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脱炭素を目指すRD20の研究者にインタビュー、まるでバーチャル世界旅行

(2023年7月17日 17:58)

昨年は、RD20 2022の開催に向けて、G20に属する世界各地の研究機関のトップとのインタビューを行った。今年もRD20 2023の開催に向け、インタビュー企画が始まった。

 

RD20は、20191月のダボス会議でG20に属する研究機関のトップやエンジニアたちが日本に集まり、2050年までのカーボンニュートラル実現に向けて議論しようという国際会議。G20サミットとは、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イタリア、日本、メキシコ、韓国、南アフリカ共和国、ロシア、サウジアラビア、トルコ、英国、米国の19ヵ国に欧州連合(EU)の首脳による国際会議である。RD20は、それらの国々の中心となる研究機関が一堂に会する。

 

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1 RD20 2022で世界中から集まった研究機関のトップたち

 

RD20は、日本の産業技術総合研究所が主催する形をとってきた。実際の運営は、産総研内部の「ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)」である。GZRのセンター長は、リチウムイオン電池の発明を導き、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏である。

 

昨年は、主催者の産総研とGZRの吉野センター長をはじめ、産総研の上部組織である経済産業省という主催者側だけではなく、フランスの国立研究所CEA-Liten、インドの国立エネルギー関係の研究所TERIThe Energy and Resources Institute)、ドイツのFraunhoffer ISE研究所、オーストラリアの国立中央研究所であるCSIROCommonwealth Scientific and Industrial Research Organisation)をインタビューした。海外取材はもちろんオンラインである。

 

そして今年も産総研のGZRをはじめ、4カ所の研究所のトップクラスにインタビューを終えた。米国のNRELNew Renewable Energy Laboratory)、ブラジルのINRIIntelligent Networks Institute)、南アフリカ共和国のCSIRCouncil for Scientific and Industrial Research)のインタビューを終え、記事を書き上げた。これまで半導体・ITのテクノロジージャーナリストとして取材対象は、欧米と台湾、韓国、シンガポール、中国などが主だったが、昨年はインドとオーストラリア、今年はブラジルと南アフリカ共和国とこれまで取材経験の少ない地域の研究トップとオンラインインタビューを行った。

 

インドは農業と深く関係するバイオ燃料やバイオ技術が得意、オーストラリアは牛のゲップによるメタンの排出が問題になっていることを知った。今年のブラジルでは、水力発電が全エネルギーの80%近くに上り、広い国土の北の発電所から、ハイテクの直流送電で南のサンパウロやリオデジャネイロなどへ電力を届けている。南アフリカではプラチナやマンガンなどの鉱物資源が豊富であることを生かし、ソーラーによる水素生成や燃料電池発電などの取り組みで、欧米などの外国企業とコラボレーションしようと進めている。

 

まるで世界旅行のように世界の国々の特長を生かした脱炭素の取り組みに驚きを感じた。それぞれの国の特長をインタビューで教えてもらい、バーチャルな世界旅行の気分になっている。オンラインで世界の国々とインタビューできるという面白さは、調べたり記事を執筆したりという地道な作業も伴うものの、世界の研究所のトップとパソコン画面を通して話をしているとそれらの国々の理解が深まって楽しくなる。

 

この後もEUとの取材が控えているが、欧州各国とは違う歴史的な背景のもとに出来たEUの研究所とのインタビューは各国のそれとはまた違った面白さを発見することだろう。オンラインでの世界研究所巡りを行っていると、まるでバーチャル世界旅行をしている気分になってくる。

 

エイブリックの社長が書いた「展職のすすめ」の本に共感

(2023年3月29日 21:07)

 「感じる半導体、アナログ半導体」のテレビコマーシャルでおなじみのエイブリックの社長兼CEOの石合信正氏の書かれた「展職のすすめ」(幻冬舎)を読んだ。本のタイトルを見た時、社長自らサラリーマンに対して転職を進めるのか、と思った。エイブリックの社員も読むかもしれないから、社長自ら転職を進めていると受け取られるのではないか、と思ってしまった。しかし、読んでみて、そうではないことに気が付いた。

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図1 石合信正氏が書いた「転職のすすめ」と、「日本の技術力を持つ半導体メーカーに外資系スピード感をとり入れたら働きがいのある会社に生まれ変わった」の2冊

 

 この本は転職ではなく、展職と序章で表現しており、発展する転職を表している。「転職を一度でも考えたことのあるビジネスパーソンに捧げます」、と言われても、やはり当初の懸念は消えなかった。なぜか。企業の人事評価が「昭和の大企業」のような年功序列ではなくジョブ型に変わってきたこと、さらに大企業でさえも倒産のリスクを抱えるようになったこと、も背景にある。「この会社に入ったからもう一生安泰」、という時代ではなくなってきたのだ。

  そうすると、あくまでも自分のスキルを磨くことがカギとなる。ただ単に転職を進めるのではなく、自分を成長させるために転職を石合氏はこれまで6回も繰り返してきたという。自分の成長を測るために自分自身の評価も行う。特にマーケティングで利用されるSWOTStrength:強さ、Weakness:弱点、Opportunity:チャンス、Threat:脅威)分析の手法を自分自身に当てはめてみる。自分の強さとは何か、弱点は何か、市場のチャンスはあるか、市場の脅威は何か。これらの指標を使って冷静に自己分析してみようと勧めている。

  この本では、転職する際の心構えや注意事項などはもちろん紹介されているが、転職しても45年はしっかり働くことを勧めている。転職はあくまでも自分の成長に結びつくものでなければならないからだ。半年くらいで転職を繰り返すだけでは何も身につかない。


