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NEWS&CHIPS|国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト、メディアコンサルタント津田建二の事業内容~技術・科学分野の取材・執筆(国際技術ジャーナリスト)
   

IBMのAIチップ開発エコシステムとニッポン

(2019年2月17日 12:14)

AI、特にディープラーニングの実行を目的とするAIチップの開発が世界中で活発になっている(表1)。これまでマイクロプロセッサPowerPCをベースにした機械学習マシンであるWatsonを構築してきたIBMがいよいよ、AI専用チップの開発に力を注ぐ。一方国内では、東京大学が産業技術総合研究所と共同でAIチップ開発拠点を武田先端知ビルに構築した。

 

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1 主なAIチップ 網羅しきれないほど多い 作成:津田建二

 

 IBM Researchは次世代AIチップ開発のための研究拠点IBM Research AI Hardware Centerを立ち上げ、コラボレーションパートナー数社も参加する、と発表した。AI時代のあるべきハードウエアを求めて、これまでのシステムの基本から見直し、コンピューティング設計をゼロベースから構築していく。

  その拠点は米ニューヨーク州アルバニーのニューヨーク州立大学のキャンパス、SUNY Polytechnic Instituteに置き、創設パートナー会員の協力の下で研究開発を進める。IBM Research AI Hardware Centerにおいて、研究およびビジネスパートナーと共にAIに最適化された次世代AIチップを開発する。

  パートナー企業として、すでにメモリとファウンドリのSamsungHPCの高速バスや配線が得意なMellanox TechnologiesAIチップを設計するためのツールと豊富なIPを持つSynopsysがメンバーに加わっているほかに、新材料と製造装置の開発にApplied Materialsと東京エレクトロンも参加している。加えて、大学関係ではSUNY Polytechnic Instituteと、近くのRensselaer Polytechnic InstituteCCICenter for Computational Innovations)が協力する。IBMとそのパートナーは、チップレベルのデバイスと材料、アーキテクチャ、そしてAIが動作するソフトウエアを実現に向けていく。

  設計のツールベンダーであるSynopsysが参加したのは、同社の持つ強力な設計ツールDesignWaveを用いて、イスラエルのファブレス半導体メーカーHabana Labsが、推論用のAIチップをすでに開発したという実績があるからだ。Habana社は現在、学習用のチップも開発中である。

  技術的なロードマップとして、近似コンピューティングのデジタルAIコア技術および最適化材料を使ったアナログAIコアを開発して現在の機械学習の限界を突破していくという。

  新規材料開発は、不揮発性のクロスポイントメモリにDNN(ディープニューラルネットワーク)の重みを記憶するために必要になる。このセンターでは、新しいAIコアの研究開発を指揮し、試作、テスト、シミュレーション、エミュレーションなどを含み、学習および推論マシンのAIモデルを作る。ウェーハプロセスはアルバニーのこのセンターで行うが、同州ヨークタウンハイツにあるT.J. Watson研究センターでもサポートを行う。

 

国内は東大と産総研が中心

  国内でもAIチップの開発機運がようやく出てきた。東大の本郷キャンパスで先週、「AIチップ設計拠点活動開始記念公開シンポジウム」が開催され(図1)、祝辞のあいさつとして、産総研、経済産業省、内閣府という官公庁に加え、ルネサスエレクトロニクスとプリファードネットワークス、そして昨年東京工業大学を定年になった松澤昭氏が設立されたテックイデアという3つの民間企業の代表もあいさつに加わった。東大に設計ツールを揃え、チップ製造は東大のVDEC、産総研の300mmウェーハラインなどを使うという。

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1  AIチップ設計拠点活動開始記念公開シンポジウム 写真撮影:津田建二

 

 AIチップの設計を検証するハードウエアツールであるエミュレータはCadenceParadium Z1を利用する。23億ゲートの規模の回路まで、4MHzのエミュレーション速度で検証演算する。東大と産総研は中小のベンチャー企業に使ってもらいたいとしているが、半導体設計では、VHDLVerilogといった半導体専用のプログラミング言語を習得しなければ、最初の論理設計でRTL形式を出力できない。しかし、幸運なことに半導体にしか使えないプログラミング言語を学ばなくても、論理回路を設計できる。デザインハウスというRTL専門の業者がいる。彼らを使えばだれでも半導体AIチップの設計データを得ることができる。

  ところが、設計ツールなどはアカデミックディスカウントの料金で導入したため、外部のデザインハウスが、揃えたツールで実際にプログラミングができない恐れがあるようだ。もしAIのアルゴリズムを考え出した中小のベンチャーがいても、設計ツールの使い方、プログラミング言語をゼロから習得しなければならないのなら、実際に使う企業は限られてしまう。LSI設計のプロであるデザインハウスに使ってもらえないのであれば、このセンターは宝の持ち腐れに終わってしまう恐れがある。

  国家プロジェクトの弱点であるさまざまな制約を取り除かない限り、国家プロジェクトはまたしても失敗という結果になりかねない。誰でもが制約なしに利用できる仕組み作りが結局は産業の活性化に結び付く。かつて、技術もないのに技術が流出するという名目で制約をかけてきたことがあった。国家プロジェクトや国家ファンドなどによって結局、半導体産業が活性化しなかったことを真剣に反省し、もっとオープンに利用できるような仕組みを作ることが霞が関の役割ではないだろうか。世界で使われているオープンイノベーションとは、誰でも自由に参加できるという「門戸開放」の意味である。技術を開放することでは決してない。

 (2019/02/17)

   

顔認証でブレークした面発光レーザー

(2019年2月 8日 18:05)

 AppleiPhone Xで初めて導入された顔認証システムがどうやらアンドロイドにも搭載されそうだ(参考資料1)。半導体メモリ価格の高騰が続いていたため、iPhoneの価格も高くなりすぎて売れなくなり、iPhone以外のスマホにも顔認証システムを使うようになり、顔認証を広げる狙いだ。

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 図 iPhone Xの顔認証で外れたロック 撮影:津田建二

 この顔認証システムのキーコンポーネントは、またもやニッポン半導体の「残念」に結び付いている。iPhone Xでは、所有者がこのデバイスを正面に向けた途端にロックが外れる。即座に所有者だと認識するからだ。所有者以外がiPhoneを覗いてもロックは外れず中身を操作できない。もちろん所有者の写真をかざしても認識しない。もはや当たり前の機能だと、ユーザーは言うだろうが、このカギとなる面発光レーザーが日本人の発明によるものだと知っている専門家はどれほどいるだろうか。

  iPhone Xの顔認証システムは、単なるAIだけの技術ではない。ハードウエアとして数十個の赤外線レーザーが顔に向けて発射されているのだ。もちろん弱い出力だからやけどするとか、目に悪いという訳ではない。面発光レーザーは、数十個の小さなレーザーを1チップ上に集積したもの。1辺が2~3mmしかない面発光レーザーのチップがあるからこそ、スマホのような小さなモバイルデバイスに搭載できるのだ。

