観察できる。

 しかも、患者にセンサなどを装着する必要がない。患者は普段通りに生活することができる。負担は極めて軽い。新型コロナウイルス患者だと直接触れようとすれば医師や看護師たちが感染するリスクが増す。患者の生体情報を取得し、医師に送るこのデバイスEmeraldは、部屋のどこかに置くだけでよい。

 ではどのようにして患者の生体情報を取得するのか。Emeraldを開発したMIT CSAILDina Katabi教授は、その仕組みについてほとんど語っていない。わずかに、スマホの周波数の1000倍よりは低い周波数で動かす、とだけ語っている。

最近、第2世代の5Gで主流になるであろうミリ波(波長が1mm10mm)あるいはそれ以上のテラヘルツ波(数百GHzTHz)を使ったレーダーToFセンサで生体情報をつかむという実験や研究が盛んである。ミリ波のような超高周波を人体に発射し、その反射波を検出することでわずかな動き検出しようというものだ(図3)。反射波の情報から呼吸(肺の動き)や心拍(心臓の動き)を知ることができる。24GHzでもクルマのドライバーの心拍数を測定できたというデモがCEATECなどで見られている。

 

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2 ミリ波レーダーで心臓や肺の動きを検出する 出典:Vayyer

ミリ波レーダーを使ったイメージング技術も登場している。例えば60GHzの周波数で帯域を4GHz程度取れば鮮明ではないが画像を取得できる。人が歩いているのか止まっているのが横になっているのか、という程度の画像は検出できるため、人を検出し人体をスケルトンでグラフィックスを作ればデータ量は軽くなり、AIで簡単に学習させることも推論することもできるようになる。リモートで患者がつまずいて倒れたのかどうかも検出できる。

Emeraldを実際に使ってみたHarvard Medical SchoolIpsit Vahia准教授は、「Emeraldは患者と一切触れあわずに、患者の生体情報が得られるため、医師や看護師が感染するリスクを最小にできる」と述べている。

イスラエル政府のMAFATIsrael's Defense Research & Development Directorate)とIsrael's Naval Medical InstituteがイスラエルVayyer社と共同で、リモートで人体の生体情報をリアルタイムで観察できたと発表した。新型コロナのリモート観察が可能になり医師団を守ることができると評価している。

 以上のようなミリ波テクノロジーを使って、新型コロナ患者の自宅や隔離した部屋で両用する場合も医師の病院からでも観測でき、直接触れずに済む。医師団が感染するリスクが少しでも減らせるため、今でこそ、このミリ波テクノロジーを医師団が評価するようになっている。

新型コロナ対策用の人工呼吸器開発に世界中が参加

(2020年4月11日 11:34)

新型コロナウイルスによる人工呼吸器不足が世界中で起きつつある。米国では緊急事態となっており、人工呼吸器を供給しようというエレクトロニクスメーカーも出ている。新型コロナは最終的に肺に炎症を起こし、肺の機能を低下させるウイルスだから、重症患者には肺の機能を助ける人工呼吸器が欠かせない。しかし1300万円もする。戦争並みの危機的状況でさえ、日本では厚労省が認可手順を変えない、と411日の日本経済新聞が報じた(参考資料1)。欧米は、人工呼吸器が増産できるように医療機器の規制を緩めている。

感染者が最も多い米国では人工呼吸器不足が深刻で、MIT(マサチューセッツ工科大学)が中小企業と協力して、安価な人工呼吸器の開発を進めている。部品代だけなら5万円でできるとしている。さらに別の中小企業は10万円で使い捨ての(呼吸数が25万回程度しか使えない)人工呼吸器を試作した。人工呼吸器の大手、アイルランドのメドトロニクスは、人工呼吸器の設計仕様を公開した。

人工呼吸器の新たな開発に世界中の企業が参加している。人工呼吸器には、患者の呼吸を支援する空気の流れを正確に、しかも連続的に制御しなければならず、このための重要なコントローラとして半導体チップが使われている。この半導体チップを製造するのに通常は2カ月ほど要するが、台湾のファウンドリメーカー(半導体製造だけを請け負う専門業者)UMC1カ月に短縮し、人工呼吸器の供給を早めることに貢献した(参考資料2)