仕事が楽しいと感じる会社にするのが経営者

 石合氏の本は実は2冊立て続けに発行されている。その前に読んだ本は長いタイトルで、「日本の技術力を持つ半導体メーカーに外資系スピード感をとり入れたら働きがいのある会社に生まれ変わった」(幻冬舎)であった。この本は、エイブリックの社長として、いかに社員を鼓舞してモチベーションを上げることに腐心していることがよく表されている。

  会社の仕事は楽しいと思わなければ、個人のモチベーションも業績も上がらない。社員がこの会社に来て働いてよかった、という気持ちにさせることが非常に重要である。このような気持ちを社員に持たせる経営者こそが実は会社の生産性を上げられるのだ。社長が社長室にふんずりかえっているようでは、社員は社長についていかない。社長が真っ先にやるべき仕事は、エンジニアやセールスパーソン、人事・総務・財務などで働く人をいかに鼓舞するかであり、彼らの自己実現を支援することだ。

  石合氏は、従業員がワクワクしながら働ける職場を従業員と一緒になって改革を進めたという。この結果、従業員の能力が大いに発揮されたことで、新製品の開発も進んだ。同時に利益を重視して、行き過ぎた低すぎる製品価格を元に戻すという活動も行い、営業職の考えをがらりと変えた。

  実は外資系半導体のトップを取材すると、同様に社員を鼓舞する社長が多く、日本の社長とは大きく違う。この本「~~外資系スピード感をとり入れたら~~」で出てくる社員がワクワクする職場、やらされ仕事ではない職場を実践している米国企業の経営者に、筆者はずいぶん出会った。これまで取材してきた米国企業と照らし合わせながらこの本を読むと、まさに我が意を得たり、という個所が実に多い。 

 いろいろなイベントやパーティでエイブリックの社員に会うと、みんながみんなぜひ取材に来てくれ、という。これまでこんなことを言う社員に出会ったことがなかった。面白い会社だな、と最初は思った。最終的に石合社長に取材し、話を聞くと合点がいった。エイブリックでは社員が社名だけではなく、社歌を提案した。それもギターやドラムを駆使したロック調の社歌である。面白いではないか。

半導体産業に関する書籍を考えておられる出版社の方へ

(2023年1月29日 22:52)

みんなの試作広場」というモノづくりのウェブサイトで、38回の連載「半導体入門講座」を昨年10月まで寄稿してきました。しかし、このウェブサイトが20231月末をもって閉鎖することになりました。当初、この38回分の寄稿記事をまとめて書籍にするという企画でしたが、その話は消滅しました。ほかの出版社がご興味あれば、これらを書籍にすることは自由にできることになりました。もし、企画してみたいと思われる出版社の方がおられましたら、ご連絡ください(contact@newsandchips.com)。最新情報を追加執筆することも前提としたいと思います。ご検討よろしくお願いします。

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内容は以下の通りです;

▽半導体入門講座

o   1.GAFAなど大手IT企業が自社向け半導体の開発に力を入れるわけとは

o   2.AIや量子コンピュータで存在を増す半導体と国内市場動向

o   3.今さら聞けない半導体の原理と仕組み、トランジスタの特徴

o   4.集積回路(IC)上のトランジスタが微細化する理由、そして「ムーアの法則」の限界

o   5.半導体の「設計」から「製造」工程における分業化と、その分業化に出遅れた日本

o   6.「ムーアの法則」の限界を克服する3次元構造トランジスタと、半導体ICの高集積化が進む理由

o   7.半導体材料の開発動向とMOSトランジスタの進化

o   8.様々な種類・用途が存在する半導体集積回路(IC)

o   9.アナログからデジタル回路へ進化し、コンピュータや通信の発展に寄与した半導体IC

o   10.集積回路(IC)の誕生からマイクロプロセッサ(MPU)登場まで。コンピュータを発展させた半導体IC開発史

o   11.テクノロジートランスペアレント時代のなかで進化を続ける半導体技術と「スマート社会」の姿

o   12.「ダウンサイジング化」に乗らなかった国内パソコンメーカーの栄枯衰退史

o   13.IoTや自律化などが注目される「ITのメガトレンド」時代における半導体の役割

o   14.今さら聞けない半導体製造工程「設計、製造、組立、テスト」

o   15.業界構造の変遷に注目。日本企業が半導体ビジネスで没落した理由とは

o   16.EDAツールベンダーやファウンドリ事業が誕生し急成長できた理由

o   17.半導体製造の「前工程」・「後工程」に関わる企業らの最新動向

o   18.世界半導体市場統計から学ぶIC半導体製品4分類「マイクロ」「ロジック」「アナログ」「メモリ」

o   19.世界半導体市場統計から学ぶ非IC半導体製品3分類「個別半導体」「センサ」「オプトエレクトロニクス」

o   20.AIチップの仕組みと市場動向、IoTシステムにおける半導体チップの役割

o   21.ミリ波(5G)通信普及のカギを握る無線回路で用いられる半導体ICの技術動向

o   22.自律化のなかで重要な機能を果たす半導体と3つの応用事例

o   23.セキュリティや量子コンピュータで半導体が使用される理由

o   24.システムLSIで日本がうまくいかなかった理由と半導体ビジネスの変化

o   25.半導体の低コスト技術。プラットフォーム化で実現したシステムLSIの低コスト化

o   26.標準化とインターオペラビリティの対応に遅れた日本。半導体メーカーはソフトウエア開発環境の提供に注力

o   27.半導体業界の変遷や現状をランキングから読みとる。2020年半導体売上高ランキングのトップ5に注目

o   28.世界のファブレス半導体企業の動向を読み解く。2020年半導体売上高ランキング6位以降の企業に注目

o   29.世界のファウンドリ半導体企業の動向を読み解く。代表的なファウンドリ半導体企業4社に注目

o   30.半導体関連企業の現状。EDAツールベンダー3社と半導体製造装置メーカー10社の概況に注目

o   31.半導体材料とは。材料別の半導体材料メーカー動向に注目

o   32.世界的な半導体企業が成長してきた経営戦略とは。Texas InstrumentsOnsemiimec

o   33.世界的な半導体企業が成長してきた経営戦略とは。ArmIBMApple

o   34.日本の半導体メーカーが失敗した理由とは

o   35.半導体産業の日本と世界の根本的な違いとは

o   36.日本で半導体産業が衰退した理由を把握しよう〜《日本半導体復活に向けた提言:前編》

o   37.日本で復活した半導体メーカー2社から学ぶ〜《日本半導体復活に向けた提言:中編》

o   38.日本半導体復活に向け企業のみならず国自体が行うべきこととは〜《日本半導体復活に向けた提言:後編》

日本発の本格的な半導体ファウンドリが始動

(2022年11月12日 22:24)