  数十本のレーザー光が顔の特徴を3次元的に捉え、目と鼻の距離や耳までの奥行、おでこの広さなどさまざまな顔を表すパラメータをベクトルとしてとらえ、それらを個人の特長としている。スマホ自身でAI(ディープラーニング)を使っている訳ではない。ただし、クラウド上でとらえたカメラ映像の物体が人間であるか、他の動物であるかどうかをまず判別しなければならないが、その学習データはクラウド上に保存しておき、それをスマホ側で利用することはある。その場合、特徴抽出する場合に特徴量を参照データベースとして保存しておく場合や、あるいはベクトル量をクラウド上の学習データとして保存し、スマホ側で推論を行うこともできる。その場合は軽い推論専用のAIチップやIPを使う。

  顔認証システムのカギは、この演算を行うAI機能、あるいは特徴抽出機能を担うプロセッサと、面発光レーザーである。プロセッサは各社から市場に出ているが、面発光レーザーを出荷している企業は米国2社しかない。FinisarLimentum社である。これまでは量産するほどの量が出なかった面発光レーザーだが、iPhone Xで初めてブレークした。Finisar社はAppleからの資金援助を得て量産体制を敷き、これまで3億個というレーザーを出荷している。

  面発光レーザーを発明したのは実は、東京工業大学の教授と学長を経験された伊賀健一氏だ(参考資料2)。このレーザーはVCSELVertical Cavity Surface Emitting Laser)レーザーと言われており、いわばレーザーの集積回路あるいはモジュールというべきものだ。伊賀氏が発明した当時は何に使われるのか明確ではなかったが、光マウスやデータセンター内の光ファイバ配線などに少量使われてきただけに過ぎなかった。ところが、iPhoneの顔認証システムに使われるキーデバイスになって初めて大量生産されるようになった。せっかく日本人が発明したのに、米国の半導体メーカーが量産しているという事実は、極めて残念と言わざるを得ない。

  面発光レーザーが生まれたのは、レーザーの集積化を伊賀氏が考えていたからだ。従来のレーザーがチップの横(端面)から発光しているのに対して、チップの表面から発光させようと彼は考えた。レーザーは、LEDと同じようにpn接合に順方向に電流を流し、発生した光を閉じ込め共振させるためのキャビティ(共振器)を作りつけたもの。光を共振・増幅させることでQ値の高い(狭い波長)強い光を発射することができる。従来はこのキャビティをチップの横方向のチップ端面を鏡として使うことで共振器を構成していたが、伊賀氏はこの共振器をチップの表面-裏面間の鏡を利用することで集積化した。もちろん結晶性の改善や欠陥の抑制などのたゆまない努力で、開発できた。

  これからは、顔認証システムだけではなく、シリコンフォトニクスの代替や、LiDAR光源などへの応用も期待されている。市場調査会社のYole Developpement社は、2017年の3.3億ドルに市場から2023年には10倍以上の35億ドルに成長すると予測している(参考資料3)LiDARでは、これまでせいぜい数本のレーザーとポリゴンミラーなどを使って水平・垂直にスキャンしていたが、3万個の大出力集積化レーザーだと、大きなポリゴンミラーもMEMSミラーも使わずに、周囲3万点の距離を測定できるようになる。つまりコストダウンでき、LiDARシステムの小型化が図れることで、ここに大市場が生まれるという訳だ。

  悔しいが、米国のApple社をはじめとして世界各地の情報を得ていなかったことが日本半導体の最大の敗因だろう。つまり、世界の情報に目を向けてこなかったガラパゴス的姿勢に問題があったといえる。GaAsメーカーが次のアンドロイドメーカーに面発光レーザーを提案してイニシアティブをとることは、日本半導体業界にとってチャンスとなる。友人のEd Sperling氏が編集長を務めるSemiconductor Engineeringでは、「VCSEL技術が離陸する」と題した記事を掲載している(参考資料4)。ここでも将来のVCSEL技術のアプリケーション情報が得られる。 

参考資料

1.      Lumentum expects Android devices with Apple-like 3D sensing tech in 2019, Reuters 2019/02/05 

2. 伊賀健一「横のモノを縦に-常識をくつがえした面発光レーザの着想と実現への道-」、(2005/10/07

3.  We are only scratching the surface of potential of optoelectronics - Industry trends2019/01/31

4. VCSEL Technology Takes OffSemiconductor Engineering2019/02/07


 

   

日立の意図とは違う新聞の見出し

(2019年1月31日 11:21)

 125日、日立製作所は「風力発電システム事業の強化について」と題したニュースリリースを発表した。ところが、同日夕方の日本経済新聞は、「日立、風力発電機の生産撤退」という見出しの記事を報じた。これを見て、「あれっ?」と思わず叫んでしまった。全く否定的に捉えていたからだ。なぜ、こうなるのか。

  実は、日経の見出しに間違いはない。かといって、日立が風力発電システム事業を強化することも間違いではない。しかし、見出しをパッと見て一つはポジティブ、もう一つはネガティブに見える。つまり、視点が全く違うということである。だから全く違う見出しに見えてしまうのだ。

  事実はこういうことだ。日立は今後、風力発電機そのもののハードウエア部品を生産せず、これはドイツのEnercon社の発電機を使う。そして日立はIoTと同社のプラットフォームであるLumadaを駆使し、発電機から産み出させるたくさんのデータをコアとするビジネスに変えることを宣言した。発電機にはIoTは多数取り付け、そこからのデータを取得する。発電機そのものはグローバルな競争になり、メジャーなプレイヤーに絞られてきたようだ。このため、トップを取るために努力するより、発電機が生み出す膨大なデータを利用して顧客の価値を提供するビジネスに変えるのである。ハードウエアの生産からは撤退するが、今後期待が大きいデータビジネスには積極的に参加していくことになる。

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図 ドイツの高速道路沿いにある風力発電の風車(本文とは直接関係ない) 津田建二撮影

  風力発電機そのもののビジネスでは、高さが200メートルを超える超巨大なモノに変わりつつあるため、投資も時間も増えてくる。日立はハード部品での競争を止め、データサービスで稼ぐ方向にビジネスの中心を切り替える。だから「風力発電システム事業を強化する」とした。また、風力発電機が他のビジネス同様、シェア1位か2位でないと競争できないような体力勝負となれば、もはや日本の総合電機の出番ではない、と日立は判断したのであろう。風力発電機というハードウエアに資金も人材もかけるよりは、データビジネスに投資する方がさまざまな分野へも応用がきくからだ。

  だからといって、新聞が生産撤退という見出しを付けるのはどうか?少なくともIT系に強い日経新聞はモノづくりよりもIT系やデータを重視しているはずではなかったか。データは未来の石油ともいわれており、先端的な米国企業は、データビジネスへの転換を急ぎ、デジタルトランスフォーメーションをリードする方向に向かっている。日立もデータは石油なりの方向へ舵を切り替えている。このように捉えても良かったのではないだろうか。