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1 台湾UMCの半導体工場 出典:UMCホームページPress Centerから


UMCは、人工呼吸器のチップを設計するデザインハウスのファイソン(Phison)社からの緊急注文に応えた。通常、人工呼吸器用の半導体チップは要求数量が少ないため、半導体ビジネスとしてのうまみは少なく、後回しにされることが多い。つまり製造期間は数カ月かかるのが普通だ。これをわずか1カ月で製造することに成功した。今回の新型コロナを成功裏に収めた台湾としては、これから世界を支援する側に回るのである。

UMCでは、通常、緊急性のある製品ロットをSHRSuper Hot Run)と定め、やや急ぎをHRHot Run)、通常品をNRNormal Run)と定めてさまざまな種類の製品を流している。今回の製品はSHRとして最優先でラインに流した。半導体生産ラインでは一般に、数量の少ない製品は8インチウェーハを流し、半導体回路を構築するが、今回のように緊急性を要する製品は8インチで流すことが12インチ(300mm)ウェーハで流すよりも機敏に生産できるようだ。

今回のような欠かせない医療機器で最も重要な機能を実現するのはやはり半導体チップである。しかもそのリードタイムをいかに短縮するかで、重要な医療機器の提供期間が縮まる。だからこそ、米国半導体工業会のSIAと半導体製造装置・材料の世界的な協会であるSEMIが全米16州と各国に半導体産業を「欠かせない事業(Essential Business)」であるという認定を4月に求めた。幸い日本でもSEMIジャパンの貢献と経済産業省の協力により、半導体が欠かせないビジネスであるという認定を即座にいただいた。

米国では新型コロナウイルスを人類の健康の敵との戦争と捉えている。元陸軍特殊フォースオフィサのチャッド・ストーリー(Chad Storlie)氏は、「新型コロナウイルス対策は戦争と同じだ」と捉えており、戦争に勝つためには味方をがっちり守ることが最優先だ、と述べている(参考資料3)。味方が減れば戦力が落ちるからだ。このため新型コロナにはまず医療関係者のチームがやられないように最優先で防護服やマスクなどの対策を徹底し、敵(新型コロナウイルス)をやっつけることだと指摘する。

だからこそ、米国は、人工呼吸器不足に対して戦時中に発動した「国防生産法」を適用し、FDA(日本の厚労省に相当)と協力し、人工呼吸器の不足解消に努めている。これに対して、日本の厚労省は、従来通りの期間で許認可を行うという。これでは人工呼吸器を例えメーカーが開発したとしても、認可までに1~2年はかかる。厚労省には新型コロナに対する現在の危機感は全くないことがよくわかった。

かつて1980年代後半のバブル時代に、国民から集めた年金が余っているからとして「グリーンピア」などの保養所を建設し、赤字のまま投げ出した厚労省は何の責任も取ってこなかった。今回の人工呼吸器不足が原因で死に至らしめることが、もし起きたとしても無責任のまま変わらなければ遺族はいたたまれないだろう。厚労省の無責任体質は未だ変わっていないようだ。

 

参考資料

1.      人工呼吸器 参入に壁――日本、緊急事態でも規制変更なし、車業界「協力」止まり、日本経済新聞、1面、2020411

2.      Taiwan's Chip Maker Speeds Up Production of Key Components to Meet Urgent Orders for Medical Devices Used in the Fight Against COVID-19, Reports TrendForce, 2020410

3.      The Fight Against COVID-19 Is a War: Companies Adopting Military Principles to Defeat the Virus, Connected World, 2020331


 

新型ウイルスに対して、君は何ができるか

(2020年4月10日 16:05)

このところ、2週間程度、在宅テレワークで取材・執筆している。8日には、スタッフ全員在宅から、ウェビナー(ウェブベースのセミナー)を開催した(図1)。その時の内容や背景などを記事(参考資料1にしたが、このウェビナーのテーマは「新型コロナウイルスに対して、半導体企業は何ができるか」である。

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図1 在宅からウェビナーを開催した 出典:セミコンポータル


