クアルコムのNXP買収はありえない
2016年10月 6日 00:27

1週間ほど前、クアルコムがNXPセミコンダクターを300億ドルで買収するとウォールストリートジャーナルが報じたが、ガセネタの可能性が高い。もっともらしく、2~3週間のうちに買収結果についてある程度の結論が出るとまで報じる一方で、クアルコムは別の企業買収も選択肢に入れているとも報じている。ソースはそれぞれ別のようだ。

 

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この報道について、真実味は足りない。というのは買収するメリットがあまりにも少ないからだ。このニュースを報じた記者は半導体業界に詳しくない記者だと見えて、クアルコムが自動車産業に進出できるとか、NXPのような大企業は魅力的に映っているはずだとか、微細化投資に金がかかるようになるから企業規模を拡大すべきとか、トンチンカンなコメントを報じている。クアルコムはそもそもファブレスなのだから微細化投資は全く的外れだ。

 

このディールはまずありえないと思う。クアルコム、NXPそれぞれの得意とするところと補完するべきところを考えてみれば、いかにもチグハグになってくるからだ。クアルコムもNXPも自分のない所を持っている企業とM&Aをしてきた。それぞれの見方からどれだけメリットが少なく、戦略がずれてくるかを示そう。

 

クアルコムは、CDMAの基本特許を持つ通信専門のファブレス半導体メーカーである。2GCDMA時代はまだ採用が少なかったが、3G時代になるとW-CDMAにせよ、CDMA2000にせよ、3Gネットワークを使う携帯電話やスマートフォンには必ずクアルコムの基本特許、IPが必要だった。このためクアルコムの業績は、3G方式の普及とともに急速に伸びる一方だった。ところがLTE時代に入ると、LTEの特許は最も多く持っているものの、3G時代ほどの絶対優位ではなくなってきた。このため、クアルコムはジョブカットすると同時に、さまざまな分野での通信技術を獲得する作戦に出た。

 

この頃、電気自動車用のワイヤレス充電をクルマメーカーに提案したり、高速道路に沿って無線充電器を埋め込むことによって、走行しながら無線充電を行う、といった新提案もあった。もちろん、スマホのワイヤレス給電や急速充電アルゴリズムの開発など、通信を核にして事業を広げていった。教育やヘルスケアビジネスにも参入した。Wi-FiAtheros Communicationsを買収してWi-Fiを手に入れた。Bluetoothは英国のCSRを買収して入手した。当然ながら5G(第5世代に携帯電話通信)では先頭に立ってシステム開発に打ち込んでいる。

 

要は、「全ての通信技術を支配する」といった戦略から、クルマのコネクテッドカーには当然力を入れる。M2Mモジュールビジネスは10年も前から力を入れている。通信のモデム演算やブラウジング演算などに必要なプロセッサの開発でもスマホ用ではリードしてきた。だからといってクアルコムがクルマ用半導体のトップメーカーとなったNXPを買うメリットはあるか?クアルコムにとっては、あらゆる通信をカバーするチップ開発が全てである。NXPを買うのなら、カーラジオや車両制御技術、センサ、アクチュエータなどもついてくるが、これらはクアルコムの本筋ではない。要らない。万が一いるとしても、必要な通信技術はせいぜい77GHzのミリ波レーダーくらいだろう。

 

NXPはフリースケールを買収することにより本格的なプロセッサを手に入れた。ARMだけではなく、Powerアーキテクチャにも力を入れている。マイコンも持っているが、クアルコムにはプロセッサはこれ以上必要ない。むしろエコシステムにとっては害になる。制御に使いたいなら市販品で十分。

 

NXPは、カーラジオのモデム(変復調)をソフトウエア無線(SDRsoftware defined radio)方式で各国のデジタルラジオに対応する技術は持っている。またキーレスエントリの無線技術もある。しかし、クアルコムが持っていない、クルマに関する通信はこれだけだ。これらはクアルコムにとって、3~4兆円も出して手に入れるほど魅力的なものではない。

 

クアルコムの未来は、5GIoTなどであり、そのための通信技術をますます強くすることにある。ドローンやロボットをLTEセルラーネットワークやWi-Fiなどでつなぐことを通してインタリジェントなデバイスへと変身させる助けに通信を使う。そのためには、セキュリティには力を入れるだろう。セキュリティ企業を買う可能性はある。NXP買収は経営判断として選択肢には上らないはずだ。

                                                              (2016/10/06