  英国への原子力エネルギーの輸出に関してもコスト的に合わないと日立は見積もっている。これまで日本国内で原子力事業をやってきて、原子力はエネルギーコストが安い、と風潮されてきたが、リスクコストを全く見てこなかったからだ。3.11の福島原子力発電所の爆発とそれに伴う放射能汚染などのリスクを配慮すれば原子力のコストは決して安くない。石油や再生可能エネルギーではリスクコストはそれほど考慮しなくても済むが、原子力は万が一のリスクを配慮したコスト計算を含めることは世界の常識である。リスクは政府に見てもらう、といった態度では世界に輸出できないことを英国政府から教訓として学んだのである。日本政府のようにリスクは政府が面倒見てくれる、といった甘い態度は世界では通用しない。だから、ハードウエアでコストがかかりすぎるマシンからは撤退する、と決めた。

  風力発電ビジネスでは、コストのかかるハードウエアを回避して、データビジネスで稼ごうと日立は力点を変えたのだ。この点を新聞は理解しようとせず、ネガティブなイメージで風力発電機の生産から撤退、という見出しを付けた。むしろ、日立がデータビジネスへのシフトにより、未来へ切り開こうとしている努力を垣間見ることができると思う。

 (2019/01/31)

   

システムを差別化できるのは半導体チップ

(2019年1月 9日 23:26)

 新年になり、半導体業界にいるいろいろな方たちとディスカッションさせていただいた。今の日本の半導体産業の弱体化はだれしもが認めるところだが、それを嘆いていても前には進まない。むしろ、グーグルやアマゾン、アップルのようなOTTOver the top)あるいはインターネットサービスプロバイダが半導体チップを作り始めた。この事実を今の総合電機の経営者が理解しているだろうか。半導体産業を本当に理解しているだろうか、という疑問に行き着いた。

  日本の電機の経営者たちは、システムを差別化する手段がソフトウエアにあり、そのソフトウエアをチップに焼き付けることで、システムをさらに差別化できることを知らないのだろう。知っていれば、自分たちのシステムを誰も真似できない製品やサービスを世の中に出してくるはずだから。今ある製品のほとんどは過去の遺産に過ぎない。これまではソフトウエアで差別化していたのだが、ソフトウエアだけでは思うような性能が得られない。

 

傲慢なわりに若者のやる気を削いだ経営者たち

 かつて世界に君臨した日本の総合電機は、ソニーというフロントランナーがいて画期的な製品を世に出し、2~3年して総合電機が大量に生産して安く販売することで市場を形成してきた。当時は製品寿命が長かったために、こういった2番手戦略でも間に合った。しかし、現在ではこの手法は全く通用しない。ソニーでさえも大賀典雄社長時代までは「すごい」製品を出してきたが、今は他と同じ総合電機的エンタメ会社となった。

  最近私は、総合電機の経営者たちは経営を知らなかったのではないか、と思うようになった。企業のトップになれば何でも自由に動かせると思ったのではないか。反対意見を言ってくれる人たちを排除してきたのではないか。こう思うようになった。1980年代後半のバブル時代の日本の経営者は、政治は三流でも経済は一流とおごっており、ひどい経営者はアメリカから学ぶものはもはやなし、とさえ言い放った。

  なぜ総合電機の経営者の能力を疑うか。それは、企業の活力とは若い社員がやる気を出して積極的に仕事に向かっているとは言えないからだ。電機企業の中でもまだマシな日立製作所やパナソニックでさえ、利益は出るようになったが売り上げはほとんど増えていない。これは会社が活性化していないからであり、機能していれば必ず伸びて成長していく。東芝やシャープはひどかった。経営になっていなかった。若い社員のアイデアを抑え、芽を摘み取れば、売り上げは決して伸びない。投資すべき時に投資してこなかった。今でもしていない。内部留保が大量にあることがそれを示している。かつて、NECと日立が共同で設立したDRAMメーカー、エルピーダメモリでは、坂本幸雄氏が社長に招かれる前、両親会社とも投資しないけど売り上げを伸ばし利益を出してくれ、と虫のいいことを言ってきたそうだ。経営を知らないから、このようなことが言えるのである。

  成功している海外企業のトップに取材すると、日本とは全く違う経営スタイルである。CEO自らの役割と会社の方向、業界の動向を的確に捉えており、決算報告会や、中期計画発表会、経営戦略発表会などでは、社長自ら自分の言葉で会社の実情、方針、Q&A、技術戦略、製品戦略など全て説明している。特に記者会見では一人で話す社長が多い。日本の電機企業で一人だけですべてを話す社長は片手で数えられる程度しかいない。特に大手大企業の総合電機の社長はできない。それだけではない。下から上がってくる意見に耳を傾けなかったり、その声を検証したりする姿勢さえ持っていない社長も多い。イエスマンばかり揃える社長も多い。

 

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1 プリファードネットワークスが開発したAI学習チップMN-Core 4チップを一つのパッケージに封止し、プリント基板上に実装した 筆者撮影@セミコンジャパン会場

 

 活力のある企業は、会社が向かう方向を社員が理解し、自律的で積極的に仕事をしていくため、売り上げも利益も伸びていく。売り上げを伸ばすための投資にも躊躇しない。例えば、東京大学発のAIベンチャー、プリファードネットワークス社は、もともとディープラーニングのフレームワークChainerを開発したベンチャー企業だ。トヨタやパナソニックからも共同開発費を引き出し、AIの先頭に立つ会社になった。AIは機械が勝手に学習してくれるシステムではない。今の機械学習やディープラーニングは、AIで学習する前に前処理と後処理に人手が必要だ。この前後の処理は、顧客のシステムごとに作業しなければならないため、ビジネスとしてはコンサルティングのような11の共同開発という形態をとり、顧客企業が望む開発にAI手法を利用できるようにする。このコンサルティング形態からビジネスを広げ、プリファードは「自動外観検査装置向けのソフトウエア」を一般のライセンス売りを行った。さらにAIマシン用に半導体チップ(図1)を開発し、プリント基板実装、空冷装置、コンピュータサーバ、コンピュータラックにまで組み込んだ。今後、同社は消費電力の少ないAIマシンに仕上げる。

 

AIに見る半導体の重要性

  AIは今ブームになっており、霞が関も大企業経営者もAIIoTを口に出して言う。しかし、AIとはソフトウエアやアルゴリズムに留まるものではない。ソフトウエアだけでAIシステムを構成しようとすると、速度や消費電力などの性能の点で必ず行き詰まる。この壁を打破するものが半導体チップである。ところが、霞が関の役人や総合電機の経営者などは、AIの性能を上げるためには半導体が不可欠であることを知らないのである。だからいつまでたっても、日本に半導体を復活させようとしない。