 なぜこのテーマにしたか。対象読者が半導体業界の人たちだからである。ただ、内容的には半導体に限らず、半導体のユーザであるIT業界も含めている。半導体とITとは切っても切れないくらい深い関係があるからだ。彼らを対象読者と想定し、「新型コロナウイルスに対して、半導体企業は何ができるか」についてこれまで取材した材料を元にお話した。ポジティブなフィードバックをいただき、開催して良かったと思った。

 なぜこのテーマを選んだか。その背景には実は10年前に取材で訪れたベルギーの半導体研究所IMECでの研究に衝撃を受けたという事実に基づいている。まだAIがブームになっていないこの当時、IMECでは半導体チップの上に細胞を乗せて、電気配線とつなぐという操作を行っていた。半導体と細胞などの生物とは関係ないのに、なぜこのような研究を行っているのか、CEO(最高経営責任者)のLuc Van den Hove氏に聞いてみた。その答えは「半導体技術で、ガン治療を目指す」ということだった。

 このことは、「ガン治療」を「社会問題解決」という言葉に置き換えると、もっとわかりやすい、とその時思った。つまり、半導体技術で社会問題を解決する、という意識が新たな技術開発につながる。社会のニーズを知ることができるという訳だ。最近では、IT企業も、ITで社会問題を解決する、という言葉を標語に掲げる所も増えている。

 かつて、面白いかもしれないが何の役に立つのかわからない、と言いながら研究を続けるエンジニアや研究者が少なくなかった。特に大学関係者には象牙の塔に閉じこもった研究者や教授たちが多かったが、浮世離れしていて、世間の常識が通用しない人たちという印象が強かった。最近は、もっと社会の役に立ち、世の中を変えよう、という意識を持つ人たちが増え、望ましい傾向にはなっている。

 新型コロナウイルスにはITや半導体は関係ないな、ということは決してない。むしろ海外のITサービス業者や半導体メーカーは、自分たちで協力できることはないか、という目で新型コロナに対処している。例えばA-Dコンバータが得意なアナログ・デバイセズ社は、同じA-Dコンバータでも医療向けを最優先して出荷することを表明している。また、医療従事者向けに使い捨ての白衣やマスクなどを寄付するところもある。

 さらに、半導体のMEMS技術でマイクロ流路を作製しMEMSクロマトグラフィや、あるいは多層膜を利用して小型のPCR検査に使うデバイスを作製したという企業や大学もある。3~4日かかる検査結果を、小型化することにより数時間で結果を知ることができるようになる。また、半導体製造のクリーンルームではウイルスも通さないほど効果の高いフィルタを使っており、しかも不純物は100万分の1どころか、ppbという10億分の1の非常に高い純度が要求される。これを利用して、半導体グレードの洗浄方法でマスクを洗う、あるいは除菌する、などの技術を転用する手もある。半導体製造技術者は、新型コロナウイルスの退治に大きく貢献できるはずだ。

 新型コロナウイルスの同定に使うDNA解析などにHPC(高性能コンピュータ)を提供するという動きが米国にある。「Covid-19 High Performance Computing Consortium」と名付けたコンソーシアムが誕生し、IBMAWSNvidiaなどの企業だけではなく、DoE(エネルギー省)所属のSandia国立研究所やLaurence Livermore研究所などの6研究所、そしてMIT(マサチューセッツ工科大学)やCMU(カーネギー・メロン大学)などの9大学などが参加し、医療向けのデータ解析を優先する。

 新型コロナウイルスを退治するためには、とにかく感染しないように人から距離を置くことしかない。最初に感染が広まった武漢市の場合、1人が接触すると平均2.6人に移り、2.6n乗で感染者数が増えていった。新型コロナウイルスの感染力は、これまでのSARS(サーズ)の80倍とも200倍とも言われている。一般の消費者ができることはやはり、人と離れていることしかない。もし1人が接触する人数が1人未満となれば、そのn乗だから感染はどんどん減少しゼロに近づく。だから隔離が絶対に必要なのである。

 

参考資料

1.      特集コロナ戦争(3):ウェビナーで活発なディスカッションを得た(2020/04/09

ニッポン半導体、世界市場シェアがついに6%まで低下

(2020年3月22日 22:52)