 次世代半導体プロジェクトが密かに進められていたが、2nmプロセスノード以降の未来に向けて、研究開発拠点と、量産に向けた製造拠点の内容が明らかになった。開発拠点は以前から日本版NSTCに相当するLSTCLeading-Edge Semiconductor Technology Cemter)だが、量産拠点に関してこのほどようやく明らかにした。量産に向けた製造拠点はラピダス(Rapidus)株式会社で、その設立は2022810日だとしている。資本金は資本準備金を含み734600万円で、出資企業は、キオクシア、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、日本電気、日本電信電話がそれぞれ10億円、三菱UFJ銀行が3億円となっている。社長と会長の経営株主と、創業個人株主12名が株主に加わる。

  代表取締役社長が前ウェスタンデジタルジャパンの社長を務めた小池享義氏、取締役会長は東京エレクトロンの社長・会長を務めた東哲郎氏である。会社設立がなぜ今ではなく8月なのか。この新会社には経済産業省が深く関係しており、1111日にラピダス社が記者会見を開いて会社説明を行ったが、同じ1111日に経済産業省からも「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取り組みについて公表します」という題のプレスリリースを流しており(参考資料1)、この中にラピダス株式会社の説明がある。そして、「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」の内の「研究開発項目②先端半導体製造技術の開発」に関する実施者の公募を行い、採択審査委員会での審査を経て、ラピダス社の採択を決定した。つまり国から約700億円の補助金を得るために、形だけの公募をとし事前に会社という体裁をとっていることが重要だったからだ。ラピタス社は形こそ民間の株式会社であるが、事実上国策会社に近い。

 

正式なオフィスは12月に設立

 

 ただし、資本構成上、国が経営には関与しない形をとっているため、小池、東、両氏の経営手腕に委ねられている。しかも8月に設立した時点では千代田区麹町に形だけのオフィスを置いているが、実際には12月に移転する。

  新会社の事業内容は、半導体素子、集積回路等の電子部品の研究、開発、設計、製造および販売とある。半導体産業を担う人材の育成にも力を入れていくという。

  ラピダス社は米IBMなどと連携して2nm世代のロジック半導体の技術開発を行い、国内短TATTurn Around Time:開発期間)パイロットラインの構築とテストチップによる実証を行う。2022年度は、2nm世代の要素技術を獲得、EUV露光装置導入に着手する。短TAT生産システムに必要な装置や搬送システム、生産管理システムの仕様を策定する。これらの開発費に700億円が必要なのである。

 

2025年以降に量産へ

 

 研究期間終了後は、その成果を基に先端ロジックファウンドリとして2025年ごろに事業化を目指す。会社はファウンドリ事業を推進するが、2nm時代のナノシートや3D-ICなどは日本の材料技術が活躍する場でもある。元々日本はモノづくりが得意である。

  にもかかわらず、これまでの総合電機の経営陣は、モノづくりを捨て、安易に米国のITの後を追いかけたが、追い付くどころか、むしろ引き離されてしまった。ITを差別化できるテクノロジーである半導体を捨てたからだ。それも国内インフラ系の公共事業を中核市場としてやってきた総合電機の経営者はITも半導体も軽視していた。半導体部門を持つ総合電機は国内市場ばかり見ていた。

 

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1 ナノシート採用した2nmノードのGAAトランジスタ6個の断面 出典:IBM Corp.

 

 モノづくりニッポンを復活させるためには、海外企業からの要求を理解し、ソリューションを提供することが、日本の半導体がこれから成長していくカギとなる。そこで、これからの次世代GAAGate All Around)に使うナノシートや、3D-ICなどの開発には日本だけではなく、米国などと連携して開発するという姿勢に変わった。すでに2nmプロセスノードのGAAトランジスタ(図1)を開発したIBMと組むという姿勢を見せている。さらに素材産業や装置産業でも日米の連携が欠かせなくなる。そして5年後には2nm世代の最先端ICファウンドリを日本で実現するという目標を立てている。

  こういった内容の記者会見を行ったが、これまで失敗を続けてきた国策のプロジェクトと比べて評価できる点は多い。まず、オールジャパンをやめ、海外企業と連携して市場を切り開くという姿勢を見せている。日本の得意なモノづくりであるファウンドリビジネスを事業の中心に据えている。多くのエンジニアが半導体産業から離れてしまった今、新しいエンジニアを育成するプログラムも持つ。加えて、大学や国立研究所と積極的に連携する産学共同を推進する。こういった姿勢はかつての日本の半導体企業には見られなかった。

 

不安の種は設計

 

 ただ、心配もある。設計という言葉の使い方だ。設計には何を作るか、を意味するだけではない。どうやって作るかという意味の設計がある。今やTSMCSamsungIntelなどはどうやって作るかという設計に力を入れているが、このことには全く触れられていない。TSMCSamsungIntelは微細化が限界に来ているため、回路パターンの線幅や線間隔をほとんど微細化せず、単位当たりの面積を削減するエリアスケーリングを採用している。これによって、5nm相当や4nm相当のプロセスノードで得られそうな性能と消費電力を得ている。

