低コスト技術こそ利益の源泉
2012年10月 9日 23:06

性能だけを追求してもコストが高ければモノは売れない。競争力はつかない。良いものを安く作る技術が競争力を付ける。日本のモノ作りが今アジア勢だけではなく米国勢、欧州勢に負けているのは、良いものを安く作れないからである。良いものをより良くしても高くなるだけで、クライアントの要求から遠ざかってしまう。海外勢は良いものを安く作ることに集中しており、日本との差がはっきり表れている。

 

例えば、スティーブ・ジョブズ氏は、かつてアップル社を追われNext Computer社を設立、高性能なコンピュータを世に出した。しかし高性能を追及した結果、百万円以上の価格になった。これでは売れない。このコンピュータは失敗だった。彼がアップル社に戻った時、この失敗を生かした。どのようなカッコいいデザインのコンピュータでも、売れる価格になるように設計しなければ失敗に終わるということを学んだ。戻った後にヒットさせたiMacは斬新なスケルトンデザインながら13万円台と手ごろな価格になるように設計した。iMacは爆発的にヒットした。その後のiPodiPhoneiPadにおいても手ごろな価格という路線は変わらない。

 

アップル製品の生産におけるコストダウンの圧力は極めて強いと言われている。これは安売り商品を作るためにコストカットをするのではなく、手ごろな価格で魅力的な商品を製造するためにコストカットする。利益を十分確保するためだ。利益が得られなければ事業は継続できない。社会のみんなに使える商品を提供し続けるためには利益を生み出さなければならない。日本企業は儲かっている時期でさえ、「利益なき繁忙」と言われることが多いが、利益を上げるためのコスト意識がアップルとは比べ物にならないくらい低いからだ。

 

アップルだけではない。インテルやTI(テキサスインスツルメンツ)なども製品を手ごろな価格(決して安くはないが手の出ない価格でもない)で製造するために、製造原価の徹底的なコストダウンを行っている。それは設計段階から始まっている。いかに無駄な設計をしていないか、ソフトウエアの行数を減らす技術を採り入れているか、製造工程でも無駄な工程はないか、独自の工程をできるだけ減らし、共通化できる工程を増やしていく。製品の設計からテスト方法、製造方法、生産管理方法、共通化するための標準化、など商品のシステム設計から生産工程、流通工程に至る全てのコストを常に見直し、低コスト化を追及している。

 

日本のモノ作りはまず、いいものを作ることから始まる。作れるかどうかわからないからコストは関係せず、まず作ってみるという姿勢だ。海外はいいものを低コストで作ることから始まる。限られた費用の中でいかにして仕様を取り込み、製造上でも低コスト化できないかどうかを探りながら製品を開発する。低コストで作るために設計から販売チャネルに至るあらゆる工程と手段に知恵を絞る。この差がコスト競争力となって後で現れてくる。標準化や工程や設計などの共通化はコストダウンの一環である。安く作るために共通仕様で標準化する。だから利益を生み出すための標準化には力を入れている。

 

新聞などでは「日本発の世界標準を作ろう」と政府が旗を振っている記事をよく見かけるが、ピント外れも甚だしい。企業にとって日本発であろうが世界発であろうが、どうでもよい。標準化仕様を誰よりもいち早くキャッチして採り入れ、手ごろな価格の製品をいち早く作り販売することが最も重要なのだ。これこそが世界の勝ちパターンである。そのためには、海外における標準化作業に一緒に取り組み、その最新情報を常に会社に伝え、製品開発に欠かせないディスカッションをする必要がある。成功例として、旧NECエレクトロニクスは世界で最初のUSB3.0インターフェース準拠の半導体チップを開発したが、これは標準化委員会に最初から参加し、その製品仕様情報を会社にフィードバックしていたからだ。

 

低コスト化は、早く開発して世に出すことともつながる。つい最近まで言われていたことだが、日本のメーカーに新技術を持って訪問すると、その技術を買おうとせず、対応した部長は「この技術ならウチでも開発できる」と自信満々に上層部に伝える。上層部は、デキる部長の言うことだからウチで開発しようということになる。これが負け組につながったのである。なぜか。その部長や上層部にはTime-to-marketの概念がなかったからだ。ある時期の内に発売しなければビジネスチャンスを失ってしまうことに気がついていなかった。日本のメーカーが自分の得意な技術に集中し、持っていない技術はたとえ自社開発できるとしても、その技術を外部からさっさと買わなければ、良い製品を良いタイミングで発売できない。製品トータルのコストを考えると、自社で開発するために必要なリソースをつぎ込む方が結果的にコスト高になってしまうことが多い。しかも決まった時期内に製品を出すことができずライバルに負けてしまう。機会損失、機会チャンスという考え方を導入しなければ競争には勝てない。

 

日本のメーカーは、最近ようやくこのことに気がついたようだが、海外勢とはもはや大きな差がついてしまっている。詰まる所、経営判断の遅さが招いた差である。コストを二の次にしたモノづくりをやっている限り、日本の競争力はいつまでもつかない。コストを念頭に入れた設計・製造の技術開発こそ、海外の勝ち組、インテルやクアルコム、TIなどが採り入れてきたモノづくりの手法である。日本の企業がこのことに早く気がついてほしい。

2012/10/09