 日本を本社とする半導体企業のIC売上額の世界シェアは、ついに6%にまで落ちてしまった。第1位はもちろん米国の半導体企業であり、55%と過半数を超えた。かつて日本の半導体が過半数のシェアを持っていた時代も実はあった。この時代は1980年代後半から90年代はじめのバブル時代ともリンクしていた。


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1 日本半導体のシェアは6%に低下 出典:IC Insights

 

 2019年の世界半導体ICの市場シェアの第2位は韓国で、21%に達しており、第3位は欧州の7%、第4位は台湾の6%、日本は第5位の6%になった。第6位の中国は5%と、日本に迫っている(図1)。世界半導体ICシェアは、あくまでも半導体IC製品の市場シェアを表しているため、台湾の世界トップのファウンドリであるTSMCの売上額を含んでいない。ファウンドリサービスの売上額を半導体の売上額に加えると製品売上額とダブルカウントになってしまうからだ。

  2018年には、米国ICのシェアは45%で、日本のICはシェア9%で、韓国の24%の次にとどまっていたが(2)、これはメモリバブルによる一時的な救いがあったためだ。DRAMNANDフラッシュメモリは共に、60~70%と巨大な営業利益率を貪っていた。日本の東芝と韓国サムスンとSKハイニックスが特に強かったため、共にシェアを3%ポイント、落とした。米国のマイクロンも大手メモリメーカーとして2019年の売上額は低下したが、米国はメモリに頼る半導体産業構造になっていないため、2019年の売上シェアはむしろ55%へと上昇した。

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2 2018年の世界半導体シェア 米国はトップだが日本は9%を維持していた 出典:GSA

 


 半導体は全ての電子システムのキモとなる重要な技術。米国では半導体を国防技術のコアとして長年位置付けていたため、半導体を容易に手放すことはしなかった。半導体がなければ、電子システムを他社よりも差別化できないためだ。現在のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)も同様に、自らのデータセンターのサーバーをはじめとする電子システムのコアとなる技術が半導体であることを認識している。

  さて、図1を見て気が付くことは、IDMIntegrated Device Manufacturer:設計から製造まで垂直統合で手掛ける半導体メーカー)が多く、ファブレスメーカーがほとんどいない国は、日本と韓国だけだ。かつて日本が世界の過半数のシェアをとっていたころはDRAMというメモリが非常に強かった。DRAMNANDフラッシュもそうだが、大量に生産する製品だけにIDMでもビジネスは成り立っていた。

  IDMなのにメモリを作らずにビジネスができた唯一の例外がインテルだった。インテルはマイクロプロセッサだけに絞って世界最大の半導体メーカーに成長した。インテルはPCIバスを提案、パソコンメーカーもプロセッサ以外のICメーカーもこのインターフェイスに準拠したICやシステムを作ることで、インテルのPCIバスを使わずにパソコンビジネスを成り立たないようにした。日本や韓国のメモリの単価が1~2ドルしかしないため、低コスト技術を開発しなければDRAMビジネスは成り立たなかった。韓国はマイクロンから技術を導入し低コストDRAMを開発できたが、日本はそれができなかった。インテルが巨大な設備投資に踏み切れた理由は、2004年当時のインテル製ICの平均単価が40ドルもあったためだ。

  米国の勝ちパターンは実はファブレスで大きく稼いでいる点にある。クアルコムやブロードコム、ザイリンクスなど、CMOSデジタルICで勝負している企業は、ほとんどがファブレス企業だ。ファブレス企業だけの世界シェアなら米国が65%と断トツ。次が台湾の17%、そしてその次が中国で16%もある。中国の半導体が強いのは実はファブレスなのだ。今メモリなどを自分で製造しようとしているが、まだ成功していない。当分は無理だろう。なにせ、NANDフラッシュメーカーを立ち上げようとしているYMTC社は、新型コロナウィルスに見舞われた武漢市に工場があるからだ。

