米系ファンドは敵か味方か
2012年9月28日 22:24

ルネサスに対して、産業革新機構が中心となって、ルネサスの顧客も含めて出資しようという提案が先週の日本経済新聞1面を賑わした。9月はじめに米系ファンドKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)がルネサスに対して1000億円を出資して、経営を立て直そうと提案したところ、革新機構が後出しじゃんけんのように1000億円を出資しようと提案したというのである。まるで子供のゲームを見ているようだ。

 

KKRはこれまで半導体産業には、NXPセミコンダクターズに出資してきた実績がある。フリースケールセミコンダクタにはブラックストーン・グループとカーライル・グループが出資、コバレントマテリアルズ(旧東芝セラミックス)にはカーライル・グループなどが出資した。コバレントの業績は今一つでしんどいところだが、フリースケールはようやく良くなってきたところだ。

 

カーライルについては良くない評判を聞くこともあるが、ブラックストーンの評判はよくわからない。NXPセミコンダクターズに出資してきたKKRの評判は悪くはなさそうだ。NXPは、もともとオランダのフィリップス社から半導体部門がスピンオフして2006年に生まれた会社である。設立した当時、取材してみると、NXPの経営陣はみんな一様に興奮した様子で、自分の自由に会社を運営できるという喜びを感じており、取材した私もその興奮を感じ取った。アジレントテクノロジー(ここもヒューレット-パッカードから計測器部門が独立した企業)から独立したアバゴテクノロジーを米国で取材した時は、経営陣だけではなく、従業員もみんなが自分の方向を自分で責任を持って決められるようになる、と喜びで興奮していたことを覚えている。

 

ドイツのシーメンスから半導体部門を独立させたインフィニオンテクノロジーズやNXPなど、大きな親会社から独立した欧州の半導体メーカーは日本の旧NECエレクトロニクスとは違い、親会社の出資株式は10%程度しかなかった。しかし、親会社から干渉を受けたという話を、欧州を取材した時に聞いた。NXP2年前には親会社はその10%の株式さえも売却し、文字通り完全独立を果たした。その直後に取材したNXPの人たちはそのことを素直に喜んでいた。KKRに支配されることよりも親会社からの独立を社員みんなが喜んだのである。

 

翻って我が国の半導体メーカーを見てみると欧州メーカーとの大きな違いは、親会社から独立していないことである。ルネサスエレクトロニクスは、親会社である日立製作所と三菱電機、NEC3社が所有する株式は90%を超えている。にもかかわらず上場企業である所がおかしい。一般投資家がルネサスの株式を買えないのだから。親会社が90%を超える株式を所有していることは親会社の干渉、人事権、その他全て半導体メーカーとしては自分の責任で思い通りの経営ができないという意味だ。

 

子会社の経営トップでさえいつでも親会社に帰れるという思いがある。このような甘えの構造を長い間放置したままでは、子会社のトップは親会社の顔色をうかがうばかりで、本気で経営などはできない。親会社のトップが企業改革を実行しようとしても、実は子会社の経営陣が理解せず、親会社の顔色ばかりをうかがっているという話を何度となく聞いてきた。一方で、子会社が本気で改革を進めようとすると子会社の社長を更迭したという話も幾度となく聞いてきた。国内半導体メーカーの弱点は、こういった日本独特の親会社支配にもある。

 

こういった状況でKKRがルネサスに出資するという情報を知った社員の中には、KKRに支配される方が良くなるかもしれない、と考える者もいるという。革新機構=政府経済産業省がルネサスを救おうとしている状況は、半導体産業の弱体化を促進しているのかもしれないのである。そもそもハイテクのIT業界でライバル企業同士をくっつけようとした経産省と古い体質の大企業トップが半導体産業を最も理解していない。半導体の世界の流れはくっつけるのではなく、分離させる方向だ。AMDから分かれたグローバルファウンドリーズは昨年までの苦労を乗り越え、最近になってどのメーカーよりも最先端の14nmfinFETプロセスの量産化にメドを付けた。AMDにくっついていたら倒産していたかもしれなかったのである。

 

ルネサス経営陣は、すぐにでもオランダへ飛び、NXPの経営陣に会って直接話を聞き、KKRが経営陣に対してどのようなアドバイスなり経営指針なりを提供してきたのか、この目で確かめることが望ましい。そしてKKRの本部とも会ってポリシーなりミッションなり話を聞くことがルネサス復活の本当の入口となる。親会社から本当に独立し、自分の責任と経営理念で半導体企業を運営し、資金調達をはじめさまざまな経営努力により、世界と勝負できる半導体企業を目指してほしい。そうやって覚悟を決めてほしい。経営者が首になる覚悟を決めると、社員はついて行く。日産自動車のカルロス・ゴーン会長がそうしたように。

2012/09/28