  エリアスケーリングは2次元的な従来のリニアスケーリングではなく、3次元的な構造にして面積を縮小し、単位面積当たりのトランジスタ数を増やす方法だ。この方法によって、7nm5nm相当のプロセスノードに匹敵する高集積化と性能、消費電力を実現している。しかし、小池氏の説明からは設計=新機能集積やシステム設計の域から脱していない。

  確かに小池氏は製造プロセス技術には長けたエンジニアのバックグラウンドを持つ。また前職のWestern Digitalでも設計が単純なメモリを生産してきたため、TSMCSamsungのエリアスケーリングのレイアウト設計を理解しにくいかもしれない。だったら、各種スタンダードセルのマスク設計をやり直す最先端のエリアスケーリングを理解できる人間を採用するという手がある。その場合の先生はTSMCたちだ。これからどうやって、エリアスケーリング設計の経験者を採用するかが2nm相当のプロセスノードを設計するカギとなる。

  さらにLSI設計には、高位合成や論理合成などの設計ツールと検証ツールを使いこなす能力も欠かせない。SynopsysCadenseなどの設計ツールを使いこなして、ファブレスやシステムメーカー、ITサービス業者などの顧客を取り込むためにシリコンバレーの企業と提携する手も必要だろう。彼らの設計ツールによってはじめて設計データをフォトマスクのデータに落とし込むことができるからだ。

  もう一つの成功のカギは海外顧客からのシステム要求を取り込むようなマーケティング部門を育てることだろう。シリコンバレーのマーケティングエンジニアを採用する手はある。2nm相当のプロセスノードを必要とする顧客はおそらく日本にはあまりいないからだ。5年後の量産までに海外の顧客をいかに取れるかが成功のカギを握る。

 

 

参考資料

1.    「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取り組みについて公表します」、経済産業省プレスリリース、(2022/11/11


 

コロナ禍でオンライン取材が当たり前になった

(2020年12月25日 22:11)

2020年はついに一度も海外に出張しなかった。20年ぶりかもしれない。新型コロナの感染力がけた違いに強いことがわかり、呼吸困難に陥る重症化にもなりやすいという厄介なウイルスの感染拡大したせいだ。世界各地で入国制限やロックダウンをしている。人から人へと唾液感染だから移りやすい。

 3月下旬あたりからテレワーク(WFH: Work from Home)になり、オフィスまで電車に乗って出かける必要がなくなった。それでも筆者のようなジャーナリストや編集者は、ITエンジニアと並んでWFHで活動しやすい立場にはある。図1のように在宅勤務導入率では上位にある職種だ。

 

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図1 在宅勤務しやすい職種 出典:経済産業研究所(権 赫旭氏、萩島駿氏)

 

 テレワークと言っても職種によっては在宅勤務できない仕事も多い。特に、資材や購買、受付・秘書といった職種は在宅勤務の導入率は低い。製造業のエンジニアや実験を行う工学のエンジニアは設備のある工場や実験室に通わなければ設備を使えない。このため、在宅勤務はしづらい。しかし、論文を書いたり読んだりする時はオフィスに行く必要はない。

昔、原稿用紙に向かって長い記事(特集や解説)を書く時は、自宅で執筆していたことがよくあった。まさにテレワークだった。米国のように編集者やジャーナリストは昔から自宅をオフィスにしていたケースが多い。ジャーナリストは、東海岸、中央、西海岸に分かれてそれぞれがオフィスを持ち、自分の守備範囲をカバーしていた。1980年代くらいまでは電話取材が多く、パソコン通信、インターネット取材へと進化してきた。ファックスで取材していた期間は短かった。

そして今はZoomWebExON24Teamsなど会議ツールを使った取材へと変わった。今年、急激にこういったインターネットツールを使った取材インタビューや記者会見が増えた。記者会見、企業のセミナー、国際会議、展示会など、多くのイベントがオンラインに代わった。逆にこうなると、今まではめったに行けなかった海外での展示会や国際会議も簡単に参加できるようになる。もちろん出張費は要らない。悩みは時差だけだ。それも北米以外の取材なら、時差はそれほど苦ではない。欧州の朝はこちらの夕方であり、真夜中にはならないことが多い。

オンライン会議が今年ほど普及していない昨年までは、国際電話取材もそれなりにあったが、時差を考慮してくれていた。しかしオンラインのリアルタイムでは、特に米国取材は時差が厄介だ。米国の朝はこちらの真夜中になる。夜遅いと眠くて起きていられない。

それでもオンラインツールの便利なことは、後になってオンデマンドで視聴できることだ。リアルタイムで視聴できなくても(その場合は質問できないが)、後でゆっくり視聴できることは、内容を理解しやすいことにつながる。

結局、大抵のことはオンラインツールで取材できてしまうのである。資料のないインタビューも時間を配慮してもらえば、記事を生むことはできる。今年、一度も海外出張はしなかったが、海外取材はむしろ増えた。

 

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2 2012年に参加したラスベガスでのCES会場

 

毎年1月の始め、米国ネバダ州ラスベガスで開かれる民生用IT関係のCES(図2)は、完全オンラインになる。取材したければ、アポイントメントもオンライン上で取れる仕組みを導入している。実際に出向いてさまざまなエンジニアやジャーナリストとディスカッションできるような臨場感と情報量と比べると確かにオンラインは落ちるが、出張予算もないジャーナリストやエンジニアは低コストで参加できるというメリットは大きい。

また国内での学会や業界活動での講演は全てオンラインに代わったが、ここでもメリットがないわけではない。東京で開催しても地方にいる人は出張費がかからないから参加しやすい。またリアルの場だと気後れして質問が出にくいが、オンラインでしかも事前に講演資料を配布していれば、多数質問が出て活発な議論ができるようになる。