  日本の多くの人たちが半導体IC技術の重要性に気が付いて、日本の半導体が再び立ち上がれるようになることを祈る。偶然かもしれないが、80年代後半から90年代はじめのバブル景気と、日本の半導体が世界のトップを言っていた時期が重なるのである。半導体IC産業と総合電機産業、半導体製造産業と半導体向け材料化学産業がバブル景気に沸いて、世界市場へと繰り出して行った時期は、日本の産業全体に影響を及ぼしたのかもしれない。

2020/03/22

なぜいま、東大が半導体の設計研究センターd.labを創設したのか

(2020年3月20日 10:22)

東大が201910月に半導体の設計研究センターd.labを創設、11月には世界トップの半導体製造請負ファウンドリ、台湾TSMCとの業務提携を交わした。なぜ今、また半導体なのか。センター長を務める黒田忠弘教授(1)は、国内の電機業界からそのように言われたという。

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1 慶應義塾大学から東京大学に招かれたd.labセンター長の黒田忠弘教授

 

GAFAと呼ばれる、グーグル(G)やアマゾン(A)、フェイスブック(F)、アップル(A)とMicrosoftなどのITサービス企業がみんな半導体チップを作り始めている。いやアップルはiPhoneiPadに向けた半導体開発を2006年ごろから始めていた。なぜ、こういったところが自分の半導体を持つようになったのか。主な理由は三つある。一つは自分の半導体によってクラウドに使うデータセンター向けのコンピュータの消費電力を1桁下げられること。もう一つは半導体設計言語を知らなくてもデザインハウスで設計してもらえるようになったこと、そして、何よりも独自の半導体で競合相手との差別化できることだ。パソコンの父といわれるアラン・ケイ氏の言葉にもある、「ソフトウエアに打ち込む人はハードウエアも作りたくなる」と。

  何よりも自分の半導体を持つために、昔は工場が必要だったが、今は設計だけのファブレスで済むようになった。製造だけのファウンドリというビジネスが確立したため、自分で半導体工場を持たなくても済むようになった。DRAMNANDフラッシュのようなメモリは昔ながらの大量生産ビジネスだから、メーカーは自分で工場を持つが、システムLSISoC: System on Chip)は自分専用の半導体チップで少量生産であるため自社工場を持つ必要がない。ファウンドリに頼めばよい。

  世界の半導体はシステムLSIで成長しているのに、日本だけが成長していない(図2)。DRAMを捨て、システムLSIに路線を変更したのにもかかわらず、相変わらずDRAM同様の大量生産ビジネスを展開していた。少量多品種に合わせて工場を縮小して少量でもコスト的に対応できる工場にしていなかったからだ。日本だけが垂直統合にこだわり続け、製造のプロセスエンジニアは、少量生産は半導体ビジネスに合わないとして低コスト技術を開発しなかった。大量生産できるシステムLSIなどは存在しないのにもかかわらず、垂直統合を捨てようとしなかった。

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2 世界の半導体市場は成長し続けているのに日本市場だけが成長していない 2018年には日本半導体の世界シェアは9%まで落ちた 出典:GSA2019 SIA Factbook

 

 メモリを作らないのなら、ファブレスを目指すべきで、さもなければ、自社以外の多くの半導体メーカーから注文を取ってくるファウンドリをすべきだった。ところが、どちらも中途半端だったために、徐々に没落するという最悪のパターンに陥った。これは自社の半導体部門に対してシステムLSIへ向けよ、と指導した当時の経済産業省と総合電機の経営者が半導体ビジネスについて無知だったためと言わざるを得ない。

  加えて、日本の半導体メーカーは、総合電機会社の一部門あるいは子会社にすぎず、主体的な経営が許されない状況にあった。半導体がITのテクノロジーの源であることを総合電機の経営者たちは理解できなかった。その割に半導体部門を支配し続けた。今でもその姿勢は変わらない。2020年になって東芝は、HOYAが高い価格で、東芝の子会社であるニューフレアを買ってくれると提案したのにもかかわらず、なんの相乗効果も生まないニューフレアをTOBで買い戻すことに躍起になっていた。まるで駄々っ子が欲しくもないお菓子を誰かが取ろうとしたら、それは自分のお菓子だとごねる様子とそっくりだった。半導体業界関係者は今でも、東芝がなぜあれほどまで躍起になってニューフレアを買い戻そうとしたのかわからない、と述べている。