  半導体チップの製造は、まず設計から始まるが、複雑な半導体はVHDLVerilogといった半導体特有の言語でシステムの論理設計をしなければならない。グーグルやアマゾンなどのエンジニアが半導体設計にしか使えない言語をわざわざ学ぶとは思えない。ところが、デザインハウスと呼ばれる半導体設計の専門会社がある。例えば製造専門のファウンドリTSMCは、設計専門のデザインハウスGlobal Unichip社を傘下に持っているため、半導体設計言語を知らなくても、どのようなチップが欲しいのかを伝えるだけで設計してもらえるのである。だから、半導体設計言語をOTTのようなインタネットサービス会社がわざわざ学ぶ必要はないのだ。

  かつては、半導体チップが欲しければ工場を建設し製造プロセスを開発し、設計言語を学ばなければならなかったが、今はデザインハウスに頼めば設計し、フォトマスクとして提供してもらえる。それをTSMCなどのファウンドリに渡せば製造してもらえる。

 

誰でも半導体を持てるのは水平分業のおかげ

  水平分業のエコシステムができているからこそ、誰でも半導体を開発できる時代になったのである。残念ながら日本の半導体は垂直統合型のメーカーにこだわり、設計してもらえるデザインハウスの存在をよく知らない。だから、半導体のことをよく知らなくても半導体を開発できることを知らない。技術を深めたいと思えば、ファウンドリ会社と設計専門のデザインハウスを作り、どのような客にも対応できるPDK(プロセス開発キット)や仕組みを作ればよい。ただし、製造専門のファウンドリ会社は投資が必要だが、製造原価に対する人件費比率が5~8%しかないため、人件費の高い国、すなわち日本に向いた産業であることを認識しておくことも重要だろう。

  最後に繰り返すが、今の日本に必要なのは、ファブレスのシステムメーカーをサポートするためのデザインハウスと、製造専門のファウンドリ企業である。いずれにも世界のトップテンに日本企業は1社も入っていない。IDM(設計と製造を持つ垂直統合の半導体メーカー)が向いたメモリメーカー(東芝メモリ)はいるが、それ以外でIoTAIなどのチップ開発には、デザインハウスとファウンドリがなくては日本の産業はグローバルで競争できない。

  日本は半導体製造装置や材料、電子部品などは世界と戦える競争力を持っているが、半導体チップを作るためのエコシステムが抜けているため、産業全体の弱さが浮き出てしまっている。ここに世界レベルのデザインハウスとファウンドリがあれば、世界的な競争力を持つことができる。世界のEDAツール産業が揃っており、プリント基板のCADメーカーも国内にある。機械部品産業も大田区や東大阪地区に揃っている。デジタル化のためのエコシステムを完成させるためにも、デザインハウスとファウンドリが外せないだろう。

2019/01/09
   

4大ITトレンドが始まる2019年

(2019年1月 5日 11:05)

新年おめでとうございます。

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図 2019年1月1日に初詣に行った成田山新勝寺


この2年間の半導体産業は、DRAMNANDフラッシュメーカーだけが35~75%もの驚異的な二けた成長を果たし、IoTに欠かせないマイコンはわずか3~4%しか成長しなかった、といういびつなメモリバブルだった。それもメモリは生産量をほとんど増やさず、増やせず、単価だけが2.5倍も値上がりしていた。増産しなくても売り上げが勝手に増えていった、というDRAMメーカーは営業利益率が60%70%というとんでもない数字を享受してきた。

NANDフラッシュは昨年はじめから値下がりし、生産量を上げられるようになってきた(すなわち歩留まりが上がってきた)ため、売り上げも増加した。DRAMは昨年後半からようやく値上がりが止まり、値下がり始めた。これによって半導体産業は、従来通り、5~6%成長という。普通の成長にようやく戻りつつある。一部のメディアやアナリストはこれを不況が来るような表現をしているが、決してそうではない。ただし、好不況の波は常にアンダーシュートとオーバーシュートが現れるが、メモリバブルが超オーバーシュートだったため、2019年は若干のアンダーシュートになるかもしれない。と言ってもマイナス成長ではない。半導体産業の通常が5~6%成長だからこそ、3~4%に低下するという程度である。

こうして市場調査会社の予想を見ると、平均4.4%程度の成長になる。Mentor GraphicsCEOであるWally Rhines氏はそのように述べている(参考資料1)。今年はメモリがバブルから通常に戻るとして、IoTAIがようやく立ち上がろうとしている状態であり、ゆっくりとした成長率は順当かもしれない。これまでは、メモリ単価の値上げ → パソコン・スマホも値上げ → デバイスの売り上げ伸びず、という負のサイクルに入り、パソコンやスマホのメモリ容量を増やすこともできなかった。

今年は、これらのデバイス単価が値下がりし、メモリ容量を増やしたかったデバイスがたくさんのメモリを使うようになるため、メモリビジネスがマイナス成長になることはありえない。コンピュータの最近のトレンドはCPUのクロック周波数を上げられなくなったため、マルチコアで速度を上げることだけではなく、メモリとの距離を短くしてCPUとのやり取りを素早くすることがコンピュータシステムを高速化する手段になってきている。このことからコンピュータの高速化とメモリの大容量化はつながる傾向にある。だからメモリ単価が安くなることで、不況が来るのではなく、コンピュータメーカーはメモリを増やせる喜びを享受できることになる。

加えて半導体産業は、これから社会やインフラがデジタル化、デジタルトランスフォーメーションへと進むにつれ、IoTAIデバイスが大量に使われることになるから、長期的に成長することは間違いない。IoTAIも始まったばかりの段階に過ぎないからだ。IT4大メガトレンドであるIoTAI5G、セキュリティはこれから成長が始まる。

5世代のワイヤレス通信である5Gも始まったばかりで、2020年をきっかけに普及すると同時に進化もしていく。5Gに対する3GPPの規格はこれから2020年代を通してどんどん進化していく。夢の通信ともいえるミリ波通信が本格的に始まるのは2020年代後半であり、そのためのテクノロジー(ビームフォーミングやビームトラッキングの制御IC、ミリ波送信パワーIC、ミリ波受信機など)は、これから量産を意識した開発がやっと始まる。ミリ波は28GHzから始まり、38GHz60GHz70GHz90GHzへと進化するだろうが、直進性も高まるため、ビームフォーミングなどで直線性を解消しようとしても完全ではない。やはり小さな基地局ともいうべきスモールセルを大量に構築しなければならない。つまり量産しなければならないほどの大量のスモールセル向けの半導体が必要になってくることを意味する。

そして、セキュリティを守るハードウエア(半導体IC)の開発も進むことになる。これまでシステム全体にIDとパスワードによる認証というカギをかけてきたが、システムの中のサブシステム(コンテナ)にもカギをかけ、ICの中のセキュアにしたい回路ブロックにもカギをかける。さらに大事なデータを仮に盗まれたとしても、データを簡単に読めないように暗号をかけておき、その暗号解読キーを認証が必要な回路ブロック(メモリ)に隠しておく。もちろん、セキュアな部屋(コンテナ)とセキュアではない部屋を完全に分け、セキュアな壁を設けておくことも半導体IC技術で可能になる。