ただし、デメリットとして、参加者同士の議論がまだしにくいという点がある。参加者と講師との間のディスカッションやQ&Aに限られる。これもツールの改良で、参加者同士のディスカッションもいずれできるようになるようだ。オンライン会議は意外と使え、情報量は多い。

議会もテレワークで国会を運営する国

(2020年4月14日 22:09)

新型コロナウイルスの影響を避けるため、議会でさえテレワークにした国がある。インド洋に浮かぶ美しい国、モルディブ共和国だ(参考資料1)。モルディブの国民議会では、マイクロソフトのビデオ会議ソフトであるMS Teamsを使って議会を運営している(1)。立法議員の数は87名と世界でも最も少ない国の一つではあるが、テレワークで立法府である国会で運営しているのだ。議会がそのままオンラインで中継されると同時にテレビでも中継されるという。

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1 モルディブ共和国はテレワークで議会運営 出典:Microsoft Asia

 

立法府では、2019年の1月にテレワークのソリューションを採用した。セキュリティ機能とさまざまな用途に使える機能で協働できるツールだからである。新型コロナウイルスが広まってきたために、330日にTeamsを使ってバーチャル会議を始めた。「議員が物理的に議会にいなくても、議会は通常に運営できます。議論や投票のような議会の機能や、委員会の会合も通常通り行っています」と議会のメディア&コミュニケーション担当ディレクターのハッサン・ザイヨー氏は語っている。

こういったツールをいち早く使いこなし、感染をできる限り防止するという姿勢を国民に見せつけることで、国民に意識は大きく変わってくる。残念ながら、日本では議会はおろか、会社や学校でさえ、ビデオ会議ツールの導入が遅れている。中国でさえ都市封鎖の時にオンライン授業を行う学校があった。日本はやはり世界から遅れている。政府が非常事態宣言を出し、不要不急の外出は控えるように要請したことで、ようやくテレワークが現実的になってきた。テレワークが新型コロナウイルスの感染拡大によって、認められようとしているのは皮肉なことだ。働き方改革ではテレワークの声がほとんど無視されてきたからだ。

本来テレワークは、オフィスに行くよりも生産効率が良い場合に取られる手段であり、外出自粛のためということは、本来の働き方改革の姿からはおそらく遠いことではないだろうか。

 筆者は10年以上も前の話しだが、以前勤めていたリードビジネス・インフォメーション時代に米国に出張した時にオフィスに行かないというテレワークを経験した。シリコンバレーにはハイテク企業が密集している。クルマで15~20分走れば、すぐに相手の企業に到着する。ある日、広告営業のアメリカ人のクルマでクライアント数社を訪問した。当日の朝、彼女は自宅から私のホテルまでピックアップしてくれ、1社目を訪問した後で、必ず上司に電話をいれ、報告していた。2社目を訪問した後も、同様に電話を入れクライアント情報を上司と共有した。このようにして3社か4社訪問した後で、オフィスによらずそのまま帰宅した。聞いてみるとオフィスに寄るのは1週間に1日か2日のみ。ほとんど、自宅⇒クライアント⇒帰宅、という行動パターンであった。

 広告営業の人間は、ほとんどこのパターンだが、編集のジャーナリストはクライアントを直接あるいは電話やテレコンなどでインタビューした後、自宅にこもって記事を書くことが多い。やはりオフィスに行くことは少ない。

 最近ではMS Teamsの他にもZoomCiscoWebExなど、Skypeよりも使いやすいツールが出てきたため、筆者も日本にいて米国を取材することも増えている。かつては電話取材だったが、最近ではYouTubeによる記者会見の場もできたため、米国に行かなくても取材できる機会が増えている。ただ、情報量としてはやはり直接会う方が多い。それも目的とするテーマだけではなく、その後の一緒にする食事では図々しくも私生活のことを話し合う機会も多い。その時こそ、その国の文化や社会の仕組みなどを知ることができる。

 テレワークは、仕事上は効率が高いかもしれないが、仕事のバックグラウンドを知る上ではやはり、フェイス2フェイスで会うことに越したことはない。ただし、効率だけを優先するならテレワークの方が取材効率は高いと思う。雑念に煩わせることがなく仕事に集中できるためだ。日本でオフィスを行かずに仕事ができるテレワークの時代は新型コロナが集結しても続くだろうか。

 

参考資料

1.      Keeping legislative wheels turning during COVID-19Microsoft Asia News Center,

2020/04/14


新型ウイルスに対して、君は何ができるか

(2020年4月10日 16:05)

このところ、2週間程度、在宅テレワークで取材・執筆している。8日には、スタッフ全員在宅から、ウェビナー(ウェブベースのセミナー)を開催した(図1)。その時の内容や背景などを記事(参考資料1にしたが、このウェビナーのテーマは「新型コロナウイルスに対して、半導体企業は何ができるか」である。

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図1 在宅からウェビナーを開催した 出典:セミコンポータル


 なぜこのテーマにしたか。対象読者が半導体業界の人たちだからである。ただ、内容的には半導体に限らず、半導体のユーザであるIT業界も含めている。半導体とITとは切っても切れないくらい深い関係があるからだ。彼らを対象読者と想定し、「新型コロナウイルスに対して、半導体企業は何ができるか」についてこれまで取材した材料を元にお話した。ポジティブなフィードバックをいただき、開催して良かったと思った。

 なぜこのテーマを選んだか。その背景には実は10年前に取材で訪れたベルギーの半導体研究所IMECでの研究に衝撃を受けたという事実に基づいている。まだAIがブームになっていないこの当時、IMECでは半導体チップの上に細胞を乗せて、電気配線とつなぐという操作を行っていた。半導体と細胞などの生物とは関係ないのに、なぜこのような研究を行っているのか、CEO(最高経営責任者)のLuc Van den Hove氏に聞いてみた。その答えは「半導体技術で、ガン治療を目指す」ということだった。

