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NEWS&CHIPS|国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト、メディアコンサルタント津田建二の事業内容~技術・科学分野の取材・執筆(国際技術ジャーナリスト)
シリコンバレーの名物論客T.JがCEO辞任
2016年5月 3日 23:09

米スタンドード大学の博士課程に在籍中、「10年に一人の逸材」と言われた、サイプレスセミコンダクタの名物CEO(最高経営責任者)、T. J. ロジャーズ氏がCEOを辞任することになった。シリコンバレーでは、モノ申す論客の一人だ。1982年にCypress Semiconductorを創業、34年間CEOを務めてきた。

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 図1 最近のT.J. ロジャーズ氏 出典:Cypress Semiconductor video

T. J.は、いまだにエンジニア精神にあふれており、CEOは辞めてもテクノロジーに関してフルタイムで働きたいとして、Cypressに残る意向を示している。同社は新しいCEOを探し始めている。当分の間、エグゼクティブバイスプレジデント4名で日々の経営を運営していくが、T.J.はサイプレスの取締役会には残る予定で、重要なテクノロジーのプロジェクトを動かしていくリーダーになるとしている。

 

これまでT.J.は、自分が使う時間の30%をテクノロジーとキープロジェクトのためにとって来た。これによって高い価値をサイプレスにもたらしてきたという自負がある。T.J.はこの3月に68歳になったばかり。半導体ビジネスの新しいトレンドには常に目を向けており、未来には未来に合ったトレンドがある。

 

筆者は10年前の2006年に、カリフォルニアでT.J.ロジャーズ氏にインタビューしたことがある。当時は、EDN JapanEDN50周年記念のための特集を企画し、「エレクトロニクスの50年と将来展望」という特別記念号を20071月に発行した。この中のトップインタビューで、T.J.のほか、リニアテクノロジー会長のロバート・スワンソン氏、ナショナルセミコンダクタ(TI)CEOのブライアン・ハラ氏、テキサスインスツルメンツ(TI)会長のトム・エンジボス氏、スタンフォード大学教授の西義雄氏にインタビューした。すべて魅力的な人ばかりだった。

 

T.J.ロジャーズ氏のオフィスでは、ジョギングを終えて、なんとジャージー姿で出てきた。このため、特別号に掲載する写真は、別にいただくことにした。T.J.はスタンフォード時代にVMOSFETを発明し、その特許をAMI社に売却、1975年にスタンフォードで博士号を取得したのちAMIに入社しVMOSの集積回路を目指して開発リーダーに迎えられた。VMOSの商用化を目指したが、当時はプレーナ技術ではないV字型のMOSFETの歩留まりがどうにも上がらず、1980年にAMIとしてVMOS技術を断念し、T.J.AMIを退社した。その後AMDに入り、当時CEOとして有名なジェリー・サンダース氏から半導体ビジネスを学んだとインタビューで述べている。

 

スタンフォード時代からシリコンバレーでは起業することが学生の間で話題になっていており、T.J.もいつかは起業したいと考えていた。シリコンバレーは典型的な米国ではない。もちろん日本的でもない。企業家精神にあふれた街だ。AMDでは半導体ビジネスで成功するコツを学んでいたので、何とかして起業したいと思い、1982年にAMDを飛び出した。

 

飛び出す前からベンチャーキャピタル(VC)とも付き合うようになったが、AMIVMOSの事業化に失敗した話がシリコンバレーで伝わっていたため、VCT.J.に対する評価は低かったと述懐している。当時は折しも日本の半導体メーカーが米国のコンピュータメーカーに進出しており、特にDRAMでは米国メーカーを打ち負かす存在になってきたため、T.J.は米国の半導体産業を立て直さなければ日本に負けてしまう、とVCを説得、1982121日、VCから750万ドルの資金を調達、サイプレス(Cypress Semiconductor)を設立した。

 

当初の戦略製品は高速SRAMだった。当時の日本の半導体企業が優れていた点は品質だった。このため、サイプレスは日本を見習い、高品質の高速SRAMを開発した。当時の米国半導体メーカーには不良率がppm以下の製品を持つ企業がなかったため、サイプレスの狙いは当たった。T.J.のすごさは、良いものは良いと評価できる能力であり、そのためなら良いところから学ぶという謙虚な姿勢である。今の日本の経営者が足りないのは、このような謙虚な姿勢である。

 

1990年代に入り、日本の半導体は没落していくが、その問題は二つあったとT.J.は分析する。一つは製造コストが高いこと、もう一つはイノベーションが生まれてこないこと、だ。いわば日本製品は品質が高いがコストも高い。そこでサイプレスは、品質を維持したまま製造コストを下げることに注力した。この努力が現在のサイプレスの看板商品であるpSoC(プログラム可能なシステム-オン-チップ:ピーソックと発音)になった。pSoCはアナログ回路をプログラムできるマイコンであり、ソフトウエアで機能を変えられるチップである。ユーザーがソフトウエアで機能を変えられるICは、開発のサイクルタイムを短縮できる。このことはトヨタのカンバン方式から学んだという。

 

さらにT.J.が天才と言われるゆえんは、半導体のトレンドをよく見ている点だ。10年前のインタビューで述べていたことだが、半導体は、微細化技術とソフトウエアと設計が三位一体になって発展すると明言したことだ。このことは今の時代を言い当てている。今は、微細化の比重がさらに下がり、ソフトウエアと設計開発ツールが半導体ビジネスを決める要素となっている。T.J.10年前に、「サイプレスはNo More Moore(もうムーアの法則は要らない)だ」と言ったことに今は誰しも同意するだろう。また、日本からイノベーションが生まれないことを危惧していた点も、その通りだけに気になる。

                                                           (2016/05/03