こういったセキュリティシステムを構築するカギもやはり半導体が担う。半導体チップは1枚のウェーハから作られるとはいえ、IC1個ずつ特性が違うといったバラツキがある。もちろんウェーハごとのバラツキもある。だから半導体チップの特性は統計的な処理が必要なのだ。この特性を逆手にとって、半導体IC1個ずつにID番号を割り付けるといったセキュリティのカギの作り方さえある。

以上述べてきたIoTAI5G、セキュリティの全てを制御するハードウエアこそが半導体である。しかもコンピュータと同様、ソフトウエアを半導体の中に作り込むことができる。だからこそ、半導体を持っていなければ「丸腰」となるため、中国が必至で開発しようとしているのである。にもかかわらず、能天気に見ているだけの日本は、いったい何なんだろうか。将来の成長エンジンを欲しいと思うなら半導体を持っていなきゃ無理だろう。日本が半導体の重要性に目覚めるのはいつになろうか。「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」(20104月、日刊工業新聞社刊:参考資料2)と叫んでもう9年過ぎたが、海外勢が半導体の重要性を熟知していることを考慮するとやはり焦りを感じる。

                                      (2019/01/05)

参考資料

1.     AI and ML Create Exciting but Challenging 2019 Outlook2019/01/03

2.    津田建二著「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、20104月発行、日刊工業新聞社刊

   

半導体製造装置の展示会から遊離するセミコンジャパン

(2018年12月18日 22:56)

 今年のセミコンジャパンは、大きく変貌した。何が変わったか。これまでは半導体製造装置・検査装置と関連材料の展示会だった。ここのところ、IoTを取り込み、半導体製造の世界から、半導体応用の世界まで取り込みながら、半導体製造装置や材料からIoT半導体チップ、IoTデバイス、IoTシステムへと連続的な広がりを見せるようになってきた。日本では半導体チップ製造から離れていく傾向が強かった。このためセミコンジャパンを日本で開催する明確な意味が失われつつあった。

 

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1 セミコンジャパン2018の光景、人影はまばら 撮影:津田建二

 

 IDM(設計から製造まで一貫して担う半導体メーカー)にこだわり続けた日本の半導体産業の末路といってもよい。10年以上前から世界はファブレスとファウンドリに分化してビジネス的に身軽に素早く新市場に対応できる体制を身に着けてきたことを報じてきた。例えばクアルコムは、かつて持っていた携帯電話ビジネスを京セラに売却し、半導体のファブレスに徹してきた。ほかのメーカーもファブレスやファブライトに進むと同時に、ファブライトでもビジネスが成り立つアナログやパワー分野などに焦点を絞ってきた。その成功例がテキサスインスツルメンツであり、インフィニオンテクノロジーズである。

  日本の半導体では、メモリの東芝はメモリ部門(現在東芝メモリ)が好調ながら、非メモリ部門はほとんど成長していない。ルネサスはつぶれそうになった。再び危なくなっている。富士通の半導体部門は解体状態にある。世界を見ずにこれでいいのだ、とこだわった結果がこの実態である。世界のシェアは10%未満になり、今は世界から日本頑張れと同情される始末にまで落ちぶれた。

  そんな中、半導体製造装置産業はまだよかった。日本の半導体メーカーがダメだから韓国、台湾、米国など大きな市場のある所へ向かったからだ。東京エレクトロンや日立ハイテクノロジーズ、日立国際電気などは海外売上比率が過半数を優に超えており、テスターメーカーのアドバンテストとなると、売り上げの95%が海外である。

 

セミコンジャパンは製造装置が出展、半導体企業が来場者だった

  強い半導体製造装置の展示会であるセミコンジャパンは本来、半導体メーカーのプロセスエンジニアや製造、調達関係者を来場者として、サプライヤである製造装置・材料業者が出展していた。東芝メモリ、ソニーセミコンダクタソリューションズ、ルネサスエレクトロニクス、ロームといった大手から中堅の新日本無線やエイブリック、トレックスなどのIDMという顧客が主な来場者だった。しかし、国内の半導体メーカーは依然と比べて成長せず、弱体化してきた。

 

IoTこそ、日本の半導体でも成功できそうな応用

  そこで、半導体装置メーカー・材料メーカーは、ここ10年くらいダメな日本の半導体企業ではなく、韓国、台湾、米国の半導体メーカーに訴求する、といった活動を行ってきた。それでも日本半導体メーカーという来場者が年々減少しており、セミコンジャパンは、若いエンジニアを対象とするユニバーシティ、イノベーションビレッジなど、工夫を重ねてきた。ここ数年はIoTという応用を広げてきた。最初の年は半導体製造装置とIoTシステムが全くお門違いで離れていたが、徐々にIoTチップの展示やIoTシステムのデモなど製造装置とIoTとの間をつなぐ要素を加えてきた。IoTをテーマとして加えたのは、300mm16nmなどの超微細化技術が不要で、日本の半導体メーカーにも成長できる市場を見せるためだった。

  ところが、今回はいきなりAIやクルマなど、微細化も必要な分野も織り交ぜた成長分野を取り上げた。日本の半導体メーカーを顧客とする展示会からは大きく離れてしまった。SEMIジャパンによると、今回の来場者は前年比22%減の52865名と、昨年の67613名から13000名以上も減少した。セミナーの来場者は、6.4%減の1884名にとどまったが、展示会そのものを考え直す必要があるだろう。

 

セミコンジャパンのあるべき姿とは 

では、セミコンジャパンはどうあるべきか。半導体メーカーが今注目している分野は、クルマと工業用分野である。クルマと工業機器分野は半導体だけではなく、電子部品や機械部品、機構部品、電気部品などエレクトロニクスではなくメカトロニクスのサプライヤも昔から製品を納めてきた業界である。彼らを取材してみると、工業用途で成長する分野はなんと、半導体製造装置分野だという。つまり、製造装置産業のサプライヤとして半導体部品を位置付けてもよいのである。半導体メーカーと製造装置メーカーの立場は逆転する。 

ただ、これまでの経緯から、半導体メーカーは半導体製造装置業界とうまくやれるのだろうか。日本の半導体メーカーは、製造装置メーカーに対して、工場に装置を納めてもすぐには代金を支払ってくれなかった。検収と称して、装置の性能や特性をチェックするうえでシリコンウェーハを流し稼働させて特性をチェックするため、半年以上後に支払ってきた。半年程度ならまだましな方で、1年かかることもあった。半導体装置メーカーにとって資金繰りがたいへんだった。この状況を「半導体メーカーが製造装置メーカーを見下しているからだ」と述べた装置業者もいた。

  ところが、海外の半導体メーカーは違った。製造装置を工場に納入・設置すると、まず代金の7~8割を支払い、残りを検収後に支払ってきた。こうなると、製造装置メーカーはまず金払いの良い海外の半導体メーカーを優先してビジネスを行う。だからいまだに海外売上比率が圧倒的に高いのである。国内半導体メーカーにとっては、海外の半導体メーカーとは当然差ができ、出遅れは必須だった。