 このことは、「ガン治療」を「社会問題解決」という言葉に置き換えると、もっとわかりやすい、とその時思った。つまり、半導体技術で社会問題を解決する、という意識が新たな技術開発につながる。社会のニーズを知ることができるという訳だ。最近では、IT企業も、ITで社会問題を解決する、という言葉を標語に掲げる所も増えている。

 かつて、面白いかもしれないが何の役に立つのかわからない、と言いながら研究を続けるエンジニアや研究者が少なくなかった。特に大学関係者には象牙の塔に閉じこもった研究者や教授たちが多かったが、浮世離れしていて、世間の常識が通用しない人たちという印象が強かった。最近は、もっと社会の役に立ち、世の中を変えよう、という意識を持つ人たちが増え、望ましい傾向にはなっている。

 新型コロナウイルスにはITや半導体は関係ないな、ということは決してない。むしろ海外のITサービス業者や半導体メーカーは、自分たちで協力できることはないか、という目で新型コロナに対処している。例えばA-Dコンバータが得意なアナログ・デバイセズ社は、同じA-Dコンバータでも医療向けを最優先して出荷することを表明している。また、医療従事者向けに使い捨ての白衣やマスクなどを寄付するところもある。

 さらに、半導体のMEMS技術でマイクロ流路を作製しMEMSクロマトグラフィや、あるいは多層膜を利用して小型のPCR検査に使うデバイスを作製したという企業や大学もある。3~4日かかる検査結果を、小型化することにより数時間で結果を知ることができるようになる。また、半導体製造のクリーンルームではウイルスも通さないほど効果の高いフィルタを使っており、しかも不純物は100万分の1どころか、ppbという10億分の1の非常に高い純度が要求される。これを利用して、半導体グレードの洗浄方法でマスクを洗う、あるいは除菌する、などの技術を転用する手もある。半導体製造技術者は、新型コロナウイルスの退治に大きく貢献できるはずだ。

 新型コロナウイルスの同定に使うDNA解析などにHPC(高性能コンピュータ)を提供するという動きが米国にある。「Covid-19 High Performance Computing Consortium」と名付けたコンソーシアムが誕生し、IBMAWSNvidiaなどの企業だけではなく、DoE(エネルギー省)所属のSandia国立研究所やLaurence Livermore研究所などの6研究所、そしてMIT(マサチューセッツ工科大学)やCMU(カーネギー・メロン大学)などの9大学などが参加し、医療向けのデータ解析を優先する。

 新型コロナウイルスを退治するためには、とにかく感染しないように人から距離を置くことしかない。最初に感染が広まった武漢市の場合、1人が接触すると平均2.6人に移り、2.6n乗で感染者数が増えていった。新型コロナウイルスの感染力は、これまでのSARS(サーズ)の80倍とも200倍とも言われている。一般の消費者ができることはやはり、人と離れていることしかない。もし1人が接触する人数が1人未満となれば、そのn乗だから感染はどんどん減少しゼロに近づく。だから隔離が絶対に必要なのである。

 

参考資料

1.      特集コロナ戦争(3):ウェビナーで活発なディスカッションを得た(2020/04/09

SUMCOや東京エレクトロンがTVコマーシャルを出す理由

(2020年2月25日 23:15)

最近、半導体がテレビのコマーシャルに出ている。シリコン結晶を製造し、薄くスライスしたウェーハを生産している日本のSUMCO社、半導体の薄膜形成装置や洗浄装置などの半導体製造装置を生産する東京エレクトロンなどが半導体を全面にTV広告を打っている。10年前には考えられなかった。半導体は斜陽産業と新聞でも言われたからだ。

しかし、半導体で利益が出なくなった最大の原因は、総合電機の経営者が半導体産業を理解せず、ひたすら「お上」のいうことを聞いていて、自分のアタマで考えなかったからだ。筆者が「半導体、この成長産業を手放すな」と題した本を日刊工業新聞社から出版したのは今から10年前の2010年だ。半導体は成長産業だったのにもかかわらず、斜陽産業と決めつけ、ひたすら半導体事業を子会社にしたり他社と合体させたりするなど、処分した。ところが、世界の半導体産業は成長し続けているのにもかかわらず、日本だけが停滞していたのである(図1)。その兆候は2010年でも見られている。だから本のタイトルをそのようにした。

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1 半導体市場、世界は成長を続けながら日本だけが停滞している 出典:WSTSの数字を元に筆者がグラフ化

 

この図はWSTS(世界半導体市場統計)という半導体の工業会のような組織が集めた半導体チップの市場を示したものだ。ここでの市場は、半導体製品を顧客なり販売代理店(ディストリビュータ)なりに手渡した地域を指している。つまり半導体製品を使う人、すなわち家電メーカーや総合電機メーカーなどのいる地域となる。半導体を作るメーカーではない。つまり、総合電機や家電メーカーが半導体を使わなくなったともいえる。実際、ソニーやパナソニック、東芝、日立製作所、NEC、富士通、シャープなど日本を代表していた電機メーカーは半導体を消費せずに製品やサービスを提供しているのである。 

これらのメーカーのほとんどが、ここ10年ずっと減収でやってきた。つまり成長していないのである。ただ、収支は赤字から黒字へ転換したものの、リストラを繰り返してきて利益は上がっただけにすぎない。売り上げが伸びていない。すなわち成長していない。

世界は今、半導体でAI専用チップを作り、データセンターやエッジでの電力効率を上げようとしている。グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトなどは半導体チップを自社開発している実態を、202024日号の週刊「エコノミスト」の特集で紹介した。すなわち世界をリードしているGAFAと呼ばれるこれらのITサービス企業が半導体を持つようになっているのである。