  そのような総合電機の経営者は今でも半導体ビジネスを理解できていない。だから、総合電機の経営者は、なぜ今半導体なのか、全く理解できていないのである。東大の黒田センター長が昨年まで勤務していた慶應義塾大学では、半導体研究には優秀な人材が来るが、卒業生は半導体メーカーに行かなかった、という。日本の従来の半導体メーカーの親会社があまりにも情けなかったからだ。黒田センター長は、慶応大学に招聘された2000年まで東芝にいた優秀な半導体エンジニアであり、世界的な国際会議でも何度か招待講演をしていたほどの半導体の達人である。

  幸いなことに、総合電機とは関係なく、日本でも半導体を求める流れが確実にできつつある。AIフレームワークのChainerを開発してきた、東大発ベンチャーのプリファードネットワークスは学習向けのAIチップを開発(参考資料1)、グラフィックスに強いIPベンダーのDMP(デジタルメディアプロフェッショナル)、最先端の5nmプロセスを用いてAIチップの前段となるIPを開発したTRIPLE-1(参考資料2)、フルHDのカラー赤外線映像を再現できるカラー赤外線センサを開発したナノルクス(参考資料3)など、いずれもファブレス半導体メーカーの仲間入りを果たした。全て将来性のある半導体チップメーカーである。しかも全てファブレス半導体だ。

  黒田センター長が半導体設計の研究センターを作る狙いは、ファブレス半導体で勝負できると燃えている、こういった先進のベンチャー企業が登場してきて、そこに日本のファブレスがさらに参入・活躍できる機会がようやく訪れるようになってきたからだ。半導体ビジネスをやる以上、世界のトップメーカーになる気持ちが必要だ。先に述べた新しいファブレス半導体の人たちは全て独自の技術で独自の狙いを掲げている。

  黒田センター長はGAFAが専用半導体を設計している様子を見て、これからはやはり専用半導体チップで差別化を図る時代になってきたと見ている。これまでは、専用半導体は価格が高い、複雑で設計に時間がかかる、数量が出ない、などの理由から、日本では冬の時代を20年続けてきた。しかし、これからの専用半導体SoCで、これまで汎用半導体を搭載するシステムの消費電力を1/10に減らす、という目標を同氏は掲げている。

  システムの低消費電力化は地球環境のサステナビリティに有効であると同時に競争力も増す。同じシステムで消費電力の低いチップだと、空調が楽になったり不要になったりする。余分な電力を食わない分だけ性能をさらに上げることもできる。低消費電力化は、半導体技術全体の流れとも一致する。

  そして、複雑なLSIを短期間で設計するための高位のシステム設計技術を開発し、設計期間を1/10に減らし、低コスト化につなげる、としている。しかも従来のSoCの設計ではHDL(ハードウエア記述言語)やVerilogなどと呼ばれる特殊なLSI設計言語で書かなければならなかった。これをC/C++Pythonなど、なじみのある言語で設計できるようなコンバータ(あるいはコンパイラ)も開発していく。要は誰でもシステム設計できるような抽象度の高い言語で設計できるようにLSI設計を「民主化」する。そのために半導体設計ツールの国内トップエンジニアを招く予定だ。

  TSMCと提携した理由は、d.labで開発された設計ツールを用いて設計した半導体チップをTSMCで製造依頼できるからだ。今の日本には製造を請け負うファウンドリが1社もない。TSMC並みの製造技術力を持つファウンドリ会社が日本で生まれれば、当然そのような企業にもビジネス機会ができる。

  半導体設計研究センターのd.labDDigitalDataだけのDではない。AIのアルゴリズム研究者やソフトウエア開発者、半導体製造プロセス技術者、ファンド、OEMクルマメーカー、ティア1サプライヤ、ITサービス業者、通信キャリアなど、さまざまな業種や大学関係者などが、企業の壁を越えて自由に夜が更けるまでディスカッションできる場となるDormitoryDでもある。もちろん専用ICを意味するDomain-specificD、ゲームチェンジを引き起こすDisruptionDDeviceDでもある。