  この「製造装置を国内の半導体メーカーに納めてもすぐに支払ってもらえない」という問題は、2000年頃から徐々に明らかになってきたものの、国内メディアは広告主であることを理由に採り上げなかった。日本の半導体メーカーにとっては不利になることを訴えた記事を旧Semiconductor International日本版で書き、大きな反響をいただいたが、メディアがこの問題を明らかにしたのはこれ1件だけだった。半導体メーカーにとってもキャッシュフローの概念がなく、財務が明確にならないというデメリットにも訴求したが、半導体メーカーは、聞く耳を持たず、この体質は全く変わらなかった。

  半導体メーカーは現在の没落した状況を何とかしたいと思っているものの、これまでLook down(見下して)きた製造装置メーカーを顧客とするようになると、ビジネスを成功できるだろうか。さらにこの差別意識の問題は、エコシステムやパートナーシップ、といわれる仲間作りにも、これまでのような「見下す態度」では成功しないことは明らかだ。パートナー企業や社員を敬い、男女や国籍・人種・出身地などの差別を撤廃しなければエコシステムの構築はできない。

  セミコンジャパンが、半導体製造装置業界を来場者として、製造装置に納める部材や電子・電気部品、機械・機構部品、材料、半導体デバイスを出展社とする工業機器向け展示会へ、変えるという試みをやってみればよいと思うのだが、いかがだろうか。もちろん、これは意識改革でもあるから時間がかかることは言うまでもないが。一種のPoC(概念の実証実験)とみることも必要であろう。

2018/12/18

   

日本の半導体を世界一に押し上げた西澤潤一氏

(2018年10月28日 20:56)

 半導体研究の草分けであり、東北大学からpinダイオードや半導体レーザー、静電誘導トランジスタなどを開発してきた西澤潤一氏が1021日に死去された。告別式が終わった後の27日に新聞各紙が報じた。西澤氏は東北大学長を務め、その後岩手県立大学長、首都大学東京学長も歴任されたが、筆者は西澤氏との年賀状交換を最近まで30年以上続けてきた。

  現在シリコン半導体チップの主流であるMOSトランジスタの実用化研究で、東京大学の菅野卓雄名誉教授や産業技術総合研究所(旧電総研)の垂井康夫氏らと共に日本の半導体研究勃興期の第一人者だった。彼らのMOSトランジスタの研究があってこそ、今のシリコンCMOSが半導体の主役になった。

  西澤氏はさらに、MOSトランジスタの欠点であった短チャンネル効果を逆手に利用し、真空管の出力段に使われた3極管と同じように電流-電圧特性が飽和しない出力特性を持つ、静電誘導トランジスタ(SIT)を提案した。このトランジスタでオーディオアンプを作ると真空管と同じような音質で音楽を聴けると言われた。残念ながらSITは非飽和特性ゆえに制御しにくいという欠点があったためにデジタル回路には使われなかったが、その発想は日本人離れしていた。

  現在の基幹通信技術から家庭にまで敷設されるようになった光ファイバや半導体レーザーの提案も西澤氏が先んじた。当初は、メガネのレンズさえも光が十分透過せず、一部吸収されるために少しだが暗くなるのに、ガラスファイバが光を何キロメートルも通せるわけがない、と一蹴された逸話をよく聴かされた。当時は非常識だった技術レベルが時代と共に向上するのにつれ、光ファイバは通信業者や材料業者が開発を進め、光ファイバ用の半導体レーザーと受光ダイオードの研究開発を半導体メーカーが進めた。

教育者としてもエンジニアを世界一へ

  西澤潤一氏の特筆すべき業績は、研究成果だけではなかった。教育者としても非常に優れていた。西澤研究室出身の半導体エンジニアは数多く、NECや日立製作所、東芝など半導体トップメーカーの研究開発・製品開発現場には必ず西澤研出身者がいた。最も有名な卒業生はフラッシュメモリを発明し、東芝に在籍していた舛岡富士雄東北大学名誉教授だろう。フラッシュメモリは東芝に数兆円以上の収益をもたらしたが、舛岡氏が特許を残していなければ、現在の東芝メモリはなかっただろう。日立製作所中央研究所にいてメモリ開発を手掛けており、東北大学に移ってから3次元ICを提案した小柳光正教授も西澤研究室出身者である。

  西澤教授を支えた代表的な研究者の一人が大見忠弘教授(当時は助教授)である。2016年に先立たれた大見氏は、西澤教授のアイデアを実証研究し、さらに半導体企業の歩留まり(良品率)を上げるためにクリーンルームのあるべき姿を提示し、それを実現させた。インテルのマイクロプロセッサの製造歩留まりを上げるのにも貢献したと言われている。大見氏は、半導体プロセスで、どのようなプラズマ化学反応がどのような結果をもたらすか、理路整然と語り、半導体は試行錯誤する時代からプロセスをサイエンスする時代に移ることを述べられていた。大見氏は、東京工業大学で勤務された後、東北大学の西澤潤一教授の元へやってきた。現在、大見氏のご子息が東工大の准教授を務めておられる。

  筆者は、西澤潤一氏、大見忠弘氏、舛岡富士雄氏、小柳光正氏らが米国の半導体学会であるIEDM(国際電子デバイス会議)で1980年代はよく同席させていただいた。日本の半導体を支えてきた人たちは、その場で本音を語り、筆者は半導体産業の本質を調べる裏付けに使わせてもらった。

半導体エンジニアの夏合宿

  西澤氏の教育者としてのエンジニア形成手法は、毎年夏に山形県蔵王温泉で開催された34日の半導体エンジニア合宿にもよく表れていた。一部屋に4名の参加者を割り当てるのであるが、同じ企業の人は決して同じ部屋に入れない。日本の半導体エンジニアたちが企業を超えて本音で語り合う場所にしようという意気込みが感じられた。朝から夕方まではセミナーだが、ひと風呂浴びて、夜もパネルディスカッションのようなナイトセッションが開かれ、さらに2次会も自主的に開かれた。ここでライバル企業のエンジニア同士でQ&Aセッションが開かれた。この場は本音が聞ける貴重な場なので、あまりお酒の飲めない筆者もビール1~2杯だけで2時間以上のディスカッションを聴くことができた。

  また、昼間のセミナーでの発言は記録を取り、後で書籍として掲載された。もちろん夜の2次会セッションでは記録はないが、エンジニア同士が親しくなるネットワーキングは、全てのエンジニアの人的財産として記憶に残っている。残念ながら、このような合宿セミナーはもはや存在していない。合宿によるプロセス技術開発レベルの向上が、1980年代後半から90年にかけて日本の半導体を世界一のシェア50%まで押し上げた要因の一つであると思う。西澤先生は今の半導体産業をダメにした総合電機企業の経営者をどう見ておられたのだろうか、聞いてみたかった。合掌。

   

B2Bへと舵を切ったCEATEC 2018

(2018年10月19日 23:46)