日本の総合電機はなんて感度の鈍いことか。半導体は、競合他社との差別化を図るためのツールである。賢いアルゴリズムやソフトウエアはもちろん差別化できる強力なツールではあるが、ソフトウエアはフレキシビリティがあるという強みはあるが、性能が遅い、という弱点がある。半導体チップはこの弱点を補えるツールなのだ。半導体にアルゴリズムを焼き込めばその性能は飛躍的に向上する。それもFPGAのようにプログラムできて、しかもハードワイヤードで高速の性能を得ることができる半導体デバイスもある。

日本の総合電機に半導体を納めていた企業は、もはや日本ではなく海外に目を向けている。海外売り上げの方が圧倒的に多いのである。半導体テストシステムを生産している日本のアドバンテスト社(旧タケダ理研)は、売り上げの92%以上が海外というグローバル企業である。もちろんSUMCOや東京エレクトロンも海外比率の方が圧倒的に多い。だから今でも成長を続け、テレビコマーシャルで半導体が成長産業であることを訴求し続けている。半導体は斜陽産業だと風潮していた総合電機の経営者と、それを聞いて取材していたマスメディアによって作られた斜陽産業のイメージを払拭するために、である。優秀な学生のリクルーティングのためにテレビコマーシャルで、成長産業である半導体を訴求しているSUMCOや東京エレクトロンは、これからも成長し続ける。顧客が海外だからである。

2020/02/25

今、半導体雑誌を改めて創刊する米国

(2019年6月 1日 00:25)

 半導体産業の技術ジャーナリストとして古手の一人、米国ボストン在住のPete Singer氏が紙ベースの新雑誌「Semiconductor Digest6月に創刊、7月のSEMICON Westで配布する。同氏は、Semiconductor International誌の日本版を創刊する時に議論に加わってくれた仲間の一人だ。創刊後も筆者がSEMICON Westなどで日本版発行の責任者として、パネルディスカッションなどにパネリストとして出席させてもらい、日本のプレゼンスを上げる機会をいただくなど、米国の広告主への訴求活動にも加えてもらった。

  今回の雑誌発行のニュースは、このインターネット全盛期に紙媒体なのか。正直言って衝撃を受けた。米国でも日本でも、紙媒体の半導体雑誌はもう姿を消したからだ。Pete8~9年前にSemiconductor InternationalからSolid State Technologyに移った。そこで知り合った広告営業のKerry Hoffmanと共にGold Flag Media社を立ち上げ、今回の雑誌を創刊する運びとなった。Kerryが広告営業と同時にパブリッシャーを担い、編集コンテンツはPeteが責任者(編集長)になる。

  米国のメディアでは、収入を稼ぐ広告営業者がパブリッシャーとなり、P/L(収支)を管理する。広告が少なくなれば、収入を上げる知恵を絞り、その手段を考える。編集者は稼ぐことより、内容の濃いコンテンツを作ることに専念する。だからパブリッシャーは広告営業者が担当する。極めて実質的で日本とは全く違う。米国のB2Bメディアでは通常、編集者はパブリッシャーにはならない。編集記者は営業経験がないからだ。記事を書くという仕事は、金をもらって記事を書いていないという独立・中立のスタンスを示すために、営業活動からは離れ、編集者は稼ぐという作業から独立でいることが求められる。

  日本のメディアは単なる出世コースとして編集長の上に発行人が来て上下関係を構築する。長年、金を稼ぐことから無縁の編集者がパブリッシャーという営業者になっても業務を遂行できるはずはない。ここが日本の経営のおかしい所で、米国の出版社とは大きく違う。また、編集記者やジャーナリストは株を持つことが基本的に許されない。インサイダーになりうるからだ。もちろん、私も妻も株を持たない。だからいつまで経っても貧乏暇なし状態だが、「武士は食わねど高楊枝」という独立的な態度もジャーナリストには求められるのである。

  Peteが始める新雑誌では、半導体の設計から製造、パッケージング、テスト、材料、製造装置、さらにはLSIだけではなく光センサやMEMS、全固体電池、パワー半導体、バイオデバイス、フレキシブルエレクトロニクスなど半導体技術を応用した製品を全て網羅するようだ。かつての半導体雑誌は製造プロセスを中心としており、設計の話題も載せなかった。

 

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1 半導体へのVC投資が急増 出典:Global Semiconductor Alliance

 

 米国では昨年半導体分野へのVC(ベンチャーキャピタル)投資が急増した(1)。特にAIチップはブームに沸いているが、ディープラーニング以外の脳の仕組みをアルゴリズムで模倣するニューロモーフィックの半導体も開発されている。さらには量子コンピューティング、5G通信、VR/AR、ロボットなど半導体や超電導を使わなければ実現できない応用が目白押しだ。だから、半導体への投資が急増しているのである。

  半導体がこれらの応用のカギを握ることは、当分はっきりしているため、Pete Singerは雑誌という紙媒体で勝負に出る。この20年間、インターネットのB2Bメディアの収支は日米とも良くない。コンテンツは無料なのに広告が安すぎるため、経営が成り立たないのである。このため、20年間B2Bインターネットメディアが運営されてきたが、広告モデルからリードモデルへと収入の仕組みが変わっている。今回の紙媒体は、改めて広告ビジネスから見直そうという動きの一環だと私は捉えている。

2019/06/01

私はなぜグローバル企業を取材するか

(2019年4月 6日 12:22)

 日本企業がグローバル化あるいは国際化を声に出して言うようになったのは、わずか10年くらいしか経っていない。2002年まで在籍していた日経BP社(入社したときは日経マグロウヒル(McGraw-Hill))時代に、日本がグローバル市場で勝つためのアイデアをブログ(記者の眼)に書いたとき、「何でグローバル化が必要なのか、本当に取材したのか」といったコメントをいただいた。つまり読者はグローバル化を全く意識していなかった。その後、2008年にセミコンポータルでセミナー「グローバル化をどう進めるか」を開催したときも、なぜ今、このテーマでセミナーを開くのか、という声も聞いた。

