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NEWS&CHIPS|国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト、メディアコンサルタント津田建二の事業内容~技術・科学分野の取材・執筆(国際技術ジャーナリスト)
エイブリックしてる?
2018年9月 1日 23:36

ようやく日本でも親会社から独立した半導体メーカーが誕生した。これまでと違って自己責任で投資を行い、知恵を絞って働いただけ業績に跳ね返る。親会社との忖度も干渉もない。すべて完全自己責任だ。誕生した会社名はエイブリック株式会社。元の名前はセイコーインスツル社で、その昔はセイコー電子工業と名乗った。親会社が時計を中心とするセイコーグループの一員である。

20161月に、セイコーインスツルから半導体部門が切り離され、SIIセミコンダクタとして別会社となった。この時、日本政策投資銀行が40%出資し、セイコーインスツルが60%出資している。この場合はまだ連結対象となる子会社だった。ところが転機が訪れたのは20181月。セイコーインスツルは株式の半分を手放し政策銀行に渡し、出資比率を30%と下げ、政策銀行が70%を占めるようになった。この時点で、この半導体会社はセイコーという名称を放棄するため、社名を変更した。これがエイブリックである。

なぜこの会社を取材したか。エイブリックの○○です、という名刺を受け取った時の社員の顔色がどの社員も生き生きとしていたからだ。これまで昔のセイコー電子の時代から時々取材していたが、これほど社員が生き生きした顔を見せたことがなかった。何かあるな、どう変わったのだろうか?この疑問が彷彿と湧いてきた。

エイブリックの社長は、20161月にSIIセミコンダクタに入社した石合信正氏だ。彼は、大学卒業後、日本の企業を数年経験した後は、BayerGEInvensysCabot、と外資系ハイテク企業をずっと歩んできた。2000年ごろからは経営陣に加わり社長業を学んできた。半導体のプロではないが、経営のプロである。社員を動かすコツを得ている。SIIセミコンダクタに入社して以来、1年半で800名の社員と話をしてきたという。社員の心をうまくつかんできたといえよう。

 

DSCN0165.JPG

図 エイブリック代表取締役社長兼CEOの石合信正氏

 

セイコーグループの半導体事業は実は案外古い。1968年に時計用のアルミゲートCMOS ICの研究開発に着手、2インチのシリコンウェーハを使ったラインを構築した。アナログクォーツ用IC1979年に出荷した後、アナログICを中心にセンサICやパワーマネジメントIC、バッテリマネジメントIC、小容量不揮発性メモリなどを世に出してきた。社員との話合いの結果、アナログICを中心に製品を開発していくことを決めたという。アナログICはこれから成長するデジタルトランスフォーメーションやIoTAIには欠かせない半導体だからだ。

これほど歴史のある半導体部門であったものの、決して大きく成長してこなかった。所詮はセイコーグループ内の半導体部門に過ぎず、時計を主力製品とするグループ内では半導体は主力製品ではなかったからだ。このため、大きな投資をしてこなかった。これでは半導体を大きく成長させられない。

石合氏は、社員のやる気を出させることのコツを得ている。セイコーグループから独立するのに際して会社名の変更では、外部の広告会社に依頼して30くらい名前の候補を提出し、3つに絞った後は、海外の営業拠点の社員も参加して社員全員の投票で決めた。エイブリックという名前は、できるという意味のABLEICを加え、ABLICとした。

半導体企業の経営者として、石合氏は人材を大事にしたいという思いが強く、人事制度を変え、適材適所を進めていく。例えばエンジニアを続けたいと思う社員のキャリアパスとしてフェロー制度や、現場の技能者には現場マイスターなどの制度を作るとしている。石合社長は会社を成長させるための要素として、コンプライアンス、安全衛生環境などCSR、強い会社にするための合理的かつ実行能力を備えることを重視し、さらに社員が働き続けるための「楽しくする努力」も重要だとしている。

仕事を楽しくするための方策の一つとして、社歌を社員に作らせた。音楽好きの開発エンジニアが作詞・作曲し、メロディはロック調にした。石合氏はこのロック調を気にいっており、歌って踊れる社歌を誇りに感じている。歌詞は日本語だが、英語版も作成中だという。また、テレビ会議でもNECネッツエスアイの「SmoothSpace」を利用し、まるで一緒に会議しているような臨場感あふれるテレビ会議を利用している。楽しく仕事をする環境は社員を積極的にし、社員の方から「エイブリックしてる?」という標語を提案してきた。海外オフィスの方からも英語で「Doing ABLIC?」という標語も作った。

エイブリック社員の生き生きとした顔つきは、私にとってこれが初めてではない。10年以上前、ヒューレット-パッカード社の計測器部門アジレントに所属していた半導体部門がアバゴ(Avago)社(現在のブロードコム社)として独立した直後に偶然、アバゴを訪問したとき、課長レベルからマーケティングエンジニアに至るまで面会した社員全員の目がキラキラ輝いていた。モトローラ社から独立したフリースケール(現在はNXPに吸収)を訪問した時も同様だった。海外では親会社から独立した半導体企業には親会社の出資比率はずっとマイナーでせいぜい10~15%程度が多い。親会社から独立し、自分の責任で仕事ができる楽しさを見てきたが、日本でもそのような会社が出てきたことに驚くと同時に期待感を抱くようになった。

残念ながら東芝メモリは東芝がファンドグループに売り渡したものの、すぐに40%を買い戻し、第2の大株主としての影響力を持とうとしている。これでは常に親会社の顔色をうかがいながら投資を懇願したり方針を報告したりするという従来のやり方と変わりばえしない。エイブリックの社員には東芝からの転職組もおり、彼らも目が輝いている。

2018/09/02

注)エイブリックの社歌は以下のURLからアクセスできます;

https://www.ablic.com/jp/semicon/rs/