CEATECの雰囲気が大きく変わった。日本の電機産業には本物の経営者がいない。電機産業は、日本では斜陽産業となった民生市場から自動車・産業向けへと舵を切ったはずなのに、切り切れていなかった。今回のCEATECはようやくB2B展示会へと変わりつつある。

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図1 CEATECは来場者がようやく下げ止まった 昨年より2.6%増加した

  元々、CEATECの前身であるエレクトロニクスショーでは部品がメインでB2Bの様相を呈していたが、80年代、90年代へと民生主体に変わりつつあった。ところが民生市場がデジタル化へシフトするにつれ、日本からアジアへとシフトし、中国へと完全にシフトしてしまった。デジタル化に出遅れた日本は、テレビとパソコン、携帯電話(スマートフォン)の3大ビッグ市場を失ったのである。

  これまで半導体は、これらのビッグ3市場へ向けて出荷していたが、国内の大得意客であったパナソニックやソニー、シャープなどの大手電機が没落したため、一緒に沈んでいった。リーマンショック後にこのことに気が付いた半導体メーカーは、顧客を求めて国内から海外へと切り替えてきた。今のところはアジアや中国が主な顧客だが、米国・欧州はむしろこれからといったところだ。

  今回のCEATECでは、IoTAIが登場したため、それに向けたソリューションを提供することに力を注ぎ始めた。半導体ビジネスでは単なる製品を展示しても意味がなくなった。最終製品を作るための開発ツール(ソフトウエア+ハードウエア)も潜在顧客に提供する方向へと変わってきているが、ようやく国内でも製品+開発ツール+サポートサービスというソリューションビジネスへと変わりつつある。開発ツールがあれば潜在顧客は「私でも差別化できるシステムを開発できるじゃん」と思えるようになる。

  IoTAIも民生向けは時間的にずっと遅れるだろう。まずは企業向け、産業向け、社会向けが優先される。AIは勝手に学習して人間を支配するものでは決してない。学習させるためには例えば画像のどの部分を入力したいのかを指定したり、他のデータと紐づけしたりするなど、人間の手による前処理が欠かせない。IBMは、AIAugmented Intelligence(人間を補強する知恵)と呼んでおり、人間の仕事を補助してくれるツールと位置付けている。

  今年のCEATECで面白かったのは、ディープラーニングのフレークワークChainerを開発したプリファードネットワークスが、フレームワークを用いて顧客のディープラーニングを使ったシステムをサポートする顧客ごとのビジネスから、一般売りのアプリケーション(外観検査装置の不良を見つけるソフト)のサブスクリプションモデルへと広げたことだ。AIビジネスは始まったばかりだが、先行企業は早くもビジネスモデルを広げようとしている。

  AIやディープラーニングのようなデータ分析手法は、最終的にビッグデータを分析して可視化するIoTシステムとはなじみ(親和性)が良い。もちろん、クラウドともなじみが良く、これからの5Gともなじみが良くなる。5G時代の1msというレイテンシは魅力的だ。

  部品メーカーはIoT向けのさまざまなセンサを開発しており、地震センサ、新型超音波センサや24GHzのドップラーセンサやレーダセンサ、紫外線センサ、ワイヤレスセンサ、125GHzのサブテラヘルツを利用するCMOSレーダセンサなど、変わったセンサが多数見られた。これらは部品メーカーならではの新型センサで、テクノロジーの進歩と共に出てきたものといえる。

  またアナログ半導体のJRC(新日本無線)はエネルギーハーベスティング用の920MHzの電波を受信、回路に電源を与え、センサ回路の情報を載せて送信する、というワイヤレスセンサを展示、エイブリック(旧セイコー電子工業)は、ボルタの電池のアイデアと、チャージポンプ回路を組み合わせて、電池レスで水分量を測るセンサトランシーバを展示していた。また、ロームは地震センサを展示していたが、地震の揺れとそれ以外の揺れを区別する回路を構成し、地震だけを検出するセンサを作った。まさにセンサとアナログ回路のアイデアである。

  部品メーカーの村田製作所は、NAONAと呼ぶデータ解析システムを昨年のCEATECで細々と展示していたが、今年は大々的にアピールしていた。これはマイクを通して会話する人間の感情を定量化して可視化しようという試みで、働きやすい環境作りに一役買っている。

  データ分析、ディープラーニング、さらにはRPA(ソフトウエアロボットによる事務作業の自動化)などもCEATECに登場、働き方改革の切り札ともいえるさまざまなテクノロジーが登場し、社会問題の解決を目指す。真のB2Bの時代に突入したCEATECであった。

(2018/10/19)

   

全国で電力を融通しあう仕組みを優先せよ

(2018年10月14日 16:30)

九州電力が太陽光発電を停止することを決めた。電力の作りすぎによる逆潮流を防ぐためだ。でも、これって、太陽光発電を悪者にしていないか、何か変ではないか?それなのに電力を増やすために原発を再稼働するのか?

  電力は発電と消費を基本的に一致させる必要がある。消費が多ければ、供給できなくなってしまうし、消費が少なければ過剰電力をどこかで消費しなければならない。九州電力はだから電力が過剰にならないように、予めソーラー発電の電力を送電線に乗せないことを決めた。せっかく自然エネルギーで発電し、環境を守り、地球を持続的可能な場所にしているのに、である。

  だったら、どうやって解決するかだ。答えは簡単。九州電力で電力が余るのなら、足りない地域へ送ればよい。ところが、今の日本の電力網は、こんな簡単なことができないのである。本来なら、九州で余った電力を不足している北海道へ送ればよい。しかし北海道-本州の送電線は容量が足りないため、先日の大地震では、九州の余った電力を北海道へ送ることができず、北海道で停電せざるを得なかった。

  日本は、狭い国なのに、互いに電力を融通しあえない国である。これがそもそもおかしいのである。本州と九州の間、さらに50Hz60Hzの境界、本州と北海道の間、これらがボトルネックになっている。ボトルネックを解消すれば、もしかすると原子力は要らないかもしれない。地球にやさしいソーラーを止めてまで、極めて危険な原発を再開しようとしている。どう考えてもおかしい。

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図1 ドイツでは至る所に風力発電所がある

  欧州では、各国が互いに電力を融通しあっている。ドイツが2020年代には原発をやめようとしているが、フランスから原子力発電で作った電力を譲ってもらっているのはおかしい、という声が出るほど互いに依存しあっている。デンマークからも風力発電で作った電力をドイツはもらっている。国や言葉、信じるべき宗教さえ違う国同士が電力を譲り合っているのに、なぜ日本国内で同じことができないのか。おかしいではないか。

  原発再稼働よりも何よりも、日本全体で電力を融通しあえる送電網をまず構築すべきではないだろうか。今のままでは、北海道電力は自力で火力発電所を新設しなければならず、その電力コストは北海道民が負担することになる。北電経営陣の判断ミスで、苫東厚真発電所に大規模な設備を集中させてきた。リスク分散の考えを独占企業が持っていないこと自体がおかしいのである。