  今から10年ほど前までは、グローバル化という言葉はほとんどなく、海外進出、という言葉が新聞などのマスメディアを飾っていた。私は、1992年から2002年までNikkei Electronics Asiaという英文雑誌を担当しており、アジアへの取材、アジアの企業の眼で日本を見るという仕事をしていた。韓国、台湾、香港、シンガポール、さらにマレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム、インド、オーストラリア、中国を含めたアジア太平洋の地域・国を読者対象としていた雑誌である。


現地と付き合わなかった日本企業

  当時、多くの日本企業がこれらの国や地域に進出し、日本のプレゼンスを上げていたのだろう、と勝手に想像していた。ところが現地のエレクトロニクス企業に取材してみると、日本企業をほとんど知らない。付き合いもない、ということだった。唯一、韓国のサムスンは日本の半導体製造装置を導入していたため、日本とはなじみがあったが、韓国内のLGや現代は日本との付き合いも日本企業もほとんど知らなかった。ましてやマレーシアやインドネシア、中国の地元企業は日本企業についてほとんど知らなかった。

  日本企業はずいぶんアジアへ進出していたのに、一体なぜか?エレクトロニクス企業だけを取材していた私は長い間疑問に思っていた。オーストラリアからの帰国便で隣に居合わせた東京銀行の方と話をしていて、ようやく疑問が解けた。日本の銀行がなぜアジアへ行くのか。日本の大手企業がアジアに工場を立てて操業するとなると、部品や部材などのサプライチェーンが構築できなければ工場を稼働させられない。このため、1次下請け、2次下請けも一緒に現地で工場を立てた。そこで働く日本からの従業員も数十名から数百名に上るようになると、日本の銀行も必要になる。大手企業の海外進出とは、海外で単なる「日本村」を作っていただけにすぎなかった。だから、地元企業との付き合いはほとんどなかった。

  アジア向けの雑誌を担当する前は、日本語のエレクトロニクス雑誌を担当し、米国を中心に取材・出張することが多かった。1980年代当時のコンピュータや半導体、通信などテクノロジーは、未熟だったため、IEDM(国際電子デバイス会議)やISSCC(国際半導体回路会議)などのIEEE学会会議の取材が多かった。この当時、私の英語は未熟だったが、学会発表では分厚い丁寧な論文が掲載されており、英語を話せなくても論文から記事を書くことができた。ところが、学会資料だけでは米国企業の本音がわからない。米国企業を取材して、しっかりした考えを伝えるために、私も英語の会話を国内で勉強した。

 

今だからわかったことも

 2002年に日経BP社を離れ、リード・ビジネス・インフォメーション(旧カーナーズパブリッシング)に入社し、日本のエンジニア向け新雑誌を発行するために、かつてのDRAMエンジニアに取材して話を聞いた時のことだ。彼は「ミスリードしない雑誌を作ってくれ」という注文をつけた。かつて日経BP社で「メモリからASICの時代へ」という特集記事を出したが、これがミスリードした、というのである。「日本は結局メモリに強い企業が多かったのに、こんな記事を経営者が読み、DRAMを放棄した」、と彼は続けた。だから日本の半導体がダメになった。

  この話には二つの教訓がある。一つは自分が納得できない疑問が残り、彼とは論争になった。商業誌の記事で経営者が意思決定するのか、という疑問であり、そんなはずはない、と私は反論した。今になってみると彼は正しかった。事実、日本の電機経営者の多くは経営判断能力に欠けていた。当時若かった私は、電機の経営者を「立派なえらい人たち」、とみていた。もう一つの教訓は、当時の特集には間違いを含んでいた、ことである。海外取材をたくさん重ねるうちに気がついたことであるが、「メモリからASICへ」という流れは、米国だけだったのである。それを世界的なトレンドとみて、米国のトレンドはいずれ日本にも来ると見ていたが、これが間違いだった。米国の半導体業界では、多くの企業がDRAMで日本に負けたから自分たちを見つめ直して、自分の得意なところを探した結果、メモリ以外の半導体を追求するようになったのだ。

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図 リードで発行していたEDN Japan別冊では国内外企業のトップを取材、新発見が多かった 

 自分の間違いの元は、米国企業を取材せず、単なる学会発表だけを取材していたことにあった。だから海外企業の本音を聞こうと努めるようになった。今になってからわかった事実もある。1980年代後半の日米半導体戦争の時のこと。米国は日本に対して「外国製半導体の日本市場シェアを20%に上げよ」という市場経済に反するような要求をしてきた。この要求を日本の霞が関は丸呑みした。ところが1~2年前、「まさか、日本がこの無茶な要求を丸呑みするとは思わなかった」という声を米国で聞いた。通常、交渉事では、最初に20%と吹っ掛けておき、他方は10%と主張し、最終的に15%くらいで手を打つのが本来の交渉である。このようにならなかったということは、霞が関の役人には交渉能力が全くないことが暴露されたといえる。

 

トレンドをフォローするグローバル企業

 米国企業をきちんと取材していれば、日本の経営にも役に立つ事実が多くあることがわかる。それらをこれまでNews & Chipsなり、セミコンポータルなりで伝えてきた。しかし、日本企業の経営者がそれを参考にしたという形跡はない。ただ、ありがたいことに外資系企業の国内の経営者からは多くのコメントをいただいているので、読まれているようだ。最近、日本の研究者から、ある米国企業が立ち直った戦略を知りたい、という声があり、ボランティアで対処している。

  海外企業の取材で最も面白いことは、この先のトレンドを常にフォローしていることだ。かつての日本はトレンドを見てこなかったために、井の中の蛙、あるいはガラパゴス、という状態に陥った。海外企業のトップも将来に向けたトレンドは、企業の将来を左右するため極めて敏感である。逆に、トレンドに鈍感な経営者は企業の命が危ない、ということになる。

2019/04/06