 

参考資料

1.     プリファードネットワークス、AI学習チップを顔見世

2.     国産ファブレス半導体スタートアップ、5nmAIチップを開発

3.     真っ暗闇でカラーの赤外線画像・映像を撮る

2020/03/20

「I will Survive」はムーアの法則にも当てはまる

(2020年3月14日 21:21)

I will Survive(生き残ってやる)」。1980年代のディスコを席巻した歌の一つだ。グロリア・ゲイナーが歌う失恋から立ち上がるその歌は、ディスコテック・ロックの一つとして今でも米国のイベントで流れることが多い。

半導体の世界でもムーアの法則は生きていた。半導体チップに集積されるトランジスタの数は、1824カ月で倍増する、というムーアの法則だ。ムーアの法則は、もともと半導体企業の先駆者であった米Fairchild Semiconductor(現在はON Semiconductorに買収された)に在籍していたゴードン・ムーア氏が1965年、市場に出ている半導体チップのトランジスタ数は毎年2倍に増えているという経済法則を見つけたことから、言われ出した。

1は、半導体回路に集積されるトランジスタ数の推移を単純に描いたものだ。縦軸は対数スケールであるから、対数で直線だということは年率何%あるいは何倍で伸びているという意味である。これは市場調査会社のIC Insightsがグラフ化したもの。ムーアの法則はもう成り立たない、と言われながら、なぜ続いているのか?

Fig1MooresLaw.png

 

1 半導体に集積されるトランジスタ数は増加し続けている 出典:IC Insights

 

もちろん、データに偽りはない。ムーアの法則は、毎年2倍から12~18カ月に2倍、あるいは18カ月から24カ月に2倍というように言われるようになり、少しずつ形を変えていった。

最も顕著な変化は、微細化=ムーアの法則、といった捉え方をされるようになったことだ。数nm以下になると、ムーアの法則は死ぬと言われていた。トランジスタ数ではなく微細化技術をムーアの法則と指すようになった。

なぜそうなったか。1980年頃、IBM T. J. Watson研究所にいた、ロバート・デナード(Robert Dennard)博士が打ち立てたスケーリング理論(最近ではデナードの法則という言葉も登場している)に基づいている。これは、MOSトランジスタのドレイン電流が、WµC/L*V2に比例する1次元動作近似をベースにして、トランジスタの寸法を表すW(ゲート幅)、L(ゲート長)、µ(キャリヤ移動度)、C(ゲート容量)を比例縮小したら、動作速度や消費電力がどちらも好ましい方向に行くことを理論づけた。

この理論によれば、微細化すればするほど性能は上がり消費電力が下がるという幸運な特性を持つことがわかった。このため、MOSトランジスタの微細化技術はどんどん進んでいった。半導体の高集積化にとって微細化は常識になった。このため、28nmくらいまでは、ひたすら微細化してきた。言葉が変質したのは、半導体製造のITRSInternational Technology Roadmap for Semiconductors)ロードマップの指針であろう。ITRSは、微細化が限界に近づいたから、ムーアの法則は成り立たなくなってきた、と表現した。このため、10年前には「More Moore」や「More than Moore」と言われるようになった。すでに「微細化=ムーアの法則」という言葉に変わってしまっていたのである。

 

半導体製品は3次元に向かった


1に見るように、半導体に集積されるトランジスタの数は年率十数カ月で2倍になるという本来のムーアの法則は、実は変わっていないのである。

なぜこうなったのか。半導体に集積するトランジスタを従来の2次元から3次元に変えたからだ。図1の最近の高集積なICNANDフラッシュメモリである。これは数年前から2次元から3次元へ変更し、それも当初の32層から64層、さらに96層へと高層化してきたのである。トランジスタ数は急速に上がってきた。

これを今度はチップ同士の接続というように3D3次元)ICとし、スタック(重ねた)したチップを一つのモールドでパッケージすると、外見は1個のIC製品に見える。この3D-ICはムーアの法則に沿うだろう、その定義が最初のゴードン・ムーア博士のままであれば。そうすると、ムーアの法則はまだ当分続くことになる。

2020/03/14