  だからといって分散することはもちろん多少コストは犠牲になる。しかし、万が一の時のコストはほとんどかからない。つまり、万が一のコストも加味して、リスク分散のコスト計算をすべきなのだ。かつて日本IBMの環境部長の話を聞いたことを思い出す。IBMでは全ての工場の環境管理にコストをかけ、汚染水が絶対に外部に漏れないように対策を打っているという。対策を打たずにいれば、万が一漏れた場合のコストは膨大になり、風評被害も含め企業が倒産しかねないからだという。そのようなリスクを背負った時のコストを含めると環境対策コストは微々たるものだ、という訳だ。

  残念ながら日本企業は、リスクを考えた経営をしていないところが多い。例えば東芝メモリは四日市工場に巨大な半導体生産工場を作っている。万が一、南海トラフによる東海沖地震が来て崩壊などの事故が起きたらどうするのか。万が一の時のリスクを全く考えていないため、一緒に工場を運営しているウェスタンデジタル社は、シンガポールなどの地震のない海外にも拠点を作ることを提案していたが、東芝経営陣はやむなく岩手県の北上にも工場を新設することを決めた。ウェスタンデジタルを東芝経営陣は悪者扱いしていたが、世界の半導体企業の大手はインテルにせよTSMCにせよ、ほとんど全て代替施設を構築している。

  電力を融通しあう送電網も同じような考えだ。万が一の場合の電力の過不足、過剰に対応するためだからである。一刻も早く、次の災害に備えるために全国の電力網を見直し、融通しあえる体制を作るべきである。

2018/10/14

   

Xilinxの開発者会議で見るムーアの法則3.0

(2018年10月 4日 21:41)

2年ぶりにシリコンバレーにやってきた。今回は、Xilinx(ザイリンクス)の招待で、Xilinx Developer Forum(図1)に出席、取材するためだ。今やシリコンバレーの中心地ともいえるサンノゼのフェアモントホテルで開催、2日間、その場所で会議を楽しんだ。これからのITのメガトレンドに沿ってAIIoT5G、デジタルトランスフォーメーション、セキュリティ、クルマなどの設計を見据えた、新しいコンセプトの半導体プラットフォームを提案した。

 

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1  Xilinx Developer Forumの始まる前

 

Xilinxは、プログラムによってハードウエアを自分の好きなデジタル回路に設計できるFPGAという半導体を発明した企業だ。ほぼ同時期にFPGAを開発したAltera(アルテラ)はIntel(インテル)に買収された。XilinxAlteraも製造工場を持たないファブレスと呼ばれる半導体メーカーだ。

 

IntelはなぜAlteraを買収したのか。その前からAlteraは製造をIntelに依頼していたという歴史がある。IntelにとってもAlteraからの製造依頼を受けてファウンドリビジネスへと一時広げたが、Alteraを買収することでファウンドリビジネスには興味を失った。その代り、IntelITのメガトレンドを追い求めはじめ、脱パソコン指向を強めている。パソコンが5年連続マイナス成長を進む中、パソコン用CPUに特化してきたIntelがプラス成長を続けてきたのは、ITのメガトレンドを追求してきたからだ。

 

ITのメガトレンドを追求するのはXilinxも同じ。IntelCPUGPUなどからFPGAを取り込む2.5Dのプラットフォームソリューションを提案しているに対して、XilinxFPGAからCPUGPUを取り込む方向で、行きつくところは似たものになった。XilinxACAPAdaptive Compute Acceleration Platform)と呼ぶ新しい半導体プラットフォームもやはり2.5Dのソリューションである。このプラットフォームは、いわば2.5次元半導体集積回路というべきもので、実はXilinxは、ムーアの法則を突破するこの2.5D-ICには5年くらい前から開発してきた。このためこのACAPの実現はそう遠い話ではない。今年の末か来年初めには市場に出てくる。

 

今回は、さらにAI専用チップや高精度のDSPチップ、さらにArmの最高級CPUコアであるCortex-A72などを集積したSoC、そしてXilinxがダイナミックに再構成可能な(リコンフィギュアラブル)回路を敷き詰めたVERSALチップ、さらに周辺回路や3次元メモリICであるHBM2SerDes(シリアル→パラレル変換+パラレル→シリアル変換)などの各チップを交通整理するNoCNetwork on Chip)というスイッチング配線技術で結ぶという、超高級半導体の詳細を発表した。

 

この最高級2.5D集積回路は、シリコンインターポーザ(各チップの接続パッドを多層配線で結ぶためだけのシリコン)を介して構成される。まさに設計・プロセス・実装が一体となったプラットフォーム半導体ソリューションである。例えばAIの推論を重視するチップを集積したい場合は、ディープラーニング用のチップを集積し、高精度なDSPを軽くする、しかもアルゴリズムをダイナミックに切り替えたいという応用には、VERSAL(2)を用意する。さまざまな応用に使える、最高級ながら汎用のプラットフォームとする。VERSALは、多様性という意味のVersatileと、汎用という意味のUniversalを組み合わせた合成語である。

 

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2 Adaptable HardwareというべきVERSALチップを中核とする新プラットフォームACAP 出典:Xilinx

 

ムーアの法則が行き詰まり、もはや半導体ビジネスは終わった、と考える人は米国にはもういなくなっている。AIIoT5Gもセキュリティもクラウドも自動運転車や事故を起こさないクルマも全て半導体が制御して実現するからである。

 

しかしムーアの法則が行き詰っていることは事実である。ムーアの法則は、「市販のシリコンチップ上に集積されるトランジスタの数は毎年2倍のスピードで増えていく」、という定義だった。年率2倍が、18~24カ月に2倍というスピードに変わったが、これもムーアの法則と呼んできた。半導体集積回路は最小寸法10µmくらいから出発し、今やその1/1000以下の7nm、次は5nmへと微細化が進んできた。しかし、nm単位になると原子の大きさに近付いてくる。もともと半導体トランジスタは、何千・何万個の電子を制御するものだったが、その数が数十個から数個になってくると、11個のトランジスタの特性がばらつくことになり、もはや集積回路で制御できなくなってきている。だからムーアの法則は限界といわれる。

 

ところが、半導体ICを使う人たちにとって、さまざまな機能を半導体に集積し、性能を上げ消費電力を下げてきたICを求める姿勢は変わらない。さらに集積度を上げてくれという要求は全く変わっていない。だから、ムーアの法則を再定義する必要がある。最初のムーアの法則をムーアの法則1.0とするなら、More than MooreMore Mooreと言われた時代をムーアの法則2.0となる。そして、かつて東芝の専務取締役で半導体開発の先頭に立っていた香山晋氏は、最近の状況をムーアの法則3.0という言葉で表現する。

 

ムーアの法則3.01パッケージ内に集積されるトランジスタの数は、数年に2倍で増加すると定義すれば、ムーアの法則3.0はこの先も続くことになる。

 (2018/10/04)